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■オープニング本文 ●近頃神楽の都では 亀屋の亀之介は、たいそうな食道楽であった。家を継がねばならぬ身、さすがに海を渡った国まで行くわけにはいかなかったものの、天儀六カ国を勉学のために回り、ついでに自分の舌も満足させてきた男である。 そんな彼のところに、安州の取引先から面白い情報がもたらされた。近頃、泰国南部あたりで取れる『コーヒー』なる飲み物が神楽の都で流通し始めたらしいのだ。流通し始めたばかりであるから、当然庶民が気軽に手を出せる値段ではなく、いささか高級な品ではあるらしい。聞いた話に寄れば、香りは芳醇、口に含めば苦く、人によっては薬のような味わいだという。苦味が苦手な人は、砂糖を入れたり牛乳を入れたりして飲むのだとか。 「飲んでみたいものですねぇ‥‥」 こうなった亀之介を止めることができる者は亀屋にはいない。数日のうちには、留守の間の商売を使用人たちにまかせる手配が整えられ、神楽の都まで出かけることが決められたのだった。 ●護衛をお願いいたします 商人たちが行きかう道、そうそうアヤカシが出没するとも思えないのだが、何しろ裕福なことで知られる亀之介が一人で旅をするのは盗賊に襲ってくださいと言っているようなものである。 護衛として開拓者を雇うことにした。 「いやいや、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんね。一つ皆さんも、物見遊山のつもりでゆったりとした気分で同行していただければ」 などという亀之介に悪気は一切ない。道中は同行の開拓者たちも高級な宿に泊まることも約束されている。当然、ご馳走つき、少々の酒も出る。場合によっては芸者たちを呼んでの宴会もあるかもしれない。 「それではよろしくお願いいたしますね」 亀之介は、集まった開拓者たちに丁寧に頭をさげたのだった。 |
■参加者一覧
三笠 三四郎(ia0163)
20歳・男・サ
焔 龍牙(ia0904)
25歳・男・サ
滝月 玲(ia1409)
19歳・男・シ
鞍馬 雪斗(ia5470)
21歳・男・巫
アーシャ・エルダー(ib0054)
20歳・女・騎
イリア・サヴィン(ib0130)
25歳・男・騎
モハメド・アルハムディ(ib1210)
18歳・男・吟
千亞(ib3238)
16歳・女・シ |
■リプレイ本文 ●いざ出発! 早朝、開拓者たちを出迎えた亀之介は、吟遊詩人の開拓者に扮していた。モハメド・アルハムディ(ib1210)のアイディアである。 「ヤッサイード亀之介さん、十分開拓者に見えますよ」 独特の口調でモハメドは言った。モハメドから借り受けた横笛を腰に挟んだ亀之介は、 「こういう格好は照れますね」 と半分苦笑に似た笑みを、大店の主らしいおっとりとした顔にうかべてみせた。 「見習い開拓者ならば、多少ぎこちなくても言い訳はたちますしね」 アーシャ・エルダー(ib0054)は、天儀にコーヒーを流通させるのに一役買った開拓者である。モハメドも彼女とともにその任にあたっていた関係で、二人は顔見知りでもあった。 「わぁ、凄く似合いますようっ!」 と千亞(ib3238)は、亀之介の変装をほめる。それから、 「よろしくお願いいたします、皆様」 と、彼女はぺこりと頭をさげた。 「どれ‥‥何事もなければ良いのだが‥‥まぁ、行くとしようか」 先頭に立った雪斗(ia5470)はつぶやく。夜の警護の際には、タロットカードをめくってみようなどと思いながら。 「商用の旅にも開拓者が必要とは、情けない事態ですね」 三笠 三四郎(ia0163)は、嘆きながらも雪斗とアーシャに続いて歩き始めた。 「玲! 今回は一緒に警護だな!」 焔 龍牙(ia0904)は、幼なじみである滝月 玲(ia1409)に声をかけた。龍牙の懐には、事前に用意した地図が隠されている。彼なりに襲撃されそうな場所の目星をつけ、しっかりと記入してある地図だ。 「いろいろおいしい物が食べられそうだし、楽しみだな」 玲は笑って、亀之介に並ぶ。 「美味そうな物の噂を聞いたら、いつもこうして自分で確かめに行ってるのか?」 亀之介のフットワークのよさに感嘆しながら、イリア・サヴィン(ib0130)はたずねた。 「ええ、もちろん。うちの店のお客様は舌が肥えている人が多いですからね。他の店より店頭に並べるのが遅いとあっては亀屋の名折れです」 と、亀之介は返したものの、本当の理由は亀之介の食い意地がたいそう張っているからである。 「折角の食い道中、楽しんでいきましょう」 玲は哀桜笛を取り出し、奏で始めた。見事な音色があたりに響いていく。 「何も起こらないといいですねぇ」 と、事前にギルドでここ最近のアヤカシや盗賊の出没情報を仕入れていた千亞は言うのだが、口調はのんびりしたものだ。このメンバーなら、そうそう負けることはなさそうだという思いもある。油断は禁物だけれども。 安州にはまっすぐに向かえば七時間ほどでたどり着くはずなのだが、早朝出発したにもかかわらず到着は夕食間近という時間になってしまった。 というのも、道中亀之介があちこち寄り道していたからである。 気になる店を見かけるたびに開拓者たちを放り出して突っ込んでいく。そしてにこにこしながら、食べ物を抱えて戻ってきては、 「ささ、皆さんもどうぞどうぞ」 と勧めるのだ。亀之介本人に悪気はない。ただ、おいしい物を食べたいだけで。途中、 「亀之介さんはグルメなようですが、コーヒー以外にも気になるものってありますかっ?」 などと千亞が話をふったせいで、亀之介の『人様においしいものをご馳走したい心』に火がついたらしい。食欲旺盛なアーシャや千亞、亀之介の持っている食に関する知識に興味のある玲などは願ったりかなったりだったのだが、中には食べ過ぎて腹痛をおこした者もいたとかいなかったとか。 それでも無事安州に到着すると、一行は精霊門が開く時間まで亀之介が予約を入れておいた宿屋で休憩を取ることとなった。 その宿屋も超一流。出された料理を一口食べたイリアは、 「美味いな…両親や妹を連れて来てやりたいよ」」 と、思わずもらしたほどであった。 ●コーヒー初体験 翌朝はすがすがしいほどの快晴だった。夜中に精霊門を通って神楽の都に入り、そのまま亀之介馴染みの宿屋に泊まったのである。布団はふかふかだし、仲居は全員しつけがいきとどいているといった調子で、普段開拓者たちが泊まる宿屋とは雲泥の差だ。 亀之介の話によればコーヒーが流通するようになり、神楽の都には『喫茶店』なる茶屋とはまた違った雰囲気の店ができ始めているのだという。 「では、私の知っているお店にご案内しましょう。メイドと執事が店員なのです」 アーシャが希望者を知った店に案内する。 「これはまたハイカラなお店ですねぇ。さすがに私の店ではここまではできないでしょうが」 そうは言いながらも、亀之介は何かひらめいたのか熱心にメモを取り始めている。可愛らしいメイドが、注文したコーヒーを運んできた。 「‥‥これは醤油か? 真っ黒なんだ‥‥」 イリアは初めて見るコーヒーに少し驚いたようだった。 「初めて飲んだときは、苦くて顔をしかめずにはいられなかったのですが、もうすっかり普通に飲めるようになりましたよ」 アーシャが説明する。 「お、美味しいです、が‥‥大人の味です、ね」 苦味が千亞にはきつかったようだ。 「‥‥薬草汁のような味だ。‥‥が、不思議と癖になりそうな気もするな」 イリアも一口飲んで、素直な感想を口にする。 「凄く飲みやすくなりましたねぇ。この方が好みです」 千亞はミルクをたっぷりそそいで、幸せそうにコーヒーカップを手にする。 肝心の亀之介はといえば、何も入れていない物、ミルクだけ、砂糖だけ、両方を入れた物とカップを四つ目の前に並べ、飲み比べてみては詳細なメモを取っている。 「何も入れない、ブラックで飲むのが大人なのです♪」 アーシャに言われ、亀之介はうんうんと頷いた。 「交易商人の旅泰という商人のところで豆そのものは入手できると安州で聞きました。これからそちらへ向かいたいと思います。これはぜひ持って帰って店で出したいものですね」 そして、亀之介は目当ての商人を訪ねるべく、開拓者たちとともに店を後にしたのだった。 その頃、三四郎はモハメドとともに宿に残っていた。残された荷物の見張りという名目もあるが、めったに泊まることのできない立派な宿を堪能するというのも残った理由の一つである。 立派な風呂に入ってのんびりと汗を流し、出てくれば頼まなくても冷たい茶が出てくる。何という贅沢なのだろう。 その日の夕食は、商談が無事に成立したという理由で綺麗な芸者衆も呼んで華やかなものとなった。明日からは、神楽の都を見物してまわり、コーヒー以外にも流行の食べ物の知識を仕入れて帰るのだと亀之介はやる気まんまんだ。 「さあ乾杯だ! たくさん食べるぞ!」 玲は、張りきって箸を手にした。 「わ‥‥私はお酒はちょっと‥‥」 あまり酒の得意でない三四郎は、宴席でも隅の方に座っていた。もちろん皆仕事のことを忘れて深酒するわけではないだろうが、一人くらい素面の人間がいてもいいだろう。 「ヤー、三四郎さん。私もお酒はダメなのですよ」 モハメドも三四郎と並んで隅へと席をうつす。 「いや、あまりくっつかれると食べられないんだが‥‥」 酒を注ごうとする芸者から、さりげなく身をひきながらイリアは旬の魚を煮付けたものに箸を伸ばす。海の幸も山の幸もふんだんに取り入れられた料理はまさにごちそうの山としかたとえようがない。 「自分も一つ、舞わせてもらおうかな」 雪斗は、あまり酒が強いほうではない。ほどほどのところで箸をとめ、芸者たちと入れ代わるようにして舞い始める。アーシャと千亞は思う存分食欲を満足させている。 こうして神楽の都の夜はふけていった。 ●自由時間は楽しんで 「どうぞどうぞ、皆さんもぜひ楽しんでください」 そう亀之介に言われ、開拓者たちも自由時間を楽しむこととした。むろん、常に宿に誰か一人は残って荷物の見張りをするのと何人か亀之介につきそうのは忘れない。 「コーヒーは飲むのも楽しみだけどぜひプロの技をご教授願いたいな」 以前からコーヒーを楽しんでいた玲は、亀之介への同行を申し出た。 「いつもご馳走になってる甘友に美味しいコーヒーを淹れてあげたいんだ」 「ほうほう。甘い物もいいですね。もともと亀屋は和菓子屋だったのですよ。神楽の都では最近どんな甘味が流行っているのでしょうねぇ」 「俺も同行させてほしい。コーヒーには興味があるしな」 龍牙は、幼なじみの玲とともに亀之介に同行することにした。 「私は留守番をしています。ここの宿は、本当に快適ですよ」 昨日に続き自ら留守番を申し出た三四郎は、モハメドと交代で周辺を見回ったり、快適な宿を楽しんだりと彼なりに神楽の都を堪能しているようだ。 イリアは一人、神楽の都を歩いていた。何軒か小間物屋を見て回り、一番品数の多かった店の店員に声をかける。 「妹の土産にしたいんだが、最近流行の簪と帯留めを見せてもらえないか?」 愛想のいい店員の並べた品の中から、好みの物を選び出すと、彼はそれを包んでくれるように店員に頼んだ。 龍牙と玲と別れたあとは、食べ歩きを楽しんでいたアーシャと千亞、それと雪斗が代わって亀之介に合流する。亀之介は、神楽の都ではそれほど知られているわけではないが、口をきいてくれる取引先は何軒も持っている。 「うわー、これおいしいですっ」 紹介してもらった一軒に入った千亞の顔がほころんだ。普通の客には出さない特別なケーキを出してもらったのだ。 「店によって淹れ方が違うんだな‥‥」 雪斗は、店の主人にコーヒーの淹れ方を教わっている。 「え? クリームも入れるんですか? それは変わった飲み方ですねえ」 冷たく冷やしたコーヒーに生クリームを乗せて出していると聞いたアーシャはさっそくそれを注文する。 「これはこれでおいしいですね」 と、アーシャもにっこりした。 亀之介の食べ歩き記録がいっぱいになった日、宿にコーヒー豆が届けられた。そうして一行は、また真夜中に精霊門をくぐって安州に戻ることとなったのである。 ●家に帰るまでが大切です 安州の宿は、真夜中過ぎに入ったということもあって静まり返っていた。夜間警備の担当についた雪斗は、タロットカードをめくっていた。 「‥‥星の逆位置‥‥か、悪い意味でも無いが‥‥何かありそうな感じだ」 ともに警護についていた玲が、人差し指を唇にあてた。心眼を使い、あたりの気配を探る。雪斗の耳にも聞こえた。階段をこっそりこっそり登ってくる足音。廊下にともされたわずかな行灯の明かりに浮かび上がる横顔は、宿の従業員のものだ。 「アヤカシ‥‥じゃあ、なさそうだな」 宿の従業員だとしても、こんな時間にひそひそと階段をのぼってくるのは怪しい。男が、亀之介の泊まっている部屋の入り口に手をかけた。そのまま静かに中に滑り込もうとする。 「何をしている!」 玲は、男に声をかけた。仲間たちにも聞こえるように大声で、だ。 「それ以上動くな! ただではすまんぞ!」 真っ先に飛び出してきた龍牙は、武器を構えて男を脅す。男の喉からひぃ、とかすれた悲鳴が聞こえた。 「アーヒ、ああ‥‥泥棒ですね‥‥」 モハメドはリュートをかき鳴らした。ここは宿の中。血を流すような騒ぎになっては、他の客の迷惑になってしまう。彼の『夜の子守唄』を聞かされた男は抵抗する間もなく倒れこむ。 「おやおや従業員が泥棒ですか。この宿の質も落ちたものだ。次からは違う宿に泊まることにしましょうよ」 開拓者の後ろから亀之介が顔を出した。さすが、食い意地で天儀を一周してきた男。泥棒ごときでは動揺などしないらしい。 「‥‥嘆かわしいことだな」 眠り込んだ男の懐を改めていた龍牙は首をふった。あちこちの部屋を荒らしていたらしく、男の懐にはみっしりと膨らんだ財布がいくつも入っていたのである。 「役人に引き渡してしまおう」 そう言うと、玲は用意していた荒縄で眠ったままの男をぎりぎりと縛り上げた。 そこから先はちょっとした騒ぎになってしまった。たたき起こされた宿の主は、被害者たちにぺこぺこと頭を下げてまわるわ、三四郎が呼びに走った役人は全員から話を聞いて事件の覚え書きを作るわで、寝るどころではなかったのである。 「たいしたことなくてよかったですねっ」 翌早朝。あくびまじりに千亞が言った。 「ヤー、千亞さん。油断は禁物ですよ」 と言ったモハメドも正直寝不足だ。 「カードに出たとおり、かな」 と雪斗はつぶやく。あの従業員は、泊まっているのが開拓者たちだとは気づいていなかったらしい。気づいていれば、盗みになど入らなかったと悔しがっているとかいう話だった。 さすがの亀之介も、ここまでくれば早く家に帰り着きたいのだろう。行きとは違い寄り道もしない。亀屋に向かって急ぎ足に進む。 「本当にありがとうございました。またの機会があればぜひ、お願いいたします」 無事に亀屋の前に到着して、亀之介は一同に頭をさげた。 「楽しい旅でしたっ。またお誘いいただきたいです♪」 おいしい物をたくさん食べ、コーヒーも経験した千亞は耳をぴょこぴょことさせた。 「カホワの依頼を受けられて、大変嬉しかったです」 モハメドの故郷では、コーヒーのことをカホワと言うのだ。天儀にコーヒーが流通するようになった裏には、彼とアーシャの活躍もある。 「幾分、愉しめた‥‥な。たまにこういうのも悪くは無いと思うね」 雪斗は、そう言って亀屋に別れを告げた。 一週間後。亀屋の経営する小料理屋では、希望者には食後のお茶の代わりにコーヒーが出されることになった。しかし、このあたりの人間には苦みが強すぎるらしく、コーヒーを好んで注文する者の数はそれほど多くないのだとか。 亀之介は、現在コーヒーを利用した料理や菓子の研究に勤しんでいるらしい。近いうちにまた、開拓者の力を借りることになるかもしれないだろう。 |