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■オープニング本文 雨が降り始めた。 「やだ、雨が降り始めちゃった」 安州で、一人が空を見上げてつぶやいた。少女が二人茶店でお汁粉を食べているところだ。 「紫陽花も満開ね。紫陽花が咲くと梅雨に入ったっていう気がするわね」 もう一人が言う。 「紫陽花の花言葉、知ってる? 『移り気』って言うんだって」 「ああ、花の色が変わるものねぇ。でも、色が変わるからって移り気っていうのはどうかしら?」 肌寒い日に、熱々のお汁粉はほんのりと身体を温めてくれる。少女たちは、お汁粉を食べ終えると、雨が小振りになった隙に店から出た。人通りを少し離れた場所にも紫陽花が綺麗に咲いている。 「紫陽花って綺麗ねぇ」 「確か、移り気以外にも花言葉があったはずなんだけど……あら?」 二人の少女のうち、一人が足を止めた。 「あそこ……何かしら?」 「紫陽花の下が動いてる……?」 二人そろって紫陽花の下に視線を向けた。綺麗に咲いた紫陽花の下、土がもこもこと動いている。 「モグラ……にしては大きい――きゃああああっ!」 「いやあああああっ!」 雨降りしきる安州の空に、少女たちの悲鳴が響きわたった。 すぐに開拓者ギルドに救援がもとめられた。とるものもとりあえず、ギルドの職員たちが駆けつけてきたが、そこには二人の少女の遺体が転がっているだけだった。遺体はほとんど原形をとどめないほどに食い荒らされていた。 「何てことだ……」 すぐに開拓者たちは周辺の調査にかかった。その結果判明したことは、どうやら紫陽花の下には何かが埋められていたらしいのである。 大きさからすると、そこに埋められていたのは人の遺体ではないかと思われた。目撃者の情報に寄れば少女たちをおそったアヤカシは、泥に汚れてはいたが、女性物と思われる着物を身につけていたので女性の遺体だろうという話だった。 「……遺体に瘴気が取り憑きましたか」 ギルドに戻った開拓者たちはすぐに増援をもとめた。そのときたまたまギルドにいた開拓者たちは、アヤカシを探知するためのスキルを持ち合わせていなかったため後を追うことができなかったのである。 開拓者ギルドでは、事態を重く見た。実戦経験のない開拓者まで動員し、何組ものチームを安州中に放ってアヤカシを追っている。放っておけば、アヤカシの犠牲者は増える一方だろう。 アヤカシとなったと思われる女性の身元も判明した。このところ安州内で暗躍している強盗の犠牲になった大店の娘である。 盗賊たちは人通りのない場所で犠牲者を殺害し、遺体をすぐに見つからないよう地面に埋めて立ち去るのだという。手際のよさから、犠牲者を埋めるための穴を事前に用意しているのではないかという噂もある。こちらの方もそのままにはしておけないのであった。 |
■参加者一覧
常磐(ib3792)
12歳・男・陰
黒木 桜(ib6086)
15歳・女・巫
羽紫 稚空(ib6914)
18歳・男・志
煌星 珊瑚(ib7518)
20歳・女・陰
クレア・レインフィード(ib8703)
16歳・女・ジ
一之瀬 白露丸(ib9477)
22歳・女・弓
ブリジット・オーティス(ib9549)
20歳・女・騎
フルール・S・フィーユ(ib9586)
25歳・女・吟 |
■リプレイ本文 ●アヤカシと盗賊 開拓者ギルドの一室、黒木 桜(ib6086)は珍しく怒りをあらわにしていた。 「大切な命をこんな形で……絶対にこの依頼、成功させて見せます!」 「─本当にやる事が外道だよな……」 常磐(ib3792)が彼女に同意する。 「一般人が通った時のことも考えておいた方がいいだろうな」 羽紫 稚空(ib6914)が考えながら言った。何しろ今回は安州内にアヤカシが出没しているのだ。他にも何組もの開拓者たちが安州内に散っている。それでも、安州内の全ての住民にアヤカシの存在を告げることは不可能であるから、戦いの場に何も知らない一般の人が遭遇してしまうことも十分予想できた。 「黒木」 クレア・レインフィード(ib8703)は桜を呼んだ。 「どのように移動するつもりなのか打ち合わせてもらえないだろうか」 桜を囲むようにして、アヤカシ探索に向かう開拓者たちは地図を眺めた。 「目撃情報に泥で汚れた衣装とあるということは、遠くから見てもすぐにわかるということですよね」 ブリジット・オーティス(ib9549)が言った。そして彼女は続ける。 「私は皆さんの一本外側の通りを歩いて、目撃情報を追うことにします。呼子笛で呼んでいただければ、すぐに駆けつけますから」 「私は耳をすませておきます。アヤカシに遭遇する人が悲鳴を上げれば聞こえるでしょう」 フルール・S・フィーユ(ib9586)は、聴覚による探索を申し出た。 「アヤカシも気になるけど、あたしはどっちかって言うと盗賊等の方が気になるんだけどね……」 煌星 珊瑚(ib7518)は拳を掌に打ちつけ、勢いよくぱしんという音を立てながら言った。 「盗賊共を縛り上げる為の荒縄を持って行こうか」 珊瑚は、荷物に荒縄が入っているのを確認する。盗賊の方も放っておくわけにはいかないだろう。 「私は常磐殿と一緒に盗賊の探索に――」 天野 白露丸(ib9477)は、常磐と一緒に皆から離れて先に開拓者ギルドを出た。 二人の考えはこうだった。ギルドからの情報によれば、盗賊たちは被害者を殺害する前に穴を掘っているのかもしれないということだった。ということは、人通りが少なく、かつ穴を掘っていても余人に気づかれにくい場所をしらみつぶしに当たっていけば盗賊たちを発見することができるかもしれない。 ギルドに入ってきた報告をもとに、次に盗賊が狙いそうな場所に目星をつけてそちらへと向かっていく。 前方からやってきた、別に派遣された開拓者の一行とすれ違った。 「ここの周辺を調べに行こうかと思うけど、もう調べに行ったか?」 常磐が地図を片手に近づいていく。 「このあたりは行った。何も出なかったよ。アヤカシもいる気配がないし、盗賊らしき不審人物も見なかった。穴とやらも見なかったしな」 常磐は、相手が指し示したあたりに印をつけた。それならば、次の場所に向かうまでだ。目星をつけた場所に行ってみて確認するが、怪しい人物も穴も発見できなかった。 また別の一行が二人の調べている場所へと近づいてきた。今度は、白露丸が声をかける。 「ここは、こちらで確認しました。ここはまだどの隊も向かっていないのですね? では、そちらに向かいます――常磐殿、行きましょう」 二人はまた別の場所を目指して歩き始めた。 ●探索は続く 桜はあらかじめ決めたルートに沿って歩き始めた。いつでも彼女を庇えるように稚空もすぐ側に付き添っている。大切な恋人は絶対に守ると彼は固く決意しているのだ。 まだ桜はアヤカシを探知しようとはしていない。 「……さて、何が聞こえるやら」 フルールは、『超越聴覚』を使って耳をすませる。町中なので人の声がやかましいことこの上ないが、その中から違う音を拾い上げようとした。 アヤカシに遭遇すれば悲鳴を上げるだろうし、逃げ出す足音などもするはずだ――そんな音を探しながらフルールは足を進める。 珊瑚は『人魂』でツバメのような全身黒い鳥を作り出した。それを空へと舞い上がらせると、上空から周囲の状況を調べ始める。 「泥まみれの女性を見ませんでしたか?」 ブリジットは、皆とは違う道を進んでいた。通りを一本隔てただけなので、呼ばれればすぐに駆けつけることのできる距離だ。 「泥まみれの女性、ねぇ……」 ブリジットが話を聞こうとした茶店の店主は首をかしげた。 「そんな人がうろうろしてたら、目立ってしょうがないんじゃないか?」 「ですから、目立つのではないかと思ってこうして話を聞いているのですが……お忙しいところ、ありがとうございました」 どうやらこのあたりにはいないようだ。 「その人はアヤカシですので、注意してください。今ギルドの方で人を派遣して探していますので」 ブリジットがそう言うと、店主は周囲の店に声をかけてばたばたと片づけ始めた。 クレアはブリジットとは反対側――桜がアヤカシを探知できる範囲内を歩いていた。焦点が合っていないようにぼんやり前方を見つめ、杖をついて目が見えないふりを装いながら進んでいく。これで盗賊たちがつられてきたら返り討ちにしてやるつもりだ。 頃合いを見計らって、桜は『瘴索結界「念」』を発動させた。アヤカシの気配を探り出そうとする。 練力の回復用に梵露丸を持ってきてはいるが、練力の無駄遣いはできない。今までよりよりいっそう集中しながら通りを進んでいく。 「何やってるんだ! アヤカシがうろついてるんだぞ!」 すれ違った別の一行が、アヤカシの出現を知らずにのんきに歩いている人たちに注意を促している。 「アヤカシの情報が行き届いていないみたいだな……」 時々すれ違う人を見て、稚空は顔をしかめた。このままでは戦闘中に一般人が戦闘に乱入することになりかねない。 常磐は、廃屋の陰に子猫の姿をとらせた式を滑り込ませた。このあたりは人影も少ないし、盗賊たちが被害者の遺体を埋めるのにはちょうどいい場所かもしれないと思ったのだ。 「怪しい場所と言っても、しらみつぶしに探すのは難しいな」 視界を式と共有している常磐の目に、大きな穴が飛び込んできた。人一人産めるのにちょうどいいサイズのように見える。 「こんなところに穴が――!」 常磐が白露丸を呼ぶ。白露丸は素早く視線を走らせた。周囲に人がいる気配はない。 その時、男たちの悲鳴が聞こえてきた。 ●盗賊たちを庇いながら フルールの耳に、男たちの声が聞こえてきた。 「……悲鳴! アヤカシかもしれません!」 フルールが先導して、悲鳴の聞こえた方へと走り出す。珊瑚はフルールの先導した方向へ式を飛ばした。 桜は効果の切れた『瘴索結界「念」』をすぐにかけ直す。 「……アヤカシの気配がします! フィーユ様が音を聞いたという方向で間違いありません!」 ギルドで借り出した呼子笛を吹き鳴らし、仲間たちを呼び集めながら開拓者たちはアヤカシがいるであろう方へと急行する。 皆とは一本離れた路地を歩いていたブリジット、少し離れていたクレアも音に素早く反応する。路地から皆が歩いていた大通りへ飛び出すと、皆に急いで合流した。 常磐と白露丸は悲鳴の方へと駆けつけた。泥にまみれた着物を着た女と思われる後ろ姿。その着物は泥まみれでも、もとは華やかに彩られていたであろうことがわかる。 その女の向こう側に、尻餅をついたり這って逃げたりしようとする男たちが見えた。 常磐は、狼煙銃を取り出すと空に向けて引き金を引いた。まばゆい光が空へと放たれる。さらに呼子笛を激しく吹き鳴らす。 距離の離れたところにいようとも、フルールの耳に届けば、きっと駆けつけてきてくれるはずだ。 アヤカシが、男たちに向かって腕を振りあげた。 「瘴気にとり憑かれる程に恨みが強いか……」 どう見ても、あの男たちの風体は怪しかった。娘を殺した盗賊たちではないかと常磐は思う。だと言っても、アヤカシに喰わせるわけにもいくまい。『結界呪符「黒」』で壁を作り、アヤカシの進路を妨害する。 目の前に急に現れた壁にとまどったのか、アヤカシは周囲をきょろきょろと見回した。そして自分の背後にいる人間の存在に気がついたらしい。 アヤカシは、向きを変えた。ゆっくりと白露丸と常磐の方へと歩いてくる。 白露丸は、『即射』を使って矢をつがえた。放たれた矢が、アヤカシの肩に突き刺さった。アヤカシが悲鳴を上げる。 そこへ、別れて行動していた開拓者たちが到着した。 稚空は、目に見える範囲外にいる存在を探知しようと、『心眼「集」』を発動した。こちらに近づいてくるような気配はない。 「いいか、桜。俺の傍から離れるなよ!」 「はいっ!」 桜は稚空の言葉に同意すると、アヤカシの方へ視線を向けた。 「……あまり得意な感触はしないけどね」 そうつぶやいてクレアは『ナハトミラージュ』を使った。クレアの姿が薄くなったように、周囲のものには悟られにくくなる。そのままクレアは、アヤカシに接近した。 珊瑚は、『霊青打』を使って拳に赤い光を纏わせた。そのままアヤカシに近づくと、勢いよくアヤカシに打ちかかる。殴られてアヤカシは、常磐の作り出した黒い壁に激突し、地面に転がった。 仲間の開拓者たちがアヤカシに遭遇した頃、『士道』によって相手からの信頼性を高めたブリジットは、何も知らずに通りがかろうとした人々を誘導していた。 「そちらに行ってはいけません! アヤカシが出現しています! 皆さん安全な場所に避難してください!」 アヤカシという言葉に人々はブリジットの誘導する方へと逃げ出していった。 ●紫陽花の墓標 フルールは自身の声を楽器として『スプラッタノイズ』を発動する。 「まだ、劇は始まったばかり……焦らないで頂きたいわねえ」 アヤカシは混乱しているのだろうか。一番近くにいた珊瑚目がけて短刀を突き出した。腕を刃にかすられながらも、珊瑚はその攻撃を避けることに成功する。 存在感を薄くしたクレアは、アヤカシの背後に回り込む。『シナグ・カルペー』を使って、アヤカシの背後に回り込んだ上で背中に切りつけた。 「無念だとしても……静かに眠ってくれ。……これ以上、苦しまなくて良い……」 白露丸は、アヤカシの頭目がけて矢を放った。額の中央に矢が突き立つ。額に矢を突き立てたまま、アヤカシはゆったりとした足取りで一歩前に出る。白露丸に向かって包丁で切りつけようとした。 珊瑚は再び殴りかかった。相手の鳩尾に拳がくいこむ。稚空は『月鳴刀』を使ってアヤカシに斬りかかった。 同時に背後からクレアの刃がアヤカシの胸を貫く。恨みの声を上げながら、アヤカシは地面に倒れた。 「い……今のうちだっ」 ひそひそとささやき合っている男たちが、ひっそりとその場を離れようとしているのにブリジットは気がついた。本来なら逃げる手助けをしてやるべきなのだろうけれど――普通の人は持ち歩かないであろう武器が目にとまる。 「逃がしません!」 ブリジットは剣を抜くほどの相手でもないと見てとると、剣の鞘で峰打ちにした。 常磐も男たちの捕縛に協力し、あっという間に男たちは縛り上げられる。 「――俺がお前たちを守ったのは善意なわけないだろ……絶対に」 捕らえた男たちに向かって常磐は言う。 「彼女たちの命はあなたたちのものではないのです……命を奪う権利など誰にもないのです!ですから……」 桜は、いつも穏やかな表情を浮かべている彼女にしては精一杯怒りをあらわにして男たちに言い放った。それから必死に呼吸を整えようとする。次の瞬間にはいつものふわりとした笑顔になっていた。 「亡くなった人や、困らせてしまった人たちの分以上に、しっかり役にたって見てはいかがでしょうか?」 稚空は、桜に同意するように彼女の肩を抱いた。 「それはいいな。こいつらの悪を逆手とって、死ぬほど人助けやらせたらいいんじゃねぇの? もちろん、囮とか危険な仕事つきで……な♪」 クレアは、その様子を眺めていた。 「……まあ、幕切れなんて、こんなもんさね」 クレア自身は、肯定も否定もしないけれど――この事件にはなんとも言えない空しさを感じずにはいられなかった。 「ただ処刑で死の道に導くのは反対だけど、な……」 珊瑚もその様子を見てため息をつく。 現実問題として彼らが改心したとしても、処罰はまぬがれないだろう。ギルドが彼らにどんな処罰をくだすのかは――珊瑚たちの手の届かないところで決められるのだから。 「──殺した女の人の姿、どんなだった? どんな悲しみを痛みを無念を恨みを……残したか……声を聞けばいい……」 威力を弱めた『呪声』で、亡くなった女性の姿を再現しながら常磐は二人を脅していた。 「……また、来るかもね?」 フルールは常磐と一緒になって盗賊たちを脅しにかかった。彼らが自らの所行を少しでも反省してくれればいい。 遺体をギルド経由で家族に返し、男たちをギルドに引き渡して安州を騒がせた事件は終幕となったのである。 それから数日後。無事に葬儀が終わったと聞いた白露丸は墓を訪れていた。被害者のためにそっと手を合わせる。 「来世は、天命を全うできる事を……」 満開の紫陽花がその光景を見守っていた。 |