奪われた愛の証
マスター名:雨宮れん
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 普通
参加人数: 5人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/02/22 20:00



■オープニング本文

 天儀において、最新の流行が入ってくるのはまず神楽の都だ。天儀外の習慣である『ばれんたいんでー』なる行事が流行り始めてから、まだそれほどたってはいない。
 それでも若者の間ではどんどん新しい流行が生まれるもので。通常『ばれんたいんでー』といえば女性が意中の男性にチョコレートを送るとされているが、今年はひと味違った。なんと男性から意中の女性へチョコレートを送るというのが流行り始めたそうだ。

 それはさておき、実にわかりやすくその流行に乗った男がいた。
「これは高級店で買ったチョコレートなんだぜっ」
 調子に乗っているこの男、名前を健太と言う。
「チョコレートだけじゃないんだ。このリボンに一緒にジルベリアの指輪も結んであるんだぜ! これで彼女も喜んでくれるはずだ」
 彼が振り回している包みは、赤の包装紙に金のリボンで包まれていた。リボンの結び目の中央には、リボンに通された金の指輪が輝いている。
 いきなり指輪を贈られて相手が喜ぶかどうかはともかく、たいそう気合いが入っているのは事実であった。
「おまえらもがんばれよなっ」
 と自信満々の健太は仲間たちと別れて歩き始めた。
 包みを大事に抱え込んで歩いている健太だったが、いきなり後ろから思いきり頭を殴られた。
「な――何、するんだようっ」
 健太が振り向いたその時、今度は前から攻撃された。うわあっと健太が悲鳴を上げると、周囲の人々が騒いでいる声がようやく耳に入ってくる。
「こんなところにカラスが出るとはっ」
「あいつら普通のカラスじゃないぞっ」
「光り物、食べ物を隠せ隠せっ!」
 こんなところまでやってくるとは餌が足りていないのだろうか。飛んできたカラスたちは通常のカラスより少し大きかった。
 そしてカラスは光り物が大好きだ。健太の場合、リボンが金だったこと、さらにそのリボンに金の指輪がついていたということが彼らの目を引いた原因だったようだ。
 ひょっとすると、その中身の甘い香りにもカラスたちは気づいているのかもしれない。
 かーかーと健太を馬鹿にするような声を上げながら、カラスは足で健太の包みを持って飛び去った。その後から、カラスの大群が群をなして飛んでいく。東の方へと。
「あれは給料三ヶ月分なんだぞー!」
 健太の大声が通りに響いた。
 健太は後を追おうとしたのだが、東の方向にはアヤカシが出没したという噂話があったのを聞いて腰が引けた。
 立ち止まった彼は、その様子を見ていた開拓者たちに
「ちょっと助けてくれないか? 十分お礼はするからさー」
 と、情けない声をかけたのだった。


■参加者一覧
櫻庭 貴臣(ia0077
18歳・男・巫
神凪 蒼司(ia0122
19歳・男・志
黒木 桜(ib6086
15歳・女・巫
羽紫 稚空(ib6914
18歳・男・志
エルレーン(ib7455
18歳・女・志


■リプレイ本文

●カラスを探せ
 カラス相手には、きらきらしたものが有効ではないかと、エルレーン(ib7455)は、クリスタルのきらきら光るスノードロップの耳飾りを用意した。健太の用意した首飾りにカラスたちが興味をしめさなかった時のためだ。
「頭がいいカラスさん、かあ……あんまり怪我とかはさせたくないねえ」
 などと言いつつも実際のところエルレーンが一番興味あるのは、無事に取り返した後の告白がどうなるか、なのであるが。
 黒木 桜(ib6086)は、恋人である羽紫 稚(ib6914)を見上げて言った。
「できることなら、話し合いで解決したいですね」
「そうだなー」
 と返した稚は、こっそり首に手をやった。そこには桜とお揃いのペンダントがぶら下がっている。これだけは譲れない。
「本当は桜にやりたいんだけどなあ……」
 とぼやきながら、稚は手のひらの花雫の耳飾りに視線を落とす。数があればそれだけ相手の気を引きやすいだろうと、最悪の場合には提供するつもりだった。
「カラスさんは、油含んだ食べ物がお好きとお聞きしましたし、チョコレートも多少含んでいたかと思いまして、チョコレートを用意しておきました」
 桜はふんわりと微笑む。
 櫻庭 貴臣(ia0077)は、何かの包みを取り出した。
「雑食だって蒼ちゃんが言ってたし、チョコレートを持っていったってことは、香りの強いものも良いかも……と思ってさ」
 貴臣の開いた包みの中身は、紅茶を使ったクッキーだった。なんと、神凪 蒼司(ia0122)のお手製である。
 蒼司は苦笑いした。幼馴染みであり従弟である貴臣との付き合いは長いが、『蒼ちゃん』と呼ばれるのだけは困り物だ。最近だいぶ慣れてきたというか、諦めが入ってきたのだが。
 カラスは雑食だという話だし、油分の入ったものを好む――桜も言っていたが――というわけで、通りの肉屋で肉を買い求めて持っていくことにしたのだった。

 アヤカシが出たという情報は入っていたものの、現在地については情報がない。
 まずはエルレーンが『心眼』を使った。開拓者たち以外の気配は感じられない。ひょっとすると、アヤカシは別の場所に移動しているのかもしれない。獣のような形をしていたという話だし、行動範囲が広くても驚くほどのことではない。
 ついで桜が『瘴索結界』で探索対象を瘴気に絞って探知しようとする。
「今回は、桜の護衛がメインだからな……」
 稚空は、桜の側を離れないようにして歩いていく。何事もなく、カラスたちの縄張りに入れるかもしれないと思いながらも、油断せずに開拓者たちは進んでいく。

●アヤカシとの遭遇
 交互にスキルを使って、アヤカシを検索しながら開拓者たちは進んでいく。
 桜のスキルの効果時間が切れると、蒼司が『心眼「集」』を使って、周囲に存在する気配を感じ取ろうとした。
「……貴臣、『瘴索結界』だ」
 その言葉に、貴臣は『瘴索結界』を使って気配を探ろうとした。眉を寄せる。
「……いるね……三体、かな? 南にいる」
 巫女である桜と貴臣を守るような配置につき、貴臣が探り出した南の方へと注意を向ける。少し離れたところに藪があった。
 その藪をごそごそとかき分けて現れたのは、犬に似た姿のアヤカシだった。開拓者ギルドの依頼を受けて、他の開拓者たちが探しに出ているアヤカシか否かはわからないが、何事もなく逃がしてもらうわけにはいかないようだ。
「桜、飛び出すなよ。絶対に俺が守るからな」
 稚空の指示に、桜は頷く。低いうなり声をあげて、開拓者たちに近寄ってくるアヤカシに向けて、桜は『力の歪み』を炸裂させる。体を捻られたアヤカシめがけて、『紅蓮紅葉』で攻撃力をあげたエルレーンが斬りかかった。
 蒼司は、左右の手に刀を構えてアヤカシに対峙する。一気にアヤカシに接近すると、舞うようなしなやかな動きで、右手で一刀、ついで左手で一刀、斬りつけた。
 悲鳴をあげてアヤカシが地面に崩れ落ちる。それほど強い相手ではなかったようだ。
「……悪いな! 後ろに行かせるわけにはいかないんだよっ」
 稚空は、エルレーンと蒼司をすり抜けて、彼の前へとたどりついたアヤカシを『フェイント』で惑わせようとする。犬のような鳴き声をあげて、アヤカシは稚空へと向き直った。
 桜の
「気をつけてくださいね」
 という声を背に、稚空はアヤカシを睨みつけ、攻撃を加えた。『加護法』で、貴臣は稚空を援護する。
 その頃には、エルレーンも最初に斬りつけた一体にとどめを刺していた。

 引き続き、アヤカシを警戒しながら開拓者たちは進んでいく。それからしばらくして、カラスたちが根城にしている場所にたどりついた。
「……食べられちゃってるね……」
 エルレーンが嘆息する。カラスたちは、よほどチョコレートが気に入ったらしく、地面には赤い包装紙と箱の残がいが散乱していた。
 包装に使っていたという金のリボンと指輪はどこにも落ちていないようだ。おそらくキラキラしているので巣に持ち込んでいるのだろう。
「カアー!」
 縄張りに入り込んできた人間の存在に、カラスたちは口々に警戒の声をあげる。
「結構執念深いっていうのも聞いたことあるし、下手に襲って顔を憶えられたら大変」
 貴臣がつぶやいた。カラスたちがもう一度威嚇するように声をあげた。

●話し合いの結果は
「桜、気をつけろよ? おまえの可愛さにカラスも黙っちゃいねぇかもしれねぇからな! いいか? 俺の傍から離れるなよ!!」
 稚空は、一歩前に出ようとする桜を引き止めた。桜は稚空に大丈夫というような微笑を見せてから上空を見上げる。
「大事なお話がしたく、あなた方の縄張りに入らせて戴きました。どうか、お話を聞いてはいただけませんでしょうか」
 まずは話し合いで解決したいという意思のもと、真っ先に口を開いた桜の言葉にもカラスたちは馬鹿にしたような鳴き声を返してくるだけだ。林の中、周囲の木には多数のカラスがとまっている。見下ろされて馬鹿にしているような鳴き声を聞かされるのは、正直なところあまり気分のいいものではない。
「蒼ちゃんが焼いた紅茶風味のクッキーだよ。ちょっと話を聞いてもらえないかなぁ」
 貴臣は懐からクッキーの包みを取り出して、カラスたちの方に差し出す。
 一羽のカラスが羽ばたいた。勢いよく落下してきたかと思うと、さっとクッキーを包みごとさらっていく。その動きは、アヤカシと対峙することも多い開拓者たちが驚くほど素早いものだった。
「よろしかったら……チョコレートもあります。お話させていただけませんか?」
 桜は持ってきたチョコレートを差し出した。今度もさっと舞い降りてきたカラスが、チョコレートを包みごとさらっていく。
 しかし、二回の食べ物攻撃で、カラスたちの警戒心はやや薄れてきたようだった。鳴き声から馬鹿にするような響きが少し薄れてきた――ような気がしなくもない。
 蒼司の頭の上を、ぐるぐるとカラスたちが回り始めた。見上げていた蒼司は、
「ああ――、肉、だな」
 と納得したように言った。彼の荷物の中には、あらかじめ買い求めておいた肉が入っていた。蒼司は荷物の中から肉を取り出して地面に置く。この際なので、健太から持たされた焼き魚も肉と並べて地面に置かれた。
 ばさばさと音をたてて下りてきたカラスたちは、一気に地面に置かれている魚と肉をさらっていく。そして木の上に戻るとあっという間に全て食べつくしてしまった。
 お腹が一杯になると、カラスたちはようやく話を聞く気になったようだった。木の上から開拓者たちを見下ろして、さっきとは調子の違う鳴き声をあげている。
 桜は三度目の正直でカラスたちに声をかける。
「指輪をお持ちのカラスさんはいらっしゃいませんか?」
 一羽のカラスがもぞもぞと動いたのを開拓者たちは見逃さなかった。

●告白の行方
 エルレーンが、健太から預かってきた首飾りを差し出した。
「指輪とこれ、交換してもらえないかな? こっちもキラキラしてキレイでしょ?」
 正直なところ、キラキラ具合だけなら健太の用意したガラス玉の首飾りの方が上だ。
「健太くんがかぁいそうだから、指輪返してあげて、ね?」
 エルレーンがカラスたちに頼み込む。
「そうそう、彼かわいそうなんだよ。君たちだって好きな相手がいたらはりきっちゃうだろ?」
 貴臣もエルレーンに加勢して、カラスたちの説得にあたる。ふいにカラスが稚空に目をやった。彼の胸元に視線が集中している。
「お、おいふざけるな! このペンダントはぜってぇにダメだ! おい、もし間違ってもとってみやがれ! ただじゃ済まさねぇからな!!」
 稚空の首にさがっているペンダントは、桜とお揃いのものだ。
「桜、おまえも気をつけろ!」
 稚空は首元を押さえながら、恋人である桜に警告を発した。
「わかりました」
 そう答えた桜は、カラス相手に微笑を絶やさず、けれど油断した様子は見せていない。
「指輪がだめなら……」
 これを差し出すのはとてもしゃくだが、恋人とお揃いの品を奪われるよりはずっといいと、稚空が耳飾りを差し出そうとした時だった。
「カアー!」
 カラスが一際高い鳴き声をあげる。ばさばさと羽音が響く。そして開拓者たちの前に金の指輪がぽろりと落とされた。その足でカラスはエルレーンの持っていた首飾りをさらって自分の巣へと運んでいく。
「なんとか……話はついたようだな」
 稚空は胸をなでおろした。恋人も怪我することなく指輪を取り戻すことができたし、後は依頼人のところへ指輪を届ければ依頼完了だ。チョコレートはカラスたちに食べられてしまったが、買いなおすことができるだろう。

「ありがとう! 助かったよ! これで彼女に告白することができるぜっ」
 チョコレートは買いなおし、改めて包みなおして健太は相手を呼び出しておいた場所へと急ぐ。
 その後姿を見送りながら、蒼司は深々とため息をついた。告白の成否は本人と相手次第ではあるのだが、いきなり指輪を差し出されるのはあまりにも重いのではないだろうか。
 エルレーンは健太の後をつけていた。何しろエルレーン的には今回の依頼のメインはこれからだ。
「うふふ……本物のこくはくシーン見られちゃうなんて、楽しみ楽しみ!」
 にこにこしながら、物陰から告白の様子を見守っている。
 呼び出されてやってきた可愛らしい女性は、指輪とチョコレートを差し出す健太に驚いたようだったが、真っ赤になって包みを受け取った。
 健太が大きく飛び上がっているところを見ると告白は大成功だったらしい。
 にこにこしながら、エルレーンはその場を後にする。幸せが依頼人に訪れたのなら、依頼を受けた甲斐があったというものだ。
 ギルドには、派遣された開拓者たちがアヤカシを退治したという報告も入ったと聞いている。少し早い春が到来したようだった。