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■オープニング本文 「あいつ何で来ていないんだ?」 仲間内で、そんな話が出たのは酒場の一角だった。仕事帰りの若い衆が、家に帰る前にいっぱい引っかけて帰りたくなるのは当然のこと。酒場の馴染み同志が顔見知りとなり、店で顔を合わせれば、奢り奢られ――いつしか店の外でも付き合うようになっていくのもよくある話だ。 来ていない、と言われていたのはそんな飲み仲間のうちの一人だった。一郎という大工で、腕は悪くない。まだ独立はしていないが、信頼できる親方の元では十分能力を発揮することができる。勤務態度は非常に真面目で、親方もそろそろ身を固めてもいいのではないかと見合い相手を探し始めたところだという。 最初は、ここ数日一郎の姿を見かけないなという話だった。飲み仲間のうち、長屋の一郎の隣に住んでいる者がひとっ走りして見てみれば、うつろな目をして壁に向かってぶつぶつと何事かつぶやいている。 慌てて親方のところへ駆けつけると、二日前から仕事にも来ていない。真面目なやつだから、病気で倒れて連絡できないでいるのではないかとこれから様子を見に行くところだったと言う。 こうなれば話は早い。医者が呼ばれ、一郎を診察させる。診断の結果は異常なしだった。 となればアヤカシに取り憑かれたのではないかと、開拓者ギルドに仲間が走る。ギルドの職員を案内して、一郎の家の前まで戻ってきたのは真夜中だった。 彼らは見た。屋根の上にいる黒い影。大きな鶴のように見えるその影は、一郎の家の屋根の上で翼を広げている。 「ア‥‥アヤカシですっ」 ギルド職員がうわずった声で叫ぶ。屋根の上の鶴が長い首を動かす。アヤカシと目が合った者は、背中を冷たい物が流れ落ちるのを感じた。 一声鳴いて、アヤカシは悠然と飛び立つ。 家の中には、食い散らかされた遺体が転がっていた。 |
■参加者一覧
鈴木 透子(ia5664)
13歳・女・陰
シャンテ・ラインハルト(ib0069)
16歳・女・吟
寿々丸(ib3788)
10歳・男・陰
ロゼオ・シンフォニー(ib4067)
17歳・男・魔
神支那 灰桜(ib5226)
25歳・男・サ
叢雲 怜(ib5488)
10歳・男・砲
サイラス・グリフィン(ib6024)
28歳・男・騎
河竹 朧月(ib6169)
16歳・男・陰 |
■リプレイ本文 ●恐怖を喰らうアヤカシ 鈴木 透子(ia5664)は、皆より一足先に開拓者ギルドを出た。 「有力者の方にお話をうかがってきます」 一郎と同じ症状が出ている者がいれば、その人もアヤカシに狙われている可能性が高いと開拓者達は考えていた。透子は、情報を集めやすそうな有力者のもとへと向かう。 サイラス・グリフィン(ib6024)は、髪に手をつっこんでかき回した。 「相手の恐怖もまた最高の味付け‥‥とか思ってるんだろうか」 アヤカシの中には相手の恐怖を味わうことによって、より多くの満足感を得るものがいるという話をギルドの職員が口にしていた。今回の相手はそのタイプということなのだろう。 「シャンテ、一緒に情報収集に行こうぜ」 叢雲 怜(ib5488)は、シャンテ・ラインハルト(ib0069)に声をかけた。 「ええ、そうですね。一郎様の様子を仔細にお伺いして‥‥同じ町の中に同様の症状の方がいらっしゃるかどうか探してみましょう」 連れだって出て行く二人を見送って、神支那 灰桜(ib5226)は、開拓者ギルドの職員に話しかけた。 「人数分の耳栓、借りられるか? 鳴き声を聞いたら眠っちまうんだろ?」 その彼の後ろで、寿々丸(ib3788)は考え込んでいる。それより、夜戦闘の時間まで起きていられるかどうかということの方が彼には大問題だ。 「鳥のアヤカシでございまするか‥‥ふむ、頑張りまするぞ」 「じゃあ俺は女中心に聞き込みしてくる。女は噂好きだしな」 灰桜はふらりと開拓者ギルドを出て行った。 ロゼオ・シンフォニー(ib4067)は、一郎が住んでいたのとは別の長屋を訪れていた。 「正気を失って、おかしな行動を取っている人はいないですか?」 さてねぇ、と井戸端で話し込んでいたおかみさんたちは首をふる。 「じゃあ‥‥、食い散らかされたような遺体が発見されたことはないですか?」 ああ、と一人が声をあげた。 「ここの長屋じゃないけど、神社の近くの長屋でそんな話があったねぇ」 「ありがとう。そっちで話を聞いてみます」 ロゼオはその場所を教えてもらうと、そちらへと足を向けた。アヤカシとの戦闘がからむ依頼は久しぶりだ。緊張する。 透子は一郎にあらわれた症状を確認してから、地主の家を訪れた。この近辺の土地は彼の物だ。彼を通せば話は早い。 「正気を失っているような人、恐怖に怯えているような人はいないか確認をお願いしたいのです」 屋根の上にとまるアヤカシの話は、地主のところにも届いていた。 「わかりました。なに、それほど時間はかからないでしょう。結果はどちらにお知らせすればよろしいですか?」 地主は透子の話を聞くと、すぐに使いの者を走らせた。 怜はシャンテを待たせておいて、遊んでいる自分と同年代の子どもたちの輪に入っていった。 「なあ‥‥おまえんちのかーちゃん、最近夜中に怪しい鳴き声聞いたりとか、病人が出たって噂話してなかったか?」 親が思っている以上に、子どもは親たちの話をよく聞いている。 「急激に衰弱なさったような方がいらっしゃらないか探しているのですけれども‥‥」 怜が子ども達と話し込んでいる間に、シャンテは通りがかりのご婦人を捕まえた。 河竹 朧月(ib6169)もまた、聞き込みに出かけていた。 「一郎さんの敵討ちだ!」 アヤカシにやられただなんて、どれほど無念だったことだろう。敵を討たねば――。 まずは情報収集。それが終わったら、大工の親方のところに集合することになっている。 異変の起こっている人間を探すべく、朧月は次の家の扉を叩いた。 寿々丸は、一郎を診察した医師を訪ねていた。 「同じような症状の出ている患者さんはおられませんかな?」 さて、と医師は天井を見上げる。 「今のところ、そのような患者はいませんなあ。他の医師にも聞いてみましょう」 「よろしくお願いしますぞ」 そして、寿々丸は腰をあげた。 ●アヤカシへの対抗方法 情報を集め終えた一行は、大工である一郎の親方のところへと集まっていた。今回は屋根の上のアヤカシが相手だ。普段通りに戦うことができるとは思わない方がいい。 「アヤカシを逃がさないことが一番難しいところだと思います」 透子は考えながら言った。今回は翼を持つアヤカシが相手だ。空へ飛び立たれてしまったら、開拓者たちは追いかける手段を持たない。 「鉤付きの縄でひっかけて地面に落とす、とかどうでしょう?」 ロゼオの提案に、灰桜はうなずいた。 「それはいいな。オヤジ、縄は太めで頼めるか? 相手はアヤカシだから普通のじゃ千切れるかも知れねぇからな」 「簡単な足場――梯子でもいいんだがな。そういったものも準備してもらえるだろうか?」 サイラスの言葉に、親方は家を建てるときに使う梯子ならばすぐに提供できると返した。 「燭台もあればお借りしたいです」 朧月が言う。 「戦闘時にお家が破損したら、修理をお願いできると嬉しいな」 怜の願いにはもちろんという言葉が返ってきた。 その間にも、あちらこちらからの情報が一行の集まっている場所へと届いてくる。 聞き込みをした結果と、頼んで集めてもらった情報を照らし合わせると、一郎の住んでいた長屋とは少し距離をあけた場所に似たような症状の出ている若者が住んでいることがわかった。おそらく彼が次の標的だろう。 透子は、首をかしげた。 「アヤカシがどうやって被害者の様子を見ているのかも分らないのも問題です。どうやって被害者の疲労の具合を計っているのでしょうか」 たしかにそうだ。さらに透子は続ける。狙った獲物を逃がさないアヤカシならば、標的を移動させたところで、どこに移動したかつきとめてしまうのではないだろうか――と。 「身を隠してもらっても、何の対処にもならないかもしれないと言うことですね」 ロゼオはうなる。 「提案なのですが、人が寝られるほどの長持ちを、鉄板などで補強していただくというのはどうでしょうか。狙われている方には、その中に入ってもらうのです」 しばしの議論の末、透子の提案は受け入れられた。 「空気穴も忘れないで下さい」 もちろん、と返事をした親方は、透子のさらなる提案を受け入れて標的宅の窓や扉を補強すべく若い者たちを派遣した。 寿々丸は、灰桜の服を引っ張った。 「灰桜殿。恥ずかしながら、昼寝無しに夜まで起きていたら眠くなってしまいまする‥‥。時間になったら起こしていただけませぬか」 「おう、寝とけ寝とけ。ちゃんと起こしてやるから安心しろ」 アヤカシが出現する時刻まではまだ余裕がある。寿々丸はごろりと横になった。 時間を見計らって、灰桜は寿々丸の肩をゆする。 「─良く寝てんな‥‥餓鬼だな‥‥。おい、寿々。起きろ。そろそろ起きねぇと体の動きが鈍くなるぞ」 用意した装備を確認し、長持ちの補強が終わるのを待つ。日が沈む頃、準備ができたと連絡が入った。 開拓者たちは補強した長持ちを持って、狙われているであろう男の家を訪れた。 「一晩この中に入って‥‥」 透子が切り出しかけるが、相手は宙を見すえたままぶつぶつと言っているだけでこちらの話は聞いていないようだった。 男を長持ちに押し込めて、開拓者たちは家を出る。周囲に身を隠し、アヤカシの訪れを待ち構えることにした。 ●降り立つアヤカシ 「耳栓、人数分借りてきた。使うか?」 灰桜は、ギルドから借りてきた耳栓を配る。希望者はそれを受け取った。 「屋根の上には手が届かないからな」 と、サイラスは一応用意してある梯子を横目で眺めてつぶやく。予定の手順ではアヤカシを地面に引きずり下ろし、それから攻撃をしかけることになっている。梯子は引きずり下ろすのに失敗した時、屋根に上るためのものだ。 「さてさて、鬼が出るか蛇が出るか、ちょっと楽しみだな♪」 ロゼオは家の影に身をひそめてつぶやいた。 アヤカシを恐れて、通りには人一人いない。しん、と静まりかえった中、奇妙な鳴き声が響いた。 夜の闇より暗い影が、彼らの見張っている家の屋根に降り立った。首を揺らし、大きく翼を広げる。 「月の光すらお前には浴びる資格はないよ。そのまま闇の淵まで沈むといい」 つぶやいた朧月は透子、寿々丸と顔を見合わせる。三人は構えた。そしてタイミングを合わせて呪縛符を使う。 怜は、素早く弾を撃ち込んだ。弾をくらったアヤカシは、首を激しく振る。シャンテはフルートを構えた。霊鎧の歌の歌の旋律が、夜の空気を震わせた。 サイラスは用意の罠をアヤカシに投げつけた。荒縄の先にナイフをくくりつけたもの。事前にオーラを使って能力を高めておくのも忘れてはいない。 「行くぞっ!」 ロゼオもサイラスに合わせるかのように、ストーンアタックで攻撃をしかける。石の礫がアヤカシめがけて放たれた。 ついで 呪縛符をかけられたアヤカシめがけ、ロゼオは用意の鉤をつけた縄を投げつける。寿々丸もそれに続いて、縄を放つ。 「どれ、引きずり下ろすのは手伝うぜ」 灰桜は縄を絡められ、身動きできなくなったアヤカシを地へと引きずりおろそうとする。透子は、岩首を使って、アヤカシの上空からたたき落とすような攻撃を加えた。 身動き取れなくなったアヤカシは、屋根へとぶつかった。屋根の瓦がばらばらと散る。 「もっと強く引け!」 灰桜の声に呼応するかのように、縄を手にした者は力いっぱい縄を引く。 「誤射には気をつけないとな‥‥」 怜はクイックカーブを使って、アヤカシの死角から弾を放つ。アヤカシが地響きをたてて地に落ちた。 「照明はまかせてください!」 透子は用意の照明を、アヤカシのいるあたりを照らし出すように高く掲げた。 「眼突鴉でいきますぞ!」 寿々丸は式、三つ目の鴉がアヤカシ目がけて襲いかかる。 サイラスは前に出すぎた寿々丸の前に回りこんだ。ガードを使って、防御をかためる。 「一郎さんの敵だ――!」 朧月は、斬撃符をアヤカシ目がけたたきつける。 灰桜は、アヤカシに斬りかかった。縄でがんじがらめにされていてはたまったものではない。アヤカシは逃げる間もなく、灰桜の刀をその身に受ける。 「援護します!」 ロゼオのサンダーがアヤカシを攻撃する。灰桜とサイラスは息を合わせて斬りつける。アヤカシの身体がばらばらになって地に落ちた。 夜が明けた街は、賑わいを取り戻していた。もうアヤカシに怯える必要はない。 アヤカシの標的となっていた若者は、まだ正気を取り戻してはいないが、適切な治療を受ければ元気になることだろう。 「─食い散らかされてなかったら、もっとましな供養が出来たんだろうけどな‥‥」 灰桜は、長屋の人たちが安置した一郎の遺骨に手を合わせながらつぶやく。 「灰桜殿! 寿々は家の修理に行きたいと思うのです!」 寿々丸に呼ばれ、灰桜は立ち上がる。 「俺も手伝うよ! 壊してしまったものは、ちゃんと直さないとな!」 怜も二人に続いた。 透子は、一郎の遺骨の前で瞑目する。 (どうか、安らかに……) 「一緒にお酒を酌み交わしてみたかったけど‥‥一郎さん。この世から乾杯だよ」 朧月は用意のお酒を備える。手を合わせてから立ち上がった。 「ええ‥‥戦闘の時に屋根を壊してしまって‥‥ご助力をお願いできませんか?」 朧月の視線の先では、一郎の仕事仲間たちとシャンテが話しこんでいる。 「僕もお手伝いするよ!」 朧月はそう言うと、大工たちの方へ駆け寄った。 |