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■オープニング本文 朱藩の首都、安州。 海岸線に面するこの街には飛空船の駐屯基地がある。 開国と同時期に飛空船駐屯地が建設された事により、国外との往来が爆発的に増えた。それはまだ留まる事を知らず、日々多くの旅人が安州を訪れる。 そんな安州に一階が飯処、二階が宿屋になっている智塚家が営む『満腹屋』はあった。 満腹屋の地下には氷室がある。氷霊結が使える従業員の銀政が秋から春にかけて毎日コツコツと水を凍らせてくれたおかげで今現在ぎっしりと詰まった状態だ。 食材の保存庫としても使われるのだが主な用途は夏場のかき氷用。毎年、飛びように売れている人気商品である。 「今年も頑張ってもらうのですよ〜♪」 給仕の智塚光奈は店の裏庭で手回し式かき氷削り器二台を洗っていた。いつ暑い日がきても使えるようにと。 「光奈さん、鍛冶屋さんのところ大変でしたわ」 「お帰りなさいなのです〜。どうしたのです?」 裏庭へと現れた姉の鏡子が妹の光奈へと足早に近づいた。 鏡子は手回し式かき氷削り器の製造元である鍛冶屋から戻ってきたばかりだ。手回し式かき氷削り器の刃を研いでもらってきたのである。普通なら切れ味が悪くなることはないのだが満腹屋ではかなり酷使していた。研ぎ終わってついでに交換用の新刃を発注しようとしたところ、当分の間難しいとの返答があったという。 「先々月、武天の茶店組合からかき氷削り器の大量発注があったそうよ。先月ようやく仕上がって発送。ところが輸送を頼んだ飛空船が行方不明。空賊にやられたってもっぱらの噂だわ。鍛冶屋さんは悪くないのだけど、品が届いていないのは事実なので再納品のために連日大忙し。昨日、ようやく全数用意出来たらしいわ。‥‥後回しにした他の受注をどうさばくか、まだまだ苦悩の日々は続くって仰ってましたけど」 「鍛冶屋さん、ご苦労様なのです‥‥。それだと新しい刃、頼めそうもないですよ」 鏡子と光奈は洗い途中の手回し式かき氷削り器を見つめた。研ぎ直してもらったので当分は問題ないが、替えの刃が手に入らないとなると不安は残る。 「それと光奈さんに武天へ行ってもらえないかっていってたわ。届け先である此隅の茶店組合に、かき氷のタレの作り方を教えてあげられないかって。納品が遅れたお詫びの代わりのようね。相手方に頭を下げるのは同行の番頭がするそうよ。光奈さんは下げる必要はないし、それに謝礼はたくさんするのでお願いしますっていってたわ」 「わかったのです。お世話になっている鍛冶屋さんのためなのです。武天の此隅のお店なら商売敵にはならないので問題ないのです〜♪」 光奈は開拓者同伴を条件にして引き受けることにする。かき氷のタレは開拓者から教えてもらったものがあるし、それに遠出なので一人旅だと不安があったからだ。 数日後、鍛冶屋が手配した中型飛空船で光奈と開拓者達は武天の此隅へと向かうことになる。手回し式かき氷削り器五十台を船倉に積んで大空へ。 しかし一行は知らなかった。先月、手回し式かき氷削り器を奪った空賊に自分達が乗った飛空船が襲われることを。 |
■参加者一覧
朝比奈 空(ia0086)
21歳・女・魔
風雅 哲心(ia0135)
22歳・男・魔
水鏡 絵梨乃(ia0191)
20歳・女・泰
礼野 真夢紀(ia1144)
10歳・女・巫
からす(ia6525)
13歳・女・弓
十野間 月与(ib0343)
22歳・女・サ
クレア・エルスハイマー(ib6652)
21歳・女・魔
華角 牡丹(ib8144)
19歳・女・ジ |
■リプレイ本文 ●いざ武天へ 疲労困憊の鍛冶屋が依頼した輸送飛空船は一般的なものよりも一回り大きかった。船倉には手回し式かき氷削り器五十台の他に武天行きの様々な貨物が載せられている。おかげで智塚光奈に同伴する護衛の開拓者達が連れてきた大きめの朋友が休んでもなお余裕があった。その代わり速さはあまり望めない。 輸送飛空船は雲海の上空をゆっくりと航行していた。 「替え刃、ないと不安なのですよ〜」 「まゆも夏のイベントで酷使するんですよねぇ。どうにかしたいところなのですけど」 礼野 真夢紀(ia1144)は前の席に座っていた智塚光奈と手回し式かき氷削り器を話題にしていた。個人で使うならともかくお店で使うとなれば常に予備は必要なのに、この状況は頂けないと。 「鍛治屋さんの仕事を無にするなんて‥‥。空賊だとすれば酷い話だね。まったく、お灸を据えてあげたいところなんだけど」 礼野の隣に座っていた十野間 月与(ib0343)も会話に参加する。月与が背筋を伸ばして眺めると光奈がうんうんと頷いていた。 水鏡 絵梨乃(ia0191)と朝比奈 空(ia0086)は甲板付近で朋友と共に待機、空を監視中である。 「うっちゃんは空賊に襲われたらどうするつもりかな? でも空賊だと判断するにはどうしたら」 水鏡は鷲獅鳥・黒煉を手入れする朝比奈空を手伝っていた。水鏡の迅鷹・花月は輸送飛空船に沿うように滑空中である。 「空賊旗をあげるなどの名乗りをしない不意打ちだとすれば、初撃の回避が肝心ですね。立場上、こちらから仕掛けるわけにはいきませんし」 朝比奈空は鷲獅鳥・黒煉の鞍がしっかり取り付けられているかを確かめてから水鏡へと振り向いた。 今のところは人気の多い土地の上空なので比較的安全といえた。しかし広原や山岳部に差し掛かると危険度は増してくる。 ちょうどその頃、船倉内のからす(ia6525)は堆く積まれている多数の木箱をからくり・笑喝と共に見上げていた。初めての飛空船なので各所を見学していたのである。 「夏を控えたこの時期、氷削り機は高く売れるだろうからね。稼ぎ時という訳だ」 からすが木箱を拳で軽く叩くと鈍い音が響いた。中身が詰まっている証拠である。 手回し式かき氷削り器は一箱につき二台入りで総計二十五箱。 巷の噂では去年の夏にかき氷で大儲けをした茶屋があるという。それが朱藩安州の満腹屋であるかどうかは定かではないが、奪っていった賊は大まかな噂を知っていたに違いなかった。または後で知ることになるだろう。 「かき氷はうまそうだよな。光奈からさっき聞いたところによれば、苺風味のものもあるそうだ」 管狐・翠嵐牙を出現させていた風雅 哲心(ia0135)が、からすへと話しかけた。二人はしばらくかき氷の話しで盛り上がる。光奈はこの輸送飛空船にたくさんのかき氷用タレ入り壺を持ち込んでいた。 クレア・エルスハイマー(ib6652)は炎龍・シルベルヴィントに龍騎して飛翔し、斥候を務めていた。 「人様の物を盗むなんて‥‥。悪い事をする空賊は許しませんわ!」 離陸前に鍛冶屋の番頭から手回し式かき氷削り器を盗まれた事実を教えてもらって憤慨するクレアだ。自分がいる限りそんなことはさせないと正義感を強くさせる。 武天の都、此隅を目指して輸送飛空船は北へと飛び続けるのだった。 ●空賊の襲撃 「材料もたぁっくさん、仕入れてきたのですよ〜♪ それに試食用のタレもちゃんと持って来てるのです☆ 現地で食べてくださいなのです〜」 「助かります。少しでも相手先の機嫌がよくなれば私も助かりますので」 安州を離陸して二日目。光奈は食堂で番頭の相談にのっていた。今日の夕方か明朝には此隅に到着する予定なので準備に不備がないかの最終洗い出しである。 開拓者達は怠惰な雰囲気に誘惑されながらも気を張って警戒し続けていた。とはいえ白い雲と青い空にそよぐ風。世界は長閑そのものである。 龍や鷲獅鳥を連れてきた開拓者は輸送飛空船を囲むように護衛。交代で甲板に降りて休憩を挟む。 船内に残った開拓者達は船員らと共に窓からの監視を担当していた。 この周辺は空賊の襲撃が比較的多いことで知られていた。前に手回し式かき氷削り器を載せた飛空船が失踪したのもこの辺りとされている。 危険空域というのは地図上に点々と存在するのですべてを避けて通るのは難しい。結局のところ、危険を回避するには航空路決定者の勘と運によるところが大きかった。 今回の決定者たる運送業者は敢えてこの航空路を選んだ。失踪した運送業者とは仲がよかったようである。無事通過することで精神的な敵討ちを考えているのだろうと光奈は想像していた。 「何でしょう‥‥。森の中で光ったような」 シルベルヴィントに乗ったクレアは輸送飛空船よりも低空を飛んでいた。目を凝らして眼下を眺める。すると爆音を撒き散らしながら何かが急激に近づいてきた。 「飛空‥‥船?!」 間髪で避けたクレアが呼子笛を急いで口に銜える。そして大きく吹き鳴らした。 急上昇の中型飛空船が味方の輸送飛空船へと接近。クレアの笛に操縦士が気づいてくれたのか、間一髪、輸送飛空船は船体を傾けて衝突を回避する。 「あの船‥‥」 礼野は駿龍・鈴麗で甲板から飛び立つと相手方の中型飛空船を瞬時に観察した。 「空賊ですの!」 礼野が叫んだ。 平べったい楕円形で甲板部分には衝突緩衝用のバネ板が搭載されていた。おそらく下から輸送飛空船の船底に取り憑いて乗り込む算段なのだろう。船体側面の変わった位置に不気味な意匠の空賊旗がはためく。 「大樹!」 「黒煉!」 甲龍・大樹騎乗の月与と鷲獅鳥・黒煉騎乗の朝比奈空は、空賊飛空船から輸送飛空船へと放たれた巨大銛を防いだ。大樹は霊鎧による硬さで壁となり、黒煉は真空刃にて銛の軌道を逸らす。下方からの接舷に失敗した空賊飛空船が今度は上方から縄付きの銛を打って輸送飛空船を引き寄せようとしたのである。 月与と朝比奈空のおかげで巨大銛は輸送飛空船へと突き刺さらずに済んだ。それでも空賊飛空船は輸送飛空船へと迫る。またグライダーが次々と空賊飛空船から飛び立っていた。 すでに龍や鷲獅鳥で飛翔している開拓者はそのまま空中戦へと突入。輸送飛空船の甲板には迫る空賊を追い払うべく風雅哲心、からす、水鏡の姿があった。 『無粋な輩もいたものだ。早急に片づけるとしようか』 宝珠から現れた緑色の管狐・翠嵐牙が風雅哲心を見上げる。 「同感だ。行くぞ、翠嵐牙!」 風雅哲心のかけ声と共に管狐・翠嵐牙は輝きに変化した。深遠の知恵によって剣と同化する。 「さて、術師の本領発揮といくか。まずは飛行手段を奪う。‥‥轟け、迅竜の咆哮。砕き爆ぜろ。アイシスケイラル!」 風雅哲心が放った氷の刃はグライダーを駆る空賊を捉えた。旋回して逃げようとしたグライダーだが右翼に命中して破損。緩慢な錐もみをしながら森の中へと墜落していった。 『さてさて空賊が出ると噂になってまんねんけど、あれでっしゃろね?』 「そだね、あれだね。笑喝、『捕まえる』よ」 からくり・笑喝に答えたからすが、『呪弓「流逆」』の弦に矢をかける。狙うは空賊飛空船の武装。小口径ではあるが空賊飛空船には宝珠砲が一門搭載されているようである。からすの放った矢が砲手の肩に突き刺さった。 『ホホホ、ようござんす。かき氷の代わりに鉛玉でも馳走しましょか』 それでも空賊飛空船が迫る。これまでからすの盾となっていた、からくり・笑喝は『相棒銃「テンペスト」』を手に握る。 からすと同じく宝珠砲の砲手を的にして射撃開始。捕まえるを遵守して急所を避けて射つ。すれ違いざま、輸送飛空船の甲板に落下してきた空賊砲手を荒縄で縛り上げた。 「ぐぁ‥‥縄が痛‥‥‥‥い」 『もっと激しいんがお好みでやすか?』 白狐の面の下で微笑むからくり・笑喝だ。 飛空船同士が交差した瞬間、空賊飛空船へと飛び移ったのが水鏡である。迅鷹・花月の能力『友なる翼』で同化し、背中に出現した光の翼をもって空中移動をしたのだ。 「うっちゃんもがんばっているしな」 飛空船内に突入した水鏡は拳と脚で空賊達に挨拶した。瞬脚で一気に近づくと乱酔拳で空賊を身体ごと弾く。飛ばされた仲間に巻き込まれた空賊達が床へと這い蹲る。 無双が続くと思われたものの、水鏡は手強い空賊と遭遇した。間違いなく志体持ちであり、その他の空賊の反応からいって空賊の船長のようだった。 闘いの最中、窓が突然突き破られる。一呼吸置いて現れたのが鷲獅鳥・黒煉を駆る朝比奈空。真空刃で窓を破って突入してきたのである。 「ララド=メ・デリタでグライダーの何機かは墜落しましたよ。降伏した方がよいと思いますが」 朝比奈空が勧告してる間に次々と仲間達が船内に入ってくる。鷲獅鳥・黒煉は真空刃を放って空賊達を牽制した。 その時生じた隙をついて水鏡が空賊船長の溝打ちを右肘で強打する。床へ膝をついたところに顎攻撃を加えて戦意を喪失させた。 「空賊は殲滅させないと。御蔭でかき氷削り器のことでも迷惑被っているんですからね。食べ物の恨みは恐ろしいんですから」 「ま、待て、待つんだ! 奪ったものは、か、返す。それも返す!!」 礼野に命じられた駿龍・鈴麗が大口を開けて空賊船長に炎をちらつかせる。 「それもって‥‥手回し式かき氷削り器を盗んだのはもしかして」 大薙刀で空賊を弾き飛ばしたばかりの月与が礼野へと近づいた。想像は当たっており、前に手回し式かき氷削り器を盗んだ空賊と同一のようだ。 クレアが突入したすぐ近くには操縦室があった。炎龍・シルベルヴィントとは背中合わせになりながら扉を開放。操縦室に足を踏み入れた。 「操縦室なら仕方ありませんけど集まっているなんて迂闊ですわよ! 『我解き放つ絶望の息吹!』」 クレアのブリザーストームは空賊達をまとめて巻き込んだ。ただ一人、攻撃しなかった主操縦席の空賊に現状維持を命じる。 破壊したグライダー六機のうち二機は空賊飛空船甲板に不時着。四機は地表へ墜落していったものの腕が良ければ生きているだろう。 空賊飛空船は開拓者達が完全に制圧。空賊にとっては悪夢となるのだった。 ●空賊の隠れ家 「それにしても上昇能力に特化した空賊飛空船なんて初めて聞いたのですよ〜」 危機が去って光奈はほっと胸をなで下ろす。 飛空船に速さを求める者は多く、空賊には特にその傾向がみられる。他に空賊が飛空船を強化する場合は強大な武器装備が通例だ。高品質な浮遊宝珠を増やす空賊など滅多にいない。 待ち伏せの略奪行為の成功率を上げるためには非常に効果的な空賊飛空船といえた。開拓者達が一枚上手の実力を持っていなければ成功していたはずと光奈は想像する。 「ふんっ‥‥。これで全部だ」 捕まえた空賊船長はごつい見かけによらず頭脳派のようである。 「頑ななら爪を剥がすなり、指を折るなり‥‥しようと思いましたが」 「荷を返してくれるのなら、役人に取りなしてあげましょうか。ほんの少しだけですけど」 悪態をつきながらも空賊船長が簡単に口を割ってしまったので朝比奈空や礼野の出番はなかった。無駄な抵抗はしない主義のようである。 戦闘が行われた空域から十キロメートルほど離れた森の奥地に空賊の隠れ家はあった。注意しながら開拓者達は立ち入ってみる。 「かき氷削り器の数が足りないみたいね」 からすが数えたところ、以前に奪われた手回し式かき氷削り器の約半分が隠れ家には残っていた。 「売れたってことかな?」 「それしかありませんわ」 月与とクレアが睨むと空賊船長は視線を逸らす。 「最初はこんなものと思っていたんだが、すごく高く売れて驚いたってもんだ。試しに売った最初の数台がもったいないって感じるほどによ。次の買い手のも見つかっていたんだが‥‥ついてねぇもんだ」 空賊船長は販売した地域を白状した。しかし売った相手の顔までは覚えていないという。 「それはそうかも」 「そうでしょうね」 水鏡は朝比奈空の右腕を両腕で抱きしめながら何度も頷いた。 「せめて金は返してもらわないとな」 風雅哲心の言葉に空賊船長は無言で場所を指し示す。そこには売り飛ばして得た金子が仕舞われていた。 その後、最寄りの町に立ち寄って空賊達を官憲へと引き渡す。 少々時間を食ってしまったものの旅を再開する。日が暮れる前には武天の都、此隅へと到着した輸送飛空船であった。 ●かき氷講習 此隅に到着した一行は宿で一晩を過ごした。 午前中は手回し式かき氷削り器の納品が行われる。輸送業者が茶屋組合の建物へと荷車で運び入れてくれた。番頭はひたすら頭を下げ続けたのだろう。 光奈と開拓者達は午後になってからかき氷に必要な一式を抱えて訪問する。 「かき氷のよいところは、タレを用意した分だけ種類が増やせるところにあるのです〜。一度知ってしまうと暑さの最中、冷たいかき氷の誘惑にはなかなか勝てないのですよ☆」 光奈によるかき氷のタレの講習が始まった。 「保存って案あったのでやってみたんです」 礼野は月与と考えたタレを持参していた。礼野の地元でとれた蜜柑や甘夏の汁を絞って氷霊結で凍らせたものだ。 「今度は組合員の人達に教えないといけないだろうし、レシピがあった方が良いでしょ。まゆちゃんのタレレシピもここに書いてあるよ」 割烹着姿の月与はあらかじめ用意しておいたタレ作りの用紙を配布する。 基本となる季節の果実を使ったタレ、甘酒、紫蘇、栗の実の甘煮の汁、梅酒、天儀酒、桃の砂糖漬け、黒ゴマ、酢だまりなどなど。その季節にならなければ作れないタレもあるが、礼野がいう通り氷の確保が出来るのであれば保存は難しくない。 「此隅は山に囲まれているので洞窟の氷室とかがあるかも知れないですけど、氷霊結が使える巫女さんがいるととっても助かるのですよ」 集まった茶屋の代表者達に百聞は一見に如かずということで、試食としてかき氷が振る舞われた。それを手伝う開拓者の姿もある。遠くで喉を鳴らせた者もいるとかいないとか。 講習が終わって茶屋組合の人達が去った後、光奈は番頭と開拓者達にかき氷を振る舞った。新しい氷は礼野が氷霊結で水を凍らせて用意してくれる。 光奈がぐるぐるとハンドルを回す様はとても楽しそうであった。 「謝るのお疲れさまだったのです〜」 「ありがとうございます。空賊の一件も片づいたおかげでそれほど責められはしませんでした」 光奈は言葉とは裏腹に落ち込み気味の番頭にめろぉん風味のかき氷を運んだ。タレだけでなく果肉も使ったとても贅沢な一品だ。一口食べて表情を和らげる番頭であった。 「なるほど、いろいろあるんだな。この苺風味のやつを食べてみたかったんだが、こっちもよさそうだな」 自らハンドルを回して器いっぱいに氷を削った風雅哲心は、卓に並んだタレの壺を前にして迷う。苺のピューレ状のタレに決めるとたっぷりとかけてサジで口の中へ。暑い日だったので冷たさが身に染み渡る。 「苺やめろぉんなどの果実風味もよいですが、泰国やジルベリア、アル=カマルの果実も試してみたいところですね」 朝比奈空は桃の砂糖漬けかき氷を頂いた。その他にも少しずつ試食してみる。 「うっちゃん、これは小豆の宇治金時だったかな? おいしいよ」 水鏡はサジで掬ったかき氷を朝比奈空に食べさせてあげた。朝比奈空も水鏡に気に入った味のかき氷を水鏡の口へと。二人仲良くかき氷を楽しむのだった。 「これ、おいしいです☆ 酸っぱさと甘味がなんともいえないのですよ〜♪ 今年のお品書きに増やそうかな」 「甘夏がちょうど旬なので急げばタレ作りは間に合いはずです。満腹屋さんには氷室があることですし保存は大丈夫かと」 光奈と礼野は柑橘系のタレの話題に花を咲かせた。すると月与が足早に近づいてくる。 「光奈さんとまゆちゃん、さっき番頭さんと話していたら、在庫が戻ってきて余裕が出来たから替え刃の注文引き受けてくれるって。よかったね♪」 月与は礼野と光奈の手を取って握る。そして三人で喜んだ。これで手回し式かき氷削り器は安泰。当分の間、心配はなくなると。 「かかっているのは蜂蜜とミルクでしょうか。これは美味しいですね♪ 仲間にも教えてあげないといけませんわ」 「わたしも好きなのです〜。甘いは正義、満腹屋をよろしくなのです☆」 しゃくしゃくとかき氷を頂いたクレアはにっこりと光奈に微笑んだ。空賊を懲らしめたばかりなので特に格別な味である。 『うんまいですわ〜』 誰かと思えば白狐の面を外した素顔のからくり・笑喝もかき氷を楽しんでいた。その隣の席では、からすもかき氷を頂いている。 「冷たいのたくさんで痛くならないのですか?」 「大丈夫、問題ない」 たんたんと結構な量を食べていたからすに光奈は驚いた。本当のところをいえば少し頭が痛かったからすだ。しかし余程注意深く眺めない限りは誰にもわからない。 仕事は無事完了。夕食に武天名物の獣肉料理を楽しむ。翌朝には輸送飛空船で此隅を飛び立ち、数日後には朱藩安州の地を踏んだ。 「こちら、まだお持ちでない方に」 奪われたはずの手回し式かき氷削り器が二十七台ほど鍛冶屋の元に戻ったおかげで生産回復もしやすくなった。番頭はお礼だといって手回し式かき氷削り器を開拓者達に贈る。ただすでに所有済みの人にはめろぉんとなる。 「使わない方は是非に必要な方に譲ってあげて欲しいのですよ〜。間近に迫った夏、きっとかき氷削り器は大活躍なのです☆」 光奈の笑顔に見送られて開拓者達は神楽の都への帰路に就くのであった。 |