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■オープニング本文 泰国は飛空船による物流が盛んである。 その中心となっているのが旅泰と呼ばれる広域商人の存在。 必要としている者に珍しい品や食料を運んで利益を得ている人々だ。時に天儀本島の土地にも根ざし、旅泰の町を作る事もあった。 当然のことながら泰国の首都『朱春』周辺にもたくさんの旅泰が住んでいた。昇徳商会もその中の一集団である。 昇徳商会は女社長の『李鳳』と技師兼操縦士の『王輝風』の若い二人が中型飛空船『翔速号』を修理して始めた輸送会社だ。順調に業績を伸ばし今ではたくさんの雇い人がいる。 猫族娘『響鈴』は見習いから社員へと昇格になって今では中型商用飛空船『浮雲』の船長を任されている。 現在見習い中の美緒はまだ十二歳の女の子。但し志体持ちなので昇徳商会の誰よりも力持ちである。響鈴の部下だ。 ボロ格納庫横の倉庫を改装した問屋では三名が働いていた。 事務担当の女性は『小紅』。 倉庫管理係は青年『昭堂』と青年『公略』の二人。 そして人ではないが黒子猫のハッピー。猫又だと判明した今も昇徳商会のマスコット的存在である。 (「この嫌な感じは一体何なのかしら‥‥」) ボロ格納庫の事務室で李鳳は呻っていた。目前の卓に置かれた両手で抱えられる大きさの木箱を睨みながら。 「ただ今、戻りましたー♪」 「無事届け終わりました」 しばらくして事務所内に元気な声が響く。中型商用飛空船『浮雲』で届け物をしてきた響鈴と美緒が事務所へと戻ってきたのである。 「ごくろうさま」 李鳳の適当な返事に響鈴と美緒が首を傾げた。そろそろと近づいて一緒に木箱を眺めだす。 「今朝、突然の来客があってね。これを理穴の首都、奏生のある家まで届けて欲しいと頼まれたの。中身は人形なんだけど‥‥」 李鳳から説明を受けながら響鈴と美緒が木箱に触る。蓋はしっかりと釘付けされており、中身を確認することはかなわなかった。 「木箱の中は閉じる前にちゃんと確認したわ。確かに娘の人形二体だった。非常に印象のよいお客だったし、これを運ぶだけなのに依頼金もとても弾んでくれて‥‥でも」 「でも?」 李鳳の言葉尻を響鈴が反復する。 「嫌な予感がだんだんとしてきてね。金額と依頼内容が釣り合わなくて。あまりに簡単過ぎるでしょ? かといっても仕事だから届けなくてはならないのだけど」 腕組みをした李鳳はそれからも呻り続ける。夕方に王輝風が戻ってきたときもまだ難しい顔をしていた。 引き受けてしまった以上、木箱は届けなくてはならない。同時期に奏生へ届ける他の貨物もある。 もしもに備えて貨物の積み卸し兼護衛として開拓者を雇う李鳳だった。 |
■参加者一覧
柊沢 霞澄(ia0067)
17歳・女・巫
羅喉丸(ia0347)
22歳・男・泰
滝月 玲(ia1409)
19歳・男・シ
将門(ib1770)
25歳・男・サ
カルフ(ib9316)
23歳・女・魔 |
■リプレイ本文 ●不安 深夜、開拓者五名は精霊門を通って泰国の帝都『朱春』の地を踏んだ。そのまま近郊の飛空船基地まで徒歩で移動して昇徳商会のボロ格納庫を訪れる。 「助かるのです。こっちなのですー」 挨拶もそこそこに猫族娘の響鈴に促された開拓者達は中型飛空船『翔速号』へと乗船。飛んだかと思えばすぐに着陸する。 朱春の市場で船倉に貨物を積み込むと再離陸した。目が回るのような忙しさが続いたものの、ここでようやく一息つけるようになった。 朝日が昇る頃、全員が操縦室に集まって朝食代わりの肉まんを頂いた。積み込み作業も手伝ってちょうどお腹が空いていたところであった。 「ハッピーは煮干しがいいよな」 滝月 玲(ia1409)の手のひらにのった煮干しを黒子猫のハッピーが銜える。とてもうれしそうにハッピーは何度もかじりついた。姿は子猫でも実は猫又だ。 「引き受けたその時は気にならなかったのだけど、後々不気味になってきてね‥‥」 女社長の李鳳がふと洩らした荷物の話に開拓者達が耳を傾ける。 木箱の中に仕舞った人形二体は子供の男女を模したもの。男子人形はサムライ風の出で立ち。女子人形は扇を両手に持った舞踊装束だったという。 「ただの人形ではないかも知れないな‥‥。何もなければそれに越したことはないが」 アヤカシを連想した羅喉丸(ia0347)は顎に手を当てて唸る。 問題の木箱は船倉の棚に保管してあるという。操縦室には主操縦士の王輝風と補助の美緒、そして念のための護衛として羅喉丸が留まった。残りの全員で船倉へと降りる。 「この木箱がそうなんで‥‥あれ? ない?」 響鈴がきょろきょろと辺りを見回す。棚にあるはずの木箱が見あたらなかったからだ。 「こんなところに何故?」 カルフ(ib9316)が床から封印が破れた木箱の蓋を拾った。釘打ちされていたのを無理矢理ひっぺがしたような痕が残っている。 「貨物の隙間に隠すように置いてあった空の木箱を見つけたが、これか?」 将門(ib1770)の問いに李鳳と響鈴がそれで間違いないと答えた。 「これは‥‥かなりの濃さの瘴気を感じます」 瘴索結界を使った柊沢 霞澄(ia0067)が険しい表情を浮かべる。状況から推測するに木箱に仕舞われていた人形二体はアヤカシに間違いないと。 瘴気の状態によって人形アヤカシの足取りを追おうとしたものの、船倉全体に広がっていて判別が難しい。また隣接する部屋や通路では感じられなかった。 「突如消えたとは考えにくいのですが」 カルフは目を凝らしてもう一度船倉内を探し回る。市場で積み込んだ貨物の中に紛れ込んでいる可能性も含めて調べてみたが見つからない。 「い、一体どどどどど、どっこにお人形さんたちはいっいるのです?‥‥」 響鈴はハッピーを抱きかかえておろおろと震える。いつもはのんびりと構えているハッピーもどこか緊張感を漂わせていた。 「船内にいないとすれば‥‥外?」 首を傾げた李鳳は乗降用扉へと振り向く。 「変な傷はないな。もし普通に開けたとしたらわからないけどさ」 滝月玲が確認したところ乗降扉に不審な点はなかった。もし資材搬入用の船倉後部が開けられたのなら激しい振動ですぐにわかるはずである。 「あうっ‥‥。離れちゃいやなのですよ。怖いのですー」 響鈴の腕から飛び出した黒子猫のハッピーが器用に梯子をのぼってゆく。そして船倉の天井部分に差し掛かると大きく鳴いた。 「そこだというのか?」 将門は志体持ちの超人的な脚力で天井まで跳んだ。そして支柱で隠れて見えにくい通気口を発見する。通気口は着水時でも水が入り込まないよう甲板付近まで繋がっていた。 「少しお待ちを‥」 柊沢霞澄があらためて瘴索結界で探ってみたところ通気口で当たりである。 「どうだったのです?」 通気口に入って戻ってきたハッピーは響鈴の問いに二回鳴いた。二回は否定を意味するので妖人形二体はいなかったようだ。 「どのように取り憑いているかわかりませんので厄介です」 カルフの考えに誰もが同意する。 李鳳と響鈴、そして黒子猫のハッピーは滝月玲の護衛で操縦室へと戻った。そして羅喉丸、王輝風、美緒に状況を説明する。 「甲板にでもいてくれれば退治は簡単なんだが‥‥」 状況は羅喉丸の想像通りにはいかなかった。カルフが確認したところ甲板付近に妖人形二体は見あたらなかったのである。 目視さえ出来れば遠隔攻撃といった手もあるのだが無理な状況。着陸しようにも眼下は雲海。翔速号はただ今、泰儀本島と天儀本島の狭間の空路上だった。 ●襲撃 「振り落とされていないかしら?」 「宙返りして促したいところだけど貨物があるから難しいね」 操縦室の李鳳と王輝風は妖人形二体を話題にする。不安が募るばかりだがこればかりはどうしようもなかった。 アヤカシ退治は開拓者達に任せるとして昇徳商会の面々がしなければならないのは翔速号の安定と人形の運送を頼んできた人物の洗い出しだ。顔を知っているのは李鳳だけだが以前に見かけた記憶はない。 敵がいるとすれば同業者の線が一番濃い。次点で客であった人物もあり得るが、荷物の破損などの問題が起これば保証を含めて誠心誠意やってきたつもりである。しかしどんな状況でも逆恨みを買うことはあり得た。 李鳳と王輝風はこれまでの関わり合いを思い出す作業に入る。 開拓者達は翔速号内を定期的に巡回して警戒した。浮遊宝珠が鎮座する船倉近くの機関部、また風宝珠が設置された推進用機関部を重点的に。 睡眠は全員必ず操縦室の椅子で。たとえ寝ていても開拓者が傍らにいれば昇徳商会の面々にとって心強いものである。 日が暮れて夜が訪れるとより緊張感が走るようになった。 「うみゅ‥‥」 一眠りした響鈴が目を覚ます。喉が渇いたので水を容器からカップに移して飲もうとした時、ふと窓の外に目をやった。 「きゃあああああぁぁぁぁっ! あうっ‥‥」 「せ、せんぱい!」 叫びきった響鈴が倒れるのを美緒が支える。気絶しかけた響鈴が指さす先に振り返った美緒は目撃した。 それは窓の外で縄に繋がれて空中を漂う妖人形。時折、照明用の宝珠に照らされて闇から浮かび上がる。扇らしきものを手に持っていたところから女子の妖人形だと思われた。 風に煽られて激しく揺れながら女子人形は扇を飛ばしてくる。翔速号の船体に当たる度に大きな音が鳴り響いた。一撃で窓の水晶が割られることはなかったが衝撃はかなりのもの。このまま続けられたのならどうなるかわからなかった。 昇徳商会の面々以外に操縦室内にいたのは羅喉丸とカルフである。 カルフが巡回中の仲間達に女子妖人形の発見を知らせようと伝声管に飛びついた。しかし逆に連絡を受ける形になった。声の主は滝月玲だ。 「主幹の廊下にアヤカシが現れた! あれは男の人形だな」 「こちらは窓の外に女の子の人形を発見しました」 滝月玲とカルフのやり取りに、それぞれの周囲の者達が耳をそばだてる。 「カルフさんは甲板で遠隔攻撃をお願い。そちらの方が甲板に近いから将門さんも移動して女子の人形を倒して欲しいの」 李鳳はカルフと伝声管前を替わって指示を出す。敵が二体なのはわかっているので羅喉丸も退治に参加する。昇徳商会の面々は操縦室に残った。 男子妖人形に対処するのは柊沢霞澄、羅喉丸、滝月玲。女子妖人形に対しては将門、カルフ。被害が広がらないうちにと動く一同であった。 ●サムライ人形 主幹の廊下では男子妖人形に対して牽制が続けられる。将門が抜けて操縦室から羅喉丸が来るのを待っていた。 (「目的があるのでしょうか‥‥」) 柊沢霞澄は奇妙な男子妖人形の動きに疑問を持つ。先ほどから抜いた刀で素振りを続けていたからだ。 「待たせたな」 羅喉丸は男子妖人形を挟んで柊沢霞澄と滝月玲がいる廊下の端とは反対側に現れた。将門と羅喉丸が替わった理由の一つでもある。 「よしゃ! それじゃカタをつけるぞっ!。操縦室や機関部をやられたら大変な事になるからな!」 大きく深呼吸をした滝月玲は泰練気法・壱で強化をはかる。 「お気をつけて」 柊沢霞澄は間近にいた滝月玲に加護結界をかけた。 「それでは」 柊沢霞澄の宣言を合図に男子妖人形との戦いが始まった。 「先んずれば人を制す、押し切らせてもらう」 羅喉丸は瞬脚にて一瞬のうちに男子妖人形との間合いを詰める。しかし最初の拳撃は背中からだというのに躱されてしまう。 「速え!」 滝月玲の『太刀「阿修羅」』の振りも男子妖人形は身体を反らしてすり抜けた。攻撃力は未知数だが、少なくても素早さについては開拓者と同等の男子妖人形だ。 羅喉丸と滝月玲は逃がさないよう男子妖人形を常に挟む形で戦う。機会を見て移動した柊沢霞澄は羅喉丸に触って加護結界をかけた。そして伝声管の側でいつでも遠くの仲間に連絡出来るように待機する。 男子妖人形の刃は非常に鋭かった。小柄故に深手にはならなかったが、羅喉丸と滝月玲の肌に血筋が走る。 「これで!」 羅喉丸は泰練気法・弐を発動。身体を真っ赤に染めながら放たれた連続攻撃は男子妖人形を捉えた。 掬い上げるように放たれた羅喉丸の拳によって男子妖人形が天井まで弾き飛ばされる。機会を見逃さなかった滝月玲は壁を蹴って飛翔。 「どうだっ!」 滝月玲の刀が男子妖人形の首を切り落とす。 廊下の床で転げるうちに男子妖人形は瘴気の塵と化して消え去るのだった。 ●闇夜に舞う扇 「凄まじい状況だな」 「飛ばされそうです」 展望室から甲板に出た将門とカルフは瞼を半分閉じて顔の前に腕をあげた。それだけ風が強かったのである。 しかも一方向からだけでなく乱気流。右と思えば左という感じで強風に身体ごともっていかれそうになる。 二人は這うようにして甲板を移動する。夜間ではあったが美緒の操作によって甲板は照明宝珠で照らされていた。 「あれに女の子の人形が繋がれているのではありませんか?」 カルフは空中をうねって漂う縄を発見する。船体に結ばれている位置は船底に隠れていてはっきりとはわからなかった。 「‥‥いくしかなさそうだな」 覚悟を決めた将門は命綱をつけて翔速号の外壁面を伝って降りた。強風は寒さも呼び込んで指先がかじかむ。命綱をつけているとはいえしくじれば大変な目に遭うのはあきらかだった。 「そこです!」 カルフは闇夜に目を凝らす。照明に浮かび上がった女子妖人形へとホーリーアローを放つ。するとそれまで扇で船体を攻撃していた女子妖人形が目標をカルフに変えてきた。 どんなに変則的な漂い方をしてもホーリーアローは女子妖人形を捉えてくれる。肝心なのは目視出来るかどうかだ。カルフは将門が縄を外してくれるまで女子妖人形の注意を逸らし続けた。 「これだな‥‥」 船体に結わえられた縄のコブを目前にして将門は鞘からゆっくりと『刀「嵐」』を抜いた。 女子妖人形と対決して倒しておきたいところだが、どのみち眼下は泰儀本島でも天儀本島でもない宙。アヤカシを落としたところで誰かしらに迷惑をかけることはなかった。 将門が女子妖人形と船体とを繋がる縄の根本に切れ込みを入れた次の瞬間、左肩に衝撃を受けた。それは女子妖人形が放った扇であった。 しかも女子妖人形自身も風に乗って将門に迫っていた。将門は不安定な体勢で応戦。女子妖人形との間に火花を散らせる。 「さよならだな」 隙をみて将門が縄を完全に切断。女子妖人形は強風に吹かれて回転しながら吹き飛んだ。 「願わくばこれで止めを」 最後にカルフのホーリーアローの洗礼を受けた女子妖人形は闇へと落ちてゆくのだった。 ●敵は誰か 「昨日は全然役に立てなかったのですー。お掃除をして少しはと思っているのです」 「私もお手伝いします。キュアウォーターを使えば大分楽になりますので」 翌朝、響鈴とカルフは男子妖人形との戦いが繰り広げられた廊下の掃除を始めた。 「何だろこれ?」 響鈴が落ちていた布きれを拾う。カルフは刀のようなものを。どちらも男子妖人形が身につけていたものに間違いなかった。瘴気が象ったものではなく本物である。 「そうよ。きっとそうだわ!」 長く二つの品とにらめっこをしていた李鳳が声を張り上げた。布きれに描かれていた意匠に似たものを思い出したのだ。同業の旅泰『茶恩』の商隊が掲げる狸の図案にそっくりであった。 茶恩商隊の評判はここのところ悪い。いくつかの商売人が昇徳商会に貨物運搬を切り替えていた。 「決めつけるのは早計だね。もしかして僕達を殺し損ねたときに罪を被せるための二段構えかも。茶恩さんと繋がりそうなものをわざと持たせたとか」 「輝風は考えすぎよ」 李鳳の考えに王輝風が慎重な意見を出す。 いくら話し合ったところで答えは空の上にはなかった。翔速号は市場で預かった貨物を理穴の奏生まで届けてとんぼ返り。ちなみに人形二体の届け先は存在すらしていなかった。ただの空き地だったのである。 泰国・朱春に戻った翔速号一行は旅泰の茶恩周辺を調べ上げた。特にアヤカシを使役した点を鑑みて陰陽師の存在がないかを重点的に。すると怪しい人物が浮かび上がる。同時に積み荷の横流し常習についても開拓者達の手によって判明した。 最終日、飯店にて夕食を頂きながら話し合いが行われた。 「李さんの勘ってばかに出来ないよな」 「俺もそう思ってたところだ」 滝月玲と将門は餃子を摘む。 「これは由々しき問題です。旅泰そのものの信用にも関わりますので」 美緒は強い口調で意見を述べる。 「その通りなんだけど、単に事件を明らかにするだけだと相手側の逆恨みが深くなるだけなのよね」 李鳳は酒を器からくいっと呑み干す。 「人形のアヤカシを運ばせた人物についてギルドに伝えておこう。被疑者不明でも要注意な事例だと手配してくれるはずだ」 羅喉丸は神楽の都に戻ったら報告に含めるつもりだという。昇徳商会としても支部の泰国ギルドに連絡済みである。 「今後は出発前に瘴気等を確認する手段を考えておくと良いかもしれませんね」 「それが出来ればいいんだけどね」 柊沢霞澄の言葉に李鳳は深くため息をついた。もっともなのだが解決策はない。もし実行すれば非常にたくさんのお金がかかるからだ。 「もし茶恩さんとこがアヤカシと手を組んでいるのならものすごく大変なのですー」 魚介拉麺を食べる響鈴の足下で黒子猫のハッピーが頷く。ハッピーも新鮮なお魚を堪能中である。 夕食後、開拓者達は昇徳商会の面々と別れて神楽の都への帰路に就くのだった。 |