先の見えない道を
マスター名:雨宮れん
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: やや難
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/10/20 20:03



■オープニング本文

 路地裏にある小さな広間で、子どもたちが手をつないでくるくると回っている。
 くるくる回る子どもたちの中心には、目を閉じてしゃがんでいる女の子がいる。
「後ろの正面だあれ?」
 しゃがんでいる女の子は、後ろを振り返らないまま元気よく返事をした。
「いっちゃん!」
「あったりー!」
「じゃあ、いっちゃんと交代‥‥」
 立ち上がりかけた女の子の耳に、一緒に遊んでいた子どもたちの悲鳴が聞こえてくる。彼女はあわててふりかえった。
「いっちゃん‥‥」
 女の子は、自分の後ろにいたはずの男の子が倒れているのに気がついて言葉を失った。
「さっちゃん、いっちゃんのお父さん呼んできて」
 一緒に遊んでいた少し年上の女の子に言われて、しゃがんでいた女の子、さっちゃんが走っていく。
 呼ばれてきた男は、自分の息子が倒れているのを見ると、
「一郎!」
 と叫んで、息子を抱き上げた。家へと息子を連れて帰る彼の後ろをぞろぞろと子どもたちがついていく。彼は長屋に帰ると、布団を敷いてそこに一郎を寝かせた。
「一郎! どうしたんだ、一郎!」
 子どもに声をかけるが、一郎はぴくりともしなかった。胸に耳をあててみれば、呼吸はしている。それなのにゆすっても、頬を叩いてみても目を覚まさない。

「おじさん、お医者さん連れてきたよ!」
 長屋に医者が駆けつけてきた。
「こりゃあ夢見病じゃないか?」
 と医者は一郎の瞼をひっくり返して言った。
「夢見病って何だ?」
 と一郎の父親はたずねた。夢見病だなんて聞いたこともない。
「ここ数十年、発生していないからなあ……」
 医者は顔をしかめた。夢見病というのは、このあたりで過去しばしば見られた病のことだ。突然倒れ、目を覚ますことはない。病人はだんだん衰弱していってやがて死に至る。普通の薬では治すことができない難病だ。非常に珍しい病で、理穴でもこのあたりでしか見られないのだ。
「そ‥‥そんな、助ける手段はないのか!?」
「ないことはないんだが、な」
 診察道具を片づけながら医者は言った。
「西の山に生えている『夢露草』という薬草を見つけることができれば‥‥その根を煎じて飲ませるのが特効薬だ」
「‥‥西の山か‥‥」
 父親は渋い顔になる。

 この町の西にある山は瘴気がたまりやすいのか、アヤカシがしばしば出現する危険地帯なのだ。以前は魔の森と接していた理穴であるから、そのあたりの対応に慣れていないわけではない。定期的に開拓者ギルドに依頼を出して、アヤカシの有無を調査してもらっているのだ。しかし、前回の調査から一月経過している。一般の人間が山奥に入っていくのはあまりにも危険だ。
 というわけで、すみやかに開拓者ギルドに依頼が出されたのだった。


■参加者一覧
柊沢 霞澄(ia0067
17歳・女・巫
無月 幻十郎(ia0102
26歳・男・サ
風雅 哲心(ia0135
22歳・男・魔
叢雲・暁(ia5363
16歳・女・シ
和奏(ia8807
17歳・男・志
晴雨萌楽(ib1999
18歳・女・ジ
御鏡 雫(ib3793
25歳・女・サ
仁志川 航(ib7701
23歳・男・志


■リプレイ本文

●山道を進んで
 開拓者たちは、準備を終えるのと同時に西の山に分け入ることにした。もちろん、野営の準備はしてあるが夜になる前に下山したいところだ。
「‥‥困りました。夕方から雨になりそうです‥‥」
 山の麓に到着して、柊沢 霞澄(ia0067)は、眉を寄せた。開拓者ギルドで絵図を受け取る時に野営しやすい場所などについて確認しておいたが、雨に降られない方がいいにこしたことはない。
「用心しながら、急ぐしかないなぁ」
 野草図鑑で、夢露草について調べていた無月 幻十郎(ia0102)は、霞澄に返す。ギルドから渡された夢露草についての絵図には、群生している場所への地図も書かれていた。
 山に入る前に開拓者たちは素早く配置を確認する。風雅 哲心(ia0135)は、戦闘時には後衛たちをすぐ庇える位置について山へと入ることにした。

 道を切り開かねばならない先頭は順番に担当することを確認し、ギルドから借り出した鉈を手にした仁志川 航(ib7701)を先頭に山へと入っていく。
「本当に誰も入らないんだな。草が茂り放題だ」
 険しい道を切り開きながら、航はつぶやいた。御鏡 雫(ib3793)が手斧を持ってきているから、必要があれば借りることができるだろう。
 雫は、色のついた布を用意し、事前に細く裂いておいた。戻る時に迷わぬよう、目線より少し上の木の枝に用意しておいた布を手早く結んで目印とする。
 荷物に精霊の鈴を結びつけた和奏(ia8807)は、肩の上に人妖の光華を乗せ、拾った棒で周囲の草むらを叩きながら進んでいく。人妖を連れてきたのは、回復役をさせようという心積もりだ。
 モユラ(ib1999)は、蜂鳥の形をした人魂を飛ばして、先の道を警戒していた。
 叢雲・暁(ia5363)は、周囲の気配を感じながら足を進めていた。周囲の物音に注意を払う必要性を感じれば、すぐに超越聴覚を使って再確認する。
「嫌な音がするんだけど」
 その暁の言葉に、霞澄は瘴索結界を使った。アヤカシの気配を探知することに成功する。
「アヤカシが近くにいます!」
 彼女の言葉に、開拓者たちに緊張が走る。一列になって進んでいるため、このままでは分が悪い。
「この先、少し開けてるっ」
 人魂と視界を共有していたモユラの言葉に、「急げ!」と誰からともなく口にする。

 開拓者たちがその場に到着するのと同時に、藪をかき分けて出てきたのは上半身が美しい女、下半身が蜘蛛の姿をしたアヤカシだった。女郎蜘蛛、として知られている。
 鉈を手にしたままの航は、アヤカシから距離を取ると地面に鉈を置いた。かわりにショートボウを取り矢をつがえる。
「陰陽奥義、受けてみな‥‥来たれ蛇神っ!」
 真っ先にモユラが碧蛇の式を発動する。巨大な蛇が女郎蜘蛛目がけて襲いかかった。
「‥‥一体なら‥‥このままいけるっ!」
 モユラの式に同調するように、雫はスキルを使用せずに右手に片手剣、左手に盾を構えて女郎蜘蛛に接近する。蛇の攻撃を受けて上体を仰け反らせたアヤカシだったが、すぐに体勢を立て直し、糸を吐き出した。その糸を左腕の盾で受け止めた雫が足を滑らせ、地面に倒れこむ。
 もう一度糸を吐こうとした女郎蜘蛛の背後にするすると和奏は回りこんだ。人妖の光華は和奏の肩から下りて、邪魔にならないところへと後退している。背後から蜘蛛となっている下半身に刀を突き立て、素早く攻撃の範囲外へと飛び退く。
 航の放った矢が女郎蜘蛛の肩に突き刺さった。怨念の声をあげて女郎蜘蛛は上半身を捻り、航の方を振り返った。
「飛び道具は矢だけじゃないんだよねっ」
 暁が手裏剣を投擲した。矢が刺さったのとは反対の肩に手裏剣が刺さった。痛みに集中力を失った女郎蜘蛛は、手足をやたらに振り回して開拓者たちを牽制しようとする。
「これでどうだ!」
 幻十郎は唐竹割で女郎蜘蛛に挑みかかる。蜘蛛の部分を横に斬り払われ、女郎蜘蛛は苦悶の声をあげた。哲心
が、ララド=メ・デリタを使うのと同時に、モユラがもう一度蛇神を叩きつけ、和奏が斬りつける。立ち上がった雫が、女郎蜘蛛にとどめをさした。

●幽霊との戦い
 後退していた人妖の光華は再び和奏の肩へと乗り移る。出現したアヤカシが一体だけだったことと、奇襲攻撃にはならなかったことから開拓者たちにはそれほどの被害はなかった。糸を盾で受け止めた勢いで転んだ雫にしても痣ができたくらいでたいしたことはない。
「確かにこの山は瘴気がたまりやすいみたいですね‥‥瘴気が頂上へと向かって流れているようです‥‥」
 懐中時計「ド・マリニー」で、瘴気の流れを計測していた霞澄が言った。
「ということは、これから先まだまだアヤカシが現れる可能性が高いということだな」
 哲心はつぶやいた。まだ道のりの半分も来ていない。これから先も集中力を保って進まなければならない。
「どれ、そろそろ一旦交代しようか」
 幻十郎は航が地面に置いた鉈を拾い上げて先頭に立った。モユラが瘴気を回収し終えるのを待って一同は再び山へと分け入っていく。
「以前はこのあたりに生えていたって話だけどな‥‥持って帰って栽培するわけにはいかないだろうか」
 航は地図を指差した。
「日当たりのいい斜面って言ってたね、あの先生」
 雫は医者から仕入れた情報を航と再確認しながら歩いている。もちろん周囲を警戒するのは忘れてはいない。
「残念ながら、こっちには見当たらなかった」
 藪の中に分け入って斜面を確認していた暁が戻ってきて首をふった。

 今回はアヤカシの討伐が目的ではない。できるだけ戦いを回避できるようなルートを選び、以前夢露草が発見されたという場所をひたすらに目指す。山の頂上を越え、反対側へと下った。
「この斜面だろ、以前発見されたっていうのは」
 航は斜面を覗き込んだ。険しい斜面の下の方には、小川が流れているのが見える。どうやら縄で体を固定して下りるしかなさそうだ。
「よし、俺が上で支えているから――」
 幻十郎が言いかけた時だった。
「アヤカシがいますっ!」
 瘴索結界で、アヤカシの存在を察知した霞澄の鋭い声がその場の空気を切り裂く。斜面の向こうにあらわれたのは、人の姿に似たアヤカシだった。宙にふわふわと漂っている上に、背後が透けて見えるから明らかに人ではないとわかるが。
 斜面で薬草を探すにしても、目の前のアヤカシを退治してからのことだ。開拓者たちは、素早く陣形を整える。問題は、相手が宙に浮いていてこちらまで来てくれなければ攻撃できないということだ。
「おっと、おいでなすったか」
 幻十郎は刀を抜いて、敵へと鋭い視線を向ける。
 哲心は素早く数を数えた。相手は四体。
「霞澄――下がれ!」
 言われたとおり、霞澄は攻撃の届かないであろう場所へと退避する。もちろん回復役が必要になった時に備えて、仲間たちから視線をそらすことはしない。和奏は人妖を霞澄の側へと移動させると刀を抜いた。

 幽霊が口を開いた。頭の中に怪しい声が響き渡った哲心は、顔をしかめる。――呪声。一部のアヤカシの持つ能力だ。
「なかなか手強いな。ならこいつでどうだ。‥‥迅竜の息吹よ、凍てつく風となりてすべてを凍らせよ――ブリザーストーム!」
 ダメージをくらい哲心は、反撃とばかりにブリザーストームを放つ。相手が集中していたのも幸いだった。雪の嵐が幽霊たちに襲いかかる。
 恐れるということを知らないアヤカシたちは、怯むことなく開拓者たちに向かって突き進んできた。固まっていたのが散らばり、それぞれに開拓者目がけて飛びかかっていく。

「痛みを知らないというのも厄介だねっ!」
 手元に飛び込んできた一体を雫は刀で薙ぎ払った。と、同時にもう一体に後ろから体当たりされて雫は呻く。哲心は、雫に薙ぎ払われた幽霊に向かって刀を振り下ろした。こう近くては刀で自分の身を守るしかない。暁が手裏剣を投げて哲心を援護する。モユラが蛇神を発動した。攻撃をくらって幽霊が上体を揺らしたところに、体勢を立て直した雫が剣を振り下ろしてとどめをさす。
 航は雫に後ろから体当たりした幽霊目がけて矢を放った。痛みを感じることはしないが、アヤカシの注意が航へと向けられる。幽霊の攻撃を航は交わすことができなかった。頭の中に奇妙な声が響き渡り、鋭い痛みを感じてその場に膝をつく。
 哲心が、航を攻撃している幽霊目がけてアークブラストを放った。さらに雫が突っ込んでいって刃を閃かせる。こちら側に来ていた二体のアヤカシを倒して、雫は残りはどこかと視線を走らせた。

「‥‥こういう相手はやりにくいですね」
 和奏は、視線を左右に走らせた。右から一体、左からもう一体。どちらが先に仕掛けてくるのだろう。
「左はまかせろ!」
 幻十郎が和奏から見て左手にいる幽霊の前に立ち塞がった。
「お願いします!」
 和奏は、右側にいた幽霊へと意識を集中する。それほど強い相手ではない。口を開いて呪声を響かせようとする幽霊の懐へと素早く飛び込んでまずは一刀。さらにもう一歩踏み込んで返す刀で胴を横に払う。アヤカシが地に落ちるのを確認して、和奏は刀をおさめた。

 暁は、幻十郎が対峙しているアヤカシの方へと向きを変えた。手に残った手裏剣を投げつけ、自分の方へと意識を向けさせる。アヤカシが飛びかかってきたのを見て、忍刀を抜いた。幽霊をかわし、抜いた刀で切り結んでいる暁に幻十郎も加わる。二人に前後から斬りかかれられて、幽霊は瘴気へと返っていった。

●怪鳥との戦いを終えて
 戦いを終えて、やれやれと一行は大きく息をついた。和奏の連れてきた人妖の光華が怪我人たちの怪我を癒やして、夢露草を探すことにする。幻十郎が木に縛りつけた縄を支え、他の皆は斜面をくだって絵図にあったとおりの植物を探し始める。もちろん、薬草探しのみに注意を払っているわけではない。ありとあらゆる方向に注意を向け、アヤカシの存在を察知すればすぐに対応できるようにして薬草を捜し求める。
「あった!」
 モユラが声をあげた。
「必要なのは根だと言っていたけど、枯れないように他の株も注意して持って帰ろう」
 航はモユラに近づくと、モユラが掘った根の他に二株ほど掘り出して、枯らさずに持ち帰ることができるよう注意深くしまいこむ。
 今から急げば、日が暮れる前に戻ることができそうだ。野営の準備はしているが、夕方から雨になるという予想もついている。開拓者たちは来た道を戻り始めた。
 もちろん帰りも気を抜いてはいない。行きと同じように注意を払って進む。麓近くまで下りてきた時だった。

「‥‥空から変な鳥が近づいてくる!」
 人魂と視界を共有していたモユラが皆の注意を喚起した。すかさず霞澄がアヤカシであることを確認する。ばさばさと羽根を鳴らして近づいてきたのは、見たこともないような奇妙な姿の鳥だった。いや、形は鳥に似ているが、翼の先端は刃物のように鋭く、嘴の中には牙が生えている。そして、その足の爪は大きく、鋭く、獲物を引き裂くのには最適の形状に見えた。その数は三。
「さっさと片付けるぞ。‥‥響け、豪竜の咆哮。穿ち貫け――アークブラスト!」
 哲心は、一番手前にいたアヤカシ目がけてアークブラストを放つ。雷をくらったアヤカシはそれでも真っ直ぐに飛んできて、哲心に攻撃を仕かけようとした。
「手の届くところにいないってのは厄介だよねっ」
 暁は手裏剣で相手の動きを牽制し、呼応してモユラは蛇神を発動した。宙でふらついたところを、割って入った和奏が刀で斬りつける。悲痛な声をあげて、アヤカシは地に落ち瘴気へと返っていった。
 飛び込んできて、胸に嘴を突き刺そうとしてきたアヤカシを素早く飛び退いてかわした幻十郎は、刀を大きく振りあげると、懐に入った相手の首を唐竹割で一気に叩き落とした。
「あともう一体!」
 雫は、剣と盾を構えて慎重にアヤカシに対峙した。後方に下がった航の放った矢が、アヤカシの片翼を射抜く。力を蓄えていた雫は、地断撃でアヤカシを真っ二つに叩ききった。
「皆さん、お怪我はないですか‥‥?」
 ない、との返事に霞澄はほっとした表情になる。
 和奏は後方に下げていた人妖を肩の上に乗せると、皆に続いて山を下りていった。

「夢露草の煎じ方とか、見学してもいいかな?」
 モユラの提案は受け入れられ、彼女の見守る前で手当てが始められた。煎じた根を冷まし、意識のない子どもの喉に流し込む。これを数日の間続けることになる。一通りの手当てを終えた医師に航は話しかけた。
「手元で栽培を試みてもらえればいいんだけど‥‥どうかな?」
 航の言葉に、医師はありがたそうに採取してきた植物を受け取った。
「今までにわたし以外に何人もの医師が栽培を試みてきたのですが、皆失敗しているのですよ。今回株を取ってきていただいたことで、もう一度挑戦できます。ありがとうございます」
「そうそう、よかったらこちらもお役に立てば‥‥一緒に採取してきました」
 実は雫は夢露草を探索しながらも、他の薬草も採取していたのだ。渡されたそれを、医師は丁寧に礼を言って受け取る。
「目を覚ましたら、素敵な家族と友達と未来が待ってるよ。帰ってこい」
 航は心の中で、そう眠っている一郎に話しかけると開拓者ギルドへと向かった。
「日に三度もアヤカシに遭遇したんだ。まだ他にもいるかもしれない」
 航の言葉に開拓者ギルドの職員は頷いた。定期的に調査に入ってはいるが、ひょっとするとアヤカシの出現頻度が高くなったのかもしれない。
 それから数日後、改めて開拓者ギルドから派遣された開拓者たちがアヤカシ退治のために西の山に入って行った。それと同じ日に、無事に子どもの目が覚めたと開拓者ギルド経由で報告があり、関わった開拓者たちは一安心したのだった。