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■オープニング本文 ●衣装部屋にあらわれたアヤカシ 「うぎゃあああああああ!」 野太い男の叫びが響き渡った。 「どうした?」 「何があったの?」 慌てて駆け寄る役者たち。ここは神楽の都の中、芝居小屋の建ち並ぶ一角、遠山一座の芝居小屋である。 駆けつけた役者たちは、開いた口をふさぐことができなかった。本来ならば、衣装を収めた箱が並んでいるはずの一角。その箱の一つに頭を突っ込んだままじたばたしているのは、この一座の看板役者だった。 「何しているのさ、箱に食われたとでも言うのかい?」 無造作に近づいた同僚の役者もまた悲鳴をあげることになった。看板役者を助け出そうと、箱の蓋に手をかけたその瞬間。彼の手もまた、衣装箱から離れなくなってしまったのである。 「ア‥‥アヤカシだあ!」 衣装箱の中に潜んでいたのはアヤカシだった。人そっくりの姿をしているが力はずっと強い。右手に看板役者、左手にもう一人を捕まえて放そうとしない。 誰かが叫んだ。わーっと、集まった役者たちは衣装部屋から逃げ出していく。気丈にも最後までその場に踏みとどまった一人が、衣装部屋の扉をふさぎ、あり合わせの荷物を置いて防護壁とした。 扉の向こう側から聞こえてくる断末魔の叫びは、聞こえないふりをして。 ●開拓者ギルドにて 「‥‥というわけなんだよ」 受付の前で渋い顔をしているのは遠山一座の座長、影太郎である。昔は二枚目として看板役者を張っていたが、四十を過ぎた現在は悪役を演じることが多い。背は高く、体格もよく、昔は女性たちがきゃーきゃー言ったであろうことは容易に想像がついた。 「場所が場所だ。衣装を取りに行くこともできないし、そんな物騒なものがいるんじゃ公演なんてしている場合じゃないしね」 とりあえず、開拓者を呼んでもらおうか‥‥と言いかけた影太郎だったが、目の前にいる受付の青年をもう一度まじまじと見た瞬間目の色が変わった。 「あんた! 役者に興味はないかね? 何、今夜一晩でいいんだ。黙って立っていてくれればそれでいいから!」 「いえ‥‥自分は今の仕事に十分満足していますので」 受付の青年はそっけなく返す。 「そうそう、今小屋を出る前に確認してきたらアヤカシはもう一度衣装箱に入って蓋を閉めているようだ。同じ手に人間がひっかかると思っているのかねぇ?」 首をかしげている影太郎には構わず、受付の青年は書類に受理済の判をぺたんと押したのだった。 |
■参加者一覧
福幸 喜寿(ia0924)
20歳・女・ジ
桜華(ia1078)
17歳・女・志
燐瀬 葉(ia7653)
17歳・女・巫
宿奈 芳純(ia9695)
25歳・男・陰
不破 颯(ib0495)
25歳・男・弓
小星(ib2034)
15歳・男・陰
羽喰 琥珀(ib3263)
12歳・男・志
紅雅(ib4326)
27歳・男・巫 |
■リプレイ本文 ●作戦会議 その扉の前には、『関係者以外立ち入りお断り』の札がかけられていた。 「関係者以外はお断り、なんだけどな‥‥」 と、つぶやいた小星(ib2034)の後ろでは、桜華(ia1078)が珍しそうにきょろきょろしている。 「ほわぁ。芝居小屋って、こんな感じなのですねぇ」 「ふっちゃんとお仕事も久しぶりやね、よろしゅぅなぁ」 燐瀬 葉(ia7653)は、以前からの友人である福幸 喜寿(ia0924)ににこにこしながら話しかけた。『係者以外立ち入りお断り』の札がかけられた扉が開いて、奥から一座の座長である遠山影太郎が顔を出す。 「すみませんな、待たせてしまって。ちょっと、片付けに手間取ってしまって」 彼は、集まった開拓者たちを奥の一室へと案内した。卓を囲んだ座布団を皆に勧め、自ら茶を入れてふるまう。 「災難ってどころじゃねーよなー。アヤカシだけでも頭いてーってのに、看板役者まで喰われちまったんじゃな〜」 旅一座に身を置いていたことのある羽喰 琥珀(ib3263)が、同情したように言った。 「アヤカシがいるという衣装部屋についてお教え願えませんか?」 宿奈 芳純(ia9695)が、丁寧な口調で座長にたずねた。座長である影太郎の話によれば、衣装部屋はそれほど広くはない。一番奥に積み重ねてある四つの衣装を収めた箱、特に高価な衣装の入っている箱のうちいずれかに身を潜めているのではないかという話であった。 「できれば、あまり衣装には傷をつけたくないんだが‥‥」 申し訳なさそうに影太郎は身を小さくする。 「衣装は大事だもんねぇ」 家が貧乏な中、一生懸命衣装代を捻出して衣装を作っていたことを思い出した喜寿は思わずほろりとした。 「となると、私の術で、アヤカシを隔離している間に衣装をどこかに片付けるというのはどうでしょうか?」 芳純は、考え込みながらゆっくりとした口調で提案した。 「衣裳部屋の広さを考えると、戦闘は別の場所で行った方がよさそうですね。できれば、舞台が一番いいと思うのですが」 紅雅(ib4326)の言葉に、影太郎はうなずいた。 「うちみたいな小さな小屋じゃ、客席といっても座布団を並べただけの簡単なもんだし、舞台を使ってもらうのが一番いいと思う」 「ということは、俺は舞台で待機かなぁ。とはいっても、どうやって舞台までアヤカシをおびき寄せる?」 不破 颯(ib0495)の言葉に、一同は考え込んだ。 「箱の中にいるなら、うちが長物で蓋開けて引っ張り出してみるというのはどうさね?」 喜寿の趣味の一つは武器を集め、それを使ってみることだ。今回も自在棍を持参している。使うのは初めてだし、扱いの難しい武器なので慎重になる必要はあるが。 「喜寿ねぇと一緒に引っ張ります!」 喜寿にいいところを見せたい桜華が名乗りをあげた。 「藁人形持ってきているから、これも使えると思う。必要なら術が消える瞬間に、ボクが入れ替わって囮になればいい」 小星の傀儡操術を使えば、藁人形を使ってアヤカシを攻撃することも可能だ。 「それなら、舞台までおびき寄せられそうだねぇ。あ、衣装を片付けるのはもちろん手伝うよ」 と颯は言い、 「それじゃ行こうか!」 琥珀は勢いよく立ち上がったのだった。 ●アヤカシおびき寄せ作戦 「戦闘の邪魔にならないよう、背景も片付けさせるんで」 と、影太郎は一座の人間に指示して舞台の後ろに置いてある背景を次から次へと外へと運び出させる。開拓者たちが足を取られないよう、客席に並べてある座布団も手分けして片付けられる。もちろん、アヤカシとの戦闘の邪魔にならないように、運び終わった後は全員外へと避難する予定だ。衣装部屋から運び出した衣装を運び込むのは、舞台への途中にある役者たちが支度をするための部屋が割り当てられた。 「それじゃあよろしく頼みます」 舞台のあたりが空っぽになったことと全員の避難が終わったことを確認しても、影太郎自身は芝居小屋を離れることはない。 「どの衣装を優先すればいいのか、私たちにはわかりませんので‥‥」 という紅雅の言葉に、自ら残ることにしたのである。 「ちょっと待っててな!」 まず最初に問題の部屋の中をのぞきこんだのは琥珀だった。『心眼』を使って、アヤカシの位置を特定しようとする。 「ごめん、あの四つの箱の中のどれかにいるのは間違いないんだけどなぁ。どれかまでは、わからなかった」 しょんぼりする琥珀に変わって、芳純が入り口に身を寄せた。 「問題ありません。四つまとめて壁の後ろに隠せると思います。床の上に散らばっているのが特に高価な衣装だという話ですから、まずそれから。後は座長さんの指示に従うことにしましょう」 芳純は、結界呪符「白」を発動した。現れた白い壁が、四つの箱の姿を隠す。 「まずは、これからさねっ」 部屋に飛び込んだ喜寿が、その勢いのまま床の上に散らばった衣装をかき集めて飛び出した。人の気配を察知したのか、壁の後ろの箱から、かたかたと揺さぶるような音が響く。 開拓者たちは影太郎の指示に従って、壁にかけられている衣装を運び出す。運び出した衣装は、しわになるのを承知でたたみの上に放り出し、次の衣装を運びに駆け足で戻る。 「作業効率上昇で、よろしゅうなぁ〜」 と言いながら、葉もせっせと衣装を運ぶ。衣装や小物を入れた箱の運び出しを終えたところで、影太郎も芝居小屋を出た。 「準備はいいですか?」 皆が配置についたのを確認して、芳純が箱を隠していた壁を消滅させた。 「それじゃ行くさね!」 部屋の入り口から喜寿は慎重に棒状にした自在棍を伸ばす。まず一番右の箱。自在棍の先に引っかけて蓋を開けてみるが、反応はない。そのまま箱の蓋を戻して隣の箱の蓋を開ける。 「喜寿ねぇ、頑張って!」 桜華は喜寿の後ろで、両手を握りしめた。 「次はこの箱さね!」 大当たり! 衣装の入った桐箱の蓋をはねのけ、差し込まれた自在棍を握り締めてアヤカシが姿を現す。喜寿とアヤカシはにらみ合った。喜寿は自在棍を引っ張り、桜華も加勢するが、アヤカシはびくともしない。 芳純は、アヤカシに魂喰で攻撃をしかけた。小星は芳純と場所を入れ替わって術を使った。 「それならボクが!」 藁人形が、アヤカシに襲いかかる。殴られてアヤカシの上半身がゆれた。その勢いで、握り締めていた自在棍を離す。 喜寿と桜華は、身を翻して舞台めがけ走り始めた。もう一回魂喰を放っておいて、芳純も通路を駆け抜ける。アヤカシがついてきていることを確認しながら、小星も続く。アヤカシの爪が小星の束ねた髪の先をかすめた。 四人は、楽屋を走り抜け、舞台へと駆け込んだ。アヤカシが続いて入ってきたのを確かめた芳純は、再び結界呪符「白」で壁を生み出し、アヤカシの退路を塞いでしまう。こうして戦いの準備は整った。 ●さあ、違う舞台の開幕だ! 弓を構えて待機していた颯は、アヤカシが姿を現すのと同時に「繊月」で矢を放った。矢を再装填して、もう一発。彼の放った矢は確かに命中しているのだが、アヤカシはひるむ気配も見せない。むしろ牙をむいて、脅すようなうなり声をあげる。 「無痛覚か‥‥厄介な相手だなぁ」 痛みを感じないアヤカシは、退くということをしない。本能のままに突き進んで、目の前の相手を食らう分、普通のアヤカシより厄介な相手となる。そのまま颯は舞台中を縦横無尽に動き回りながら、アヤカシの関節に狙いを定める。 アヤカシから離れた位置についた葉は、神楽舞「武」を舞い始めた。皆の攻撃力を順にあげていくためだ。 「よろしゅう頼みますなあ」 「これ以上暴れられても迷惑です。すぐに叩かせてもらいます」 桜華は刀を構えて撃ちかかった。アヤカシの肩に確かに攻撃は命中したのだが、相手はひるむ気配も見せない。鋭い爪が桜華の肩をかすめ、血を流れさせる。 「回復は私が!」 紅雅は、風の精霊の力を借りて桜華の怪我を回復させる。 「ありがとうございます!」 桜華は紅雅に礼をのべて、再びアヤカシの動きを封じにかかった。 「鬼さんこちら。‥‥って、何だかこればかり言ってる気がします‥‥後ろにはもっと強い人がいますからね、逃げようとしても無駄ですよ!」 桜華は、刀を構え直して、アヤカシに立ち向かう。 「この武器を使いこなせんと、武芸者とはいえないんさねっ!」 霊青打をかけた自在棍で、喜寿は、アヤカシの胴を思いきり殴りつけた。 「まだ開演時間じゃないんだよ!」 舞台を傷つけないよう配慮しながらも、小星は、アヤカシに容赦ない攻撃をあびせかける。 刀を鞘におさめたまま、琥珀はアヤカシに走り寄った。ぴたりと止ったかと思うと腰を落とした。アヤカシと琥珀の目が合う。一瞬の静寂の後。 「さっさと倒れろっての、コイツッ」 鞘から走り出た刀が、アヤカシの右足を直撃する。琥珀は再び刀を鞘におさめた。琥珀の傷つけた右足に、小星は、続いて霊青打を使った攻撃を叩き込んだ。二度目の攻撃で、アヤカシの右足が付け根から切り落とされる。 「関節狙ってみたんだけど、だめっぽいねぇ」 関節を破壊できれば、動きを鈍くできると思ったのだが、あまりきいていないようだ。颯は、攻撃の方法を繊月を使ったものへと切り替える。自分の作った壁の前に立った芳純は後方から、魂喰でアヤカシの体力を削ることに専念している。 「みなさ〜ん、もう少しやね」 葉は休むことなく舞い続けていた。アヤカシの方はだいぶ弱ってきたようだ。 右足を切り落とされたアヤカシは、ぴょんぴょん跳ねながら桜華目がけて掴みかかろうとする。 「させるかよっ」 琥珀がまた刀を一閃させた。今度は左足を傷つけられてアヤカシの身体が大きく傾く。 「これ以上、暴れられても迷惑です!」 桜華は、琥珀の傷つけた左足に刀を突き立てた。喜寿は自在棍で、アヤカシの腹に鋭い突き攻撃 をくらわせる。 「そんな練習不足な役者は、舞台には上げられないってさ!」 小星の刀が、アヤカシの胸を貫いた。 ●無事に開幕できました 「気をつけたつもりだったんだけどなあ」 琥珀は頭をかいた。戦いの間に舞台のあちこちに傷がついてしまっている。 「修理は手伝わせてもらうよぉ。今夜の舞台に間に合わせないといけないんだろ?」 颯は、大道具係に声をかけた。 「一座にいたころ思い出すなー」 琥珀も颯に加わって、舞台の修理に取りかかる。 「あ、あんた! 一日、一日だけでいいんだ! 今夜の舞台に立ってくれないかね?」 影太郎にがっしりと両手を捕まれて、紅雅の眉がよった。 「私でよろしければ‥‥あまり言葉遣いの荒い役だとうまく演じられないかもしれませんが」 つけたすならば、動きの激しい役も遠慮したいところだ。翌日の筋肉痛がひどくなるからである。 「大丈夫! 台本は書きかえた。あんたはただ、黙ってこっちの指示した姿勢で立っててくれりゃあいい」 影太郎は、紅雅に台本を手渡した。眉をよせたまま、台本を眺めている紅雅に 「頑張ってなぁ〜」 補修用の木材をかついだ颯が、通りすがりににやにやしながら声をかけた。 「座布団を並べる? いいよ」 客席から取り除かれていた座布団を、小星は丁寧に元の場所へと並べていく。開演まで、残された時間は多くはない。 「他にしてほしーことあったら手伝うぞー」 張り切った琥珀の声が響いてくる。 「こ‥‥これは、確かに立っているだけで大丈夫そうではありますが‥‥」 台本を読み終えて、紅雅は頭を抱え込んだのだった。 結論から言えば、その夜の舞台は大成功だった。看板役者のいなくなった穴を埋めるため、影太郎は台本を大胆に変更したのである。役者たちが、その台本を完璧に覚え、演じきったのはさすがはプロというべきなのだろう。 主役であった色男はすでに故人。彼と関わりのあった女性たちが彼をめぐって愛憎劇を繰り広げるという内容は全て『回想』という形に変更されていた。 主役である色男役の代役となった紅雅の劇中でやることといえば、『思い出の額縁』として用意された四角い枠の中に立ったり座ったりしてポーズを取っているだけ。着替えこそ七回ほどあったものの、後は舞台の後方から客席を眺めているだけだった。 それでも、紅雅の美貌に客席からはきゃーきゃーと登場のたびに黄色い歓声があがり、時として役者の台詞がかき消されてしまうほどだった。 「面白かったよぉ〜? たまに台詞聞こえなかったけど」 楽屋までたずねてきた颯は、にやにやしながら率直な感想をのべた。 「それはありがとうございます。しかし、明日以降は遠慮したいものですね」 確かに額縁の中で立ったり座ったりしているだけだったのだが、動いてはいけなかったので多少肩がこったような気がする。 「いやー、本当に助かったよ。ありがとう」 影太郎は両手で、紅雅の手を握りしめてぶんぶんとふりまわす。 「よければ、明日以降もしばらく‥‥」 「それは遠慮させてください」 「そうか、残念だなぁ‥‥」 残念がる影太郎に一礼して、紅雅は芝居小屋を後にしたのだった。 |