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■オープニング本文 山間にある村に、大雪が降った。春も間近というのに、このところ寒い日が続いている。一度は片付けたはずの分厚い防寒具をもう一度引っぱり出す者も多かった。 この寒さで湖に厚い氷がはった。子どもたちは大喜びで、湖近くに繰り出した。雪を転がして遊ぶ者、雪合戦をする者。外がどれだけ寒かろうと、子どもたちは遊ぶのをやめたりしないだろう。 「ずいぶん厚く氷がはっているね」 三人の子どもたちが下駄の底に竹で作った刃をくくりつけて、はしゃぎながら氷の上を滑り出した。いくら寒いといっても春はもう間近だ。氷の厚さはそれほどではなく、用心しながら滑らないと氷が割れてしまう。 湖の中心部の方は凍っていないので、子どもたちは比較的氷の厚い湖の縁に沿うようにして滑り始めた。 「あ……あれは何?」 子どもたちのうち、一人が指差す。向けられた指の先で、何か白い物がもこもことしていた。 「きゃーっ!」 それが何であるのか気がついた瞬間、子どもたちは逃げ出そうとした。白いあれ、はアヤカシだ。アヤカシたちは岸辺をうろうろとしていて、子どもたちは湖から岸にあがることができない。アヤカシから逃げ出そうと思っても、三体もいるのではどうしようもない。 子どもたちは氷の上に座り込んで泣き始めた。アヤカシは、氷の上にいる子どもたちの方へは近寄ろうとはしなかった。氷の上にいる子どもたちに近づいてこないのは、自分の体重で氷が氷が割れて水の中に沈むことを恐れているからだろうか。 アヤカシは多少水に濡れたところで死んだりしないだろうが――とはいえ、空腹感を我慢できなくなれば子どもたちに襲いかかってくるに違いない。 「誰か! 誰か助けて!」 雪遊びをしていた子どもたちは、アヤカシの姿を見かけるのと同時にばらばらと逃げ出している。逃げ出した子どもたちは大人のところまで大急ぎで駆けて行った。 アヤカシが出たという知らせに、大人たちは大急ぎで開拓者ギルドに助けを求めることにした。子どもたちの証言によれば、アヤカシは立派な尻尾を持った大きな犬。しかも普通の犬よりはるかに大きく牛ほどのサイズがあるらしい。 そんなアヤカシを普通の人間が相手にできるとは思えなかった。開拓者ギルドはすぐに開拓者を派遣することを決めた――雪や氷の上で戦うのは危険が高いと十分な警告を与えた上で。 |
■参加者一覧
柊沢 霞澄(ia0067)
17歳・女・巫
ライ・ネック(ib5781)
27歳・女・シ
山階・澪(ib6137)
25歳・女・サ
エルレーン(ib7455)
18歳・女・志 |
■リプレイ本文 ●高台から 開拓者たちは子どもたちの村から、斜面を登っていった。村から少し高いところへ登り、そこから湖の方へと下っていくことになる。開拓者たちは、高台で一度足を止めた。 ライ・ネック(ib5781)は、高台から湖を見下ろして顔をこわばらせた。雪の上だからわかりにくいが、真っ白な牛ほどの大きさのアヤカシが三体もうろうろしている。アヤカシたちは、岸から子どもたちの様子をうかがっていた。ここまで怯える子どもたちの泣き声が聞こえてくる。 子どもたちのところに向かうには氷を渡るしかないのだが、ライの重さでは氷が割れてしまうかもしれない。よく観察すれば、氷はところどころひび割れていて、そこから水面がのぞいていた。 「『水蜘蛛』を使うというのはどうでしょう? そうすれば子どもたちを抱えて走ることができるし」 ライは『水蜘蛛』を使い、水面を走って子どもたちを救出することを考えていた。まめに『水蜘蛛』をかけなおさなければならないが、うかつに薄いところに踏み込んでしまって氷を割るよりは安全そうだ。 柊沢 霞澄(ia0067)は、七輪と毛布を荷物から下ろしていた。無事に子どもたちを救出することができたらこれで温めてやるつもりだ。 エルレーン(ib7455)は、自分の持っていた紅蓮外套をライに手渡した。 「これ……よかったら、使って。救出の時、毛布を巻くより動きやすいだろうから……」 エルレーン自身、すぐに子どもたちのところに駆けつけてやりたいのはやまやまなのだが、エルレーンの全装備を合わせた重量では、氷は確実に割れてしまうだろう。エルレーンは、アヤカシを子どもたちから引き離す方を担当することにした。 「では私のところへアヤカシをひきつけ食い止めます。お二人はその間に子どもたちの救助をお願いします」 山階・澪(ib6137)は、持参した毛布と甘酒を霞澄へと手渡した。これで子どもたちを温めてやれるだろう。 そうしてから澪は、高台からアヤカシの位置を確認する。アヤカシは子どもたちから、一番近い岸のあたりをうろうろしていた。 「アヤカシの位置がよくないですね。『咆哮』を使って引き寄せ、湖の反対側に誘導するのがいいでしょうか。できるだけ子どもたちから離れた場所でアヤカシをひきつけるようにするしかなさそうですね」 澪は表情を引き締めた。 ●氷上の救出劇 高台の上に、子どもたちを避難させた後温めるための場所として七輪や毛布や甘酒などを用意して準備は整った。 「皆さんに『加護結界』を付与しておきますね」 霞澄は、仲間たちの防御と抵抗を上げる。 澪とエルレーンが先に高台から湖の方へと下りていった。澪が『咆哮』を上げる。アヤカシたちの意識が、澪へと集中した。 「さあ、こっちだよ…悪いわんちゃんたち、お仕置きしてあげるッ!」 エルレーンは言葉でアヤカシを挑発した。 アヤカシたちは犬のような姿をしているが、牛ほども大きさがあるので走り寄ってくるとかなりの迫力だ。澪とエルレーンは湖をぐるりと回って対岸側へとアヤカシたちを誘導していく。 ライと霞澄は高台を半ば滑るようにして下りていった。ライはその手にエルレーンから預かった紅蓮外套と毛布を持っていた。なるべくなら戦闘は避けたい。アヤカシたちが三体とも囮になった二人の方へ向かっていくのを見てひとまず安堵の息をつく。 ライは『水蜘蛛』を使った上で、氷の張っていない水の上へと足を乗せた。素早く走っていって、子どもたちの方へ手を差しのべる。 「助けにきました。さあ、これを着てください」 子どもたちのうち二人に紅蓮外套を手渡し、動けなそうな一人は毛布ですっぽりとくるみこむ。べそべそと泣いていた子どもたちは、助けに来てくれた大人の顔を見てようやく安堵したようだった。 岸から睨みをきかせていたアヤカシたちも、湖の向こう側へと誘導されているというのも安心した要因の一つだろう。 「柊沢さん、歩ける二人の引率をお願いできますか?」 ライの言葉に、霞澄は氷に足を乗せた。何とかなりそうだ。 「すぐそちらに行きます!」 声をかけて霞澄は氷の上を身長に歩いていく。うかつに走れば、氷に負荷をかけることになってしまう。 「お待たせしました……もう大丈夫です。私についてきてください……」 霞澄とライはアヤカシのいる方に注意を払いながら、子どもたちを岸へと誘導していく。ライは衰弱している一人を、毛布で厳重に来るんだ状態で抱きかかえていた。 「あ、待ってください……方向を変えましょう……」 霞澄の目は、氷が薄くなっている場所に気づいていた。子どもたちを誘導して方向を変え、なるべく厚いところを通るようにして安全に岸まで連れて行く。 「高台へ登りましょう。二人とも、上まで登れますか?」 ライの問いかけに、子どもたちは首を縦にふる。無事に岸にたどり着いた子どもたちは、霞澄とライに連れられて高台へと退避した。 ●アヤカシを殲滅せよ! 「三体とも、こちらにひきつけることができましたね!」 湖をぐるりと回っていったところで、澪はアヤカシたちの方へと向き直る。湖の方へとちらりと視線を送れば、子どもたちは湖から無事に高台へと避難を終えたところだった。 「私たちの方が……食べごたえは、ありそうでしょう?!」 エルレーンは、アヤカシたちに向かって武器を構える。ここから反撃開始だ。子どもたいの避難が終わったのならば、何の遠慮もいらない。 エルレーンは、『紅蓮紅葉』を使って、攻撃力と命中力を上げる。 アヤカシが大きな声で吼える。その声がエルレーンの耳を直撃した。攻撃しようとして、エルレーンは自分の体が動かなくなっているのに気がついた。 「くっ……こ、こんなことぐらいじゃ、負けやしないんだからあッ!」 エルレーンはベイルを構え、アヤカシの前足による攻撃から身を守る。 澪も同様だった。巨大な盾、フェンスシールドの影に身を隠し、『十字組受』を使ってアヤカシの攻撃を耐え忍ぶ。 アヤカシが、澪に背を向けた。巨大な尾の一撃が、澪を跳ね飛ばす。高台へ続く傾斜に叩きつけられて、澪は呻き声を上げた。アヤカシのうち二体が、澪に飛びかかり、牙で澪の身体を引き裂こうとする。 エルレーンも残りの一体の攻撃を耐えていた。前足が上げられたかと思うと、エルレーンの構えているベイルに叩きつけられる。盾のおかげで身体にダメージはなかったものの、激しい衝撃を受けた腕が痺れを訴えていた。 もうしばらく耐え忍べば反撃の機会を作ることができるはず。次の一撃でエルレーンもまた吹き飛ばされた。雪の上に倒れこんだエルレーンは、左に転がって振り下ろされたアヤカシの前足を避けて跳ね起きる。 「身体が……動く!」 澪は、フェンスシールドに身を隠したままアヤカシとの距離を取る。牙や爪であちこち傷を負ってはいるが、動けないほどではない。 エルレーンは、狙いをアヤカシの足元に定めて攻撃を加える。前足を切り飛ばされて、アヤカシの怒りの声が響いた。 澪は、フェンスシールドをうまく使いながら短刀でアヤカシ二体を相手にしていた。 霞澄は、用意しておいた七輪の側に子どもたちを近寄らせた。七輪の火で甘酒を温め、子どもたちに振る舞う。エルレーンの紅蓮外套や毛布に子どもたちをくるみこみ、霞澄はエルレーンと澪がアヤカシたちを誘導していった方向へと視線を投げかけた。 「澪さんと、エルレーンさんの方の加勢に向かいます……。ライさんはここで子どもたちをお願いします」 霞澄は、再び高台を下り、澪とエルレーンの方へ加勢に向かったのだった。 ●夜になる頃には 「もう少し火に近づいた方がいいですよ」 ライは油断なく周囲に目を配りながら子どもたちの側につきそっていた。七輪の火で子どもたちの身体を温めてやる。澪たちがひきつけてくれているから、アヤカシはここまではこないだろうが、油断はできなかった。 「お手伝いに来ました……!」 湖をぐるりと回りながら、霞澄は『精霊砲』を放った。澪と対峙しているアヤカシ二体のうち、一体に攻撃が命中する。あまり前には出ない方がいい。アヤカシから十分な位置を保ちながら、霞澄はもう一度『精霊砲』を放つ機会をうかがう。 エルレーンが動いた。アヤカシが噛み付こうと大きく口を開いた瞬間を狙い、相手の懐に飛び込む。一撃でアヤカシの喉を切りさいた。 地面に倒れたアヤカシには見向きもせず、エルレーンは澪の方へと走り寄る。ベイルで相手の牙を受け止め、そのまま顎の下に刀で切りつけた。 澪は短刀でアヤカシの身体に確実にダメージを与えている。短刀が閃くたびに、アヤカシの身体に傷が増えていった。 アヤカシとの距離を保ったままの霞澄が、澪と対峙しているアヤカシにもう一度『精霊砲』を叩きつけた。アヤカシは、澪に背を向けて霞澄の方へと振り返る。澪はその隙を逃がさなかった。巨大なシールドを放り出し、アヤカシの身体の下にもぐりこむようにして短刀を突き上げる。 アヤカシは地面に倒れこんだ。 その時には、残った一体は、エルレーンの手によって葬り去られていた。 「こわかったね……みんな、よくがんばったねえ?」 戦いを終えて、エルレーンは子どもたちの様子をうかがう。湖の氷が見えた。 もし、子どもだったら夢中になって遊んだのに――そんな考えがエルレーンの心をよぎる。 負傷した澪とエルレーンの怪我は、霞澄が『閃癒』を使って回復させた。霞澄は子どもたちを抱きしめ、子どもたちも落ち着きを取り戻してきたようだ。 子どもたちが遊んでいた頃からだいぶ過ぎて、もう日は沈もうとしている。 「子どもたちを送っていきましょう。それからギルドに報告ですね」 ライは立ち上がって、皆を促した。 子どもたちを村に送り届けると、心配して待っていた親たちが歓喜の声とともに駆け寄ってくる。 「お姉ちゃんたち、どうもありがとう!」 親の顔を見た子どもたちも元気を取り戻して、開拓者たちにお礼を言った。喜びの声に送り出されながら、開拓者たちはその村を後にする。無事に依頼を解決することができて本当によかったと思う。 子どもたちが遊んでいた湖は、アヤカシが出現したことなどなかったように静けさを取り戻していた。 |