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■オープニング本文 とある店に届けられた一通の書状。それを見た彼女は顔をしかめた。 「変しい、変しいってお約束じゃないのよー」 そして、彼女は店の奥に向かって叫ぶ。 「ねえ、あんた! またこんな手紙が店に届いたんだけど‥‥やっぱり琴子ちゃん宛で」 「あらあら困ったわねぇ」 言葉遣いはたおやかながら、店の奥から出てきたのは、どう見てもおっさんである――が細かいことは追求してはいけない。 「え!? また届いたの、その手紙‥‥やだなぁ、帰るの怖くなっちゃう」 もう一人店から出てきて、手紙をのぞきこんだ。 三人がいるのは、朱藩の都安州。海洋都市として栄えつつあるこの街で、三人は『乙女茶屋』という、昼間は茶屋、夜は居酒屋になる店で働いていた。 一番最初に手紙を拾ったのは、ジルベリア美人のナターシャ、十八歳。乙女茶屋の看板娘その一。奥から出てきたおねぇ言葉のおっさんはナターシャの夫、虎次郎――乙女茶屋の経営者であり、調理担当でもある。そして最期に登場したのが虎次郎の妹琴子、十七歳。乙女茶屋の看板娘その二、であった。 二人のほかの従業員も可愛らしい子ばかりで、海洋都市らしく新鮮な魚をおいしく調理して食べさせてくれるこの店はけっこうな繁盛店であった。 看板娘といえどナターシャが人妻なのは皆知っているところである。二人の看板娘に限るならば、恋文は琴子に集中することになってしまう。恋文が来るのはまあかまわない。琴子も年頃なのだし、縁談の一つや二つあってもおかしくない年頃だ。 とはいえ。 『変しい、変しい 琴子様〜』と始まる恋文については、差出人の名前がない。というか、恋と変を書き間違えるだなんてお約束過ぎる。そんなバ‥‥いやいや漢字の間違いをする相手には琴子はやりたくないというのが兄の本音だ。 そして近頃。兄夫婦とは別に行動することも多い琴子は、自分を見つめる視線を感じることが増えていた。それだけなら、ほうっておいてもいいのだけれど――この店には開拓者の客もたくさんやってくる。乙女としては身の危険を感じないわけにはいかないのだ。 「こんな依頼でも開拓者ギルドは引き受けてくれるのかしら‥‥」 店の入口でもじもじしている琴子に声をかけたのは、ちょうど一仕事終えたばかりの開拓者だった。 |
■参加者一覧
美空(ia0225)
13歳・女・砂
モハメド・アルハムディ(ib1210)
18歳・男・吟
アカダマ(ib3150)
35歳・男・泰
リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386)
14歳・女・陰
蓮 蒼馬(ib5707)
30歳・男・泰
山奈 康平(ib6047)
25歳・男・巫
コトハ(ib6081)
16歳・女・シ
霧雁(ib6739)
30歳・男・シ |
■リプレイ本文 ●相手はだれ? 開拓者たちは、開店準備中の乙女茶屋に招き入れられた。 モハメド・アルハムディ(ib1210)は、乙女茶屋店内の監視を買って出た。といっても昼間だけである。 甘い物は好物であるが彼にとって酒は禁忌であり、夜は居酒屋となる店内には入ることができない。 山奈 康平(ib6047)は、琴子から今まで届いた手紙を受け取ると中を確認し始めた。 「‥‥これは天儀の字に慣れてないかよほどの悪筆だな」 みみずがのたくったような――というだけでは生ぬるい。解読するのは困難だ。専門の書道家を呼びたいほどだ。 「天儀や泰国の文字はソアバン・ジッダン、とても難しいですからね」 モハメドは手紙の書き主に少し同情したような声をあげる。天儀の外から来た彼にとって、この地の文字はなかなか難しいのだ。 「文面だけ見れば、少々頭が残念な人物にも見えるが、本人に会ってみなければ何とも言えないかな」 蓮 蒼馬(ib5707)は考え込んだ。 「俺は客として店内を見張ろうか。相手も、酒が入れば口が軽くなるかもしれないしな」 蒼馬は該当しそうな人物がいれば相席になって話を引き出すことを考えている。 アカダマ(ib3150)は、 「正直、手紙主は唯のバ‥‥なんじゃねえかと思うんだが、万が一てのもあるしな」 と、言いつつもなかなか親身な様子を見せた。 「俺は情報収集に回ってみる。外にいりゃ怪しい奴が店の前をちょろちょろしてればわかるだろ」 アカダマは、ふらりと店の外に出て行く。 「美空は店内で『変しい』の人を探すですよ。見つけたら穏便に外に出ていただくのであります」 そう言った美空(ia0225)の物々しい格好を見た店の主虎次郎は一瞬嫌な顔をしかけたのだが、兜以外は脱ぐという美空に、 「心は乙女であります!」 と主張され、彼女を店内に従業員としていれることに同意したのであった。 その他リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386)、霧雁(ib6739)、コトハ(ib6081)が店員として店の中に入ってくれることになる。 「あなたのことは琴りんって呼ばせてもらうわね! あたしのことはむかりんって呼んでくれてけっこうよ! 」 裏声ではなく、ごくごく普通にしゃべりかける霧雁に琴子は、若干ひきつりつつも 「よ……よろしくお願いします……」 と、頭をさげた。追い打ちをかけたのは、 「ちょっと! うちの可愛い妹にべたべたしないでくださる? まだ嫁入り前なんですからね! 嫁入り前!」 と、とっても女性らしい口調で霧雁に警告を発したのは、店主であるおっさんなのだった。 ●昼間はどうだ? 「まずは、相手がどんな人間なのか知るところからでございますね」 レディーズメイドとしての訓練も積んでいるコトハの立ち居振る舞いは完璧だ。 「かしこまりました。少々お待ちくださいませ」 丁寧な接客をしながらも、店内に目を配るのは忘れない。それぞれのテーブルに座っている客の動作、視線の向く先をよく確認している。怪しい人物を見かければ超越聴覚を使って、何を話しているのか遠く離れた場所から聞いてみるつもりだ。 とはいえ、それはなかなか困難な作業だった。何しろ、乙女茶屋には可愛い女性店員ばかりとはいえ――店主の妻と琴子が看板娘一号、二号なのだ。 「琴子ちゃん、今日も可愛いなあ」 「ちくしょう、ナターシャちゃんが結婚してなければなあ」 店に来る男性客の視線は、二人に集中している。 「一番人気は琴子ちゃんか?」 などと入口近くに席をとった康平は、ちゃっかり客たちの会話に加わっていた。ただで飲み食いできるのはありがたいなどと思いながら。怪しい人物は今のところ見当たらないようだ。 「おっ、新しい子が入ったんだ。あの子たちも可愛いなあ」 開拓者たちが扮した新しい店員も、注目の的だった。 「目指せ、看板娘よ!」 と不敵につぶやいたリーゼロッテが、コトハ同様完璧な接客を行っているから目につきやすいのだ。対する美空は、と言えば 「新人の美空であります。御贔屓になのであります」 と挨拶したまではよかったのだが、 「あぁう! ひっくり返したのであります!」 と、お盆に載せたお茶をひっくり返してしまったりと若干の粗相があったのは、あまり視力がよくないのでしかたのないところだろう。 とはいえ、すぐに美空も慣れてその後は完璧な接客を行い――「急に新人が増えたけど、みんな可愛いねぇ!」という評価をもらうのであった。 「おまたせいたしました」 コトハが、モハメドの前にお茶と団子のセットを置いた。 「有難い事です、アルハムドリッラー」 店内での飲食分は全て店主持ちだというからありがたい話だ。 コトハは、モハメドの手元にメモを滑り込ませる。目立たないようにそれを広げて目を通したモハメドは指定された客を横目で眺めながら、好物に舌鼓をうつ。その彼の背後では、仲間たちに耳打ちするようにして、コトハが問題の客への注意をうながしていた。 「あらあ、お店に制服はないのね。じゃあなんちゃってジプシー娘でいくわっ」 バラージドレスとダンスヒールを身にまとい、異国情緒あふれる風情をかもしだした霧雁は、胸に詰め物をぎゅうぎゅうと押し込みながら笑った。詰め物と一緒に手裏剣を隠したのは念のためである。髪を一つに束ね、獣人特有の尻尾もきちんと布を巻いて毛が落ちないようにしてある。 「やぁ〜ん琴りんほっぺすべすべ〜むかりんジェラシ〜」 琴子のほっぺをつんつんして、きゃっきゃとしている霧雁を見て、 「ナターシャちゃん、また奇妙なのが入ったなぁ」 昼食を食べに入ってきた常連客が、看板娘一号にたずねた。 「虎次郎さんが雇ったのよ〜。最近店も忙しくってね。あの子も心は立派な乙女よ!」 「お茶のおかわり、いかがですかぁ?」 琴子とふざけているだけでなく、完璧なタイミングでお茶のおかわりを注いでいる霧雁に、常連客も納得したようだった。 ●調査続行 アカダマは店の裏手に回った。両隣は居酒屋で、昼間は営業していない。一応開店準備中の店主を捕まえて話を聞いてみる。 「恋しいを変しいと書く位、頭の弱い奴に心当たりはないか? 乙女茶屋の琴子に熱を上げてる男とか」 一応二人は答えてくれた。琴子に夢中になって乙女茶屋に通い詰めている人間は山ほどいるが、その中にそこまで字が苦手な者がいるかどうかまではわからない、と。 これでは情報が絞り込めない。アカダマは礼を言って、乙女茶屋の裏口からナターシャに声をかけた。 「お嬢‥‥いや、女将か? あの手紙、ひょっとして天儀の言葉がわからない奴が書いたんじゃないか? あんたは琴子に惚れそうな異人に心当たりないか?」 ナターシャは首をかしげた。彼女の従兄弟が一時期琴子目当てに通っていたが、今は神楽の都に行っているので違うという。 「あんたにも心当たりないんじゃしかたないな」 これだけ聞いて回っても、心当たりがないのではしかたない。アカダマは店の周囲を警戒し、店を遠くからこそこそ見ている人間がいないかどうか注意を払うことにした。 結局、コトハが目星をつけた客は琴子にぞっこんという点では間違いではなかったようだ。琴子と二言三言交わし、今度芝居小屋にでも行かないかと声をかけてから店を出る。 「あれは違うわね」 近くの客と接客ついでに立ち話していたリーゼロッテはつぶやいた。デートの誘いができるくらいなら、『変しい変しい』なんて恋文を出す必要はないだろう。ついでに、怪しい人物を見かけなかったか聞いてみたのだが、琴子目当ての客は多すぎて見当もつかないらしい。 乙女茶屋もぼちぼち茶屋から居酒屋へと鞍替えを開始する時間だ。 「アーニー、私は退散の時ですね」 モハメドは店の外へと出た。相手を見て行動を判断したいと言っている仲間もいるが、よほどの危険人物ではない限り本人たちにまかせておいた方がいいと彼は思う。 相手が開拓者で戦闘になった場合に備えて、近くで待機しておいたほうがいいだろう。店の中で戦闘にならないよう、店内にいる仲間たちが穏便に外へと出してくれるはずだ。 蒼馬は、店が居酒屋に姿を変えた頃店に入った。武器である霊拳「月吼」は目立たないように手ぬぐいにくるんで側に置いておく。 ただ酒を飲めるのは悪くないなと蒼馬は思った。 美空は、『変しい』の人が見つかったら穏便に外に出す手助けをしてくれるというし、その他の皆も注意を払ってくれている。 飲みすぎにならない程度にちびちびと杯を口に運びながら、蒼馬は店内を観察していた。 康平は店の外へ出ると、今度は裏口から厨房に入った。いつまでも店に陣取っている訳にもいかないだろう。 今日は暑いので氷霊結で氷を作り、冷たいお茶を出せるように虎次郎に協力してやる。 「琴子には思う相手はいないのか?」 「さあねぇ、あの子、そういう話全然してくれないのよ」 おっさんの口から乙女らしい言葉が出てくるというのはなかなか奇妙な光景なのだが、その程度では康平はめげない。 「俺にも妹がいるんだけどな、二人。妹のことはさっぱりわからないな」 康平は苦笑する。 「そうねぇ、妹のことってわからないわよね。肝心な話はしてくれないから心配だし。特にあんな手紙が来るとね、悪戯ならいいんだけど」 「手紙の主が根のいいやつならいいな」 そう言った康平に虎次郎はきぃきぃと喚いた。 「あんな手紙よこして、可愛い可愛い妹を怖がらせるような男なんて、根がよくてもお断りよっ」 見知らぬ手紙の差出人は、苦労することになりそうである。 ●野暮は言いたくないから 接客の合間に琴子ときゃっきゃと戯れる霧雁に恨みがましい視線を向ける男が一人。コトハは店内で飲んでいる蒼馬に合図する。蒼馬は、その男の隣に席をうつした。 「おう、兄ちゃん、よかったら一緒に飲まねぇか? ここ座らせてもらうぜ」 酔ったふりをして近づいた蒼馬に、彼は 「どーぞどーぞ」 と相席を受け入れる。そのまま蒼馬は、 「まあまあお近づきの印に一杯どうだ?」 と酒を勧めて話を聞き出し始めた。彼の名前は文治。豆腐屋だという。 美空は『変しい』人だった場合に備えて、怪しまれない程度に文治の近くをうろついていた。 「おい」 アカダマは店の外にいたモハメドに声をかける。 「ヤー、アカダマさん。あの人ですね」 二人の視線の先には、店の入口を見張る位置にぴたりと張りついている男。 「おい」 アカダマに声をかけられた男は、びっくりしたようにふり返った。 「お前さん、琴子に手紙を出しているやつか?」 「‥‥あん? だったら何だって言うんだよ?」 「琴子に一切その気はねえ。これ以上付き纏うな」 「うるさい! 琴子は俺のもんだ!」 刀を抜いて男が斬りかかってくる。俊敏な動作で男をかわしながら、アカダマはモハメドに援軍を呼ぶように言う。 モハメドは店内に声をかけながら、リュートを構える。夜の子守唄が響きわたった。 「はいはい、オイタはダメよお兄さん。そんなことしても痛い思いするだけなんだから♪」 飛び出してきたリーゼロッテが、アイヴィーバインドで男を拘束した。 「そちらがその気なら、こちらも容赦いたしません」 コトハも店から飛び出して、隠し持った短刀を手に男に迫る。 「琴りん、店から出ちゃだめよ」 まだ絶賛演技中の霧雁は、琴子を店の奥へと押し込んだ。 一応刀を手にしていたものの、志体持ちではなかったらしく彼はあっという間に地面に倒れこんだ。 「一応回復はしてやるわよ、こんなバカだとは思わなかったわ」 死んでいたらほうっておこうと思ったのだが、まだ生きていたのでリーゼロッテは神風恩寵で男の怪我を回復してやった。 外の戦闘とは別に、店の中でももじもじしていた文治は、手近にいた店員にたずねた。 「何かあったんですか?」 「琴子さんに、毎日お手紙を送りつけていた危ない人を捕まえたのですよー」 店員装い中の美空が文治にこたえる。 「『変しい変しい』‥‥って肝心のところ間違えてちゃだめですよねー」 みるみるしゅんとなった文治はぺこりと頭をさげた。 「‥‥すんません、手紙は自分っす‥‥字、苦手で‥‥」 どうやら手紙を送りつけていた人物と、視線を送りつけていた人物は別人だったようだ。開拓者たちの注意が店の中に偏っていたら相手を逃がしてしまったかもしれない。 汗一つかかず店内に戻ってきたコトハは、美空と話している文治を見て言った。 「あなた様が本気で琴子様を好いておられるのでしたら、協力して差し上げる考えがあります。顔も名前も知らない相手から手紙をもらった相手の気持ちも考えてみてください。直接、思いのたけをぶつけて下さい」 コトハの言葉に、文治は顔をあげて琴子を見る。 「あら、悪い人じゃあなさそうだけど、琴りんどうする?」 霧雁は琴子の頬を最後につついた。 「中途半端な情けは勘違いの元だ、断るならブッた切れ。な? ま、とりあえず酒くれ、酒」 アカダマはぽんと琴子の肩を叩いてそう言うと、後の様子は気にもせず店の隅に席を取る。 「読み書きが苦手なら、琴子に教えてもらうっていうのはどうだ?」 康平は、それだけ言うとあとは二人にまかせることにした。 「俺にもそろそろ年頃に娘がいるんだがな‥‥」 蒼馬は厨房近くに席をうつして、虎次郎に声をかける。お互い心配だよなあ、と言うと 「まったく気が休まらないわねぇ」 と、返事が返ってきた。 店の外に出てきた琴子と文治は何やら話し込み始めた。 「ビルムナーサバ、そう言えば天儀には野暮という言葉もありましたね」 遠巻きにその様子を眺めながら、モハメドはそっとつぶやく。そして、そっと心の旋律を奏でて雰囲気をもりあげてやるのだった。 そして。数日後。 「あのー、よく知らないので、ひとまずお友達からってことになりました」 二人そろって、協力してくれた開拓者のところへ挨拶に回ってきた。『お友達から』と言いつつも、二人はなかなかいい雰囲気だった。あの兄がついているから苦労はするだろうけれど。当然のことながら、琴子が真っ先に教え込んだのは『恋しい』という字だったらしい。 |