山桜の下で
マスター名:雨宮れん
シナリオ形態: ショート
EX
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/04/30 00:05



■オープニング本文

 山が華やかな桜の色に包まれている。毎年この山は美しい山桜に彩られる。誰が植えたというわけでもなく、気がついた時には、毎年のように美しい花が人々の目を楽しませてくれるようになっていた。
「今年もそろそろ花見の季節だねぇ」
「お酒を仕入れておこうか」
「お弁当も準備しないと」
 山の桜は村よりも少し開花が遅い。村の桜が満開の時期は農作業が忙しいため、少し遅れて咲く山の桜を麓の村に住む人々は、楽しみにしていた。
 そして山の様子を見ながら、村総出で花見の準備をする。日にちを定め、酒を買い込み、手分けして弁当を作る。花見の日はほぼ全ての村の住人が参加し、野良仕事も一日お休みだ。それは、娯楽の少ない村人たちにとって一大行事であった。

 前の日は、晴れてくれることを祈りながら床について、当日は皆そろって早朝から支度にかかった。
 酒樽をかついだ男たちを先頭に、村人たちはうきうきとしながら山奥へと歩いていく。
「隣村のやつら、先に行っているな」
「そういやあっちも今日の予定だったな。合流したら、この酒も差し入れてやろう」
 口々におしゃべりしながら、彼らは急ぎ足になる。この先に何が待ち受けているのか予想もせず。
「‥‥おい、様子がおかしいぞ」
 一番前を歩いていた男が足をとめた。つられて全員が足をとめる。
「ちょっとここで待ってろ。様子を見てくる」
 花見を楽しんでいるのなら、当然聞こえてくるはずの声がいっさい聞こえてこない。
 先に行った形跡は残っているし、一番花が美しく見える広場までは一本道だ。
 まだどんちゃん騒ぎは始まっていないにしても、ござを敷いたり、器を配ったりと準備している物音や、子どもたちが遊びまわっている声が響いてくるはずだ。
 あまりにもしんと静まり返りすぎている。

 背負っていた酒樽をおろして、男は皆より先に進んだ。その彼の目にうつったのは――。
 桜の根本が赤く染まっていた。ばらばらになった手足が散らばっていた。それも一人や二人ではない。何人分にあたるのか見ただけでは判断できないほどだ。
 酒樽が倒れ、あたりに酒の香りが漂っている。弁当が入っていた重箱は蓋を開かれ、手をつけられていない中身が散らばっていた。畳まれたままのござが残されている。
「ア‥‥アヤカシだ!」
 彼は気づかれないようにじりじりとさがった。アヤカシたちは、ガツガツと死体を喰らい、血を飲み干している。
「みんな‥‥逃げろ!」
 戻ってきた男にうながされ、皆ばらばらと里めがけて駆けだした。

 その日のうちに開拓者ギルドに依頼が出された。掲示板に依頼が張り出される。
『アヤカシの数はおよそ十五〜二十。大きさから判断して小鬼だろう。かなり重装備をしているアヤカシも含まれているようだ。能力の詳細については不明だが、過去の事例からしてさほど強力な相手ではないと推測される。アヤカシの出現場所に一番近い村の住人たちは家の中に立てこもっているため、心配しなくて大丈夫だろう』
 張り出した紙を眺め、ギルドの職員は首をかしげる。この依頼を引き受けてくれる開拓者はいるのだろうか。


■参加者一覧
霧崎 灯華(ia1054
18歳・女・陰
正木 鏡太郎(ia4731
19歳・男・サ
コトハ(ib6081
16歳・女・シ
泡雪(ib6239
15歳・女・シ
ヴァスクリセーニエ(ib6623
19歳・男・ジ
ニッツァ(ib6625
25歳・男・吟
スゥ(ib6626
19歳・女・ジ
パニージェ(ib6627
29歳・男・騎


■リプレイ本文

●いざ決戦の場へ
 霧崎 灯華(ia1054)は、集まった開拓者たちを見つめてこっそりため息をついた。本来なら、単独行動を好む灯華なのだが、今回ばかりはいつものようにはいかないだろう。
 今回は灯華自身よりはるかに経験の少ない開拓者たちが同行メンバーの大半を占めている。そこは彼女がフォローしてやるしかないのだろう。彼女が好む戦闘スタイルからはかけ離れてしまうけれども。
 
 ふもとの村で、問題のアヤカシが発生している場所を確認し、開拓者たちは山を登っていく。村を出る前に、大まかな作戦は立ててあった。
 正木 鏡太郎(ia4731)、コトハ(ib6081)、 泡雪(ib6239)の三人が囮役となって、アヤカシの方へと接近する。村人たちから、桜には極力傷をつけないようにと頼まれているため、桜の木からアヤカシを引き剥がす様に動かなければならない。
 アヤカシたちがうまく木から離れたならば、ヴァスクリセーニエ(ib6623)、ニッツァ(ib6625)、スゥ(ib6626)、パニージェ(ib6627)の四名がアヤカシたちと桜の間に割って入ることになっていた。この四名は、キャラバン『デニ ニデーリ』の所属で家族同様の仲だ。うまく連携を取って動くことができるだろう。
 灯華はどちらのグループにも属さず、術を多用して援護する方に回ることになっていた。

 足音を立てないように、開拓者たちはアヤカシの出現場所に忍び寄る。身を隠しながら、彼らはアヤカシの様子をうかがった。開拓者ギルドで聞いてきた話では、広くなった場所に桜が三本立っているという話だった。
「マッタク‥‥春であるのに風流と言うものを知らぬヤツも居るものですねぇ‥‥」
 鏡太郎は、歪んだ笑いを浮かべて問題の桜の方を見やった。鏡太郎の視線の先では、満開の桜の下でアヤカシたちがまだ人の肉体を喰らい続けていた。
「さて、今日の獲物はどこかしら?」
 灯華の口元に凄惨な笑みがうかぶ。今回は先頭に立って暴れ回るというわけにはいかない。当然、撃墜数は一位を狙うつもりでいるけれど。
 泡雪は、血なまぐさい宴を続けているアヤカシたちに鋭い視線を向ける。アヤカシ退治に来たものの、押されて後退する開拓者を装って、仲間たちのところまで引き寄せる算段なのだが、さて、演技ですむだろうか。

 スゥは、双子の兄であるヴァスクリセーニエへと駆け寄った。
「大怪我、しないで‥‥ね」
 彼女と額をこつんと合わせ、おまじないをしながらヴァスクリセーニエは返す。
「…大丈夫、お前も怪我、するなよ」
 兄とのおまじないを終えたスゥは、
「二人も、だよ?」
 と、同じキャラバンのパニージェとニッツァにも声をかけた。
 それからヴァスクリセーニエは、パニージェを見やる。
「お前が頼りなんだからな、パニ。‥‥頼むぜ?」
「‥‥ああ。お前らも無理はするな」
 短く返して、パニージェはうなずいた。
 ヴァスクリセーニエは囮役を買って出た鏡太郎について思いをめぐらせる。彼の咆哮に敵がひきつけられればよいのだが。ひきつけられなかった場合は、別の手を考えなければならないだろう。
「あれが標的ですね? 皆様、話し合った通りにお願いいたします」
 コトハは、同行した仲間たちの様子を確かめる。準備が整っているのを確認すると、
「参ります!」
 彼女の言葉を合図にして、囮役を引き受けた三人が先に動き始めた。

●戦闘開始
 灯華は、囮として出て行く三人を見送った。灯華自身は、しばらく動くつもりはない。木を傷つけるなと言われている以上、アヤカシが木から離れるまで彼女の出番はない。
「お手並み拝見ね」
 そう口の中でつぶやいて、灯華は敵の数を数え始める。ギルドで聞いた情報では十五から二十というところではないかという話だったが‥‥もう少しいるかもしれない。灯華は肩をすくめた。

 鏡太郎は、アヤカシになど気がついていないというそぶりでふらふらと藪を出て歩き始めた。
「俺達は花見の場所取りに来た唯のヨッパライ、ですよ‥‥なんて、ね。アハハアハハハハ‥‥」
 酔っているかのように足取りをふらつかせ、鏡太郎はアヤカシの油断を誘う。獲物、と見て取った鬼に似た姿のアヤカシたちがよだれをすすりこむ音がした。鏡太郎の方へ、何体かが歩み寄ってくる。
 空蝉、木葉隠を自分に重ねがけしたコトハは、鏡太郎に続くようにしてアヤカシに接近した。
 まだ、全てのアヤカシが桜の木から離れたわけではない。
「サ、ユリ子‥‥一緒に華見をしようじゃないか‥‥」
 鏡太郎は、愛用の刀をすらりと抜き放った。それと同時に、泡雪は手裏剣を放つ。泡雪に気がついたアヤカシが桜の根元から離れて、彼女の方へと向かってきた。
「アアアアア―――アアアアアアア――――――!」
 鏡太郎は、咆哮を発動した。さらに何体かのアヤカシが鏡太郎の方へと方向転換してくる。鏡太郎は、囲まれないように注意しながら右に左に刀を閃かせる。
「くっ! なんて数‥‥っ! 甘く見ていたっ」
 迫真の演技を心がけながらコトハは叫ぶ。
「さすがに、この数は無理でございます!」
 泡雪も調子を合わせて、敵に圧倒されているふりをしながら後退する。

 キャラバン『デニ ニデーリ』に所属している四人は、木々や藪の陰を縫うように移動して、アヤカシと桜の木の間へと割り込みやすい場所までたどり着いた。
「ほら、ひぃさん方火力は上げたるからがんばって避けやー? 当たったら座長が怖いでー?」
 ニッツァはガボットリュートを奏で始めた。武勇の曲を使って、ヴァスクリセーニエとスゥの攻撃力をあげる。
 それぞれ、バイラオーラを使用したスゥとヴァスクリセーニエは木の陰から滑り出た。
「にぇ‥‥♪ お仕事の時間だよ‥‥♪」
 スゥは兄に微笑みかける。スゥにヴァスクリセーニエは微笑み返す。彼女を不安にさせないように。
「今日のお客さんはちょーっと質悪いから、上手いこと踊らな見物料取れんでー?」
 リュートを奏でながら、ニッツァは二人に声をかける。
 パニージェは、ヴァスクリセーニエとスゥの背後にはアヤカシが回り込めないように、盾と刀を持って桜の木を背に陣取った。

 灯華が動いた。後ろで待機していた間に、敵の中でも重装備のものに目星をつけてある。
「そろそろ狩りの時間かしら? ちょっとは骨のある奴いるといいけど‥‥」
 まずは呪縛符で、敵の動きを鈍らせるとしようか。灯華は符を構えた。呪縛符を受けたアヤカシの動きが鈍くなる。彼女はそこへ容赦なく斬撃符を叩き込んだ。呪縛符、斬撃符と立て続けに喰らい、アヤカシが地面へと倒れる。それには見向きもせず、次の獲物目がけて彼女は呪縛符を再び放った。

●桜の下の攻防
 スゥは、舞うように戦っていた。スゥの短刀は、的確に敵にダメージを与えている。
 パニージェは、自分の前に現れたアヤカシを思いきり盾で押し返し、よろめいたところを無銘業物で斬り捨てる。
「‥‥左、だ。そちらに敵が回り込んだ」
 パニージェは、スゥとヴァスクリセーニエの注意を喚起した。彼の役目は、桜の木の下に展開した『キャラバンの壁』を守ることだ。
「こっちには行かせない‥‥からな!」
 カッティングを使って回避を上昇させたヴァスクリセーニエは、軽やかな動作で敵の前へと回り込む。まるで舞っているかのような動きだった。
「ひぃさん等には手ぇ出させやんよってな」
 ニッツァはリュートを奏でる合間にダーツを投げて、敵の動きを牽制する。大事な『ひぃさん方』が怪我でもしたら困る。
「‥‥ニッツァ、お前も出過ぎるな」
 かかってきたアヤカシを、盾で殴りつけたパニージェはニッツァに言う。返事はなかったが、意思が伝わっていることは容易に理解できた。

 隼人と新陰流を連続して使用した鏡太郎は、鮮やかにアヤカシたちを斬り捨てていた。
「桜の下で眠られるとは‥‥マッタク羨ましい限り‥‥」
 くっくと喉の奥で笑った彼の刀が閃くたびに、アヤカシの体に額実にダメージを与えている。桜の方へと回り込もうとするアヤカシを見つけ、鏡太郎は素早く走り寄った。
「桜色と紅色‥‥同系統の色だというのに、一方はコウモ禍々しい‥‥オオ、怖い怖い‥‥」
 袈裟懸けに斬りおろされて、アヤカシが地面に倒れ込んだ。

 両手にマキリを握ったコトハは、鬼たちの中でも重装備の物へと接近する。彼女は、これを他のアヤカシたちに指示を出すリーダー各ではないかと推測していた。見たところ、リーダー各と見られる他のアヤカシより重装備の鬼は、三体ほどいるようだ。
 仲間のアヤカシに指示を出されてはやっかいだ。
「そうはさせませんっ!!」
 指示を出そうとしているアヤカシに、コトハは容赦なく斬りつける。鎧に阻まれ、一撃で倒すというわけにはいかなかった。反撃してきた敵の攻撃を左手のマキリで受け止め、今度は右手のマキリで首を跳ね飛ばす。首と胴体がばらばらになって、アヤカシは倒れた。

 早駆を使って、泡雪はあちらこちらと走り回る。木葉隠も使用して敵の攻撃を避けやすくしながら、淡雪は敵を翻弄し続ける。これでは、統制の取れた動きなど取りようがない。
 泡雪は逃げ出そうとする一体を発見した。村人たちを安心させるためにも、一体も逃がすわけにはいかない。
「背中を見せたら、私の手裏剣が黙っておりませんよ」
 素早く手裏剣を投擲する。アヤカシの背中に手裏剣が突き刺さった。

 灯華は、転がっているアヤカシの死体と、彼女が数えておいた数を比較した。足りない。どうやら包囲網を抜け出したやつがいるようだ。彼女の鋭い視線が、こそこそと藪の中に消えていこうとしているアヤカシを見つけ出す。
「あら?あたしから逃げられると思って?」
 こういう時のために残しておいた一撃必殺。黄泉より這い出る者がアヤカシ目がけて襲いかかる。
 こうして、全てのアヤカシは退治されたのだった。

 ヴァスクリセーニエとスゥは、桜の下に立った。
「――今は、安らかに」
「助けれなくて、ごめん。今は静かに眠ってね‥‥?」
 一呼吸置いて、ニッツァのリュートの音が響き始める。
 ひらりひらりと二人の衣装が鮮やかに宙を舞う。
「この桜は、多くの人の血とアヤカシの瘴気を吸いました。この先、この桜がアヤカシになってしまわない事を祈るばかりでございます‥‥」
 コトハは、桜の下で瞑目した。
「村に戻ったら、遺体の埋葬について相談しなければなりませんね」
 泡雪はそっと手を合わせる。できることなら、桜の見える場所に葬ることができればよいのだが。
 夕焼けを受けて桜の色が染まって見える。灯華は笑った。赤く染まった世界、悪くない。
 ひらり、と桜の花びらが一枚舞い落ちる。開拓者たちの目には、桜の花が使者たちを悼んでいるように見えたのだった。