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■オープニング本文 武天の田舎。 夜の訪れと共に村は闇に包まれる。しかしその日は遠方の輝きのせいでほんのりと赤く染まっていた。 「風下に向かいながら少しずつそれるように逃げるんだ!」 「そんなものは捨てていけ!」 深夜に怒号が飛び交う。 森の中にあった村は迫る炎に恐怖していた。森林火災である。風向きが変わらない限り、半日後には炎に包まれることだろう。 打つ手は逃げるだけ。悔しいが命あっての物種。歯を食いしばり、涙をこらえて荷物をまとめて去るしか他になかった。 こんな状況下に洗練された格好の一行が村へと姿を現す。 一行は神楽の都からやってきた開拓者達。退治を依頼されたケモノを探して森を彷徨っているうちに辿り着いたのである。 事情を知った開拓者達はひとまずケモノ探索を中止し村を火の手から救おうと動いた。幸いなことに迫る炎と村の中間には湖がある。 湖による緩衝だけでは炎の進攻を防ぎきれないが、志体持ちの開拓者がいれば可能性も出てくる。 それから半日の間、開拓者達は圧倒的な身体能力や技を駆使して森の木々をなぎ倒す。湖を含めた延焼を防ぐ緩衝帯を見事作りあげて村を森林火災から救った。逸れていった炎も鎮火傾向にあって村人から安堵のため息がもれる。 多くの村人から感謝される開拓者達であったが疲労困憊で誰もが蹌踉めいた。泥の地面へ突っ伏してでも眠りたい衝動にかられるほどに。 「何だあれは!」 村人が指さした先には影が揺れていた。 眼を凝らしてみればそれは二本足で立ち上がっていた巨大イタチ。遠目ではっきりとはわからないが、全長十五メートルはありそうである。 「うああああっ‥‥」 取り戻したはずの笑顔が村の子供達から再び消え去る。代わりに泣き声やすすり泣きが聞こえるようになった。 気力を振り絞りながら開拓者達は思い出す。この巨大イタチ退治こそが引き受けた依頼なのだと。 |
■参加者一覧
羅喉丸(ia0347)
22歳・男・泰
鈴木 透子(ia5664)
13歳・女・陰
マーリカ・メリ(ib3099)
23歳・女・魔
杉野 九寿重(ib3226)
16歳・女・志
長谷部 円秀 (ib4529)
24歳・男・泰
ギイ・ジャンメール(ib9537)
24歳・男・ジ
桂樹 理桜(ib9708)
10歳・女・魔 |
■リプレイ本文 ●村の脅威 山火事の火の手こそ遠くにあったものの、燻る臭いが村中に蔓延していた。 陽光の中、子供達が泣き叫ぶ。村の大人達は呆然と立ち竦む。 「一難去って、また一難か‥‥だがここは」 羅喉丸(ia0347)はよろけながらも村を囲む塀と堀の外で威嚇する巨体を睨んだ。樹木よりも高い二本足で立つ巨大イタチをだ。 茶色い毛を逆立てた巨大イタチは村の方角を睨みつける。 (「ここで倒れるわけには‥‥いかない。まだやれる」) 長谷部 円秀 (ib4529)は疲労で膝が落ちようとした瞬間、左拳を地面へと激しく突き立てた。その勢いで身体を浮かせ、両の足で踏ん張る。 「今更‥‥! 今更出て来てんじゃねぇぞ‥‥! ‥‥絶対襟巻きにしてやる‥‥」 ギイ・ジャンメール(ib9537)は歯ぎしりを立てる。声はとても小さかったが決意が宿っていた。 開拓者達は誰もが満身創痍。森の災が迫る状況で緩衝地帯を作るために一晩中奮闘していたからだ。ただ単に森の木々を倒していただけでなく、火災の間近まで近づいて人命を助けたこともある。 「あの人が、理桜を助けてくれたように‥‥みんなの笑顔を守るんだ!」 桂樹 理桜(ib9708)は脳裏に浮かんだノロイの言葉を頭を振って消し去った。 あまりにも巨大イタチが村に近くて非常に危険な状況。村人達を助けるためにはどうしたらよいのか桂樹理桜は知恵を絞る。 「お互いに、一眠りして、仕切り直すっていうのはどう? ダメ? その目はやっぱり‥‥」 マーリカ・メリ(ib3099)は巨大イタチにいくつかの提案を投げかけてみたが、最初から期待はしていなかった。 人の言葉を解するのかどうかわからないが、巨大イタチは何食わぬ顔で掲げた爪を輝かす。それを見たマーリカは肩を落として大きくため息をついた。 「色々尽きかけてますが、ここで奮迅して本来の目的を達成してみせますね」 杉野 九寿重(ib3226)は動けなくなった仲間一人を背負い、安全な場所へと避難させてから戻ってくる。 「大丈夫、何も問題はない。俺達の本来の役目が向こうからやってきてくれただけさ。下がっていてくれるだろうか?」 羅喉丸が大声で話しかけると金縛りのように動けなくなっていた村の大人達が我に返った。 大人達は子供らを連れて巨大イタチを刺激しないようゆっくりと村の奥に避難して行く。逆に開拓者達は巨大イタチへじりじりと近づいた。 「こうなったら気力で補うしかないですね」 「私もここぞという機会に使うつもりだ」 杉野と長谷部だけでなく開拓者達は相談の言葉を交わす。 短期決戦しかないと腹をくくったのは必然といってよい。 彼彼女らに長引かせるだけの力が残っていなかったからだ。そうとはいえ先に村人達が安全な場所に待避する時間を稼がねばならなかった。 村の外縁には盗賊などの外敵の侵入を防ぐための堀と塀がある。開拓者と巨大イタチが対峙しているのは村に二カ所ある出入り口のうちの南門外側だ。 後もう少し時間が欲しいといったところで巨大イタチが先制攻撃を仕掛けてくる。 それは電撃。 巨大イタチが伸ばした右腕に放電現象が起きる。それは次第に掌へと集まって稲妻が宙を走った。村の外壁約三メートル幅が木っ端微塵に吹き飛んだ。 稲妻の破壊を合図にして前衛の羅喉丸、杉野、長谷部、ギイが動いた。 ケモノは必ずしも人に仇なす存在とは違う。しかし依頼書によれば巨大イタチは人を食らう習性を持っているという。せっかく森林火災から救ったばかりの村を蹂躙させる訳にはいかなかった。 短期決戦を望んでいるが今はその時ではない。前衛四名は自分達を囮にして巨大イタチを湖の方角へと誘う。 「イタチやっつけちゃえば、今度こそ、ゆっくり寝て、起きて、おいしいご飯が食べられるんだから‥‥」 ふらふらとした足運びのマーリカはストーンアタックを試みた。突きだした掌から石の礫が弾け飛んだ。 狙ったのは巨大イタチの目。気づいたのか巨大イタチは身体をひねって石の礫を肩で防御する。数度繰り返したが一発も当たることはない。 残念そうな表情を浮かべるマーリカだが無駄な攻撃ではなかった。マーリカに続いてサンダーで巨大イタチの目を狙おうとしていた桂樹理桜がある事実に気づいたからだ。 「あの動き‥‥‥‥。みんな、聞いてっ!」 桂樹理桜は声を張り上げる。 あれだけの巨体を誇っているのだから塀と堀など些細な障害物。普通なら単に跳び越えるだけでよい。そうしようとはせず塀をわざわざ破壊したのにはイタチなりの理由があったはずだと。 塀と堀と合わせれば高さは六メートル前後。しなやかに見える巨大イタチの肢体だが、その大きさ故に跳ねるのは得意ではないのだろうと桂樹理桜は推測した。 そう確信させたのは石の礫に対しての防御行動だ。 周囲に障害物はなく、フラフラのマーリカが放った石の礫など少々の俊敏さを備えているのならば楽に避けられたはずである。にも関わらず巨大イタチは急所こそ守ったが避けられずにすべての礫を身に浴びていた。 「つまり地上を這い蹲るような動きしか出来ないってことか」 「それなら誘導がやりやすそうですね」 羅喉丸と杉野が村の方角への壁になっている間、長谷部とギイが攻撃を仕掛ける。 「絶対許さねぇぞ!」 長谷部の拳が巨大イタチの右腕を打撃して帯電を止めさせた。 「うぉぉぉ! ざけんなよぉ!」 ギイは曲刀『シャムシール「アル・サムサーマ」』で巨大イタチの左肘の一部分をえぐり取る。 深く傷つけられた上に電撃の初動を邪魔された巨大イタチは暴れ狂う。 壁となっていた羅喉丸と杉野も動く。 羅喉丸は巨大イタチの右膝を掬い上げるように拳で強打。杉野はイタチの脇腹に『野太刀「緋色暁」』を突き立てる。 わざと前衛四名が固まって一直線に走り出すと巨大イタチは木々をなぎ倒しながら追いかけてきた。 後衛の桂樹理桜とマーリカは巨大イタチの後に続いた。気が変わって反転し、村に向かわないかを警戒しながら。 巨大イタチの誘導は成功し、村との距離を大分稼げる。湖が望める岩が並ぶ草原で前衛四名は散らばった。巨大イタチに続いてすぐに後衛二名も草原へとたどり着く。 ギイと杉野が戦う様は勇敢であった。 接近戦で巨大イタチを翻弄。電撃を完全に封じたわけではないが攻撃回数をわずかに抑え込む。 形振り構わなくなった巨大イタチは動きが大降りになっていった。 (「焦るな‥‥勝利のために全てを組む‥‥逸るな、自分で自分を操れ」) 杉野の拳の跡が巨大イタチの腿に刻まれる。尻尾の振り払いに巻き込まれて宙に弾かれたが、落下の途中で木の枝に掴まり難を逃れた。 「あぁ、? 俺に命令するんじゃねぇ!!」 短剣に持ち替えたギイは喧嘩殺法で戦う。そして巨大イタチの左掌の半分をズタズタに斬り裂いた。その左掌で叩かれる瞬間、ついに千切り落とす。大地へと落下する際、丸まって転がり衝撃を軽減させる。 「アイヴィーバインド、効いてー! 効いてくださいぃ〜ー!」 マーリカがアイヴィーバインドを唱えると地面から飛び出した蔓が巨大イタチの両足に絡みついた。 効果があったことに気が抜けたマーリカはその場に座り込んで休みたくなる。すんでのところで考え直し、羅喉丸へとホーリーコートをかけた。彼の拳が輝きを纏う。 「はぁっっ!!」 腰を屈めた羅喉丸は気合いを込める。瞬脚も発動させて一瞬のうちに巨大イタチの背中へと上り詰めた。 人でいうところの首裏にある盆の窪へと突進し、肩と背中による体当たりを敢行。玄亀鉄山靠が決まると巨大イタチは悲鳴をあげた。 振り払おうと大きく身体を動かす巨大イタチであったが、羅喉丸は左手で毛を掴んで耐え続ける。 「離されるつもりはない!」 羅喉丸は巨大イタチの身体に叩きつけられながらも右拳での攻撃を続けた。 その頃、杉野は巨大イタチの左膝に的を絞って斬り続けていた。野太刀で撫で斬っては離れ、また近づいて傷を深くしてゆく。 三回目のマーリカのアイヴィーバインドがかかった時、気を集中してここぞという刃を突き立てる。 「これで動きは封じましたね」 激しい血しぶきを避けるために杉野は後ろへと跳んだ。 巨大イタチの左膝から筋が次々と切れる音が鳴り響く。やがて轟音を立てながら地面へと落ちた。この後は痙攣するのみで巨大イタチの左足は役目を果たさなくなっていた。 これでアイヴィーバインドがなくても巨大イタチは殆ど動けなくなる。 羅喉丸はついに力尽きて地面へと叩きつけられた。 「もとより一人で倒せるとは思っていない‥‥機先を制せれば十分‥‥」 倒れたままの羅喉丸は拳を掲げて近くにいた杉野に後を頼んだ。杉野は野太刀を今一度両手で握りしめて巨大イタチへと振り向く。 「と、届かないけど‥‥こっちくるなー」 マーリカはくず鉄を巨大イタチの方角に投げつけながら羅喉丸へと駆け寄った。 「お、重い‥‥」 そして引きずるようにして羅喉丸を運ぶ。巨大イタチから遠ざかるように。 長谷部とギイは体勢の立て直しが終わる。杉野と三人でそれぞれに武器を構えながら巨大イタチを囲むように足を運んだ。 左目を瞑ったままの巨大イタチは左膝の重傷のせいでわずかに這いずることしか出来ない状況。また半分以上の左掌欠損のせいで雷撃も出来なくなっていた。残る右掌だけで雷撃を放てるかどうかは不明である。 「みんなの笑顔を守るんだ!」 桂樹理桜は力を振り絞ってサンダーによる全力の雷撃を放つ。殆ど同時に巨大イタチも右掌のみで雷撃を宙に走らせた。 交差する輝きの二筋。雷攻撃は互いに命中する。 痺れた桂樹理桜はその場に倒れ込むが巨大イタチもただではすまなかった。右目から流れた多量の血が大地を汚す。これで巨大イタチの両目が塞がった。 この機会を逃すまいと長谷部、ギイ、杉野は巨大イタチへと猛進する。 「好機! 打ち抜く‥‥破ぁ!!」 長谷部は気力を込めた破軍の拳を巨大イタチのこめかみに叩き込んだ。頭蓋の割れた音がはっきりと響き渡る。 「はやく‥‥早く終わらせてお風呂入ってご飯食べて‥‥‥‥あったか布団でゴロゴロするんだ!」 血走った眼のギイは巨大イタチの喉元に短剣を深く突き刺す。自らの体重も加味して滑り落ちるようにかっさばいた。 「これでどうです!」 杉野が赤い燐光を纏う野太刀を突き立てたのは巨大イタチの胸元。そのまま駆け抜けて腹を縦一文字に斬り裂くよう通過する。 巨大イタチの最後はあっけなかった。啼きもせずただ崩れ落ちて動かなくなる。 満身創痍の開拓者は戦いが終わって気が抜けたのか全員がその場に倒れ込んだ。それから約三十分後、静けさを心配した村人達が駆けつけて運ばれる。 翌日の昼まで全員が泥のように眠る。途中、誰一人として起きる者はいなかったという。 ●感謝 目が覚めた開拓者は誰もが激しい空腹に襲われた。 予測していたのか村人による食事の用意は万端であった。遅い朝食なのだが膳には豪勢な魚料理。他に牡丹鍋や肉料理までが部屋に運ばれる。 倒れてしまった仲間も回復して一緒に食事を頂いた。 「いやー昨日はホント、大変だったよね〜〜」 愛想笑いをするギイは仲間達の視線が突き刺さる感覚に縮こまる。機嫌が悪かったのは確かで、かつ心当たりもある。 「や、もう‥‥すみませんでした‥‥」 ギイは謝るものの、誰一人として気にしていない。発した言葉すべてが巨大イタチに向けられたものだと受け取っていたようだ。 ほっとしたギイは空腹が増す。武天らしく肉の塊を焼いた料理を口一杯にほおばった。 「素敵な殿方が助けにきてくれるの‥‥って夢を見たんです」 マーリカは実際の戦いと昨晩見た夢の内容がごちゃ混ぜになっていた。 ブブゼラを鳴らして勇ましく巨大イタチを威嚇した覚えがあるのだが、仲間達によればそれはしていないようである。 くず鉄を投げたことについては逆に覚えていなかった。 村人が戦いの場に落ちていた、くず鉄を拾って届けてくれた時には何がなんだかわからないといった表情を浮かべるほどすっかりと。 「朝から鮎とは豪勢ですね」 背筋を伸ばした杉野は礼儀正しく膳の食事を頂いた。 「お姉ちゃん、もう怖いケモノはこないよね‥‥」 七、八歳といった女の子が桂樹理桜へと料理を運ぶ際に不安げな顔つきで訊ねてくる。 「もう大丈夫! 敵はやっつけたよ!」 杉野が笑顔で元気いっぱいに返答すると女の子の表情は明るくなった。 「みなさんのおかげで村は助かりましたわ。夕べには酒を用意しますんで今はこちらで我慢して頂けるでしょうか」 長谷部の前に村長と名乗る翁が座った。 「とても美味しい朝食です。我慢なんてとんでもありません。お酒は後の楽しみにさせていだきます」 食事が終わると長谷部は村を散策する。 (「よかったな。本当に‥‥」) 羅喉丸は元気な村人達の様子に心から安心した。身体のそこかしこに残った痛みは人々を守った証に感じられる。 それから三日間、村に滞在した開拓者達は元気を取り戻す。さらに二日をかけて武天の都、此隅まで村人が馬車で送ってくれた。 完全回復した開拓者達は精霊門で神楽の都へと戻るのだった。 |