闇夜に響く槌の音
マスター名:雨宮れん
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2010/11/13 19:03



■オープニング本文

 カァーン――。
 暗い森の中、真夜中だというのに木に何かを打ちつける音が響く。
 カァーン――。
「絶対に許さないんだから‥‥あいつめ‥‥」
 まだ若い女の声だった。白い着物を身にまとい、頭には手元を照らすための蝋燭が二本。左手に釘を。右手には金鎚を持ち、一心不乱に木に藁人形をうちつける女の姿はまさしく鬼女という表現がぴったりだった。
 カァーン――。
 また、女は釘をうちつける。真夜中の森など怖くはない。自分を捨てたあの男に復讐するためなら、何だってやってやる。それがたとえ呪いの儀式だとしても。
「死ね‥‥死んでしまえ‥‥」
 金鎚で、釘をうつ音が森を侵食していく。その音に引き寄せられてきたのは、人ならざるものだった。
『力が欲しいか?』
 人ならざるものは、蝙蝠に似た姿を闇にかくしたまま問いかける。肯定の意を返す女にためらいはなかった。
『いい度胸だ‥‥』
 笑ったのか、闇がゆれる。ざっと風がふいた。
 一瞬、黒い影が女を包み込む。それが消えた次の瞬間には、女は何事もなかったかのように立ち上がり森の出口へと歩き始めていた。

 こんこんこん。しつこく扉を叩く音に、男はしぶしぶ起き出した。ここは薬屋。誰か夜中に急な腹痛でも起こしたのだろうか。
「はい、ちょっとお待ちを‥‥」
 扉をあけて、男は凍りつく。そこに立っていたのは、先日別れを告げたはずの彼女。
「今頃‥‥なんだって‥‥」
 男の目が、女の持つ得物に落ちた。抜き身の長い刀。
「ま‥‥待ってくれ! 俺が悪かった!」
 男の哀願の声も女には届かない。無表情のまま、彼女は刀を振り下ろす。響き渡る悲鳴。その悲鳴がやんだ時、男は絶命していた。
 女はがつがつと死体に食らいつく。いとしいあなた。私を捨てたあなた。だから全て私のものにしてあげる――。

 開拓者ギルトに、人にとりついたアヤカシ退治の依頼が持ち込まれたのは翌日のことだった。元恋人だった男を食らい尽くした女は、次の獲物をもとめて町中をさ迷っているのだという。
 現在アヤカシのターゲットになっているのは恋人と同年代だった二十代後半の成人男性のみ。彼らは家の中に身をひそめているが、腹を空かせたアヤカシがいつ対象者外を襲い始めるかは誰にもわからない。
 一時もはやい救援がもとめられている。



■参加者一覧
篠田 紅雪(ia0704
21歳・女・サ
霧崎 灯華(ia1054
18歳・女・陰
空(ia1704
33歳・男・砂
御凪 祥(ia5285
23歳・男・志
将門(ib1770
25歳・男・サ
東鬼 護刃(ib3264
29歳・女・シ
鬼灯 刹那(ib4289
19歳・女・サ
ライア(ib4543
19歳・女・騎


■リプレイ本文

●囮作戦決行
 空(ia1704)は、両手を懐に臆することなく大通りを歩いていた。
「アヤカシ憑きたぁ、メンドくせぇな」
 だらだらと歩いているように見せかけてはいるが、実際には超越聴覚を使って周囲の物音を聞き逃さないようにしている。現に、彼の後ろからついてくる二人の足音も、しっかりと彼の耳には捕らえられているのだ。
 とはいえ、人の往来もまったくないとは言いがたいわけで、どれがアヤカシの足音か判別するのは難しそうだ。こんな状況でも、人は自分だけは例外だと思いたいものらしい。
「どッちにしろ殺らなきャ殺られるッてトコか」
 空の口元を、苦い笑みが横切った。
「嫉妬に狂った女って怖いわねぇ」
 空からつかず離れずの距離を保ちながら後を追う、鬼灯 刹那(ib4289)はつぶやいた。
「そんなことだからフラれるのよ‥‥私も気をつけないと」
 などと、刹那は自嘲気味の笑いを浮かべる。男を見る目がなかったとしたら、気の毒な話ではあるが。
「どっちにしたって女は怖いわよ」
 霧崎 灯華(ia1054)の口が、凄惨な笑みを形作る。
「一応家へも入りこめるみたいだし、元恋人が立ちよってた店とかは注意した方がいいかもね?」
 と、仲間たちに注意をうながしたのは、彼女がアヤカシの気持ちに入り込みながら空を追っているからだ。
 空腹で、元恋人への復讐の炎を胸に燃え上がらせているならば。
 目の前に似たような背格好の人間があらわれれば、当然食らい尽くすだろう。相手の恐怖をも味わいながら。

 将門(ib1770)の目を沈痛な色が横切る。
「色恋の果てとしては血生臭過ぎるな」
 そうつぶやいた彼も、現在囮としての行動真っ最中。空とは別の通りを歩いている。彼が選んだのは、最初の犠牲者となった男の家に近い通り。それほど大きくはないが、日ごろは人が行きかっているらしい。今は、アヤカシを恐れてか人の姿はほとんどないが。
「アヤカシに憑かれ、食われたとて行動原理に影響与えるほどの想いとは、難儀な者に憑いたようじゃのぅ」
 東鬼 護刃(ib3264)には、そこまで人を想うということがよくわからない。いつかはその境地にたどり着く日が来るのではないかと思ってはいるが。
 超越聴覚で、周囲の物音を拾いながら彼女は将門を追う。今のところ、怪しげな気配はない。
 彼女とともに将門を追っている篠田 紅雪(ia0704)は、言葉少なになっている。任務中はいつもこうだ。
(哀れではあるが‥‥愚かでもある‥‥)
 と、紅雪は思う。袂に数珠をしのばせているのは、こういう依頼だからという理由ではない。いつの頃からか、任務に出る際にはこうするようになっていた。

 御凪 祥(ia5285)もまた、別の通りを歩いていた。彼が歩いているのは、このまままっすぐ行けば、空が歩いている通りとぶつかるはずの道だ。集落の中央に十字に走っている通りのうち一本である。
 その中央を祥はゆったりとした足取りで進む。あえて目立つように。心眼を使っての警戒は怠っていないのではあるが、ここは町中。察知できる気配は多い。残念ながら、アヤカシと他の生命体の区別まではできないのだ。
(好いた惚れたって感情はいまいち解らんな‥‥)
 ゆったりとした足取りを崩さないまま、祥は思う。アヤカシに憑りつかれて、死んでもなお、も好いた男の元に現れる想いが強いということだけは理解できるような気がするが。
 祥と組んでいるのはライア(ib4543)だ。祥を目立たせるために、彼女は離れて行動している。
「人のままであればあるいはまだ立ち直る機会もあったかもしれぬというに‥‥」
 彼女はつぶやく。失恋には時間という最高の特効薬があると聞く。アヤカシに憑かれることさえなければ、いずれ新しい恋を見つける機会があったかもしれないというのに残念なことだ。
 一思いに斬ってやるのがせめてもの情け。ライアにできるのはそれが限界だ。

●アヤカシをおびきよせた先
 将門の後ろを歩いていた護刃が足をはやめた。将門を追い抜きざまに、
「次の角を右に」
 とささやく。そのまま護刃は該当の角を通り越しざまにちらりと視線を投げかけた。将門の方をふり返り、曲がれというように合図をしてそのまま前進する。そこで止まって将門の様子を見守る体制になった。
 その言葉の通りに、将門は次の角を右に曲がった。真っ先に目についたのは、ふらふらと向こう側から歩いてくる女。右手に抜き身の刀をさげている。まとっている着物は着崩れ、あちこちに返り血が飛び散っている凄惨な姿だった。
「おい」
 将門のかけた言葉に、女はゆっくりと顔をあげる。
「‥‥探したのよ、あなた‥‥」
 唇が半月の形になった。口の中からのぞく歯は赤く染まっている。
 紅雪は、呼子笛を口にあてた。思いきり吹き鳴らす。
「ついて来い!」
 将門はアヤカシに背を向けて走り始めた。

 紅雪の吹き鳴らした呼子笛の音は、他の開拓者たちにも届いた。
「あっちに行ったか‥‥」
 空は、後続の灯華と刹那に手をふって合図する。あらかじめ決めてあった集合場所へと三人は走り始めた。

 祥はライアを呼び寄せた。
「どうやら敵は別の組を狙ったようだな」
「そのようだな」
 二人は顔を見合わせ、アヤカシを討つべき場所へと急行する。

 アヤカシが走り去ろうとする将門に飛びかかった。背を向けていながらも、その気配を察知していた将門は、身体を反転させてアヤカシの攻撃を回避する。
「まだ、真っ向勝負するわけにはいかないんだよ!」
 アヤカシの刀を、自分の刀で払いのけておいて彼は再び走り始める。こんなところで戦闘になったら、周りの人家に被害を及ぼしかねない。
 戦闘の場所と定めておいた広場まで、何とか誘導しなければ。
 再びアヤカシが、将門に斬りかかろうとする。今度は飛び込んだ紅雪の刀が、アヤカシの胴をかすめた。
 滴り落ちる血に、じろりと紅雪をにらみつけながら、それでもアヤカシは将門を追うのをやめようとはしない。
 何度か途中で攻防はあったものの、それでも戦闘の場と定めた広場へとアヤカシを導くことに成功した。

 護刃は息をついた。これでようやく全力を出すことができる。彼女の炎は全てを焼き尽くす。
「冥府魔道は東鬼が道じゃ。その身も‥‥想いも全て焼き尽くしてやろう」
 前衛を将門と紅雪にまかせ、護刃は後方から炎を放つ。身を翻してかわしたアヤカシの着物の袖に火がついた。
「安心せい、いずれわしも逝く」
 続く護刃の言葉は、誰の耳にも届かない。
 女とは思えない力で、アヤカシは火のついた袖を破いて投げ捨てた。

「待たせたなァ!」
 忍刀「暁」を構えた空が飛び込んでくる。アヤカシの打ち込んできた刀を受け止め、はじき返す。あらかじめ「影」を使って、攻撃力と命中力を高めておくのは忘れていない。

「今日も狩らせてもらうわよ!」
 灯華が、アヤカシに呪縛符をたたき込んだ。
 鎌を装備しているのだが、この場合前に出た方がいいのか、後方から術をたたき込むのがいいかしばし悩む。血まみれで斬り合うというのも性に合ってはいるのだが。

 鎌を振り回す刹那の動きに迷いはまったくない。
「はいはい、食事はここまでよ」
 知らない女の死体に情けをかける理由など完全に持ち合わせていない。アヤカシと化している以上、それは敵以外の何者でもない。
 アヤカシの首を一撃で落とそうと、一瞬の隙も見逃さないよう、その視線は鋭い。

 やや遅れて駆けつけてきたのは、祥とライアだった。
 ライアは、一足でアヤカシに斬りつけられる距離へと一気につめよる。
「‥‥行くぞ!」
 祥は、槍を突き出した。アヤカシは、彼の突き出した槍をひらりと交わし、後方へと退いて開拓者たちと対峙する形になる。
「退路をたたねば!」
 ライアが叫ぶ。開拓者たちは視線を交わし合った。こんな時、どう動けばいいか身体が知っている。
「よお、そろそろ終わりにしようぜ」
 刀を上段へと振り上げた将門が、真っ先にアヤカシへと飛びかかっていった。
 
●後に残る想い
 将門は新陰流を使って、アヤカシに攻撃をしかけた。受け止めそびれたアヤカシが、苦痛の叫びをあげる。
 ライアが素早く踏み込んだ。今ならいけるはず。大上段からソードクラッシュを思いきりアヤカシの肩にたたきつける。彼女の持つ剣から放たれる攻撃は威力十分だ。アヤカシがよろめいて、逃げだそうとした。
「ふふふ、もっと楽しみましょ♪」
 鎌を手に灯華はアヤカシの背後へと回り込む。
「逃げられるとでも思って?」
 彼女の顔にうかぶ笑みはまさしく死神そのもの。容赦なく鎌がアヤカシの腕を切り飛ばす。
「ふむ‥‥憑かれてこの有様、か」
 左腕を切り落とされてもなお立ち上がるアヤカシの姿に、紅雪は嘆息した。
「なぜ‥‥どうし‥‥て‥‥?」
 アヤカシの目から涙がこぼれ落ちる。逃げ場を探し求めるように、視線が左右に揺れた。
「気の毒じゃがな、逃がすわけにはいかぬのだ」
 アヤカシが逃げだそうとした方向に回り込んだ護刃が苦無を足下に投げつけ、退路を断つ。同時に空の手裏剣も、アヤカシの脚を捕らえていた。
「良かッたなァ、貴様はココでめでたく犬死だ」
 彼の顔を、ほんの一瞬、凶悪な笑みがかすめた。片腕をもがれ、脚を傷つけられ、退路を断たれて後がない。
 アヤカシは空を見上げて、嘆きの声をあげた。
 なんとかなると思ったのだろうか。アヤカシが向かった先にいたのは刹那だった。走り寄った祥が、槍を突き立てる。のけぞったアヤカシは強引に槍を引き抜き、なおも前進する。将門が斬りつけた攻撃も、感じないかのようにただ、進む。刹那めがけて。
 紅雪が刀で、ライアが剣で、アヤカシの胴を貫くのと同時だった。刹那の鎌がアヤカシの首を刈り落としたのは。
「――」
 地に転げ落ちながら、アヤカシがつぶやいたのは誰の名だったのだろうか。
 こうしてひとまずアヤカシ退治という依頼は終了したのである。

「俺たちにできるのはこれまでか‥‥」
 将門は唇をかみしめた。一度アヤカシにとりつかれてしまえば、できることはない。開拓者たちにできるのはせいぜいこれ以上の犠牲者を出さないようにすることくらいだ。
「思うがゆえの末路というものか、これもまた」
 紅雪は袂から数珠を取り出し、つまぐりながら頭をたれる。
「‥‥それだけの思いを抱けたということは、必ずしも不幸とは言えまい」
 結末は、とても不幸なものであったけれど。
「‥‥狂うほどに好く、か。やれやれ何度考えてもその境地には至れんのぅ」
 いつの間にか、護刃が紅雪の隣で同じように頭をたれていた。
(さてはて、わしの往く道に咲く華は何色じゃろうか)
 それは、護刃自身にもわからない。今は、まだ。その時までのんびりと待つことにしよう――。

「誰か、夜の森も楽しそうだし行ってみない? きっと藁人形だらけなんだろうけれど」
 灯華の発案に、刹那は首をふった。
「私はやめておくわ。どうせ藁人形があっちこっちに打ちつけられているのでしょ」
 女の怨みなんて利用するのは簡単なものだ。ただひたすらに相手を憎む感情など、いかにもアヤカシの好みそうなご馳走ではないか。そんな感情が渦巻く場所になど興味はない。
「行ッてみるかね。藁人形畑でもあるかもかァ」
 空が同意した。
「私も同行させてもらおう。アヤカシが人に取り憑くような場所であるから、相応の理由があるのかもしれないしな」
 ライアも同行を申し出る。

 皆とわかれ、三人は女が藁人形を打ち付けていたという森の奥へと入っていく。明かりもない中、何を思って彼女は進んでいったのだろう。
「これは‥‥」
 現場に到着し、思わずライアは目を閉じた。ありとあらゆる木に打ち付けられた人の姿を模した藁人形の数々。古いものから新しいものまで数百以上ありそうだ。
 これではアヤカシの絶好の狩場ではないか。開拓者ギルドに報告を出しておくことにしよう。
「そうかい、コレがアレの狂気か」
 空は、周囲を見回した。
「まだまダ、足リン、なァ」
 これだけあっても、まだ足りない。彼の求めるものはどこにあるというのだろう。
 灯華は両腕を広げた。この場に満ちる悲哀の念、狂気、憎悪。それが彼女の中に流れ込んでくるような気がする。
「あんた達の想い‥‥確かに受け取ったわ」
 灯華は微笑んだ。死神と呼ばれるにふさわしい笑みを。

 こうして、無事にアヤカシは退治された。
 しかし、
 カァーン――。
 真夜中に響く鎚の音。
「許さないんだから‥‥」
 カァーン――。
 カァーン――。
 この森に藁人形を持って入る者は、絶えることがないのだという――。