|
■オープニング本文 武天の此隅。鉱山街として栄えているこの街から歩くこと二日。 若者は山道へとさしかかっていた。休むことなく歩き続けて、小さな川の側で弁当を食べることにする。腰をおろして、朝宿を出る時に作ってもらったおにぎりの包みを開いた時だった。 「おーい、助けてくれ!」 どこからか声がする。若者は、立ち上がってあたりを見回した。 「頼む、助けてくれ!」 「ここだ! ここ!」 「どこにいるんだ?」 彼は問いかける。それには、 「ここだ! ここ!」 と返ってくるだけだった。 助けをもとめる声はどこから聞こえてくるのだろう。彼は、弁当の包みを置いて立ち上がった。 翌日、今度は二人連れの旅人が同じ場所を訪れた。 「おや、誰か弁当を忘れて行ったね」 「弁当抜きで歩くなんて、途中で腹がすいてたまらないだろうに」 そんな会話をかわしながら、彼らもまた弁当を開こうとする。その時、二人の耳に助けをもとめる声が聞こえてきた。 「おーい、助けてくれ!」 聞こえてくる声に二人は立ち上がる。 「ここだ! ここ!」 「頼む、助けてくれ!」 二人の耳に、助けをもとめる声は切羽詰って聞こえた。二人は顔を見合わせた。 「大変だ」 「ケガでもしたのだろうか」 慌てて弁当をしまい、二人は声の聞こえる方へと駆け出した。 そしてまた次の日。旅人が小川に近づくと聞こえる声。同じことが繰り返される。 声に呼ばれていった者は、二度と戻ってこない。 近頃この川の近くで行方不明者が続出していると、開拓者ギルドに調査の依頼が入った。 ギルドから派遣された開拓者たちが川の付近を捜索すると、ばらばらに千切れた衣服や荷物が発見された。開拓者たちも、助けをもとめる声を聞いた。「おーい、助けてくれ!」、「ここだ! ここ!」、「頼む、助けてくれ!」という三つの言葉だけが繰り返し、繰り返し聞こえてくる。 アヤカシの可能性も考慮し、彼らはいったんギルドへと引き上げ、改めて依頼が出された。 もとめられているのは、声の正体をつきとめること。もし、声の主がアヤカシだった場合速やかに退治すること。 調査に必要な物があればギルドの方で用意することもつけくわえられた上で、依頼が掲示板へと張り出される。 「相手の正体がわからないというのは怖いですねぇ」 ぺたりと掲示板に依頼書を貼りつけた職員はしみじみとつぶやくと、改めてその紙に見入ったのだった。 |
■参加者一覧
天津疾也(ia0019)
20歳・男・志
三笠 三四郎(ia0163)
20歳・男・サ
福幸 喜寿(ia0924)
20歳・女・ジ
水津(ia2177)
17歳・女・ジ
九法 慧介(ia2194)
20歳・男・シ
ペケ(ia5365)
18歳・女・シ
エラト(ib5623)
17歳・女・吟
笹倉 靖(ib6125)
23歳・男・巫 |
■リプレイ本文 ●聞こえる呼び声 福幸 喜寿(ia0924)は、山頂の方を見上げた。この山の途中、少し足場は悪い小川のほとりに立つと助けをもとめる声が聞こえてくるのだという。 「食虫植物とか、そこらへんと同じ類やろかねぇ」 アヤカシは植物の姿をとることもある。相手が常に自由に動き回っているとは限らないのだ。 「私は確かに巫女を辞めました‥‥ですが、私の経験甘く見ないことです‥‥瘴気を追うのは巫女時代散々練習しました‥‥」 ふふ、と不気味な笑みをうかべた水津(ia2177)は、笹倉 靖(ib6125)をふり返る。今回はアヤカシの位置が不明のため、この二人の瘴索結界を相手の位置把握のメインとして使うことになっていた。 靖の方は、 「童話にでもなりそうな敵さんだなぁ、台詞的に声が男っぽいのが残念だけど」 などといたってのんきなものだ。 開拓者たちは休むことなく山道を登り続けて、問題となっている小川のほとりへとたどりついた。 (仕事じゃなかったら春の雰囲気満喫できたのに‥‥) と、ペケ(ia5365)は心の中でつぶやいた。例の声が聞こえてくるのは、小川の近く。春のうららかな陽気を楽しみながら弁当を広げるにはうってつけの場所だろう。 「おーい、助けてくれ!」 「さぁーて、聞こえて来なすった」 川岸にたどりつくなり、聞こえてくる助けをもとめる声。靖はにやりとする。声は上流の方から聞こえてくるようだ。 「呼ぶ声だけ聞こえて、ほいほいついてったら三途の川ツアーに出発かいな、ホラーな話やなあ。まあ、話ですめばよかったんやがな」 天津疾也(ia0019)はひょいと肩をすくめる。 「ここだ! ここ!」 「頼む、助けてくれ!」 開拓者たちを誘うかのように、声は何度も何度も響いてくる。 「それにしても、いったい何処から声をかけてるんだろうね?」 九法 慧介(ia2194)は、あたりを見回した。たとえ姿が見えなくても、助けをもとめられたら様子を見に行ってしまうだろう。 「手がかりがないってことは、相手が動かなかったり空を飛んだりする可能性もありえるということですよね」 三笠 三四郎(ia0163)は考えながら慧介の隣へと立つ。正体不明、と言われてはいるが、アヤカシで間違いないだろう。この場に居合わせた開拓者たちは皆それを本能的に悟っていた。 声は、開拓者たちを招き寄せるかのようにまだ響き渡っている。繰り返し、繰り返し、助けをもとめる声。 「水津は攻撃にも回るんだろ? 練力切れにならんように、お互いタイミングをはかろうぜ」 「ふふ‥‥まかせてください‥‥」 靖にうなずいておいて、水津は三四郎に声をかける。 「三笠さんの咆哮も上手く生かせるような位置取りをしたいですね‥‥」 三四郎は、 「大丈夫ですよ」 と、返すにとどめておいた。探索にはむかない分、彼は他の人たちの護衛にあたることになるだろう。 喜寿は盾を構えて、探索中の水津と靖をかばえるように準備しておく。 「そこ、足元悪いですから注意してくださいね」 歩きにくくなっている場所の藪を、ギルドから借り出してきた草刈鎌で切り払いながら、エラト(ib5623)が言った。 「んじゃ、俺も心眼使って探してみるか。なんかあったら声かけてくれや」 そう言って、疾也は岩に足をかけた。 ●声を追って 喜寿は、きょろきょろとあたりを見回しながら言った。 「声はするんに姿がない‥‥鬼さんこっちらーって手を打ったら来るやろか?」 ギルドで注意されていたように、石がごろごろとしていて確かに足場は悪い。こういう場所での戦闘は、喜寿は初めてだ。注意してかからなければならないだろう。 (植物型のアヤカシで三つの頭を持つ特殊なタイプだったらいいかな) などと、三四郎は心の中でつぶやいた。いざという時に咆哮で敵をおびき寄せるべく、探索を行っている者を護衛しながらも注意は怠らない。声自体がアヤカシの幻術だという可能性も否定できないのだし。 「さすが山ん中。いろいろいるみたいや。ひっかかりすぎる」 疾也は顔をしかめた。疾也の使う心眼では、アヤカシと各種生命体両方の存在を察知してしまう。 「どうや? どのあたりにいそうか見当ついたか?」 疾也は、水津と靖に声をかけた。二人は交互に瘴索結界を使いながら、敵の位置を探っている。瘴索結界では、アヤカシだけを判別できる。 「もう少し上流の方かもしれんなぁ」 靖は、水津の方に顔を向ける。水津は同意するかのように、首を縦にふった。 「待ってください。そこ、刈ってしまいますから」 エラトは、仲間たちが進みやすいように道を切り開いた。ギルドで草刈り鎌を借りておいて本当によかった。 慧介は、聞こえてくる助けをもとめる声は完全に無視していた。敵につけいる隙を与えてはならない。 「声に集中して足元確認が疎かにならないよーになぁ?」 靖は皆に注意をうながす。足元がおろそかになって川に転落してしまったり、幻術のようなものにはめられてしまっては意味がない。もっとも、靖や水津はきっと他の人より早く気づくことができるのだろうけれど。 「頼む、助けてくれ!」 上流へ進むにしたがって、聞こえてくる声はだんだんと大きくなってくる。 「おーい、助けてくれ!」 もう一度、声が響いた時。水津の感覚を刺激するものがあった。水津は靖に合図する。靖は瘴索結界を使ってみる。彼の瘴索結界にもひっかかってくる気配。 「あの岩の後ろあたりが怪しいです‥‥」 水津は、前方にある大きな岩をさした。川の中ほどまでせり出している岩。 「敵、ですね」 三四郎は大きく息を吸い込んだ。刀を構え、いつでも攻撃できる体勢を調えてから、咆哮を使う。相手が自由に動き回ることのできるアヤカシなら、釣られて出てくるはず。 咆哮に釣られ、岩の後ろから這い出てきたのは、蛇のようにもトカゲのようにも見える三体のアヤカシだった。蛇というには、四本の足があるし、トカゲというには胴体が長すぎる。 浅瀬までずりずりと這い出すようにして出てきたアヤカシたちは、開拓者たちを見てもなお、「おーい、助けてくれ!」、「ここだ! ここ!」、「頼む、助けてくれ!」と、それぞれの台詞を吐き出し続ける。 言葉を発しているだけで、知能はさほど高くないと言うことだろう。獲物を見つけたアヤカシたちは牙をかたかたと鳴らして、見つけた獲物に舌なめずりする。三体とも、視線は三四郎に集中していた。 「前に出ます!」 ペケは前方へと飛び出した。 「手助けするけんね、接近戦は任せたんよっ!」 相手がアヤカシなら、遠慮する必要はまったくない。 喜寿は、盾を符に持ち帰ると、皆よりやや後ろへとさがる。エラトと並ぶようにして立った。 「足場が安定してそうなのはどこや‥‥」 疾也は、周囲に素早く視線を走らせる。そして手頃な岩場を見つけると、身軽な動作でそこに飛び乗った。 「霊鎧の歌を奏でましょう!」 エラトのトランペット「ミュージックブラスト」が軽快なメロディを奏で始める。 「姿を消したり正体がわからなかったりはアヤカシの特権だと思わないことですね‥‥」 エラトの霊鎧の歌で抵抗を高めた水津は、ナハトミラージュを使った。これでしばらくの間敵も味方も彼女の存在を知覚できなくなる。 ●川中の戦い 喜寿の暗影符が、アヤカシたちの命中と回避を低下させる。 「暗影符!みんな、あそこらへんに弓をお願いするんさねっ!」 慧介は、疾也同様手頃な岩に飛び乗った。上からの方が狙いやすい。 紅蓮紅葉で攻撃と命中を高め、葛流を使って矢を放つ。胴を射貫かれて、一番右にいたアヤカシは体をくねらせた。 「一体ずつ集中して片づけていった方がよさそうやな!」 疾也は、レンチボーンを構えた。朝顔を使って、相手の急所を狙うようにする。彼の矢は、慧介の攻撃した一番右のアヤカシの目を射抜いた。 苦痛の声をあげて、アヤカシはのた打ち回る。 忍拳、奔刃術と続けて使ったペケが、アヤカシに走り寄る。続けざまに拳を受けたアヤカシはぎぃぎぃと叫いた。 「そんな攻撃じゃあたりませんよ!」 アヤカシが振りあげた前足を身軽にかわし、ペケは鼻で笑う。 「これはどうですか!」 もう一度拳をくらって、アヤカシが吹飛んだ。 「とどめはまかせろや!」 疾也は弓を引き絞る。紅焔桜で強化された朝顔の一撃がアヤカシの頭部を打ち抜いた。川に崩れ落ちたアヤカシは、瘴気へと返っていく。 三四郎の前には、残り二体のアヤカシがやってきていた。振り回された尾を、三四郎は間一髪のところでかわす。浅瀬とはいえ、ふくらはぎの中央近くまで水につかっている。動きにくいことこの上ない。 もう一匹の牙を、彼は左手の珠刀で受け止めた。ぎりぎりとアヤカシと押し合っていると、いきなりアヤカシが吹っ飛んだ。彼には知覚できていなかったが、水津が長柄槌「ブロークンバロウ」で思いきり殴りつけたのだ。 「私の杖と槌‥‥重さも長さもほぼ同じ‥‥槌の先端の錘部分程度の長さしか変わりません‥‥すなわちどちらを振るうのにも不都合はありません!!」 ふふ、と笑って水津はアヤカシとの距離をとる。 「ちょっと止まってるといいんさねっ!呪縛符っ!」 喜寿は、三四郎の付近にいる水津に殴り飛ばされていないアヤカシ目がけて呪縛符を景気よく放った。動きが鈍くなったところを見計らい、三四郎は新陰流で強化した斬撃で、首を一息に切り落とす。ぐえ、というような声をあげて、アヤカシは倒れ込んだ。 「回復は今のところ必要なさそうだな」 靖は扇と剣を手に、ざばざばと大股に水の中を歩いてアヤカシに近づいていく。彼の存在に気がついたアヤカシは、うなり声をあげて、飛びかかった。水津に殴り飛ばされたアヤカシだ。 「おっとぉ!」 扇が軽やかに翻る。舞うような動きで、彼はアヤカシ目がけ剣を振りおろした。意外に身軽な動作で、アヤカシは靖の攻撃をかわす。 「焙烙玉は必要なさそうですね‥‥」 エラトは持参の焙烙玉は必要ないと判断した。 「エラトさん‥‥精霊集積をください‥‥」 ナハトミラージュの効果の切れた水津は、エラトの前へと姿をあらわす。 「わかりました」 一つうなずいて、エラトはトランペットを手にした。精霊集積の音色が響き渡る。 「慧介! 慧介! ちょっとやばいって!」 どうやら前に出すぎたらしい。靖は大声で、慧介を呼んだ。武器を弓から刀へと持ち替えて、慧介は岩場から飛び降りてくる。靖に牙をむいているアヤカシの注意を引き、牙を刃で受け止める。 再び姿を消した水津は、アヤカシのはるか後方から精霊砲を叩きつける。派手な水しぶきをあげて、アヤカシは川へと倒れこんだ。 「はぁ、これで敵は全部倒したのですね」 ペケは両手で、腰のあたりを押さえながら言う。なぜ、何度練習しても褌が緩んでしまうのだろう。なくさなかっただけよかったけれど。とりあえずこのままでは帰れない。どこか物陰で締め直してから帰ることにしよう。 「人の善意を利用して攻撃してくっとか、すっきりしねぇな」 靖は、つい今まで戦闘を行っていた川を見下ろして言った。それから、この男にしては珍しく神妙な面持ちで手を合わせる。 小川は何事もなかったような静けさを取り戻していた。 |