|
■オープニング本文 「暑いですねぇ」 亀之介は、団扇で顔をばたばたとあおいだ。縁側に腰かけ、地面に置いた盥に水をはって足をつっこんでいる。 真夏の太陽は、じりじりと容赦なく肌を焼く。 「こんな日にはかき氷が食べたいですねぇ」 開拓者の中にはスキルを使って氷を作り出すことのできる者もいるが、かき氷にするには冬の間に切り出された天然の氷が一番だ。ふわふわに削られた氷を口に入れるとふわりと溶ける。口の中ですぐに溶けるから次々に口に運んでも頭がきーんと痛くなることもない。 天然の氷をじゃりじゃりと削って、上からたっぷりと抹茶をかけて。あまーい小豆と白玉を山盛りにのせて。 食べたい、食べたい。食べたいが、今ここには氷も小豆もない。 正確には亀之介の店で出しているかき氷はあるのだが、天然の氷を出しているのではなく、開拓者に頼んで井戸水を凍らせてもらったものをかき氷として提供しているのだ。 「‥‥食べたい」 こうなったらとまらない。何しろ亀屋亀之介と言えば自身の食い道楽で一代を築き上げた男なのだ。 和菓子屋の跡取り息子だった彼は、若い頃から学問をおさめるついでにあちこち食べ歩き、食べ歩いた結果を商売へと反映して現在では朱藩の首都から少し離れた町で料理屋等数店舗を経営するにいたっている。 「こうなったら取り寄せるしかありませんねぇ」 天然の氷は北の山の氷室から取り寄せよう。あそこの氷が一番だ。高級すぎて店では出せない抹茶も安州から取ってきてもらおう。 小豆と白玉粉はちょうど最上級の物が店にある。 氷と抹茶さえ手元に届けば、最上級のかき氷が作れることは間違いない。 さて問題は。 近頃どちらの道もアヤカシの出現頻度が高くなっているということだ。 もちろん、アヤカシが出れば開拓者ギルドから派遣された開拓者たちが退治してくれるのではあるが。 いちいち開拓者ギルドを通していては、材料が揃うまで時間がかかってしまう。 そんなわけで、亀之介は店の使用人に開拓者たちを集めさせた。 「‥‥というわけで、よろしくお願いしますね」 かき氷の材料を取りに行く往復の道中でアヤカシに遭遇したら、ついでにアヤカシ退治もしてきてほしい。それが亀之介の依頼だった。 |
■参加者一覧
天河 ふしぎ(ia1037)
17歳・男・シ
鞍馬 雪斗(ia5470)
21歳・男・巫
レヴェリー・ルナクロス(ia9985)
20歳・女・騎
十野間 月与(ib0343)
22歳・女・サ
オルカ・スパイホップ(ib5783)
15歳・女・泰
アルゥア=ネイ(ib6959)
21歳・女・ジ
リィズ(ib7341)
12歳・女・魔
エルレーン(ib7455)
18歳・女・志 |
■リプレイ本文 ●氷室へ行こう 「それではよろしくお願いしますねぇ」 亀之介に見送られて開拓者たちは、亀之介の店を後にした。安州へ抹茶を買いに行く組は昨日出発している。 「出るとしても‥‥強い相手では無さそうだけど‥‥成る程、剛殼の正位置‥‥悪くないな」 鞍馬 雪斗(ia5470)は出る前にタロットで占った結果をつぶやいた。同行する面々を見る限り、それほどやっかいなことにはならないだろう。 「かき氷‥‥亀屋さんも変わった人だね、そのためだけにこんなたくさん集めるなんて」 エルレーン(ib7455)は首をかしげる。かき氷を最後に食べたのはずいぶん前のことだ。思い出の人と食べた記憶がエルレーンの脳裏によみがえる。 「亀之介さんといえば、おいしい物をよく知っている上に費用を惜しむこともないからね。亀之介さん厳選のかき氷をご相伴出来るなんて機会そうそうないだろうし、楽しみだね」 十野間 月与(ib0343)は最前列を進んでいた。彼女の後ろに続くのは氷を運ぶための馬。なにしろ亀之介が注文した氷の量はかなりのものなので、人手で運ぶのは若干無理があるのである。 「とりあえず質問いいかな。かき氷ってなんだい?」 リィズ(ib7341)の頭にまずうかんだのは夏季氷の文字。だいぶ違う。 一緒に歩いていた雪斗の説明を聞いたリィズは、それでもまだよくわかっていないようだ。無事に帰りついたなら実物を見ることができるだろう。 道中、月与の合図で適度な間隔で休憩を入れる。月与は用意の塩や水分を馬に与え、体力を消耗しないよう十分注意を払った。 山の上の氷室はひんやりとしていた。氷屋に亀屋の使いで来た事を告げると、 「あの人もあいかわらずだねぇ」 と言いながら、用意の氷運搬容器に大きな氷の塊をいくつも入れてくれる。それから容器の周囲をきっちりと藁と布でくるむと馬の背に乗せてくれた。雪斗と月与は容器をくるむための布を用意していたのだが、その必要はなかったようである。 先頭を進んでいた月与は足をとめた。アヤカシの位置を察知できるようなスキルは持ち合わせていないが、アヤカシが出ると聞けば注意して進むのは当然のこと。ぐるる、というような獣の唸り声がしたような気がしたのである。 「アヤカシがいるみたいだね‥‥」 彼女の言葉に、残る三人も同意した。エルレーンに馬を託して開拓者たちは戦闘態勢を取る。 「噂通り獣型のアヤカシだね!」 大薙刀を構えた月与は、真っ先に飛び出した。アヤカシの数は不明だが、複数いるのは間違いない。飛び出した月与目がけ、二匹のアヤカシが同時に飛びかかってきた。三匹目が馬の方へと近づいてくる。 「こう、脆いものを護りながらというのも気を使うな‥‥風よ逆巻け、一陣となって貫き給え‥‥!」 雪斗はぼやきながら攻撃の範囲内に馬を入れないように注意して、三匹目へとウィンドカッターを放つ。続いてリィズのウィンドカッターがアヤカシを切り刻んだ。アヤカシが地面に倒れこむ。 エルレーンは馬を背後にかばいながら、炎魂縛武で炎をまとわせた刀でアヤカシを牽制する。 月与は、一人で二匹のアヤカシを相手にしていた。それほど強いアヤカシではない。回転切りで同時に二匹にダメージを与え、その後仲間の援護を受けながら一匹ずつ仕留める作戦に出た。 エルレーンはなだめながら巧みにアヤカシとの戦いに怯える馬を戦闘の範囲外へと馬を誘導していた。 雪斗とリィズは再びそろってウィンドカッターを放ってアヤカシを切り裂く。アヤカシが瘴気に戻っていくのを横目で確認して、残った一体は月与が大薙刀でとどめをさした。 その後もアヤカシの出現を警戒しながら一行は進み続け、その後はアヤカシに遭遇することなく亀屋まで帰りついたのであった。 ●抹茶を買いに 一方、時は一日さかのぼる。安州まで抹茶の買い付けに向かう一行は、のんびりと歩いていた。 「荷物がかさばったりしても任せてよ、僕、しっかりと荷物持ちするから。こっちの組じゃぁ、唯一の男手だしね‥‥そっ、そんな目で見ちゃ駄目なんだからなっ、僕は男だーっ!」 天河 ふしぎ(ia1037)は同行者たちを見回した。後半は、通りすがりに「なんという美少女!」という視線を送っている通行人に対しての台詞である。 「ええ、必ず無事に届けてみせるわ! ――あっ。わ、私とした事が、つ、ついっ」 安州についたら自腹を切って買い物をするつもりのレヴェリー・ルナクロス(ia9985)は、気合を入れてしまい、仮面の下で赤面している。 オルカ・スパイホップ(ib5783)は、そんなレヴェリーに近づいた。 「あなたは何マスクマンですか〜?」 話しかけられて、レヴェリーは困惑した表情になる。これはどう扱えばいいのだろう? 「女性だかられでぃかな〜?」 レヴェリーにかまわず、オルカは嬉々として話し続ける。レヴェリーに口をはさむ隙を与えず、青い仮面だからブルーマスクレディ。いや、漢字にすると青仮面淑女! この方が格好いいではないかと一人でオルカは結論までたどり着いていた。 アルゥア=ネイ(ib6959)は、亀之介の食道楽に半ばあきれていた。かき氷数杯のために幾らかけるつもりなのだろう。それはともかくとして彼女の店では、氷も抹茶も扱っていないが、客の要望には全力でこたえるべきだろう。 定期的に超越聴覚を使って周囲の気配を探っているふしぎを先頭に、一行は足を進める。 「後ろ! 何か来る!」 ふしぎの声に一行はぱっと散る。唸り声と同時に駆け寄ってきたのは猪に似た二頭のアヤカシだった。 「お姉さんは余り戦うのは得意じゃないんだけど‥‥帰りじゃなくてよかったわ!」 アルゥアは、鞭を手にひとまず後方へとさがる。いくら乾物ばかりで軽いとはいえ、帰り道ならば荷物の心配もしなければいけなかったところだ。 「まかせろ!」 ふしぎは左右の手に刀を構えて正面に立つ。レヴェリーは、 「防御はまかせてください!」 まっすぐに突進してきたアヤカシをレヴェリーは、オーラファランクス、ガード、パリイの三段重ね戦法で体当たりしてきた勢いそのままに弾き飛ばす。 よろめいたアヤカシに駆け寄ったふしぎは夜で時を止めた上で両手に持った刀で大きく×の字に斬りつけた。 「おぉーさすが漢女!」 漢女と書いておとめと読む。オルカはそのつもりだったのだ――だが。 「だれが乙女だ!」 ふしぎはわめく。口頭では漢字まではわからない。 「あら、やだ。これはお姉さん相手できないわ!」 アルゥアは素早く飛び退いた。もう一頭は、レヴェリーとふしぎを通り抜けてそのまま文字通り猪突猛進。開拓者たちからかなり離れたところまで行きすぎてから慌てたように戻ってくる。 「わわわ! こっちに来た!」 とりあえず目の前に来たものを殴ればいいのだろうか? オルカは爆砕拳をアヤカシに叩きつける。アルゥアは用心深く鞭の射程圏内ぎりぎりから攻撃する。 最初のアヤカシを倒したふしぎと盾を構えたレヴェリーが加勢して、二頭目のアヤカシも無事に倒された。 途中でアヤカシとの戦闘があったため、予定より少し遅れて安州に着いたのは夕方だった。 昆布、切り干し大根、干し椎茸、海苔に鰹節。以上が抹茶の他に亀之介に頼まれた買い物である。 「依頼人さん、誤解してなかった。よかったぁ〜」 宿によって部屋割りを確認してふしぎはほっとした。心配していたのだが、依頼人はちゃんとわかってくれていたようだ。 それから一行は手分けして頼まれた買い物をする。何しろ亀之介は店まで指定しているのだ。時間がない。ついでに土産物を買ったり、自分の買い物もすませたりと安州での買い物を楽しんだようである。 その夜は安州の宿で一泊し、翌朝早く一行は安州を発った。 ●お使い終わってお楽しみ 二箇所に別れて出て行った開拓者たちが無事に戻ってきた。 「お待ちしておりました。暑い中ありがとうございました。ささ、どうぞどうぞ涼んでください」 亀之介みずから戻ってきた開拓者たちを涼しい部屋へと案内する。抹茶以外の乾物も無事に届けられて、亀之介はほくほくだった。どれも最高級品。一般の家庭ではなかなか手に入れるのが難しい品だ。 オルカはがっかりしていた。イチゴが食べたくて安州の店へ行ってみたのだが、時期を外してしまって手に入らなかったのだ。 「亀之介さん、泰国産「めろぉん」は冷えてるかい? そのまま食べても、氷に使ってでもいいと思うよ」 月与は出発前に預けておいた果物を受け取った。手際よく食べやすい大きさに切り分けて、皆で食べられるようにする。手回し式かき氷削り器も持参していたのだが、亀之介に 「削るのはまかせてください!」 と満面の笑みで言われてしまった。何でも店で使っている特注の特別なかき氷削り器を使うそうなのだ。 「甘い物はあまり得意ではないからお手伝いでもしようかな」 雪斗は小豆を器によそったり、取り分け用の匙をそれに添えて皆の待っている部屋に運んだりとくるくると動き回って手伝っていた。 買ってきた天然の氷を、亀之介の店の従業員がたっぷりと削って各自に配ってくれる。 「さあさあ、皆さんもたっぷり召し上がってくださいねぇ。お好きなものをかけてどうぞ」 卓の上には甘い小豆、抹茶で作ったシロップに白玉と亀之介が食べたかった食材が置かれている。 アルゥアの提案で、めろぉんの他、桃、西瓜など一口サイズに切り分けられた旬の果物も卓上を彩っていた。 「はぁぁぁ‥‥♪ 此れが食べたかったのよ! あぁ、幸せだわぁ♪」 仮面の下に満面の笑みを浮かべてレヴェリーはかき氷を口に運ぶ。安州で頼まれた買い物ついでに買ってきた黒蜜蜂蜜上質な砂糖などなどをたっぷり――そばで見ていた亀屋の従業員が思わずひぃぃと口の中で悲鳴をあげたほど大量に――かき氷にかけている。 リィズは匙でひとすくい氷をすくって口にした。 「ふむ、少々味気ないけど冷たくて体感温度は幾らか下がるね‥‥え、氷だけじゃなくて上からかけるのかい?」 違うと横からアルゥアがつっこんだ。ついでのように彼女は卓上の果物やシロップなどをかけることも教えてやる。 「おいしいね、いやかき氷が甘味なんてご馳走だったとは知らなかったよ」 リィズは感心したように言った。ふわふわになるよう細心の注意を払って削られた氷は、口の中でふわりと溶けて甘さが広がる。 「わぁ、同じかき氷なのに、こんなに味がちがうものなんだ‥‥僕、凄く幸せ」 今までに食べてきたかき氷の味と目の前にあるかき氷の味を比較して、ふしぎは思わず目の前のそれをまじまじと見つめる。見た目はごく普通のかき氷なのに、今まで食べてきた物よりずっとおいしい。 「そんなに違う?」 甘い物は苦手だが、果物なら食べられる雪斗は、ふしぎの隣に座って西瓜や桃を食べていた。まったく違うとふしぎが言うのにつられて、シロップや小豆はかけずに果物だけのせてかき氷にチャレンジしてみる。シロップまでは必要ない。果物だけでも十分に氷の食感を楽しむことはできた。 アルゥアは練乳を亀之介に差し出した。 「亀之介さん、これをかけてみるのも如何?」 練乳で風味と甘さを追加したかき氷もおいしい。 エルレーンは抹茶の上から練乳をたっぷりとかける。どばどばとそれをかけたかき氷を頬ばった瞬間、口いっぱいに懐かしい味が広がって思わず顔がほころんだ。 「やっぱり夏はかき氷ですよね。アヤカシも退治していただいたことですしよかったよかった」 満足した顔で亀之介は言うと、「お代わりはいかがですか?」と開拓者たちに声をかけたのだった。 |