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■オープニング本文 「そんなことを言われても困ります! 私にはもう決まった相手がいるんです!」 若い女性の声に続いて響いてきたのは、思いきり頬を平手打ちしたと思われる音。平手を食らわせたのは見事な金髪の若い美女だった。 「拙者はあきらめんぞ! きっとイリーナ殿を嫁にするからな! イリーナ殿もこの美貌をいつかきっと愛してくれるはず!」 彼女と対峙しているのは、こちらも若い男だった。一見して陰陽師と見て取れる服装ではあるが、顔立ちは思いきり美形だと言えるだろう。腰まで届く見事な黒髪、すっと通った鼻筋に切れ長の神秘的な光を放つ瞳。実際、彼に熱をあげている若い女の子がいるのは、イリーナもよく知っている。 しかし、イリーナはもう結婚する相手が決まっているのだ。婚約をすませたどころか、祝言まであと数日。愛する婚約者がいるのだから、目の前にいるのがどれだけ美形であろうといまさらゆらぐはずもない。 イリーナの婚約者である秀太郎の父親は、ジルベリアとの交易で財を築いた。二人の両親は仕事でつきあいがあり、そのうち秀太郎がイリーナを見初め、彼女の方も以前から秀太郎のことを憎からず思っていたためとんとん拍子で話が進み、現在にいたるというわけだ。 祝言は、修太郎の実家であるジルベリア風の邸宅中庭で友人知人を集めて行うことになっている。 「承知していただけぬというのなら、祝言の日にイリーナ殿を攫いにゆくぞ!」 はーっはっはっは! とどこの悪役かとつっこみたくなるような高い笑い声をあげて、陰陽師は走り去った。残されたイリーナははき捨てた。 「ヘンタイ自意識過剰陰陽師!」 イリーナと結婚相手である秀太郎が開拓者ギルドを訪れたのは、その日の午後のことだった。 「だって、相手は陰陽師なんですもの。妙な術を使うんじゃないかって不安で不安で‥‥」 秀太郎の腕にすがりつくようにしながらイリーナはギルドの受付に向かって訴える。何しろあの陰陽師、実は名前を権兵衛というのだが、ムダに顔に自信があるだけではなく陰陽師としての腕もなかなかのものだ、という噂なのだ。 祝言に呼ばれているのは交易関係の商人やその家族、新郎新婦の友人であくまでも普通の人間ばかりだ。陰陽師が本気になったらきっと勝てないだろう。 「それとこれはこちらで独自に調べた調査の結果なのですが」 と秀太郎は、持ち込んできた調査結果の紙に目を落とした。 「権兵衛は、弟子が三人ほどいるそうです。ひょっとすると当日弟子も連れてくるかもしれません。それと‥‥」 苦笑いして、秀太郎はつけたした。 「権兵衛は自分の名前に非常にコンプレックスがあるようで、本名を呼ばれると平常心を欠く傾向があるそうです。実際弟子たちには、『美煌』と書いてミキ先生と呼ばせているそうですから」 そのセンスに思わず受付嬢も絶句した。 「祝言は三日後です。開拓者の皆さんには、今日から私の実家に泊まり込んで警戒していただければと。それと当日は、新郎新婦友人ということで祝言の席に紛れ込んでいただきたいのですが可能でしょうか? 衣装はこちらで用意させていただきますので、ご希望の品をお申し付けくだされば」 と最後に秀太郎は思いきりお金持ちパワーを発揮してみせたのだった。 |
■参加者一覧
小野 咬竜(ia0038)
24歳・男・サ
檄征 令琳(ia0043)
23歳・男・陰
三笠 三四郎(ia0163)
20歳・男・サ
葛切 カズラ(ia0725)
26歳・女・陰
有栖川 那由多(ia0923)
23歳・男・陰
斎 朧(ia3446)
18歳・女・巫
藍 玉星(ib1488)
18歳・女・泰
百々架(ib2570)
17歳・女・志 |
■リプレイ本文 ●想いをよせるのはいいけどさ 豪奢なジルベリア風の屋敷、秀太郎の実家に開拓者たちは集まっていた。この屋敷の中庭が祝言の会場となり、親と同居する新郎新婦の新居ともなる。 「見目麗しいのは結構ですけれど、中身がそれでは宝の持ち腐れとしか‥‥」 依頼を受けて、斎 朧(ia3446)は、ため息をついて天井を見上げた。 「歴史ある陰陽道をこんなことに使うなんて‥‥俺は同じ陰陽師として情けない」 有栖川 那由多(ia0923)は頭を抱え込む。見た目は派手だが、真面目な一面も持ち合わせているのだ。葛切 カズラ(ia0725)は、妖艶な動作で煙管の灰を落とす。 「バカは迎撃させてもらうけど、使う術は面白そうだし遊ばせてもらうわ」 にっこりと微笑む彼女は、触手状の式を好んで使う陰陽師である。美煌もとい権兵衛の使う式には興味津々、今回の依頼は趣味と実益を兼ねたものになりそうだ。 「とりあえず、ちょっと町の人たちに聞き込みしてくるよ。権兵衛や彼の弟子の外見や評判なんかをね」 那由多は、席を立った。 「それでは私は現場を確認してきます」 三笠 三四郎(ia0163)も那由多に続いて部屋を出て行く。 「極力外出は控えてもらうことにしましょ。念のため、部屋の場所も変えておいた方がいいかもね」 と、百々架(ib2570)は思案する。 「聞いた話によれば派手好きなようですし、『望まれぬ結婚から花嫁を救いだす自分』みたいな妄想にひたってそうですし。事前の襲撃はないとは思いますけれど、念には念を入れておいた方がいいですものね」 と、朧は百々架に同意した。 「どうしても外出しなければならない場合は、私がお供しましょう」 と、檄征 令琳(ia0043)は申し出た。 「あたしは、屋敷内外を警護するアル。怪しい人間が来たら顔を覚えられるしアルな。当日は、メイドの格好で使用人として宴に参加ってことでどうアルか? 食事運ぶカートに武器も隠せるアル」 藍 玉星(ib1488)は、さっそく衣装の調達に新郎のところへと向かった。 「俺はこのままでいいぜ? 祝いの日にふさわしい格好だしな」 そう笑った小野 咬竜(ia0038)に、令琳はちらりと冷たい視線を投げかける。仕立てがよく、高級な品ばかり身につけているとはいえ、派手かつ奇矯な着こなしは令琳の目には祝いの場にはふさわしいとはうつらない。 「積極的な一途な想いとストーカー根性の境界線は何処にあるのか、弁えていないのは大バカ者としか言いようがないわ」 とことんバカにしたようなカズラの言葉と同時に、また灰が落とされたのだった。 ●当日まで警戒しないと 「本当に? まったく困った奴だなー」 近所の住民の話を聞いた那由多の声が裏返った。自意識過剰陰陽師がターゲットにしているのは、イリーナ一人だけではなかった。彼から受けた迷惑に関する話がぼろぼろと出てきた。家の前で愛を捧げる歌を大声で歌われた被害者もいたらしい‥‥真夜中に。 彼女を守ろうとした若い男性が、陰陽師の発動した式に拘束されたという話もある。こういうのがいるから陰陽師が『アヤシイ人』扱いされるのだ。とにかく今回は陰陽師の名誉回復に努めねば。那由多は決意を固めたのだった。 「テーブルの配置はこうなっているのですね?」 イリーナと秀太郎を前にカズラは当日の会場内の様子を確認している。触手状の式には興味はあるが、やるべきことはきっちりやっておかなければならない。彼女の前に広げられた紙には、当日のテーブルの配置が記されている。 「できるだけ荒事にはならないようにはしますけれど、何があるかわかりませんから」 そう言いながらも、カズラは当日バカ陰陽師たちが現れた場合、どこで取り押さえるか、避難客の誘導はどうするかを二人と打ち合わせするのだった。 「可能でしたら、式の進行役を引き受けさせていただきたいのですが」 と言った朧の提案は受け入れられた。本来ならば、新郎の父親関係の者に頼む予定だったのだが事情が事情だ。新郎新婦の友人が司会を買って出たという形を装うことにする。 「じゃあじゃああたしも! 新婦友人なら側にいても不自然じゃないもんね。ゴンザレスさんが来たら華麗にやっつけてやるわ!」 百々架が陰陽師の名前を間違えているのは故意ではない。どうしても名前を覚えることができないらしい。 当日会場内で給仕にあたる使用人たちとおそろいの格好を揃えてもらった玉星はご機嫌でくるくる回ってみせる。ジルベリア風のメイド服は裾がふわりと広がっていて、フリルのついた白いエプロンがよく似合っている。 「メイド服、可愛いアルよ!」 なお、蹴りを繰り出した時に下着が丸見えになっては困るので、スカートの下には短いパンツを着用予定だ。 令琳は、部屋の中で話し込んでいる女性陣と新郎新婦から離れて一人部屋の外で警戒にあたっていた。 「来ない方が可能性が高そうとはいえ、警戒を怠るわけにはいきませんからね」 屋敷の中に侵入できる人物がそうそういるとは思えないが、用心するにこしたことはない。 三四郎は、ふらふらと屋敷の周辺を歩き回っている。秀太郎に頼んで大紋に新郎家と商売上のつきあいのある家の家紋をあしらってある。装っているのは金持ちのバカ息子だ。何事にも鷹揚な仕草で対応するのは忘れない。 こうして三四郎は、外から警戒を続けるのだった。 ●さて、祝言当日は? 華やかな衣装を着込んだ招待客たちが庭を彩っている。 「お飲み物はいかがアルか? 今日の宴はちょっとしたお楽しみを予定しているアルですよ〜。移動の指示があったら移動をお願いしますアル!」 カートに飲み物を載せて、配って回りながら玉星は列席者たちの注意をうながす。 「お楽しみって何?」 とたずねられれば、「ないしょアル」とにっこりしてみせる。なかなかのメイドぶりだ。 「いやー、今日は実にめでたい! 天気もよくてまさしく新郎新婦の門出を祝しているようだな!」 咬竜の格好は、列席者たちの中でも一段と目立っている。 「咬ちゃん、相変わらず目立つなあ」 そうつぶやいた那由多は、新婦の視界に入らないよう少し離れた場所にたたずんでいる。陰陽師が視界に入っては、新婦の心も休まらないだろうという心遣いからだ。人魂で生み出した小動物と視界を共有し、他の人の目が届きにくい場所からの監視をひっそりと続けている。 「それでは、新郎新婦の入場でございます」 司会の役を買って出た朧が声をはりあげた。庭のあちこちに散り、思い思いに歓談していた列席者たちは、新郎新婦が入場してくる入り口に注意を向ける。 白いウェディングドレスを身にまとったイリーナを見て、令琳の脳内を別人のウェディングドレス姿が横切った。一瞬固まった令琳に三四郎が視線を向ける。 「いえ、行きましょう」 令琳は三四郎に笑みを向けて、列席者たちの中に紛れ込んだ。 二人並んで入ってきた秀太郎とイリーナは、列席者たちに頭をさげながらしずしずと進み、庭の中央、朧のすぐ側に立った。 その時だった。 「はーっ、はっはっはっはっ! イリーナ殿、拙者が助けにまいったぞおー!」 響き渡る大声。派手な羽織を身につけた陰陽師と、少し地味目の羽織をまとった弟子三人が中庭の入り口に立っている。朧は、『攻転抗』を使って自身の対抗力をあげた。 「余興が始まりました。こちら、安全な場所でご観賞下さいませアルー」 玉星は、列席者たちを屋敷の中へと案内する。司会者の朧も、 「ここで、これからの人生にかかる苦難を乗り越えていかれる新郎新婦の揺るがぬ絆をお見せする為に、開拓者を雇っての催しがありますので、御来賓の皆様はお屋敷よりご観覧ください」 と、落ち着いて列席者たちを誘導する。 「皆さん、ショーを楽しんでくださいね!」 叫んだ百々架は、隠して装備していたレイピアを抜いた。百々架に護衛されながら秀太郎とイリーナも屋敷の方へと退いていく。 「イリーナ殿! 待たれよ!」 陰陽師の大声に咬竜も負けてはいない。 「おう権兵衛! あいつが権兵衛か。はっはっ、なるほど確かに権兵衛面じゃ! なぁおい権兵衛!」 大声で自分への注意をひきつけながら、ぬっと姿をあらわした咬竜に、 「そ‥‥その名で拙者を呼ぶでない!」 足を踏み鳴らして陰陽師が叫ぶ。 相手を挑発してどうしようというのだ。やれやれ、と令琳は首をふって咬竜の前へと割り込んだ。 「どうも、えっと‥‥美煌さん。私は交渉人として雇われました檄征と言う者です。よろしくお願いします」 丁寧に一礼して令琳は言葉を続けた。 「貴方の行為は、法を破る行為です。今後一切、秀太郎さんとイリーナさんに近付かない旨を、この誓約書に書いていただき、速やかにこの場を立ち去ってください。後ろの方も、同じです。人攫い‥‥外道を働くと言う事は、死罪も覚悟していただく事になります」 「拙者はイリーナ殿を諦めるわけにはいかないのだ!」 「交渉、決裂ですね」 令琳は仲間たちの方をふり向くと仕方なさそうに肩をすくめて見せた。 ●余興は全力で 玉星は料理を乗せていたカートの中から素早く武器を取り出すと装着した。そのままカートごと後ろから陰陽師の弟子一号につっこむ。景気よく弟子一号は吹っ飛んだ。 「よし、役者は揃ったようだ。遠慮なくいくぞ!」 那由多は身構えた。 「ほら、そこの‥‥えと、権助?権造‥‥いや、権左ェ門だっけ?」 名前を思い出せないふりをして、陰陽師をねちねちといびっている那由多に対し、 「違うわ、ゴンザレスよ!」 百々架は素で間違えているのである。いや、バカ陰陽師の名前など覚える気は最初からないと言ったほうが正解か。 「せ、せ、拙者の名前は美煌でござるー!!!!」 あくまでも美煌と主張する陰陽師が叫ぶのと同時に、呪縛符を発動した。 「きゃーっ」 レイピアを手に『ゴンザレス』にせまろうとしていた百々架が、地面から生えた謎のにょろにょろしたものに拘束される。 「私の前で触手使うなんて良い度胸してるわよね、本当に!」 カズラも負けずに呪縛符を放つ。巨大な目を持つ式からにょろにょろと伸びていく触手が、逃げ出そうとした弟子その二を捕らえた。 「基本こそ王道とはいえ、独自要素を欠いて一流足りえず!」 「ひええええええ!」 カズラの触手に縛られた弟子その二が悲鳴をあげる。 「くっそう……こうなったらイリーナ殿だけでもっ」 身を翻して、屋敷のほうへと向かおうとする陰陽師の目の前にどん!と白い壁が現れた。 「ここは通しませんよ?」 白い壁は、令琳の作り出した結界呪符だ。 「権兵衛!」 「ごんべー!」 咬竜と三四郎二人揃っての咆哮に、権兵衛の足がとまる。 「もうっ! お返ししちゃうんだからね!」 権兵衛の呪縛符から抜け出た百々架は、カートに跳ね飛ばされた衝撃からようやく立ち直ろうとした弟子一号めがけてガビシを投げつけた。 ここは陰陽師としての腕の見せ所だ。隷役で強力にした上で那由多も呪縛符を発動した。 「たまには縛られる側の気持ちでも勉強したらいいんじゃない?」 弟子三号を見事に捕らえる。胸をそびやかして、那由多は言った。 残るは親玉一人。権兵衛は刀を抜いた。 「貴様等なぞ別に斬り捨てても構わんのじゃが」 笑みをおさめた咬竜の表情が、変わる。 「血なまぐさいのだけは勘弁してくださいね」 と声をかけた三四郎には、 「祝いの席に血煙は無粋というものだ」 とだけ返して、咬竜は動いた。術も忘れ刀を構えて飛び掛ってきた陰陽師をひらりとかわし、首筋に喧嘩煙管を叩きつけ、その場に昏倒させる。 ●そしてめでたく祝言は続く 斬撃符を構えて、縛り上げられた陰陽師たちの前に令琳は立った。 「力尽くで欲しいモノを手に入れる‥‥その考え、嫌いではないんですけどね。貴方とは仲良くできそうだったんですけど、今回は、あちらに雇われてしまったと言う事で、二度と手の出せない所へ逝って下さい。さようなら」 怯えた色が、陰陽師たちの顔に走る。 「ふふふ、冗談ですよ」 と符を仕舞い込み、令琳はその場を離れる。バカどもに用はない。 「しかし美煌でミキとは‥‥頭の悪さが、センスに現れますね‥‥」 朧があきれたように首をふっている横で、 「悪い事をするための力じゃない筈よ、これは‥‥!」 ばらばらにちぎった符に百々架はふぅっと息をふきかけた。符は地面へと散っていく。 宴の参加者たちが歓談する中、咬竜がふらりと立ち上がった。 「よいやお立会い! この晴れの日の良き仕上、拙者不肖の開拓者。本日只今縁あって、この夫婦の良き門出。祝わせて頂こうぞ!!」 陣笠をぱっと放り出して、彼は舞い始めた。 「咬ちゃんも達者だな‥‥ま、いいか」 那由多は、舞を横目で眺めながら権兵衛の側にしゃがみこむ。 「一緒にイリーナさんを祝おうよ! すっぱり身を引いた方がかっこいいって!」 という那由多の言葉には首を横にふった陰陽師は、 「‥‥彼女、あなたに向けて笑顔を向けた事があって?」 百々架の言葉にも耳を貸そうとはしない。 「イリーナは既に身も心も秀太郎の物ネ、諦めるアル」 玉星も援護に乗り出すが、権兵衛の気持ちは動かないようだ。そんな彼も 「好意の押し付けがどれ程厄介か身をもって知ってもらってもいいのよ?」 妖艶な笑みをうかべるカズラにはぶんぶんと首をふってその誘いを丁重に辞退した。 舞を終えた咬竜が、 「おう、権兵衛よ。女は泣かせるより笑顔が一番じゃ、そうは思わぬか?」 と泣き出しそうな顔の陰陽師に笑いかけ、 「那由多、お前も来い!」 と強引に二人を宴の席へと誘うのだった。 恐らく自意識過剰陰陽師の気持ちも、宴の間に変化していくことだろう。 |