逢引きは柳の下で
マスター名:天音
シナリオ形態: ショート
無料
難易度: 普通
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2009/08/15 19:23



■オープニング本文

●逢引きの果て
「姫様、霞姫(かすみひめ)様、聞いてくださいませっ!!」
 北面(ほくめん)国の都、仁生(にせい)に館を構える嵯峨宮家(さがのみやけ)の一角。本来ならばしずしずしと進むべき廊下を、衣を翻らせながら怒りに任せてどすどすと走っている女性がいる。
「と、常盤(ときわ)、様‥‥」
 姫の部屋の前庭で鞠付きをしていた二人の女童が、鞠を落としてその女性を呆然と見送る。髪を肩口で緩く結った女童が女性の名を呼んだが、彼女の耳には入っていないようだ。
「‥‥一体何があったの、常盤」
 几帳の向こう、部屋の奥からか細い声が聞こえた。小さいが、しかし玲瓏なる声。もう少し大きく声を出せれば、その美しさも映えるだろうに。
「私、アヤカシと間違えられたのです!」
 ばんっ!!
 畳に両手を打ちつけるようにして霞姫の前に座った女房の常盤は、怒りで息を荒くして叫んだ。檜扇で口元を隠した姫が、びくっと肩を震わせたのにも気づいていないらしい。
「いくら暗闇の中でのこととはいえ、酷いですわ! あんまりです!」
「あの‥‥常盤、落ち着いて‥‥最初から話して頂戴、ね‥‥?」
 姫が首を傾げると、漆黒の長い髪がさらりと揺れる。毎日女房達が総出で手入れをしている髪だ。どこの姫よりも美しい髪だと女房達は自負している。黒目がちの大きな瞳も、ぷりっとした紅色の唇も、きっと自分達がお仕えしている姫が一番美しい、そう思うのが女房というもの。
 しかし常盤の様に愚痴や悩みを姫様にぶつけられる女房は多くはない。そこには彼女と姫との長年の絆があるからこのような物言いも許されるのだ。
「昨夜、文を交わしていた殿方と待ち合わせをしていましたの。市女笠をかぶって提灯を持って柳の木の下で待っていたんですが‥‥通りかがった男性が『アヤカシだ!』と叫んで逃げて行ったかと思うと、その後ろから現れた彼の君も私を見るなりアヤカシだといって提灯を投げ捨てて逃げて‥‥」
 よよよと泣き崩れる常盤。だがそんな彼女を見て霞姫は檜扇の向こうで苦笑した。
「‥‥それは仕方ないと思うの、常盤。だって‥‥ついこの間、柳の下で男の人が女性の姿をしたアヤカシに襲われてしまったという話があったでしょう‥‥?」
「それはそうですけれど」
 諭すように、だが遠慮がちに言葉を紡ぐ姫に対して、常盤は小さくため息をついて。
「それでもその柳の場所とは違う場所でしたのよ。場所も日時もあちらが指定したというのに!」
 確かにアヤカシと間違えられたら心外だろう。それも逢引きを予定していた相手に。
「‥‥けれども、人の心は弱いものだから‥‥。柳の下というだけで、それも直前に通りがかった人が言った言葉で‥‥思い込んでしまったのでしょうね‥‥」
 姫君にはつつがなく日常を過してもらえるようにと、耳障りな噂話は届かないようにするものだが、アヤカシの話は別だ。この国がおかれている現状ともいえるその話題は、必要な教養の一つに思える。
「‥‥その殿方から、お詫びの文は‥‥」
「そんなもの、勿論届いていません!」
 確かに詫び状の一つでも来ていれば、常盤はここまで怒ってはいないかもしれない。手紙一つで傷つけられた心が治るとは思わないが、いくらかましだった筈だ。
 霞姫は小さくため息をついて、ぱちんと檜扇を閉じた。そして。
「‥‥その女性のアヤカシは、まだ退治されていなかったのよね‥‥。なら、優先的に人を回してもらうように‥‥働きかけてみましょう‥‥常盤の濡れ衣を晴らす意味も込めて。このままでは‥‥人の恋路すら邪魔をすることになりますから‥‥」
「姫様っ! 私の為にっ‥‥」
「いつも姉の様に接してくれる‥‥常葉のため、ですもの‥‥」
 感激で目元に袖を当てる常葉に対し、霞姫はほわんと優しく微笑んで。そして庭で何事かと様子を覗っていた女童に声をかけた。
「夕か蘭‥‥どちらか、ギルドへ行って頂戴‥‥。柳の下で男性を襲ったアヤカシ退治の依頼を出すように‥‥」
「はい、姫様!」
 鞠を拾った女童は、階に近寄って大きく返事をした。
 二人が遊んでいた庭の隅には、植えられたばかりと思える石榴の枝が風に揺れていた。


■参加者一覧
香椎 梓(ia0253
19歳・男・志
皇 輝夜(ia0506
16歳・女・志
青嵐(ia0508
20歳・男・陰
十河 茜火(ia0749
18歳・女・陰
諸葛・紅(ia0824
15歳・女・陰
秋霜夜(ia0979
14歳・女・泰
凪木 九全(ia2424
23歳・男・泰
ルオウ(ia2445
14歳・男・サ
伊集院 玄眞(ia3303
75歳・男・志
佐竹 利実(ia4177
23歳・男・志


■リプレイ本文


 その柳を遠目に眺めるのは住人の開拓者たち。柳の下に現れる幽霊アヤカシとは‥‥一体何を思ってその場に現れるのだろう。
「妙齢の女性の逢引をぶち壊しにするとは、なんとも野暮なアヤカシですね‥‥」
 思慮深げに告げるのは香椎梓(ia0253)。まあ今回はただの誤解というか風評被害である。
「‥‥まあ、人間は思い込みの生き物だしな。アヤカシに間違われたのは気の毒だが、ちょいと笑えた」
 と口元に笑みを浮かべた皇輝夜(ia0506)は、さて、と仕切りなおして。
「その気の毒な女性の為にも、さくっとアヤカシ退治といきますか」
『恋心も、時に恐怖に負けますか‥‥難しいものです』
 手元の式紙人形を通じて意思を伝える青嵐(ia0508)。はじめは驚くかもしれないが、腹話術とはなかなかに興味深い。
「ホントアヤカシってドコにでも出てくんねー。何て大変なんだ! アタシら開拓者!」
 台詞だけ聞けば事態を憂えているように聞こえるのだが、十河茜火(ia0749)は何故かニヤニヤ楽しそうである。
「アヤカシを斬ってみたかったなぁ‥‥」
 ぽつり、呟いたのは佐竹利実(ia4177)。いかに斬るかというのが彼の研究題材であり、今回も意識はそちらに向いているようだ。
「北面の志士として、姫君の依頼を受けぬ訳にはいかないだろう」
 うむ、と一人頷く渋いおじ様伊集院玄眞(ia3303)。それに風流な柳の下で美女との逢引きもできるらしいしな、と付け加えれば、凪木九全(ia2424)の視線がつきささった。咎める視線というよりただじっと見つめられているだけなのだが、思わず「ああ、本来の努めも忘れてはおらんぞ」と告げて。
「アヤカシ退治なら望むところだぜ! んー‥‥火の玉って斬れんのかな? つーか水でもぶっ掛ければ消えんじゃないのかな?」
「アヤカシですからもしかしたら、物理的な炎ではないのかもしれません。でも‥‥幽霊だと‥‥実体はないですよね? アヤカシなら殴れますよね? どっちなんでしょう?」
 秋霜夜(ia0979)が首をかしげる。確かに通常の武器攻撃が効くかどうかでだいぶ違ってくる。
「皆さんの言う通り、もうすこおし情報がほしいなぁ」
 諸葛・紅(ia0824)が閉じているようにも見える細めた目で、忙しなく働いているギルドの職員を見た。忙しそうではあるが依頼遂行に当たって聞いておきたいことがいくつかある。一同は立ち上がり、一人の職員を捕まえて質問をぶつけることにした。
「出てくる時間帯に決まりはあるのか?」
「最初の被害者が襲われたのは夜でしたね」
 九全の問いに職員は、紙束をめくりながらゆっくりと答える。
「被害者はどんな襲われ方をしたのでしょうか」
「それが‥‥噂では、恋人とよく忍び会っていた柳の木――に向かう被害者を目撃した人がいます。遠目から見ても柳の下にいた女性は被害者の亡くなった恋人に似ていて。だから被害者も近づいたようです。そこで、抱擁のさなかに首筋に噛み付かれて、次第に食べられていったと我々はみています」
 霜夜の言葉に職員は答えて。どこか悲しそうな顔をした。
『恋人の姿を真似られたということでしょうか』
「いや、真似というより‥‥」
 苦笑してうつむいた職員の言葉を、青嵐は待つ。真似たというより?
「悲恋の末に並々ならぬ未練を残して亡くなった女性の怨恨から発生したアヤカシなのではないかと。その場合、たいていは生前の姿をしているのです。我々はそのアヤカシを『恨み姫』と呼んでいます」
「悲恋の末に‥‥ということは、アヤカシになっても相手を思っていて、けれどもアヤカシであるからして、ただの思慕でとどまらず慕い殺す――そんなところでしょうか」
 たたえた微笑を崩さず、梓が告げる。それが事実だとしたら、女の思いは怖いと見るか、そこまで一途に人を思えるのはすごいと見るか、果たしてどちらだろうか。
「その話からすると、物理攻撃は聞くように思えるが」
「ええ。効くことは効きます。ただ」
「ただ?」
 輝夜の言葉に返した職員は「注意してくださいね」と付け加えて。
「効いてはいるはずなのですが、その痛みを感じることはないらしく、それゆえ痛みで怯むなどということはないでしょう」
「それは厄介かもな。気をつけとくよ、ありがとな」
 ルオウ(ia2445)が礼を告げて、一同はギルドを後にする。するとギルドの外で待っていた茜火が手を振ってみせた。
「アヤカシ退治の宣伝してきたよー。少しでも邪魔が入らないように。さてさて、今日の舞台が待ち遠しいねー」
 邪魔が入ると興がそがれちゃう、そう呟いた茜火の表情はなんだか嬉しそうで、祭りの前の子供のようでもあった。



 必要があれば囮作戦も考えていたのだが、どうやらその必要はなかったようである。柳の木にだんだんと近づくと、ぽう‥‥ぽう‥‥と次々に鬼火が姿を現して。その様子はまるで「灯る」という表現がふさわしいものであったが、実際そんな風流な感覚に浸っている暇はない。
 髪は若干乱れていたが、そのアヤカシはかわいらしい町娘のような姿をしていた。
「アイタイ‥‥アノ人ハ、ドコ」
「来ましたね‥‥あなたが来るのを待っていたんですよ」
『己がその愛し人を殺めたことを覚えていないのでしょうか。いや、アヤカシですからもう空腹を満たす本能しかないのかもしれません』
 梓と青嵐の言葉にも女性は顔色を変えない。ただその瞳が獲物を捉えるように鋭く光っただけで。次々と、女性の周りには鬼火が浮かび始める。
「あんまりええ雰囲気ではないなぁ‥‥慎重にいかな」
 後方に位置して相手の出方を見極めようとする紅。
「アヤカシ相手に容赦は必要ないな」
「いきますね!」
 調査の意味をこめて、九全と霜夜がアヤカシたちとの間合いをつめる。霜夜の攻撃は鬼火の一つに命中したが、女性を狙って疾風脚を放った九全だったが、鬼火が邪魔をして女性との距離をつめる事が叶わなかった。一時間合いを取り、次の攻撃の準備をする。
「効くみたいです。手ごたえはありましたが‥‥」
 だが痛みを感じている様子はなく、霜夜に攻撃された鬼火は、彼女たちが後退するのを追うように火炎を放ち、ぶつけてくる。一体がそれを始めると、倣うように残りの鬼火も火炎を吐き出し、ルオウや利実、玄眞、茜火にぶつけた。
「アハハハ! 逢いたかったよ愛しのアナタってねっ」
 火の玉に焼かれた傷を無視して、茜火は女性を見据える。
「スゴイスゴイ! やり方教えてよー。アタシもリンちゃん沢山呼びたいー!」
 鬼火を多数使役するような女性に純粋な賛辞を浴びせかけながらも、茜火が投げつけるのは斬撃符。効果はあるはずなのだが、女性は痛そうな顔を一切見せず、そして――口元を動かした。
『クルシイ‥‥アノ方ハ何処』
 女性の口は動いたはずなのだが、声が聞こえたのは茜火だけだった。その言葉が彼女の頭を締め付ける。
「美女に近づくにはまず無粋な輩に退場してもらわねばな」
 玄眞は間合いをつめて鬼火に切りかかる。それにあわせて利実も鬼火を斬りにかかった。刀を研いで精神を高めておいたが、だが。
「うーん、こう、斬る感触がビャッ! て感じだ! つまらん!」
 あまりお気に召さなかったらしい。
「確かに痛みに怯む様子はないようだな」
 玄眞も己が斬り付けた鬼火を見るが、手ごたえはあったはずなのにまったく意に介されていないようだった。
「散れ!」
 炎魂縛式を使用して太刀を振り下ろす輝夜。痛みに動じず自らの体を体当たりするようにぶつけてくる鬼火の攻撃が痛い。
「これで、終わりだぜ!」
 ルオウは上段から刀を振り下ろし、鬼火を斬り付けた。数回の攻撃を受けていた鬼火は、彼の攻撃で消える。痛みで怯んだりという行動がない分、いまいちどの辺がとどめになるかわかりづらかった。
「なるべく各個撃破でいきましょう」
 一対一に近い戦い方になっていたのを、梓が注意を喚起する。とにかく数を減らさないことには、こちらが受けるダメージも減らない。梓は巻き打ちで、玄眞が攻撃した鬼火を攻撃した。
「今、直したるからな!」
 思いのほか鬼火の攻撃は激しい。紅は先ほどから治癒符を使用していたが、なかなか回復が追いつかなかった。けれども。
「皆がんばってな‥‥うちも頑張るさかい‥‥!」
 諦めない。いつか活路は見えてくるはずだから。
「うわぁぁぁぁぁ!」
 その時、女性が何事か行動を起こした。同時にルオウが錯乱したかのように叫びだし、一番近くにいた梓に斬りかかる。
「!?」
 咄嗟にそれをかわした梓だったが、服の腕の辺りが切り裂かれてしまっている。
「どうやら厄介な力も持っているようですね」
「さっきアタシもなんかやられたよー」
 立ち直った茜火が、弱っている鬼火を見極めて斬撃符を発動させる。梓はもう一度ひらりとルオウの攻撃をかわしていた。
『早く鬼火を退治して、女性に当たったほうがよさそうですね』
 青嵐が仲間を斬りつけてしまわぬようにと縦に斬る様に斬撃符を放つ。
「あ、俺、何してたんだ?」
 しばらく後、正気に戻ったルオウは自分が仲間と対峙しているのを見て呆然とした。近くにいた梓が、微笑を浮かべたまま答える。
「どうやら錯乱させられていたようですね。あの女性の幽霊の力でしょう」
「なにぃ!?」
 鬼火の数は三体に減っていた。ちなみにうち一体は、錯乱しているルオウに近づいて攻撃しようとした鬼火が、彼の標的となって消えたのである。梓がルオウから間合いを取ったことで、一番近い標的がその鬼火となったのだった。
「くそっ、馬鹿にされたまま終われるかよ!」
「あと少しで鬼火の始末が終わる。その後思う存分暴れたらどうだ」
 鬼火の数が減ったことで九全は女性の近くによることができた。そして足元を狙って攻撃を叩き込んだりとしてみるが、やはり女性は痛みで怯む気配がない。
『私ノコト‥‥愛シテクダサイマスカ』
「!?」
 女性の呟きと共に九全の攻撃がとまる。突然、女性を攻撃してはいけないような気がして。それまでできていた攻撃ができなくなっていた。
「これもアヤカシの能力、ですか‥‥?」
 代わりにと女性に近づいた霜夜が、牽制の意味をこめて女性に拳を叩き込む。女性は厄介な能力を持っているようだったが、一度にその能力を行使できる人数は限られている。火の玉を倒し終えてしまえばこちらは十人で事に当たれるのだ。ダメージを受ける攻撃以外は効果持続時間もそんなに長くはないようなので、なんとか耐えるしかないだろう。
「倒した、か」
 輝夜が太刀を振りぬいて、それまで鬼火がいた場所を眺める。
「あと少しですねぇ」
 フェイントを入れてから切り込んだ利実に続いて、玄眞が鬼火を斬る。痛みで怯みも後退もしないアヤカシは非常にしぶとく感じられたが、攻撃を重ねていけばいつかは必ず倒せる、その信念で一同は攻撃を重ねる。鬼火の火炎や火の玉による被害は大きかったが、懸命に治癒符を使う紅のおかげで何とか戦線は保てていた。
『これで後は女性のみですね』
 青嵐の斬撃符が最後の鬼火を消し去った。それを確認して、一同は女性を半円形に囲むように立った。



「どないなことがあったかしらへんけど‥‥これ以上好き勝手はさせへん」
 紅が氷柱を放ち、キッと鋭い視線をぶつける。輝夜が炎魂縛式を使用して太刀を一気に振り下ろす。
『アノ方ハマダ来ナイ‥‥!』
 自分を執拗に狙う開拓者達を鬱陶しく思っているのだろうか、女性の呪いの篭った声が順に一同を苦しめて行く。だがここで負けるわけにはいかない。霜夜が拳を叩き込み、そして攻撃を受けぬようにと引く。利実がフェイントを交えた踏み込みで攻撃すれば、タイミングを合わせて九全が疾風脚を叩き込む。
 だがここまでやっても女性は引くそぶりも痛みで苦しむそぶりを見せないのは相変わらずで、まるでこちらの攻撃が通っていないのではないかという錯覚さえ覚える。
「さてお嬢さん、悪いが火遊びはここまでだ如何なる未練があるかは分からぬが‥‥その想い、この一振りで断ち斬ろう――」
 炎魂縛武での玄眞の渾身の一撃。
「人を襲うのはもう止めにして‥‥もう、大地に還るといい」
 梓の、横踏からの巻き打ち。
『アノ方ハ‥‥アノ方ハ』
 女性の声は開拓者達を苦しめるが、その言葉から生前の女性の思いが想像できて、切なささえ覚える。
「ほらほらほら! これで『あの方』の処にいけるかもよ!?」
 茜火の斬撃符が容赦なく女性を攻め立てる。
 どの位経っただろうか。終わりの見えにくい戦いも、確実に終わりに近づいていた。
「これで‥‥終わりだ!」
 地断撃を打ち込んだルオウが、そのまま気合のこもった強打を打ち込む。その体がぐらりと傾いだのを支えるように青嵐が女性の頭を掴んだ。
『風姫・三途渡しです』
 最早二度と現世に迷わないくらいしっかりと。アヤカシに取り込まれてしまった想いも、無事に昇華されますようにと至近距離で斬撃符を使い続けた。

 そして――実体を失っていく女性アヤカシに。

「もう安心して眠り‥‥これからは良い夢みるんやで」
 紅がぽそりと声をかけた。



「ヘンな噂が立ってんなら柳を全部打ち倒しちゃえばー? そんときゃアタシも手伝いに行くよっって伝えてっ」
 冗談か本気かわからない調子で告げて、茜火は一同と別れた。アヤカシ退治の余韻に浸るためだ。九全、輝夜、紅もその場で別れる。
「私は幽霊に想いを取り込まれた女性について調べてみます。後日お花を供えたいので‥‥」
 霜夜はぺこりと頭を下げ、その場を辞した。
 残りの者は嵯峨野宮家へと向かい、案内を請う。案内として出てきた女童に利実はお駄賃とお菓子を手渡して。
「お使いご苦労様です」
 深々と礼をしたものだから、女童の方がびっくりしているようだった。そして彼は「喜びを運ぶ」という花言葉のある梔子の花を渡してもらうように頼んだ。
「もう倒したから安心してよな!」
「あらまぁ、開拓者様達ですわね!」
 通された室の先に待っていたのは、妙齢の女性。ルオウの報告に、常盤は思わず腰を浮かせて。
「あなたの無念は晴らしましたよ。魅力的な女性をアヤカシと間違えるような、失礼で心の弱い男など早く忘れて‥‥。新しい恋を見つけてくださいね」
 梓の美しい微笑に、見とれつつも常盤は何度も何度も頷いた。
『恐怖に負ける程度の恋心なら、もしかしたら本気でなかったのかもしれませんしね‥‥』
「本当、薄情な方なのですわ!」
「イイ男なら、例えアヤカシだろうと美女の相手をするものだ。次は今回のような青二才より、頼れる男と出会える事を祈ってるぞ。だからと言って、私に惚れてはいかんぞ?」
 青嵐と玄眞の言葉に頷いた常盤は扇を開いて口元にあて、悪戯っぽく瞳だけを向ける。
「皆様麗しい殿方ですから、私、惚れてしまいそうですわ」
 冗談だと思ったら、その瞳には若干本気がこもっているようで。
 この人だったら大丈夫かもしれない。