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■オープニング本文 安州から少し離れた町。ここで商売を営む亀屋は、たいそうな大店である。食に関連する店を何店舗か経営していて、何人もの従業員を抱えている。 「旦那様ー、困ったことがあるのですが」 料亭をまかされている友乃が主の亀之介をたずねてきたのは、正月休みを終えて明日からは店を開けようかという日のことだった。 「正月休みで実家に戻った板前が帰ってこないんですよー。安吉と栄太の二人です。真面目な二人なのですが、何の連絡もなくて」 友乃は頭を抱え込んだ。 「ええと、戻ってこない板前たちは安州に住んでいる者だったね?」 亀之介が商売をしているのは首都ではないが、商売熱心な彼は、食に関してはかなりの知識を持っている。そんなわけで安州から、彼の店に修行に来る若い者も何人もいるのであった。 「どうしましょう? これでは明日から店を開けることができませんよ」 友乃は困った顔をして、亀之介に指示をあおぐ。 「困りましたね、雪も降っているし」 亀之介は窓から空を見上げる。吹雪いている、というほどではないものの雪はずっと降り続いていた。 「私が探しに行くわけにもいきませんしね」 亀之介はゆったりとした動作で腕を組んだ。こんな時にはやはり開拓者に頼むのがいいだろう。 この雪の中を行かせるのは気が進まないけれど。 ひとまず開拓者ギルドに依頼してみようかと、亀之介は立ち上がり、雪の中開拓者ギルドへと足を向けた。 「おや、何かあったのですか?」 亀之介は開拓者ギルドの受付職員にたずねた。 「亀之介さん、アヤカシが出たらしいんですよ。ただ正体不明でね…………」 「正体不明?」 「安州へ通じる街道に出たらしいんですよ。だから急いで開拓者を募らないといけませんね。安州で働いている人もいるだろうし」 「うちの店の板前も安州の実家から戻ってこられないでいるんですよね。アヤカシなら早く退治してもらわないといけませんね」 亀之介の目の前で、開拓者ギルドの受付は手際よく依頼をまとめていく。 「おや、追加の情報ですか」 受付の職員が作成した書類には以下のように記されてあった。 『安州に通じる街道にアヤカシが出没したらしい。正体は不明であるが、退治してくれる開拓者をもとむ』 そこに受付は今届いたばかりの情報を追加する。 『アヤカシの数は不明。熊程度の大きさがあったとのこと。一撃で木をへし折ったとの目撃情報あり。注意されたし』 「でしたら、開拓者さんたちにお伝えください。依頼が終わったら、ぜひ亀屋に寄ってください、と。温かい料理とお酒、それにお風呂を用意してお待ちしていますからね。やっぱりこの時期は蟹鍋でしょうかねぇ……」 そう言うと、亀之介は開拓者ギルドを後にする。ギルドの受付は最後に大きくつけたしたのだった。 『依頼参加者は亀屋にて大盤振る舞いあり!』 |
■参加者一覧
三笠 三四郎(ia0163)
20歳・男・サ
緋炎 龍牙(ia0190)
26歳・男・サ
暮穂(ia5321)
21歳・女・シ
ペケ(ia5365)
18歳・女・シ
闇野 ハヤテ(ib6970)
20歳・男・砲
柊 梓(ib7071)
15歳・女・巫
破軍(ib8103)
19歳・男・サ
月雲 左京(ib8108)
18歳・女・サ |
■リプレイ本文 ●姿の見えないアヤカシ 依頼を受けた開拓者たちは、さっそく情報収集にかかった。アヤカシの姿はよく見えなかったらしい。雪に同化するような白い色のアヤカシなのか、はたまた目撃者の目をくらませるような特殊な技能を持ち合わせているのかそれも不明だった。 ギルド内の一室を借り受け、暮穂(ia5321)は、包帯を裂いて墨で黒く染めた。それを苦無に結びつける。この細工が役に立つことがあればいいのだが……。 「見えにくい敵とはやっかいでございますね」 月雲 左京(ib8108)は顔をしかめる。アヤカシを探知できるスキルの持ち主がいればよかったのだが、あいにくと今回の依頼に同行はしていなかった。 緋炎 龍牙(ia0190)は、外の雪に目をやって憂鬱な顔だ。過去に雪原で身内をアヤカシに殺害されたため、雪にはあまりいい思い出がないのだ。 ひとまず四人いるサムライが四方を固め、中央に他の者たちをいれて安全を確保しながら進むという計画が立てられた。咆哮でアヤカシを呼びよせ、超越聴覚で周囲の物音を警戒しながら進むことにする。 三笠 三四郎(ia0163)は懸念を口にする。 「咆哮は、下手に使うといきなり包囲される可能性がありますし……。ある程度いると思われる範囲を絞らないと空振りに終わるものですから、アヤカシがいると思われる場所を探り出すようにした方がいいでしょう」 「あの、地図、いただけ、ますか……? アヤカシ、の、あらわれた、場所とか、教えて、ください」 柊 梓(ib7071)は、ギルドの職員から地図をもらってアヤカシが現れたという場所を確認した。目撃情報ではないから、木が折られたり人が襲われたという実際に被害のあった場所が地図に記される。 準備を終えて開拓者たちはギルドを出発した。 闇野 ハヤテ(ib6970)は梓をかばえる位置をキープしながら歩みを進める。浮遊しているのか、木の上を飛び回っているのか、はたまた降り続く雪が足跡を隠しただけなのか。足跡を残さないという敵には好奇心をそそられる。いずれにしても、退治するだけなのだが。 「全く……このクソ寒い雪山の中を動き回るとはな……」 破軍(ib8103)は、低い声で毒づいた。前後左右、足跡を残さないというから上方まで警戒しながら歩かなければならない。 ペケ(ia5365)は、超越聴覚を使って耳をすませた。アヤカシの姿が見えにくいのなら、音を使っての探索は基本となるのだ――普段ならば。 「んー」 ペケ(ia5365)は眉を寄せる。どうもこの方法ではうまくいかないような気がしてならない――なぜならば、雪は音を吸収してしまうのだから。 ●雪の中の探索 三四郎は雪の中で目をこらしながら進む。 「この状況で頼りにできるのは視覚だけなのですが……」 彼は低い声でつぶやいた。雪崩の危険性も考慮しながら進まなければならない。 進行方向の右手についた龍牙は、シノビの発するであろう警告がありしだい動けるように、また自身が敵を発見したときもすぐに動けるようにと注意を払っていた。 暮穂は、超越聴覚を使って周囲の物音に耳をすませていた。雪に音を吸収されて、アヤカシの動く気配を聞き取ることはできない。 「おい、これは何だ?」 破軍は雪の上に残った足跡に気がついた。聞いた限りでは、アヤカシは足跡を残さずに移動することができるらしいという話だったが……。 「この足跡は罠か? それとも獣か?」 破軍は仲間たちを呼び集める。そう言えばこのあたりは、アヤカシが出現した場所の一つだ。 「方向を絞って咆哮を使ってみましょうか?」 三四郎が提案した。ペケが 「雪は音を吸収するんですよー。その上、敵は雪を踏まずに歩けるアヤカシなのですー。超越聴覚でも発見はガチで困難だと思うのですが……」 と仲間たちをとめようとする。とはいえ、聞こえにくくはなるが、超越聴覚で聴力を高めるしか対応する手段はない。 集まった開拓者たちは、死角がないように態勢を整えて油断なく構える。 三四郎が咆哮をあげた。油断なく構えて待つが、アヤカシが姿を表す気配はない。 「アヤカシではないのか……?」 破軍が雪の上の足跡をもう一度見たときだった。 「何か来ます!」 曲刀を構えていた左京がそう叫ぶのと同時に勢いよくふっとんだ。とっさに飛び退いて勢いを殺していたため、身体へのダメージはそれほど大きくはない。柔らかな雪の上を転がった左京は、その勢いを利用して飛び上がるように立ち上がった。 「破軍さんっ! 来ますっ!」 雪の上でも完全に音を殺すことはできない。木の枝が折れる音に素早く反応した暮穂は警告を発する。それと同時に、暮穂は苦無を投げつけた。破軍の目の前に姿を現したアヤカシの目玉に苦無が突き刺さる。 「さて……コレの試し切りをさせて貰おうか……」 最近入手した刀を正眼に構えて、破軍は不敵に笑った。 「月雲が夜叉、左京……参ります!!」 左京は曲刀を構え直す。暮穂の投げつけた、苦無に結びつけられた黒く染められた包帯のおかげで、雪の中でも白いアヤカシを見失う可能性は少なくなりそうだ。 よく見れば、アヤカシはごくわずかに浮き上がっている。アヤカシの足跡が雪の上に残っていなかったのはこのためだったらしい。どの程度の飛行能力を持ち合わせているのかはわからないが。 暮穂は、奔刃術を使って今度は左京を殴り飛ばしたアヤカシの側を駆け抜けざま再び苦無を投擲する。今度はアヤカシの肩に黒い包帯を結びつけた苦無が突き刺さる。 破軍は咆哮を使って、自分の方へと敵の注意を引きつけようとする。中央に位置しているサムライ以外の四人に敵の意識を向けるわけにはいかないのだ。 「左京さん、お怪我、大丈夫、です…?」 梓の問いに、左京は大丈夫と返したのだった。 ●アヤカシとの戦いその1 「コレは……、呼び名は白熊アヤカシですかねー?」 腕にはめた龍札をがちゃがちゃと鳴らしながら、ペケは言った。忍拳と奔刃術を駆使して、アヤカシに接近戦をしかける。 ペケは左京の方へと走り寄ると、左京と動きを合せるようにしてアヤカシに挑みかかった。 「其の疾きことは風のごとし……」 昔の偉人の言葉を口にしながら、ハヤテは銃を構えて狙いを定めた。スキル狙撃から、クイックカーブを使って放たれた弾は、左京と対峙していたアヤカシの身体に見事に命中する。 「梓ちゃん、俺から離れないで」 梓とつかず離れずの位置を保ちながら、ハヤテはもう一度狙いを定める。梓の方も、ハヤテから離れすぎないように、敵の攻撃圏内へ入らないようにと注意を払いながら、今度は力の歪みを使ってアヤカシの身体を捻ろうと試みる。 三四郎は周囲を見回した。今、今姿を見せている二体のアヤカシ以外に周囲にアヤカシのいる気配はない――雪山に同化する白いアヤカシであるから、いないとは断言できないが。 三四郎は瞬時に判断をくだした。迎撃に向かったほうがいい。左京の方へと走りより、発気でアヤカシの命中を下げる。自ら発する剣気を相手に叩きつけ、威嚇しながら、三四郎はアヤカシに切りかかった。アヤカシの注意が三四郎の方に向けられる。 アヤカシの攻撃をくらったらただではすまないのはわかっていたが、三叉戟でアヤカシの突き出した腕を横へ流そうとすると、とんでもない力が伝わってきた。 しかし、そのことによりアヤカシの体勢が崩れる。 「見た目が熊なら急所も同じはずですよっ! 臨・兵・闘・者・悩・倫・粋・散・笑! 必殺! 竜札顔面パンチ!!」 妙な九字印を切ったペケが、奔刃術を使ってアヤカシの正面へと回り込んだ。熊の急所といわれる眉間に懇親の一撃を叩き込む。 その一撃が効いているのかいないのか――アヤカシはのけぞって、後方へとよろめいた。ごくわずかに浮遊していたのが、雪の上に足を踏みしめて立つ。 アヤカシの腕を払いのけた態勢から立ち直った三四郎が、飛び出るように前進すると三叉戟を鋭く突き出す。肉を突き通す感触がつた伝わってきた。 「貴方様のお相手は、わたくしで御座いましょう?」 三四郎の手を逃れて後方へと逃げだそうとしたアヤカシの右手から左京が切りかかった。恐れることなく地断撃を放ち、アヤカシの退路を断とうとする。 「大物だけあって体力もありますね……!」 これだけの攻撃をくらってもアヤカシは消滅しようとはしない。 もう一度ペケが眉間を狙って拳を叩き込む。ペケを払おうとしたアヤカシの腕を、三四郎が三叉戟で止める。 二人の動きに呼応して、左京がアヤカシの腹目がけて刀を突き出す。ようやくアヤカシは地面に倒れこんだ。 ●アヤカシとの戦いその2 龍牙は破軍の方へと加勢に向かった。アヤカシが唸り声をあげる。 「悪いがいつまでも君達と遊んでいる暇はないんだ……早めに終わらせるよ」 アヤカシが振り払うようにして突き出した前足を、龍牙は身を低くすることによってかわす。そのままアヤカシの死角へと飛び込んだ。発気でアヤカシを牽制しながら、忍刀を閃かせる。アヤカシの腕に切りかかった攻撃は、腕を跳ね飛ばすには至らなかった。刀を引き抜き、龍牙はアヤカシからの距離を取る。 「目印つけられて、隠れられると思ってんの……?」 アヤカシは地面に身を伏せた。雪に同化し、次の一手を繰り出そうというアヤカシなりの知恵の絞り方なのだろうか。 ハヤテは、伏せているアヤカシに射撃攻撃をしかけた。少し距離があいているが、スキル狙撃を使って射程距離をのばしているから問題はない。アヤカシの背に攻撃があたったのを確認すると、問題なしと判断して梓をともない、少し敵の方へと近づく。 弾をくらったアヤカシが、再び立ち上がった。口に生えた牙を見せ付けるかのように大きく口を開く。唸り声がその喉から漏れた。そして、目の前にいる破軍目がけ腕を振り下ろす。 自身を囮としている破軍は、アヤカシに苛烈な攻撃を刀で払いのけた。強力を用いて自分の筋力を高めているため、アヤカシの力にもそれなりに対抗できる。 破軍に振り下ろされたのとは反対側の腕に龍牙が斬りかかった。ふいにアヤカシが頭を動かし、牙に肩をかすめられる。それでも斬りつけると、アヤカシの腕が半ばちぎれてぶらぶらとし始めた。 「……参りますよ!」 暮穂が影縛りで雪の上に落ちる自らの影を伸ばす。アヤカシの動きが、影縛りによって制限された。両腕を振り回すこともできず、ただ身体をのけぞらせることしかできない。 「お手伝い、します……!」 さらに梓が神楽舞「縛」でアヤカシの自由を制限する。 腕の動きが封じられたことで、こちら側の攻撃はしやすくなる。龍牙は腕を中心にしていた攻撃を、今度は頭部狙いへと切り替えた。 自由を奪われているアヤカシは、その攻撃を回避しようともがくが、かわすことはできなかった。アヤカシの首にめり込ませた刃を、龍牙は勢いよく引き抜く。 破軍が龍牙と入れ違いに飛び込んで、彼は胴を横に切り払った。 開拓者たちの目にも、アヤカシが弱ってきたように見えた。 「……終わりだ、月光閃・弐式」 大きく踏み込んだ龍牙が、刀を思い切り突き出した。それと同時に後ろに回りこんだ破軍が地断撃を使った渾身の一撃を繰り出す。 雪の上に倒れたアヤカシは、恨みがましい声をあげて動かなくなった。 ●戦いが終わったその後は 二体のアヤカシを退治し終えた後、再び咆哮と超越聴覚を用いてあたりの探索を行った。 アヤカシはあらわれなかったが、開拓者ギルドで聞いた話では、アヤカシの数は不明だった。まだアヤカシが残っているのかいないのか、これだけでは判断できない。 「少し急いだほうがいいかもしれない」 ハヤテはつぶやいた。このまま雪の中にいては、体が冷えきってしまう。 亀屋の料理人たちは、近くの村にいるだろうと見当をつけて、一応そちらを経由して開拓者ギルドへと戻ることにする。一番近くの村に立ち寄ってみると、安吉と栄太という亀屋の板前は宿泊していた。 「お二人を護衛しながら戻るしかなさそうですね」 三四郎が言った。 行きと同じようにサムライ四名が四方を囲むようにし、安吉と栄太は中央に置いて、守りながらの帰路となった。 シノビの二人が耳をすませながら雪の中を進む。 行き以上に気を使いながら歩みを進め、ギルドへの報告をすませて亀屋にたどり着いた時には、外は真っ暗になっていた。 「皆様、たいそうお手数をおかけいたしました」 亀之介が、開拓者たちを出迎える。 「こちらにささやかですが食事をご用意させていただきました。お酒もございますので、どうぞどうぞ」 そうそう、と先に立った亀之介は開拓者たちをふり返る。 「雪の中で冷えたでしょう。お風呂も沸いておりますのでよろしければご案内させていただきます」 先に料理を堪能する者と、お湯で身体をあたためる者と別れて亀屋の従業員たちが案内していく。 暮穂は湯に身体を沈めてふうと息をついた。窓の外には雪がつもっている。お湯で冷えきった身体をあたためた後は、おいしい料理をいただこう。窓の外の雪を眺めながらの雪見酒は最高のはずだ。 ペケは料理を前に大満足の様子だった。これを食べるために依頼を頑張ったのだ。美味しい料理は美味しくいただかなければ。 「蟹さん、の、お鍋、です……?」 きらきらと目を輝かせて、梓は鍋の近くに寄った。熱々の鍋が身体を温めてくれる。 「雪が……白くて、綺麗で、素敵、です」 窓の外に目をやって、梓は鍋のお代わりをよそう。 「今回の依頼のメインはこっちかな……なんて」 蟹が豪快に入った鍋をつつきながら、ハヤテはにこにことしている。この町で評判の店だけあって味もいい。 「暖かな湯、寝床、料理…何もかも満たされておりますのに……満たされぬは、心……未だわたくしは、独り迷うのでしょうか……」 ごく少量だけを器に取り分けた左京は、細い月を見上げながら酒を口に運ぶ。 「もっと、もっと強くならねばなりませぬ……」 もともとそれほど酒に強いというわけではない。気がついた時にはその場で眠り込んでいた。 黙々と料理を食べ、酒を口にしていた破軍は亀屋の従業員に声をかける。 「全く……世話に焼ける餓鬼だ。すまないが寝床を用意してやってくれ」 亀屋の従業員に布団を用意してもらい、破軍はそこへ左京を寝かせてやった。それから再び黙ったまま酒を口に運ぶ。 こうして亀屋の夜は更けていった。 開拓者ギルドでも日を改めて調査隊を派遣したが、アヤカシを発見することはできなかった。 その後、開拓者ギルドには真っ白な熊に似た姿のアヤカシの目撃情報は届いていないという。 |