卑劣な脅迫者
マスター名:雨宮れん
シナリオ形態: ショート
危険 :相棒
難易度: 普通
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/11/29 19:20



■オープニング本文

 華やかな神楽の都の一画。飲み屋の並ぶ歓楽街の片隅で一人の男が頭を抱えていた。彼の前には昼間だというのに空になった徳利が数本転がっている。
 彼の名前は泰藏(たいぞう)――職業、絵師。人物画専門である。正直なところ、絵師としての腕前はそこそこでしかないのだが、何しろ顔がいい。「今を時めくイケメン絵師」として瓦版に取り上げられたこともあるほどだ。彼に描いてもらいたいという若い娘さんが多数いるため仕事には困っていなかった。
「どうした、元気ないじゃないか」
 魚河岸での仕事を終え、帰宅前に一杯やろうとこの酒場に入ってきた男は泰藏に目をとめた。
「昼間っからそんなに飲んで大丈夫かい?」
「飲まなきゃやってられないよ‥‥俺、‥‥恐喝されてるんだ」
 金額を聞いた相手の男は息を呑んだ。要求された額十万文。
 平均的な四人家族が一年暮らせる金額ととんとん――いや、要求されている金額の方が多いかもしれない。
「いったい何だってそんなことになったんだ」

 問われて泰藏はきまり悪そうに語り始めた。いわく、とある大店の一人娘の肖像画を頼まれたのが今年の夏。肖像画自体は立派な物が完成した。それだけでよしておけばよかったのに、あまりにもモデルがよかったために頼まれもしないのに描いたのがもう一枚。記念に、と彼女にそれをプレゼントした。
「いい話じゃないか。ただでもう一枚描いてもらって彼女も喜んだだろう」
「そりゃそうなんだけどさ‥‥絵に添えた言葉がまずかった」
「何を書いたんだよ?」
「恥ずかしくてこんなところで言えるかっ」
 どうやらものすごく歯の浮くような言葉を並べたようだ。泰藏は話を続ける。
「でな、先日その『とある大店』に盗人が入ったんだ」

 金銭的にはさほどたいした被害はなかった、とはいうが――娘が部屋にしまっておいた泰藏の絵が盗まれたらしい。
「それに俺の署名があったもんだからさ‥‥盗人が俺を脅迫してきたんだ。こんな恥ずかしい文章を添えた絵を公開されたくなかったら金をよこせ、とな」
「公開させりゃいいじゃないか。痛くもかゆくもないんだろ?」
「俺が恥ずかしいのをしばらくの間我慢すればいいならそうするさ。だけど、相手のお嬢さんのこともある。最近恋人ができたらしくってさ。俺の絵のせいでふられたりしたら申し訳ないじゃないか」
 彼の送った絵には相手の名前もばっちり入っているらしい。
「それに今回十万文払ったとして、だ。絵が戻ってくるという保証もないじゃないか‥‥」
 完全に泰藏はしおれている。男は泰藏に言った。

「だったら開拓者に頼んだらどうだ?」
「でも、ギルドを通すと大事になるし‥‥」
「大丈夫。俺の従姉妹が開拓者だ。その盗人に払うはずだった金の一部を開拓者たちへの支払いにあてることはできるだろう?」
 男の従姉妹、ユキエはシノビだった。開拓者仲間の裏ルートや地道な聞き込みにより翌日には脅迫者たちの素性が知れた。
 彼らは瀬野彦次郎(せのひこじろう)と名乗るサムライと、その相棒の鶴丸(つるまる)と名乗るシノビの二人組。

 手口はこうだ。まず鶴丸が目をつけた家に忍び込む。金銭や金目の物を盗んでいくのも当然なのだが、人に見られたくないもの、例えば昔の恋人からもらった恋文、借金の証文、ポエム日記などがあればそれも一緒に頂戴していく。万が一見つかった場合は、彦次郎も邸内に飛び込み、一暴れしてから立ち去る。さらに後日、彦次郎がその手紙を持って対象者のところを訪れ――金銭を強請るというわけだ。脅迫されているのはかなりの人数になるらしいという。
「あたしも一緒に行ければいいんだけど、先約の依頼をいれちゃってるんだよね。何とか取り戻してもらえないかな?」
 ユキエは集まった開拓者たちに二枚の地図を手渡した。一枚は依頼人の泰藏の家までの地図。もう一枚は、彦次郎と鶴丸が根城にしている家までの地図。
 開拓者たちは泰藏の家を拠点とし、絵を取り戻すべく活動を開始したのだった。


■参加者一覧
氷海 威(ia1004
23歳・男・陰
利穏(ia9760
14歳・男・陰
リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386
14歳・女・陰
エラト(ib5623
17歳・女・吟
サガラ・ディヤーナ(ib6644
14歳・女・ジ
山田 名梨(ib8214
14歳・女・志


■リプレイ本文

●廃屋の前で
「かんっぜんに自業自得じゃないの‥‥」
 リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386)のあきれた声に正座していた泰蔵は、小さくなって肩をすくめた。その彼を見下ろしながらリーゼロッテは、
「まあ、報酬はもらえるわけだし仕事としてやってあげるわ」
 とつけたす。
「恥ずかしいことで恐喝するなんて酷い人たちですね‥‥それでどんな絵を取り戻して欲しいんですか?」
 サガラ・ディヤーナ(ib6644)は、前半部分は恐喝者たちに憤慨しながらも、後半は丁寧な口調で正座している泰蔵にたずねた。
「あ‥‥えっと、いや、その」
「どんな歯の浮くような言葉を入れたわけ? どーせ私たちには見られちゃうんだからさぁ、言ってみなさいよ」
 もじもじしている泰蔵をリーゼロットはからかった。
「泰蔵さんが感じた気持ちに嘘はないんですよね‥‥それを恐喝に使うなんて許せません!」
 利穏(ia9760)は、怒りの炎を燃え上がらせている。本当に背中に炎が見えるのではないかと思うほどの勢いで。
 エラト(ib5623)は考え込んでいた。
「昼間は寝ているのですよね‥‥」
「私の人魂で偵察できるわよ。人魂で偵察してから、相手を眠らせるのがいいかしら」
 リーゼロッテが言った。
「夜に活動しているようですから、昼間は寝ているでしょうね、きっと」
 エラトはリーゼロッテに同意する。
 話はまとまった。泰蔵が用意した食事をとり、開拓者たちは脅迫者が身を潜めている廃屋へと向かったのだった。

 廃屋の近くに到着した開拓者たちは、寝ている脅迫者たちに気づかれぬようそっと周囲を確認した。同じように隠れながら様子をうかがっている者に気づく。
「‥‥何をしている?」
 問いかけたのは、氷海 威(ia1004)だった。威は開拓者ギルドの調査に協力している開拓者だった。互いにどんな目的でここへ来たのかを情報交換すると、話がまとまるまで長い時間はかからなかった。
 威が頼まれていたのは様子を探ることだけだったが、踏み込む開拓者たちがいるのならば協力するのはやぶさかではない。人魂を飛ばしての偵察を引き受けることになった。

 リーゼロッテと威は、建物の中へと人魂を飛ばした。サガラは建物の下にもぐりこむことを提案したのだが、人魂の方が安心だ。特に威は羽音がしないように蝶の形にして飛ばしている。
 聴覚を人魂と共有しているリーゼロッテの耳に大きないびきが聞こえてくる。視線を動かせば、敷きっぱなしにしているのであろう布団にもぐりこんで寝ている男がいる。あたりには食べかけのつまみと酒の入っていたであろう徳利が何本も転がっている。
「入り口を入ると土間、その奥に二部屋だ」
 声が聞こえないように廃屋から距離をおいて威は、紙に見取り図を書いて皆に見せた。
「男たちは、左右の部屋に別れているわね。お酒のビンも転がっているし、きっと飲みすぎだわ」
 脅迫者たちには何の興味もない口調でリーゼロッテは言う。
「まあ、こんな場所だからな。布団以外家具らしい家具はない。使ったあとの食器がそのまま転がっているのだけ注意すればよさそうだ」
「一応枕元に両手持ちの刀が二本転がっていたけど。使う暇なんて与えないわよね?」
 威とリーゼロッテは、口々に説明した。ここから後は先に打ち合わせていたとおりだ。エラトがリュートを取り出した。

●恐喝ネタを探せ!
「それでは、先に夜の子守唄を‥‥」
 決めておいた通り、エラトは静かに窓に忍び寄った。別々の部屋で寝ている二人同時にかけるのは無理そうだ。一人ずつ眠らせていくことにする。
 まず左の部屋にいた男を窓越しに眠らせた。エラトの奏でる曲が、眠り込んでいる男を自然な眠りからスキルによる状態異常による眠りへと移行させる。
 眠っている彼に抵抗のしようもなかった。完全に眠りに落ちたのを見計らって、右の部屋がのぞける窓へと移動しようとしたときだった。
 がたり、と右の部屋から音がする。どうやら気づかれたらしい。
 エラトは家の周囲をぐるりと回って反対側の部屋の窓へと走り寄った。
「もう一度、いきます‥‥!」
 エラトが再びリュートをかき鳴らす。刀を構え、窓から飛び出してきた男はエラトに切かかろうとした動きをとめ、眠りに落ちないよう抵抗を試みる。
 緊張の一瞬が過ぎ去った。抵抗に成功した彼はするりとエラトに接近した。
 男とエラトの間に飛び込める位置で刀を構えていた利穏がその前に立ちふさがる。利穏の刀と男の刀がぶつかり合って火花をちらした。
 走りながら符を準備していた威が、呪縛符を放つ。直撃された男は、痛みをこらえるようにうめき声をあげた。
 ジャンビーヤを構えたサガラは、自分の力量を正確に把握していた。男の正面に立つような真似はしない。後ろから飛び込んで、相手を牽制し、すぐに攻撃の届かない位置へと退避する。
「‥‥おあいにくさまね。こっちは夜の子守唄だけじゃないのよ?」
 エラトに続いていたリーゼロッテは、夜の子守唄に抵抗したのを見てとってすかさずアムルリープを発動した。
 男はまとわりつく眠気を振り払うように、何度も頭をふる。今度は抵抗することはかなわなかった。ぐらりと揺れると、地面に倒れ込んでそのまま大きな鼾をかきはじめる。
「激しい戦闘にならなくてよかったですね」
 刀をおさめながら、利穏はほっとしたように笑った。昼間、二人が寝ている時間帯を狙ったのは正解だったようだ。
「間抜けな顔でぐっすり寝てるわねぇ」
 鼻で笑って、リーゼロッテは用意の荒縄で二人を縛り上げる。転がっていた刀も、手の届かないところに取り上げた。

「この際ですから、泰蔵さんの絵と一緒に『他に脅されてる人達の恐喝ネタ』というのも回収しませんか? 家探しの間、この二人の見張りや行動妨害等雑事は引き受けます」
 エラトの提案に全員が賛成した。
「脅迫に使われた物は全て没収するつもりで探そう」
 開拓者ギルドの依頼を受けて動いていた威もそれに賛同する。
「では、僕は二人が起きて逃亡したりしないよう、一緒に見張りをさせていただきますね」
 利穏は、エラトとともに捉えた男たちの見張りを担当することにした。二人ともそれなりの腕を持つ志体持ちだ。荒縄で縛り上げたからといって油断はできない。
「ボク、外から床下に潜って探してみますね」
 サガラは元気よく言うと、まっさきに床下へと潜っていった。あとは藁葺き屋根の藁の中も気になるし、入り口を入ってすぐの土間に埋めてある可能性もある。くまなく探さなければとサガラは思った。

●証拠を見つけたら
 開拓者たちは、廃屋の中を探し始めた。
「人間では入れないところもあるからな‥‥」
 威はもう一度人魂を放った。視界を共有し、人の目が届きにくい場所を探索する。
「あれは‥‥?」
 梁の後ろに何か隠されている。家の外に転がっていた梯子を持ってきてその場所に手を伸ばしてみた。
 手に触れた紙を取り、床に下りてから確認してみるとある商家が親類に借金を申し込んでいる手紙だった。
 こんな手紙を出さなければならないほど商売が危ういと周囲に知られたら、信用を失って取引を停止されかねない。できる限りの金銭をかき集めて取り戻したいことだろう。威はその手紙を証拠として持ち帰ることにする。

「さーて、恥ずかしい秘密はどこかしら♪」
 リーゼロッテは容赦なかった。どうせここは廃屋だ。誰に気がねすることなく、床板をはがしにかかる。
「あらあら、こんな手紙公表されたら旦那さんに浮気を疑われてもしかたないわね」
 半分剥がれかけた床板をはがした場所から彼女が発見したのは熱烈な恋文。見ているだけで熱にあてられそうだ。

「うーん、床下にはこれしかないなあ」
 ごそそと床下を探索していたサガラは諦めて外に出てきた。その手に握られているのは、借金の証文。どうやら、彼らは恐喝のネタをあちこちに分割して隠しているようだ。
 今度は屋根の上に登って、藁の中に手を突っ込んでかき回す。こちらには何もないようだ。サガラはするすると屋根から下りると、今度は土間を丹念に調べ始めた。

「皆さん!」
 利穏が叫んだ。二人が目を覚ましたのだ。目を覚ました二人は、拘束されていることに驚愕し、大声で騒ぎ始めた。
「もう一回眠らせましょうか?」
 騒ぐ二人を前にエラトがたずねる。まだ泰蔵の絵は見つかっていないため、二人にたずねることにした。
「これで全部か? 絵もあるはずだがな」
 発見した品を二人の前に並べ、威はたずねた。
「‥‥誰が話すか!」
 やけになったように、彦次郎が言った。
「隠すと色々と為にならないと思うが」
 瘴気の剣でつつきながら、威は問いを重ねた。腕を組んでその様子を眺めていたリーゼロッテは、
「甘いわ」
 と言うと、彼女自身で脅しにかかる。
「口で言えないというのなら、体に聞くという手もあるのよ?」
 思わせぶりに二人を見回した。
「そうねぇ‥‥、人魂を虫に変えて体中はい回らせるとかどうかしら?」
 自分で言っていて気持ち悪い。できることなら遠慮したいものだ。それは彦次郎、鶴丸両名も同じだったようで大きくため息をついて、しぶしぶ開拓者たちの問いに答え始めた。その間ずっと瘴気の剣でつつき回されていたのも効果的だったのかもしれない。
 開拓者たちが見つけられなかった泰蔵の絵は、彼らの証言どおり入り口から入って右の部屋の押入れの中から発見された。その他、多数の手紙や日記、昔の恋人からもらった思い出の品などが廃屋のあちこちに隠されていた。

「それでは、開拓者ギルドに一緒に行っていただきましょうか」
 全ての証拠品を確保し、二人を拘束した荒縄の端を握ったエラトは言った。開拓者ギルドから派遣されていた威もエラトに同行する。
「あまりまじまじ見ない方がいいんですよね‥‥」
 利穏は泰蔵の絵からそっと目をそらそうとする。
 姿絵そのものはそこそこいい出来だった。まあ泰蔵の腕がそこそこなのだから、十分といえば十分だ。縁側に腰をかけて、花火を見上げている浴衣姿の美少女が一人。
 星より花火より美しい君だの、僕の心は君に釘付けだの、直視に耐えない言葉が並んでいる。
「こんなの公表されたら、そりゃー恥ずかしいわ」
 リーゼロッテは断言するとそれきり絵には興味をなくしたようだった。

 サガラは絵をくるくると丸めて、利穏に預けた。これで依頼主も安心するだろう。
「ありがとうっ! 本当にありがとう!」
 絵を届けた開拓者たちの手を握らんばかりにして、泰蔵は礼をのべた。
「また何かお困りになりましたら開拓者へ相談して下さいね」
 と利穏は言う。多少こみいった事情があったとしても、開拓者ならば対応できるはずだ。もっとも、開拓者に相談しなければならないようなことなどそうそう起きない方がいいのだけれど。
 何度も礼を言う泰蔵に見送られ、開拓者たちは彼の家を後にしたのだった。
 開拓者ギルドに連行された二人については、厳罰が与えられたというが、それはまた後日の話なのであった。