おやつに間に合うように
マスター名:雨宮れん
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/07/12 20:42



■オープニング本文

 朱藩の都、安州から七時間ほど歩いた町に店を構えている菓子屋の亀屋は、たいそう繁盛していた。当代の亀屋の主、亀之介は先を見る目を持った人であった。そしてまた、勉強家でもあった。
「これからの商売人には学問も必要だ」
 そう彼が父親である先代の亀屋に言ったのは、彼が十二の時であったという。彼は、安州に出て学問を修め、また他の国を周遊して見聞を広めるなどして戻ってきた。その後菓子職人としての修行を終えてから、亀屋を継いだのである。
 勉強家である亀之介はまた、食道楽でもあった。旅をしている間に味わった各国の珍しい料理、はたまたジルベリアや秦国から伝わった料理まで、食べた物は一つ残らず記録を取り、自分で再現しようと努力したのである。
 亀之介は、店を継ぐのと同時に菓子一本で商売するのをやめた。彼が味わってきた珍しい料理の数々。それを一般庶民の口に合うように、そして簡単に手に入る食材を使うようにと工夫を凝らし、総菜として店に並べるようになった。
 さらには、
「これからは健康が一番」
 と、油っこくない調理法の開発に工夫を重ね、
「鶴は千年、亀は万年♪長生きしたけりゃ亀屋の総菜♪」
 と、派手に着飾った美女たちが、歌いながら道をねり歩くという宣伝活動まで行った。
 亭主に長生きして欲しい大店のおかみたちは、こぞって亀屋の総菜を買い求めるようになったのである。
 そのうちに、家でも作ってみたい、材料をわけてくれという要望が亀屋に届くようになり、料理教室が開催されるわ、材料の販売も始めるわで、亀之介の代になってからの繁盛ぶりは、亀屋始まって以来のものとなっていた。

「困った、困った」
 亀之介は、頭を抱えていた。彼の店は、菓子の販売をやめたわけではない。小麦粉に油や水を加えてこね、そこに「コウボ」と呼ばれる膨らませるための材料を加えた生地で、餡を包んで揚げた「包み揚げ」は、安価ということもあって子どもたちに大人気だった。
 子どもたちだけではない。香辛料をきかせて肉や野菜を炒めた物を包んだものは、一杯やりに行く前の若い衆たちに人気だし、漬け物をくるんだものは年寄りたちのお茶受けにもいい。
 そんな大人気の包み揚げに欠かせないコウボ。それが、この暑さで死滅してしまったのである。早朝の仕込みが終わった後、涼しいところに保存しなければならなかったのだが、先日雇った見習いがしまい忘れてしまったのである。コウボがなければ、包み揚げは作れない。
 安州まで行けばコウボを持っている人物がいるのだが、明日の朝の出発となると戻ってくるのは夜中になってしまう。つまり、明日一日は包み揚げが販売できないことになる。
 一日売れなかったところで金銭面での損失はたいしたものではないが、子どもたちのがっかりした顔は見たくない。
 亀之介は、開拓者を頼むことにした。開拓者ならば、夜の間に行って帰ってくることができるはずだ。
 昼前に亀之介は開拓者たちを呼び集めた。
「それではよろしくお願いしますよ。夜の移動で申し訳ないのだが、その分お礼ははずみますから」
 大店の旦那らしい、鷹揚な仕草で亀之介は集まった開拓者たちを見回す。そして、コウボを持っている人物の名をあげて追加の頼みごとをした。
「そうそう。タキさんですが、年輩の女性の一人暮らしなのですよ。薪割りや水汲みなど、力仕事もやってあげてくれますか。その分もこちらで支払いますから」
 今から出発すれば夕食が終わる頃には、タキのところに着くことができる。少し休んだとしても、明日の昼前には戻ってこられるはずだ。旅慣れた開拓者たちの足であれば。
 そこから急いで仕込みを始めれば、おやつの時間にはなんとか間に合うだろう。
「本当にお願いしますね。おやつの時間は、子どもたちにとっては楽しみの時間でもありますから」
 そういって亀之介は頭を下げたのだった。 


■参加者一覧
三笠 三四郎(ia0163
20歳・男・サ
白蛇(ia5337
12歳・女・シ
慧(ia6088
20歳・男・シ
イリア・サヴィン(ib0130
25歳・男・騎
十野間 月与(ib0343
22歳・女・サ
百々架(ib2570
17歳・女・志
イゥラ・ヴナ=ハルム(ib3138
21歳・女・泰
蒔司(ib3233
33歳・男・シ


■リプレイ本文

●タキの家へ
 店の外まで開拓者たちを見送った亀之介は丁寧に頭をさげた。
「子どもたちの笑顔を守りたい、なんて素敵な人だね」
 白蛇(ia5337)は、もう一度後ろを振り向いて手をふった。亀之介も答えるようにもう一度礼を返す。長雨の季節ではあるが、幸いにも今日は雨はふらないようだ。
「子供達の笑顔を一日でも絶やさないように‥‥って優しい店主さんだね。あたいはそう言う人大好きだな。子供達の為にも、きちんと間に合わせないとね」
 明王院 月与(ib0343)は実家も食事を扱っているだけに亀之介に好感を持ったようだ。
「そうだな。子供達の楽しみを潰す訳には行かないからな」
 慧(ia6088)は、ぶっきらぼうな口調ながら亀之介の心意気に感嘆しているらしい。
「包み揚げ包み揚げ‥‥ああ、想像しただけでお腹が空いてきちゃったわ! 早く食べた‥‥じゃなくて子供達のために頑張らなくちゃ!」
「包み揚げ美味そうやなぁ‥‥是非ワシも賞味してみたいわ」
 慧の後ろを歩きながら包み揚げの味に興味津々なのは百々架(ib2570)と 蒔司(ib3233)の二人だ。
 今回が初仕事のイゥラ・ヴナ=ハルム(ib3138)は、話に加わるまでもなくぼそりとつぶやいた。
「包み揚げとやらがどんな味か、気になるし‥‥べ、別にこういうのが好きってワケじゃないからね? 仕事はきっちり完遂しないとなんだから」
 最後尾で話し込んでいるのは三笠 三四郎(ia0163)とイリア・サヴィン(ib0130)の二人だ。
「私の故郷は辺境中の辺境なので、生活は原則自給自足であり、コウボも自前で作って多種多様な物に使っていたりもします。ただ入手に開拓者を使う位の事だとしますと、希少性はかなりの物なのでしょうね」
 と三四郎が故郷での生活を回想すれば、イリアも
「包み揚げは故郷ではメジャーな家庭料理でな。花嫁が披露宴で自作の包み揚げを客に食べさせ、客はその美味しさで花嫁の料理の腕を推し量るという地方もあるくらいだ」
 などと包み揚げの原型であるジルベリア料理についての知識を披露する。さらにイリアは、
「餡を入れるという発想はなかったが、成程確かに美味そうだ。亀屋の包み揚げ、是非とも食べてみたいな」
 と、亀之介の発想に感心していた。無事に戻ったら、別の食材を包むことも提案してみるのもいいかもしれない。
「昼間とて油断はできぬぞ」
 慧が皆の注意を喚起した。盗賊は白昼堂々と襲ってくることはないだろうが、アヤカシの出没には注意しなければならない。
「いずれにしても、可能な限り戦闘は回避した方がいいでしょうね。特に帰りはデリケートな物を運んでいるわけですし」
 三四郎の提案は、好意的に受け入れられた。行きはそれを実行にうつす機会はなかったのではあるが。

●タキの家にて
 亀之介の言葉どおり、タキの家に到着したのは夕餉も終わりになろうかという時刻だった。家の前で案内を請うと中から小柄な老婆が出てきた。小柄とはいえ背筋はぴんと伸びていて、年を感じさせないほど動きは素早い。
 白蛇が亀屋からの依頼できたことを告げるとタキは、慌しく「食事は?」「疲れてないか?」などとたずねながら、皆を家の中へと招き入れる。
「亀屋さんにお手伝いも頼まれているので、何でも言ってください。僕、軽いから屋根の補修とかもできますよ」
 白蛇が言った。
 皆、口々に手伝いを申し出る。タキはしばらく考えて、高いところの掃除、屋根の修理、水汲み、薪割りを頼んできた。
「俺は実家に両親を残して来てるんだが、父が病気でね。母親はタキさんと同じく一人で苦労しているんだ。普段気になっていて一人では難しいことがあれば、息子だと思って遠慮なく言ってくれ」
 イリアの言葉に、タキはすこし考えてから味噌樽の移動も追加した。
「私は水汲みをしましょう。故郷では水が希少とはいえ、一番得意なのが水汲みとは情けない気もしますが」
 三四郎は、桶を持って井戸へと向かう。蒔司も三四郎に続いて薪割りへと出て行った。
「私の仕事は帰りが本番だからね」
 そう言いながらも、イゥラも慧とともに掃除を始めた。
 夕食を作ってくれるというタキに続いて月与と百々架も台所へと向かった。
「えっと‥‥いきなりですけど! コウボの作り方教えて下さいっ! 作り方を亀屋さんに教えてあげたら、今回みたいな事があってもすぐに対応できると思うんです!」
 芋の皮を剥く手をとめて、百々架は切り出した。
 大きな鍋いっぱいに湯をわかしながら、タキは返す。
「コウボってのは作るのに三日とか四日とかかかるんだよ」
「そうなんだ‥‥残念」
 作るのに三日四日かかるのであれば、確かに取りに来た方が早い。タキはつけたした。
「それにあんたたちが取りに来たコウボってのは、あたしがジルベリアの人から分けてもらった物なんだよ。亀之介さんが言うには、違うコウボだと同じ味にはならないんだとさ。あたしは膨らめばいいと思うんだけどねぇ。ほら、亀之介さんは食道楽だから」
 夕食の支度の隣で、月与は用意してきた麦茶を煮出している。月与はコウボの取り扱いについてタキにたずねた。返答を聞いて彼女は、コウボの入れ物に濡れ手拭いを巻きつけることを決める。
「それとコウボ、二つに分けてもらうことはできないかな? 万が一なんて事があって亀屋さんの気持ちを台無しにしちゃったら事だから」
「いいよ。そのくらいお安いご用だよ」
 月与はタキに礼を言って、出来上がった麦茶にたっぷりの蜂蜜と一つまみの塩を追加して井戸へと持っていった。
 帰りはこれを回し飲みすれば、休憩にかかる時間を短縮できるだろう。水を探さなくてもすむから。
 水筒のうち一本は、帰りにコウボを冷やすための水を入れるために使うことにする。
 いろいろな野菜と肉を煮込んだ味噌汁と、ご飯、漬物という簡単な夕食が並べられ、皆輪になって食事を始めた。
「老体では苦労も多いやろうに、一人住まいは不便やないか?」
 味噌汁の椀を取り上げ、蒔司はたずねた。
「まあねえ。不便といえば不便だけど。息子が奉公から戻って来るまでのことだし、ね。近所に友達もたくさんいるし、寂しくはないよ」
 聞けば、タキの息子は亀屋で修行しているのだという。亀之介の許可が出たら、戻ってきて店を開くのだとか。
 その日が楽しみだと笑う彼女は、十分生活を楽しんでいるように見えたのだった。

●包み揚げ完成
 翌朝、出発しようとした開拓者たちに、タキは大きな握り飯を持たせてくれた。
「昨日いろいろと手伝ってもらったしね。朝ご飯は大事だよ」
 そう言って手をふるタキに別れを告げて、開拓者たちは亀屋へと岐路を急ぐ。まだ夜明けまでは時間がある。松明を灯し、足元に注意しながら先を急ぐ。
 慧と白蛇は、超越聴覚を使って怪しげな物音がしないか神経を研ぎ澄ましている。右手に松明を持ち、左手に盾を装備した月与は、コウボを持ったイゥラと蒔司を守るようにすぐ前を歩いている。コウボは小さなツボに収められ、濡らした手拭いを巻いた上で、皮袋に入れてイゥラと蒔司の腰に吊るされていた。
「何か聞こえる」
 そう言った白蛇が、先行して様子を確認しに行った。暗視を使ってよく確認すれば、犬に似た形のアヤカシが一匹獲物を捜し求めていた。アヤカシはこちらには気がついていない。
「回避できそうですか?」
 報告を聞いて、三四郎が問う。できそうだ、との返答に一行は道をそれた。アヤカシに気づかれぬよう足音を殺し、松明の火も消して暗闇の中を急ぐ。
 しばらく行くと夜が明けた。月与の用意した麦茶とタキの持たせてくれた握り飯でさっと朝食をすませ、開拓者たちは亀屋へと急ぐ。
「おお、お待ちしておりました」
 予定通り昼少し前に亀屋に戻ってくることができた。運ばれてきたコウボを受け取り、見習いの少年は仕込み場へと駆け込む。
「亀之介殿‥‥俺に何か出来ることは無いか? 急いで包み揚げを作らねばならないのだろう?」
 慧がたずねた。
「そうそう。せっかくの機会だから、あたいも何か手伝いたいな」
 と、月与も言う。
「疲れているところ申し訳ないのですが、お願いしましょう」
 亀之介は手伝いを申し出た者を仕込み場へと案内する。少し休みたいというイゥラたちには、仮眠の場所が提供された。
 生地をこね、開拓者たちが持ち帰ったコウボを加えて膨らませる。小豆を茹でる。肉や野菜を炒めるのも大切な仕事だ。仕込み場に、いい香りがただよい始めた。味付けは店の者が行い、開拓者たちは具を包む作業に取りかかる。
「抹茶の粉を混ぜた求肥に餡を包んだ物を生地で包んで揚げるの。抹茶が嫌いな人でもこれなら平気なんじゃないのかしら」
「ほうほう。それはおいしそうですな」
 百々架の言葉に亀之介は頷く。
「果物の甘露煮などどうだろうな?」
 とイリア。
「甘露煮はおいしいやろね。きっと女の子は好きだと思うわ」
 蒔司は、イリアに同意する。
「餅もいいんじゃないかな?」
 白蛇は等分した生地で具を包みながら、首だけこちらに向けて会話に加わった。イリアは、
「餅に明太子なんかもいいと思うんだが、どうだろう。あとはチーズなんかもよさそうだな。若者は好きだと思うが」
 と白蛇の意見に案を加える。亀之介は、それぞれの提案を一つ一つ記録しながら、思案しているようだった。
 開拓者たちが手伝いに加わったこともあって、包み揚げは予定の時間より前に完成した。
「ありがとうございます。子どもたちもきっと喜ぶでしょう」
 亀之介は、よろしければと出来上がったばかりの包み揚げを皆に振舞った。
「私も一つ、いただこうかしらね」
 イゥラも餡をくるんだ包み揚げに手を伸ばす。口の中に控えめな甘さが広がった。
 白蛇は、間に合ってほっとしている見習い少年の肩を叩き、用意しておいたお守りを手渡す。
「これは物忘れをしなくなるお守り‥‥。失敗は誰にでもあるから‥‥同じ失敗を二度しないようにすれば良いと‥‥思う‥‥」
「ありがとう!」
 少年の顔が明るくなった。白蛇も笑顔を返す。
「ミスは誰にでもあるものですからね。また、よろしくお願いします」
 そう言い残して、三四郎は亀屋を後にする。
「包み揚げくださーい!」
 子どもたちの歓声が、店の方から聞こえてきた。亀屋は今日も繁盛している。