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■オープニング本文 真夜中近くなろうとも、酒場の並んでいるあたりは店の前に出された提灯が明るく照らし出し、闇の世界を遠ざけている。 「看板ですよー。はい、迷わないでおうちに帰ってくださいね」 伊里夜(いりや)は、最後の酔客を送り出して店の前の暖簾をさげようとした。不思議と人の通りは絶えている。普段なら、この時間帯に人通りが絶えているということはないのだが。 「あら?」 何か音がする。伊里夜は暖簾を下げかけた手をとめて音の方を見上げた。からからと音を立てて馬車が走ってくる。二頭の馬にひかれた、ジルベリア風の模様が施された馬車だ。 ただし、馬車の車輪は、伊里夜の目と同じ高さにあった。 「ひぃ‥‥」 声にならない悲鳴をあげて、彼女はその場に尻餅をつく。すっと馬車が地面におりた。 馬車の窓がそっと開かれる。中から伊里夜の方を見ていたのは、美しい女性だった。ジルベリアの貴族なのだろうか。豪華なドレスを身にまとい、金髪を高く結い上げて、ティアラを飾っている。 「‥‥このことは忘れるがよい」 伊里夜に向かって、彼女がそう言うと、再び馬車はふわりと宙に舞い上がる。 その夜、馬車の走っていった方角で一人の若い男が姿を消した。 捜索の甲斐なく、彼は発見されなかった。開拓者ギルドでは、情報の提供をもとめている。 その話を聞いた伊里夜は思った。 (ひょっとして、あの夜の馬車‥‥) 空中を走る馬車など、アヤカシが関わっているとしか言えないのではないだろうか。 開拓者ギルドに彼女が行くと、職員は熱心に話を聞いてくれた。そうして、好奇心を隠しきれない彼女にギルドの職員はこっそり教えてくれた。 あの馬車に乗った美しい女性はやはりアヤカシであること。もう三人が行方不明になり、全員が男性であること。彼女がいつどこに出現するのかはわからないこと。 (依頼を受けた開拓者さんたち大丈夫かしら‥‥) 気にかけながら、伊里夜は帰宅したのだった。 |
■参加者一覧
天津疾也(ia0019)
20歳・男・志
巴 渓(ia1334)
25歳・女・泰
天ヶ瀬 焔騎(ia8250)
25歳・男・志
和奏(ia8807)
17歳・男・志
リン・ローウェル(ib2964)
12歳・男・陰
リンスガルト・ギーベリ(ib5184)
10歳・女・泰
袁 艶翠(ib5646)
20歳・女・砲
白仙(ib5691)
16歳・女・巫 |
■リプレイ本文 ●伊里夜への聞き込み 開拓者ギルド内の一室にて、リンスガルト・ギーベリ(ib5184)は、顔をしかめた。 「ジルべリアの貴族が如く振る舞うとは不届き千万! 我が鉄鎚にて粉砕してくれようぞ!」 そんな彼女の横で、天津疾也(ia0019)はけらけらと笑いながら言った。 「はー馬車に乗った美女のアヤカシなあ。人間やったらひょいひょい誘われてついていってしまいそうやな、俺」 「なんだと‥‥」 リンスガルトは疾也に思いきり突っ込みを入れたそうに手をふるわせる。 「うーん、女性が好きな人がかかる魅了攻撃ねぇ‥‥おばさんはそういうのには興味ないから、かからないわね」 袁 艶翠(ib5646)は、ぽんと煙管の灰を落とした。 「アヤカシさんが好ましく見えるのでしたら、そのアヤカシさんのお姿で自分の好みが判るかもしれませんね」 和奏(ia8807)は首をかしげた。開拓者になるまで大切に大切に育てられた箱入り息子だったため、恋愛以前に人との接し方を現在進行形で学習中なのである。 「とりあえずは聞き込みか?」 リン・ローウェル(ib2964)の言葉をきっかけにしたかのように、開拓者達は聞き込みに回る箇所をどう分けるか相談し始めた。 開店の準備をしていた伊里夜は、ぞろぞろとやってきた開拓者達に目を丸くした。町のあちこちに散らばる前に、まずは伊里夜から情報を収集しようというわけである。 「あの‥‥馬車を見たのって‥‥何時くらいとか‥‥覚えてますか‥‥?」 白仙(ib5691)は、おどおどとした口調で伊里夜にたずねた。 「閉店した頃だから、日付が変わったくらい、かな? 店の前をこっちからこっちへ飛んでいきました」 伊里夜は、店の前の通りをこっちからこっち、と指でしめす。 「その他に何か思い出せることはないか?」 天ヶ瀬 焔騎(ia8250)は、伊里夜の記憶を引っ張り出そうと問いを重ねた。事前にギルドから受け取ってきた地図を広げて、伊里夜の働いている店に印をつける。 「うーん、そう聞かれても‥‥。私も初めて見たし‥‥できるなら、二度と見たくない‥‥です」 伊里夜は憂鬱な表情になった。あの時の恐怖はきっと一生忘れることはないだろう。 「なあ、なあ、なあ、美人だったか?」 疾也は身を乗り出した。伊里夜は当時の状況を思い出そうとするかのように天井を見上げる。 「うん、美人だったと思いますよ。なんていうか‥‥妖艶な感じで。一目見ただけで普通の人とは違うなって感じました」 「そらいいな。ますます会ってみたくなったわ」 「そんなことを言っている場合じゃないだろうが」 巴 渓(ia1334)は、あきれた顔で疾也を見つめる。 万が一、彼がアヤカシに魅了されるようなことになれば大問題だ。アヤカシより先に彼の動きを止めることになりかねない――場合によっては、撤退を視野に入れることも必要になってくるだろう。 「本当にその他には何も覚えていないのか? どんな小さなことでもよいのじゃが」 リンスガルトは、伊里夜に問う。うーんと首をかしげた彼女は、二軒隣の酒場の女経営者も馬車に乗ったアヤカシを目撃したらしいという情報を提供してくれた。 ●美女を探して リンスガルトは、伊里夜から聞いた酒場を訪れた。 「何でもよい。覚えていることはないか?」 酒場の女主はリンスガルトの問いに記憶を丹念に掘り起こそうとしてくれた。彼女の話では後片付けをしながらふと窓の外を見たところ、宙を進んでいく馬車を見かけたのだという。 「最後の一人を追い出してすぐだったから、日付が変わったあたりじゃないかしら」 「真夜中、ということか‥‥」 リンスガルトは首をふる。この通りで二人見かけているということは、この通りは比較的アヤカシの出現回数が多いということだろうか。 「‥‥しばらく早めに店を閉めてもらうことはできないかのう? アヤカシ退治が終わるまで、普通の者たちには関わってもらいたくないのじゃが」 リンスガルトの言葉に、彼女はうなずく。そして、全ての店が協力するかどうかはわからないが、店を早く閉めるようにこのあたりの店一体に連絡することを約束してくれた。 リンは、居酒屋への聞き込みには参加せず、一人で周辺を歩いていた。アヤカシが目撃された地域、若者が行方不明になった場所。それぞれを追っていく。一見して無関係そうな事が、重要な時もある。聞き漏らしなどないように、念入りに話を聞く。 「飛行する馬車に美女が搭乗とは何とも夢のような話だが、これを現実にしてしまうとは流石アヤカシだな」 リンは嘆息した。ひょっとすると、アヤカシこそが「神」に一番近い存在なのかもしれない。 艶翠は、馬車が進んでいったという道をたどりながら情報を集めていた。 「あなたも見かけたの? どのあたりで?」 話を聞いてみれば、アヤカシの目撃情報は案外多かった。厠に立った時に窓の外を飛んでいく馬車に乗った女と目が合ったという者もいたが、家の中から見かけた者が襲われたという例はないようだ。 「めぼしい情報は見つかったか?」 道を歩いている彼女に、追いついてきた渓が声をかける。 「深夜に外をうろうろしている『ワルイ子』だけを連れて行くみたいよ。家の中にいる人が引きずり出されたって例はないみたいね」 『ワルイ子』のあたりで、艶翠の口元を笑みが横切った。 「あー、それじゃ無駄か? 一応このあたりでまだ襲われていない若い男の家がどこにあるのか調べてきたんだがな」 「無駄でもないでしょうよ。それぞれに当分深夜のお遊びはやめときなさいって忠告してあげればいいんだから」 艶翠と渓は顔を見合わせ、その行動を実行に移したのだった。 三人が行方不明――。焔騎は、ギルドで聞いてきた行方不明者の家を一軒一軒回っていた。どの家族も悲嘆にくれていた。連れ去ったのがアヤカシであれば、生きている可能性は限りなく低い。それを家族もわかっているようだった。 (あぁ、そうだ。俺は志体持ちとして、この人達の悔しさも、背負って戦う――) どの家を出た後も、焔騎は拳を握り締めて誓う。これ以上の被害者を出さないうちに、アヤカシを殲滅しなければ。 和奏は、行方不明者たちの行方不明になった日当日の足取りを追っていた。 「一軒目がこの店、それから二軒目はこちらの店と‥‥」 夕方から飲み始めて、深夜まで数軒をはしごして回っていたものらしい。 「どうや? だいぶ絞れてきたか?」 伊里夜から話を聞き終えて、周辺の聞き込みに回っていた疾也が声をかけてくる。 「皆さん夜中までお酒を飲んでいたようですね」 「やっぱり夜中になるかあ」 焔騎が周辺の地図を持っていたはずだ。彼の地図に聞き込み結果を書き込めば何か見えてくるかもしれない。 ●アヤカシとの遭遇 一度開拓者ギルドに戻り、焔騎が用意した地図に聞き込みの結果を記していく。そうすると、アヤカシが出没するであろう場所をある程度絞り込むことができた。 一組目は、渓、疾也、リン、白仙。もう一組は、焔騎、和奏、リンスガルト、艶翠と組み分けして探索に出ることにする。 「呼子笛もあるが、一応これも持っていってくれ。場所によっては、こちらの方がわかりやすいかもしれないからな」 渓は狼煙銃を、自分がいない方の組に手渡そうとする。それを受け取ったのは艶翠だった。 「では、行こうか。目に物見せてくれようぞ」 髪を束ね、貴族の少年風に装ったリンスガルトは帽子を目深にかぶって顔を隠す。 深夜の町は静まり返っていた。あらかじめ営業を早めに終えるように、また家の外に出ないようにと話を通しておいたのがよかったのだろう。開拓者以外の者は皆建物の中で息を潜めているようだった。 リンスガルトを囮として、彼女のいる組に入った開拓者たちは身を隠しながら通りを進む。 「浮遊してるっていうし、突然やってくるかもしれないわね」 艶翠は浮かない顔だ。 囮として先に進んでいるリンスガルトの耳が、からからと車輪の回る音を捕える。 「来たか――!」 リンスガルトは呼子笛を吹き鳴らした。後をつけていた者たちが周囲を確認すれば、リンスガルトの前方から馬車が近づいてきているのがわかる。 「此処がお前達の終着駅だ、覚悟しろよ――ッ!」 焔騎は防盾術を用いて馬の前に飛び出した。 「和奏、援護を頼む!」 苦心石灰を自らにかけて抵抗力を高めてから、和奏は焔騎に続く。 「馬は横目が利くんだよな‥‥! 朱雀悠焔、紅蓮椿ィ!!」 焔騎は大きく飛び上がり、馬車と馬をつないでいる連結部分に攻撃をしかけた。馬が空中で後ろ足立ちになる。 「馬に轢かれないように気をつけませんと!」 和奏は秋水を使って斬りこんだ。身体を傷つけられて、馬がけたたましい悲鳴をあげる。 「色惚けの大年増が。貴様の様な醜女に誰が心奪われるものか!」 リンスガルトは、思いきり相手をののしりながら長柄槌を突き出す。馬車の扉が破壊された。 「‥‥小癪な真似をするものじゃ」 破壊された扉から突き出された扇がリンスガルト目がけて思いきりふりおろされた。その攻撃を受け止めた彼女は、勢いによろめく。 「やってくれるじゃないの!」 艶翠は素早く首の後ろで髪を束ねる。スイッチが入った証拠だ。 艶翠は単動作とフェイントショットを組み合わせて、馬の足を止めにかかる。銃声が鳴り響いた。 「あちらに出たか」 もう一班に加わっていたリンは、聞こえてきた笛の音に顔をしかめた。 「行くぞ!」 笛の聞こえた方へと開拓者たちは走り始める。闇の中、戦闘の物音が響いてくる。長い通りを走り抜け、一つ二つと角を曲がると戦闘の場にたどりついた。 ●美女を片づけたなら 渓は走りながら叫んだ。 「まずは移動手段をつぶす! 馬車は俺にまかせてくれ!」 走ってきた勢いそのままに、渓は大きく飛び上がった。続けざまに叩き込まれた攻撃が、馬車を粉々に砕いた。瘴気から作られた馬車は、欠片となって落ちる。 馬車の中から、鮮やかな桃色が飛び出してきた。ふわりと宙で回転したそれは、開拓者たちの前方に立ち塞がる。妖艶な美女だった。馬車から放たれて、自由になった馬たちが高らかにいななく。 「人間の癖に生意気な‥‥女は趣味ではないが、全員喰ろうてやろうぞ」 開いた扇を口元にあてて、貴婦人は艶然と微笑む。 「愚者共の御霊よ、己が身にて罪の重さを示せ!」 リンは、呪縛符を放った。絶叫する人の顔が描かれた分銅付きの黒い鎖が宙を走り、アヤカシの身体へと絡み付こうとする。 「効かぬ!」 アヤカシは扇を振り下ろす。リンの呪縛符は、そのまま地へと落とされ、消えていく。舌打ちして、リンは次の攻撃を繰り出した。 「食事の時間だ。さあ行け! 愛しい我が醜き分身よ‥‥!」 黒衣を纏った黒髪の美女がリンの手元から飛び出す。音にならぬ声をあげながら、それはアヤカシの喉元目がけて飛びかかった。憤りの声をあげて、美女のアヤカシは扇を持った手を振り回す。 「男の人たちは、あまり前に出過ぎないようにしてよね! 魅了されたらおばさん容赦しないわよ!」 声をかける間も艶翠の手はとどまることを知らない。単動作とフェイントショット、もしくは単動作とクイックカーブを重ねて使い、馬を狙い撃っている。 「馬はまかせろ!」 焔騎は、馬の首筋めがけ刀を叩きつける。和奏は焔騎と連携して動いていた。焔騎の攻撃を受けた馬に刀で斬りかかる。まずは一頭目が倒れた。 「いや〜、ほんま美人やわ。あれなら魅了されてもしかたないと思うわ」 のんきなことを言いながら駆けつけてきた疾也の尻を、リンスガルトは思いきり盾でひっぱたいた。 「ふざけている場合か! 魅了されたらこの十倍は勢いよくひっぱたいてやるからそう思え!」 にやりとして、疾也は敵の方へと向き直る。 「そいじゃ、ま、馬から行きますかっと!」 魅了されてしまっては元も子もない。残る馬へと疾也は挑みかかった。蹴りかかってくる足を横へ飛んで交わし、雷鳴剣を使って反撃する。もう一度刀が閃く。焔騎と和奏が援護に駆けつける。それほどたたないうちに、二頭目も地へと落ちた。 白仙は、アヤカシの背後に回り込んだ。 「い‥‥行きます‥‥!」 リンの術を食らって慌てているアヤカシに白霊弾をぶつける。白霊弾を連続して叩き込んでおいて、白仙は身を翻した。馬の攻撃圏内に入っては対応がやっかいだ。一応木刀は持ってきているけれども。 「‥‥お前の顔は醜いな。醜すぎて気分が悪くなってきそうだ‥‥」 リンの口元が、侮蔑の形に歪む。 「お前の攻撃は、俺には効かないぞ!」 馬車を破壊したその足で、渓は女に挑みかかる。渓の蹴りが、アヤカシの胴体に食い込む。 リンスガルトは長柄槌を縦横無尽に振り回して、アヤカシを防戦一方に追いつめていた。 「‥‥回復‥‥は、必要ないですね‥‥それなら‥‥」 白仙は、皆の後方からもう一度白霊弾を放つ。 「貴様など、瘴気に返って消え失せればよい!」 リンスガルトは、女の顔に長柄槌を叩きつけた。恨みがましい声を残して、アヤカシは消滅していく。 「男の人って‥‥綺麗な人が好き、なのかな‥‥」 白仙はつぶやいた。アヤカシを目標とするのは間違っているのかもしれないけれど。けれど、確かに彼女は美しかった。 「あんな綺麗な女性になれるように頑張ろう‥‥」 そんな白仙の小さな目標は、他の者の耳には届かない。 ギルドに報告して、任務完了だ――そんな声が静かな町に響き渡った。 |