希望の灯火
マスター名:安藤らしさ 
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/02/10 22:46



■オープニング本文

 薄い青の闇が支配する逢魔が刻。
 山の中、宵闇に紛れて移動する集団がいた。腰を低く屈めながら気配を消しているそれは、奇襲のための行動であったが、けして賊の類いではない。
 むしろその逆であり、この山で道行く人々から金品を巻き上げ歓喜している山賊を討伐に来た開拓者達であった。
 月明りさえもない空なのに、ほんのりと開拓者達の前に光が見えてきた。それは山の岩に隠れるように存在している洞窟から漏れていた。
「間違いねぇ。明かりが駄々漏れだぜ」
 開拓者の中のシノビが仲間達に指し示した。
 一日に数度も出没したり、時にはふもとの村にまで魔の手を伸ばしたり、派手な行動が多い山賊であったが、反面アジトの場所が判明し辛かった。
 だがこのシノビはうまく情報を手に入れたらしく、開拓者達はこうして夜襲をかけることになった。
「俺が先頭を担おう。崇と倉野は中心から援護を頼む」
 重装備からサムライだと思われる一人が背後に控えていた二人に声をかけた。崇と倉野と呼ばれたこの二人、それぞれ陰陽師と巫女である。
「しんがりは俺に任せておけ」
「ああ、俺達の背中は任せたぞ」
 不意打ちを防ぐため、またいざという時の逃げ道の確保のため、シノビは開拓者達の最も後からついてくることになった。
 だが――。
「どういうことだ‥‥?」
 洞窟の最奥に踏み込んだとき、開拓者達は動揺の色を隠しきれなかった。
 そこにあったのは煌々と明かりを湛える一本のろうそく。
 他には何もない。そう、探している山賊の姿さえも。
 どういうことだ、とシノビに聞くために振り向いたが、そこにいるはずの人影はなかった。
 ドドッガガガガガガッッッ!!!!
「なっ!」「きゃぁああ――ッッ!」「――ぐっ!」
 天が崩れる音がした。岩と土が雨あられと開拓者達の上に降り注いでくる。
 何が起こったのか理解できない開拓者達、彼らはただ身を屈めて耐えるしかなかった。
 音が再び静けさを取り戻したとき、洞窟の中を照らしていたろうそくの炎は消えうせ、無明の闇が開拓者達を包んでいた。
「くそっ‥‥何が起こったんだ‥‥大丈夫か、お前ら?」
 サムライが陰陽師と巫女に確認の言葉を投げかけたが、巫女からは「うぅ‥‥」という呻き声しか返ってこなかった。陰陽師に至っては生きているかどうかの確信が持てない。
 出口を探したが、崩れ落ちた岩と土が壁となって開拓者達の脱出を阻んでいた。
「あっはっは! そこに賊なんていねぇよ!」
 土の壁を伝って聞こえるその声は、同じ仲間のシノビであると気付くまでに少々時間が必要だった。
「お前‥‥!? まさか、これはお前の仕業なのか!?」
「そのまさかだよ」
「なぜこんなことを‥‥! 仲間を裏切る気か!」
「仲間? 裏切る? 馬鹿いってんじゃねぇ、俺は最初からこのつもりだったぜぇ? そっちが勝手に仲間だと思っていただけだろ!」
「そんな‥‥」
「明後日にはもっかい爆発させて出してやんよ。そのときに仲間として酒でも酌み交わそうぜ? まぁそれまで空気が持てばの話だけどな!」
 ひゃはは、いい装備が手に入るぜと笑う声が遠ざかっていった。
「くっ‥‥!」
 暗澹たる闇の中、仲間だと思っていたものからの裏切り、そして今も仲間をそして自分の命を蝕む状況に、サムライは心折れようとしていた。


■参加者一覧
乃木亜(ia1245
20歳・女・志
シエラ・ダグラス(ia4429
20歳・女・砂
神鷹 弦一郎(ia5349
24歳・男・弓
神楽坂 紫翠(ia5370
25歳・男・弓
夜魅(ia5378
16歳・女・シ
露羽(ia5413
23歳・男・シ
叢雲・なりな(ia7729
13歳・女・シ
和奏(ia8807
17歳・男・志


■リプレイ本文

 ここはまだ暗い。
 希望の灯火はまだ、ない。



 この季節の朝はまだ暗い。
 僅かに東の空が白む頃、険しい斜面の続く山の上を飛ぶ姿があった。吹き抜ける風はごうごうと冷たく、空を飛ぶ開拓者の肌を冷たく刺した。
「爆発してから、半日ですか? 生死不明と‥‥暗闇に、長時間は、きついです‥‥」
 朝の薄闇に一条の星雲、相棒のスターアニスに騎乗した神楽坂 紫翠(ia5370)が坦々と呟く。その顔は無感情のそれに近いが、内に秘める心は仲間達と同じだ。
「山中の救出は時間との勝負です。急ぎましょう」
 普段は控えめなシエラ・ダグラス(ia4429)が厳しい口調で決意を示した。彼女の生まれた国は遠く北の国、ジルベリアだ。冬山の恐ろしさは人一倍熟知している。冬山で命を落とした仲間を思い出し、胸が痛んだ。
「情報が漏れていたという事は、裏にシノビの影あり‥‥でしょうか。開拓者がそう簡単にやられるとは思いません。ですが、急ぐ必要はありそうですね」
 シノビである露羽(ia5413)は諜報活動を得意としている。だが、それは仲間を裏切るためではない。裏に生きるシノビにとって仲間は家族と同じものだ。
「ギルドの情報が洩れたり、裏切られたりするのは悲しいですね‥‥」
 王朝への忠誠心高い志士の和奏(ia8807)だからこそ言える言葉があった。
 和奏に同意の肯きを返しながら、シエラは和奏の相棒、颯と並んで飛ぶように、パトリシアの手綱を引き寄せた。
「でもあなたが村で情報を手に入れてくれたので助かりました」
「いえ、村の方々には早朝から申し訳ないことをしました」
 山へと飛び立つ前、和奏はあらかじめ近くの村へと立ち寄っていた。日も昇らぬ朝のうちに起きているかと憂慮したが、聞きなれない爆発音のために幾人かの村人が警戒して起きていた。賊が出る山に踏み込まない彼らは洞窟の場所には詳しくなかったが、爆発のあった方向の情報を得ることは出来た。
「でも方向がわかっただけでも‥‥きゃっ!」
 近寄るようにと手綱を引いていたはずなのに、パトリシアは大きく和奏から離れていった。翼が僅かに触れた月慧が、ぎぃぎぃと文句の鳴き声を発した。
「月慧、落ち着いてね」
 露羽の優しく撫でる手に、月慧がすぅと大人しくなる。
「ごめんなさい! もうパティ、ダメでしょ? お友達と喧嘩しないで」
 優しい姉のようなシエラの言葉に、不満は残るようだが、月慧は旋回した位置を立て直した。
 二頭の龍が主人から優しい言葉をかけられたせいか、スターアニスと颯もそれぞれ強請るようにきゅうきゅう鳴いた。
「スターアニス‥‥今回もよろしくですよ‥‥」
「あなたには襲撃に備えた哨戒をお願いしますよ、颯」
 二頭の龍が満足そうに嘶いた。



 山の斜面が抉れ小さな崖が出来ている場所。訪れる得もないので誰にも見つかる心配はない、そんな場所になりな(ia7729)とその相棒の流が降り立った。
「流、ありがと。ここまででいいよ」
 きゅうと小さな返事をした流が頭を擦りつけてきた。
「くすぐったいよ、流。何かあったら逃げるんだよ、いいね」
 まだ闇の支配する山中へと一人先行するなりな。流はそんな主人を心配するのか、小さく高く一声鳴いた。
 そしてそこから少し離れた地点。
「お前の初任務だな、威織。‥‥無事成功させて皆で山を下りるとしよう」
 主人、神鷹 弦一郎(ia5349)の呼びかけに忍犬の威織が軽く吠える。
 斜面ばかりの山中は人もケモノも寄せ付けない。道から外れればどこで踏み落ちてもおかしくない。植物が思うままに根を生やしているそこは、開拓者と云えど進むには困難な道だった。
 威織、そして夜魅(ia5378)の忍犬、小太郎が段差の上へと飛び乗る。そして主人が登るのを袖を咥えて手助けをした。
「す、すみませんっ、お荷物になっちゃって!」
 相棒の藍玉を押し上げながら、乃木亜(ia1245)が頭を下げた。ミヅチである藍玉は人間の膝の高さまでしか浮かぶことが出来ない。だから障害物に躓くことはないが、時々こうして荒縄で引き上げなければならなかった。
「別にいい‥‥戦力はあった方がいいからな」
 弦一郎がぶっきらぼうに言い放つ。責められていると思ったのか、ますます萎縮した乃木亜が「すみません、すみません」と口癖を繰り返した。
「最初から手助けするつもりだったのに、素直じゃないんですね」
「なッ! ‥‥早く行くぞッ!」
 横から夜魅に突っ込まれ動揺したのか、弦一郎はそっぽを向いたままざくざく地面を踏みしめていった。
 くすりと夜魅が珍しく微笑むも、すぐに「小太郎、人の匂いを探してみて。何か分かったら教えてね」と相棒に語りかけた。
 時間がない。
「急がないとっ」
 拳をぎゅっと握りしめ、乃木亜も決心の呟きを零した。



「爆発があった方向はこっちらしいんだけど‥‥」
 予想していたとはいえ、森の中は闇の支配する世界だった。既に日は上に昇っている時間のはずなのに延々と夜の中を彷徨っているような気分になる。
 不意に。
 なりなが振り向いた。その手には飛苦無が握りしめられている。足はいつでも動けるように低く構えたまま、誰もいないはずの茂みの向こうに呼びかけた。
「奇襲? さすが開拓者のふりをする卑怯者なだけはあるね!」
「ちっ、気付かれていたとはな」
 誰もいないわけではなかった。茂みを掻き分け男達の集団が現れた。手に手に錆付いた武器を装備した彼らが真っ当な生き方をしている人間なわけがない。なりなの体を嘗め回すように男達が視線を寄越す。
 そして集団を纏めるように前に立つ男は軽装であるが急所は守る装備だった。恐らく彼が密偵のシノビなのだろう。
「開拓者とはいえ一人じゃな。悪いがつぶさせてもらうぜ!」
「ッ!」
 先に動いたのはシノビだった。シノビが弄んでいた苦無が瞬間、なりなの眼前へと迫ってくる。しかし寸前でなりなが頭を動かしたので無残に命中することはなかった。
「ちっ」
 更に苦無を投げつけようとしたシノビだったが、なりなにそれを大人しく受け入れるつもりはまったくない。
「早駆ッ!」
 なりなの脚に力が宿る。加速の力を得た彼女はくるりと後ろを向くと、そのまま駆け出した。シノビ達から距離をとるために。
「てめぇ!」
 シノビが追いかけようとするが、不意をつかれたあとで全速の力が出せない。見る見るうちになりなと賊達の間に距離が出来た。
 落ちている枝を避け、崖のような斜面を駆け下り、なりなは懐から呼子笛を取り出した。

 ピ――――!!

「!? この音は!」
 弦一郎が瞬間的に反応した。乃木亜と夜魅の二人も笛の鳴った方向を睨んでいる。
 何かを見つけたときの合図は手鏡でと前もって決めていた。山賊に見つからないためにだ。
 つまりこの山で笛が鳴ったということは。
「なりなさん!」
「みんな!」
 斜面の下、仲間達が名前を呼んだ。なりなはその場にすたりと飛び降りて合流した。だが遅れてその場に血走った表情の男達が現れる。どれも殺意を隠そうとしない下劣な奴らだ。
「何か知っているかもしれませんね。一人二人捕らえてみましょうか‥‥」
 夜魅の瞳がすぅと細くなった。それはまるで鋭利な刃物を思わせる氷のようだ。殺すことに慣れている山賊達は殺されることに慣れていないのか、びくと後ろ足を踏む者もいた。
 乃木亜が前に出て盾を構え、弦一郎も攻撃に備え矢に手を伸ばした。
 ギルドから生かして捕えよとの命令は出ていない。
「沈みなさい」
 夜魅が両手を動かす。
 ザシッッ!!!
 放たれた苦無は最も前に出ていた賊の足に深々と刺さった。
「ぐあ!」
「てめぇ!」
「小太郎、行きなさい」
 主人の掛け声と共に、小太郎が狼の本能を剥き出しにする。
「ヴ――‥‥ガウッ!!」
 まだ抵抗の意志を見せていた賊はその爪の餌食となって倒れた。
「逃げてばっかりじゃないんだから!」
 なりなも続いて後ろに構えていた男に苦無を放つ。開拓者が相手だというのにこの距離の攻撃は予想していなかったのか、思わず防御しようとした素手が貫かれた。男が悲鳴をあげながらその場に転がる。
「逃がしませんよ」
 手馴れた技で矢を番える弦一郎。その行動には一片の隙もない。鷲の目でシノビの命を狙いすます。このまま射れば確実に射止めることができたはずだった。
 だかその瞬間、季節ならではの強い旋風が開拓者達に吹いてきた。
「――くッ!」
 射撃の瞬間に目標を見失い、弦一郎の矢は誰も射ることが出来ずに地面に刺さった。
「気をとられたな、馬鹿めが!」
 シノビの苦無が弦一郎の眉間に放たれようとした。だが。
「させませんっ!」
 前に出ていた乃木亜が盾を前に構える。
 ギィンッ!!
 甲高い金属音をたて、苦無が盾の前に弾け跳んだ。
「おい、てめぇら、なめられてっぞ! こいつらを殺せ!」
 シノビが号令を放つ。続いて開拓者から攻撃されてない賊達が雄叫びをあげ刃物を振り上げてきた。仲間意識か、それとも敵意を持つ相手に対する怒りかはわからない。
 だが状況が悪いのか、それとも元から腕が悪いのか、開拓者達はその攻撃を全て受け流した。
「てめぇら、何やってるんだよ! 死ぬかこらぁ!」
「仲間を悪し様に罵る――だから統制もとれない者達ばかりなんですよ」
 弦一郎が冷たく言い放ちながら二発目の矢をつがえた。隙なき装填と狩人の目、二度目の風はない。
 ズザッ!
「くそが!」
 顔を庇ったシノビの腕に細い矢尻が刺さりこんだ。
 続いてなりなと夜魅の苦無が、賊二人の脚と腕に刺さる。たとえ刃を振り上げたとしても乃木亜の盾を越えて、なお素早く動く開拓者に攻撃を当てることは出来ないだろう。
「悪いがここは次の作戦のためにこいつらを食い止めてくれや! じゃあな!」
 まだ動ける賊が二名ほどいるというのに、シノビは後ろへと跳んだ。その脚の速さは尋常ではない、恐らく先程のなりなと同じように早駆を使っているのだろう。
 夜魅がシノビの脚を打剣で縫いとめようとしたが、技となって炸裂する前にシノビは姿を消していた。
「追いかける?」
「いえ、私達は急いでいます。だからこの人達に尋ねましょう」
 なりなの問いに夜魅は答えた。この人達、と目の前の賊を視線で示しながら。
 そして直後に大きな翼がはためく音が頭上に響いた。空から探索していた開拓者達がようやくこの場に訪れた音だった。



 傷ついた盗賊達から崩落の場所を聞き出すのは容易い行為だった。もとから統率のとれていない集団をシノビが志体の力で抑えつけていただけだ、そのシノビが逃げ出せば戦う意志は消えてしまう。
 念のため乃木亜が持っていた荒縄で賊達を縛り付けた。
「一緒に来てもらいます」
 シエラが縄の一端を握り締めながら賊達に告げた。
 崩落の場所は見るも無残だった。土と岩がそこにいるはずの人間を覆いつくしている。岩が少ない山の中で岩が存在するここは何かの遺跡だったのだろう、成程、村の人間が気付かないように存在するわけだ。
 和奏が岩の隙間を縫い、柔らかい土の部分に竹筒を差し込む。岩の邪魔も、途中で折れるようなこともなく竹筒の先が向こうの空間に至ったと確信できた。
 ほっとした和奏が救助者に声をかけようとしたときだ。
 紫翠とシエラの二人が崩落現場より逆側、山中の方へ振り向いた。その目は敵意を察知した戦士の目だ。気付いた開拓者達も武器を構える。捕縛していた賊だけが何が起こったのかおろおろと周囲を窺うだけだ。
「裏切りに奇襲‥‥卑怯な手ばかりですね‥‥報いはしっかり受けてもらいますよ」
「うるせぇ! こちとら卑怯が仕事だ! 綺麗事で飯は食えねぇよ!」
 紫翠の溜息ながらの売り言葉に、シノビが買う言葉を叫んだ。
「それはそうなんですけどぶっちゃけすぎですね」
 露羽が思わず天然な突っ込みをしてしまう。
 賊の数は新たに十以上。そのうち一人は重厚な鎧を身に付けている。恐らく彼も志体持ちなのだろう、開拓者側には見当たらないサムライかと思われる。自信があるのか彼が前衛を担うようだ。
 時間がない。だから手加減する余裕は開拓者達に、ない。
「だけど――先に動けなければ意味がありません」
 低い姿勢で走りこむシエラ。鞘から抜かれた細身の刃が三日月のように煌いた。
「覚悟して頂きます!」
 水平に放たれた刃が、サムライの脇腹を狙い打った。強固な鎧で弾こうとしたサムライだったが、シエラの正確な平突の前に脇腹の肉を少しだが持っていかれた。
 賊の中の一人が前に出たシエラを切り伏せようと刃を振り上げた。だが。
「外しませんよ」
 その行動を見透かしていた弦一郎が矢を放った。賊の武器はシエラに届く前にからんと地面に転がる。
「ならば龍だ、駿龍を狙え! 足がなければ大打撃になるはずだ!」
「気をつけて。この子は見た目ほど優しくないないですよ?」
 にこにこと笑いながら露羽は月慧に「行きなさい」と号令を出した。高く鳴いた月慧が先程龍を狙えと暴言した男に飛びかかる。
 ザザザッッ!
 獲物をとらえる龍の爪が賊の体に裂傷を与えた。
 そして同時に駆けた露羽は、白鞘から抜いた刃を構えた。
「なん、だと‥‥!?」
 月慧に気を取られていたサムライに、その攻撃に反応する時間はなかった。重厚な装備とはいえ、関節部は布でしか覆われていない。
 サムライの腕の継ぎ目に露羽の刃が埋まった。こうなれば武器を持つことは出来ない。
 一拍子後に行動した和奏が、露羽の横から走りこんだ。そして刀を上段に構え、下へと振り下ろす。
 ザシャァッッ!!
 肉と骨が裂ける音がして、血の華が舞い、サムライはその命を散らした。
「刃を奉げる相手がいればこんなことにはならなかったでしょうに‥‥」
 哀しげに目を伏せながら和奏は呟いた。
「さてと、出番です」
 紫翠の矢がシノビの前にいた男の胸に刺さった。自然、シノビへの道が出来る。
 なりなが苦無で援護しつつ、乃木亜が前へと走りこんだ、その道へと。
「ここまで来ていったい何なんだよ、畜生が!」
 志体か、それとも意地がなせる業か、乃木亜の斬撃は熟練したものだったのに、シノビの瞬発力は更に速かった。横に跳んだシノビが苦無を構え、シエラの頚椎に狙いを定めた。
「思い通りには!」
 ガギィッ!
 鎧の肩当てにぶつかった苦無が金属音をたて宙に舞った。ズザッと持ち主の意思を外れ苦無は地面に刺さった。
 残る賊の数はまだ開拓者の合計よりかは多かった。だが志体を持っているのは恐らくシノビのみ。サムライを殺された今、熟練の開拓者達に勝てるわけないと敗走の色を見せようとしている者もいる。
「まだやる気、ですか?」
 矢尻をシノビに向けながら紫翠が問う。もし否と答えれば即座に撃つつもりだ。
「ちっ、分が悪すぎるな」
 例え早駆けたとしても、この場にいる開拓者側のシノビは三人。誰かが追いつくだろう。それに先程とは違い駿龍を連れた者達もいる。
「逃げきれねぇってわけか」
 投降するのかと皆一瞬だが考えた。だが、シノビは懐から苦無を一本引き抜いた。
「抵抗の意思あり、ですか‥‥」
 紫翠は弓糸をひく手に力をこめた。他の開拓者達もそれぞれ武器を構えなおす。
 ザシュッ!
 肉を裂く音と共に、シノビの胸に苦無が刺さった。
 開拓者達はまだ誰も動いていない。刺したのはシノビ自身だった。
「お前らに殺されるくらいなら自分で死んでやんよ‥‥! 最後まで、最後まで裏切り続けてやるさ!!」
 ハハハハハ、と笑いながらシノビは大の字に倒れた。
 笑ったまま絶命していた。



 残りの賊は露羽と弦一郎の荒縄で拘束した。主な戦力であった志体持ちを失ったのだ、反抗すれば同じように死ぬだけだとわかっていた。
「これは‥‥要は削岩用の爆弾の様な物でしょうか?」
 シエラの手にはギルドから手渡された焙烙玉がある。確かに開拓者用の商店で扱っているものより無骨で戦いに向いているとは思えない。
「大丈夫ですか! 意識はありますか?」
 土壁向こうに声を投げかける露羽。すると竹筒を通して僅かに「生きている‥‥なんとか全員、な」とか細い声が聞こえてきた。
 わっと開拓者達は喜びを顕にした。
「岩を壊します! 後ろに下がっていてください!」
 シエラが呼びかけると、何かを引き摺るような音がした後「いいぞ」と返事があった。
 山の中に轟音が再び響いた。
 小さくなった岩をどけ、土を払うと、光が洞窟の中へと差し込んだ。
「ずっと暗い場所でしたから、まだ目が慣れないかもしれませんね。仲間が助けに来ましたよ、もう大丈夫です。帰還しましょう」
 露羽がにっこり微笑んだ。
「ああ、希望の灯火が見える‥‥」
 光に目を眩ませながら、助けを待ち続けた開拓者がそう呟いた。



「染みますので我慢してくださいね‥‥」
 乃木亜が助け出した開拓者の腹に包帯を巻きつけた。恐らくサムライなのだろう、先程の賊に堕ちた彼とは違い、仲間のために戦う人間だ。為すがままになっていたが、「うっ‥‥」と小さく呻いた。
「あ‥‥、ごめんなさい‥‥」
「いや、大丈夫だ‥‥ありがとう」
 隣では夜魅が巫女である倉野に岩清水を飲ませていた。余程辛かったのだろうか、少しずつ口にしながら「ありがとうございます」と涙を流していた。
 ある程度の治療が終わり、救助者達も肩を貸せば歩ける程度になった。
 降伏した賊達は生きてギルドに引き渡すことになった。シノビに唆されていただけの彼らには更生の可能性がある。その意志があればの話だが。
 だが開拓者を裏切ったシノビは生きてギルドに渡したとしても、死罪を免れることはなかっただろう。
「お疲れ様でした、颯。早く帰っておいしいご飯を食べましょう」
 うれしそうにきゅるきゅると颯は鳴いた。