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■オープニング本文 泰国で獣人を猫族(ニャン)と表現するのは約九割が猫か虎の姿に似ているためだ。そうでない獣人についても便宜的に猫族と呼ばれている。個人的な好き嫌いは別にして魚を食するのが好き。特に秋刀魚には目がなかった。 猫族は毎年八月の五日から二十五日にかけての夜月に秋刀魚三匹のお供え物をする。遙か昔からの風習で意味の伝承は途切れてしまったが、月を敬うのは現在でも続いていた。 夜月に祈りの言葉を投げかけ、地方によっては歌となって語り継がれている。 今年の八月十日の夕方から十二日の深夜にかけ、朱春の一角『猫の住処』(ニャンノスミカ)において、猫族による大規模な月敬いの儀式が行われる予定になっていた。 誰がつけたか知らないが儀式の名は『三日月は秋刀魚に似てるよ祭り』。それ以外にも各地で月を敬う儀式は執り行われるようだ。 準備は着々と進んでいたが、秋刀魚に関して巷では不安が広がっていた。 泰国各地で秋刀魚の不漁が続く。 各地の市場に水揚げされる秋刀魚はほんのわずか。不足が高騰を招いてとんでもない値で取引されている状況だ。 ここに至って漁師達からの報告によりアヤカシの仕業だとわかってきた。 ある者の仮説によれば、アヤカシ等は秋刀魚の回遊を邪魔することで焦る漁師を呼び寄せて喰らおうとしているのだと。 ここのところ泰儀の海にアヤカシが多く出没しているのは事実だ。本当なら由々しき事態である。 漁師安全と秋刀魚不漁の解決を試みようと様々な立場の者が自発的に開拓者ギルドへと足を運んで依頼を行う。 そのうちの一人に不思議な人物が。 「毎年行われる祭りの夜の送り火をとても楽しみにしているんです。儀式に秋刀魚がなければ始まりませんから、是非にアヤカシの排除をお願いしたい」 依頼者は少年と青年の狭間といった年齢だ。容姿は深くフードを被っていたのでわずかにしかわからない。ただギルドの受付嬢が預かった依頼料の革袋はずっしりと重かった。 「三山送りの火は綺麗ですよね。昨日、今年はどのような図柄が山の斜面に描かれるのか同僚と話題にしていたくらいです」 受付嬢は依頼者をどこかで見たことがあると思いながら手続きを進めた。 「――という形で了解済みです。問題ありませんので」 「えっ? 軍の一部隊とすでに話がついているんですか?」 依頼者の口から具体的な内容を聞かされた受付嬢は驚きを隠せなかった。かなりの規模に渡る作戦が練られていたからだ。 依頼者は泰国軍の正式な印が押された書類を持ち合わせていた。ギルドの専門家に照合してもらったところ本物に間違いなかった。 演習名目で泰国軍の飛空船部隊が離れ小島にしばらく駐留するという。 アヤカシ退治の作戦は以下のように組み立てられていた。 軍の中型飛空船が海上航行で囮となり、大量の海洋アヤカシを離れ小島まで誘導する。 依頼に参加した大勢の開拓者は離れ小島の砂浜近くの森で待機。 波打ち際まで海洋アヤカシを誘導した軍の中型飛空船は急上昇。そして波打ち際に取り残された海洋アヤカシを森から飛び出した開拓者に倒してもらうといった流れだ。 「潮の満ち引きを計って軍の作戦は決行されます。島の砂浜は非常に遠浅なので海洋アヤカシ等は島の外縁に取り残されるはず。そのような状況で開拓者にはアヤカシを倒して頂きたいのです」 「そ、それはよい考えですね」 依頼者が語る作戦に受付嬢は頷くしかなかった。 手続きが終わって依頼者は帰る。疲れた受付嬢は休憩へ。 (「あの依頼者はどこの誰なんだろう‥‥。名前は秋風なんていってたけど、あれほどの人脈を持っているなら本物として通じる偽名を持つなんて簡単だろうし」) 椅子の背にもたれた受付嬢は紅茶を頂きながら天井を眺める。 (「そういえばこの国の天帝春華王様もあのくらいの年齢よね。容姿も肖像画に似ていたし‥‥いやいや、まさかね」) 受付嬢は首を横に振りながら思いつきを直ぐさま否定した。 離れ小島の名は『青輝』。 青空に白い砂浜といった景色に混じって飛空船二十隻が海面を走っていた。それぞれの飛空船の後方では波に混じって高く飛沫があがる。 多数の海洋アヤカシが海面下で飛空船を追いかける。まもなく砂浜において大勢の開拓者との戦いが始まるのだった。 |
■参加者一覧 / 柚乃(ia0638) / 鴇ノ宮 風葉(ia0799) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 九鬼 羅門(ia1240) / ペケ(ia5365) / からす(ia6525) / 和奏(ia8807) / 村雨 紫狼(ia9073) / フェンリエッタ(ib0018) / 明王院 未楡(ib0349) / ミノル・ユスティース(ib0354) / フィン・ファルスト(ib0979) / 无(ib1198) / 海神 雪音(ib1498) / 杉野 九寿重(ib3226) |
■リプレイ本文 ●砂浜に溢れるアヤカシ 普段は静かな小島『青輝』を目指して飛空船二十隻が飛沫をあげて海水面を走る。すべては秋刀魚漁を妨害する海洋アヤカシを誘い退治するためだ。 すでに潮は引き始めていた。もうすぐ遠浅の小島周辺で巨体のアヤカシが泳ぐのは困難な状態になる。 『青輝』の砂浜は間近。小島へと向かう先頭の飛空船一隻が波間から離れて浮上した。 それまで海中内を進んで追いかけていた海洋アヤカシが海上へと姿を現す。その異様な光景を依頼に参加した開拓者達は砂浜間近の森の中で待ちかまえていた。 泰国軍の飛空船団が演習をしている最中に海洋アヤカシを発見遭遇。『青輝』を拠点にする開拓者達と『偶然』にも共同作戦となるのが事前の筋書きである。依頼者の秋風が考えたものだ。 海洋アヤカシの大群を小島へと誘い込むのは九分九厘成功したといってよかった。後は多数の海洋アヤカシをどう殲滅するかにかかっていた。 「‥‥え、何? もう敵襲?」 鴇ノ宮 風葉(ia0799)は一人、波打ち際まで森が伸びている岩の上で釣りに興じていた。ずれていた色付眼鏡を持ち上げて上空で旋回する飛空船を仰ぐ。 「かなりの敵数です。大まかになりますが、百。いや二百は越えているはず」 木の枝に座り、望遠鏡にて海洋アヤカシと飛空船の状況を開拓者に伝えていたのは依頼者の秋風である。泰国の帝都、朱春から離陸した移動用の大型飛空船に彼も同乗していた。 柚乃(ia0638)は頭上の秋風に小首を傾げる。 (「どうみても常春クンとしか‥‥」) 友人の常春を見間違う柚乃ではない。とにかく何か事情があるのだろうと今のところは初対面のフリをすることにした。 (「祭好きだな、王は」) 秋風の正体を見破っていた者がもう一人、からす(ia6525)である。水着の上にパーカーを羽織っていたが、戦闘を前にしてフードを背中へと下ろす。 「皆様‥家庭の食卓を守る為にも、宜しくお願いしますね。咆哮でアヤカシを集めたいと考えています」 明王院 未楡(ib0349)は水着の上にジルベリア風のシャツを纏っていた。集敵役を引き受けてくれる。 「秋刀魚は大切ですの。ここはあたしもがんばりますの」 礼野 真夢紀(ia1144)は胸元に仕舞っていた『神刀「青蛇丸」』を取り出した。普段は精霊術発動の媒体として使っているのだが、想定よりも人が少ない現状なので刃として使う覚悟も決めていた。 「あっつーい‥‥焼けちゃう‥‥」 鎧姿のフェンリエッタ(ib0018)の頬から幾筋もの汗が流れ落ちる。森中の木漏れ日状態なのに陽光はとてもきつい。 砂浜の向こうを眺めてみれば陽動の飛空船の殆どが海水面から離れようとしていた。追いかける海洋アヤカシの暴れ方に焦りが感じられるのが興味深い。読心術的に想像してみれば『騙したな!』と叫んでいるところだろう。 「‥秋刀魚、たくさんとれるといいですね‥‥」 和奏(ia8807)は『刀「鬼神丸」』に手を添えて腰を屈め、いつでも飛び出せる体勢を整える。戦いはまもなくと判断した。 「終わったら海、終わったら海‥‥。海で涼む!」 和奏と同じく飛び出す準備を整えながら眩しい波打ち際に思いを馳せていたのがフィン・ファルスト(ib0979)だ。鎧を脱いで泳ぎたいところだが戦いを考えて脳裏から消し去ろうとする。しかしなかなか頭の中から消えてくれない。 最後の一隻となる殿の飛空船が海水面から離れようとする。 飛空船後部の突起へと勢いよく伸びる巨大蛸アヤカシの触手。間一髪のところで空振りに。勢い余った触手のせいで激しい飛沫をあげるだけで終わった。 二十隻すべての泰国軍・飛空船が海から離れて青空に舞い上がる。常春が鳴らした銅鑼の音を合図にして開拓者達は一斉に森を飛び出した。 アヤカシの一部が勢い余って波の上を転がるようにして砂浜へと上陸する。 その他大勢のアヤカシも海中にいるというよりも遠浅のせいで広大な水たまり内に佇むような状況になっていた。 一番最初に行われた攻撃は弓矢によるものだ。 (「これで隙を作ります」) 海神 雪音(ib1498)が森からわずかに出た場所で砂を踏みしめ、弦に矢かけて弓を引く。鋭い響きの後に風を切る疾走音。 鷲の目で狙い『強射「朔月」』にて威力を増した矢は巨大な二枚貝アヤカシの開かれた隙間へと吸い込まれる。いきなりの弱点を突かれた二枚貝アヤカシは白く輝く砂浜に似つかわしくない黒い瘴気を撒き散らして果てていった。 「この場を何とかすれば秋刀魚漁も復活するはず。ここはすべてを倒すべきですね」 杉野 九寿重(ib3226)は飛んでくる墨を身体を捻って避けながら烏賊アヤカシに迫る。 たまたま墨にまみれた砂浜の小さな蟹が瞬く間に腐りとけた。成人男性並みの身体を誇る烏賊アヤカシが吐く墨は猛毒である。 触手による突きを上半身反らしで躱した後、杉野は勢いをのせて『野太刀「緋色暁」』を振るった。 触手の何本かが斬り離されて宙を舞う。姿勢を崩した烏賊アヤカシの墨攻撃は明後日の方向に吹かれるだけ。杉野は甲を真っ二つにして止めを刺す。 「まとめて倒すにこしたことはありませんね。漁が出来るようになるためにも」 ミノル・ユスティース(ib0354)はアヤカシのみが多く固まっている方向を『精霊の小刀』て指し示す。 術が唱えられて現れたのは吹雪。夏の砂浜では普通起こり得ない不思議な光景によってアヤカシは巻き上げられて砂浜へと落下していった。一部は深く砂浜にめり込み、集まった開拓者仲間が一気に叩く。 砂浜での戦いが始まった頃、管狐のナイを連れた无(ib1198)はわざと海中へと足を踏み入れた。とはいえ波が寄せてもせいぜい二十センチメートル程度の水深である。 「暑いから冷やしますか、少しは‥‥」 无(ib1198)は照る日差しにうんざりとした表情を浮かべる。そして海水に浸かって喜ぶ管狐のナイを眺めてから敵に向けて式を打つ。 現れた氷柱は浅瀬でのたうち回る鰹型アヤカシへと命中。一瞬の冷気が周囲を通り過ぎてゆく。 主人の攻撃を知った管狐のナイは奮起して風刃を飛ばした。鰹型アヤカシの胴右側面が深く斬り裂かれて消滅する。 波打ち際でも激しい戦いはあった。 「沖には帰さないからな」 九鬼 羅門(ia1240)は海へと戻ろうとする巻き貝型アヤカシに気がついた。即座に発動させた瞬脚で追いつく。 まずは殻から伸びる突起の何本かを拳と回し蹴りでへし折る。殴りやすい範囲が出来上がったところで溜めた力で右拳を叩きつけた。 暗勁掌による衝撃は鎧のような殻を通過して内部深くまで到達。まるで効果を表すかのように寄せていた波が足で弾けて飛沫をあげる。 それまで螺旋運動を続けていた巻き貝型アヤカシが制止。身体の向きを変えるように体重移動をさせて左拳も叩きつけると巻き貝型アヤカシはさらさらと瘴気に還元してゆく。 波打ち際から二百メートル程離れた沖では海中戦が繰り広げられた。ただ水深は約一メートル。それだけ青輝周辺の遠浅は広大である。 鮫型アヤカシは不用意に近くを泳いでいた者を喰らおうと巨大な口を開いた。まるで血のような赤い口中内と並ぶ鋭い歯が露わになる。 勢いよく噛み砕こうとするのだが、それは叶わなかった。逆に鋭い歯が粉砕されてしまう。さらに衝撃で身体ごと後方へと持っていかれた。 拳を突きだしていたのは、もふらの刺繍が施されたフンドシが似合うペケ(ia5365)。彼女の鋼拳が炸裂した瞬間であった。 砂浜での戦いは消極的な状況へ傾きつつある。陸上では不利だと判断したアヤカシの撤退が始まっていたからだ。 「!!」 現状打破のため、アヤカシを引き戻すために未楡は波間に足を踏み入れてから咆哮を響かせた。沖へと引き返そうとしていたアヤカシが反転して未楡へと突進する。 大きく後ろへと跳ねた未楡は砂浜へ。側にはアヤカシを待ちかまえる仲間達の姿がある。 「範囲攻撃でまずはおおざっぱに」 深呼吸をして心を落ち着かせたフェンリエッタは『飛鳥の剣』へと集中させていた練力を一気に解放し瞬風波を放つ。渦巻く刃のような風は一直線上にいた海蛇型、鰹型、珊瑚型のアヤカシを貫いた。 「食えないのに用なんて無いってのよ、くたばっとけぇっ!」 フィンが前方の敵に向けて大きく『魔槍「ゲイ・ジャルグ」』を振り回すと大量の砂粒が舞い上がる。ハーフムーンスマッシュによる薙ぎ払いは強烈だ。瞬く間に五体の魚型アヤカシが十の塊に分断された。 フィンの言葉通り、アヤカシは残念ながら食すことは出来ない。瘴気の塊が正体なので切り離された部分が黒い瘴気へと変化してしまう。倒されたらもちろんまるごと消え去るのみだ。 「よく戻られました」 アヤカシを咆哮で呼び寄せた未楡自身も『薙刀「巴御前」』で回転切りを炸裂。まずは数減らしを優先する。 「焼いて喰えぬのが残念だな」 からすはアヤカシの群れから近からず遠からずの位置で『呪弓「流逆」』を構えた。 弦にかけた矢の数は非常に多く、まるで針のむしろのよう。仲間がいないのを確認してから乱射を浴びせかけた。 海洋型アヤカシの中には巨大だがアサリによく似たものがある。 「そうだな。戦闘が早く終われば掘ってみようか」 アヤカシが消え去る様子を眺めて今日の夕食を考えたからすである。 砂浜から波打ち際の戦いは混戦の状況を呈す。すでにまとめて倒す技の使用が難しくなっていた。 杉野は虚心でアヤカシの攻撃を見切った上で野太刀にて斬り捨てた。 「この鋼鉄のような外殻は厄介ですね」 時に強敵と感じるアヤカシ相手には紅蓮紅葉の輝きを纏わせた上で突進。斬り込んだ杉野が巨大蟹アヤカシを瘴気へと還元させる。 精霊砲で遠隔からアヤカシを倒していた柚乃も行動の変更を迫られていた。 開拓者仲間の怪我の積み重ねが動きを鈍らせる頃である。役割を回復役に切り替えて、手に持った鈴を小気味よく鳴らし始めた。 「お体が大変な皆様は集まってくださいね‥‥」 柚乃が精霊の唄で癒す。元気を取り戻した開拓者達は再びアヤカシとの戦いへ。 「弱いけど、人員少ない以上そんなこと言っていられません!」 もう一人の回復の巫女、礼野は柚乃から少し離れた砂浜で戦っていた。予め二人で相談し分担していたのである。 礼野が次々と小さめの蟹アヤカシに刀を突き刺して瘴気に戻してゆく。親のような巨大蟹アヤカシはミノルと和奏が対峙していた。 「これでどうです?」 ミノルのウインドカッターが巨大蟹アヤカシの足の一本を見事に切り取る。 「長引かせるのも何なので」 巨大蟹アヤカシがひるんでいる隙に和奏は斬り込んだ。秋水の流れるような攻撃によって蟹の腹の部分に鮮やかな亀裂を与える。 最後のあがきか巨大蟹アヤカシは大量の泡を吹いて攻撃を仕掛けてきた。触れれば火傷する泡を被りながらも和奏は強烈な唐竹割を巨大蟹アヤカシの頭天に叩き落とす。ミノルも飛んでくる泡をものともせずに止めのウインドカッターで胴に風穴を空けた。 「助かります」 「痛みが引いていきますね」 巨大蟹アヤカシの瘴気が散る中、和奏とミノルに礼野が閃癒で治療を施す。感謝されながら首を横に振り『あたしこそ』と謙遜する礼野だ。 これで終わりではない。海洋型アヤカシはまだ多く残っていた。 咆哮が効かなかったのか、または範囲外だったのかわからないが砂浜に戻らないアヤカシもいた。 「そういや師匠も泰の人だったなぁ‥‥」 九鬼羅門は森の中で調達済みの石ころを取り出して非常に低い投げ姿勢で沖を狙う。 揺らめく波の上を滑るように弾きながら飛んでいった石ころは蛸型アヤカシの後頭部に見事命中した。 志体持ち全力の投げだけあって少々の傷を負わせる。怒った蛸型アヤカシは多数の触手をばたつかせて高く水飛沫を巻き上げながら砂浜へと戻ってきた。 その頃、戦場の砂浜から名前を呼ばれたような気がした鴇ノ宮は大きく欠伸をする。 「しょーがない‥‥海の主を釣る、あたしの偉大なる大海征服計画はまた後にしますか‥‥文字通りの雑魚で、我慢したげるわよ‥!」 鴇ノ宮は釣り竿を仕舞うと岩から飛び降りて砂浜を駆けた。戦いの間近まで迫って急停止し、取り出したのは砕魚符。 符で召還したのは巨大鮪型。これまた巨大鮪型アヤカシへとぶつけた。 「くすっ‥‥たまにはこーゆー、悪フザケもいーでしょ? あ、威力はふざけてないから、覚悟して受け止めなさいなっ!」 鴇ノ宮は物見遊山する。砂浜で巨大鮪同士が転がるように戦う様はとても異様な光景だ。 「‥で、この魚、なんて名前?」 誰かに『鮪』だと聞かされると『そ、そんなこと知っているわよ!』と鴇ノ宮は顔を真っ赤に染めるのであった。 沖での戦いも佳境に入る。 「これで十五体目です‥‥」 弓矢での遠距離攻撃を得意とする海神雪音は森の側から場所を変えて波打ち際に立っていた。 狙い定めるのは沖へと敗走を決め込むアヤカシ。 未楡が定期的な咆哮で周囲にアヤカシを止めていたが限界はある。広範囲な砂浜なのですべてを網羅するのは最初から不可能といえたからだ。 海面から浮上する度にアヤカシを矢で射り続けた。敵が波間に沈むまでの時間を計算に入れての長距離射撃は非常に難しい。だが海神雪音は淡々とこなしてゆく。 比較的波打ち際に近い沖では无が管狐のナイと一緒にアヤカシを片づけていた。 時折かかる波のおかげで暑さは大分和らぐ。しかし今では激しい戦いのせいで腹が異様に減ってくる。 「秋刀魚のことずっと考えていたからな」 无は一直線になって泳いで逃げようとする蛸と烏賊型のアヤカシ四体を発見。ここぞとばかりに氷龍を召還し、凍てつく息によってまとめて葬ろうと図る。 管狐のナイは瀕死の烏賊型アヤカシ一体を追いかけて止めを刺してくれた。 海中に漂う褌。 ペケは潜水で沖全般を巡回する。 弱めの敵ならば自らの手で、強敵については海水面に誘い出して海神雪音と无に任せた。 ペケももちろん強敵を倒せる実力を兼ね備えている。仲間に任せたのは戦闘に時間をとられることで索敵に穴が空くのを嫌ったためだ。 引き潮が頂点に達した時、波打ち際にあった最大のシャコ貝アヤカシの動きが完全に止まった。 海水を取り込み吐くことで移動していたシャコ貝アヤカシ。ついに取水出来ない浅さになってしまったからだ。海水を高速噴射することで攻撃を行っていたのでもう何も出来ないといってよかった。 この機会に倒すべく、シャコ貝アヤカシに対して開拓者の約半数が攻撃を開始する。 前衛によって分厚い殻が打ち砕かれ、内部が露わになったところで遠隔攻撃が集中して叩き込まれた。 取りかかってから十数分後、シャコ貝アヤカシは波に攫われた砂の城のように崩れ去った。黒く変色し、波間に混ざる瘴気。あまりに大きく完全に消え去るにはそれなりの時間を要した。 シャコ貝アヤカシを倒したことで志気が上がった開拓者達は今一度奮起して残りを倒す。 戦いが始まって一時間弱経過。飛空船二十隻が誘き出したアヤカシの殆どの殲滅に成功するのだった。 ●戦いが終わり 満ち潮になるまでまだ少し余裕があった。 からすが潮干狩りを始めると真似する者もちらほら。また満ちてきてから釣りを行う者も。 「う〜〜〜み〜〜〜〜〜!」 鎧を脱ぎ捨てざぶんっと海に飛び込んだのはフィン。プカリとしばらく浮いて漂った後、思う存分遊び尽くす。 「気持ちいい〜♪」 フェンリエッタは思う存分海で泳ぎ、暑さで参っていた身体を癒す。 どこからか漂ってきた褌が発見される一幕もあったが、無事持ち主の元に返された。 「天儀の人が多いから炊いたご飯は絶対にいるよね」 秋風は夕食の準備を行っていた。食材の下拵えをして火を熾す。 「アヤカシ退治、ご苦労様でした」 暮れなずむ頃、一隻の泰国軍の飛空船が小島へと着陸する。 上空から眺めていたら魚影が濃い海水面を発見したという。試しに網を打ったところ秋刀魚が獲れたとのことだ。 おかげで夕食に秋刀魚が加えられた。一人二尾として充分である。 「もふぅ〜‥‥」 「もう八曜丸ったら‥‥」 砂浜を散歩していた柚乃は暑さで『ぐたーっ』と遅れ気味のもふらの八曜丸をたしなめる。 あまりに動こうとしないので八曜丸が目を瞑っている間に砂を被せて埋めてみた。はっと気づいたときにはもう遅い。八曜丸は顔だけ砂から出ている状態だ。 「冗談よ。さあ、常春クンと一緒に夕食をもらいましょ。美味しい秋刀魚が食べられるんだって‥」 「もふ!」 ご飯と聞いて元気になる八曜丸を柚乃は笑顔で掘り出すのだった。 「えっと‥‥何で? もしかして戦ったときの呪いか何か?」 鴇ノ宮はようやく釣れた魚を眺めながら両目の瞼を半分に落とす。 吊り上げたのは小柄ながら鮪。大物狙いであったため非常に太い釣り竿と針を使っていたのは確かだが、まさかこんな遠浅の海岸で鮪が釣れるとは想像してもいなかった。 おそらくアヤカシに追い立てられて迷い込んできたのだろう。鮪は刺身に調理されて仲間達にも振る舞われた。 「海の幸は美味しいですの」 料理が得意な礼野は秋刀魚も刺身にして皆に振る舞う。 「内陸でこれを食すのは難しいはずだよ」 からすは獲れた沢山のアサリやサザエを望む仲間達にも分けた。 焚き火が増やされて木の枝に刺された秋刀魚がたくさん並ぶ。炎に近づかせすぎず、遠火でゆっくりと焼かれてゆく。 炙られて脂が爆ぜる音が食欲を誘った。 豊富に獲れたアサリやサザエは網の上で焼かれる。醤油を少し垂らせば出来上がりである。 「酒と一緒に頂こうか。‥‥んっ、うまいな」 待っていましたとばかり无は秋刀魚の塩焼きにかじりついた。隣にちょこんと座る管狐のナイもご相伴に預かる。 「撤退の選択をすることなく殲滅させられてこの上ないですね」 杉野が食べた後の秋刀魚の塩焼きは骨のみで身の欠片一つ残っていなかった。食べる様子はとても礼儀正しかったという。 「これで家庭の食卓にも秋刀魚がのぼりますね」 未楡は綺麗に骨から剥がした秋刀魚の塩焼きの身を口に含んで笑顔になる。 「まさかさっそく秋刀魚が食べられるとは。頂きます」 和奏はご飯と一緒に秋刀魚の塩焼きを頂いた。 「師匠も秋刀魚、好きだったかなぁ」 九鬼羅門は師匠との修行の日々を思い出しながら枝に刺されたままの秋刀魚の塩焼きにかぶりつく。 「新鮮なだけあって素晴らしい味ですね」 ミノルは秋刀魚をゆっくりと味わう。 「美味しいです‥‥」 海神雪音はとても静かに秋刀魚を食す。 ペケは秋刀魚の塩焼き、壺焼きの貝、刺身も美味しく頂いた。 「お茶の時間はとれませんでしたが、食後にはどうですか?」 「この月餅も美味しいですよ。他にもあります」 フェンリエッタは紅茶を希望の仲間へと振る舞う。常春が用意してくれたお菓子と共に。 お茶とお菓子は別腹。殆どの者がその味を楽しんだ。また普通の天儀茶や泰国産珈琲も用意されてある。 一晩を小島で過ごし、早朝に迎えの大型飛空船が着陸。開拓者達と秋風は小島での出来事を話題にしながら帰路に就く。 別れ際、秋風から猫族が愛して止まない糠秋刀魚がお礼として贈られるのだった。 |