青梅 〜満腹屋〜
マスター名:天田洋介
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: やや易
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/06/23 19:59



■オープニング本文

 朱藩の首都、安州。
 海岸線に面するこの街には飛空船の駐屯基地がある。
 開国と同時期に飛空船駐屯地が建設された事により、国外との往来が爆発的に増えた。それはまだ留まる事を知らず、日々多くの旅人が安州を訪れる。
 そんな安州に一階が飯処、二階が宿屋になっている智塚家が営む『満腹屋』はあった。


「光奈嬢ちゃん、ご主人と奥方はどこにいるかわかるかい?」
「どうかしたのです? お父さんとお母さんは寄り合いに出かけているのですよ」
 暖簾を外した宵の口。満腹屋二階の居間でくつろいでいた光奈の元に板前の田中智三が現れた。
 困った様子の智三は光奈に故郷の話題を切りだす。智三の田舎は梅で有名。六月はちょうど青梅の収穫時期にあたる。
「さっき田舎から風信器経由の手紙が届いたんだけどよ。今年は青梅がたくさん獲れたんで親戚がたくさん送ったっていう内容でな。是非に満腹屋で使って欲しいっていうんだが」
「それは嬉しいのですよ〜。ありがとうなのです☆」
「その量が半端じゃなさそうなんだ。大人が抱えるぐらいの大きさの木箱にして三十あるそうだ」
「さ、三十の木箱にぎっしりの青梅なのです?!」
 あまりの多さに光奈は顎が外れそうになるほど口を開いて驚いた。
「もう安州行きの飛空船にのっけて飛んでいるそうだ。すまねぇ‥‥」
「智三さんが謝ることないのですよ。よかれと思ってだろうし。それにあらかじめ届くのがわかっていれば対処のしようもあるのです〜♪」
 翌日、光奈は近所の人達に声をかけて青梅を引き取ってくれるよう頼んだ。それでも全部は難しいので、残りは満腹屋で梅干しと梅酒にするつもりである。
 大量の塩と焼酎を発注した帰りに光奈は安州の開拓者ギルドに立ち寄る。大量の青梅と闘うべく開拓者を雇うのだった。


■参加者一覧
倉城 紬(ia5229
20歳・女・巫
桂 紅鈴(ia9618
12歳・女・シ
利穏(ia9760
14歳・男・陰
紺屋雪花(ia9930
16歳・男・シ
セフィール・アズブラウ(ib6196
16歳・女・砲
ギイ・ジャンメール(ib9537
24歳・男・ジ


■リプレイ本文

●青梅
 早朝、満腹屋の裏庭では荷車の往来が繰り返されていた。輸送業者による智三の故郷から送られた青梅の納品である。
「ぶはっ! 豊作すぎでしょ、これ〜〜」
 ギイ・ジャンメール(ib9537)は堆く積まれた三十の木箱を見上げて腹を抱える。つられて笑う者もたくさんいた。受け取りが終了し、光奈と智三、そして開拓者達はさっそく木箱の一つを開けてみる。
「すっ、ごぉく〜たくさんなのですよ〜♪」
 光奈が木箱を覗き込むと中には青梅がぎっしり。とても澄んだ青色の大粒が詰まっていた。
「これりゃすごい」
「本当にもらっていいのかい?」
 騒ぎを聞きつけて近所の人々も集まってきた。さっそく事前の約束通りにお裾分けとして持ち帰ってもらう。たくさんの人には開拓者が運ぶのを手伝ってあげた。
 しばらくして人の集まりも収まり、三十のうち十五箱分の青梅が満腹屋に残される。
「さてこれからが本番ですね♪ まずは水に浸してアク抜きをしましょうか」
「深く傷ついている実は痛みやすいので取り除いておかないとな」
 倉城 紬(ia5229)と紺屋雪花(ia9930)は青梅を選別しながら木箱から用意した瓶へと移し直す。殆どは綺麗な青梅だったが輸送の途中で傷んだものがある。
「水汲みは任せてください。たくさん必要ですね」
「これだけあるにゃら梅干や梅酒以外にも甘露煮にジャムや醤油漬ができるにゃね♪」
 利穏(ia9760)と桂 紅鈴(ia9618)は張り切って井戸に桶を落として滑車を通した縄を引っ張った。
 揚がってきた桶の水を青梅入りの瓶に移すのはセフィール・アズブラウ(ib6196)とギイ・ジャンメール(ib9537)がやってくれた。
「これが青梅ですか。扱ったことは有りませんが、話しからすると甘くならないプラムなのでしょうね」
「生で食べられない物を、漬けたり干したり‥‥。最初にこれを作った昔の人は、食への拘りがすごいねぇ」
 大瓶の底に沈む青梅に日差しが差し込んだ。揺らめく様子はまるで宝石のようであった。
 真っ青な梅は二時間から四時間程度。少し黄色みがかった青梅はそれよりも短時間なアク抜きを行う。
 それまでの間、開拓者達は木漏れ日の下でゆっくりとした時間を過ごす。光奈と鏡子が運んできてくれたそ〜すぅ焼きそばやお好み焼き、さらにかき氷を頂きながら。
 太陽が南中高度に達した頃、まずは黄色みがかった青梅の加工を始めるのだった。

●梅干し
 瓶に沈む青梅を笊であげて水をよく切る。
「傷つけないよう丁寧に‥‥丁寧にしなければ」
「水は濁りすぎていないな。これなら大丈夫だ」
 この作業は倉城紬と紺屋雪花がやってくれた。仕上げに布で青梅から水気が完全に拭い取られる。
 同時並行に竹串でヘタをとる作業も行われた。とても手間がかかるので残る全員で青梅とにらめっこである。
「ちゃんとヘタをとらないと梅干しにカビができるのにゃ」
「それは大変なのです〜。丁寧にとるのです‥‥じぃ〜〜っ」
 桂紅鈴に教えてもらった通りに光奈がヘタを綺麗に外す。
「なり口のホシは完全にとりませんと」
 利穏は慣れた手で青梅を扱っていた。あっという間にヘタの山が作業用の卓に築かれる。
「梅干はあの酸っぱい物ですね」
 メイド服姿のセフィールは初めてなのに手際よくヘタをとっていった。似たような実での作業経験が役に立つ。
「ふっふふん〜♪ これで二十六個目〜」
 ギイはこのような、ちまちました作業がとても好きである。出来あがるであろう梅酒や梅干しの味についてお喋りしながらヘタをほじくり続けていた。しかし手に取った青梅に妙な手触りが。おそるおそる眺めてみるとうにょっとした虫がついていた。
「!!」
「はう?」
 思わずギイが放り投げた青梅は光奈の頭の上へ。ちょっとした阿鼻叫喚が繰り広げられたものの、最後には笑いとなる。
 ヘタ取りが終われば粗塩で漬け込む作業になるのだが、その前にカビを防ぐ意味で青梅は焼酎の中へと潜らされた。
「ぐいっと呑みたいところだけど、ここは頑張ろうか〜〜」
 焼酎に潜らすのを率先して引き受けてくれるギイ。
 瓶の中へと敷き詰める作業は三手に分かれた。光奈と倉城紬、セフィールと利穏、桂紅鈴と紺屋雪花がそれぞれ組となる。
「私が梅を並べるので倉城さんにはお塩をお願いするのです〜」
「わかりました。こちらとてもよいお塩ですね」
 光奈が青梅を瓶の底へ並べると、その上に倉城紬が塩の段を敷く。これを瓶の三分の二まで繰り返す。最後にたくさんの塩を入れて蓋をして重石を乗せる。
「一週間ぐらいしたら梅酢があがるはずです。白梅漬けならこのままですが、紫蘇漬けにする場合はその時にまた作業をしなければなりません」
「これで終わりではないのですね。結構、手間がかかるものです」
 利穏とセフィールはてきぱきと作業をこなす。利穏のいう通り、紫蘇漬けにする場合は後工程が必要だ。
「梅干用の青梅は追熟させないのだな」
「あまり詳しくないので今回は一番簡単な作り方で済ませるのです☆ でも紫蘇漬けの作業は満腹屋のみんなでやる予定なのですよ〜♪」
 気になっていた紺屋雪花は光奈に質問する。
 必要になった場合を考えて追熟のやり方とカリカリ梅の作り方をメモに残しておく紺屋雪花である。その他にも砂糖などで甘く整えた調味液につけて天日干しにしたり、焼酎に風味を移して楽しむなどいろいろと書き加えておいた。
「次は梅酒なのにゃね♪」
 アク抜きはしなければならないとはいえ、青梅を長時間水に浸しておくのは避けねばならない。桂紅鈴は次に控える梅酒のために作業の速度をあげる。
 満腹屋の倉庫に梅干しを漬けた瓶が並んだ。引き続いて梅酒造りに移行するのだった。

●梅酒
 梅干しの時と同じように瓶から青梅がザルであげられて水分が拭き取られる。それからヘタを除くまでは同じだが後は別の作業となってゆく。
 桂紅鈴は青梅を前にして手にした針を高々と掲げた。
「ブスブスブスブスブス♪」
 ものすごい勢いで青梅に穴をあけてゆく桂紅鈴。その様子を光奈が一歩たじろいで見つめる。
「あ、こうして針で穴をあけておくと漬けたり煮ている時の皮破れを防げるのにゃ」
「そ、そうだったのですか〜。ちょっと驚いたのです☆」
 桂紅鈴は光奈に微笑むと再び穴あけ作業に没頭する。
 全員の手早い作業のおかげで一時間程度で下準備が済んだ。
「ヘタ取りが終わってしまったか‥‥」
 仕上げの焼酎を注ぐ作業はギイに任せられる。梅干しと同じように三手に分かれて青梅と氷砂糖を瓶の中に詰めていった。
 袖口を紐で縛り上げた倉城紬は光奈が青梅を敷くと氷砂糖を入れていった。いざギイが焼酎を注ぐ段になると瓶から遠ざかる。
「その、すいません。私、お酒に弱いんで、少し離れていようかと‥‥」
「あう〜知らなかったのですよ。梅干しの焼酎を潜らせるときとか平気だったのです? あ、少し外で話しましょ♪」
 ギイに後をお願いした光奈は倉城紬の背中を押して倉庫から外に出る。倉庫の中は酒のにおいが充満していたからだ。
 光奈と倉城紬の作業分は終えていたので箒で掃いて裏庭を綺麗にする。
「梅酒はそのまま梅の果実酒ですね」
 セフィールは興味深げに焼酎を舐めてみる。焼酎はなるべく個性の少ないものが選ばれていた。それに弱い酒だと梅の味が染み出ないので酒精は強めのようだ。
「あたたた、腰にきた〜〜」
 最後の瓶へと焼酎を注ぎ終わったギイは背筋を伸ばしながら声をあげた。中腰の作業は志体持ちであっても堪えるものである。
「これで全部ですね」
「今日のところはここまでだな」
 利穏と紺屋雪花が瓶の整頓してくれて梅酒造りも一段落。開拓者達は満腹屋の二階に用意された宿の部屋で休みをとる。
「ここどうですか〜?」
「あ、ちょい右‥‥そこそこ〜〜」
 部屋に顔を出した光奈がギイの腰を踏んだり揉んだりして按摩をしてあげるのだった。

●青梅の活用
 一晩経って翌朝。
「青梅、まだあるのですよ〜♪ 傷がついているのも残してあるのです☆」
 光奈は開拓者達から梅干しと梅酒以外の青梅活用方法を教えてもらっていた。今日は残った青梅で他の加工もしてみることとなる。
「おろし金、持ってきたのですよ〜♪ 何に使うのです?」
「こうしてすり下ろして‥‥あとはコトコトと水分を飛ばすまでじっくりと煮詰めますね♪」
 倉城紬は光奈から借りたおろし金で梅酒や梅干しに使えなかった傷つき青梅をすり下ろす。そして鍋で煮詰めて完成である。
「僕は『梅みそドレッシング』を作ってみたいと思います。材料は簡単、梅、味噌、砂糖を同量使って瓶で漬け込むだけです」
 利穏は食材を瓶に段々と並べてゆく。
「へぇ〜。どのくらい待てば出来上がるのです?」
「大体一週間ほどです。味噌にとろみが出始めたら頃合いですね」
 光奈は興味深げに利穏の調理作業を眺めていた。
「このドレッシングは色々なものに使えますよ」
「氷室に保存すれば、より日持ちしそうなのです〜♪ 何にかけようかな?」
 光奈は梅みそドレッシングの完成を楽しみにするのだった。
 それからしばらく間が空いた光奈は懐にしまってあったメモを眺めだす。
「やっぱり少しだけ作ってみよっかな? 興味深いのです〜」
 食いしん坊の血が騒いだ光奈は紺屋雪花が話してくれたカリカリ梅が食べたくなる。
「それがいいぞ。カリカリ梅はうまいからな」
 紺屋雪花に改めて教えてもらいながら光奈は余った青梅を調理した。
 卵の殻を炙って関そうさせたものを綿紗で包んでおく。処理した青梅は焼酎に絡めた上で塩で強めに揉み込んだ。それを焼酎を移した容器に並べて綿紗で包んだ卵の殻を乗せる。残りの梅も敷き詰めて重石を乗せて今のところの作業は終了だ。数日して梅酢があがってきたら定期的に揺すってならす。
 カリカリ梅の容器は氷室近くの冷温部屋に置いておくつもりである。食べ頃は一ヶ月後から三ヶ月ぐらいまでだという。
 光奈がカリカリ梅作りをしている横で桂紅鈴は手際よく調理をしていた。
「砂糖や蜂蜜で馬鹿みたいに甘くしておいたらその分保存がきくにゃよ」
「す、すごい勢いなのですよ〜」
 桂紅鈴がジャム作りのために茹でた青梅から種をとったものを杓文字で勢いよく潰す。隣の光奈は目を丸くする。ブチュブチュと音がはじけ飛ぶ。
「梅は爽やかな酸味があるから、甘露煮の蜜は夏になったら氷水と割ったり、削った氷の物の上にかけても美味しいにゃ」
 穴開けが終わると桂紅鈴は二つの鍋を前にしてアク取りをする。
 鍋の一つは甘露煮用。青梅と水、砂糖を加えてじっくりと弱火で煮込んでいた。仕上げには布で漉した煮汁と共に梅を容器に入れて冷暗所で保存するつもりである。
 もう一つの鍋は先ほど潰していたジャム用。砂糖と一緒に煮詰めれば完成となる。
「あ〜〜もう、超腹減る‥‥」
 ギイは甘い香りに誘われてふらふらっと鍋の前へ。同じようにセフィールもにおいに誘われて現れた。
「梅のジャム‥‥これを使えば‥‥」
 セフィールは桂紅鈴からジャムの作り方を教えてもらって自分でも用意する。ギイには青梅の下ごしらえを手伝ってもらった。
「味付けや付け合せ的に使われるのが多いのですね」
 さらに青梅を蜂蜜に漬けてみたセフィールだ。二ヶ月ぐらいで使えるようになる。
 桂紅鈴はもう一種類、醤油漬も。
 焼酎で綺麗にした青梅をたっぷりの醤油に漬けて密封。冷暗所で一ヶ月ぐらいしたら梅醤油ができあがるはずである。
「これ青梅の箱に入っていたのですよ〜♪」
 光奈は智三の故郷から送られてきた梅酒を開拓者達にお裾分けするのだった。

●そして
 三日目には一部の仕上がった青梅の食材を使って調理が行われた。出来上がった料理は二階の部屋に運んでみんなで頂く。
「甘露煮蜜のかき氷、美味しいのです〜♪」
「これは新しい味わいですね」
 光奈と倉城紬はかき氷をしゃくしゃくと匙で掬う。
 かき氷は桂紅鈴が作った甘露煮の煮汁をかけたものだ。セフィールが作る青梅蜂蜜漬けもかき氷に合うのだが、こちらは暫し待たなければならない。八月初旬には使えるようになるのでその頃、満腹屋の店先に青梅蜂蜜がけかき氷が並ぶことだろう。
「夏バテした時、梅の風味のある食べ物も飲み物は美味しいにゃ」
「冷水で割ったものも美味しいですね」
 桂紅鈴と利穏はかき氷を頂いた後で青梅の甘露煮汁の冷水割りも楽しんだ。桂紅鈴がいう通り、夏バテに効きそうな刺激のある甘みであった。
「どうぞ。召し上がってください」
「どんな味か試したかったのよねぇ。なにこれ! 美味しいじゃない!!」
 ギイが梅酒を呑みながら手を伸ばしたのはセフィールが作った梅ジャムのパイ。食感を残すためにあえて粗めに潰したジャムで作ったものだ。ついつい食が進んでしまう。
「ジャムを味わうのならこれもと思って作ってみたけどね」
 紺屋雪花がお盆に乗せて運んできたのはパンケーキ。
 ちぎってジャムを乗せて口に運ぶと青梅の香りが鼻へと抜ける。その香りと味わいにとろけるような表情を浮かべる者も多かった。
「梅かりんとうも美味しいにゃ」
「梅ジャムを聞いていたかりんとうに使ってみました、薄くする事で酸味と甘味のバランスを取っています」
 桂紅鈴に誉められるとかすかに口元へと笑みをもらすセフィールだ。
「梅肉えきすぅ〜。今朝、試しに舐めてみたらしゃきっとしたのです〜♪」
 光奈は梅干しと梅酒の他にもたくさんの料理法があったことに驚いていた。
 カリカリ梅、甘露煮、ジャム、醤油漬、蜂蜜漬け、梅みそドレッシング、梅肉のエキス。料理としては梅ジャムパイに梅かりんとう。水割りにかき氷も。
 使えるようになるまで日数がかかるものもあるが、どれも夏が終わる前には何とかなりそうである。
「楽しかったです。また、機会がありましたら参加しますね」
「こちらこそ〜」
 深夜の帰り際、梅酒の瓶を抱えた倉城紬が光奈に会釈する。
「ありがとうなのですよ〜♪」
 光奈と智三は精霊門へと向かう開拓者達を見送るのであった。