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■オープニング本文 亀屋は、たいそう繁盛していた。もともとは和菓子屋として始まったのだが、今の主亀之介の代になってからというもの、食に関するありとあらゆる商品を扱うようになったのである。今では、この町に菓子・総菜を扱う店、食材を扱う店、小料理屋の三店舗を構えるまでになっていた。 「それでは留守をよろしく頼みますよ」 商用で安州まで行かなければならない亀之介は、息子の亀吉と番頭の源太を呼び寄せた。 「お前もそろそろ仕事を覚えてもいい頃だ。留守の間、私の代わりをお願いしますよ」 そう亀吉に言うと、亀之介は源太に向き直った。 「留守の間、亀吉をしっかり支えてください。それと近頃は物騒ですからね。くれぐれもよろしく頼みますよ」 亀之介は使用人相手にも丁寧な言葉遣いを崩すことはない。かしこまりました、と頭をさげて源太は出立する主を見送る。 「お父さんがいない間、心配だなー」 亀吉の心配ももっともだった。近頃このあたりでは、押し込み強盗が多発しているのである。夜中に扉を破って押し入り金品を奪い取るのである。反抗して殺された者もいるらしい。 「ぼっちゃん、心配することはありませんよ。源太がしっかりお守りしますから」 とはいえ、源太も腕っ節が強いというわけではない。 「源太だけじゃ不安だよ」 そう言う亀吉は、大事に大事に育てられてきたためか、十二という年のわりには幼いところもあるようだ。 父である亀之介は、十二歳の時に勉学のために都へとのぼり、その後諸国を周遊してきた経歴を持っている。そんな亀之介が家にいるのといないのとでは、安心感がまるで違う。 思案の末、源太は妙案を思いついた。 「それではこうしましょう。開拓者の皆さんに来てもらえば安心ですよね?」 「そうだね。それなら安心だ」 そして、亀吉は初めて安心したように笑ったのだった。 何はともあれ、今この町に滞在している開拓者を探すことにしよう。店番を他の者にまかせ、源太は町へと走り出したのだった。 |
■参加者一覧
空(ia1704)
33歳・男・砂
ジェシュファ・ロッズ(ia9087)
11歳・男・魔
セシル・ディフィール(ia9368)
20歳・女・陰
メグレズ・ファウンテン(ia9696)
25歳・女・サ
ベルトロイド・ロッズ(ia9729)
11歳・男・志
イリア・サヴィン(ib0130)
25歳・男・騎
リン・ローウェル(ib2964)
12歳・男・陰
鬼灯 瑠那(ib3200)
17歳・女・シ |
■リプレイ本文 ●源太の依頼 源太は、街で見つけてきた開拓者たちを丁重に店の奥へと案内した。 「子どもだけの留守番の最中に強盗の心配、か。まるで良く出来た物語か何かのような話だな‥‥」 リン・ローウェル(ib2964)は出された冷たい茶を飲み干しながらつぶやく。 「腕っ節の強い者は旦那様がお連れになりましたし、押し込むのならば今がいい機会ではないかと」 すかさずリンの湯飲みに新しく茶を注ぎながら源太は言った。 「亀屋は繁盛しているからな。強盗に目をつけられてもおかしくはないだろう」 イリア・サヴィン(ib0130)は、腕を組んで考え込んだ。 「よーするに留守の間の用心棒してりゃいんだろ? 何も起きずに人件費だけ貰えるならソレはソレでいいんだがな」 さすがに後半は口の中で空(ia1704)が言ったのに、源太は律儀に 「それはもう、何も起きなくても当然お約束した金子はお支払いさせていただきます」 と、頭をさげる。それから姿勢を正し、 「よろしければ、護身術などもご指南いただけませんでしょうか? 万が一、私や坊ちゃんの身に危険が及んだ時に逃げ出す隙を作ることができればそれでいいのですが」 盗賊相手に戦うなどと言い出さないあたり、いさぎよい。自分の力を確実に把握していると言えるだろう。メグレズ・ファウンテン(ia9696)が、又十手を差し出した。 「そういうことでしたらこれを。これでしたら敵の振るう武器を受け止めることができますし、短いのでご主人に当たってしまうこともないでしょう。使い方は後ほど」 ありがとうございますと礼をのべて、源太はそれを受け取った。 「護身術と言っても難しいですね」 セシル・ディフィール(ia9368)は、顎に手をあてて、天井を見上げる。一日二日で武芸の達人になれるというわけでもないだろう。もっと何か素人でも簡単に使えそうなものはないか。 「袋に米ぬかなどの粉を入れて目潰しに使うというのはどうだ?」 「それはいいかもしれません。一味唐辛子など入れておくと、より効果が上がるかも知れませんね」 イリアの言葉にセシルはさらなる発展をくわえた。 「いずれにせよ、身近に賊がせまったら逃げていただくのが一番いいでしょう。そのくらいのことでしたら、私も教えることができると思います」 鬼灯 瑠那(ib3200)は、逃げ方指南の他、雑用も引き受けることを申し出た。 「それじゃ僕は、ちょっと外を見回ってこようかな。どこから強盗が押し入ってきそうか予想できるかもしれないし」 「僕も、ジェシュと一緒に行ってくるよ」 双子の兄弟、 ジェシュファ・ロッズ(ia9087)とベルトロイド・ロッズ(ia9729)は、二人揃って部屋を出て行く。 「時間の取れる時に、身体を休めておいた方がいいでしょう。交代で休憩を取ることにしませんか?」 メグレズの提案には、全員が同意した。強盗が押し入ってくるとすれば、夜の方が可能性が高いだろう。ならば昼間は少しのんびりした方がいい。 ●聞き込みと特訓と リンは、源太と亀吉の二人に短刀を差し出した。 「これを持っていれば、自分の身くらいは守れるだろう。持ち方はこう。そして、こう使うんだ。よし、やってみろ」 リンから受け取った短刀を手に、二人はおっかなびっくりリンの動きを真似る。二人とも刃物を持つ手つきが危なっかしい。特に亀吉の方はへっぴり腰で、自分の身体を傷つける可能性の方がはるかに高そうだ。 「違う違う。こうだ! そんなに腰を引くんじゃない。それでは、敵にあたらないぞ!」 リンの厳しい指導に五分とたたず亀吉は根をあげた。 「こんなの嫌だよ、うわあああん!」 派手に泣き声をあげて、その場から逃走する。リンは憮然として、落とされた短刀を拾い上げた。 「何なのだ、あいつは」 「申し訳ございません。亀吉様は身体を動かすのが大嫌いでして‥‥」 源太は、申し訳なさそうにリンに詫びる。だからと言って逃げ出すのか。我がままもいいところだと思ったのだが、リンはそこはつっこまないことにした。 裏口で涼んでいた空に、その光景は丸見えだった。 「甘やかされてんなぁ‥‥」 思わず空はつぶやいた。とはいえ、彼が出て行く幕ではない。面倒が起きたら呼ぶように言ってあるし、呼ばれないということは彼の手は必要ないということだろう。涼しい風を受けながら、昼寝をすべく空は目を閉じた。 うわあああん、と泣きながら走っていった亀吉を優しく受け止めたのは瑠那だった。 「君は誰?」 「しばらく亀吉様の警護をさせていただく瑠那と申します。何でもお申しつけくださいませ」 深々と礼をする瑠那に、亀吉は気を取り直して、源太に短刀の使い方を指導しているリンを指差した。 「あいつ、僕に短刀を使えって言うんだ。そんなの無理なのに」 「そうですね。いきなり武器を持つのは難しいかもしれませんね」 そう言って瑠那は、亀吉を今夜寝る部屋まで連れて行った。入り口が一つ。窓が一つだけある部屋だ。その窓から隣家の屋根の上に抜け出ることができる。 「もし、賊が押し入ってきたら‥‥部屋の中にある物を投げつけて、ここからお逃げになればいいのです。あとは私たちにお任せください」 ぱっと亀吉の顔が明るくなった。そのくらいなら、何とかなりそうだ。 セシルは、亀屋の向かいにある豆腐屋に入った。商品の大半は売り切れて、そろそろ店を閉めようかという頃合だ。 「最近、周辺をかぎまわっているような怪しい人間を見かけませんでしたか?」 セシルの言葉に、店の女主人は身を乗り出すようにして情報を提供してくれた。 「そうなのよ。最近目つきの悪い男たちがうろうろしていてねぇ。同じ顔は見ないんだけど‥‥亭主とも、あれは強盗が下見しているんじゃないかって話をしていたところなのよ」 「ありがとうございます。貴重な情報を提供してくださって助かりました」 セシルは店を出て、一応の警戒をすべく亀屋周辺をもう少し探ることにした。 亀屋の中は、いい香りがただよっていた。午後のおやつの時間に備えて、亀屋名物『包み揚げ』を準備しているのである。店員が差し出したそれを齧りながらイリアは、何気ない口調で店員に問いかけた。 「最近変わった客が来なかったか? 店の雰囲気にそぐわない客とか、根掘り葉掘り店のことをたずねていく客とか」 「そうですねぇ。とはいっても、当店にはいろいろなお客様いらっしゃいますので‥‥難しいですね。お食事を出す店でしたら、裕福なお客様に限られますし、惣菜店はおかみさんが多いのですが‥‥」 店の奥で売っている高級和菓子はともかく、店の前に卓を出して売っている包み揚げは子どもの小遣いで買える程度の金額だ。種類も豊富だし、あらゆる客層が来店するのも納得がいく。 店員は仲間たちも呼んで、交代でイリアと話をさせたのだが、怪しい人物についての情報は見つけ出すことができなかった。 「それと頼みがあるのだが、こういったものは用意できるだろうか?」 イリアの言葉にうなずくと、店員は奥へと入っていった。 爆睡を使ってゆっくりと休んだメグレズは、リンと交代した。 「こう持って、敵の攻撃を払う、受け止める。そして、逃げる。これならできそうですか? では私が打ち込むので、源太さんは攻撃を止めてください」 メグレズの丁寧な指導を受けた源太は、さっそく又十手を構えた。もちろん加減はしているが、メグレズが繰り出した刀を十手で受け止めようというのだ。左から打ち込まれた刀を交わし、右から打ち込まれた刀を受け止める。何度か繰り返すうちに、使い方にもだいぶ慣れてきたようだった。 「短刀よりこちらの方が使い勝手がよさそうですね。こちらをお借りすることにいたしましょう」 念のために短刀も腰に差し込みながら、源太は十手を握りしめた。 「どこから来てもおかしくなさそうだね」 ベルトーとジェシュの二人は、亀屋の前に並んで座っていた。ちゃっかり店員からもらったおやつをかじりながら、道行く人たちを見つめている。周囲の地形を一通り確認し終えて、今は休憩中だ。 そこへ亀吉が合流した。 「留守番している時に、強盗が来るかもしれないなんて怖いよね」 と、ジェシュは亀吉に話しかけた。 「うん。源太は変な特訓とかさせるし、嫌になっちゃうよ。僕も父さんと一緒に安州に行けばよかった」 素直にそれを認めるあたり、育ちがいいというか何と言うか。 「君たちは怖くないの?」 と亀吉に言われて、ベルトーは返す。 「俺たちは開拓者だから大丈夫」 そして、双子はほんのちょっぴり胸をはってみせた。 ●強盗との攻防 使用人たちと協力して瑠那が用意した夕食は、たいそう美味だった。夕食を食べながら、互いの情報を交換する。セシルの話からすれば、源太の言うように強盗が押し入ってくる可能性は高いと言えるだろう。 「それでは私はお店の前に行きましょう。大柄ですから牽制にはなるかもしれません」 メグレズが立ち上がった。 「僕も一緒に行きます。夜更かしは慣れているから寝てしまうことはないですよ」 ジェシュがメグレズに続く。 空は昼間涼んでいた裏口についた。セシルが、裏口から声をかけてしっかりと戸締りしたのを確認している横で、地面に座り込んで苦無でカリカリと地面に文字を書き散らかしている。超越聴覚で聴覚を限界まで研ぎ澄ませているため、人が来るたびにいつでも動ける体勢にはなっているのだが、通り過ぎると元の体勢に戻る、の繰り返しだ。 亀吉や源太他亀屋に住んでいる使用人たちを、一番奥まった部屋に集めてイリアは、それぞれに小さな袋を手渡した。昼間店員に用意させた目潰しの袋だ。中には米ぬかと一味唐辛子が詰めてある。 「いざという時はこれを使うんだ。中に一味も入っているから、目に入ったら相当痛いぞ」 リンから借りた短刀を腰に挟み、メグレズの十手を手にした源太はおそるおそるそれを受け取った。亀吉もそれを手にし、ぎゅっと握りしめる。 「いいかい亀吉さん。賊が来ても落ち着くんだ。将来は店主なんだから君がお父さんのようにしっかりして皆を安心させてやらないと。出来るね?」 イリアの言葉に、亀吉は何度も首をふった。賊がやってきたならば、部屋の中の家具を扉に押しつけて入れないようにすることをイリアが言い含めている間に、リンは足元に罠を設置している。こうして、警護の準備を終えた。 何もないまま夜は更けていこうとしていた。 「盗賊たちは来ないのかな?」 住居の玄関を守りながら、ベルトーはつぶやいた。 「何もなければ、それが一番いいと思います」 瑠那が返事をした時だった。二人の耳が、亀屋の塀の前に集まりつつある足音を捕らえる。時は深夜。明らかにただの通行人ではない。静かに塀を乗り越えてくる男たち。 瑠那は拳を握りしめて、男たちの前に立ちふさがった。 「いらっしゃいませ、そしてさようならです」 「殺しはしないけど、痛いと思うよ?」 ベルトーも愛用の槍を構える。目の前の二人が、子どもと少女と見てとると強盗たちは鼻で笑って刀を鞘から抜いた。 「手加減するな! やっちまえ!」 玄関を血で汚すわけにはいかない。瑠那は、向かってきた男に拳をたたきつけた。槍を手にしたベルトーの自在な動きに強盗たちは翻弄されている。 「こいつら‥‥開拓者か?」 ようやく気がついた彼らは、それでも数を頼りに二人にかかってきた。 「うああああああ!」 裏口から、男の悲鳴が響いてきた。こちらも強盗だ。セシルの放った大龍符に、龍が襲い掛かってくるような幻影に惑わされている。 空の座敷払に足を払われて、強盗が地に転がった。書き散らかした文字を踏みつけて、空は立ち上がった。遠慮はしない。家に入れなければそれでいいのだ。 「人数が多いですね‥‥救援を呼びます!」 イリアと打ち合わせた通りに、セシルは目についた強盗の数だけ呼子笛を鳴らした。八回、笛の音が響き渡る。 その音を聞いたメグレズとジェシュは飛び上がった。メグレズが睨みをきかせていたのがよかったのか、表側には強盗たちの気配はない。 「ここは放棄してもよさそうですね」 メグレズは、素早く判断をくだした。 「裏口へ回りますね!」 コンクワンドを手にジェシュが駆け出す。刀を抜きながら、メグレズもそれに続いた。 裏口に回りかけていたジェシュは、玄関にも盗賊が群がっているのに気がつくと、裏口の援護はメグレズにまかせることにした。裏口へ回るようにメグレズに合図しておいて。自分は力の歪みで目についた男の周辺に歪みを生じさせた。 「いっけぇ〜」 身体を思いきり捻られて、悲鳴をあげた男は倒れる。 「本当に残念だよ。俺はこんなに平和主義者なのにな」 などと嘯きながら、空は手際よく男たちを倒していく。セシルとの連携もばっちりだ。 裏口の援護に駆けつけてきたメグレズに気がついた強盗は、彼女に挑みかかった。 「このぉ!」 メグレズにうちかかった男の刀をスパイクシールドではじき返す。続けてメグレズの渾身の一撃が男にヒットした。 ほどなく、襲ってきた男たちは全員が捕らえられて縄で縛り上げられた。 「結局、僕の出番はなかったということか」 腕を組んで、リンは捕縛された強盗たちを見下ろす。氷のような視線で。 「中に入られなかったのは上出来だったさ」 とイリアは返した。戦闘の場となった玄関や裏口には血は流れているが、たいした量ではない。すぐに洗い流すことができるだろう。 夜明けを待って、開拓者たちは強盗を役所へと突き出した。やはり彼らは、このあたりを荒らしまわっていた強盗だったらしい。ということは任務終了だ。 源太から料金を受け取って、皆が店をあとにしようとした時、亀吉が店の奥から走ってきた。 「どうもありがとう! 僕、今度は自分のことは自分でできるように頑張るよ!」 店の前で戦っていた開拓者たちの姿にすっかり魅せられたらしい亀吉は、そう宣言すると、源太と並んで開拓者たちを送り出したのだった。 |