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■オープニング本文 ※このシナリオはエイプリルフール・シナリオです。オープニングは架空のものであり、ゲームの世界観に一切影響を与えません。 剣と魔法が織りなす世界『ジ・アース』。 時代は中世。この世界に存在するパリの街はノルマン王国の首都である。 ノルマン王国は広く、ドーバー海峡近くの北海に繋がる運河を通じて内陸部にブルッヘという造船の港町が存在した。 セーヌ川に面する古き街ルーアンの領主『ラルフ・ヴェルナー』の立案によってブルッヘで新造帆船が建造される。 ノルマン王国を護るブランシュ騎士団黒分隊長でもあるラルフは、残念ながら旅には同行出来なかった。 ラルフの願いが託された幻のアトランティス大陸の技術が使われた新造帆船『ル・フュチュール』号は西へと旅立つ。 ラルフが夢の中で見た月のエレメント・アルテイラの導きに従い、長い航海の果てに新大陸へと辿り着いた。 広大なその大地に点在して住んでいたのはケンタウロス。人馬の姿をしたデミヒューマンである。 北西へと進路をとったル・フュチュール号は海岸に石像を発見して再上陸。大都市チチェン・イッツァを発見する。紆余曲折の上、チチェン・イッツァの民を苦しめていた雨の神『チャック』に化けたデビルを倒すに至った。 多くの者の勘が当たり、チチェン・イッツァの神殿には月道が眠っていた。魔法『ムーンロード』によって開かれる月道はノルマン王国の首都『パリ』へと繋がる。 当初は限られた条件でのみ開通していた月道であったが、しばらくしてその制限は取り除かれた。但し、新大陸と繋がっているのはパリ管理所の月道のみ。さらに通過出来る人物は限られる。姿こそ見せなかったもののアルテイラの仕業だと考えられた。 多くの者が平和を祈っても一部の破壊者によって簡単に崩れてしまうもの。蛮行のせいで友好に亀裂が入るのをアルテイラは何よりも恐れていた。 セーヌ川下流域に広がるヴェルナー領の中心地、古き街『ルーアン』。 深夜、領主『ラルフ・ヴェルナー』は今、眠りの中にあった。 「あなたは‥‥」 ラルフは月のエレメント・アルテイラと話す夢を見た。それはチチェン・イッツァへの招待。 「彼の地でお会いできるのを楽しみにしています」 短くはあったが優しい口調でアルテイラはラルフに語りかける。目が覚めた時、掌には覚えのない初見の硬貨が握られていた。 硬貨にはアルテイラらしき女神が刻印されていたのだが、驚くことに稀少金属『ブラン』製である。真っ白なブランは魔法金属とも呼ばれており非常に高価なものだ。ちなみにノルマン王国鋳造のものは一般に流通していない。悪戯で用意出来る代物ではなかった。 ラルフ以外にもこの晩、アルテイラの招きを受けた者が数十人いた。 約束の日は一週間後。夢を信じた者は旅の支度をしてパリを目指す。月道を通って新天地にてアルテイラと会うために。 |
■参加者一覧
エメラルド・シルフィユ(ia8476)
21歳・女・志
パラーリア・ゲラー(ia9712)
18歳・女・弓
フェンリエッタ(ib0018)
18歳・女・シ
アーシャ・エルダー(ib0054)
20歳・女・騎
リディエール(ib0241)
19歳・女・魔
アイリス・M・エゴロフ(ib0247)
20歳・女・吟
シルフィリア・オーク(ib0350)
32歳・女・騎
ファリルローゼ(ib0401)
19歳・女・騎
ユリゼ(ib1147)
22歳・女・魔
レジーナ・シュタイネル(ib3707)
19歳・女・泰
シーラ・シャトールノー(ib5285)
17歳・女・騎
ジナイーダ・クルトィフ(ib5753)
22歳・女・魔 |
■リプレイ本文 ●新大陸 月のエレメント『アルテイラ』の宴。 ノルマン王国を遙か彼方の大陸にある都市チチェン・イッツァにて催される。 夢のお告げで招かれたノルマン王国周辺の人々は各地からパリの月道管理所を目指す。誰もがアルテイラが刻印されたブラン硬貨を所持していた。 開催の三日前早朝、チチェン・イッツの片隅にあった廃墟の遺跡がまるで新築のように蘇る。その瞬間を見たケンタウロスの若者は放心状態でしばらく動けなくなったという。 現地のケンタウロスの民にもアルテイラの夢を見た者はいた。恐る恐る遺跡の中へ入ってみるとテーブルや椅子、食器、調理道具までが揃っていた。そればかりか食材まで積み上げられていたのには誰もが唖然とする。 そして宴の当日。続々と参加者達が集まり始める。 航海を経て新大陸に辿り着いた船乗り。現地のケンタウロス。ノルマン王国から遠くの空に想いを馳せていた者。 一同に介して宴は始まった。 ●宴 賑やかな広間。テーブルの一つに子供達は集まっていた。元ちびっ子ブランシュ騎士団、愛称『ちびブラ団』の幼馴染み四人組である。 「後でこの辺りを見学してみたいんだ。案内してくれよ」 赤髪の少年クヌット・デュソーは金髪の少年ベリムート・シャイエの肩に左肘で寄りかかる。右手には大きな肉塊を焼いたものを掴んだまま。 ベリムートはル・フュチュール号の航海でこの地に辿り着いたうちの一人。少しは現地に明るい。 「いいよ、行こうか。二人はどうする?」 ベリムートは金髪の少女コリル・キュレーラと茶髪の少年アウスト・ゲノック。ベリムート、クヌットに声をかける。 夢であった騎士への道をベリムートを除いた三人はすでに歩いていた。ベリムートも厳しい航海と冒険を経験して成長する。先日、ラルフからベリムート宛にシフール便が届いていた。内容は秘匿しなければならないが、これから先は騎士へまっしぐらだ。 「面白そうね。せっかくだし」 「そうだね。ただ目立つ武器は外していった方がいいと思うよ。疑われるのも何だし」 微笑むコリルの横でアウストは小難しい表情。相変わらず苦労性のようである。 「聞いたのにゃ♪ 一緒に行っていいかな? きっとこの会場にもない食材や食べ物があると思うよ〜♪」 「うわっ! びっくりしたよ。お久しぶりだねパラーリアさん。もちろんOKだよ」 テーブルの下からそろりと顔を覗かせたパラーリア・ゲラー(ia9712)にベリムートが後ずさる。パラーリアはギルド員のシーナ嬢も誘ってみると元気よく宴の人達の中に消えていった。 「四人とも揃っているな」 「お久しぶりね、元気だった?」 四人が集まるテーブルを訪れたのはフェンリエッタ(ib0018)のもう一つの姿『ラルフェン・シュスト』とファリルローゼ(ib0401)のもう一つの姿『ルネ・クライン』。コリルは夫妻の養女である。腰を屈めた夫妻にコリルが抱きついた。 「お父さん、お母さん、ご無沙汰しております」 ラルフェンはコリルの頭を撫で、ルネは涙ぐむ。騎士修業のために普段は離ればなれの生活をしていた。 ルネは順にベリムート、アウスト、クヌットも抱きしめながら再会を喜んだ。 「これは俺とルネからのお祝いだ。航海は君の大きな財産になったと思う。きっとベリムートは誰より懐の深い騎士になれる」 「ありがとうございます!」 ラルフェンとルネから贈られた黒革の手袋をベリムートはさっそくはめてみる。少し大きかったがこれは成長期を見越してだ。遠くない日にこの手袋で騎士としての剣を握る日が来るに違いない。 「お久しぶりです。皆さん見違えましたよ」 「リディエールさん!」 ベリムートが振り向くとエルフのリディエール(ib0241)が立っていた。美貌の持ち主だがれっきとした男性である。 「背が伸びましたね。もう『ちびっ子』と呼ぶのは失礼ですね」 リディエールの言葉にベリムートとクヌットは互いの身長を比べる。爪先を立てて少しでも高くなろうとする姿にくすりと笑う。 (「時間は飛ぶように過ぎ去って、人はあっという間に大きくなって‥。少し寂しくなる時もありますけれど」) じゃれ合うベリムートとクヌットをしばらく眺めたリディエールである。 「リディエールさん、ここにいたのね」 ユリゼ(ib1147)はイリス(ib0247)のもう一つの姿サクラとジナイーダ・クルトィフ(ib5753)と一緒に子供達のテーブルへと集まった。そして三人も散策に突き合うことにした。元々、そうするつもりでいたからだ。 「ちゃんと持ってきてくれた?」 「うん。こっちでも育つといいよね」 ジナイーダは昨日のパリ滞在の間に子供達四人と接触。ある準備を整えていた。 「どのような薬草があるのか楽しみですね」 サクラはすでに現地のケンタウロスに案内を頼んである。先祖から伝わる薬草を効能と一緒に教えてもらうために。 「この大きな袋は何だろ?」 「調合も出来るように揃えてきたわ。薬草師としてこれほどの機会は滅多にないもの」 クヌットの求めに応じてユリゼが傍らに置いていた袋の口をゆるめる。中にはつぶしたり煎じたりするための道具が仕舞われてあった。 その後、ユリゼはシーナと一緒のゾフィーを見つけだす。 「新婚生活はどんな感じ?」 「そうですね。私がこれまで住んでいた世界とは違うので戸惑ってはいますが――」 ユリゼの訊ねられたゾフィーは頬を染めながら夫である騎士レウリーのことを語るのであった。 「あ、これもおいしいのですよ〜♪」 「この真っ赤な果物。とても酸っぱいけどクセになる味ね」 初めてみる食材が使われた料理の数々に目を奪われていたのはパリのギルド嬢シーナ・クロウルと元ギルド嬢のゾフィ。たくさん食べたいのを我慢してどれも少しずつで済ませる。 テーブルにはそれだけ目移りするほどの料理が並べられていた。冒険者が作った料理もあり、皿が平らげられると新たに運ばれてくる。食いしん坊のシーナにとっては天国のような光景と体験であった。 そんなシーナに一人の神聖騎士が近づく。 「ポーラの妹弟子にして、ビザンツ教会のシーラ・シャトールノーよ。よろしくね」 「お世話になっているのです〜♪」 トレーで料理を運んできたシーラ・シャトールノー(ib5285)とシーナ、ゾフィーは挨拶を交わす。少し遅れてパン屋『シュクレ堂』のオジフもテーブルへと顔を出した。 「主人もアルテイラの夢を見たようなのだけど身重で動けなくてあきらめたの」 シーラは天界人から聞いていた夢の香辛料を求めて懇意としているオジフと共に先乗りしていた。それはカカオとバニラ。苦労して手に入れて、現地に石窯を作り宴開催の本日に至る。 その他の食材についてはノルマン王国から持ち込んだ。パリから北西遠方にあるエテルネル村の小麦、牛乳、鶏卵、葡萄の種を絞った油を調達。魔法のアンチセプシスで腐敗を防いである。 「本当にこれほどの技術をよろしいのでしょうか」 「ノワールの主人が望んでいたことよ」 菓子屋ノワールの主人ライラはかつてオジフに生クリームに関連して恩義を感じていた。そこでシーラが代わりに天界人から教えてもらったクレーム・パティシエの技法と店の名物シフォンケーキのレシピを伝えたのである。 今朝、月道が存在する神殿に料理を捧げることでアルテイラ、慈愛神セーラ様、本物の雨神チャックへと感謝を示した。後は宴の参加者に楽しんでもらうばかりだ。 「適度な甘さが口の中でとろけるのです〜♪ この風味、すごいのですよ☆」 「このかかっているのがカカオの粉なのね。生クリームの風味は以前のと全然違う。さっき仰っていたバニラビーンズのおかげなのかしら?」 シーナとゾフィーは様々な甘味を頂いた。シフォンケーキやクレーム・カタラーヌ、シュークリームなどいろいろと。以前に食べたものもあったが香りや風味が全然違った。洗練された味のレパートリーにあっという間に食べ終えてしまう。どれも少しずつと自らに課していたルールを忘れて。 「シーナ? ペーパーウェイトのシーナさん?」 「そうですよ〜。あれはお友達にあげるものなのです☆ 誰かに見せてもらったのですか?」 シーナとゾフィーの会話に振り向いたのはレジーナ・シュタイネル(ib3707)。シーナに兄のレオから見せてもらったといってレジーナは挨拶をする。 「これから冒険者として、お世話になります」 「こちらこそなのです☆ ギルドでは是非わたしの受付前に並んでくれると嬉しいのですよ〜♪」 レオと悪魔払いのゲーム『ケーゲル・シュタット』で遊んだことをシーナは思い出す。 シーナが勧めたシュークリームをレジーナは一緒に頂く。別れ際にシーナはレジーナにもブタさんペーパーウェイトを贈った。今日の出会いと冒険者になるのを祝して。 「冒険者になるのですね」 「そうなんです」 今度はレジーナが声をかけられる。シーナとの会話を耳にしたサクラからだ。 「私は幸運にもたくさんの人に出会い助けられてきました。頑張ってくださいね」 「ありがとうございます」 サクラへと返事をするレジーナはぎゅっと手のひらのペーパーウェイトを握りしめた。 「貴女の行く先に、神と精霊のご加護、それから私達の思いが共にあります様に‥‥」 サクラはあなたにも幸運をとレジーナの額にそっと口づけるのだった。 「そうでした。シーナさんに双樹さんから言伝てがあるんです」 「おお!」 レジーナは双樹を思い出しながら『一緒に行きたかった〜。楽しんで来てね。お土産楽しみにしてます。お肉の友よ』とシーナに伝える。 「お土産、たくさん持っていくのです。パリに戻ったら一緒においしい物をたくさん食べるのですよ〜♪」 口の回りを生クリームで真っ白にしながらシーナは笑顔で答えた。 「二つ先のテーブルにいる二人、もしかして?」 「ん? 二人とも髪型が変わっていたので気づかなかったな。しかし懐かしい顔だ」 シルフィリア・オーク(ib0350)とエメラルド・シルフィユ(ia8476)は馴染みの人物を発見してテーブルを移動する。 「お久しぶりだねぇ。お二人とも」 「ご無沙汰しております」 シルフィリアとエメラルドが言葉にした二人とは海運を生業とするトレランツ運送社のカルメンとゲドゥルである。 カルメンが女社長なのは変わらない。だがゲドゥルは秘書から副社長に昇格していた。 「で、その後はどうなの? 以前より進展とかあったのかい?」 シルフィリアは二人の恋の行方を心配していた。ここしばらく会う機会や連絡がなかったからである。 「秘書から副社長になったということは?」 エメラルドはカルメンとゲドゥルの顔を交互に何度も眺める。途中でゲドゥルが照れだす。 「去年、身内だけで結婚式を済ませましたが晴れて夫婦になりました。長かったです‥‥‥‥」 ゲドゥルは告白からこれまでを思い出す。気持ちをカルメンに伝えてもなかなか信じてもらえず、完全に射止めるまでの七転八倒紆余曲折艱難辛苦右往左往。会社内でこそまだ下の扱いをされるものの、家庭内ではようやく夫婦らしくなってきた。ほろりと涙がこぼれそうになる。 「よくやったな!」 エメラルドに勢いよく背中を叩かれてゲドゥルがむせるのだった。 「まったく世話が焼けるねぇ」 (「大丈夫なようだね」) やれやれとゲドゥルを介護するカルメンにシルフィリアは仲睦まじさを感じ取る。 こちらのテーブルに並んでいた料理にシルフィリアとエメラルドは覚えがあった。パリのレストラン『ジョワーズ』で見かけた羊のラム料理にアレンジが加えられたものだ。どうやらパリの料理人も何人かこの地に招かれたようである。 エメラルドとシルフィリアはカルメン、ゲドゥルとしばらく語り合うのだった。 「あ、あの‥‥離してくださ〜い〜〜。お願いです〜」 アーシャ・エルダー(ib0054)が弱々しい声をあげたのには訳がある。抱いていた赤ん坊に強く青髪を引っ張られてほとほと困っていた。 アーシャはアロワイヨー夫妻とバヴェット夫人がいるテーブルについていた。 残念ながらアーシャが抱いているのはアロワイヨー夫妻の赤ん坊ではない。トーマ・アロワイヨー領から招かれた他の客の跡継ぎである。 トレランツ関係者と談笑したシルフィリアは少し遅れて合流する。 「ミラさん重たそうね。大丈夫?」 「ええ。これくらい何ともないですわ」 シルフィリアは身重のミラ夫人を心配した。安定期に入っているとはいえ妊婦に無理はさせられないからだ。 「何かこの辺りのおいしそうなお肉ってないかしら? ばっふぁろーとかいるって聞いたけど」 「バヴェット夫人、また太りますよ」 バヴェット夫人とアロワイヨーはフォークとナイフを手にして食べるのに夢中だ。 ちなみにまん丸体型から大分細身となったアロワイヨーだが未だにお腹はぷっくりと膨らんだままである。バヴェット夫人はふくよかといった程度までにはダイエットに成功していた。 ●ラルフ 招待客が殆ど集まった頃に広間へと現れたのがラルフ・ヴェルナー。 ルーアンの領主であり、ブランシュ騎士団黒分隊長としてノルマン王国に貢献する人物だ。ル・フュチュール号による新大陸発見の旅が実現したのも彼の功績である。 デビルとの壮絶な戦いで右腕を失ったラルフの傍らには非常に若いが気品のある夫人の姿が常にあった。 「ラルフ様」 「この地で会うノルマンの民は頼もしく感じられるものだな。実は頼みがある」 挨拶するリディエールにラルフが耳元で囁く。広間の片隅にいる人物に一瞬視線を向けた上で。 振り向いたリディエールは目を見開いた。 金髪に細面の顔。変装こそしていたがノルマン王国の重要人物だとすぐにわかるリディエールだ。相変わらずのお忍び好きだと心の中で呟く。 それとなく謎の金髪の御仁の身を案じるリディエールであった。 「お元気そうで安心したわ。皆が腕によりをかけたお料理と楽しい劇を楽しんで行ってね」 「とても楽しみにしてきたのだよ」 ルネはラルフェンと一緒にラルフ達に挨拶する。 「新婚生活は‥‥とてもよいようですね」 「うまくいっているようなのにゃ☆」 ユリゼとパラーリアも仲睦まじいラルフと夫人に挨拶をした。懐妊はどうやらまだ先のようだ。 (「こんな偉い方に、間近で会えるって、凄い」) レジーナは遠巻きにラルフを見て緊張する。インフェルノにおけるデビルとの戦いは冒険者の間で語り草となっていたからだ。その多くにラルフは登場していた。 突然、広間が光に包まれてラルフは天井を見上げる。誰もが同じように見上げた先には女性が浮かんでいた。 この場にいる誰もが夢の中で会ったアルテイラがそこにあった。 「多くを語るつもりはありません。今日、この時を忘れぬよう心に刻むことこそ未来へと繋がる一歩となるでしょう。ごゆるりとお過ごし下さいませ」 簡単な挨拶だけを残してアルテイラは姿を消してしまう。 (「後は自分達で成せ、ということだろうな。アルテイラがいいたかったことは」) ラルフはアルテイラがいなくなった後でもしばらく天井を見上げ続けるのだった。 ●劇 「あま〜いー! パリのみんなにも食べさせてあげたいです!」 舞台で焼きトウモロコシを食べて叫んだのはアーシャ。宴の後半はこれまでの経緯を知ってもらうために演劇が繰り広げられていた。 劇中は波乱なル・フュチュール号の航海を経て新大陸に上陸した頃である。第一陣探検隊・二班は探索中に巨大な台地『テーブルマウンテン』に遭遇し、少数部族のケンタウロスとも接触。ノルマンの地では見たこともない食材の料理を頂くシーンが続いた。 シナリオの骨子となる筋は実際に経験したアーシャが出す。それを実際のシナリオに仕立てたのはラルフェンとシルフィリア。ケンタウロスの民にもわかるように翻訳を用意したのがジナイーダだ。一部有志によるテレパシーによる通訳も行われている。 「そう、それは未知なる一歩に過ぎなかったのです。第一陣探検隊・二班を乗せた空飛ぶ絨緞は海岸で停泊中のル・フュチュール号を目指します!」 ナレーションはリディエールが担当。 そして吹き抜ける風をイメージさせる笛の音。 楽器による演奏はユリゼが担当。笛を吹いてくれる。手が空いた時にはリディエールも様々な楽器を手にして劇を盛り上げた。 衣装を担当したのはルネとレジーナ。ちなみに鑑賞中のコリルはルネが用意した服に着替えていた。髪の左右を緩くサイドアップ。深い青色のドレスを纏っていた。隣に座っている父親のラルフェンは優しげで誇らしげでもある。 ベリムートの衣装のほつれが見つかってレジーナが直してくれる。普段、家でやっている針仕事がここで役に立つ。 様々な小道具を準備してくれたのはシルフィリアである。衣装は冒険者が普段使っているものを流用したものの、武器だけは怪我がないよう完全な偽物を用意した。 リディエールが演奏してくれている間にユリゼは背景としてファンタズムの魔法を活用する。おかげで動かす必要のない大道具や小道具については用意する手間が省けた。 「お前達は誰だ! 姉さんは下がって!」 「二本足の方々‥‥もしや」 劇は進んでケンタウロスの姉弟『ミンタ』と『バジッタ』に二班は遭遇する。二人は生け贄の儀式から免れるためにチチェン・イッツァから逃げてきたという。 二班の一同は作戦を練り直す為に本隊と合流。神官長タマナッタと交渉決裂の末、雨の神チャックと対決する形となる。 「そう、この地はわたしのもの!」 声高らかにチャックを演じていたのはエメラルド。アーシャとベリムートを前にして悪徳の笑みを浮かべた。 異形の神チャックであったが、ここはきぐるみで陳腐にしないために敢えて人の姿で通す。ただ特徴を示す部位については装飾としてエメラルドは身に纏っていた。 「生贄を欲するなんて神様じゃありません! あなたはデビルです!!」 アーシャがチャックを指さすとベリムートがにじり寄る。二人で倒すと別の存在が神殿から飛び出す。 「あれそこが本物のチャック。そうに違いないよ!」 ベリムートが天を見上げて叫ぶ。アーシャとベリムートが倒したのは雨の神チャックに化けた偽物、デビルチャックであった。 月道が開く瞬間、舞台が激しく輝いた。冒険者達が仕掛けたのではない。それは姿こそなかったがアルテイラからの贈り物であった。 ●森の中 翌朝、招待の一部の客達はチチェン・イッツァの探索へと出かけた。とはいっても周辺の森散策といった方がより正しい。 「どのような薬草があるのか楽しみですね」 サクラが頼んだケンタウロスの姉弟ミンタとバジッタに案内してもらう。どの土地でも先祖から伝わる薬草というものがある。それを教えてもらうためだ。 「これはお腹が痛いときに効く薬草ですか」 「長時間煎じた上で煮汁を布で漉すようです」 リディエールとサクラは摘んだ薬草をまじまじと眺める。 「これも少し摘んで後で調合してみようか」 ユリゼは標本を別にして調合分を仲間達と採取した。 始めてから一時間も経たないうちに十種類以上の新種とおぼしき薬草と遭遇している。薬草師にとってこれ以上の興奮はなかった。薬草以外にもハーブ系の草木も教えてもらう。 「少しじっとしていてね」 「これは?」 ユリゼは白い花を摘むとそっとサクラの髪を飾る。 「リゼ、本当にありがとう」 サクラはユリゼの手をしばらく握って離さなかった。 「昨日の料理もうまかったけどさ。もっと驚くもんないかな?」 「すごく辛いのがあるみたいよ。昨日のにも少しは使われていたみたいだけど」 木に登って周囲を見回すクヌットに根本に立つアウストが答える。 「この実‥‥美味しそうなのです〜♪ 食べられるかな?」 「食べられるようだけど、まだ熟していないから無理みたいね」 屈み気味に地面へと目を凝らしているのはシーナ。ゾフィーはテレパシーが使える仲間に通訳してもらってミンタに質問をする。 「シーナさん、ほらこんなの見つけたのにゃ☆ 確か以前にも採集して食べて美味しかった記憶があるよ〜♪ 昨日もあったかも知れないにゃ」 「おー、ごつごつしているけど何かの球根かな?」 パラーリアが見つけてきたのはジャガイモ。 後で食べることになるのだがシーナ贔屓の一つとなる。特にベーコンとジャガイモを炒めたものはシーナ生涯の大好物。ただそうなるにはまだ数ヶ月の時間が必要だった。 「トウモロコシの種をもらったのにゃ♪ みんなにもあげるね〜」 パラーリアが全員にトウモロコシの種を分ける。 「まるで石みたいね。色も違うし」 外皮が固いのでわざと少しだけ傷をつけて蒔くと聞かされてゾフィーは感心する。なぜならそれは人の手によって長い年月改良され続けてきたことを示すからだ。 「これ、おうちに帰ったら蒔いていい?」 コリルは両親のラルフェンとルネに手のひらのトウモロコシの種を見せる。 「そうだな。なら来年にでも俺が育ててみようか」 「もう、娘に甘いんだから」 修業先からコリルが戻るのはまだまだ先のことである。ラルフェンとルネはトウモロコシの栽培を引き受けた。いつか一緒に畑で収穫する日を想像して。 「月道がある神殿が見えるしこの辺りがちょうどよいわね」 「そうだね。じゃあさっそく」 ジナイーダの一言でクヌット、アウストが背中の袋を下ろす。中に入っていたのは並木としてパリの沿道によく植えられている栗の苗木である。今回の記念にとパリから持ち込んだものだ。 「石碑もこの辺りがよさそうだ」 ラルフェンは昨日のうちに宴の参加者達から寄せ書きをしてもらっていた。綴られた言葉や現地協力者の名を刻んだ石碑を記念として用意するつもりである。 手配した石は明日には届くはずなので数日の滞在期間に何とかなるはず。元ちびブラ団の四人も手伝ってくれるという。 「ここに月道発見に大いに貢献したアーシャ・エルダー参上! って刻まれる‥‥な〜んてね。ノルマンの民とケンタウロスさん達がいつまでも仲良くいられますように」 アーシャは冗談めかしながらも祈りを捧げる。交流がこれからもうまくいきますようにと。 栗の苗木は全員で植えた。ケンタウロスの姉弟も一緒に。 お腹が空いてきたのでお弁当の時間となる。 野営に慣れた冒険者にとって焚き火を用意するのは簡単なことだ。湯を沸かし、スープを火にかけて温め直す。 「こっこれ、美味しいのです!! すっごく〜♪」 「昨日食べた赤くて酸っぱいのが挟まっているのね。こんなに合うなんて」 シーナとゾフィーが話題にしたのはパラーリアが用意したフォカッチャにベーコンやチーズ、スライスしたトマトを挟んだものだ。 「この香草茶は昨日のうちに準備したものなの。サクラに味見をしてもらったのよ」 「わたくしの舌で確認させてしました。どうでしょうか?」 ユリゼとサクラが香草茶を全員分淹れてくれる。気分が落ち着く効能の香りが辺りに漂う。誰もが香りを楽しんでからお茶をすすった。 「こちらはどのような香りになるのか楽しみです」 リディエールはユリゼ、サクラと香草薬草談義に花を咲かせた。しばらくこの地に暮らして調べ尽くしたいぐらいだと。 「この果実、外皮は硬くて痛いが中はとっても‥‥うまいものだな」 「昨日食べ損なったのだけどこんなにうまいものだったとはねぇ」 エメラルドとシルフィリアが食したのはパイナップルだ。酸味と甘味の相乗効果に二人が驚いたのも無理もない。 「これも美味しいのですよ♪ 飲んでびっくりなのです☆」 「ありがとう」 レジーナはシーナがよそってくれたスープを飲んでみる。 それはトウモロコシをすりつぶして作ったコーンスープ。あのトウモロコシがこのような優しい味になると思うと不思議である。またトウモロコシの粉で作られたパンも麦のものとは違った風味でレジーナは驚いた。 「天界人の知恵を借りるなら、これを入れるとより美味しくなるはずだわ」 「ありがとうなのにゃ。えっと、この粒々をヤギのミルクに浸してっと♪」 シーラはパラーリアが現地で作り始めたお菓子作りを手伝う。用意した材料を見て噂に聞いた冷菓子を思い出したのである。 チキンの香草焼きとベリーの焼き菓子を食べたラルフェン、ルネ、コリルの親子も食事の締めとして冷菓子を頂いた。 「これ、食べたことのないおいしさだよ!」 コリルが興奮して瞳をまん丸にする。それはクーリングの巻物とヤギのミルク、蜂蜜、そしてバニラエッセンスで作られたアイスクリームだった。 「どれ、一口もらおうか」 「ずるいわ。わたしにもちょうだい」 コリルがサジで掬ったアイスクリームをラルフェンとルネの口へと。二人も素晴らしい味にしばらく言葉がでなかった。シーナなど気絶しそうになるぐらいに感動する。 ベリムートとジナイーダは並んで座って一緒に食事をとっていた。 「黒分隊長、すぐに帰ってしまって残念だったわね。昨日話した分にはケンタウロスの武術に興味を持っていたわよ」 「ルーアンに隠居したように見えるけど、まだまだ忙しい方だからね」 ジナイーダにベリムートはラルフとの思い出を語った。たった数年前の出来事なのに遠い昔のように感じられた。 日中であったが見上げれば空には白い月が浮かんでいた。アルテイラの思いがどこに向かっているのかをベリムートは考える。 数日の滞在後、ノルマン王国からの来訪者は全員月道で帰ることとなる。 そして二ヶ月後、新しい時代の幕開けとして本格的な交流が始まるのだった。 |