真夏の向日葵畑
マスター名:天田洋介
シナリオ形態: ショート
危険
難易度: やや易
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2009/08/31 12:18



■オープニング本文

 向日葵の栽培を主とする武天のとある村。
 以前は小鬼が現れて困っていたのだが、開拓者が退治してくれた以降は何事もない平和な時が続いていた。
 まだ小さかった向日葵も大輪を咲かせ、今では畑一面を黄色で埋め尽くしている。

「そう、これ、これ。これだ!!」
 武天の開拓者ギルドで一人の若い男が突然に叫ぶ。周囲の者達の視線を浴びても気にせずに若い男は一枚の紙を食い入るように読み進めた。
 手にしていたのは以前に解決済みの依頼報告書。向日葵の栽培を主とする村で起きた小鬼退治についてだ。
 しかし若い男が注目したのは小鬼退治ではない。肝心なのは向日葵畑。若い男は理穴からの旅人であり、そして染め付けの絵師を生業としていた。
 様々な図案の着想を得るのが旅の目的だった。
 当然、理穴にも向日葵はあるし、若い男もよく知っている。だが視界一面に咲く向日葵は見たことがなかった。
「今は咲き誇っている頃だろう。この依頼から小鬼などのアヤカシは出ていないようだが‥‥」
 若い男は思案の末、開拓者に同行してもらう事にした。万が一の護衛として、また道案内としてである。
 さっそくカウンターに出向くと受付の娘に依頼の内容を説明する若い男であった。


■参加者一覧
梢・飛鈴(ia0034
21歳・女・泰
鷺ノ宮 月夜(ia0073
20歳・女・巫
瑞姫(ia0121
17歳・女・巫
北条氏祗(ia0573
27歳・男・志
氏池 鳩子(ia0641
19歳・女・泰
鬼島貫徹(ia0694
45歳・男・サ
白姫 涙(ia1287
18歳・女・泰
シエラ・ダグラス(ia4429
20歳・女・砂


■リプレイ本文

●出発
 深夜、開拓者達が神楽の都から精霊門を潜って武天の此隅に移動すると、依頼人の青年が待っていた。
 青年は自らの名を良海と告げて挨拶をする。
 染め付けの絵師である良海は一面の向日葵畑にとても興味があると瞳を輝かせた。
「着物の図案の参考にぜひ周りすべてを埋め尽くすたくさんの向日葵を見てみたいんだ。その村までよろしく頼むよ。荷馬車なら借りておいた」
 良海は御者付き荷馬車が待機させてあるといって開拓者達を空き地まで案内する。
 荷馬車には大きな荷物が載せられていた。良海によると画材であり、主に紙の束だという。
 あまりの量に開拓者達はまさかと思っていたが、後で荷ほどきをした時に真実だと知る。まさしく絵を描くための紙ばかりだ。食料も入っていたが、村を往復する為のぎりぎりの量であった。
 夜明けを待って一行は出発する。
 荷馬車は比較的ゆっくりと進んだ。はやる気持ちを抱える良海だが、どのみち村までは数日かかる。急がせて荷馬車を牽く馬達が暑さでばてたりしたら、それこそ元も子もない。
 幾晩かの野営を経て、さらに荷馬車は見渡す限りの草原の道を駆ける。
「あれは向日葵畑ではありませんか?」
 そして暮れなずむ頃、揺れる不安定な荷馬車の荷台で鷺ノ宮 月夜(ia0073)が立ち上がってさらに背伸びをした。
 荷馬車が丘を完全に越えると、進行方向に今までと違う風景が広がっていた。
「向日葵ですね。近づいたらどんなに大きな花畑なのでしょうか‥‥」
 シエラ・ダグラス(ia4429)も腰をあげ、手のひらでおでこにひさしを作りながら今はまだ小さい向日葵畑を眺めた。依頼を受けたときから向日葵を楽しみにしていたのだ。
 まだ数キロは先なのに黄色く輝き、はっきりと向日葵畑だとわかった。
 向日葵畑の中にぽつんと村が存在する、そんな光景だ。
「これがそうなのか! おっと!!」
 良海も立って眺めようとするものの、釣り合いがとれずに大きく身体を揺らされて荷台の上で千鳥足となる。
「大丈夫ですか? 良海さん」
「あ、ありがとうよ。他はどうでもいいが利き腕と指だけは、守らないとな」
 白姫 涙(ia1287)が差し伸べてくれた手によって良海は何とか転倒を免れた。
 次第に村へと近づき、道の両側に向日葵が咲き乱れる中を荷馬車が走る。
「どうだ。図案のよい着想は得られそうか?」
 自らも通り過ぎてゆく向日葵を愛でながら、鬼島貫徹(ia0694)は良海へと振り向いた。
「それはもう!」
 良海の視線は向日葵に釘付けである。荷台の縁に掴まり、瞬きを忘れたように瞳を大きく開いていた。
「こりゃいい景色だ! 蝉の鳴き声もうるさいくらいだし、夏真っ盛りだねぇ。これで西瓜がありゃ――」
 北条氏祗(ia0573)にとって久しぶりの戦がなさそうな依頼である。護衛の任務があるにしろ、楽しく過ごしたいと考えていた。
「まだ向日葵の花は元気ですね〜」
 瑞姫(ia0121)はにこやかに並ぶ向日葵を眺めた。日が暮れ始めていたが、向日葵はどれも元気である。
「むにゃ‥‥。饅頭は一人に二個アル‥‥」
 ぐっすりと寝ていた梢・飛鈴(ia0034)を何人かの開拓者が向日葵を見せる為に起こそうとする。だが、起こしたらぶっ飛ばすといっていたのを思いだして取りやめた。
「あの頃はまだ、向日葵もこれほどには高く育ってはいなくてな。現れた小鬼は背の低さを利用して悪さをしていたのだが――」
 氏池 鳩子(ia0641)は、何ヶ月か前に繰り広げた小鬼退治に参加していた。よく育った向日葵の姿に感心しながら、その頃の事を振り返る。
「ほう、それでどうしたんだ? うまく誘い出せたのか?」
 良海は氏池鳩子に近づいて続きを急かす。どうやら良海は物事の裏に秘められた話題にも興味がある様子だ。
「それにしても、花が全て同じ方向を向いているのはなぜ故か知らぬが見事な光景だな。ん? あれは‥‥」
 氏池鳩子が通りすがりの村人と挨拶を交わした。そのうちに小鬼退治の時の依頼人、吉之介と出会う。
 吉之介は小屋を用意してくれた。それに食事までも用意してくれるという。
「明日から向日葵を描きまくるぞ。それが終わったら近くを探検だな」
 良海は腹が膨れるとさっそく床に入って眠ってしまった。
 開拓者達は交代で良海を見張る事にしていた。道中で感じた印象では、どうも興味があるものには無謀になる傾向が見て取れたからである。
 夜は更け、開拓者達は布団の中で眠りに就くのだった。

●向日葵と村での日々
「これは結構釣れますね。全員の夕食分に間に合いそうです」
 鷺ノ宮は木漏れ日が落ちる岩の上で竿を持ち、目前の清流に釣り糸を垂らす。
 魚籠の中には釣った川魚がすでに何匹か泳いでいる。竿などの釣り道具はすべて村人が貸してくれた。この釣り場も通りすがった子供達が教えてくれたのである。
「今頃、良海様は向日葵にきっと夢中ですね。私が護衛の番の時に、ここへ連れてきてあげましょう」
 鷺ノ宮が振り返った先は村の方角。つまり向日葵畑のある場所だ。
 一段落すれば森の中に入って山菜も探してみるつもりだが、今しばらく釣りに興じた鷺ノ宮であった。

 ひらりと一枚。また一枚と紙が舞い降りる。
 地べたに座る良海が向日葵畑を前にして夢中になって筆を走らせていた。
 本人も一応気にしているようで、地面に落ちた紙の上に小石を乗せて風に飛ばされないようにしている。だが、上の空で置くので外れ気味である。
(「夢中になると、こうなってしまうのですか」)
 護衛兼見張りの一人、白姫涙が小石を紙の上へ乗せ直す。そして乾いたのを確認するとひとまとめにする。
(「それ程までに夢中になれることがあるというのは、良い事ですね」)
 白姫涙は良海を静かに見守った。
(「ここまで此隅から遠いとは考えてもいなかったな‥‥。道場らしきものは村に見あたらなかったし‥‥」)
 北条氏祗は周囲の様子を確認しながら、村人が持ってきてくれた西瓜にかぶりつく。とても冷えて甘い。良海にも勧めてみるが生返事しか戻ってこなかった。
「今日のところは平気そうですね。向日葵だけに夢中ですし」
 シエラは白姫涙と北条氏祗に小声で話しかける。
 良海はひたすらに描き続けていた。おかげでシエラも一面に広がる向日葵の景色を堪能する。
 見渡す限りの向日葵。
 暑い夏の太陽を映したような大輪はとても力強く、見ていると勇気を与えてくれそうな気がしてくる。
 向日葵に良海が執心したのは丸三日間。真夜中にも昼間の向日葵を思い出して、描き続ける程だ。
 鷺ノ宮は夜、握っておいた塩おにぎりを、そっと良海の側に置いておく。
「ところで、染め付けの絵師として、いままではどのような図案の着物を作ったのであろうか? 興味があるので、よかったらお聞かせ願いたいのだが」
「そうだな――」
 向日葵に囲まれながら一緒に弁当を食べた時、氏池鳩子の問いに良海が口を開いた。
「何でも描くといえば描くのだが、自然を写したものが多いな。朝顔や、桔梗、紅葉、少々変わったところではジルベリアからの薔薇なども描いたこともあった。雪輪をいくつか手に掛けたことがあるな」
 これまでに気に入った絵を、良海はまとめて持ち歩いていた。氏池鳩子はその画集を見せてもらう。
「どれ、俺にも見せてくれ。これは‥‥、わずかながらでも色がつくと途端に変わるものだな」
 鬼島貫徹も画集を見せてもらい、ひたすら感心する。この景色が茶器に写せないものかとも一瞬考えてしまった。
「ん? あれは」
 山を散策した帰り道、休憩中の瑞姫を良海が発見する。
 瑞姫は畑の中に拓けた空間で向日葵に囲まれながら舞を踊っていた。
「これは一興だ」
「こういうのもいいものだな」
 鬼島貫徹と氏池鳩子も賛同し、しばらく瑞姫の舞を良海と共に鑑賞し続けた。
 向日葵の絵は借りた小屋で堆く積まれる程になる。荷馬車で持ち込んだ紙の約三分の二
が消費されたようだ。
 それからしばらくは村周辺を散策しながらの新たな題材集めが始まった。
「あ、逃げたアル! どこ行ったあるカ?」
 良海に荒縄をつけて反対側を持っていれば安全だろうと考えていた梢飛鈴だが、まんまと逃げられる。
 良海は用を足すといって茂みに隠れると、小刀で自らを繋ぐ荒縄を斬ったのだ。とはいえ志体を持つ開拓者相手に普通の人間が逃げおおせられるはずもなく、すぐに捕まってしまう。
 縄をつけられるのは家畜のようで嫌だと良海は叫んだ。
 その点はもっともであり、話し合いの末、荒縄による束縛はなしとなる。ちなみに斬った荒縄は後で良海が弁償してくれる。
「おい! この先は崖だぞ」
 突然に崖先に向かって走り出した良海に氏池鳩子が気がつく。
「何を考えておるのだ!」
「もう少し、もう少しあの枝にある鳥の巣に近づいて見てみたいのだ!」
 氏池鳩子の声に気がついた崖付近にいた鬼島貫徹は、身体を張って良海の突進を食い止める。
 その後で、良海は二人から説教を小一時間程食らった。ただ、その後で二人の補助によってちゃんと鳥の巣を近くから観察する。
 他にも細い蔦に掴まってよじ登ろうとしたりと、着物の図案の事になると我を忘れてしまう良海だ。すべては情熱からだが、その分開拓者達の苦労は増えてしまう。
 それでも怪我もなく、良海が無事絵を描き続けられたのも開拓者達のおかげであった。

●図案
「やっばり、もふらサマはいいアルなー」
 梢飛鈴は村のもふらさまと荷車を借りて、薪用の木材を小屋まで運んでいた。ちょっとだけ寄り道をして涼しげな草むらで一緒に寝転がる。ちぎった草で鼻の辺りをくすぐったりもしてみた。
「なにしてるアルか?」
「おー、いやな。こいつらに頼まれちまってよ。それでな」
 帰り際、道ばたの木の上に登っていた北条氏祗に梢飛鈴は気がつく。北条氏祗の手にはたくさんの蝉、そして木の根本付近には子供が五人ほどたむろっていた。
 全員で小屋まで戻ると、北条氏祗と梢飛鈴は子供達と木ぎれによる開拓者ごっこをして遊んであげる。
「もふらさま、お水でもどうです?」
 瑞姫がもふらさまを井戸の近くまで連れて行って水を飲ませた。まだまだ暑い日が続いている。瑞姫は汲んだ水をもふらさまの背中にかけてあげた。
「村の皆様が向日葵の油を下さいました。今夜はこれで天ぷらにしましょうか」
 小屋に戻ってきた鷺ノ宮は夕食の支度を始める。
「あの向日葵がもうすぐこのようになるのですね」
 シエラは料理の手伝いをしながら瓶に入った向日葵油をじっくりと眺める。もう何度も散策し、向日葵畑を瞳の奥に焼き付けたシエラである。その分だけ向日葵に対する郷愁を深く感じていた。
 宵の口に夕食を頂くと、開拓者達は良海を囲んだ。
 滞在中に描いた中から選りすぐった向日葵の図案三点を良海が床に並べる。自分自身ではこの三点に甲乙つけがたく、開拓者達の意見を聞きたいという。
「素人目の意見だが‥‥、壱と番号が振られているこちらの余白の使い方が好きだ。その分だけ向日葵の図柄が映えている。そんな気がする」
 氏池鳩子は率直に自らの意見を述べる。
「私も壱が好きです。向日葵畑の匂いを感じます」
 白姫涙は良海に視線を向ける。
「よい出来だ。俺も壱を推そう。図案職人の仕事、見届けさせてもらったぞ」
 鬼島貫徹は満足げに何度も頷いた。
 他の開拓者達の意見も壱に集まる。
 その他の絵も見せて欲しいという話になり、しばらくは図案の鑑賞時間となった。向日葵だけでなく、村の周囲の自然を描いたものもたくさんある。
 清流や小さな滝を案としたものや、小鳥と巣から発想した図も含まれていた。
 そして翌日、良海と開拓者の一行は帰路に就く。
 此隅に着いてから北条氏祗がいくつかの剣術道場に飛び込んで稽古をつけてもらったようだが、それは別の話である。
 夕日の中、感謝する良海と別れた開拓者達は此隅の精霊門へと向かうのであった。