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■オープニング本文 長い冬を経て朱藩の山間地に春が訪れる。 桜の蕾が膨らんでちらほらと花が咲き始めた。実山の里ではたくさんの桜の木が植えられており、いつの頃からか毎年多くの花見の客が訪れる観光地として有名になっていた。 地場産業が乏しい里にとっては一年で一番の稼ぎ時といってよい。毎年、屋台での茣蓙や酒類、料理の販売が里の者達によって営まれる。所場代さえ払えば外部の商売人にも門戸は開かれていた。 桜の季節限定で安州からの臨時旅客飛空船が日に三便は往復するので、特に移動手段を持たない人達でも気軽に訪れることが出来る。今年もすべて手筈通りにゆくはずだった。ところがである。 「まいったなあー」 「どないしよか」 里の誰もが苦虫を潰したような表情を浮かべていた。 安州へと追加商材を買いに出かけた里の若者六名からしばらく戻れないとの報が届いたのだ。取引相手が渋って交渉が難航しているとのことであった。 屋台販売に滞りのない当分の物資は確保してある。しかし桜の満開期を迎えたころには底をついていることだろう。 仕入れに関しては若者六名がやり遂げるのを信じるしかない。ただもう一つの問題が。里の若者六名は屋台の販売要員としても必要な人材であった。 数日後、里の人々が五分の桜の開花具合を眺めながらこのままでは八方塞がりと悩んでいるところに開拓者一行が現れる。理由を訊ねてみればこの近くまで貴重な品を届け終わった帰り道だという。里には宿を借りるつもりで立ち寄ったようだ。 「どうか手伝ってくりゃせんやろか? よろしく頼み申しやす」 里の長が屋台の販売を手伝ってもらいたいと頭を下げる。他の里の人々にも願われて引き受ける開拓者一行であった。 |
■参加者一覧
ペケ(ia5365)
18歳・女・シ
からす(ia6525)
13歳・女・弓
フラウ・ノート(ib0009)
18歳・女・魔
ティア・ユスティース(ib0353)
18歳・女・吟
羽喰 琥珀(ib3263)
12歳・男・志
長谷部 円秀 (ib4529)
24歳・男・泰
御美名 心美(ib9054)
13歳・女・吟 |
■リプレイ本文 ●準備 屋台の手伝いを引き受けた開拓者七名は広い庭付きの平屋へと案内された。実山の里にいる間はここが仮の宿となる。 しばらくすると里の者達が屋台を引っ張りやって来た。食材が積まれたもふらが牽く荷車も庭に並ぶ。開拓者達は庭へ出て屋台を確かめた。 「竹串が用意されているしヨモギもあるな。これが串団子の屋台だよな」 「みたらし用の醤油。あんこ用の小豆に黄粉もあるので間違いないでしょう」 羽喰 琥珀(ib3263)と長谷部 円秀 (ib4529)は串団子の屋台に近づいて足りない食材や道具がないかを確認する。二人は串団子屋台の担当となる。 巻き寿司の屋台を点検していたのはペケ(ia5365)と、からす(ia6525)だ。 「巻き寿司は得意ですよ。私なりの秘策『ぷらすあるふぁあ』があるのですー」 ペケはエッヘンと胸を張ってから海苔を太陽に透かしてみた。非常に均一でとてもよい品質な海苔。他の食材も質がよかった。観光地にありがちな客を騙すような商売をしていないのがこれでよくわかる。毎年、花見に来訪してもらいたい里の人達の気持ちがそうさせるのだろう。 「稲荷も作りたいが。油揚げもある。これで作れるな」 からすは淡々と一つずつ品を確認する。そして自らが望む巻き寿司の足りない食材を紙に書き出すと里の者に手に入らないかと相談を持ちかけた。里の手伝いはその殆どが近隣で手に入ると答えてくれる。 フラウ・ノート(ib0009)、ティア・ユスティース(ib0353)、御美名 心美(ib9054)の三名は焼きそば屋台を担当することとなった。予備の屋台があったので横に並べて二台体制だ。 「焼きそばなら以前安州の満腹屋さんで似たようなお好み焼きを焼いた経験があります。その経験を生かせそうです」 「この壺にあるのがソースね。んー、少し舐めてみるね」 ティアとフラウが焼きそばの屋台を確かめている間、御美名は里の手伝いに話しかける。 「麺づくりを手伝ってくれるのは助かるわ。それと使いたい食材があるのだけど――」 御美名は唐辛子が手に入らないかと里の手伝いに望んだ。 「普通の鷹の爪ならこの辺りでも手に入りますが――」 唐辛子は入手可能。だが激辛の『はばねろ』なる香辛料は田舎の土地では難しい。その代わりといっては何だが、近隣の村や集落の中で一番刺激的な唐辛子が採れると評判の畑のものを取り寄せてくれるという。 花見の席近くで屋台を始めるのは明日から。開拓者達は里の手伝いの者達と一緒に準備を進める。 まだ明るいうちは足りない食材集め。今日のうちに間に合わないものについては翌朝の調達に持ち越された。 フラウのマシャエライトのおかげで灯りは足りる。 串団子、巻き寿司、焼きそばの試作品はそのまま夕食となった。互いに味を確かめ、改良点を洗い出すと明日に備えて早めに就寝するのだった。 ●仕込み 夜明け前の時間に早起きした開拓者達は里の手伝い達と一緒に仕込みを行う。前日に試作をやったおかげで手順に迷うことはなかった。 「桜の塩漬け入りのヨモギ団子はこれで‥‥予定の全部だな」 「三色、みたらしとアンコも終わりました。あとは黄粉だけです」 羽喰琥珀と長谷部は団子を包んだものを木箱にしまっては積み上げる。ひとまず杵や臼を洗って次に備えた。 「これがコツなのですよ。ホント」 ペケは巻き寿司のシャリ面に刷毛で醤油を塗った。こうすることでとても食べやすくなるのだという。 「よし。味は完璧だ」 ペケの隣でからすは花の飾り巻き寿司を作り上げる。中は桜の塩漬けや菜の花、梅酢が使われていた。 その後、ペケとからすは煮込んだ油揚げを使って稲荷寿司を作り上げる。細かく刻んだ紅生姜が酢飯に混ぜられた。 「これは売れるな」 「ペケケケ、正に花見客殺しって感じですよー」 仕上がった寿司の山をペケとからすは一緒に眺める。ばら売りはあきらめて竹の皮で巻いてすぐに手渡せる形になっていた。見本は別に用意する。 焼きそばの屋台担当も大忙し。 「蒸し終わった麺に油を塗り終わりました♪ こちらに置いておきますね」 フラウが屋台に麺が入った木箱を積んでゆく。 「これで足りますでしょうか‥‥」 ティアは仕上がった麺を眺めながら目を細める。 焼きそばは麺の量が完成品の上限数を決めてしまう。他の食材と違って簡単には用意出来ないからだ。 花見の客がどれほどの動員数かかわからない現状では勘を働かせるしかない。里の手伝いに例年やここ数日間の様子は聞いていたがそれでも不安は残る。 「屋台を始めてしばらく様子を見たらどうかしら。幸いあたしたちだけでも三人いるし、里の人達に戻ってもらって追加で麺を作ってもらえばいいと思うけど」 御美名が唐辛子の入った壺を抱えながらティアに考えを伝えた。 「小麦粉についてはまだまだありますよ」 フラウが積まれた小麦の袋を指さす。他の食材にあまり余裕はなかったが小麦についてはそれなりの備蓄がある。 いざとなったら麺を追加で作ってもらえるようティア、フラウ、御美名は手伝いの人達に相談するのであった。 朝日が昇り、花見の時間になる頃には殆どが終わっていた。 順次補充をするとしても串団子と巻き寿司は作り置きをしても問題はなかった。また焼きそばについては麺さえ完成していれば完成までさほどの時間は要しない。 「これがあれば普通より沢山売れると思うんだけど」 羽喰琥珀は最後の追い込みで木札に焼き印を押してゆく。購入者に渡す物で他の屋台での割引木札となる。相互になるよう三種の屋台用が作られる。 「これにつけておけばよいだろう」 からすはできたばかりの割引木札を稲荷と巻き寿司のセットへと取り付けた。 「これなら目立つはずです」 ティアが用意したのは割引木札の内容に触れた旗。目立つように屋台へとくくりつける。 一同は屋台を引いて庭を出発。桜並木の川沿いを目指すのであった。 ●桜、咲く中で 川沿いに到達した一同は暫し屋台を引くのをやめて桜の花を見上げる。花見のにぎやかな声に混じって椋鳥の囀りも聞こえてきた。 それからゴザを敷いて楽しんでいる花見客の周辺まで移動。数こそ少ないものの里の人達による他の屋台が並んでいる。 花見客が本格的に集まり出すのはこれから。 一同は急いで屋台の準備を始めた。特に焼きそばに関しては火を熾すまでが大変なので他の屋台担当の仲間達も手伝ってくれる。 「花見といったら団子っ、桜の下で食う団子は格別だよーっ」 用意が出来たところで羽喰琥珀が呼び込みを始めた。指の間に串を挟んで掲げてると、さっそく屋台の中を眺める客が現れだす。 「アンコとみたらし五本の包みをそれぞれもらおうかしら。あとおすすめってあります?」 「単品で並べているこちらの桜色の串団子はどうでしょうか」 屋台に待機していた長谷部は女性客の注文に串団子を包んでお金を受け取る。 里の手伝いの者は団子が並べられた木箱の仕分けをしていた。それが終われば一人ないし、二人で串団子屋台は回る。他の屋台が特に忙しくなければ一人ずつ休憩をとって桜見物をするつもりである。 「はいこちら、稲荷寿司三つと飾り巻き寿司二つですね。そちらのお客さん、少しお待ちをー」 「この割引の木札使えるかい?」 ペケが愛想を振りまきながら客との会計を済ませて品を渡す。屋台にはすでに列が出来ていた。うまくいったとペケは『ペケケケ』と心の中で呟く。 「花の飾り巻き寿司を二つもらえるか? 買うと茶をくれると外壁のお品書きにあったが本当かい?」 「竹筒でお渡しする。こちらはサービスだ」 からすもしばらくは売り子に徹する。 里の手伝いがヤカンの湯で茶を淹れて竹筒に注いだ。それらをペケとからすは希望するお買いあげのお客様につけてあげる。 巻き寿司と稲荷寿司は事前に大量に作ってあったが、売れ行きのよさにだんだんと足りない気がしてきた。 空いてきたところでペケに屋台を任せ、からすは里の手伝いと共に一度家へと戻った。そして飯を炊いて戻ってくる。 売り子を里の手伝いに任せてペケは稲荷寿司、からすは花の飾り巻き寿司を担当。通りすがりの花見客が眺める中、にこやかに寿司を作る。からす曰く、笑顔は商売の基本だと。 木桶に炊きたてのご飯を移して寿司酢を合わせてシャリを作る。漂う香りは客を惹きつけた。 香りで客を誘うといえば焼きそばもそうなのだが、こちらは客を引き寄せる別の策も行っていた。御美名の演奏と歌である。 『ウード「地平線の夢」』の弦を弾き鳴らす。メイクも手伝って激しさを周囲に振りまく。 『♪八分咲きなら散りゆくこともないのかな けれど満開が待ち遠しんだ 散りゆく姿も、美しい 貴方とならまた冬を待ち。満開の季節を待てる♪』 花見の陽気さも手伝って人だかり。屋台への客の並びが長くなってきたところで手を振って退場。御美名に声援がかかった。 「あたしの歌もまた聴きに来てね。呼び込みで歌ってるから。焼きそばを買わなくても聴いてるだけでも全然OKよ。‥‥店の人的にはどうかわからないけれどね」 苦笑する御美名に笑い声がわき上がる。 「まだ寒いから体が温まる焼きそばですよ〜」 御美名が担当していたのは辛い焼そば。さらに刺激的な激辛焼きそばの二種類だ。里の手伝いと代わって鉄板の前に立つ。 「坊や、激辛はやめといたほうがいいわよ」 「え〜〜大丈夫だよ!」 背伸びしたがる子供には一口試食をさせて納得させる。 「わかったよ。でもおんなじくらいの歳なのに屋台をやるなんてすごいな」 「失礼ね。子供じゃないわ。歳は秘密だけどね。それよりお姉さんの歌どうだった?」 御美名は子供に辛い焼きそばを少しおまけしてあげるのだった。 ティアとフラウが切り盛りする隣の屋台ではソース焼きそばを販売していた。 「刻んだキャベツはこれでしばらくこれで大丈夫」 フラウは手が空くと並んでいる客へと紅茶を振る舞う。 「熱いから気をつけてね」 「おー、温かいね。春とはいってもまだ少し肌寒いからね」 容器は竹筒。お茶と同様に非常に好評だった。 「これで食べやすくなると思いますがどうでしょうか」 ティアは小麦粉を溶いたもので薄皮を焼き、仕上がった焼きそばを挟んだ。さらに漏斗状の竹の葉に入れて完成。立っていても片手で食べられるように工夫をこらす。 通常の焼きそばと一緒に並べて販売したがこちらも好評だ。余裕があるときに薄皮を焼いておく。 「ほいほい♪ ティアさん、ここは任してね♪」 コテで豪快に麺を炒めるフラウはティアを笑顔で見送る。 御美名と入れ替わるようにティアも客寄せの演奏を行ったのである。桜の景色をより美しく感じる選曲で『フルート「フェアリーダンス」』を吹いた。並びの客だけでなく周辺で花見を楽しむ観光客も耳を傾けてくれた。 「ソース焼きそば、とてもおいしいですよ」 曲と曲の間に屋台の告知も忘れないティアだ。 心配していた麺については二台体制で販売したせいか何とか間に合う。 それから四日間、開拓者達は里の手伝い達と一緒に屋台を切り盛りする。そして四日目の暮れなずむ頃に飛空船で若者六名が帰還。五日目からの屋台を引き継いでくれるのだった。 ●桜、散る最中 役目を終えた開拓者達は五日目の午前中、花見を楽しむべく川沿いへ。 ゴザを敷いたところに屋台の若者六名が料理を差し入れてくれた。代わりをやってくれてとても助かったといって。 お言葉に甘えて開拓者達は舌鼓を打ちつつ桜を愛でる。 「こんだけ沢山桜があると、満開だと壮観だなー。俺も口上でいってたけど格別だよな。この景色で食べる団子は」 羽喰琥珀は右手に串団子、左手に湯飲みを持って桜を見上げる。桜が散る様子はたとえようもなく風流だ。 「こうやって花を楽しんでいる分にはアヤカシの脅威があるなど、嘘のようです。みんな笑顔で、のどかで‥そういうものを失いたくないですね」 桜団子を頂きながら願わくば来年もまたこの場所で花見をしたいと願う長谷部である。 「これはいいですねー」 すでに頬が桜色のペケは注いだ酒に桜の花びらが落ちたのを知った。ぐいっと呑みほして稲荷寿司を頬張る。春爛漫だとついつい笑顔が零れてしまう。 「茶のおかわりはいかがかな?」 「あたしが得意なのは紅茶ね」 お茶を淹れてくれたのはからす。紅茶も用意されており、こちらはフラウが淹れてくれる。 「うん、美味い」 からすは花の飾り巻き寿司をお茶と一緒に頂いた。すると強風が吹いて花吹雪が舞い上がる。辺りが桜色に染まってゆく。その様子にからすは一瞬、目を奪われる。 興が乗ってきたところで演奏が始まった。 「ちょいとご披露ってな」 まずは羽喰琥珀の横笛からだ。テンポのよい春の明るさを思わせる曲に手拍子が入る。 「それでは僭越ながら」 続いてはティア。桜吹雪の中、フルートの調べが流れてゆく。 「ファックフェイス! ‥‥あらやだ、汚い言葉が出ちゃったわ」 最後は御美名。酔っぱらいを撃退した後で肩から下げたウードを構えた。激しい曲は桜の散り際を称えるように感じられる。 日中の花見は全員で。夜桜は各自で楽しむこととなった。 「ふむ。いつもは賑やかだったけど、こーやってのんびり見る桜ってのも良いわね」 フラウはマシャエライトで適度に周囲を照らし、月夜に散りゆく桜を楽しんだ。 準備してきた料理で晩餐を楽しみながら微かに唸る。相方を誘えば良かったと少し後悔したりもする。 ペケは昼間に引き続いてお酒を片手に夜桜見物である。 「特等席ですよ。ここは」 太い桜の木の枝に座り、花に囲まれながら呑む酒は最高だった。 翌日、開拓者達は観光客が利用する旅客飛空船で帰路に就く。上空から見た里もまた桜に溢れていた。 |