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■オープニング本文 泰国は飛空船による物流が盛んである。 その中心となっているのが旅泰と呼ばれる広域商人の存在。 必要としている者に珍しい品や食料を運んで利益を得ている人々だ。時に天儀本島の土地にも根ざし、旅泰の町を作る事もあった。 当然のことながら泰国の首都『朱春』周辺にもたくさんの旅泰が住んでいた。昇徳商会もその中の一集団である。 昇徳商会は女社長の『李鳳』と技師兼操縦士の『王輝風』の若い二人が中型飛空船『翔速号』を修理して始めた輸送会社だ。順調に業績を伸ばし今ではたくさんの雇い人がいる。 猫族娘『響鈴』は見習いから社員へと昇格になって今では中型商用飛空船『浮雲』の船長を任されている。 現在見習い中の美緒はまだ十二歳の女の子。但し志体持ちなので昇徳商会の誰よりも力持ちである。響鈴の部下だ。 ボロ格納庫横の倉庫を改装した問屋では三名が働いていた。 事務担当の女性は『小紅』。 倉庫管理係は青年『昭堂』と青年『公略』の二人。 そして人ではないが黒子猫のハッピー。猫又だと判明した今も昇徳商会のマスコット的存在である。 「親睦なのです?」 「そうなの。足球でも一緒にやって親睦を深めようかって」 昼下がりのボロ格納庫。事務室内の響鈴と李鳳はお茶をすする。 李鳳の幼馴染みに『李蘭』という名の女性がいる。同じ李ではあるが血筋は繋がっていない。 長く疎遠であったが先日朱春の市場でばったりと再会。それぞれに旅泰を率いていることを知り、親睦を深めようとなったらしい。 足球とは決められた敷地内で相手側のゴールに球を入れて点を競うゲームだ。当然、たくさん点をとった側が勝ち。その際、手は使ってはならず主に足で球を蹴ることとなる。例外としてはゴールを守るキーパーだけが一定範囲でのみ手を使うのを許されていた。足球は様々に呼ばれていて『さっかー』やら『球蹴り』とも呼ばれる。 一チームに必要なのは最低十一名。ところが全員参加しても昇徳商会には七名しかいなかった。 李蘭の商隊には志体持ちもいるとのことなので、李鳳は開拓者を助っ人として招くつもりである。 「やるからには勝つわよ!」 「は、はい!」 拳を握って燃える李鳳だが響鈴は少々心配である。 親睦の試合は一週間後。昇徳商会の面々は休憩時間に足球の練習を行うのだった。 |
■参加者一覧
羅喉丸(ia0347)
22歳・男・泰
フェンリエッタ(ib0018)
18歳・女・シ
宵星(ib6077)
14歳・女・巫
ヘルゥ・アル=マリキ(ib6684)
13歳・女・砂
ギイ・ジャンメール(ib9537)
24歳・男・ジ |
■リプレイ本文 ●昇徳商会チーム 足球の試合当日は快晴。青い空と白い雲の下、昇徳商会チームが円陣を組んだ。 「練習中のゴールキーパー、すごい跳躍力だったよ。やっぱり志体持ちだね、あの人」 王輝風はミッドフィールダー。普段は技師兼操縦士を担当している。 「ゴールは俺が守るが‥‥どうやら他にも志体持ちがいるような気がする」 サンダーシャツに身を包んだ羅喉丸(ia0347)は護りの要であるゴールキーパー。手足そのものを駆使する泰拳士の技はキーパーに応用が利きそうだ。 「リフティングを練習してきたの。ボールは友達っていうしねっ♪」 フェンリエッタ(ib0018)はミッドフィールダー。足球は初めてだがここしばらくの間、練習を積んできたという。 「わたしに油断してくれるといいのですけど」 見習いの少女『美緒』はミッドフィールダー。小柄な彼女だが志体持ちの力自慢でもある。 「身体能力では開拓者には敵わないが、足球の技はちょいとしたもんだぜ」 倉庫管理係の青年、昭堂はミッドフィールダー。足球にはかなりの自信を持っていた。 「私、さっかーは初めてです」 狼 宵星(ib6077)はディフェンダー。試合前の緊張に狼獣人の尻尾をそわそわさせる。 「私も初めてなのですー。頑張りましょうね」 響鈴はディフェンダー。猫族の出身の娘で昇徳商会所属飛空船・浮雲の船長だ。 「俺も初めてだけど、やるからには勝ちましょうね」 ギイ・ジャンメール(ib9537)はディフェンダー。負けられないと握る拳に力が入る。 「あたしもほんの少ししか足球の経験はありませんが‥‥何とかなるでしょう」 小紅はディフェンダー。普段は事務担当で眼鏡をかけているのだが今日は外していた。 奇しくもディフェンダー枠四名のうち三名が獣人となる。 「それでは頼まれていましたので判定に回ります。頑張ってくださいね」 もう一人の倉庫管理係の青年、公略はチームを離れて審判団に加わる。 「それではがんばりましょうか!」 「待って、鳳。一人足りないような」 かけ声をあげようとした李鳳を王輝風が制止する。数えてみれば確かに一人足りなかった。直前まで審判担当の公略がいたので十一名全員揃っていると勘違いしていたのである。 「はっはっは、主役は遅れてくるものじゃ! この伝説の司令塔、ヘルゥを忘れてもらっては困るのじゃ!」 「司令塔?」 遠くから聞こえた声に一同が振り向いた。 円陣に駆け寄ってきたのはヘルゥ・アル=マリキ(ib6684)。最後のチームメンバーである。 「あ、いや、決して会場までの地図を無くしたというわけではないぞ?」 仲間達の視線から逃げてヘルゥは空を見上げた。これでセンターフォワードはヘルゥと李鳳に決まる。 「昇徳商会チーム、勝つわよ!!」 「おー!!」 かけ声が決まり、昇徳商会チームはフィールドへと足を踏み入れるのだった。 ●前半戦 センターラインを境にして昇徳商会チームと雑貴公司チームがそれぞれ自陣へと並ぶ。審判の指示の元、挨拶が行われた。 「今日はよろしくね、鳳。それにしても強そうな面子ね」 長い黒髪の女性、李蘭は李鳳の幼なじみだ。前髪で左半分がほとんど隠れ、右瞳のみで正面の李鳳を見つめる。 「そちらこそ。でも負けないわよ」 李鳳が見つめ返し、ラインを境にして火花が飛び散る。 球の権利を得るためのコイントスは李鳳が当てた。 「勝利はこの手で引き寄せるものさ」 その様子をゴール前で眺めていた羅喉丸がニヤリと笑う。審判による笛が吹かれて試合が開始される。 李鳳が球を蹴ってヘルゥへとパス。 「さっかーも戦と似たようなものじゃ」 ヘルゥは相手の実力を推し量るためにセンターフォワードとミッドフィールダーで球を回してみた。 「ヘルゥさんのいうとおりよね」 サイドステップでパスを受けたフェンリエッタは丁寧に王輝風へ。王輝風から昭堂へと流れ、さらに美緒が受け取ろうとしたところで敵センターフォワードが突進してくる。 「社長!」 奪われてしまうかと思われたが、美緒はノントラップで李鳳へと球を送る。それからしばらく中盤での小競り合いが続いた。 (「他にもいるのじゃ」) ヘルゥは雑貴公司チーム側の戦力を観察していた。 雑貴公司チーム側のゴールキーパーは志体持ちと判明済み。他にもセンターフォワード二名、ミッドフィールダー三名が志体持ちであろう。まだこれといった活躍をしていながディフェンダー一名も怪しい。 (「蘭のやつ、キーパー以外にも用意してきたようね」) 李鳳も雑貴公司チーム側に志体持ちが潜んでいるのを見抜いていた。これまでキーパーにしか触れず、その他の秘密にしているなんて李蘭らしいとの感想を持つ。 もっとも開拓者を連れてきた事実を李鳳も相手側に伝えていないし、美緒が志体持ちなのも内緒にしてきた。この点についてはお互い様といえた。 膠着状態が続くと思われたがふいの瞬間、球をキープした敵センターフォワードに李鳳が抜かれ、さらにヘルゥも突破されてしまう。 敵センターフォワード二名でパスをやり取りしながら攻め入ってきた。 「守るのじゃ!」 ヘルゥの声がフィールドに響く。これまで本気を隠していた敵が牙を剥いたのである。センターフォワードの二名が志体持ちなのは察しがついていた。さらに身のこなしからいって一名は足球に長けているようだ。 敵は昇徳商会チーム・ミッドフィールダーの壁を越えてゴール間近まで近づく。 「通さないぞ!」 ギイは舞いの足運びで球をキープする敵センターフォワードへと立ち塞がった。身体を左右へと揺らすフェイントで突破させない。 痺れをきらした敵センターフォワードはパスを出した。それが明後日の方向に飛び、響鈴の目の前へと転がってくる。 「あ、えっと‥‥パス!」 「任せて!」 響鈴から小紅へと球は流れ、さらに狼宵星が胸元で受け取る。 「と、とらせませんから。フェン、パス!」 敵に迫られて一瞬たじろいだ狼宵星だが月歩の足運びでかわす。そして遠くに立っていたフェンリエッタへと遠距離パスを繋げた。 「美緒さんっ!」 フェンリエッタはそのまま敵ゴールへドリブルで球を運ぶ。 右側についてきてくれた美緒にパスして敵を翻弄し、もう一度受け取る。 前方の王輝風に出したパスは敵のミッドフィールダーに阻止されてしまうが、昭堂がすぐさま取り返してくれた。 「頼むぜ! 社長!!」 「よくやったわ!」 昭堂のパスを受けた李鳳は前進。しかし敵ミッドフィールダーの蘭が邪魔をする。 女社長同士の睨み合い攻防の末、李鳳が器用にバックパスを敢行。見事、ヘルゥへと繋がった。 「これでどうじゃ!」 ヘルゥのシュートは追従した敵キーパーの腕に阻まれてゴールポストへ衝突。球はまるで太陽へと昇るように跳ねる。 この時、すでにヘルゥの『戦陣「砂狼」』が発動していた。 落下してきた球を奪い合うため、敵味方入り乱れてのヘディング合戦が勃発。昭堂と王輝風が敵達と空中戦を演じた。 跳ねる高さだけでいえば敵の志体持ちディフェンダーが頭一つ高かった。しかし抜群のタイミングで昭堂が球をおでこで捉える。首をひねって跳ばした先には美緒が待ちかまえていた。 美緒に敵ディフェンダー二名が襲いかかる。だが美緒はわざと蹴ったふりの空振りで球を通過させた。その先にいたのは敵ゴール前まであがっていたフェンリエッタだ。 フェンリエッタが伸ばした足先で球の軌道がほんの少し変わる。見事、敵ゴール内へと転がった。一点先取である。 「きゃーっ、やった!」 「私の目に狂いはなかったのじゃ。フェンリエッタ姉ぇは戦いをたくさん潜り抜けておるからな」 フェンリエッタとヘルゥが抱き合って喜び、さらに仲間達が飛びついて重なる。 敵に球が渡ってセンターラインから試合が再開。雑貴公司チーム側の目の色が変わっていたのを李鳳は見逃さなかった。 「残り五分! 気を抜かないでいこう!!」 前半の残りは一進一退が続いた。二度ほどゴール前まで敵を許したものの、すべて羅喉丸が阻止してくれる。 瞬脚にて前に出て攻撃に参加するつもりだった羅喉丸だが、敵の実力を鑑みてキーパーに徹する。いずれ好機はくると。 昇徳商会チーム一点先行のまま、主審は前半終了を告げる笛を吹くのだった。 ●休憩時間 「はい。おしぼりありますよ」 「冷たくて気持ちいいのですー」 狼宵星と響鈴は全員におしぼりを手渡す。狼宵星が氷霊結で水を凍らせてくれたおかげで氷水が簡単に作れて冷え冷えになっていた。 「あ‥‥にゃんこさん」 「ハッピーって名前なのですー。前半戦も木の枝の上で応援してくれていたのですよ。私にはニャーの応援がちゃんと聞こえていたのです♪」 狼宵星に響鈴が黒子猫のハッピーを紹介する。昇徳商会のマスコットであり、本当は猫又であると。狼宵星に撫でられたハッピーが喉を鳴らす。 「生き返る〜〜。午後も負けないぞー。頑張ろうね!」 「その通りだぜ!!」 頭の上でおしぼりを広げたギイと昭堂が二人でポーズをつけた。 「こちらも飲んでくださいねっ」 「ありがとう。冷たくておいしいですね、これ」 フェンリエッタから受け取ったカップを王輝風が一気に飲み干してしまった。湯に蜂蜜と塩を融かした上で冷やした飲料である。 「こういうときには助かるわぁ〜」 「力がよみがえってくるみたいです」 李鳳と美緒も喉がカラカラであった。 「後半、それこそ敵は死にものぐるいで来るだろうな。そこでなんだが――」 羅喉丸が仲間を集めて作戦を提案する。 「それはよい案じゃ。乗ったぞよ」 おしぼりを首に巻いたギイが腕を組んで頷いてみせる。 「後半もがんばるわよ!」 李鳳のかけ声で昇徳商会チームはあらためて気合いを入れた。 ●後半戦 暑い日差しの中、後半戦が始まる。 羅喉丸が想像した通り、雑貴公司チーム側の攻撃は前半と比べてさらに激しさを増していた。志体持ちのメンバーを全面に押し出した作戦を展開してきたのである。後半二十五分までゲームの殆どが昇徳商会チームのゴール側で進行してしまうほどに。 この間に敵のシュートチャンス六回、コーナーキック八回にまで及んだ。すべて瀬戸際で阻止したものの運に助けられた場面も多かった。 「あげないから」 フェンリエッタが球と共に跳ねて敵のスライディングを躱す。空中で膝蹴りした球はギイへと飛んだ。 「お願いっ」 「任せてください」 ギイのヘディングによって球は美緒へと繋がる。 「親睦の試合だったはずなんだけど‥‥」 球を追って駆ける李鳳が呟く。本気の勝負は燃えて楽しいのだが限界の者も出始めていた。 「うにゅ‥‥」 「参ったわ」 小紅と響鈴については疲労困憊のヘロヘロ。そのせいで昇徳商会チームは実質九名となっている。それに李鳳自身と王輝風もそろそろ危なかった。昭堂だけは未だ元気にフィールドを走り回っていたが、後は開拓者頼みである。 「ここは‥‥」 狼宵星が大柄な敵ミッドフィールダーと競り合う。小柄な身体を最大限に利用して敵の死角に入り込んで一気に球を奪った。 「やらせねぇよ!」 弧を描いた球は昭堂と敵センターフォワードが待つ地点へ。 競り合いによって敵センターフォワードが転倒。昭堂に掴まれて妨害されたとのアピールが審判に認められてしまう。これによって敵は七度目のシュートチャンスを得る。 「はァ〜〜? ‥‥んだよ、それ‥」 ギイは舌打ちして小声で呟いた。 助走をつけた敵センターフォワードがシュート。コーナーぎりぎりをついてきた球を横に跳んだ羅喉丸の左腕が弾き飛ばす。こぼれた球を巡って混戦状態。結果、キーパーのスローイングとなる。 (「これこそ好機だな‥‥ここは!」) 羅喉丸が球を両手で強く握る。 長く続いた有利な展開に油断したのか雑貴公司チーム側は前に出過ぎていた。オフサイドルールは使われていない。長距離パスには常に注意しなければならないのに雑貴公司チーム側は今現在怠っていた。 「うおおおおおっ!!」 キーパーの羅喉丸は全身のバネを使って球を飛ばす。 「待っていたぞよ!」 敵ゴール付近で待機していたヘルゥが高く跳んだ。敵ディフェンダーとのヘディングの競り合いに勝って軌道が微妙に変わる。 ゆっくりと弧を描きながら敵キーパーの頭上を越えて球はゴールの中へ。長く押され気味であったのに昇徳商会チームは二点目を追加する。 「はっはー、見たか私たちの連携を!」 胸を張るヘルゥに仲間達が抱きつく。 それから敵の雑貴公司チームは空回りが続いた。二点差の重圧がかなり重たかったのだろう。 試合終了の笛が鳴り響く。 二対〇。昇徳商会チームの勝利で親善試合は幕を閉じるのであった。 ●懇親会 朱春の空が赤く染まる夕方。飯店にて昇徳商会と雑貴公司の懇親会が始まる。 「呑んで食べて楽しみましょう!」 「え、ええ‥‥」 試合中の不機嫌とは一転して笑顔の李蘭。絡まれ気味の李鳳は頬から一筋の汗を垂らす。 (「そういえばこういうタイプだったわ。蘭って」) 昔を思い出しながら李鳳は箸を手にとって食べ始めた。 「球を取り返せたときはうれしかったな」 「さすがじゃ、ギイ兄ぃ」 ギイとヘルゥは並んで腰掛けて泰国料理に舌鼓を打った。互いの活躍を肴にするとさらにうまい。 「羅喉丸さんの守りは完璧だったわ」 「早めに点が入ったおかげで気が楽だったんですよ」 李鳳から酌を受ける羅喉丸はやりきった笑顔を浮かべる。そして勝利の美酒を頂いた。 「フェン、シャオはお腹空いたのです」 「たくさん食べましょうね。追加で拉麺を頼んだけど、もう一つお願いする?」 狼宵星とフェンリエッタはまずペコペコの空腹を満たす。お喋りはそれからだ。 「こちら頼んでおきました。天儀風の料理もやっていると聞いて」 「わぁ、美味しそう〜」 美緒が気を利かせて注文してくれた鮪のお刺身に響鈴は目を輝かせた。忘れないうちにと卓下の黒子猫のハッピーに分けてあげてから箸を付ける響鈴である。 小紅と昭堂は雑貴公司の者達と酒を酌み交わしていた。公略は審判一同で判定の苦労話に花を咲かせている。 「今はだるいだけだけど明日には筋肉痛になりそうだな‥‥」 「もう! まだ若いのにそんな年寄りみたいなこといわないでよ」 王輝風の様子に李鳳は苦笑い。 それから歌や踊りで会は盛り上がる。昇徳商会と雑貴公司、互いの健闘を称え合って親睦会はお開きになるのだった。 |