立つ男
マスター名:雨宮れん
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/08/04 19:41



■オープニング本文

 朱藩の首都であり、海洋都市として栄えている安州。その一角にある芝居小屋で一人の役者が死亡した。山形一座の花形役者山形五郎である。死亡の理由そのものについては不審な点はなかった。
 アヤカシに襲われた気配もないし、刺されたような傷も見当たらない。喧嘩の痕跡もない。病死として片づけられ、しめやかに葬儀が行われた。
 若く二枚目という言葉そのもののだった彼のファンである女性たちの嘆きは深く、葬儀が終わって一年たった現在も墓には毎日花が絶えないという。
 そんな中、若い娘たちの間にある噂が広まり始めた。夜中、死んだはずの山形五郎の姿があちこちで見かけられるというのである。
 それと同時にもう一つの噂が広まり始めた。山形五郎の姿を見かけた若い娘が次々死んでいる、というものだ。
 
「怖いねえ。そりゃ、ま、五郎様はいい男だったけど、見たいとは思わないよね」
「アヤカシになっちゃったのかなあ」
 茶店に集まった若い娘たちが、口々に話をしている。
「えー、五郎様ならアヤカシでもあたしかまわないけど。そろそろ彼氏いない歴卒業したいしぃ」
 と、とんでもない発言をしたのは彼氏いない歴イコール年齢の花絵ちゃん十七歳。容姿にも性格にもこれといった欠点はないごくごく普通のお嬢さんである。
 実際のところは、彼氏を作るよりも芝居を見に行くほうが今は楽しいという感じで、今の発言はお約束の冗談である。
「だよねえ、五郎様ならしょうがないよねぇ」
 などときゃっきゃと笑いあう若い娘たち。茶店の代金を払って、解散となったのである。
 
 が、花絵はその言葉をすぐに後悔することになった。
 その日の夜。ふと予感を感じて目を覚ませば 窓の向こうにたたずむ若い男。
 さては泥棒かと悲鳴をあげかけ――それが今日話題に上った二枚目役者であることに気がついたのだった。
 
「だからね、助けてほしいんですよ!」
 翌朝。花絵は仕事をサボって開拓者ギルドに駆け込んだ。いくら二枚目でも憑かれたあげく、殺されたのでは困る。
「そっくりさんのいたずらの可能性もあるんですよね。確かに若いお嬢さんが立て続けに亡くなっているのは事実ですけれども‥‥こちらで調査しても、アヤカシの存在は確認できていないんですよねぇ」
 あまり心配しすぎないでくださいね、と開拓者ギルドの職員は花絵を慰める。それでも花絵の依頼を受け付けることは約束してくれたのだった。


■参加者一覧
三笠 三四郎(ia0163
20歳・男・サ
玲璃(ia1114
17歳・男・吟
秋桜(ia2482
17歳・女・シ
水月(ia2566
10歳・女・吟
からす(ia6525
13歳・女・弓
桂 紅鈴(ia9618
12歳・女・シ
明日香 飛鳥(ia9679
18歳・男・弓
藤堂 千春(ib5577
17歳・女・砲


■リプレイ本文

●男を追って
 明日香 飛鳥(ia9679)は開拓者ギルドの一室を借り、武具を脱いで着替えていた。桂 紅鈴(ia9618)はのりのりである。
「ヒーちゃん、着付けの手伝うにゃ」
 ドレス片手にのりのりで、独特の言葉遣いでしゃべりながら飛鳥の着替えを手伝っている。
「病か‥‥。白粉毒の中毒死かな? 白粉毒なら、職業故の中毒死、其れに見せかけた殺人か。不謹慎だが少々ワクワクするな」
 などと飛鳥がつぶやいている間に、美少女ができあがる。
 二人は数年ぶりに安州を訪れたお嬢様とその小間使いを装って、山形一座に乗り込んだ。楽屋へと入り込み、座長の山形栄太郎との面会にこぎつけた。
「五郎さんが‥‥」
 飛鳥はお嬢様らしいハンカチをそっと目元にあてた。すかさず紅鈴が肩を抱いて慰める。
「こちらへうかがう道すがら、五郎さんとお会いしたという女性のお話を伺いましたので、お元気なのだとばかり思っていたのですが」
 そう言った紅鈴に座長は困惑した表情を返した。
「最近、そうおっしゃる方が増えましてな。確かに一年前に葬式をあげて、葬ったのですが‥‥よく似た他人のそら似なのでしょう」
「素敵な方だったのに残念です」
 栄太郎と飛鳥が話し込んでいる間に、紅鈴は他の一座の面々に話を聞いて回った。
「一年前の事ですが、五郎さんの身の回りで何かあったりしていませんでしたか?」
 紅鈴の言葉に皆一様に首を横にふる。確かに二枚目俳優で非常にもててはいたが、特定の女性を贔屓にしていたということもなく。金銭面でも綺麗で、小屋の仲間たちには優しかった。恨みを買うような男ではなかったと皆口をそろえる。
「久しぶりのちゃんとした言葉使いは疲れるにゃね」
 芝居小屋を出て、こきこきと首を回す紅鈴に飛鳥は言った。
「殺人の線は薄そうだけど、もう少し情報を集めて回ろう」
 そして二人は、観客席の方へと足を向けたのであった。

 二人とは別行動で、秋桜(ia2482)も、山形一座の芝居小屋に来ていた。
 秋桜がまずやったのは、客席に客としてつくことであった。演目を一通り確認しようというのである。今日上演されるのは心中悲恋物らしい。
 主人公を演じている雪之進――現在山形一座の一番人気の俳優――が出てくるたびにきゃーきゃーと客席から歓声があがる。相手役の女優と抱き合うシーンになると、
「やめてえええええ!」
 とこれまた悲鳴が飛び交う。五郎はこれ以上の人気だったというのだから、当時の上演時はさぞ大変だったことだろう。
 秋桜は舞台が終わると、芝居見物に来ていた若い女性たちを捕まえて聞き込みを始めた。
 今の山形一座の芝居についてや、現在の二枚目についてたずねてみると、
「雪之進様も悪くないけどねー。やっぱりまだ五郎様には及ばないかな」
「うん、ちょっと色気が足りないって感じ」
 という返事が返ってきたが、この一座を贔屓にしているのはかわりがないようだ。五郎の死後、他の芝居小屋に流れたファンもいるが、新しくついたファンもいるため、山形一座のファンの総数としては大きな変動はないらしい。

 玲璃(ia1114)は、一年前に山形五郎を葬ったという墓地にやってきていた。瘴索結界「念」で周囲の気配を探りながら足を踏み入れる。
「アヤカシの気配はなしですね‥‥」
 五郎の墓は綺麗に掃除され、花が手向けられていた。玲璃はなおも足を進め、周囲を歩き回る。墓の後方のため目立たないが、土が一部軟らかくなっている。
「‥‥もしかして」
 墓地を後にし、玲璃は開拓者ギルドへと急ぎ足に向かった。

●聞き込み
 たずねてきた藤堂 千春(ib5577)に、花絵は笑顔を見せた。
「周辺の住民の方へ聞き込みをしていますので‥‥その、1人が不安であれば一緒に行きませんか?」
「でも、仕事に行かないと。昨日サボっちゃったから、今日は休めないしね」
 昨夜は友人の家に泊めてもらい、特に怪しい気配は感じなかったという。亡くなった役者そっくりの人を見ることもなかったのだとか。
「では、念のために護衛させていただきますね。お帰りは何時ですか?」
 帰りにも迎えに行くことを約束して、千春は花絵を仕事場まで送り届けた。
 それから周囲の聞き込みに回る。
「この数日、見慣れない人物を見かけませんでしたか?」
 千春の言葉に、長屋の住民は見かけない、と返してきた。一応、アヤカシかもしれないので外を出歩かないように注意して回り、千春は三笠 三四郎(ia0163)と合流すべく、一度長屋に戻った。

 花絵の長屋に空き室があったので、開拓者たちは大家に事情を話してそこを借り受けた。ここが開拓者たちの拠点となる。午前中、三四郎はここで睡眠をとっていた。長期戦になる可能性が高い。できるだけ体力の消耗は抑えておきたいところだ。
 午前中千春が聞き込みをしてきた情報によれば、付近の住民は怪しい人物は見かけていないらしい。
「ということは、午後からは花絵さんの近辺について絞って話を聞いたほうがよさそうですね」
 三四郎はそう言うと、千春と手分けをして話を聞いて回ることにした。
「近頃の花絵さんはどうですか?」
 事前にあまり目立たない格好を用意しておいた三四郎は、花絵の周辺の聞き込みに回っていた。
 彼女の評判はそれほど悪くはなかった。芝居が好きで、以前の贔屓は山形五郎。あいかわらず山形一座を贔屓にしているが、五郎を超える役者はいない、が持論らしい。
「変わった様子はないようですね‥‥」
 犯人はアヤカシなのか、人なのか。三四郎は考え込んだ。

 からす(ia6525)は亡くなった娘たちの家をたずねて回っていた。娘たちの共通項を探し出すためである。
「亡くなったお嬢さんについて、覚えていることはありませんか?」
 どの遺族も答えることは同じだった。最初は、山形五郎を見かけたと嬉しそうに話していたという。彼が亡くなった事は皆知っていたから、そっくりな誰かを見かけたのだろうと思っていた。
 それから数日後には病みついて、一週間ほどで亡くなったのだと言う。病名は、診察した医者によってまちまちだった。そして、彼女たちは皆、山形五郎の熱烈なファンであった。
「そうですか。ありがとうございます」
 丁寧に礼をのべて、からす立ち去る。それからからすは彼女たちが葬られているという墓地を訪れた。
「怨みあらば、私が代弁しよう」
 彼女たちの墓を順番に巡り、からすは語りかける。非業の死を遂げた者の念と瘴気が合わさってアヤカシが生じることもあるのだ。

 水月(ia2566)もまた、からすと同じように聞き込みに回っていた。水月が担当したのは、亡くなった娘の友人たちだ。
「見かけた時の状況とかって何か聞いていませんか?」
 彼女たちはそれぞれに思い出した情報を教えてくれる。
「夜中に目が覚めた時って言ってた」
「窓の向こう側に立っていたって‥‥」
 彼女たちの証言を照合すると、見かけたのは一人きりの時。最初は家の外に立っているだけ。翌日の夜には目が合い、微笑みかけられ、三日目には窓越しに会話を交わす。少しずつ二人の距離が近づいて行くにつれて病んでいったらしい。そして寝ついて死に至ったのだという。

●夜の警護
 三四郎が睡眠をとっていた長屋の部屋に、全員が集合した。
 からすが皆に冷たい茶をふるまう。まず最初に玲璃からとんでもない発言があった。
「墓地を訪れたところ、山形五郎の遺体が無くなっていました」
 開拓者ギルドの協力のもと、彼の葬られたという場所を掘り返してみたのである。墓の中は空だった。
「しかし、山形屋では葬儀をきちんとしたと言っていたぞ」
 飛鳥の言葉に、室内は静まり返った。
「墓地にアヤカシの気配は感じられませんでしたが‥‥」
 玲璃が言うには、墓の周囲はお参りに来た人たちによって踏み固められていたが、一箇所だけ軟らかい場所が残っていたのだという。まるで掘り返したかのように。そして開拓者ギルドの職員が掘り返す作業は非常に楽な物だった。まるで一度掘り返された後のように。
「と、いうことは遺体にアヤカシが取り憑いた。そして地面の下から這い出して人を襲っているということでしょうか」
 と、三四郎は言う。眠れない夜になりそうだった。

 千春は約束の時間に花絵を仕事場まで迎えに行った。無事に彼女を送り届けると、彼女の長屋の屋根へとのぼる。そこにはすでに飛鳥が身をひそめていた。もう女装は解いて、再び武具を身につけている。飛鳥は弓「緋凰」を手に、いつでも鏡弦でアヤカシの存在を察知できるようにしていた。
 花絵が長屋に入った後は、三四郎が扉の前に立つ。相手がアヤカシであれ、人であれ、三四郎ならば相手の注意を自分に向けておくことができるだろう。

 水月は、花絵の家の近くに身を潜めていた。彼女の仕事は護衛。万が一、見回りに回っている仲間たちをすり抜けてアヤカシなり人なりが接近してきたら食い止めるのが彼女の任務である。からすも水月と同様に、花絵の長屋の近くに身を潜めていた。息さえもひそめ、埋伏りを使って完璧に隠れている。

 玲璃は、ふんわり提灯で足元を照らしながら、見回りをしていた。時々、瘴索結界「念」でアヤカシの気配を探る。今のところ、アヤカシの気配は感じられない。
 紅鈴は、超越聴覚を使いながら長屋の周囲を歩き回っていた。相手が物音を立てて動き回るのならば、聞き漏らすことはあるまい。
 秋桜は一人で行動していた。被害者が皆若い女性だというならば、自分が狙われる可能性もあるのではないかという思いからだ。

 何度目かに瘴索結界「念」を使った玲璃の感覚にひっかかるものがあった。足早に花絵の家へと駆け戻り、屋根の上にいる飛鳥と隠れているからすに聞こえる程度の声で、気配を感じるということを告げた。それと同時に、長屋の並ぶ一角への入口付近に若い男が姿を見せる。
「『流逆』、彼は君の敵か?」
 からすは弓を弾いた。同様に飛鳥も屋根の上から鏡弦を使う。二人共にアヤカシの気配を感じ取った。相手がアヤカシであると確認した二人の声は、紅鈴の耳にも届いた。さらに水月が呼子笛を吹き鳴らす。
 早駆を使用して、紅鈴は花絵の家の前へと駆けつけた。
 屋根の上の千春は単動作から射撃準備をした。まだ、撃たない。
 隣で飛鳥も弓に矢をつがえた。鷲の目を使い、慎重にタイミングを計っている。
「やはりアヤカシですか」
 呼子笛の音に素早く皆をサポートする位置についた秋桜は、手裏剣を構えた。

●戦いの後に
 花絵の家から少し離れた場所に立った男は、開拓者たちの存在に気がついたようだった。立ち止まったまま彼らの方をにらみ付けている。
 長屋の中はしんと静まりかえっていた。呼子笛の音にも誰も外に出てこようとはしない。事前に千春が出ないようにと言っておいたためだ。
 三四郎は、咆哮をあげた。相手の注意が三四郎へとむく。男は足を止めた。腕を構えると、その手の中に日本刀が出現する。アヤカシの中には、瘴気から武器を生じさせることができるものもいるという。目の前の男もその類なのだろう。
 この扉は死守する。絶対にこの場は通さない。それぞれの手に片刃の剣を構え、三四郎は敵に対峙する。
 水月は符をかまえ、視線を動かした。水月の意図を皆、汲み取る。水月の手元から白い子猫たちが飛び出した。三四郎に完全に注意を向けている男にとりついた子猫たちが、男の動きを拘束する。
 開拓者たちはその隙を逃さなかった。屋根の上にいる飛鳥は、矢を放った。即射を使ってもう一度矢を放つ。同様に屋根にのった千春は、フェイントショットを織り交ぜた射撃をくらわせる。
 からすは心毒翔を使った上で矢を射かけ、秋桜は手裏剣で男の足を地に縫いとめる。
 紅鈴は飛苦無を投げつけると、すかさず男に忍び寄った。背後から短刀で斬りつける。男はよろめいて、なおも子猫をひきずりながら前進しようとする。その前に三四郎が立ふさがった。

 三四郎は、両手に装備した片刃の剣を右手左手と続けざまに叩きつけた。大きなうめき声をあげた男は、両肩から腰へそれぞれ袈裟懸けに斬りつけられて地面に倒れていく。身につけていた武器や衣類、そして肉体が瘴気へと返って消えていって、最後に白骨だけが残された。
 遺体に憑いたアヤカシが肉体まで形成した――ということなのだろう。この白骨が山形五郎のものならば、生前の彼の姿にそっくりなのも納得のいくところだ。彼の名を口にした女性が次々に襲われていたというのは、若くして亡くなった彼の無念に瘴気が呼び集められたからなのだろうか。しかし、それを知るすべはない。
 アヤカシは退治され――花絵は生き残っている。それが肝心のことだ。

 最終的に玲璃が瘴索結界「念」で確認した結果、周囲に他のアヤカシの存在は確認されなかった。手当てが必要なほどの怪我人もなく、無事にアヤカシ退治は終了した。開拓者ギルドに報告を終え、報酬を受け取る。開拓者の仕事はここで終わりだ。
 報告を終えたからすは被害にあった女性たちの墓を再び訪れていた。彼女たちに結末を報告するためだ。
「安らかに眠りたまえ」
 からすの言葉に返事はない。けれど、からすは満足していた。

 そして何日かたった頃。開拓者たちは、残された白骨がもう一度葬儀を行った上で、改めて埋葬されたという話を聞いた。
 それを聞いた千春は、五郎の墓にお参りに行くことにした。
「今度こそゆっくり眠ってくださいね‥‥」
 墓の前で両手を合わせる。長い間瞑目し、そして千春は墓地を後にした。

 山形一座は、あいかわらず安州の一画で興行を続けている。そして、これ以降人気役者山形五郎の姿を見かけた者はいないという話だ。