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■オープニング本文 長年の間男は働き、財をたくわえた。彼の周囲に集まるのは、彼の持つ財産をあてにする者だけ。 彼は自分が財を失うことを、恐れるようになった。それに群がる人間も。 仕事を引退した彼は、奇妙な家を建てた。 家の中央には、彼が蓄えた財産を隠す部屋。財産のもとへたどり着くためには、いくつもの部屋を通り抜けなければならない。 彼は一日のほとんどをその部屋で過ごした。数日に一度、食料を買いに行く時を例外として。 その時は厳重なまでに全ての扉に鍵をかけた。戻ってきた時にも一つ一つの扉に鍵をかけてこもった。 彼の蓄えた財を守るために。 だから彼が病に倒れた時、誰も気がつかなかった。そのまま死に至った時も。 近頃男を見かけない。そんな噂を、盗賊たちが聞きつけるまで時間はかからなかった。 もし、男がいないのなら。蓄えた財産を根こそぎ奪ういい機会だ。 ある満月の夜、盗賊たちは男の家に忍び込んだ。家の入り口は南西。入ってすぐの部屋を進み、目の前にある扉を打ち壊す。そして家の南側にある部屋に入る。その部屋を通り抜け、また扉を壊し、今度は家の南東にある部屋へ。 全ての部屋に存在する扉を壊しながら、盗賊たちは進む。家の東にある部屋、北東、北、北西、そして西。九番目の部屋は、家の中央。そして窓のない部屋。 最後の扉を壊し、盗賊たちは財宝のある部屋へと足を踏み入れる。倒れている男には目もくれず。 歓声をあげて、宝の山に盗賊たちが手を触れた瞬間――男の腕が動いた。 歓喜の声が、絶望の叫びへと変わる。全ての盗賊たちが死亡するまで、長い時間はかからなかった。 開拓者ギルドに届けが出されたのは、それからさほどたたないうちだった。 「男の家は、正方形を九等分した形をしています――入り口は家全体の南西。それから南側、南東、東、北東、北――と左回りに進んでいってください。問題のアヤカシは中央の部屋にいると思われますが、数が増えているという情報もあります」 それと、と開拓者ギルドの受付はつけたした。 「すべての部屋は、鍵のついた扉でふさがれていました。それは盗賊が侵入した時に壊したのですが、どうやらアヤカシが瘴気で扉をもう一度構築したようですね。ですから、瘴気を探索する系のスキルでアヤカシの現在地を確認するのは難しいのではないかと思われます」 お気をつけて行ってらっしゃいませ、と彼は扉を破壊するための大鎚を持たせた上で、開拓者たちを送り出したのだった。 |
■参加者一覧
志野宮 鳴瀬(ia0009)
20歳・女・巫
恵皇(ia0150)
25歳・男・泰
三笠 三四郎(ia0163)
20歳・男・サ
犬神・彼方(ia0218)
25歳・女・陰
銀雨(ia2691)
20歳・女・泰
趙 彩虹(ia8292)
21歳・女・泰
浄巌(ib4173)
29歳・男・吟
洸 桃蓮(ib5176)
18歳・女・弓 |
■リプレイ本文 ●四角い家の中へと 大鎚をかついだ銀雨(ia2691)は盛大なため息を吐き出した。 「あの野郎、おれが手ぶらなの見て渡しやがった」 素手で戦うのが銀雨のスタイル――というわけで、開拓者ギルドの受付は武器を持っていない彼女に有無を言わさず、扉破壊用の大鎚を持たせたというわけである。 そんな銀雨は大鎚を担いだまま、志野宮 鳴瀬(ia0009)とともに家の周囲を回っていた。この家は、正方形を九等分した形をしている。外周からおおよその一部屋の大きさがわかるだろうという目論見だ。 「ったく、見れば見るほど厄介そうなぁ家だぁな‥‥ま、やるしかぁないか」 犬神・彼方(ia0218)は、この家の奇妙な構造に顔をしかめている。 「連戦が予想されますね。私は目的地に着くまで皆さんの消耗を抑える方向で動きたいと思います」 洸 桃蓮(ib5176)は、そう言いながら、 (何としてでも、皆さんを目的地まで補佐する仕事をやり遂げて見せます‥‥!) と心の中でつぶやいていた。あえて口に乗せることはしなかったけれども。 三笠 三四郎(ia0163)は、陰鬱な建物の様子に元の持ち主に同情したようだった。 「持ち主の心の休まらない様が見て取れて悲しいばかりですね。とはいえ、アヤカシはしっかりと退治しなければですが」 「防御をあげておきますね」 家の周囲を確認し終えた鳴瀬は、全員に『加護結界』を付与する。 「準備はいいか?」 扉の前に立って、銀雨は皆に問う。 恵皇(ia0150)と彼方が部屋の中に飛び込める位置についた。浄巌(ib4173)は、邪魔にならぬよう後退する。全員が配置についたのを確認して、銀雨は大鎚をふり上げた。 「押せ押せですよー!」 趙 彩虹(ia8292)は大声をあげて、銀雨を励ます。 「うおりゃあ!」 真ん中よりは端の方が破壊しやすいだろうと、銀雨は扉の端に鎚をふり下ろした。緩んだ扉を蹴り倒し、即座に脇へと銀雨は飛び退く。 「何かあったらバックアップを頼む」 そう言って、恵皇と彼方は真っ先に部屋へと突っ込んだ。 「得物が長物で悪いな」 と彼方が詫びながらも、二人は互いの背をかばう形になる。部屋の中の空気が動いた。 「出たぞ!」 恵皇は声をあげる。ここはまだ一室目。一番奥の部屋まで体力は温存しなければならないから、最初から全力で飛ばすわけにはいかないのだ。 二人に向かってきたのは、人の姿をしたアヤカシだった。この家に侵入したという盗賊がアヤカシへと変化したものだろうか。衣服はぼろぼろで、襲われた時に激しい戦闘になったことを容易に想像させた。短めの刀を装備している。 彼方が動いた。突き出した槍が、アヤカシの肩を貫く。紅砲を付与した恵皇の拳が槍から逃れようと背を反らせたアヤカシの腹にめり込む。物理攻撃の方が効きそうだとみてとった恵皇は、続く攻撃は蹴りへと変化させる。引き抜かれた彼方の槍が今度はアヤカシの喉を斬り裂き、アヤカシは床に崩れ落ちた。 戦闘を終え、皆が入った部屋の中はアヤカシが抜けて残された死体以外何もなかった。 「持ち主がいろいろと警戒していたみたいですし、罠がしかけてあるかもしれませんね」 彩虹の言葉に皆うなずく。罠を発動させても厄介だ。下手に室内をうろつかないように注意して、次の部屋へと歩みを進める。 「次は二つ目の部屋ですね」 今戦闘を終えたばかりの恵皇と彼方にかわって、三四郎と彩虹が部屋へ入る位置についた。 「鬼が出るか蛇が出るか、何が出ても虎が討つ! ‥‥なんてね」 全身を虎のきぐるみに包んだ彩虹は照れたように笑いながらも、注意を払うことは忘れていなかった。 ●アヤカシを蹴散らしながら 最初の扉と同じように、銀雨が大鎚を使って扉を破壊した。三四郎は、注意深く隣室へと足を踏み入れる。この部屋には何もいないようだった。 「全ての部屋にアヤカシが出現するというわけではないようですね」 桃蓮は、ほっとしたように息をついた。もちろん油断は禁物ではあるが、戦闘の回数は少ないにこしたことはない。 「それじゃ、次の部屋行くかぁ?」 銀雨は、皆の用意を確認する。準備ができているのを確認して、彼女は三番目の部屋に続く扉に向かって大鎚をふり下ろした。 扉が倒れるのを見計らっていたかのように、今度は向こうの部屋から黒い影がこちらへと飛び込んでくる。それも複数が。 「おっと!」 真っ先に攻撃を受けた三四郎は、左手に装備した盾で相手の攻撃を受け止める。飛び出してきたのは、犬に似た姿のアヤカシだった。三体いる。 「援護します!」 桃蓮は、瞬速の矢を使って敵の足を止めようとする。 「こっちに来んな!」 銀雨は手にした鎚を軸代わりに回転し、襲いかかってきたアヤカシに蹴りを叩きつけた。 「後生願えど神仏見えず‥‥斯かるこの世は黄泉標!」 自分の身はしっかり守れる位置へと移動した浄巌が、銀雨に蹴り倒されたアヤカシへと砕魂符を放つ。一体目が姿を消した。 裏一重を使用してあった彩虹は、アヤカシの牙を身軽な動作でかわすと、両手で握りしめた棍棒をふり回した。胴に打撃をくらったアヤカシが吹っ飛んで壁に叩きつけられる。 「フォローに入るよぉ!」 宣言した彼方が槍を突き出す。二体目が壁に縫い止められて、もがきながら瘴気へと返っていく。 「守りを重点的に‥‥というのも難しいですね!」 三四郎の持つ刀がひらめいた。相手の爪を受け止め、かわし、逆に斬り込む。桃蓮がもう一度矢を放つ。恵皇が、その拳で援護に入る。 アヤカシが動きをとめた瞬間を三四郎は見逃さなかった。頭と胴体の境目に刃を受けて、三体目がとどめをさされた。 「回復の必要な方はいらっしゃいませんね?」 鳴瀬の言葉には、必要ないという答えが返ってきた。 そこから先の道のりは今までと同じだった。銀雨が扉を破壊する。恵皇と彼方もしくは三四郎と彩虹が組みとなって先に室内へと入る。残りの開拓者たちは、先行した二人の援護ができるよう油断せずに待機している。 三番目の部屋から二番目の部屋へとアヤカシが飛び出してきてからは、四番目の部屋、五番目の部屋とアヤカシの姿は見受けられなかった。 次は六番目の――アヤカシが立てこもっているとされる中央の部屋の真北にあたる――部屋だ。 「準備はいいな?」 銀雨は、皆に問う。しつこいようだが、一人でも準備ができていないうちに扉を破壊してしまっては、アヤカシに対処できない恐れが出てくる。 全員の準備ができていることを確認して、銀雨は扉を破壊し、すばやく飛び退いた。 正面にアヤカシが待ち構えていた。部屋中に張り巡らされた、瘴気でできている蜘蛛の糸。身体は蜘蛛、顔は女。部屋に入ろうとした恵皇と彼方は躊躇した。 この相手にうかつに近寄るのは問題だ。開拓者たちの間では女郎蜘蛛として知られるアヤカシ。踏み込めば、張られた巣に捕らわれることになる。 「拙僧におまかせあれ‥‥」 浄巌によって呪縛符が放たれた。回避に失敗したアヤカシの動きが鈍くなる。 「四人がかりといこうか!」 恵皇が、真っ先に部屋へと入った。巣に捕らわれぬよう注意しながら相手の脇へと回りこみ、拳を打ち込む。 彼方が槍を構えて踏み込む。三四郎が刀を上段にふりかざす。まだ、スキルは使用しない。最後の部屋までできる限り温存したい。 激しく回転させた棍棒を、彩虹は女性の形をした顔へと叩き込む。悲鳴をあげて。女郎蜘蛛の身体がゆれた。 部屋の外からは浄巌が符を放ち、桃蓮が矢を射こむ。鳴瀬は、回復の必要なタイミングを見計らうために、室内に厳しい視線を注ぎ込む。 激しい攻撃に女郎蜘蛛はなすすべもなく、瘴気へと返っていった。 ●最後の戦い 七番目の部屋も無人だった。そして八番目の部屋の扉が開かれる――と同時に、銀雨が吹き飛んだ。手から離れた鎚が床の上に転がり落ちて音を立てる。 「やられた!」 開拓者たちはすかさず陣を整える。鳴瀬は、敵の攻撃があたらない位置まで後退した。彼女の持つ回復能力は、これから先の戦闘で必ず必要になる。 八番目の部屋から転がるようにして出てきたのは、元は人であったであろうと思われるアヤカシだった。 「盗賊の残りってことかよっ」 相手の蹴りを飛んでかわしながら、恵皇は舌打ちする。 三四郎は、もう一体の攻撃を盾で払いのけ、刀を突き出した。 「即射でいきます!」 桃蓮はスキルを使って次々に矢を射かける。 「やれ‥‥動きを封じるとしようか」 浄巌は呪縛符を放った。 「油断していたわけじゃぁないんだけどねっ」 彼方は恵皇に挑みかかっているアヤカシに刃をふり下ろす。切断された腕が床に落ちた。 「いきます!」 彩虹の八尺棍が三四郎と対峙していたアヤカシの頭部に叩きつけられる。三四郎はとどめとばかりに勢いよく斬りつけた。盗賊の死体が床の上に倒れ込むのを確認して、もう一体へとふり返る。ちょうど恵皇がもう一体に拳を叩きつけ、床の上へと倒れ込ませたところだった。 「少し休みませんか? 松明の準備もしないといけないですし、治療の必要な方もいるようですし」 三四郎の提案に皆うなずいた。一息入れ、怪我を負った銀雨には鳴瀬が閃癒を使って治療を施す。 桃蓮は、松明の準備をした。次の部屋が暗かったならば、彼女は松明をかかげる係となっている。 「こうやってナニカが一枚ずつ扉を破って着実に近付いてくんのを中で待ってんのは、怖ぇよなぁ」 とつぶやいた銀雨だったが、一同を促して扉の前に立つ。一息ついて、彼女は扉を破壊した。 「行くぞっ」 部屋へ突入する彼方と恵皇の動きには隙はない。彩虹と三四郎も続く。 「明かりをくださいっ」 彩虹の言葉に、桃蓮は扉のあった場所に駆け寄った。入口から火を灯した松明を突き出す。 部屋にいたのは、男が一人だけだった。その口から発せられる言葉は意味をなしていない。床に落ちていた刀を拾い上げて、アヤカシは開拓者たちに対峙する。 ここまでくれば遠慮はいらない。全ての力をここで出し切る。 浄巌は、前に出すぎないようにしながら砕魂符を放つ。 「さぁ、大人しく‥‥ってぇのは無理だろうが、とっとと観念してぇ滅されな!」 彼方は雄叫びをあげて、敵の注意を引きつける。 「これで終わりにしましょう!」 その隙に背後に回り込んだ三四郎は、剣気をまとわせた刀で相手に斬りつける。相手がふるった刀は、彼方の槍によって払いのけられた。 恵皇は、極神点穴彩を使って拳を叩き込む。 「これでとどめ‥‥!」 彩虹の極地虎狼閣が敵にとどめをさした。 「重傷を負った方はいらっしゃいませんね?」 鳴瀬は、皆の様子を確認してほっとしたような声をあげた。怪我をした人がいないのならば何よりだ。 「死体は供養してやらないといけないな」 恵皇は、床の上に倒れ込んだ男の死体を眺めながらつぶやいた。この男だけではない。盗賊たちの死体も家中に転がっている。 「財宝の持ち主さんと財宝を一緒に埋葬してさしあげるわけにはいかないでしょうか?」 彩虹は、男の遺体に手を合わせる。誰も信じることができなくなった男の魂は、彼の蓄えた財産と一緒ならば少しは安らぐのではないだろうかと彩虹は思う。 「ギルドに戻って相談した方がよさそうですね」 鳴瀬も、彩虹の隣で手を合わせた。ギルドからはアヤカシ退治についての依頼はあったが、残された財については何の指示も出されていない。続けて鳴瀬は言う。 「御身内等がいらしても要らぬ火種になりそうですし‥‥年の瀬ですし、役所に引き渡し善き事に使って頂くとかそのあたりで決着がつくのではないでしょうか」 何はともあれ、ギルドに相談だ。開拓者ギルドならば、いいように取りはからってくれるだろう。 「悲しいですね‥‥。真面目に働いて蓄えた財産が、人を信じる心を失うきっかけになるなんて‥‥」 桃蓮は目をふせる。財産よりも尊い物だってきっとあるはず。それを見失いたくはないと桃蓮は痛切に願う。 浄巌はそっとその場を離れた。アヤカシを退治したといえど、男が死んだことにかわりはない。残された財が心の清らかな者の手に渡ることを願わずにはいられないが、彼にはそれを確かめる術はないのだ。 開拓者ギルドの手配により、数日後には男の葬儀が行われ、残されていた財産も全て運び出された。 一月もたたないうちに四角い家は解体され、土地は更地となり、この場所にあった奇妙な屋敷に関する噂だけが残ることになったのである――。 |