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■オープニング本文 ●クリスマスって何だろう? 安州から少々離れた町で商売を営んでいる亀之介は、たいそう商売熱心な男だった。神楽の都経由で珍しい食材を入手しては、新たな料理や菓子を作り出して店に並べている。 先祖代々の家業は和菓子であったが、彼の代になってから和菓子屋の他に小料理屋や食材を扱う店も出した。金銭的な負担が高くなろうとも、常に最上の品をもとめることでも知られていた。そのため、彼の店の品には間違いがないと言われ、安州から彼の扱う食材をもとめてわざわざやってくる客もいるほどである。 そんな彼のところに、神楽の都の取引先から招待状が届いたのである。 「ジルベリアの習慣である『クリスマスパーティー』を開くので、ぜひ参加してほしい」 と書かれたそれに、亀之介は欠席の返事を出さざるをえなかった。忙しい時期、どうしても店を離れることはできないのである。 「そうですねぇ……開拓者さんたちに日頃のお礼をするのもいいかもしれませんね」 欠席の返事を書いた招待状を見下ろして亀之介はつぶやいた。 新しい食材をもとめるにあたり、開拓者の力を借りたことは何度もある。この町にお得意さんもいっぱいいる。 亀之介は、自室に入ると遊学時代に入手したジルベリアの風習について書かれた書物を引っ張り出した。 書物を読んだ結果、彼の入手した情報は以下のようなものであった。 1.クリスマスというものは、緑の木に飾りをつけて楽しむものらしい。 2.クリスマスというものは、家族が集まってご馳走を食べるものらしい。 それから彼は、もう一度招待状に目を落とす。そこにはこう記されてあった。 「近頃、人が集まって楽しくにぎやかに過ごしていると妖精が姿をあらわすという噂があるんですよ。どうですか? 妖精があらわれたら楽しいと思いませんか?」 亀之介は考え込んだ。妖精というものが実在するならば、ぜひとも見てみたいものだ。 ●楽しく過ごしてみませんか? 亀之介は、日頃何かと世話になっている開拓者やお得意さんたちと「クリスマスパーティー」を楽しむことにした。このあたりではあまり行われない習慣だが、要は皆で楽しく飲み食いする機会が欲しいだけだったりもする。 本で読んだ知識を元に、亀之介は次のような計画をたてた。 庭にある松の木を「クリスマスツリー」にして、そこに飾り付けをする。 ご馳走やお酒を用意して皆にふるまう。 せっかくなのでお土産も用意しよう――。 「お力を貸していただけませんか?」 亀之介は日頃世話になっている開拓者たちを、家に招いた。 亀之介が松の木に飾るために用意したのは、さまざまな形に加工した餅。星形や人型や犬、林檎など可愛らしい形にカットされた餅が卓の上所狭しと並んでいる。さらに明るくするために提灯も用意した。 亀之介の依頼は、まず松の木を飾り付けることだった。 「本場のクリスマスツリーは、どんなものなのでしょうか? 足りないものがあれば、何でも言ってください。できる限り入手するようにしますから」 亀之介の読んだ書物によれば、雪に見立てた白い綿も木に飾りつけるそうなのだが、それについては本物の雪が降りそうな気配なので省略することにしたのだという。 「それと、皆さんどのようなご馳走がいいのでしょうね?」 亀之介は開拓者たちにたずねる。彼が用意するのは鶏の丸焼きとクリスマスケーキだった。その他、煮物や寿司など通常の宴会時に出すような料理も用意するという。 調理は店の従業員にまかせるが、他にもご馳走を用意したいので知恵を貸して欲しいらしい。調理も手伝ってもらえるのならばなおいい。 「仕込みが終わった後は、皆さんもぜひ楽しんでいってください。おいしいお酒もお土産もご用意してありますから」 よろしくお願いしますね、と亀之介は開拓者たちに丁寧に頭を下げたのだった。 |
■参加者一覧
水月(ia2566)
10歳・女・吟
利穏(ia9760)
14歳・男・陰
明王院 千覚(ib0351)
17歳・女・巫
エルレーン(ib7455)
18歳・女・志
棕櫚(ib7915)
13歳・女・サ
月雪 霞(ib8255)
24歳・女・吟 |
■リプレイ本文 ●クリスマスって何だろう? 月雪 霞(ib8255)は、亀之介の準備した木の飾りつけるための餅と提灯を見て首をひねった。 「少し……認識がずれているようですね」 「……そうなんですか?」 水月(ia2566)は、亀之介共々驚いた表情になった。水月は、『クリスマス』について、実はそれほどよく知っているというわけではない。 「いやあ、書物で読んだだけの知識だと、いろいろと間違っていますねぇ」 亀之介の方は、気にしていない様子で大きく笑った。 「では、霞さん、正しいクリスマスのあり方を教えていただけますか? せっかくなので、なるべく本場の雰囲気を取り込みたいと思うんですよ」 「いえいえ、仕方ありません。書物では伝わりきらないことは沢山あるものです」 霞は微笑んだ。もっとも霞は口元を布で覆っているため、他の人たちに見えるのは目元が軟らかくなったことだけだ。 「ジルベリアでは、このように祝うのですよ」 紙と筆を取り寄せた霞は、さらさらと絵を描いた。松の木ではなく、モミの木に飾られたいろいろなオーナメント。綿で作った白い雪。キャンドルの灯り。 テーブルの上にはさまざまなご馳走が並んでいる。 「つりーにはね、飾りがもっといるらしい……よ?」 その様子を横から覗き込んでいたエルレーン(ib7455)が言った。 「それからね、くりすますのけーきは……たしか、丸太みたいな形にするんだよ?」 エルレーンの言葉を聞いた亀之介は膝を叩いた。 「ええと何だったかな……そうだ、『ぶっしゅどのえる』とか言いましたね。お菓子の本を探してきましょう」 どうやら、彼の家にはジルベリアで食べられているお菓子のレシピ集まであるらしい。 「里にはクリスマスなんてなかったからなあ」 棕櫚(ib7915)は、霞の描いた絵を見ていた。棕櫚と霞は友人同士だ。霞は棕櫚を妹のように可愛がっている。 「これで、ジルベリアの雰囲気を演出できるでしょうか……? 異国情緒あふれる服を選んでみたのですけれど」 明王院 千覚(ib0351)は、ジルベリア製のエプロンドレスに着替えていた。フリルの裾のついたエプロンにラビットバンドを頭に着用してでうさぎの耳を演出している。 利穏(ia9760)は、 「諸事のお手伝いをしつつも、僕自身も色々と楽しみたいな……」 と、絵を囲んでいる皆の様子を微笑ましく見守っていた。『クリスマス』という言葉に聞き覚えがあるような気がするのだけれど……今はそれよりもパーティーを楽しむ方が先だ。 「雪……降ってくれたらいいな」 水月は、一人外に出てあまよみを使って天気を確認してみた。白い雪が降って、松の木に積もったならきっと美しい景色になることだろう。 「……雪、降りそう」 にっこりとして水月は皆のいる座敷に戻る。 「私は、飾りつけの方をお手伝いさせてください」 水月がそう申し出たのは、見た目より大食漢だと自分でわかっているからだ。パーティーが始まる前にご馳走を食べ尽くしてしまうことを懸念して、飾りつけを手伝うことにしたのだった。 ●松の木を飾りましょう エルレーンは、細長い短冊にこよりをつけたものを作っていた。 「あのね、昔私のおししょーさまがね?こうするんだって言ってたんだ」 短冊には、「せかいへいわ」「りあじゅうめっさつ」「じゅわいゆのえる」「めりーくりすます」などいろいろな言葉が書いてある。 「りあじゅうめっさつ……?」 亀之介は、その言葉に首をかしげた。エルレーンが短冊に書いている言葉の意味が彼にはまったくわからない。意味を説明してもらい、慌てて物騒な言葉だけは外すようにと彼はエルレーンに頼み込んだ。 しぶしぶ、物騒な言葉を書いた短冊を横へよけたエルレーンは、残りの短冊はひもをつけたカラフルなガラスの浮き球と一緒にツリーに飾りつけた。 水月は、寒い庭に出ていた。氷霊結で水を凍らせ、氷へと変化させる。 「皆の朋友さんたちをかたどって……っと」 作った氷を水月は器用に彫っていた。これを木に飾りつけたなら、提灯の灯りを受けてきらきらと輝くだろう。 「木に飾っておいたら、仲間がいると思って本物の妖精さんが立ち寄るかも……そんな小さな希望ですけど……。お客様の楽しみの一つにして貰ったらどうかって思うんですが、飴細工の妖精さんを飾ってみるのはいかがですか?」 千覚の提案を、亀之介は大喜びで受け入れた。さっそく厨房に飴細工の材料が運び込まれる。後ほど厨房で作業することとなった。 「実は僕、先日の依頼で妖精を見たんですよ」 利穏が妖精の様子を語り始める。 「……しかし妖精さん達の一番の特徴と言えば、まさに千覚さんの様な、屈託の無い笑顔だった様な気がします」 利穏は、自分が目撃した妖精の姿を脳裏に描こうとする。白っぽくて小さくて、楽しそうな笑顔をしていた。そして、薄い羽根が背中にあって、自在に飛び回っていた。 別の依頼で、水月は白い妖精についての絵本をもらっていた。妖精を作りたいという話を聞いた彼女は、庭から座敷へとあがって、絵本を開いた。 利穏の話と水月の絵本を元に、千覚は飴細工のデッサンを描き上げる。掌サイズの妖精を飾るのは楽しそうだ。 さらに千覚は、尺の長いレースやリボンや鈴を準備した。木の天辺に一際大きな星形の餅を飾り、他の飾りは枝の所々に結ぶ。あとで飴細工の妖精を置くことができる場所をしっかりと確保して。 霞は、座敷にいた。その横では、棕櫚があちこちからぬいぐるみを集めて並べていた。 霞は小さな卓に向かって折り紙を切っている。細長く切ったそれを輪にして長くつなげていくと輪飾りになった。いろいろな色を使っているからとても華やかだ。 「僕も切るっ」 「わたしもっ」 子どもたちが、次から次に折り紙に手を伸ばす。はさみを手に、見よう見まねで飾りを作り始めた。 それから緑の折り紙をもみの木の形に切り抜いて壁に貼りつける。黄色の折り紙を星の形に切って、それも壁に貼りつけられた。 「よーし、ぬいぐるみを飾るぞ! 上の方にはこのでっかいもふらのぬいぐるみを飾るんだ」 上の方には登れないという子どもたちに、棕櫚は笑って見せた。 「まかせとけ! 上まで投げ上げてやるぞ! 上にいる間に飾りつけろよ。ちゃーんと下で受けとめてやるから」 元気に拳を振り上げる棕櫚を霞は冷静に止めた。 「いけません。それでは普通のお子さんは怪我をしてしまいます」 開拓者ならまた話は違うのだろうけれど、普通の子どもには難しい業だ。梯子を用意し、子どもたちはそれを使うことで決着したのだった。 ●ご馳走を用意しましょう 木の飾りつけの大半が終わった頃、開拓者たちは厨房へと入った。残りの飾りつけは、料理の手伝いをしない水月たちにまかせる。 霞は、餅の準備をしている亀屋の従業員たちに加わった。つきたての餅は柔らかくて形を加工するのは難しい。亀之介が用意していたのも、事前についておいた餅を、大きな一枚板にして乾燥させておき、それを切り分けて星型にしたものだった。 余談だが、切れ端の部分は従業員たちのまかないとしておいしく食べたのは、食べ物を無駄にしないため当然のことである。 大きな餅の板を何枚か分けてもらい、霞はいくつもの星型に切り分けた。 その餅を会場となる座敷に運び込み、大きなものから小さなものへと順番に重ねていく。このために、大きなものから小さなものまでいくつも用意しておいたのだ。一番上の星には、黄色のリボンを巻きつけた。 エルレーンは厨房でケーキを作っている菓子職人たちに合流していた。ジルベリアのレシピを完全再現! というわけで、エルレーンも粉をふるったり、ボウルに入れた材料をかき回したりと忙しく作業に終われている。 「チョコレートは……たっぷり。でも甘さは……くどくなくて、優しいのがいいな」 次から次へと焼き型に入れられたケーキの生地は、大型のオーブンへと入れられて、しばらくすると甘い香りが漂い始めた。 千覚は、持参のクリスマスに相応しい菓子を、亀之介と菓子職人たちに見せていた。 「こちらが、クリスマスクッキーです。蜂蜜と生姜を練りこんであるんですよ。こちらはクリスマスプディング。お酒に漬け込んだドライフルーツとナッツ類が入っています。亀之介さん、レシピわかりますか?」 亀之介は、レシピ集を繰る。 「ええと、ああ、あったあった。ほうほう、クリスマスにはこのような菓子も食べるのですね。お前たち、このレシピの通りに作りなさい」 亀之介はジルベリア料理のレシピ集を菓子職人たちに手渡した。 「では、私は姉のレシピで『プリン』を作ってみようと思います」 エプロンドレス姿もかいがいしく、千覚は作業を始める。 厨房から漂ってくるいい香りに、水月はそわそわとしていた。 早くご馳走を食べたい。でも、つまみ食いをするわけにもいかず、目の前の氷霊結で作った氷とにらめっこをしている。料理が完成するまでお行儀よくしていなければ。 棕櫚は、庭で子どもたちと飾りつけを続けていた。霞の餅も気になるが、まずは木を飾る方が先だ。 「このぬいぐるみはもう少しこっちかなぁ?」 「違うって、ぬいぐるみじゃなくてこれは利穏さんの作った『妖精さん人形』!」 「なんだ、まだ飾ってないのあったんだ?」 子どもたちの相手をしながら、きゃっきゃと楽しそうだ。 「僕もお手伝いしてもいいですか?」 利穏が手伝いに加わった。厨房で煮物を作っている鍋をかき回し、味見をする。 「いいお味ですね。このコツは何ですか?」 味付けのコツ、おいしい出汁のとり方を、専門の板前に教えてもらって覚える。 「利穏さん、ほら、飴細工の完成です」 千覚は、両手に完成した妖精の飴細工を持って微笑んだ。白い妖精が、千覚の手の上で踊っている。 「素敵ですね! 可愛らしい妖精さんです」 利穏は素直に誉めた。 最後に千覚の飴細工を木のあちこちに配置して、飾りつけは終了となった。 ●さあ、宴会です! 亀之介は、開拓者たちが飾りつけた部屋と松の木を見て 「これは素晴らしいですね」 と感嘆の声をあげた。 「ジルベリアに行ったことはありませんが、ジルベリアの空気を感じますよ!」 座敷にはいくつも長い卓が並べられていた。その上には、亀屋の従業員が用意した煮物や寿司、その他のご馳走が所狭しと並んでいる。天儀以外の料理も並んでいるのは、亀之介の熱心な研究のおかげなのだろう。 クリスマスのケーキ――エルレーンの作った『ブッシュドノエル』も含まれている――や他の菓子類は食事が終わってから出されるはずだ。 (うわあ、おいしそう!) 大量のご馳走を前に水月の目が輝いた。いただきます、と行儀よく手を合わせて彼女は箸を取る。 「雪が降ってきましたね」 利穏は窓の側の席から空を見上げていた。彼の手にはお酒の入ったお猪口。せっかくの機会だからと一杯だけのつもりで注いでもらったものだ。 「どれもおいしそうだな!」 卓の上を見回した棕櫚は、どれから食べようか迷っている様子だった。それから、手当たり次第に手元の取り皿に放り込んで、勢いよく食べ始める。一度口に入れた食べ物は、どれもよく噛んでから飲み込んだ。 ハープを手に、霞は部屋のすみに向かった。 霞が精霊賛歌を歌い始めると、室内にいた皆が彼女の声に耳を傾けた。美しい歌声が、皆の心に染み渡っていくようだ。 歌い終えて彼女が一礼すると、別の誰かが同じようにして歌を披露し始めた。子どもたちが歌う。踊り出す者もいる。宴の盛り上がりは最高潮に達しようとしていた。 「ジルベリアに行った時に覚えた歌なんですけど……」 水月も一曲、披露した。この曲がクリスマスに合うかどうかはわからないけれど、異国情緒は味わえるような気がして。彼女の歌も大喝采で終わった。 料理を堪能したエルレーンは、気にぶら下がっている餅を一つ失敬した。室内を温めている火鉢の上でそれをあぶってみる。 餅をあぶりながら、エルレーンは窓の外を眺める。降り始めた雪は案外大雪で、すぐに景色を真っ白に染めている。 「いっしょにやってみたかったな、……クリスマス」 ずっと昔、エルレーンにクリスマスのことを教えてくれた人。もうこの世にいないその人のことを思って、エルレーンは寂しそうにつぶやいた。 「さすが、本物の味ですね……」 千覚が感嘆の声をあげた時には、料理はほとんど残っておらず、千覚の作ったプリンやクッキーやクリスマスプディングが、皆を楽しませていた。 千覚はエルレーンが作ったブッシュドノエルの優しい甘さにふんわりとした笑みをこぼす。おいしい。本当においしい。 壁には、作業の合間をぬって作ったクリスマスリーズも飾られてたいそうにぎやかな雰囲気だ。子どもたちも大はしゃぎで、見たこともないお菓子に舌鼓をうっている。 「皆さん、今日は本当にありがとうございました。本場の空気を味わうことができたと思います。皆も喜んでますし」 亀之介が、ジュースの瓶と酒の徳利を抱えて開拓者たちの座っている卓へと訪れた。 「ささ、よければ一献。どうぞどうぞ」 希望者にはお酒を、そうでない人にはお酒やジュースを、と注いでいた亀之介が耳をそばだてた。 「おや……鈴が鳴っていますね……」 松の木に吊した鈴が、ちりんちりんと音をたてている。 「あ、妖精!」 誰かが声をあげた。白い小さな姿が、巨大なもふらさまぬいぐるみの上から手を振っていた。 「妖精まであらわれるとは、いいクリスマスですね。本当に皆さんのおかげです」 ぜひ、また遊びに来てください。亀之介がそう言った時、もう一度鈴が鳴ったのだった。 |