屋形船の誘惑
マスター名:雨宮れん
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/08/11 19:35



■オープニング本文

 夏といえば、水辺での遊びが楽しい時期だ。川に船を浮かべて酒を酌み交わしさえすれば気分は極楽。暑さもどこかへ吹き飛んでしまう。
 今日もどこぞのお大尽が屋形船を貸し切り、着飾った芸者を何人も乗せて、川へとこぎだした。三味線や笛の音が川岸まで響いてくる。
「まったくいいご身分だな」
 川魚の漁に使う網をつくろいながら男がぼやいた。
「働かなくていいご身分なんだから、羨ましいことだね」
 と、同じように網を繕っていたもう一人が同意する。二人の視線の先では、窓を全開にした屋形船の中で、華やかな衣装の芸者が扇を手にくるくると舞っているところだった。
「あー、俺も昼間っから綺麗どころはべらせて、酒飲みたいなあ」
「言ってろ、言ってろ。言うだけならただだ。て、おい、見ろよ!」
 片方の男が腰をうかせた。水面を優雅に滑っていた屋形船が、急に傾く。けたたましい悲鳴が、響きわたった。
 男たちは見た。川の中にいる女が、屋形船に乗り込み、次から次へと乗っていた人間たちを食らい始めたことを。
「ア……アヤカシだ!」
 川に投げ出された芸者たちを助ける余裕もない。男たちは、慌てて助けをもとめて走り出した。
 
 ギルドに集まった開拓者たちは、受付の青年の広げた地図をのぞきこんだ。青年の指さしたのは、かなり川幅の広い場所だ。もう少しくだれば海へと出ることができる。
「アヤカシは、このあたりにいるようです。退治しようと思ったら、川岸へおびき寄せるか、船で近づくしかないでしょうね。このあたりは、橋はなくて両岸の行き来は渡し船のみですから、皆たいそう困っています。一人だけ岸へ泳ぎ着いた芸者がいるのですが、彼女の話によればアヤカシは恨み姫の可能性が高いでしょう」
 受付の青年は話を続ける。一人だけ生き残った芸者(菊千代という名前らしい)は、はとっさに着物を脱ぎ、下着一枚になって岸まで泳いだのだという。
「一瞬の判断が、生死をわけたんですねえ」
 青年は感心したような声音で言うと、お願いしますねぇと開拓者たちを送り出したのだった。


■参加者一覧
風雅 哲心(ia0135
22歳・男・魔
玲璃(ia1114
17歳・男・吟
風鬼(ia5399
23歳・女・シ
からす(ia6525
13歳・女・弓
オラース・カノーヴァ(ib0141
29歳・男・魔
琥龍 蒼羅(ib0214
18歳・男・シ
燕 晶羽(ib2655
15歳・女・志
セゴビア(ib3205
19歳・女・騎


■リプレイ本文

●美人芸者との顔合わせ
 生き残ったのは美人芸者だと聞いていたが、開拓者たちを出迎えたのはたしかになかなかの美女だった。横になっていたらしく、寝巻きの上から一枚ひっかけただけで、やや髪が乱れている。
「すみませんね、こんな格好で」
 わびを入れながら、彼女は布団を脇によせ、客人が座ることのできる空間を作る。
「こちらこそ、こんな時にお邪魔してしまって申し訳ありません」
 玲璃(ia1114)も、丁寧に頭をさげて返す。それから並べられた座布団の上に座を占めた。
「誰かに恨みを抱いて、という部分がちょっと引っかかってな。以前にその手の話があるなら、と思った次第だ」
 風雅 哲心(ia0135)は、目撃されたのは、悲恋の末に並ならぬ未練を残して死んだ女性の怨恨から発生するアヤカシであることを菊千代に告げた。あらまあ、と言って芸者は哲心を流し見る。その目つきはかなり色っぽかった。
「正直なところ、あの川に身投げする人は多いんですよ。橋がないし、川幅も広いし、でね。真ん中まで船を漕ぎ出してそこから飛び込んだらまず助からないでしょうね。誰にも見つからずに中央まで行ければ、だけど」
 ただ‥‥と菊千代は添乗を見上げた。
「つい最近、やっぱり若い娘さんが身を投げてねぇ‥‥。失恋した相手ってのがあの日船を出していた嘉納屋さんなんですよ」
 嘉納屋というのは、ちょっとした糸問屋の主でつい最近結婚したらしい。新婚ほやほやで芸者遊びとはいい度胸だが、昔から遊び人で知られていたのだとか。彼の結婚の影で涙を流した女性の数は、どう少なく見積もっても両手の数では足りないだろうと芸者は噂話を教えてくれた。
「川のどのあたりで襲われたんですか? どんな感じで?」
 からす(ia6525)が、身を乗り出した。
「真ん中の方まで行っていたとは思うんだけど。そうね、だいたいこのあたりかしら」
 部屋の隅から紙と筆を持ってきて、菊千代はさらさらと地図を書く。襲われたのは、川魚の漁師たちが船を停めている近くでもある。
「どんな感じで攻撃してきたかって言うと、よく覚えていないんですよね。気がついた時には嘉納屋さんが頭からばりばりと食べられていたし」
 それを見て怖くなり、とっさに着物を脱ぎ捨てて川に飛び込んだのだという。それで正解だったのだ。水を吸った着物は重くなる。着たまま水に飛び込んだ者は、アヤカシに追いつかれてしまったのだから。
「全てが終わったら、屋形船を仕立てて川遊びと洒落込みたいものだな。その時は姐さんも来てくれるか?」
 哲心の言葉に、美人芸者は笑顔を返した。
「お安い御用ですよ」
 こうして三人は見送られて、芸者の家を後にしたのだった。

 風鬼(ia5399)は、芸者の家の近くに身を潜めていた。聞き込みに入っていった三人とは別行動だ。確実にそうという確証はないのだが、生存者が犯人という可能性もある。ただ一人生き残ったのだとそれだけで疑う理由にはなる。
 三人を見送った芸者は、家の中に入ったきり出てこない。時おり近所の住民が行き来するが、怪しい動きは見出せないまま、時間だけが過ぎていく。
「やれやれ、見当違いだったようですな」
 つぶやいて、風鬼は時間を確認した。そろそろ作戦準備に取りかからなければならないが、船の準備に風鬼が加わる必要はないだろう。
 川の周囲の偵察をしておこうか。アヤカシが出たばかりで近づく者はいないだろうが、万が一ということもある。風鬼は川の方向に向かって歩き始めた。

●川べりの調査そして‥‥
「全員で芸者のところに聞き込みに行く必要もないだろう」
 と言った琥龍 蒼羅(ib0214)の提案で、残るメンバーは直接川へと向かっていた。
「俺は船を借りてこよう」
 オラース・カノーヴァ(ib0141)は、借りられそうな船をもとめて、川岸で網を繕っている漁師たちのもとを訪れた。アヤカシが退治されていないため、漁に出ることができず、こうして網を修理するしかやることがないらしい。
「船を貸してもらえないか?」
 美人芸者にまったく興味がないというわけではないが、以前一緒に仕事をしたことのあるセゴビア(ib3205)の手前、そちらの聞き込みに同行するのは遠慮した。
 セゴビアは、川の流れを確認していた。どのあたりに船を漕ぎ出せばいいのか。どのあたりで待ち構えればいいのか。身を隠すのに最適な場所を探すのも忘れない。
 セゴビアを、船を借りる交渉を終えたオラースが呼んだ。どうやら船に縄を縛りつける作業に入るようだ。
「もやい結びなら任せて!」
 セゴビアは以前の依頼で習得したもやい結びで、しっかりと船に縄を縛りつける。

 燕 晶羽(ib2655)と蒼羅は、漁師たちに聞き込みをしている。
「この川に現れたのは、女の怨恨から発生するアヤカシだ。何か心当たりはないか?」
 蒼羅にたずねられ、漁師たちは顔を見合わせる。
「この川は入水自殺が多いからなあ」
「最近といったら、嘉納屋さんか?」
「ああ、あの人は遊び人だったからなあ」
 彼らが口々に語る情報をまとめると、嘉納屋に失恋した若い娘が川に飛び込んだのだという。嘉納屋は、最近結婚したばかりなのだとか。
「恨みなど‥‥捨ててしまえばいいのに。迷惑な話」
 漁師たちから話を聞き終えた晶羽は、川に石を放り込んでみた。アヤカシが姿を現すのではないかと少し期待したのだが、そんな気配もなく、ぽちゃりと川魚が跳ねただけ。
 本当にここにアヤカシがいるのだろうか? そう疑いたくなるほど、周囲の景色は平和だった。
 ついでに自分の用意してきた荒縄の長さと、川幅を比較してみる。十分足りそうだ。これならば仲間が船から落ちた時に、投げて救出することもできるし、船に縛りつけた縄が切れた時にも代用できるだろう。

 そんなことをしているうちに、聞き込みに行ったメンバーが合流した。互いに仕入れた情報を交換し合う。
 恨み姫の主目的である嘉納屋はもう殺されてしまっているが、それでアヤカシの目的は果たされたわけではない。これからも無差別に人を襲い続けるのだ。一刻も早く倒さなければならない。
 失恋して身を投げた女の怨念についたアヤカシならば、仲睦まじい恋人同士の姿を見せつけてやれば姿を現すかもしれない。囮を出すことまでは決まっていたのだが、その役に誰がやるかまでは決めていなかった。
 相談の結果、哲心と玲璃がその任にあたることになった。実を言うと二人とも男性なのだが、玲璃はよく女性と間違われるほどの美貌の持ち主であるし、彼の持つスキルは岸までアヤカシを引き寄せるまでの間自身と哲心を守る役に立つだろう。
「では囮役をしっかり果たして参ります」
 そう言って、玲璃はオラースとセゴビアが用意を終えた船に乗り込んだ。

●おびき寄せられたアヤカシ
「アヤカシがいるとは思えない平和な光景なんだがな」
「‥‥そうですね」
 アヤカシの目から見れば愛の言葉を交わしているように見えることを祈りながら、哲心と玲璃は顔を寄せて話こんでいる。玲璃の瘴索結界には、やや下流にアヤカシがいる気配がひっかかっていた。
「‥‥あのあたりにアヤカシの気配があります」
 玲璃の警告に哲心は刀に手をかけた。
 船が揺れる。
「落ちないようにしろ!」
 哲心は玲璃の注意をうながす。恨みがましい声をあげながら、船の上に乗り込もうとしているのは、確かに女の姿をしたアヤカシだった。

「まだ引くには早いですなぁ」
 視覚での確認に追加して、超越聴覚で船の気配に耳をかたむけている風鬼は、船を引き寄せるタイミングをはかっている。そのすぐ側で身を隠しているからすは、弓に手をかけた。合図があり次第アヤカシを攻撃できるように。
「現れたか‥‥ここまでは想定通り、だな。」
 心覆を使って身をひそめている蒼羅は、額の汗をぬぐった。後は船に乗り込んでいる二人と、縄を引く係りになった三人の連携に賭けるしかない。

 船に乗り込んだ二人は、アヤカシに怯えるふりをしながら岸へ向かってこぎ始める。船に完全に身を乗せた恨み姫が、にたりと口を開いた。そこだけ赤い唇が、顔を二つに割るほどに裂けていく。
「縄を!」
 哲心が叫んだ。
 縄を握りしめて待っていたセゴビア、オラース、晶羽の三人は立ち上がって勢いよく縄を引き始める。
「一気に行きたいけど、ここは慎重に、だねい!」
 船が傾くのを見たセゴビアは、一度手を緩めた。船の上の二人が体勢を整えるのを確認してから、再度縄を引く。

 きぃきぃとアヤカシが声をあげるのが、岸まで聞こえてきた。アヤカシが手をふりあげる。攻撃のかまえだ。
「そうはさせません!」
 玲璃は神楽舞「護」を使った。相手にしているアヤカシが恨み姫だというのならば、さまざまな特殊攻撃をしかけてくるはずだ。
 揺れる船の中でバランスをとりながら、哲心は刀を抜く。

「もう少しか?」
 オラースが声をあげた。三人がかりで引いている縄は、船を岸へと引き寄せている。そろそろ浅瀬へと到達しそうだ。それでもまだ、もう少し時間がかかるだろう。

 かかってきたアヤカシに、哲心は刀を振り下ろした。
「芸者らの二の舞になってたまるか。大人しくしやがれ!」
 手首に刀が食い込むが、痛みを感じないアヤカシは引こうともせず、そのまま哲心に顔を寄せる。哲心の目と、アヤカシの目が合った。妙な感覚が、哲心の心を襲う。
眉をしかめて、哲心は耐えた。アヤカシの魅了を跳ね除け、再度刀で斬りつける。
 玲璃は、神楽舞「護」で自分の抵抗力をあげている。アヤカシからしてみれば哲心だけではなく、自分も攻撃対象となるだろうから。
「よし! 皆で囲むんだ!」
 蒼羅の声を合図に、岸で待ち構えていた開拓者たちは行動を開始した。

●囲まれた恨み姫
 晶羽は、アヤカシの左手へを回り込んだ。武器を構え、逃がさぬようにアヤカシの退路を断つ。セゴビアは、オーラを使った。
「水の上だとちょっと追いつけないかも。ここでやっつけよう!」
 彼女は積極的にアヤカシに挑みかかる。
 船から飛び降りた玲璃は皆の後方へと下がった。順番に神楽舞「護」をかけていく。
 風鬼は、アヤカシの後ろへと移動する。水の上でも地上と同じように行動できるのは、水蜘蛛を使っているからだ。自身の影をのばして、恨み姫の行動を縛る。
 からすは、身を隠している場所で弓を引き絞った。
「君に食われた者達の恨みを代弁しようか‥‥人を呪わば穴二つ。思い出の時に、還るといい」
 放たれる矢。思ってもみなかったところから攻撃を受け、アヤカシの身体がゆらぐ。
「敵は一体だけのようだな」
 いつでも抜刀できる構えになった蒼羅は、敵の数を確認して安堵の息をついた。一体だけだというのなら、全力で止めを刺すまでの話だ。
 オラースの武器から走り出した吹雪が恨み姫を襲う。恨み姫は、目の前にいた哲心に襲い掛かろうとした。
 その動きをアヤカシの死角から回り込んだセゴビアが邪魔をした。何とも言えない叫びをあげて、アヤカシはセゴビアに襲いかかる。
「邪魔されて怒った? でもね、怒ってるのはこっちも同じなんだよっ!」
 彼女のマントがひらりと宙を舞った。
 隠れた場所から、からすは矢を放ち続ける。風鬼は水の上を滑らかに動き回っては、アヤカシの死角に回り込んで、影縛りをかけている。
 構えて待つ晶羽の目の前によろめいたアヤカシがやってきた。しなやかに晶羽は動いた。抜刀し、恨み姫に刀を突き立てる。
 そのアヤカシの背中にオラースのブリザーストームが叩きつけられる。それを最後に、アヤカシは消滅した。
「すべては修練、強くなるため」
 晶羽はそうつぶやいて刀をおさめる。
「さて、芸者たちと一杯やるとするか」
 囮という大役を終えて、哲心は笑った。

 アヤカシのいなくなった水面を、軽やかに屋形船が滑っていく。綺麗な着物を身につけた芸者たちが何人も乗り込んでいた。その中心にいるのは、ただ一人生き残った彼女だ。
「皆、お疲れ。茶は如何かな」
 からすは持参の茶を皆に勧める。酒の方を選んだ者には、芸者が銚子を取って注いでやった。からすは目を細めた。平和を取り戻した川の景色。これもまた風情というものなのだろう。
 宴会を始めた皆から少し離れて、玲璃は船の後方に立っていた。しばらく川を眺めた後、扇子をかざして緩やかに舞い始める。アヤカシの犠牲になった者たちに捧げる鎮魂の舞を。
 屋形船の中央では、にぎやかな音楽が始まろうとしていた。