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■オープニング本文 ●小豆がきれた 朱藩の都、安州から少し離れた地方都市。そこで、和菓子屋『鶴屋』を経営している鶴太郎は頭を抱え込んでいた。同業の『亀屋』の主である亀之介がふらりと入ってくる。鶴屋が和菓子屋一本で経営しているのに対し、亀屋の方は食に関することなら何でも扱うという多角経営だ。亀之介の方が裕福なのは着ているものを見れば一目瞭然だ。 「やあ鶴ちゃん。今年の水羊羹もそろそろ終わりだねぇ。一つもらえないかな?」 実はこの二人同業であるだけでなく幼馴染でもある。さらに二人の奥さんは姉妹ということもありたいそう仲がいいのだ。 「それだけどねぇ、亀ちゃん。安州から届くはずの小豆が納期を三日過ぎても届かなくてねぇ。小豆がないから水羊羹は作れないんだよ」 「おやおやそれは困ったねぇ。うちから小豆を都合できればいいんだが、あいにくうちもそろそろ切れそうなんだよ。明日にでも追加注文をしようと思っていたところなんだ」 二人の店主は顔を見合わせた。亀之介はたずねる。 「小豆が届かない理由というのは?」 「途中の山道にアヤカシが出たらしい。それがなかなか難儀な相手でね。頼まれて向かった開拓者が全滅したらしいんだ。家には開拓者を頼むような余裕はないし、ギルドが開拓者を派遣してアヤカシを退治してくれるまで小豆は届かないと思うよ」 「なんともまあ‥‥」 亀之介は天を仰いだ。 「鶴屋の水羊羹を食べられるのは今の時期だけだというのに。よし、私がなんとかしましょうよ。それじゃ鶴ちゃん。そのアヤカシについてわかっていることを教えてもらえるかね?」 ●亀屋の一室にて 亀之介は集めた開拓者たちを見回し、丁寧に頭を下げた。 「皆さんにお願いしたいのは安州まで小豆を取りに行っていただくということと、途中にいるアヤカシを退治していただく。以上の二点です」 ついで亀之介は、鶴太郎から聞いたアヤカシの情報を開拓者たちに伝えた。ここから安州に向かうには途中で山を一つ越えなければならないのだが、その山にアヤカシが出現しているのである。うっそうと茂った木々の間にそのアヤカシはねばねばとした糸で巣を作り、現れる人間を待ち構えているらしい。 「噂によれば、上半身は美しい女の姿、下半身は恐ろしい蜘蛛の姿をしたアヤカシだというのです。それが二体か三体いるようなのですよ。面妖な術も使うらしいので、どうぞ十分注意なさってください」 それから亀之介は照れたように笑ってつけたした。 「私はあちこち食べ歩いてきて、菓子作りの腕もそこそこ自信はあります。ですが、和菓子に関しては、どう頑張っても鶴屋の味には追いつけないのですよ。鶴屋の水羊羹を食べないとどうにも夏という気がしなくてね。戻ってこられたらぜひ、皆さんにも食べていただきたいものです」 そして亀之介は、もう一度深々と頭を下げたのだった。 |
■参加者一覧
梢・飛鈴(ia0034)
21歳・女・泰
川那辺 由愛(ia0068)
24歳・女・陰
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
霧咲 水奏(ia9145)
28歳・女・弓
コルリス・フェネストラ(ia9657)
19歳・女・弓
サーシャ(ia9980)
16歳・女・騎
将門(ib1770)
25歳・男・サ
羽喰 琥珀(ib3263)
12歳・男・志 |
■リプレイ本文 ●いざ、封じられた山道へ 亀之介の依頼を受けるとすぐ、開拓者たちは作戦を立て始めた。互いの能力、装備を確認し合いどう隊列を組んで進むかを決めていく。話を終えるとすぐ、霧咲 水奏(ia9145)は立ち上がった。 「まずは件のアヤカシの目撃例が多い場所を聞きに行ってまいりまする。むろん他も警戒致しまするが、少なくともその付近に巣が残っている可能性がありまする故」 「じゃあ俺も一緒に行くよ。ギルドに行けば、アヤカシについてもっと詳しい情報仕入れられるかもしれないし」 羽喰 琥珀(ib3263)は水奏に続いて部屋を出て行く。 「長い棒があった方がいいでしょうね。出発までに用意しておきましょう」 そう言うサーシャ(ia9980)に、ルオウ(ia2445)は、 「俺は物見槍を使うぜ」 と自身の装備を示した。いずれにしても出立は翌朝になる。開拓者たちは、おのおの準備を進めるために解散した。 翌、早朝。亀屋の前に開拓者たちは集合した。 「弓術師のコルリスと申します。よろしくお願いいたします」 昨日も挨拶は交わしているのだが、コルリス・フェネストラ(ia9657)は再度頭をさげた。 「美しい女性の上半身に、蜘蛛の下半身。なかなか素敵なアヤカシじゃないの」 川那辺 由愛(ia0068)は、黒い前髪の下からのぞく赤い眼を光らせた。今回は無事に依頼を成功させれば、食道楽で有名な亀之介が絶賛する水羊羹まで食べられるという。 「こんな一石二鳥な依頼なら尚更気合が入るわ」 思わず鼻歌も出ようかというものだ。 「開拓者ってマジ便利屋アルな」 梢・飛鈴(ia0034)は、見送りに出てきた亀之介を見た。 「それはおいといて、ヨーカンの為にちょいと気張るカ。帰ってきたら、饅頭もクレ」 「おいしいお饅頭をたくさん用意させていただきますよ」 という亀之介の返事に、飛鈴の顔に笑みがうかぶ。 「水羊羹を楽しみに、行ってくるとするか」 将門(ib1770)の言葉を契機として一同は歩み始めた。 「どうぞよろしくお願いいたします」 という亀屋の主の声が後ろから追いかけてくる。 「それにしてもいい天気でよかったですね」 昨日の言葉通り、長い棒を手にしたサーシャは空を見上げた。空は青く、すでに太陽の熱がじりじりとし始めている。今日も残暑は厳しいことだろう。 「山に入るまではのんびりで大丈夫だロ」 飛鈴もあたりを警戒するでもなく、ゆったりとした歩調で歩みを進める。サーシャもピクニック気分で彼女に続く。 「前の連中が全滅って事は、それなりに締めてかからないと」 と由愛は戒めるように口にのせるが、彼女自身もまださほど警戒しているわけではない。このあたりは道もそれなりに整備されていて、行き交う人の数も多く、アヤカシの気配など感じられないからだ。 「その竹筒は何だ?」 将門に問われて、琥珀は胸をそらせた。琥珀の腰には液体が入っていると思われる竹筒が何本もぶら下げられている。 「昨日ギルドのおっちゃんが言ってたんだ。アヤカシに通じるかどうかはわからないけど、蜘蛛はお茶や煙草が苦手だって。だからお茶と煙草を混ぜた物を入れてきたんだ」 「そうか。それが通じれば戦闘が少し楽になるかもしれないな。何やら面妖な術を使うという相手であるしな」 そう将門が口にした時には、早くも問題の山にさしかかろうとしていた。 ●アヤカシとの遭遇 「ここからは、気を締めて行こうかイ」 飛鈴は用意の荒縄を取り出した。これを投げて前方にあるであろうアヤカシの巣を探ろうという寸法だ。 「そうですな。アヤカシが目撃されたのはもう少し上の方だという話ですが、用心にこしたことはないでしょうな」 水奏の言葉に、コルリスは 「『鏡弦』を使うのはその場所に近づいてからでいいでしょうか」 と、たずねる。水奏は頷いた。敵の数がわからない以上練力は節約しておいた方がいいだろう。 「上からの攻撃も注意する必要があるだろうな」 サーシャ同様、長い棒を手にした将門は上を見上げる。 「人魂を先行させるわ。怪しいものがあれば、すぐにわかるだろうし」 由愛は、蜻蛉を出現させると先に進ませた。 「よしっと、何もねえな」 ルオウは、物見槍であたりをつつきながら最前面に立って元気よく進んで行く。顔の高さにある巣に気がつかなかったなどということになれば洒落にならないので、将門の言葉通り上の警戒も忘れない。 前に依頼を受けた開拓者たちが全滅しているということもあり、一行は過剰なまでの注意を払いながら歩みを進める。 「そろそろ『鏡弦』を使った方がよさそうですな」 水奏とコルリスは交代で鏡弦を使うことにしている。まず水奏が弓を弾いた。 「近くにいますな。アヤカシの気配を感じまする」 水奏が注意をうながす。 「あら? これは蜘蛛の糸では‥‥」 サーシャがあたりをつつくのに使っていた棒に、ねばねばとした糸状のものがついてきた。 前に進み出た水奏とコルリスは、発見した巣のあたりに向かって乱射を使い、立て続けに矢を打ち込む。 「人魂には何も見えていないのだけど‥‥」 由愛が眉をよせた時だった。先行させていた蜻蛉と共有している彼女の視覚にうつったもの。 「いるわ! 前方に一匹!」 人ほどの大きさはあろうかという、アヤカシ。上半身は美しい女の姿。下半身は醜い蜘蛛。 「俺にも見えた! 来やがれ!」 がさがさと草むらをかきわけてアヤカシが現れる。不動を使って自身の防御力を高めたルオウが真っ先に飛びかかる。悲鳴に似た声をあげたアヤカシが、口から糸を吐き出した。糸を槍で巻き取ったルオウは、そのまま槍を手放し前方に飛び込む。一回転して跳ね起きた時には、腰の刀に手をかけていた。 「他にも気配を感じます! 皆さん気をつけてください!」 コルリスの叫びに、一気に皆の緊張感が高まった。囲まれればやっかいなことになる。 飛鈴が進み出た。アヤカシがルオウに気をとられている隙に側面へと回り込み、顎めがけて拳を叩き込む。 「こっちからももう一匹来るぜ!」 先に立っていた者たちが戦闘に入るのと同時に、心眼を発動していた琥珀が叫んだ。一同の背後からもう一匹、同じように上半身人の姿をしたアヤカシが姿を現す。 「もう一匹いますよ!」 最初に現れたアヤカシへの攻撃に加わるべきか、周囲を警戒し続けた方がいいのか様子をうかがっていたサーシャが声をあげた。彼女の前方にもう一匹。計三体のアヤカシに囲まれている。 「俺はそちらに加勢する!」 棒を放り出した将門は、サーシャの正面にいるアヤカシに斬りつけた。 「これでも、くらえ!」 琥珀は用意してきた竹筒の中身を、自分と対峙しているアヤカシの顔目がけてぶちまけた。確かに顔面に命中したのに、アヤカシはそれを嫌うそぶりを見せるでもなくむしろにやりとして琥珀の目を見据えた。 「な‥‥なんだよ‥‥」 正面から目を見てしまった琥珀の意志を無視して勝手に体が動く。琥珀は刀をおろした。相手を攻撃することができない。 「霧咲が即射の業をただの早射ちと思わぬことですな!」 琥珀の前に走り出た水奏が、女郎蜘蛛の口元めがけ、続けざまに矢を放った。 「お家芸。真似させてもらったわよ」 由愛が凄惨な笑みをうかべた。相手への皮肉の意もこめて、彼女が選んだのは蜘蛛の糸型の式を用いた呪縛符。琥珀へ意識を向けていたアヤカシの動きを拘束することに成功する。 「今のうちに!」 コルリスも水奏同様に女郎蜘蛛の口元に攻撃を集中させる。 「あたしはこっち片付けたら、そっちに回る! ちょっとだけ頑張ってくれ!」 いつもの口調を置き去りにした飛鈴は、後列にいた皆の方へむかって叫んだ。 ●アヤカシとの決着 「決着つけようぜ!」 ルオウは、腰の刀に手をかけた状態から一気にアヤカシにつめよる。タイ捨剣を使った攻撃だ。飛鈴の旋蹴落をくらってめまいをおこしている女郎蜘蛛の胴体に斬りつけた。 「食らい‥‥やがれぃ!!」 「もういっちょ行こか!」 ルオウの攻撃と同時に飛鈴の拳が、アヤカシの頭を叩き潰す。横倒しになった女郎蜘蛛は、瘴気に戻って消えていく。 「‥‥いきます!」 棒を放り出したサーシャは剣を抜いた。自身にアヤカシの意識を向けるかのように大上段に構えた体勢から、一気に剣をふりおろす。女郎蜘蛛が体を持ち上げた。下半身に生えている蜘蛛の足。そのうち二本を振り上げ、サーシャの攻撃を受け止めようとする。刃がきらめくのと同時に、アヤカシの足が一本とんだ。将門も女郎蜘蛛の懐に飛び込む。刀を上半身と下半身の境目あたりに突き立てて、引き抜くと同時に飛び退いた。 「タ‥‥タスケテ‥‥」 女郎蜘蛛は将門に向かって手を合わせ懇願する。将門の脳内を何かが横切った。 「助けて‥‥だと‥‥」 そこに隙が生じた。女郎蜘蛛は、口から糸を吐き出した。 「しまった!」 刀を持った方の手を、糸に絡めとられた。そのまま将門を引きずりよせようとするアヤカシとの力比べになる。 「世話がやけるアルな!」 最前面のアヤカシを倒した飛鈴が駆けつけてきた。間合いをはかり、女郎蜘蛛の頭を狙って、連環腿を使って攻め込む。 「人のアタマがあると不便アルなぁ? こちとら狙いホーダイアルぜ!」 頭に攻撃を加えられて、女郎蜘蛛はのけぞった。 「その生命、あたしに寄越しなさい!」 笑い声をあげながら、由愛は女郎蜘蛛の生命力を奪い取る。最大の力で作られた巨大蛭型の式が、女郎蜘蛛の体に取り付いた。生命力を奪われたアヤカシは地に倒れ、消滅した。 サーシャの剣がうなりをあげる。手を合わせ、懇願する女郎蜘蛛の精神的攻撃にゆさぶられることなく、胴を横に切り裂いた。 「俺も加勢するぜ!」 ルオウが攻撃に加わる。将門の腕を拘束する糸を刀で断ち切り、そのまま女郎蜘蛛の背後へと回りこむ。背中から斬りつけられ、アヤカシは悲鳴をあげた。 「これが‥‥お返しだ!」 解放された将門がとどめをさした。 「これ以上アヤカシが出なければいいのですが」 コルリスは、ふたたび水奏と交互に弓を弾きながらつぶやいた。先ほど倒した三体でアヤカシは全てだったらしい。その後は、アヤカシに遭遇することはなく無事に山を越えることができた。 思いきりアヤカシの術にかかってしまった琥珀は、しばらくしょんぼりしていたが、それでも山を降りる頃には笑顔を取り戻していたのだった。 ●最高の水羊羹 無事に安州にたどりついた開拓者たちは、まず問屋を訪れた。そこで馬と荷車を借り受け、何袋もの小豆を積み込む。その夜は亀之介の指示通り、宿屋で一晩ゆっくり休んで英気を養い、帰路の途についた。 帰りは荷車を囲むようにして、来た時同様の注意を払って進む。アヤカシにも盗賊にも出会うことなく無事に山を越え、午後には帰り着くことができた。 「おお、皆さん本当にありがとうございました。さっそく鶴屋に届けさせましょう」 出迎えた開拓者たちをねぎらって、亀之介は小豆を鶴屋に運ばせる。 「明日には水羊羹もできあがっていることでしょうから、ぜひ鶴屋の方へお出かけください」 亀之介に送られ、開拓者たちは報告のために開拓者ギルドへと向かったのだった。 翌日、それぞれが鶴屋を訪れた時にはもう水羊羹はできあがり店頭に並べられていた。 「いやあ、鶴ちゃんの水羊羹はやはり最高だね」 店の奥の一室で亀之介は満足そうな顔で匙を口に運んでいる。彼の前にあるのはジルベリア渡りの涼やかな硝子の器に作られた水羊羹。 「ヨーカンもいいけど、饅頭は?」 「鶴ちゃん、お饅頭も頼むよ。飛鈴さん、鶴屋はお饅頭も絶品ですよ」 飛鈴の前には、盆の上に山盛りにされた饅頭が運ばれてきた。遠慮なく彼女は饅頭に手を伸ばした。 「うーん、おいしい!」 由愛は満足そうな顔で、器を空にする。不気味なアヤカシも退治したし、水羊羹はおいしかったし、今回はいい依頼を引き受けたものだ。 「さすが季節の甘味ですね。本当においしいです」 サーシャもにこにことしている。井戸の水できんと冷やされた水羊羹。甘さは控えめで、口に運ぶと何やら柑橘系の爽やかな香りが抜けていく。暑さも一瞬忘れてしまいそうだ。 「すっげーうまーーいっ! ねぇねぇ、竹に入ったやつとかはない?」 琥珀の注文には、すかさず小さな竹筒におさめられた水羊羹が運ばれてくる。将門とルオウも、水羊羹に舌鼓をうっていた。 「ご馳走様でございました」 食べ終えた水奏は、店の方へと回る。おいしかったので土産用に幾つか買い求めるつもりだ。店でどれにしようか迷っている彼女の耳に、 「ああ、おいしかった。もう一つおくれよ」 と鶴屋の主に言っている亀之介の満足そうな声が届いたのだった。 |