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■オープニング本文 理穴の奏生。この街では、最近娘たちの間で大流行している帯の結び方があった。通常の帯の倍ほどの長さのある帯を使い、腰のあたりで複雑怪奇な手順をふんで結んだそれは、花のような形から「椿結び」と命名され、後ろ姿が華やかになると娘たちがこぞって結んでいるのである。 しかし、この「椿結び」には大きな欠点があった。帯の端を強くひっぱるとほどけてしまうのである。腰のあたりで複雑怪奇な手順をふんでいるにも関わらず解ける理由は追及してはいけない。そういう物なのである。 勢いよく帯を引っ張られた娘さんは、 「あ〜れ〜!」 という悲鳴とともにくるくる回されたあげく、帯がほどけてしまうという無残な結末を迎えるということになるのである。もっとも、帯の下は腰紐などでがっちりホールドされているため「着物脱げちゃいました!」ということにはならないのであるが。 その日、シノブは大柄の花をあしらった振り袖を身にまとい、帯を流行の椿結びにして大通りを歩いていた。久しぶりに友人と待ち合わせて甘味屋にでも行こうというのである。開拓者であるシノブにとって、友人とのこうした時間はたいそう楽しみなものであった。 うきうきしながら、待ち合わせの場所へと向かうシノブの面前に立ちふさがったのは五人の男だった。 「な‥‥何よ、あんたたち!」 駆け出しであるとはいえ、開拓者であるシノブにとって一般人の男など相手にもならない。勢いよく睨みつけると、ふんと笑った男たちはあっという間にシノブを取り囲んでしまった。 (こいつら、開拓者!?) 知らない間にどこかで恨みでも買ったのだろうか。シノブの背中を冷たいものが流れ落ちる。 と、次の瞬間。背後に回った男がシノブを突き飛ばした。 「あ〜れ〜!」 悲鳴とともにくるくると回るシノブ。勢いよく回って、地面に倒れる直前に男たちのうち一人がそっとシノブを受け止めた。 「な‥‥何なのよ〜!」 シノブはわめいた。男たちはあっという間に姿を消し、残されたのは地面に放置された長い帯と帯を解かれたシノブだけ。 一時間後、血相を変えたシノブが開拓者ギルドに駆け込んでいた。解かれた帯を肩にかついで。 「いい? 開拓者のあたしがくるくるされたのよ! 絶対に敵は取るんだから!」 「最近そういう被害が出ているとは聞いていましたが‥‥」 開拓者ギルドの方にも、くるくるされた娘さんたちから何とかしてくれという依頼が届いているのも事実である。椿結びは誰かに結んでもらわなければならないため、解かれてしまったら帯を抱えて帰るしかないのだ。年頃のお嬢さんたちにとってこれは非常に恥ずかしいことなのである。 「依頼、受けてくれる人がいればいいですけどねぇ。とりあえず、捕らえたらこちらで預かりますので、連行してきてくださいね」 そう言うと、受付はシノブの依頼を掲示板に張り出したのだった。 |
■参加者一覧
水鏡 絵梨乃(ia0191)
20歳・女・泰
華御院 鬨(ia0351)
22歳・男・志
天河 ふしぎ(ia1037)
17歳・男・シ
マーリカ・メリ(ib3099)
23歳・女・魔
ウィリアム・ハルゼー(ib4087)
14歳・男・陰
レティシア(ib4475)
13歳・女・吟
ベルナデット東條(ib5223)
16歳・女・志
罔象(ib5429)
15歳・女・砲 |
■リプレイ本文 ●振袖部隊、出陣! 「ど・れ・に・し・よ・う・か・な」 マーリカ・メリ(ib3099)は、貸衣装屋で振袖を選んでいる。ならんでいる振袖はどれも華やかで目移りしてしまう。椿結びにするためには特殊な帯を使わなければならないため、椿結び用の帯は普通の帯とは別のところにまとめられて置かれていた。 「ほぉ、今はこないな結び方が流行っとりやすんか」 華御院 鬨(ia0351)は、興味深げに貸衣装屋の店員の手元を眺めた。店員に頼んで帯を結んでもらっているシノブは、 「大流行よ! 一人じゃ結べなくて大変なんだけどね。結ぶのに時間もかかるし。それをほどこうだなんて、全くいい迷惑だわ!」 と謎の集団への復讐心を燃え上がらせている。 「どうして男性方の色気に負けるのでしょう」 選んだ振袖を抱えて着付け場所となっている座敷へとやってきたマーリカは、すでに着付けを終えていた他のメンバーを見てしょんぼりした。 シノブ一人を囮に使うのは危険というわけで、ギルドの依頼を受けた開拓者たちも振袖姿でシノブとともに歩こうということになったのである。そんなわけで、振袖着用希望者は変装のために、こうして貸衣装屋に集合しているのであるが。 「女の子だけを囮にさせておくわけには行かないから‥‥す、好きでこんな格好して来たわけじゃないんだからなっ!」 と頬を赤らめながらもなぜか自前の振袖持参の天河 ふしぎ(ia1037)。彼の予想では、犯人は回す事と綺麗に着付けられた着物を乱す事に快楽を感じている変質者である。 「ふしぎ様。それでは男性が仮装してるように見られて警戒されてしまうかもしれません」 すっぴんのふしぎに化粧を提案するウィリアム・ハルゼー(ib4087)。 「ふしぎ様は元がよいのですからきちんと化粧すれば女の子に見えるはずです」 せっかく振袖を着ているのにすっぴんなのも不自然なので、ウィリアムはふしぎの顔に薄化粧を施していく。こうして、ふしぎの変装も完璧なものになった。 「うぅ、やっぱり負けているのです‥‥」 マーリカ以外の三名は、男性だったりする。しかも皆、普通の女性より色っぽかったり可愛らしかったりするのだから、女性であるマーリカが負けたような気がしても不思議ではない。 「あ〜れ〜」 帯を結び終えたばかりのシノブが、貸衣装屋の座敷でくるくる回った。 水鏡 絵梨乃(ia0191)が、帯の端を引っ張ったのである。せっかくくるくるしやすい着付けをした可愛い女の子(一部男の娘)がいるのだから、こういう機会にくるくるしないと損だと、絵梨乃は実にいい笑顔である。 「やめてよ、結び終わったばかりなのに!」 シノブが悲鳴をあげる。 (ああっ、ずるいっ!) その様子を眺めていたレティシア(ib4475)は、心の中で思わず叫んだ。 祖父からくるくるはいい物だと聞いて以来、やってみたくてしかたがないのだが、今この場で彼女まで回す側に参加するわけにはいかない。 往来で素性の知れない男たちに囲まれたあげくくるくるされた娘さんたちの恐怖を想像すると、怒りがこみあげてくる。 レティシアはその怒りを、くるくるしたい衝動を抑える方向に強引にねじ曲げる。そして彼女は、シノブの帯も結びなおしだし、マーリカの着付けはこれからだというわけで、予定行動地の下見に向かったのであった。 「男が5人もそろって女性の帯回し‥‥。色々とツッコミどころはありますが、理由は捕まえてから聞きますか」 店の外で着付けが終わるのを待っている罔象(ib5429)は、腕を組んだ。 「女性を狙って帯を巻き取るふざけた行為。同じ女として許せぬ行為。成敗‥‥だな」 ベルナデット東條(ib5223)の表情も険しい。 何しろ、犯人の目的も能力もまるきり不明なのだ。やっていることはふざけているが、用心するにこしたことはないだろう。 ●さて、闊歩してみますか ようやく振袖部隊全員の着付けが終了した。五人もそろうと華やかである。そろって帯を椿結びにしていることもあり、後ろから見ても思いきり目立つ。 「メリさんもお似合いですよっ」 レティシアは、マーリカの振袖をほめた。いや、ほめるだけでは物足りない。 その端、帯のそこをひっぱりたいっ! くるくるしたい! その衝動を押さえ込み、レティシアは皆の振袖姿をほめちぎる。 「べ、別に恥ずかしがってなんか‥‥」 レティシアにほめられたふしぎは頬を染めて顔をそむけた。 「たまには和風も良い物ですね」 きっちり髪を結い上げて、パーフェクトな女装っぷりのウィリアムも、自分の振袖姿に十分満足しているようだ。 「さあ! 敵を取るんだから!」 せっかくの振袖だというのに、シノブは右手を天高く突き上げて怪気炎をあげている。 「そないに男勝りに歩いては囮になりやせんよぉ」 舞傘『梅』を日傘代わりにさした鬨は、着物の裾を乱しかねない勢いで歩き出そうとしたシノブに女性らしい歩き方を指南しようとした。 「こ‥‥こ、こここ、こう?」 日頃振袖など着ないシノブには、なかなか難しいらしい。ようやく彼女の歩き方が様になったところで一同は歩き始めた。 「この羊羹、とっても甘いです。お一ついかがですか?」 レティシアは、下見の段階で目をつけておいた甘味屋で羊羹を買ってきて、罔象に差し出した。食べ歩き中の観光客を装っているのである。ちなみに彼女が買ってきた羊羹は、近頃評判の一品らしい。 「今のところ怪しい人物は見当たらないようですね‥‥」 油断なく目を配りながら、罔象はそれを受け取る。 さあくるくるしてくださいと言わんばかりに、五人そろって振袖着用の集団がいるのだ。もし、犯人達がくるくるしたいのならば絶好の獲物のはず。 罔象の視線の先では、五人がきゃっきゃと楽しそうにあちこちの店先をひやかしていた。 「やはり相手の出方を見るしかないか」 ベルナデットは二人とは別の場所から、振袖娘(一部男の娘)たちの様子をうかがっていた。彼女の手にあるのは割り箸に絡めてある白くてふわふわしたもふら飴。 (やはりもふら飴は美味いな) 頭の隅の方ではそんなことを考えながらも、彼女の目は通りから離れることはない。怪しい人間がいればいつでも飛び出せるよう、緊張感を失うことはなくもふら飴をかじり続けている。 絵梨乃は、茶店の店先に出された椅子に座っていた。彼女のそばには団子とお茶が置かれている。人ごみの向こうでは、実に目立つ集団が大通りをうろついていた。 (ボクが犯人だとして‥‥くるくるするなら、どの娘かなぁ‥‥) くるくるしやすそうな相手というと、やはり一番無防備なシノブか。いや凛としたふしぎをくるくるして乱すのも楽しそうだし、完璧な美少女に見えるウィリアムもくるくる対象者としては萌えるはず。 可愛らしい演技中という鬨が「あ〜れ〜」などと叫ぶのを聞いてみたい気もするし、ほっこり美少女マーリカも捨てがたい。‥‥つまりは選べないということか。 「ん?」 絵梨乃の視線が、怪しい男たちを捕らえた。素人が見るのならば、連携の取れた動きとは見えなかっただろう。 「ご馳走様! お代、ここに置いておくね!」 絵梨乃は勢いよく立ち上がると、『泰練気法・壱』を使い、駆け出した。 ふしぎは、こちらの様子をうかがっている怪しい男に気づいた。そしらぬふりをして、彼は男の前を通り過ぎる。 男が動いた。 「くるくるくる、あーれー」 帯の端をひっぱられて作法どおりにふしぎが回り始める。数度回ったところで、『夜』を発動して時を止めた。そしてふしぎは『奔刃術』を使った。加速して男の周りをふしぎはぐるぐる回る。帯でぐるぐる巻きにされていく男。 「そして、時は動き出す‥‥お座敷作法、今度はお前が味わう番だっ!」 再び時が動き始めた時地面に蹴り倒されたのは、帯で動けないようがっちり拘束された男だった。 「お仕置きが必要だな」 呪殺符『深愛』をかざして、ふしぎは男をにらみつけた。 「あ‥‥あたしだって負けてないんだから!」 シノブは、振袖を勢いよくまくりあげると装着してきたナイフを取り出した。 「色気で負けてます、下がりましょう」 マーリカが、そっとシノブを制する。色気を出されてはシノブも頷かざるをえない。 色気という点では、どう見ても三人にはかなわない。不承不承、彼女は後方へと下がったのだった。 ●結末はあっけなく 「開拓者だ!」 「逃げろ!」 ふしぎに倒された男を見捨てて、仲間たちは逃げ出そうとする。 「逃がしませんよ!」 レティシアは、逃げ出そうとした男のうち一人に『スプラッタノイズ』を放つ。 「言い訳は後で聞くので、とりあえず倒れて捕まって下さい」 罔象は、『空撃砲』でレティシアの『スプラッタノイズ』で混乱に陥った男を転倒させる。殺すわけにはいかないので転倒させるだけだ。 「覚悟はできてるか‥‥?」 別の男の前にベルナデットが立ちふさがる。ちっと舌打ちして、相手は刀を鞘から抜いた。 「ただで済むとは思ってないだろうな‥‥?」 あまり感情を表に出さない彼女ではあるが、戦闘の場とあってさすがに表情が冷酷なものへと変化している。 打ちかかってきた男の刀を、ベルナデットは鉄傘で受け止めた。 「傷ついた乙女心を癒すのは大変なんですよっ」 ウィリアムがベルナデットを援護する。背後から『斬撃符』をくらった男に、ベルナデットは容赦なく『巻き打ち』を叩き込んだ。 「痴漢さん、逃がしやせいへんどすぅ」 鬨は刀を抜いた。突っ込んできた男を華麗なステップでかわし、『白梅香』で攻撃する。よろめいたところへ、罔象が追撃をくらわせた。 「一人だって逃がさないんだからね!」 だだっと勢いよく走ってきた絵梨乃の華麗な飛び蹴りが残る一人にきまった。 こうして五人無事に取り押さえ開拓者ギルドへ連行前に、なぜこんなことをするのかと問いただすことになったわけではあるが。 「男であるうちらにこないなことして楽しいどすかぁ?」 と、鬨に本当は男性だとばらされた男たちは、 「椿結びのお嬢さんに振られた腹いせとかだったら‥‥みっともないですねぇ」 とマーリカにとどめをさされたということもあり実に協力的だった。 罔象が実弾の入っていないマスケット『クルマルス』を突きつけながら、それはもう『にこやかに』尋問したというのも協力的な理由であったとは思われる。 「『椿結び百人斬り』だと‥‥?」 話を聞いてベルナデットの眉がつりあがった。 捕らえられた男たちいわく、彼らが聞いた噂によれば『椿結び』は見た目が派手でありながら、ちょっと引っ張ればすぐにほどけるという実に浪漫あふれる結び方らしいとのこと。 その話が出たのが酒の席で、彼らは酔っ払っていた。 彼らは日頃チームを組んで行動している開拓者。つまりチームワークは抜群な上、大きな依頼を片づけたところで懐も温かかった。そしてそろって、考えが足りなかった。 誰からともなく言い出したのが、くるくるを実践してみたい。しかしながら、お座敷に女性を引きずり込むのはいろいろと問題がある。 そこでとどめておけばよかったものを、酔っ払った勢いで往来でやっちまえ! ということになったのである。 なぜ、それも問題だと誰も気づかない。話を聞いた開拓者たちは、つっこまずにはいられなかった。 さらに残念なことに、しばらく依頼を引き受ける必要もないし、どうせなら記録に挑戦しよう。百人もくるくるすれば、十分だろう‥‥というわけで、回す係一人、怪我をさせないようよろめいた女性を抱きとめる係四人で行動していたらしい。余計なことではあるが、回す係と抱きとめる係は交代制だったとか。 なぜ、そこまで考えて誰一人としてやめようとは言い出さなかったのか。くるくるの魅力、恐るべし。 「くだらない‥‥本当にくだらないですね」 思わず罔象はつぶやいた。 「君達は運がいい‥‥。もし、許しがあるのなら、迷わず斬ってたよ」 ベルナデットから吹き出す殺気に、男達は縮み上がる。 「開拓者ギルドでうんとお灸をすえてもらえばいいんだわ!」 シノブは、まだ腹を立てているらしく、荒縄でしばられている男達にげしげしと蹴りを入れている。 こうして男たちを開拓者ギルドに引き渡し、奏生を騒がせた『帯をくるくるっ』事件はようやく解決したのであった。 なお、完全な余談ではあるが。 奏生で爆発的に流行した『椿結び』であるが、腰に負担がかかるという理由で、数ヵ月後には人気は下火となり半年後には完全に廃れてしまったのである。 |