お月さま、割れた
マスター名:雨宮れん
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/09/29 19:57



■オープニング本文

 秋は月が美しく見える季節だ。
 武天の中心部から少し離れた山間の村に美しい池があった。湖面は鏡のようにすんでいて、夜に水面にうつった月を眺めながら甘い時間を過ごす恋人たちも多い。
 その夜も、若い二人が岸で寄り添って座り湖面に映る月を眺めていた。
「月がきれいね」
「君の方がきれいだよ」
「いやだわ、そんな」
 そんなことをささやきながらいちゃいちゃしているうちに、手を握りあう、肩がよりそう――やがて顔が近づいていく。
 ざばり、と水をかくような音がした。女が顔をあげる。
「――ねえ」
「ん?」
 男の方はまだ気づかない。

 女はけたたましい悲鳴をあげた。湖面に映る月が割れた。そして、全身から水をしたたらせながら、黒い影が近づいてくる。
 慌てて逃げ出そうとした二人に近づいてきた影は、一気に二人に接近すると、二人の着物をつかんだ。
「た――たすけ――!」
 男の方も叫ぶ。逃げだそうとする二人をしっかりとつかんで影は水の中に沈んでいった。後には男のはいていた下駄が片方、残されているだけだった。

 最初の二人については、駆け落ちしたのだろうくらいに周囲の者たちは考えていた。二人の仲を家族が反対していたからだ。
 ところが、それから数週間のうちにさらに二組の若者たちが姿を消したのだった。いずれも湖を夜に訪れた後、行方不明になっている。
 開拓者ギルドは、調査のために開拓者を派遣した。徹底的に周囲の捜索を行うために。
 アヤカシならば倒さなければならないし、人さらいなのだとしたらとらえる必要がある。
 ところが、開拓者ギルドの調査員が調査しても何も見つけだすことができなかった。疑問を残しながらも、開拓者たちはギルドへと戻っていった。

 再び事件が起こったのは、開拓者ギルドの調査が終了した二日後のことだった。ギルドの調査をあざ笑うかのように、二人の若者が姿を消した。今度は夜ではなく昼間だったため、目撃情報があった。近くの山で狩りをしていた猟師である。
 目撃情報によれば、湖の中からでてきた何かが、二人を湖の中へと引きずり込んだらしい。
 ギルドの召集に応じて、今度は別の開拓者たちが湖から一番近い村へと到着したのはその翌日のことであった。


■参加者一覧
巴 渓(ia1334
25歳・女・泰
朱華(ib1944
19歳・男・志
ルゥミ・ケイユカイネン(ib5905
10歳・女・砲
射手座(ib6937
24歳・男・弓
アリス ド リヨン(ib7423
16歳・男・シ
ヴォルテール(ib7675
29歳・男・騎


■リプレイ本文

●聞き込み
 開拓者たちがその村に到着したのは、午後に差しかかった頃だった。暗くなる前に湖にたどり着きたいのならば時間はあまり残されていない。
「私はヴォルテール・ロードナイト。恐怖の中、待たせてしまってすまなかった。アヤカシは私達が退治するから、安心して待っていてくれ」
 出迎えた村人たちにヴォルテール(ib7675)がそう言うと、村長が前に進み出てきた。
「できる事があれば何でもご協力させていただきます」
 開拓者たちは、村長の家を活動拠点として借り受けることにした。戦闘の準備をするための場所が必要だからだ。
「村人に引きこまれた人たちについて話を聞いてきた方がよさそうだな。何か共通点があるかもしれん」
 朱華(ib1944)がさっそく聞き込みへと出かけていく。
 アリス ド リヨン(ib7423)は張りきっていた。騎士様にいいところを見せる絶好の機会だ。知り合いになれればもっといい。彼も朱華について出て行った。
「リヨン殿、張りきっているな」
 射手座(ib6937)は出かけていくアリスを見送りながら担いできた荷をおろす。今回アリスは射手座の誘いでこの依頼に参加しているのだ。
 射手座は荷物の中から荒縄を取り出して、それを矢にくくりつける。アヤカシの詳細については聞き込みの結果待ちだが、ギルドで聞いてきた情報だけでも湖から出てきたところを荒縄で固定しておく必要があると判断できた。

 リヨンは、最後の被害者たちが湖に引きずりこまれる現場を目撃していた猟師に話を聞いていた。
「‥‥すいません‥‥何故蛇みたい‥‥と思ったッすか? 何か噛んだ。とか。ヘビのような音がした‥‥とか」
「何でって言われてもナァ‥‥。なんてぇんだ? 手も脚もなかったんだよ。紐みたいな‥‥蛇じゃなくてミミズでもいいんだけどな」
 猟師は考えながら言った。
「なるほどっす‥‥で、他にどんな攻撃をしてたか‥‥とかは」
「いや、俺が見たのは湖からびよーんと長いものが出てきて、二人を湖に引きずりこむとこだけだからなあ。多分先端が口だ。口でくわえてこう湖に引きずり込んでたぞ」
 猟師は手を使って、その動作を真似て見せながらリヨンに説明する。一通り話を聞くと、リヨンは礼をのべて立ち去った。

 朱華は、集まっている村人たちのところへと歩いていった。そして、話を聞いて襲われた者たちに共通する点を探り出そうとする。
「なるほど‥‥三人以上の場合は、襲われた者はいないのだな?」
 襲われた者は一人、もしくは二人。三人以上の場合は姿を見せることはない。恋人同士が多いのは、男女の組を狙っているからか偶然なのかまではわからなかった。
 とはいえ、夜の湖に美しい月を見に行くなどという行動は恋人同士で行うケースが一番多いだろう。襲われた二人組みは男女の組み合わせが多かったとしても不自然ではない。
「周辺に動物などはいないのか?」
 村人たちの返事は「いる」というものだった。もちろん近くの山には鹿や熊など獲物になりそうな動物がたくさんいる。動物たちが湖に水を飲みに来るということもあるだろう。
 アヤカシの気配を探る時には注意が必要になりそうだった。

●囮捜査
 聞き込みが終わった後、開拓者たちは借り受けた村長の家へと集まった。村の位置と問題の湖の位置、そして周囲の地形が描かれた地図が取り寄せられる。
「蛇のアヤカシか‥‥。男女を狙うとは‥‥あちらも夫婦だったりするのかな」
 ヴォルテールは、卓上に広げた地図を見ながら眉をしかめた。
「でもっ、狙われたのがたまたま恋人同士だけだったかもしれないっすよっ」
 リヨンが、ヴォルテールの隣から地図をのぞきこむ。
「アヤカシは二体しかいないのかもしれないな。三人以上の場合は、襲われてはいないようだからな」
 朱華は聞いてきた村人たちの話を思い出しながら言った。

 ひとまず二人組の囮を出して、アヤカシを誘い出すことにする。今まで引きずりこまれたのは一人で湖にいた者、もしくは男女のカップルばかりだから、そう装っておいた方がいいだろう。
 囮を出す位置は、事前の聞き込みからの範囲で絞り込んであった。夜にはまだ時間があるが、昼間の目撃例もある。暗くなる前に行くことにした。
「こんな感じでいいか? それと、こいつを誰か預かっておいてくれ」
 巴 渓(ia1334)は、一度席を外し、別室でいつもの装備を外して着替えてきた。美しいドレスに身を包み、化粧を施して髪を綺麗に整えている。差し出された八尺棍「雷同烈虎」を射手座が受け取った。
 ルゥミ・ケイユカイネン(ib5905)は、着飾った渓を見てぴょんぴょんと飛び跳ねる。
「巴さん、すっごくきれい!」
 着替える前までの凛々しい姿とは別人のようだ。
「おしとやかに歩かないとな。こういう格好をするのは久しぶりだ」
 渓はにっと笑った。そして渓は首をかしげて見せる。
「さ、腕でも組んで歩きましょうか?」
 普段とは口調まで変えてそう言うと、渓はヴォルテールに向かって手を差し出したのだった。

「‥‥恋人同士というわけにもいかないだろうが」
 ヴォルテールは渓に寄り添って湖の側を歩いていた。恋人同士に見えるかどうかは疑問だが、アヤカシにはそこまではわからないだろう。
「‥‥出てくる気配はないわね‥‥」
 女性らしい口調のまま、渓は言った。その気になれば、いくらでもおしとやかに振舞うことができるのだ。
 朱華の心眼「集」でアヤカシの気配を探知し、囮に引っかかって出てきたところをルゥミ、射手座、アリスが先制攻撃する手はずだ。さらに用意の荒縄で敵を陸上に引きずり上げ、固定すれば、総攻撃でとどめを刺すことができるだろう。
 ヴォルテールは湖に注意を払いながら歩く。開拓者としての経験は渓の方がはるかに積んでいるとしても、防具もなしで囮役を務めているのだ。何かあれば、すぐに庇える体勢を崩そうとはしない。

「‥‥気配はなし、か‥‥」
 朱華は木の影に身をひそめていた。心眼「集」で周囲の気配を探っている。何かいる気配はあるものの、岸側ということはアヤカシではないだろうと判断する――もちろん油断はしていないが。
 ルゥミは味方を巻き込まずに弾を発射できる場所に身を潜めていた。鳥銃「遠雷」の照準眼鏡を覗き込み、アヤカシの気配があればすぐに対応できるように構えている。
 射手座は、アヤカシが出てくるという湖は当然として、アリスとヴォルテールの二人に特に注意を払っていた。二人は開拓者としてはそれほど経験を積んでいるというわけではない。不測の事態に反応が遅れる可能性がある。
 アリスは、手裏剣を構えてアヤカシの出現を待ち構えていた。彼は自分が駆け出しであることを十分に理解している。無茶な行動はせず、朱華や射手座から指示があった場合にはそれに従うつもりでいた。

●湖の戦い
 朱華の眉がぴくりとした。アヤカシの気配を探知したのだ。口に呼子笛をくわえ、大きく吹き鳴らす。それと同時に湖の水面が激しく揺れた。水面が割れたかと思うと、中から黒い影が飛び出してくる。
「大蛇か‥‥何を食べたら、ここまで大きくなれるのだか‥‥」
 半ばあきれた口調で朱華はつぶやく。村人の証言通り、蛇のようなアヤカシが湖から飛び出してくる。開拓者たちの予想通り、それは二体だった。
「巴殿、大丈夫か!」
 ガードを使って自分の防御力を高めたヴォルテールは、首を伸ばそうとしてきたアヤカシをロングソードで牽制しておいて、渓に声をかけた。
「大丈夫だ!」
 いつもの口調に戻った渓は瞬脚を使って一度後退する。射手座に預けておいた八尺棍「雷同烈虎」を掴み取ると、再び瞬脚で元の位置へと戻った。
「頭を潰せ!」
 棍を構えて渓は叫んだ。

 射手座は、荒縄をくくりつけた矢をアヤカシ目がけて射かける。アヤカシの胴体に荒縄が巻きついた。射手座の矢に呼応するように、ヴォルテール、朱華も荒縄を投げる。アリスは、構えていた手裏剣を投げつけた。
「縄を引くんだ!」
 誰が言い出すともなく、開拓者たちは縄を固定してアヤカシの動きを封じようとする。各個撃破していくのが正解だろう。
 ルゥミは、狙いを定めて引き金を引いた。ルゥミは相手の視界を封じるために目を狙い撃つ。呼吸法を使って命中をあげて、慎重に、だ。右目の上を弾がかすめて、アヤカシの頭が激しくふられた。
「一匹に梃子摺っている暇はない。次もいるからな」
 朱華は、紅蓮紅葉で攻撃力を高めて左の一体に斬りつけた。

 ヴォルテールは、ブラインドアタックを使ってアヤカシに攻撃を読まれないようにしておいて、取りつけた荒縄を強く引く。右にいたアヤカシが地上へとずるずると引きずりあげられようとした。それを見たアリスは前方へと走り出した。縄を引く手伝いをするつもりだったのだ。
「アリス殿 出過ぎだ!」
 射手座は叫んだ。
「しまったっす‥‥!」
 アリスは目をこすった。アヤカシが発した怪しい光をまともに見てしまったのだ。視界がくらむ。
「私の声の方へさがれ!」
 アリスはくらんだ視界のまま、よろよろと射手座の声の聞こえる方へと後退しようとする。そのアリスの足に向かってアヤカシの一体が首を伸ばした。射手座は、アヤカシの目前に矢を放って足止めにする。

 ヴォルテールは荒縄の端を近くの木に固定しておいて、アヤカシからアリスを庇うことのできる位置に駆けつけた。彼は、スマッシュでアヤカシの胴に切りつける。アヤカシは激しく身体をそらせた。身体に巻きつけられた荒縄がぎしぎしと音を立てる。
「こっちはまかせろ!」
 瞬脚を使って、アヤカシを翻弄している渓はアヤカシが今までになく大きく口を開くのを見た。大きく横に跳んで吐き出された真空刃を交わし、破軍で攻撃力を高めた上で八尺棍を叩きつける。アヤカシの一体が崩れ落ちた。
 ルゥミは、ブレイクショットを使った。朱華が相手をしているもう一体のアヤカシを狙い、口の中を撃つ。ひゅっとアヤカシの口内から空気の抜け出る音がした。朱華は、流し斬りで荒縄をちぎろうとのた打ち回るアヤカシの首を刎ね飛ばした。
 ずるずると二体のアヤカシは湖に沈んでいく。すぐに瘴気に返っていくことだろう。

「おしまい!」
 戦闘を終えたルゥミは胸を張った。育ててくれたじいちゃんの遺言どおり毎日練習していた成果をきちんと発揮することができたのだから、胸を張ってもいいと彼女は思う。
「助力ありがとう♪ おかげで助かった♪」
 射手座は以前から付き合いのある開拓者たちに向かって頭をさげた。それからヴォルテールに向き直り、囮役を務めた彼の勇気と検討を称える。ヴォルテールは静かな笑みでもってその返礼とした。
「まいったっす」
 アリスは頭をかく。ようやく視界が回復してきた。
 太陽はほとんど沈んでいて、湖は夜の気配に支配され始めていた。
 今の戦いが嘘のように感じられるほど、水面は静かだった。満月を少し過ぎた月が湖面に揺らめいている。