あの手を離さなければ
マスター名:天音
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2009/09/21 22:21



■オープニング本文

●あの手を離さなければ
 豚のような顔をした鬼が、村に押し寄せてきた。
 前触れのない突然の出来事であり、村人達はあわてふためいて右往左往するばかりだった。
 そんな村人達を嘲笑うかのように豚鬼は棍棒や鋤を振るった。倒れ伏した村人達に容赦なく襲いかかり、その血肉を喰らう豚鬼達――アヤカシ。
「晴(はる)、こっちじゃ、早く!」
「おっとう、待って! 信(しん)が‥‥!」
 幸いといっていいのか、晴の家は豚鬼達が侵入してきた場所から一番遠くにあった。豚鬼達が家に到着する前にとるものとりあえず家から出て、家の裏手から村を出ようという事になった。
 夕闇の中、父親が家族を導く。母親がまだ乳飲み子の妹を抱いてそれに続く。十二歳の晴は四歳の弟、信の手を引いてそれに続こうとする。だが小さな弟は、恐怖もあってか上手く走れずに足をもつれさせていた。
「信、早く! アヤカシが来てるんだからっ!」
 恐怖と心配が入り混じって、晴の心を焦らせる。思わず甲高い声で怒鳴ってしまった事に、萎縮して弟が泣き出して初めて気がついた。
 小さな手を、細い腕を無理矢理引っ張る。引きずるようにして、少しでも早く村から離れようと足を進める。
 父と母の背が、酷く遠くに見えた。
「晴! 信!」
 遠くで振り返った父が叫んだ。晴が振り向くと、獲物を見つけたとばかりに近寄ってくる豚鬼が二匹。
「信! 信! お願いだからっ!」
(「走って‥‥!」)
 晴は信の手を引く。速度は上がらなかったが、信は泣きながらも少しずつ走り出し――だが。

「!」

 ふと、繋いだ手がぐいっと引っ張られ、晴は思わず手を離した。走っていた勢いで数歩前へと進んでから慌てて振り返る。
「信!」
 木の根に足を引っ掛けて、うつ伏せに転んだ弟の姿がそこに。火がついた様に泣き喚き、立とうとしない。
「信っ!」
「晴っ、駄目だっ!」
 引き返そうとした晴の腕を、誰かが強く引いた。この声はおっとうの声。
「信は、もう駄目だ‥‥」
 その言葉で信の後ろに視線を移すと、そこには武器を振り上げた豚鬼達の姿が――。

 ボガッ
 ザシュッ

 弟の身体に武器が振り下ろされるのを、晴は黙ってみているしか出来なかった。
 これは夢なのだろうか、夢であって欲しい。だが父親の声と腕を引っ張る強い力が彼女を現実に引き戻す。
「晴、今のうちに逃げるんじゃ!」
「だって、信が、信がっ!!」
 いやいやをして弟の元へ駆け寄ろうとする晴を、父親は強い力で引いた。引きずられるようにして晴は連れて行かれる。
「おっとうは信を見捨てるの!? 信を見殺しにして自分達だけ助かろうっていうの!?」
 晴には見えていなかった。
 父親がどんな思いで晴の手を引いたか。せめて晴だけを助けようとした心が。唇を硬く噛み締めた厳しい表情の横顔は、夕闇と涙に紛れて見えなかった。

 自分がもっと強くあの小さな手を握っていれば――ただただその後悔のみが、彼女の心を覆っていた。


●仇討ちを誓って
 小さな村がアヤカシに襲われたのだという。
 奇跡的にその手から逃れた村人数人が、着の身着のまま神楽の都へと駆け込んできた。
 報告を受けた開拓者ギルド受付員は現在村がどうなっているのかの調査に人をやった。遠くから村を見た開拓者のその報告によれば、豚鬼型のアヤカシは六体ほどとみられ、未だ村内に留まっているという。恐らく武器で痛めつけるなどして動けなくした村人を食べつくすまで村に留まっているのだろうと思われた。
 反対に言えば、村人を食べつくしてしまえば豚鬼達は何処かへと移動してしまうだろう。退治するなら急いで村に駆けつける必要がある。
(「‥‥困ったわね」)
 急いで駆けつけることには問題はない。いや、むしろ急いで駆けつけなくてはならない事態に陥っていた。
「すぐに動ける開拓者は居ない?」
 墨で依頼書を仕上げた受付員は、ギルド内を見回して声を上げた。
「ある村を襲ったアヤカシの退治と、少女の保護をお願い」
「保護?」
 近くに居た開拓者が声を上げたのを聞いて、受付員は真剣な顔をして頷いた。
「その村から逃げてきたある家族の長女が、家族の目を盗んで村へ戻ってしまったらしいの。少女の名前は晴、十二歳。弟の仇をとるって言って、棒きれ片手に飛び出して行ったわ。勿論、開拓者でも何でもないただの村娘よ。その子がアヤカシ達の中にいったら――どうなるか予想つくわね?」
 普通の少女が一人でアヤカシ六体を倒せるとは思えない。このままでは彼女に待つものは、村人と同じ運命だ。
 急ぎ、向かう必要があるようである。


■参加者一覧
志藤 久遠(ia0597
26歳・女・志
暁 露蝶(ia1020
15歳・女・泰
桐(ia1102
14歳・男・巫
滝月 玲(ia1409
19歳・男・シ
琴月・志乃(ia3253
29歳・男・サ
伊集院 玄眞(ia3303
75歳・男・志
相宇 玖月(ia4425
18歳・男・泰
伊崎 ゆえ(ia4428
26歳・女・サ


■リプレイ本文


 開拓者ギルドに依頼として救援要請がでるのは、大体被害が出てからのことが多い。もう少し早く事件を知ることが出来ていれば、被害は防げたかもしれないのに――そんな思いが集まった開拓者達を満たすが、こればかりは今言っても詮無いこと。それならば、今助けだせる命を助ける事に全力を注ごうではないか。
「私とてつい先日も無力感を知らされたばかり。子供が目の前で見せられては無理をするのも致し方ないといえますが‥‥」
 しかし黙ってみているわけにはいかない、と志藤久遠(ia0597)は足を速める。今まさに、一人の少女の命が危険に晒されているのだから。
「自分に何が出来るかゆうんはちゃんと見極めとかなあかんね」
 隣で教えられた道を走りながら、琴月・志乃(ia3253)が零した。心中でその言葉に補足をかける。
(「蛮勇は身を滅ぼすゆうてな。身の程を知れとまでは言わんけど」)
 怒りと悲しみとに苛まれている少女には、しっかりと言わないと解らないかもしれない。けれども志乃は自らが晴に言葉をかけるつもりはなかった。非情ゆえではない。自分の気持ちには自分でケジメをつけて欲しい、その心からだ。
「どうして何時も子供達が犠牲になるんだ‥‥」
 走りながら、滝月玲(ia1409)はぐぐっと掌に爪が食い込むほどに拳を握り締めて。被害に遭っているのは子供ばかりではないと解っていても、やはり子供が被害に遭ったと聞けば得体の知れぬ苦さが心に広がる。
「小さな命を失った、その憎しみの矛先は何処を向いているのだろう。だがここで彼女までが犠牲となる必要は無い」
 静かに告げられた伊集院玄眞(ia3303)の言葉。それに桐(ia1102)も頷いてみせて。
「少女の想いをしかと受け止め、禍いの根源を断ってみせようぞ」
「そう‥‥ですね。僕にも同じような事があったので‥‥大切な人を守れなかった時の気持ち、よく分かります。ですが‥‥弟さんと同じ運命を辿らせるわけにはいきません」
 晴が昔の自分と重なって見えた気がしたから――だから助けなければ。相宇玖月(ia4425)の足が動く。
「あれかしら!」
 暁露蝶(ia1020)が声を上げて指をさした。村の入り口付近に、様子を覗いながら今にも飛び込まんとしている人影があった。着物は所々破れていて、髪は汗でべっとりと張り付いている。だが棒切れを握ったその手が強く力を込めすぎて白くなりつつも震えているのは確認できた。
「折角助かったんですから、無駄にしない方がいいと思いますよ?」
 駆け寄って後ろからその手に手を重ねて。伊崎ゆえ(ia4428)の言葉に晴はびくり、肩を大きく震わせて恐る恐る振り返った。


「僕達は開拓者ギルドから来た、開拓者です。この村を、あなたを救いに来ました」
「救う‥‥? この村には生きている人なんていないのにっ‥‥!」
 玖月の言葉に晴はぐっと唇を噛み締めて。だが彼は彼女に肩に優しく手を置いた。
「あなたがいます」
「私は、大人の、志士の立場でしか物を言えませんが、恐らくその言葉ではあなたの心に届かないでしょう」
 それでも聞いて欲しい、と久遠は真剣な表情で晴と視線を合わせた。
「ただ‥‥ここに、戦う為に立った私も、仲間も、そして何とか逃げ延びた方々も、皆救えなかった人への思いと無力感を抱いて今の場所に立っています。故に、この槍は貴女の思いの代弁でもある筈。託していただけませんか?」
「それは信の仇討ちを諦めろって‥‥」
 憤りの出口を封じられそうになって、晴は手が白くなるほど握り締めた棒切れに力を込め、久遠を睨みつける。そこに横から声をかけたのは玲だ。
「豚鬼は晴が倒せるほど弱くはない」
「そんなの、やってみないと‥‥!」
 はっきり言い切った彼の言葉に、案の定晴は弾かれるように反発する。だが次の瞬間、炎魂縛武の炎を纏った刀を見た晴の視線が硬直した。玲は流れるように刀を振り、近くにあった木の枝を切り落とした。その流麗で洗練された動きに、実力差を見せ付けられた晴の視線は釘付けになっている。
 玲は刀をしまうと晴と視線の高さを合わせ、真っ直ぐその瞳を見つめた。
「俺達が必ず仇を討ってやる。お空の上の信にその報告をするのは、お姉さんである晴ちゃんの役目だよ」
「私の、役目‥‥でも」
 それでも、やっぱり――心揺れつつも握った棒きれが手放せない様子の晴の前に、今度は玄眞が進み出た。そして自らの刀を抜き放ち、晴に向けて差し出す。
「‥‥この刀も、棒きれと同じように振れるかね?」
 鈍く銀色の光を放つその刀身。それをじっと眺めて晴は、小さく震え始めていた。棒とは違う、明らかに『命を奪うための道具』。
「私達が力を身に付けるのは、死にたくないからだ。もし私達がいなくなれば、果たして誰がアヤカシと戦うか。死んでも構わないでは無い。戦いに必要なのは、生きて戻る覚悟だ」
 その言葉に晴はびくり、大きく震えて顔を上げた。自分は死んでも構わない――彼女はそう思っていたのだろう。
「納得行かぬ事もあるだろう。だが、君には君の戦いがある‥‥まずは自分を責めない事だ」
 さあ、いこう――露蝶に視線を送った玄眞は、村へと入る一同を促した。晴の傍についていることに決めていた露蝶は、震えている彼女の肩を優しく抱いて。
「晴さんの気持ちは解るわ。私にも妹が居るし、あの子に何かあったらじっとしてられないもの」
 優しく、慈愛籠もった声で、ゆっくりと。
「でも、お父様の気持ちも判るのよね。きっと、二人とも失うよりは、せめて一人だけでも‥‥って思ったのよね」
「‥‥私よりも、信を助けてくれれば良かったんだ‥‥」
 あの状況ではどちらかしか助けられないという事は晴にも解っているのだろう。だが、自分がもっとしっかりしていれば弟は助かったのかもしれない、自分だけ生き残ってしまったという負い目もあり、それを弟を救ってくれなかった父への憎しみとして吐き出さねば苦しくて仕方がなかったのかもしれない。
「でも、あなたも弟さんもどちらも大切な子供。だから、自分が死ねばよかったなんて言わないで」
 晴の顔を覗き込めば、そこから流れ出しているのは涙。後悔と、悔しさと、無力さと、悲しみと――様々な物が詰まったその透明な雫を、露蝶はゆっくりと指でふき取ってあげる。
「仲間達が、必ず仇を討ってくれるから。だから、その棒は捨てましょう?」
「‥‥手から、離れない、んだ‥‥」
 静かな涙は嗚咽に変わって。初めて武器と意識して握り締めた棒は、緊張からか指から離れなくなっていた。
「大丈夫よ」
 優しく声をかけながら、露蝶はゆっくり一本一本、晴の指を棒から引き剥がしていった。



「それでは、始めましょうねー」
 囮となる久遠と志乃に、桐は順に加護結界をかけていく。回復術用に練力を残しておくべきかとも考えたが、それよりも受ける傷を少なくすることを優先した。
 そっと物陰に隠れながら村の中を進んでいく。途中小さな井戸の周りに四体、確認できた。
「あちらの建物の影へ移動します」
 久遠の言葉を受け、志乃と桐は頷く。それを確認して久遠は今まで隠れていた建物の影から飛び出した。豚鬼達のいる井戸のすぐ傍を突っ切る形になる。
 人間の気配を感じたのだろう、一匹の豚鬼が、久遠の隠れた建物へと近づいて来る。
「一匹か。ちょおと少ないな」
 反対側に回り込んだ襲撃班が、機会を覗っているはずだ。出来るだけこちらに敵の注意をひきつけておきたい。志乃は大斧を握り直し力を込める。その様子を見た桐も、術を編み始める。
「さて、寄って来いやぁっ!」
 ガツンッ! ガガガガッ!
 振り下ろされた斧による地断撃の衝撃派が大地をめくれ上がらせ、井戸の傍にいた一体の身体に刻み込まれる。あわせて桐の作り出した力の歪みが、同じ豚鬼を捻り上げる。
「ヴァ!?」
 突然の攻撃に一瞬の動揺を見せた豚鬼達だったが、その原因が建物の傍にいることに気がつき、一心不乱にそちらに駆け出す。志乃と桐の攻撃を受けた一体だけが、少し遅れてそれに続いた。
「後方に豚鬼の影はありません。このままひきつけましょう!」
 移動先で他の豚鬼に挟まれたなんて洒落にならないから、としっかり確認をしていた桐が声を上げる。久遠は最初に自分に辿り着いた豚鬼の攻撃を受けつつ、頷いて下がる。志乃は久遠が撤退しやすいようにとその豚鬼に斧を振り下ろし、豚鬼がよろけた隙に後方へと下がった。残りの豚鬼が彼らを追って迫って来る。だがその更に後方に、襲撃班の四人の姿が見えた。
「食べれない豚には、興味ないです」
 井戸から離れるのが一番遅い豚鬼に建物から飛び出したゆえが強打を叩き込む。完全に囮班のみしか見ていなかった豚鬼はその不意打ちをもろに喰らって体勢を崩す。
(「たくさんの人を襲った上に、結果的に家族の仲まで引き裂くなんて‥‥許せません」)
 元々志乃と桐の攻撃を喰らっていた固体だ、後一押し――飛び出した玖月が飛手をその身体に叩きこむと、豚鬼は完全に倒れた。
「仲間を呼ばれると大変だ、一気に叩き込むぞ!」
 後方で何か異変が起きたらしい――囮班を追いかけていた一匹が振り向き、井戸付近へ戻りかける。
 ガツンッ‥‥篭手払を使用していた玄眞は振り下ろされた鋤を打ち払って刀で斬りかかる。炎魂縛武を刀に纏わせ、返す刃で再び斬りつけた。
 痛みに怒り狂う豚鬼は鋤を振り回したが、その分隙が大きくなる事に気がついていない。玲が懐に入り込み、炎魂縛武を使ってその腕を狙い、斬り上げる。
「子供の悲痛な叫びなんて聞こえないんだろうな‥‥心の無いお前達など炎牙で喰らってやる!」
 被害者の何分の一でもその痛みを味あわせたいが、そんな実力も余裕もないことは自分が良くわかっている。そして、まだ息のある者がいるかもしれない、いるなら助けたい――。
「えいっ!」
 周りの者を巻き込まないように、駆けつけたゆえが斧を上から思い切り振り下ろす。斧自体の重さもあいまって、その刃は深く豚鬼の背に食い込んだ。
「グヴァ」
 豚鬼が膝をつく。玄眞が隙を与えずに刀を一閃させた。
「奪う事しか能の無い下卑たる存在よ。貴様等によって大切な人を奪われた者達の苦しみ‥‥その身を以って思い知るが良い!」
 そしてその豚鬼は消えて行く――。


「ついてきたのは二匹、やな」
 井戸からだいぶ距離が離れたのを確認して、志乃が足を止める。襲撃班が残りの二匹を引きつけてくれたのだろう。
「反撃と行きましょう」
 桐の加護結界によって傷が浅く済んだ久遠が長槍の柄を強く握り直し、そして精霊剣を発動させる。青白い光が立ち上ったその槍を、躊躇いなく目の前の豚鬼に突き刺した。横目で志乃を見ると、棍棒で打ち付けられながらもその斧は躊躇いなく振るわれて、豚鬼の腕を斬り落としていた。久遠も負けじと再び豚鬼に槍を叩き込む。
 戦闘の様子を少し後方で見ていた桐は、襲撃班からの呼子の合図を聞き逃さぬようにと耳を済ませながらも力の歪みによる援護を考え始めた。残りの練力を考えると万が一の時の為に回復用にとっておきたいが‥‥と、その時彼女の耳に響いたのは、草の踏みしめられる音。積み上げられていた薪が崩れる音。
(「襲撃班の皆さん‥‥いえ、違いますよね」)
 襲撃班の皆が来るとしたら、自分達が逃げてきた方角からだろう。自分達の後方にわざわざ回る必要はないのだ。とすればこの音の発信源は――
「後方から残りの豚鬼が接近しているようです!」
 桐は叫んだ。志乃が体重をかけて豚鬼の肩から袈裟懸けに斧を振り下ろし、ちらと後方を見やる。久遠は豚鬼の身体から槍を抜いて、素早く預かっていた呼子笛に息を吹きこんだ。
 ピリピリピリ――その特徴的な甲高い音が、村内に響き渡った。



「全部、退治できたでしょうか?」
「聞いていた数は退治したはずやね」
 村内を見て回っていたゆえと志乃は、そこかしこに散らばっている村人の遺体に、家から拝借してきた布をかけて回っていた。
「そのままだと、可哀想ですから」
 アヤカシに喰われた遺体が綺麗なままであるはずはなく。ゆえは一枚、また一枚と布をかけていく。


 呼子笛の合図を受けて駆けつけた襲撃班の合流によって、各自多少の傷は負ったものの六体の豚鬼の退治は完了していた。そして改めて村内を見て回ると、その残虐な仕打ちが胸を締め付ける。


「後でちゃんと弔いの人達が派遣されるのかもしれませんが‥‥」
 それでもそのままにしておけない、と玖月もそっと、布をかける。中には人型を留めていない者もいた。彼らが見つけた信と思われる遺体も、その一つだった。
「今回も、間に合わず。仕方のないこととはいえ‥‥」
 その小さな躯を見つめて、久遠が唇を噛み締める。
「これが、信‥‥」
 聞いていた晴の家の裏手。そこにあった人型を留めていない小さな躯。血と泥に汚れて破れた着物――玲は自らの手が汚れるのも構わず、信を抱き上げた。そして、その着物のなるべく血に汚れていない部分だけ、破り取る。
「せめて最後くらいは安らかに眠れるようにな」
 玄眞が掘った小さな穴に、信を横たえて。
「お姉さんもお父さんもずっとあなたのことを思ってますよ」
 桐も白いその手で、ゆっくりと土をかけていく。
「晴さんの所へ戻りましょうか」
 ゆえが合流したその時、志乃が何かを抱えて戻ってきた。
「桐、練力残ってはるか?」
「え」
「床下に、赤ん坊が生きておった。衰弱していて、虫の息なんや」
「!?」
 その言葉に、一同が弾かれたようにして志乃に近づく。
 生き残りがいないかと家を一軒一軒覗いていた志乃は、不自然な女性の遺体を見つけたのだという。床の下の何かを守るように息絶えていたその女性。気がついたのは、一瞬。上げられたのは最後の力、小さな泣き声。
 不自然な床板を引き剥がすと、そこに入れられていたのは小さな命。
 桐が最後の練力を使って回復術を使う。すると少しではあるが、赤子の呼吸が強くなった気がした。


「ほら、皆が戻ってきたわ」
 露蝶の胸で泣きじゃくっていた晴は、その頃には落ち着きを取り戻していた。
「仇は討ったよ。これ‥‥信の形見」
 玲が差し出した着物の切れ端を、晴はぎゅっと抱きしめて。
「多分、言いたい事がいっぱいだと思います。後で聞いてあげます」
 慰めるとかそういうの、どうしたらいいのかわからないけど話を聞くだけなら、とゆえは晴の肩を叩いた。
「その赤ちゃんは?」
 露蝶が志乃の抱いている赤子に素早く目を留めて。晴は驚いたように顔を上げた。
「生き残り、ですね。恐らくあと少し救助が遅ければ、衰弱死していたでしょう」
「いき‥‥残り?」
 玖月の言葉を晴は繰り返す。まさかあの襲撃で生き残った者が、逃げた者の他にもいたなんて。数日の間、豚鬼に支配されていたこの村で生きていたなんて。
「抱いてみませんか?」
 久遠の言葉に、晴は涙を拭いて恐る恐る手を伸ばした。