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■オープニング本文 神楽の都から歩いて一日の場所にある武天の町、安神。 道端に停められた屋台の深い鍋から湯気が立ちのぼる。 屋台に取りつけられた幟には拉麺の文字。しかし昼の飯時だというのにお客は誰もいなかった。 屋台を営む青年、劉心は大きくため息をついて振り向く。少し離れた右隣りのうどんの屋台には大勢のお客が群がる。つまりはこの辺りで食べ物商売をするのは間違いではない。 「問題はこの拉麺か‥‥」 劉心は泰国の出身だ。生まれ故郷の料理である拉麺によって一旗あげるのが夢で、武天の地にやって来た。 最初は意気揚々と屋台を始めたのだが、一週間を経て訪れた客はわずかに十一人。しかもすべて一見の客ばかりである。 飯時が過ぎ去り、大量に残ってしまった醤油拉麺を劉心は一人寂しく啜る。 (「俺とここらの人達と味の好みが違うのだろうか。暑いせいもあるのかも知れないが、それならうどんだって売れないはずだし。それとも単にまずいのか。いやいや、そんなはずは――」) 夜、長屋の一室で布団へ横になっても、なかなか寝つけなかった。ついつい拉麺の事を考えてしまう。 悩んだ末、劉心は開拓者ギルドに依頼を出す。拉麺屋台を繁盛させる手伝いをして欲しいという内容だ。 開拓者は様々な土地を訪れるようなので食に詳しいはずである。それに安神は神楽の都に近い。味の好みが似通っているのではと劉心は考えたのであった。 |
■参加者一覧
天津疾也(ia0019)
20歳・男・志
ダイフク・チャン(ia0634)
16歳・女・サ
嵩山 薫(ia1747)
33歳・女・泰
水津(ia2177)
17歳・女・ジ
紅虎(ia3387)
15歳・女・泰
赤マント(ia3521)
14歳・女・泰
海藤 篤(ia3561)
19歳・男・陰
陽胡 恵(ia4165)
10歳・女・陰 |
■リプレイ本文 ●屋台 夕暮れ時の武天の町、安神。 開拓者達は道の片隅に幟を掲げる劉心の拉麺屋台を訪れる。 事情はすでに依頼書によって伝わっていた。拉麺を改良し、この屋台を盛り上げる事こそが開拓者達の役目だ。 「まずは食べてもらってから話そうか」 劉心はさっそく麺の玉を湯に入れた。そして丼に醤油を主体としたタレを入れ、寸胴鍋からお玉で汁を注ぐ。 平ザルで湯切りをし、丼に入れて薄切りの叉焼やメンマなどの具を添える。 一度に出来たのは醤油ラーメン四人前。劉心が屋台で一度に作れる最大数である。 まずは先に四人が箸をつける。数分後に残る四人分の拉麺が用意された。 八人の開拓者達は食べている間、無言の時が過ぎ去ってゆく。 「頂いた拉麺ですが美味しいです。とても繊細で丁寧に作られているのがよくわかります。ですが――」 海藤 篤(ia3561)は続けていったのは味の迫力についてだ。 一般に若者は刺激の強い味を好み、歳をとるに従ってあっさりとした味を好むようになる。 劉心の醤油拉麺は美味しくはあるが、迫るような力強さがない。多くの開拓者達の共通した感想がこれであった。 安神には老若男女がいるはずだが、屋台を出している一角がどのような場所かが問題である。それによって好まれる味付けも変わってくるはずだ。 「うどん屋巡りは任せて。赤マントちゃんと一緒に、どんな人たちがいるのかも見てきてあげるね」 「うどんの濃味、薄味のどちらが人気があるのか調査してみるよ」 紅虎(ia3387)と赤マント(ia3521)は協力して、まずはうどん屋巡りをするという。 「俺も一緒に行かせてもらうで。はよ、商売繁盛して銭の音が聞きたいもんやで。あんたも、そうやろ?」 天津疾也(ia0019)は汁の一滴まで飲み干してから丼を屋台に置いて劉心に話しかける。 「あたいはタレと汁を色々作ってみて麺と何処まで合うかを調整するとかするみゃ☆」 ニコっと笑ったダイフク・チャン(ia0634)の口元からは八重歯が覗いていた。 「拉麺は素敵な料理よ。きっと安神でも受け入れられるはず‥‥頑張りましょう」 嵩山 薫(ia1747)にとっての拉麺は泰国で修行を積んでいた頃からの好物である。 「そうだよね。せっかく泰国からきた拉麺だもの。ここでダメにしちゃうのは勿体無い!」 両手の拳を強く握りながら陽胡 恵(ia4165)は劉心に純な瞳の輝きをぶつけた。 「たった一杯の熱い拉麺という武器だけを持ち、この武天の安神へと乗り込んできたその熱さ‥‥。私にもよくわかります」 水津(ia2177)は食べた拉麺の中に劉心の思いを感じ取る。安神の町に受け入れられていない以上、まだ未完成というしかないが、それでも熱さはよくわかった。 それから日が暮れるまで屋台は続けられたが、開拓者達の他にやってきた客は二人のみであった。 ●準備 翌日から屋台の営業をあきらめての拉麺の改良が始まる。 紅虎、赤マント、天津疾也はうどん屋などの競合屋台の調査。 嵩山薫は周辺住民への直接の味の好みについての聞き取り。 その他の者達は、さっそく新しい味を作り上げる為、劉心と共に市場へ食材を買い求めに出かけた。 早朝、この周辺で一番評判のよいうどん屋台にはすでに多くの客が集まっていた。 天津疾也が頼むと、まもなく三つのうどんの丼が運ばれてくる。 「さっそく頂こうね」 紅虎は割り箸をパキッと小気味よく割く。赤マントと天津疾也もさっそくうどんを口に運んだ。 (「腰のある麺。これならお腹に溜まりそうね」) 赤マントは腰のあるうどんの麺が印象に残る。これだけの麺となると即席では打てない。よく鍛えて一晩は確実に寝かせてあるのだろう。 (「醤油の風味がとてもいい‥‥。うどんと拉麺の作り方の差はあるにしても、劉心さんより、いい銘柄の醤油を使っているのかも知れないね」) 紅虎は丼から直接、汁を啜って確かめる。 (「薬味はお好みで付け加えられるようやな。ん? こりゃなんや?」) 天津疾也が屋根部分に取り付けられたお品書きを読んでいると、強烈な魚介風味が香ってきた。ちょうど、うどん屋台の主が寸胴鍋から蓋を取った瞬間であった。 風向きのおかげで天津疾也は知り得たが、他の誰も気づいてはない。主は蓋を開けっ放しにはしていないようだ。普通は客寄せに使うはずの匂いをあえて控えているのは秘密を知られたくないからだろう。 鰹節や煮干しだけに頼らない出汁がうどん屋の決め手のようだ。ただし、素材までを当てることは難しい。 紅虎、赤マント、天津疾也の三人は劉心が普段屋台を出している通りのすべてを調べるつもりでいた。少しずつ時間を空け、膨らむ腹をごまかしながら各屋台を巡るのであった。 「なるほど‥‥。ありがとうございました」 嵩山薫は道行く人々に声をかけて味の好みなどを聞いて回る。内容は忘れないように紙へと書き留めてゆく。 「ん? 拉麺かい。そういや、この間食べたっけな」 一人だけ劉心の拉麺を食べたという男性と話す機会があった。 彼によれば、味の薄さが気になったという。しかし、嵩山薫が食べた時の拉麺は薄味であったが、決して満足できない水準ではなかった。 詳しく訊ねてみると、どうやら塩気が足りない事がわかる。ちなみに訊いた男性は大工仕事を生業としていた。 いつでも賑やかな安神の市場。 海藤篤、陽胡恵、水津、ダイフクは劉心を連れて買い物をしていた。待ち合わせ場所を決めると、各自ばらけて行動を始める。 「美味しいラーメンを作ってみんなをびっくりさせるみゃ☆ ちゅるるんと美味しいのが出来るといいみゃ〜☆」 ダイフクは魚介系の風味を活かす食材を買い込む。基本の煮干しと鰹節から始まり、トビウオの干物であるアゴ、昆布、帆立の貝柱などである。 劉心が普段から使っている鶏ガラも手に入れておく。 「まず何においても手に入れなければならない食材があります」 水津は真っ先に黒胡麻を吟味し、一番質のよいものを探しだした。その他には一味唐辛子、山椒の実も手に入れる。 「先ほど紅虎さんとすれ違いました。醤油も普段のと違った銘柄を試してみてはどうかと仰ってましたよ」 「それもいいかも知れないな」 海藤篤は劉心の相談役として一緒に行動する。多くの場合、話し相手がいると考えがまとまりやすくなるものだ。 「劉心お兄ちゃん、あの店に醤油や味醂がたくさんあったよ」 ちょうど陽胡恵がやって来て専門店を教えてくれた。三人で店を訊ねると醤油や味醂の味を試す。少し舐めては水でうがいをするのを繰り返した。 (「少し風味が劣化してたんだよね‥‥。劉心お兄ちゃんの食材」) 陽胡恵は心の中でつぶやいた。 わずかだが劉心の手持ちの醤油などは劣化していた。商売がうまくいっていなかったせいで、古いものが残りやすくなってしまった為の悪循環である。 「魚醤油も風味が独特で面白いのだが‥‥やはり癖が強いだろうか」 「試しに隠し味としていれてみてはどうでしょう?」 海藤篤は話しながら劉心の顔が引き締まってゆくのを感じ取る。 その他に調査に向かっている仲間達が欲しがっていた味噌などの食材も購入しておく。 昼前には劉心の長屋住まいに戻り、拉麺の試作に取りかかるのであった。 ●拉麺 それから三日の間、劉心と開拓者達は新しい拉麺作りに没頭する。 調査の結果、主に客となる層は十歳代から三十歳台前半まで。そして神楽の都と武天の各町を繋ぐ流通の拠点として活気があるおかげか、体力を使う労働者が多い。 つまりは今よりも味付けが濃い方が好まれる傾向があると結論が出る。 「魚介汁と鶏ガラ汁を合わせた魚介風拉麺みゃ」 ダイフクが案を出し、劉心が仕上げた魚介風拉麺が最初に出来上がった。ちなみに載せてる具は叉焼とメンマ、あとゆで卵だ。麺は以前のと一緒である。 さっそくみんなで試食する。 「‥‥何かしら皆さん。その何か言いたげな目は?」 まだ試食が続くというのに嵩山薫は丼のすべてを平らげてしまった。しかも誰よりも早く。 それだけ旨かったということだろう。ちなみにほんのわずかだけ魚醤油が隠し味としてタレに使われていた。 「おとなしくしてくれたご褒美みゃ」 出し殻の煮干しや鰹節を連れてきた黒猫にあげるダイフクである。 「あたしが考えたのも二種類の汁を使ったよ。豚骨から煮出した汁と鶏ガラの汁を合わせた醤油ダレの豚骨醤油拉麺、いっちょあがり♪」 紅虎の案による豚骨醤油拉麺は、ダイフクの考えたものとかなり方向性が違っていた。好みですり下ろしたニンニクや紅生姜を入れられるように用意してある。具は葱、叉焼、メンマ、卵だ。 紅虎も自ら笑顔で豚骨醤油拉麺を啜る。頭の中で考えていた味が見事に再現されていて、劉心の料理の腕を確信した紅虎であった。 「僕が田舎から出て来て最初に食べた拉麺が味噌味だったんだよね。だからといってはなんだけど」 赤マントの案は味噌拉麺だ。なるべく手に入りやすい種類の味噌を合わせて使ってある。具にはとうもろこし、叉焼、ゆで卵。麺はうどんを意識して太い平麺。 「旨いみゃ〜☆ お味噌の味はとっても美味しいみゃ」 熱心に食べてくれるダイフクの姿に赤マントは微笑んだ。他の仲間達にも好評である。 「こりゃ、ガツンとやられたわ。味噌は慣れ親しんどるだけあって、濃い味やのにすっと胃に収まる感じや」 天津疾也は劉心に替え玉を頼むほど気に入る。ちなみに替え玉をお品書きに加えるようにと天津疾也はこの時、劉心へ助言をした。 さすがに三杯を食べると、これ以上お腹には入らない。無理に食べたところで味を評価する気分になるはずもなく、試食は翌日に持ち越される。 そして新たな朝日が昇ると拉麺試食の時間が再び始まった。 「辛さは心。燃える様な熱き味に!」 叫びながら劉心を手伝う水津の後ろ姿を他の開拓者達は戸惑いながら眺めていた。 やがて運ばれてきた拉麺は、以前劉心が出していたものと見かけは変わりない。食べてみると、濃いめの味付けがされているのはすぐにわかった。さらに洗練されている印象を受ける。 「これを忘れてはいけません。『すりだね』です。拉麺は愛と魂。繊細に、そして大胆に燃え上がるのですよ」 水津が丼の次に運んできた容器には黒胡麻、一味唐辛子、山椒の実を摺ったものが入っていた。これを好みで使って欲しいと水津は告げる。 「か、辛いですね」 海藤篤も劉心の拉麺の基本は変えずに洗練してゆく方向性を望んでいた。 最初は丼に入れたすりだねが辛すぎると感じた海藤篤だが、食べている間に気にならなくなる。食べ終わった後、汗だくだくになっていたが、すっと風が身体にあたると非常に涼しく感じる。 熱い食べ物を口にしたからこそ得た涼しさだ。 「基本の拉麺をより洗練する時、とても助かった。ありがとうな」 「あたしは、ちょっと気がついたことをいって、試食をしただけ。劉心お兄ちゃんの腕がよかったんだよ」 劉心に感謝された陽胡恵が謙遜する。 拉麺の種類は増やせないが、薬味による変化として葱拉麺、メンマ拉麺、叉焼麺などの案を陽胡恵は出してくれた。 「昨日の拉麺も美味しかったし‥‥ふむ。今日のどちらも捨てがたいわね‥」 二つの空になった丼を前に嵩山薫が右手を頬にあてながら考え込む。 「どれも旨かったで。薬味をたくさん用意するのはいい案や。麺の太さはできんやろか?」 天津疾也の問いに劉心は麺をたくさん用意するのは無理だと答えた。太さを変えると茹でる時間が変わったりなど、一人で作業するにはいろいろと複雑になるからだ。 汁の匂いを漂わせるのには賛成する。うどん屋台が隠すならば、あえて漂わせて客を引いた方がよいと劉心は判断した。 客の希望で汁の濃さを変えられるようにとの海藤篤の意見については採用されない。ただこれに関しては、客を見ただけで好みを判断して味の調整が出来るようになりたいという劉心の望みを絶たない意味も含まれていた。 「美味しかった♪ でもこの中から一つしか選べないなんて、ちょっと悩んじゃうね」 満腹の紅虎は笑顔で壁にもたれかかった。 劉心は考えた末、元からある拉麺をより安神の人々の口に合わせたものを選んだ。隠し味としてダイフクの案で出てきた魚介系のだしも組み入れられる。 それに水津のすりだねを含んだ開拓者達が考えてくれた具の多くも採用した。葱拉麺などの薬味による多様性も含めて。 麺に関しては今までより少しだけ太くし、腰の強いものを目指す。 改良の拉麺が決まったところで、開拓者達は明日からの再開準備を手伝った。 力ある者は麺作り。 包丁などの扱いが出来る者は食材の下ごしらえ。 町を練り歩き、明日からの拉麺屋台再開を宣伝する者もいた。 再開一日目に屋台を訪れた客は五人に留まる。しかし二日目には十一人に増えた。そして三日目は二十一人と、客が客を呼んでくれる状況となった。 劉心が真面目に続ける限り、もう大丈夫だと開拓者達は確信する。 「せめてこれを持っていってくれ」 劉心は依頼金をわずかだが上乗せして開拓者達に渡した。断ろうとした開拓者もいたが、是非にという劉心の熱意に負けて受け取ることにする。 「ありがとうよ!」 劉心は大きく手を振って去りゆく開拓者達を見送るのだった。 |