|
■オープニング本文 柚子丸と名乗る彼は、たいそう名の通った絵師であった。役者に遊女、芸者、小町娘や愛らしい動物たち。彼の絵はあちらこちらの店で飛ぶように売れていた。 中でも「怪談」と題された一連のシリーズは特に大人気だった。 天儀のあちこちで驚異となっているアヤカシたち。 墓場に若い娘を引きずり込んで食らう鬼、子どもに牙をむけている巨大な獣、船の縁から中をのぞきこむ人型のアヤカシ。 どこの世界にも物好きはいるらしく、その様子を描いた作品は、おどろおどろしさが本物のようだと一部の好事家の間では高値で取り引きされていたりするらしい。 しかし、柚子丸自身は幸か不幸かアヤカシを見たことがない。彼の絵に描かれているのはすべて想像の産物だ。 「あー! だめだだめだだめだ!」 柚子丸は、下絵を描こうとしていた筆を放り投げた。迫力が足りない。本物のアヤカシはこんなものではないはずだ。やはり一度、本物のアヤカシにおめにかからなくては。 柚子丸は開拓者ギルドを訪れた。掲示されている依頼の中から自分の感覚に訴えかけてくるものを探す。その依頼を受けた開拓者たちに同行をお願いするつもりだ。 「‥‥この依頼なら‥‥」 依頼そのものはそれほど難しくはない。とある村にある狼型のアヤカシ退治。群で行動してるがせいぜい三頭というところだ。今頼まれているのが、獣型のアヤカシであるからちょうどいい。 彼は待った。彼が目をつけた依頼を受ける開拓者があらわれるのを。 やがて、開拓者たちが現れ、依頼を受けてギルドを後にする。彼は開拓者たちの後を追いかけた。 「おーい! 待ってくれ! 俺も連れて行ってくれ!」 事情を聞いた開拓者たちは顔を見合わせる。戦いの場に一般人を連れていくというのははっきり言って危険だし、足手まといでしかない。 「頼む! 本物のアヤカシを一度でいい。見てみたいんだ! いや、見なければならないんだ! そうしないと俺の絵は本物にはなれない。死んでもむしろ本望だ!」 開拓者たちを拝まんばかりにして、柚子丸は頼み込む。さあ、どうしよう。開拓者たちは顔を見合わせたのだった。 |
■参加者一覧
仇湖・魚慈(ia4810)
28歳・男・騎
煌夜(ia9065)
24歳・女・志
レヴェリー・ルナクロス(ia9985)
20歳・女・騎
エルディン・バウアー(ib0066)
28歳・男・魔
朽葉・生(ib2229)
19歳・女・魔
リン・ローウェル(ib2964)
12歳・男・陰
牧羊犬(ib3162)
21歳・女・シ
シルビア・ランツォーネ(ib4445)
17歳・女・騎 |
■リプレイ本文 ●ばかじゃないか? 開拓者たちに頭をさげた柚子丸に対して、最初に口を開いたのはレヴェリー・ルナクロス(ia9985)だった。 「あなたばかですか? そんなところに命をかけてどうするというのです? 死んでしまったら、大切な絵も描けなくなってしまうではないですか!」 仮面の下の目を細め、レヴェリーは一回り以上年上の彼を睨みつける。 「こっちは遊びでやっているんじゃないんだけど?」 シルビア・ランツォーネ(ib4445)も、柚子丸に厳しい言葉をたたきつける。 「まあまあ、いいじゃないですか」 わって入ったのは、エルディン・バウアー(ib0066)だった。風になびく金髪、輝く歯、さわやかな笑顔。まぶしい。実にまぶしい。柚子丸がそこにくらいついた。 「あ、あんたいい男だなっ! あんたの姿を描かせてくれ!」 「私達も絵姿にしていただけるなら、ポーズも大サービスしましょう!」 エルディンの頭の中には、カッコイイ彼の絵姿が広まれば、彼目当てに信者殺到、という図式が完璧に出来上がっている。 「面白そうじゃないですか」 仇湖・魚慈(ia4810)がエルディンに援護を出す。柚子丸のことはバカだなー、とは思うが、むしろそこに浪漫を感じるのが魚慈という男。できることなら連れて行ってやりたい。 「見てくれ! 俺の描くアヤカシはこんなものでしかないんだ。あんたたちならわかるだろう? これが本物のアヤカシではないと」 画帳を開拓者たちの前に広げ、柚子丸は訴える。そこに描かれているアヤカシたちは、確かに見事な技巧で描かれてはいた。それが本物であるかそうでないのかまではわからないが、彼の絵にかける情熱は確かに伝わってきた。 「‥‥まあ、開拓者だって、アヤカシ戦じゃ命賭けて戦ってるんだから、自分の仕事に命賭けることにとやかく言える立場じゃないわよね」 煌夜(ia9065)が、ため息混じりに吐き出した。 「私たちが断ったら、この人ギルドに戻って別の依頼に同行しようとするんじゃないかしら?」 開拓者たちは顔を見合わせる。 たしかに煌夜の言うとおりで、ここで断ったとしてもこの男はギルドに逆戻りするだけだ。掲示板に掲示されていた依頼を思い起こせば、一番危険が少なそうな依頼がこれであるのも事実なわけで。 「‥‥アヤカシを『安全』に見せられる体制を整えられるのならば‥‥何とかなりませんか?」 朽葉・生(ib2229)が考えながら言った。 「僕達の邪魔にならないのであれば別に問題は無いが‥‥」 リン・ローウェル(ib2964)は、柚子丸の広げて見せた画帳の絵にすっかり魅せられていたのだが、それを素直に口に出すことはしない。 「‥‥美しい! 実に美しい!」 柚子丸は、今度は牧羊犬(ib3162)にかじりつきそうな勢いで近づいていた。隙なく鍛えられた肉体、ぴんとたった耳に、太い尾。全てが彼の美意識に訴えかけてくる。下着一丁なのが、いっそ潔いというものだ。 「ふむ‥‥左様ですか」 牧羊犬はまったく興味なさげに柚子丸をあしらう。そして、 「ギルドにて遠眼鏡を貸りて参りましょう」 と、くるりと向きを変え、ギルドの中へと戻っていく。 「‥‥皆さんが同行しても何とかなるというのであれば仕方ありませんね」 レヴェリーは、柚子丸の方をふりむいた。 「だけど、絶対に勝手に動いたりはしないで下さいね」 「さっさと満足してもらって、もうこんな無茶がないようにするのが得策じゃない?」 煌夜は肩をすくめ、 「それじゃ作戦会議といきましょうか」 一般人を保護しながら戦うための作戦会議を提案するのだった。 ●美しく戦え! アヤカシが目撃されたという村の外れ。現在は、アヤカシの姿を確認することはできない。 「先行して、確認してまいります」 牧羊犬はギルドから借りてきた遠眼鏡を柚子丸に渡すと、超越聴覚で聴覚を研ぎ澄ませて前進した。 「心眼で警戒はしておくわね。三体とは限らないって話だし」 煌夜は、意識を集中させアヤカシの存在を探る。 「いいな‥‥、こんな場所で戦闘になるとは‥‥いい構図ができそうだ」 さっそく柚子丸は後方をふりかえり、ざっと画帳に村の家々を描き始めている。そこにどうアヤカシをあてはめるつもりなのだろうか。 「右前方、足音からすれば三体いるようです」 戻ってきた牧羊犬は、言葉少なにアヤカシについて報告する。 「今のところ、他のアヤカシは察知できていないわね。引き続き警戒はするけど‥‥」 と、煌夜も牧羊犬の偵察情報に補足した。 「いいわね? くれぐれも危険な真似はやめなさいよね」 シルビアは、柚子丸に向かって指をふって警告する。 「別にあんたの事を気遣ってやってるワケじゃないけどね! あたしの騎士としてのプライドにかけて、あんたにケガさせるわけにはいかないのよ!」 「‥‥今の表情、最高だ!」 「な‥‥なんですってぇ!!」 褒められれば悪い気はしないが、なぜ今のタイミングなのだろう。頬をそめてそっぽをむいたシルビアの表情がさらりと画帳に描きこまれる。 一行は、アヤカシ相手に戦う前衛、柚子丸を守るように囲んだ後衛と陣を組んでアヤカシめがけ前進を開始した。 「柚子丸さん、くれぐれも飛び出したりはしないでくださいね」 生がともすれば足を速めようとする柚子丸を制する。ほどなくして、三体の狼に似たアヤカシの姿が一行の目に確認できる。 「あ‥‥あれが本物のアヤカシか!」 いきなり柚子丸が飛び出そうとした。人間の臭いを察したアヤカシたちがいっせいにうなり声をあげて、戦闘態勢に入る。 「良いか、絶対に傍を離れるな‥‥と言った矢先に動くな! 後で好きなだけ僕の式共を見せてやるから今は此処で描け!」 リンは柚子丸の襟首を掴んで引きとめた。 「いや‥‥もっと近くで見たい!」 ありとあらゆる意味で本物だ、コイツ。柚子丸を囲んでいた開拓者たちは、全員そう思った‥‥が、口には出さない。 「大丈夫! 前に出た人たちがカッコイイ戦いぶりを見せてくれますよ!」 エルディンが柚子丸をなだめた。 「カッコイイ‥‥」 その言葉に柚子丸の目がきらりと輝く。 「こっちにも一体くらい来てくれれば、カッコイイところお見せできますよ!」 と魚慈はアピールしてみる。派手な技は持ち合わせていないが、その分頑健な美を見せつけることはできる。 「まいりますぞ!」 牧羊犬が飛び出した。シルビアが両手持ちの剣を構えて続く。 先頭にいた一体に、牧羊犬は拳を叩き込んだ。鼻先に打撃を受け、きゃん! と情けない鳴き声をあげてアヤカシが一歩後退する。 「見栄えがするようにいくわよ!」 身体全体を山吹色のオーラをまとったシルビアが、すかさずアヤカシに接近した。全力で叩き込まれた強烈な一撃に、アヤカシの身体が宙を舞う。 「最高だ!」 「変なトコ描いたら承知しないわよっ!?」 ミニスカートの裾を片手で気にしながら、こちらをふりむいたシルビアに、柚子丸はにやりとして見せた。 「やれやれ、こんな感じかしら?」 飛びかかってきたアヤカシの牙を、煌夜は、篭手を装備した腕ではじき返す。もう一方から襲いかかってきたアヤカシをひらりとかわし、ブラックゴートコートの裾がひらめいた。苦戦しているというのは見せかけで、彼女としては十分以上に余裕を持ってかわしているのだが。 「絵になる‥‥いい素材だ‥‥」 大声でわめく柚子丸の叫びが、煌夜の耳にまで届く。レヴェリーが、武器を構えて踏み込んだ。 「レヴェリー殿! 今のその、ちらりっぷりが最高だ! もう一度頼む!」 後方から絵師が叫んだ。 「ち‥‥ちらりっぷりって‥‥」 意図したわけではない。踏み込んだ時に、鎧の下からローライズがちらっとしたのはけして意図したわけではない。赤面しながらも、レヴェリーは目の前のアヤカシに意識を戻した。今の『ちらりっぷり』をもう一度やる気はさらさらないが。 ●美しく戦ったその後に 前方であしらわれているアヤカシたちのうち、一体がこちらへと向かって走ってくる。それを見た柚子丸が 「‥‥もっと側でアヤカシを見たいな」 と注文を出した。 「‥‥狙うとすればこっちに向かってきているあれ、でしょうかね?」 カッコよくお願いしますよ! と注文を受けてはりきったのはエルディンだった。必要以上のオーバーアクションで、近づいてきたアヤカシをアムルリープで眠らせる。 「ふむふむ‥‥ほうほう‥‥」 地面に倒れこんだアヤカシを至近距離で見つめながら、柚子丸は一心不乱に筆を走らせる。とはいえ、魔術には効果時間というものがあるのでいつまでも描き続けるわけにもいかない。時間切れ、というところでしぶしぶ柚子丸は立ち上がる。 「それじゃ、そろそろ私の番ですね!」 魚慈が前に出た。目を覚ましたアヤカシが立ち上がった。 「氷の精霊よ、かの敵を氷結せしめよ。フローズ!」 生の冷気がアヤカシを捕らえる。動きが鈍くなったアヤカシは、緩慢な動作で魚慈に噛みつこうとした。 「これが『ガード』です!」 魚慈は、盾で相手の攻撃を受け止めて見せた。 「おお! 何という‥‥素晴らしい!」 今回魚慈は、防御に特化した装備を身につけている。彼の身につけた鎧が太陽光を反射して輝いた。 「こんなこともできますよ!」 盾でアヤカシを払いのけ、相手に飛びかかり、以前の依頼で身につけた技で押さえつけてみせる。 「その鎧が輝かしくて最高だ!」 「そうですかぁ? 違うポーズもとっちゃいましょうか?」 褒められれば悪い気はしない。そして褒められれば褒められるほどテンションがあがるのが魚慈という男だ。 柚子丸は、魚慈がアヤカシを押さえつけている姿を画帳にすらすらと描いていく。 「食事の時間だ。行け、我が醜き分身よ‥‥」 リンが魂喰を放った。魚慈の押さえつけているアヤカシの喉元に、リンの放った式が喰らいつく。 さらに生のホーリーアロー、エルディンのアークブラストと続けざまに喰らってアヤカシは消滅した。 「瘴気となって無に還りなさい!」 前方ではレヴェリーの剣に貫かれ、一体のアヤカシが瘴気へと返っていた。 「‥‥これでとどめ!」 牧羊犬の拳に突き上げられたもう一体のアヤカシが姿を消す。 全て片付いた。そう思った時だった。 「まだいるみたい!」 心眼を使っての警戒を続けていた煌夜が叫んだ。その言葉に反応するかのように姿をあらわすもう一体のアヤカシ。 「ど派手にお願いします!」 まだ描くつもりなのかと、全員つっこみそうになったのだが、リクエストとあらばしかたない。全力で行ってやろうじゃないか! 「光矢よ、敵を討て。ホーリーアロー!」 生が杖を掲げた。 「我信ずる聖なる神よ、精霊よ、雷にて邪悪なるアヤカシ鉄槌を下し給え! アークブラスト!!」 エルディンの魔法が炸裂する。 「行け‥‥分身よ!」 リンの放つ妖艶な美女は、容赦なくアヤカシの喉笛に齧り付く。 「いっくわよ! ソードクラッシュ!」 シルビアが力任せに叩き込んだ剣がとどめとなった。 「い‥‥今のひらりをもう一度!」 「やるわけないじゃない!」 ソードクラッシュは、ミニスカートの裾がひらっとしてしまうのでシルビア自身にとっても危険な技なのである。 「皆のおかげで、いい絵を描くことができたよ。これで、依頼人の期待にこたえることができるよ!」 柚子丸は画帳を広げてみせる。素早いながらも確かな筆で描かれたそこには、柚子丸のメモも添えられていた。『素晴らしい筋肉!』『輝く雷』『チラリズム最高』など。 「ふむ‥‥チラリズムが最高とは一体‥‥」 柚子丸の画帳を見て牧羊犬は、絵師にたずねた。真面目に解説しようとする柚子丸と牧羊犬の間に犠牲者シルビアと同じく犠牲者レヴェリーがわって入る。そんなもの、真面目に解説されてはたまったものではない。 「そ、それでだな、リン殿の式を見せてくれるという話だったが‥‥」 戦闘の最中、リンが叫んだことを覚えていたらしい。コイツ、まだ描くつもりか! 「もし僕が式の意匠を考えて欲しいと言えばお前は描いてくれるか? 出来れば恰好良く等の注文も頼‥‥否、今のは子供の戯言だ。忘れてくれ‥‥」 「いや、ぜひやらせてくれ! いくらでも描くぞ!」 リンが途中で打ちきった言葉に柚子丸は反応した。 「さて、戦いも無事に終わったことですし何かポーズをとりましょうか? 皆で遥か彼方を見つめて『俺達の戦いはこれからだ!』という雰囲気などどうでしょう?」 エルディンの提案に、絵師の顔が輝いた。 「よろしく頼む!」 こうして絵師を同行しての開拓者たちの戦いはなんとか終了したのである。 と、ここまではよかったのだが。 「頼む! キミの戦う姿を描かせてくれ!」 と、日々開拓者ギルドで張り込む絵師の姿が見られるとか見られないとか。それはまた別のお話となるのである。 |