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■オープニング本文 武天の都、此隅から少し離れた町。その町を、一人の若者が歩いていた。若者は開拓者で、これから任務へと向かうところだった。任務に必要な品を買い整え、仲間との待ち合わせの場所に向かう途中である。 急ぎ足に人ごみの中を歩いていると、一人の女が彼の胸にぶつかってきた。 「あ、ご、ごめんなさい!」 女は大きな荷物を抱えていて、前方が見えていなかったようだ。鮮やかな柄の着物を着た女で、なかなかに美しい顔立ちであるのを彼は素早く見取っていた。 「こちらこそ、失礼した」 そう言って、彼は立ち去る女を見送った。ふと気がつけば、足元に白い扇が落ちている。今の女が落としたものだろうか。返そうにも女の姿はすでに人ごみの中に消えている。 彼は、扇を広げてみた。墨の色も黒々と、歌のような物が記されている。 晴々と 鈴ふり鳴らす 八広路の 枝垂桜に 君待ちわびて 歌としては下手以外の何物でもない。というより意味がわからない。裏を返してみれば、同じ書体で『宝池』と記されている。 「何なんだろうなあ、これは」 首をかしげた時、ちょうど目の前を以前一緒に仕事をしたことのある開拓者たちが通りかかった。 彼は、通りかかった開拓者仲間を呼び止め、事情を説明した上で扇を見せた。 「はればれと すずふりならす やひろじの しだれざくらに きみまちわびて?」 読んだ仲間も首をかしげた。 「裏の宝池って何だろう?」 別の一人が裏の文字に目を落とす。 「さあ。俺、これから出かけないといけないから頼むよ。落とし主を見つけることができたら、返してやってくれ。謎を解いたらお宝にたどりついたりしてな」 そう言って笑った開拓者は、拾った扇を仲間に渡し、手をふって任務へと向かったのだった。 |
■参加者一覧
朝比奈 空(ia0086)
21歳・女・魔
葛葉・アキラ(ia0255)
18歳・女・陰
空(ia1704)
33歳・男・砂
亘 夕凪(ia8154)
28歳・女・シ
エグム・マキナ(ia9693)
27歳・男・弓
宿奈 芳純(ia9695)
25歳・男・陰
ジークリンデ(ib0258)
20歳・女・魔
マーリカ・メリ(ib3099)
23歳・女・魔 |
■リプレイ本文 ●扇に書かれた和歌の謎 開拓者の若者の背中を見送って、空(ia1704)は顔をしかめた。 「ったく、拾いモンくれェ自分で届けろってんだ」 「暗号にして隠す物となると、余程大切な物か‥‥後ろ暗い事でしょうね」 朝比奈 空(ia0086)は、扇に書かれた和歌に目を落とす。 「宝! 宝探しですね! じゃなくて、扇を落とし主に返すんでしたね」 裏に書かれた『宝池』という言葉にわくわくしているのは、マーリカ・メリ(ib3099)だ。 「扇に和歌、ですか。風流でもありますが、何か不気味な物も感じますね」 ジークリンデ(ib0258)は、薄気味悪いものを感じているようだ。 「宝池っていうのも怪しそうやけど、謎解きをしてから行動に移した方がよさそうやね」 葛葉・アキラ(ia0255)は、額の汗をぬぐいながら言った。暑い。とにかく暑い。じりじりと照らす日差しに体力を奪われそうだ。 誰から言い出すともなく、皆は場所を移動した。涼しい風の入ってくる水辺の茶屋だ。思い思いに注文をして、輪になって改めて扇を覗き込む。 「この歌って待っているよってことなんでしょうか? 誰が誰を待っているのかも気になりますね」 マーリカは、扇に記された和歌になにやらロマンティックな想像をかき立てられている様だ。宝というのも気にはなるのだけれど。 亘 夕凪(ia8154)は、 「‥‥訳の解らない詠となりゃあ、別の目的で隠語が仕込まれてると見て良さげやな」 ともう一度口の中で和歌を繰り返す。やはり、意味があるようには思えない。 「特に掛詞やらは使われてねェな」 と、技法から攻めようとしているのは空だ。 「これは私の個人的な意見なのですが」 と前置きをした上で、宿奈 芳純(ia9695)は、手を伸ばした。扇に書かれた和歌を指でたどりながら説明する。ひらがなにして読めば、 はればれと すずふりならす やひろじの しだれざくらにきみまちわびて となる。頭の文字だけをたどっていけばそこに現れるのは『はすやしき』という名前。 「私もそう思います。おそらく『蓮屋敷』と言いたいのでしょう」 エグム・マキナ(ia9693)は、芳純に同意した。 「蓮ならば池にある事が多く『宝池』の説明になると思いますが、判断はお任せします」 と、芳純は話を終える。 「裏の宝池‥‥連想するのは『蓮の花』だが、池と宝も切り離して考えるべきかね?」 夕凪の言葉に、空は 「案外裏に池があるとかソンな理由じゃねェか?」 とひねりもなにもない意見を追加した。 「その池に何か隠されているのかもしれませんね」 扇をひっくり返して、『宝池』という言葉を見つめながら朝比奈はつぶやく。 「どっちにしても、答えが出たなら『蓮屋敷』とやらを探してみようか。私はこの扇から探ってみたいんだけど、持って行って構わないかねぇ?」 夕凪は、扇を取りあげた。 「あ、ちょっと待ってください」 マーリカは慌てて筆記用具を取り出した。和歌を取り出した紙に写し取る。 「ほな皆、はりきって行こか〜」 アキラははりきった声をあげると、いい音をたてて扇をぱちりと閉じる。 集合場所をこの茶屋に定めて、開拓者たちは思い思いに散っていった。 ●謎を追って 夜春で相手の好意を引き出しやすくした上で空は、見かけた長屋に入り込んだ。年配のご婦人の情報収集能力をなめてはいけない。井戸の側で言葉どおり井戸端会議に夢中の女性たちに話しかける。 「ちょっと聞きてぇんだが、『蓮屋敷』って屋敷に心当たりはねぇか?」 女性たちは、見たこともない男に対する警戒心をまったく持たないようだった。 「そうだねぇ。屋敷っていうくらいならもうちょっと南の方で探してみれば?」 「それよりあんたいい男だねぇ。ちょうど今亭主が留守にしてんのよ。家にあがっていきなさいって」 遠慮する、と断って空は急ぎ足にその場を後にした。とりあえず南に向かってみようか。 マーリカは、茶屋の前で休憩中の同年代の娘二人に声をかけた。 「この和歌が書かれた白い扇を、どこかのお屋敷の方が落として、返してあげたいんですけど。蓮屋敷って名前の場所、ご存知ですか?」 娘たちは顔を見合わせる。 「ごめんなさいね。知らないわ‥‥でも、お屋敷なら南の方にたくさんあるけれど」 「そっちで探した方が早いかも」 「ありがとうございます!」 マーリカはぺこりと頭をさげて南に向かって駆け出した。宝に近づいていると思うとわくわくしてしまう。 「蓮の名所と言われるようなお屋敷に心当たりはありませんか?」 ジークリンデに話しかけられて、男たちはどぎまぎしたように顔を見合わせる。こんな色っぽい美人に話しかけられて、どきどきしない男がいるだろうか? 「‥‥あー、蓮屋敷って言われてる屋敷はあるけど。誰も住んでいないぜ?」 場所を教えてもらって、ジークリンデはその場所に向かって歩き始めた。扇を落とした女性が心配だ。皆と集合したら、なるべく急いで向かうことにしよう。まずは場所の確認だ。 小間物屋の主人は、夕凪を見かけると走り寄って来た。 「御用でございますか?」 「この扇について何かわかることはないかねぇ?」 夕凪の差し出した扇を、主人は表裏と返して眺めた。 「近頃、扇に絵を描いて自分だけの扇を作るのが若い女性の間で流行っておりまして。『おりじなる』というやつですな。こういった小間物屋なら、一つや二つはおいてあるのではないかと」 「珍しい品ではないってことかね?」 夕凪の問いに、さようでございますと主人は返す。 「ありがとうよ」 これで夕凪の目的は完了だ。念のためもう数軒回ってみてから、夕凪は集合場所へと戻ることにした。 エグム・マキナは、件の屋敷の前にいた。あちこち聞いて回ってたどりついたのがこの場所だ。塀の外からうかがっても、庭からして荒れ果てているのがわかる。 「扇に書いた短歌で人を呼びつけるとなると、逢引きにも思えますが‥‥荒廃した屋敷に呼びつけるとなると‥‥」 こんな場所で逢引したがる者がいるとも思えない。もう少し情報を集めた方がよさそうだ。エグム・マキナは踵を返し、近隣の住人を探し始めた。 「宝池って何なんやろな?」 屋敷の前でアキラは首をひねる。聞き込みの結果、蓮屋敷にはたどりついた。すれ違ったエグム・マキナに軽く手をふる。 「池があるのは確かなんやろうけどな」 鬼が出るか蛇が出るか。踏み込んでからが勝負になりそうだ。戦闘準備だけはおろそかにしないようにしておかなければ。幸い芳純もいることだし、人魂を複数飛ばして情報収集することができるだろう。 朝比奈は、酒場を見つけると入り口をくぐった。このあたりでは、昼間からあいている店も多い。 「『蓮屋敷』という名前に心当たりはありませんか?」 一仕事終えて卓を囲んでいる男たちに、朝比奈は声をかけた。 「ああ、あるぜ。と言っても今は誰も住んでいないけどな」 「金持ちの商人の屋敷だったんだけど、商売に失敗しちまったんだよな」 「あの人、いい人だったんだけど商売は下手だったからなあ」 「でっかい池にたくさんの蓮の花が咲いていてなぁ」 すでに酔いの回り始めた男たちは、口々に情報を提供してくれる。彼女は礼を言って、酒場を後にした。 「ここが蓮屋敷、ですか‥‥」 屋敷の前で、芳純は塀を見上げた。芳純の姿を見つけたアキラが駆け寄ってくる。 「芳純ちゃんもたどりついたんか〜。この屋敷、怪しいよね」 荒れ果てた屋敷には人の気配もなくしんと静まり返っている。 「人は住んでいないそうですが、時おり中で光がちらちらしていることもあるそうですよ。お化けなんじゃないかという人もいますが」 芳純は、壊れかけた門の間から中の様子をうかがう。 「とりあえず、踏み込む直前に人魂使お。芳純ちゃんと手分けすれば、広い範囲調べられると思うで」 「そうしましょうか」 そろそろ約束の刻限になっていることに気づいた二人は、慌てて集合場所へと戻っていったのだった。 ●いざ屋敷の中へ 茶屋へと戻ってきた開拓者たちは、互いの仕入れた情報を交換し合った。 要約すれば、『蓮屋敷』という名前の建物は存在する。当然池も存在する。現在は無人で荒れ果ててはいるが、夜中に光が見かけられたこともあるらしい。 「屋敷に住む人がいないのであれば、踏み込んでみるというのはどうでしょうか? アヤカシの存在はわたしの鏡弦でチェックできますし」 と、エグム・マキナは提案する。 「私の人魂で、中の様子は探ることができますね」 「うちも芳純ちゃんと協力できる」 芳純とアキラもエグム・マキナに同意した。 「それでは行きましょうか。扇を落としたという女性のことも心配ですし」 ジークリンデが手をあげて、皆は茶屋を後にした。 屋敷の前までたどりつくと、芳純とアキラは人魂で小鳥を生み出し、中の様子を探る。二人の作り出した小鳥は、それぞれ別々の方向へと飛んでいった。 「確かに池には蓮がたくさんありますね」 芳純は視界を共有している小鳥の見たものを仲間に伝達する。 「屋敷のほうにはなんかいるみたいだわあ。人かアヤカシかはわからんけど」 アキラも得た情報を口にする。 エグム・マキナは、弓を手に取った。弦を掻き鳴らし、アヤカシの存在を探知しようとする。 「アヤカシの気配はないようですね。少なくとも鏡弦の範囲には」 「私もアヤカシは感知できませんでした」 と、朝比奈も瘴索結界の結果を皆に伝えた。 「周囲の警戒は引き続き行った方がいいだろうけど、とりあえず行くとしようかねぇ」 夕凪が先頭に立って、一行は屋敷へと足を踏み入れた。 空の心眼にひっかかってくるものはあるが、それがアヤカシなのか人間なのかまではわからない。 「外じゃなくて中のような気はするけどな」 という空の言葉に、玄関の扉をそっと開いて中に侵入する。屋敷の中に入ってみれば、確かに何かいる気配はあった。上の階から、話し声と笑い声が響いてくる。 「こんなところにいるということは、盗賊でしょうか」 エグム・マキナが言った。アキラと芳純は、今度は鼠を作り出して上の階へと送る。 「これは‥‥」 芳純は首をふった。 「‥‥盗賊やわ。どう見ても堅気ではあらへん」 アキラも、芳純に同意する。盗賊の数はおよそ十名。開拓者たちなら容易に倒すことができるだろう。 「それじゃ、全力で捕縛にあたるとしようかね。ほっとくわけにもいかないだろうし」 夕凪が刀に手をかけた。 開拓者たちは、音をたてないように階段を登っていった。扉の前に立って中をうかがうと、昼間から盗賊たちは酒盛りの真っ最中だった。 ジークリンデは、アムルリープで盗賊の一人を眠らせた。アキラも呪縛符で別の盗賊の動きを鈍らせる。マーリカは、別の一人にフローズをかけた。酔っていて抵抗力が鈍っていたのか、いずれもスムーズにかかってくれた。 「何だ貴様ら!」 開拓者たちに気がついた盗賊たちが、ようやく武器を手に立ち上がる。 「‥‥向かってくるなら容赦はしませんよ」 朝比奈は、盗賊に精霊砲をくらわせた。するりと進み出た夕凪が、盗賊に刀を叩き込み昏倒させる。酔った盗賊など開拓者たちの敵ではない。あっという間に全員が床の上に倒され、荒縄で縛り上げた。 「一体何が目的なのですか?」 ジークリンデは、盗賊のうち一人の耳をつまみあげてたずねた。 恐ろしいほどの美貌に見すえられ、盗賊は身を震わせながら一部始終を語った。この屋敷は人が住んでいないのをいいことに、盗賊たちが根城に使っていたのだという。あの扇は、次に共同作戦を行うことになっていた別の盗賊団にこの屋敷の場所を教えるためのものなのだとか。 扇を落とした女は商家の主を装っている盗賊の家に雇われている者で、何も知らず主の言いつけに従って、商品配達のついでに扇を届けに行くところだったらしい。宝池というのは、盗品を池に隠そうという暗示なのだとか。 「ここにある宝物は皆盗品なのですね‥‥」 と、朝比奈はつぶやく。持ち主がわからないものであれば、もらっていこうと思っていたのに。 「扇を押しつけてきた彼に経費くらいは請求しましょうか。結果の報告もしなければなりませんしね」 エグム・マキナは、ため息を吐き出した。 芳純が周辺の瘴気を回収し終えた頃、夕凪が呼びに行った役人たちが屋敷に到着した。 「ささやかですが、金一封が出ますので明日役所の方に取りに来てください」 と、言い残して役人たちは盗賊を引き立てていく。 「丁度今は蓮の花が咲く季節ですし‥‥蓮は午前中が見ごろだそうですね。お花見をするのも善いかも知れませんね」 「例えば、明日役所に行く前にね」 ジークリンデの言葉にマーリカは手をたたく。こうして開拓者たちは翌日の再会を約束して別れたのだった。 |