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■オープニング本文 「今年もええ米が穫れるとええでのう」 武天のある村。早朝、八吉は自分の田んぼへと続くあぜ道を歩いていた。 まだ寒い日は続いており実際に田植えをするのは五月から六月頃である。その前に苗作りなどいろいろとあるのだが、今日は散歩がてらの様子見だ。ここ一ヶ月程、別の農作業が忙しくて立ち寄ることがなかった。潅漑が壊れていないかを確かめる意味もある。 「しかしまあ‥‥気の早いこって」 通りすがるすべての田んぼには案山子が立っていた。八吉は眉をひそめて首を傾げる。 案山子は実りの季節に雀などの鳥避けとして立てるものだ。地方によっては違うのかも知れないがこの村ではそれが毎年の習わし。それなのに春先の今頃、たくさんの案山子が目につくのは妙である。去年のものではなくどれも真新しい。 「なんじゃ?!」 自分の田んぼが遠くから望めるようになった八吉は駆けて近づく。他と田んぼと同じように案山子が立っていたからだ。しかも三体も。 邪魔だと感じた八吉は抜いてしまうおうと案山子に手をかける。すると訳が分からないまま、横っ腹に激しい衝撃を受けた。 一瞬、空が見えた後は地面が目の前に。着地の瞬間、痛みと同時に嫌な音が鼓膜へと刻まれる。それは腕と足の骨が折れた音であった。 横っ腹を叩かれた時にあばら骨もやられたようで呼吸が難しい。それでも八吉は痛みに耐えながら地面から顔をあげる。 田んぼの縁で跳ねている案山子が目に焼きつく。 周囲の案山子すべてがカタカタと震えながら八吉を嘲笑していた。 数日後、此隅を訪れた村の代表者が開拓者ギルドに依頼する。村の田んぼに巣くった案山子に似たアヤカシを一掃して欲しいとの内容であった。 |
■参加者一覧
瀬崎 静乃(ia4468)
15歳・女・陰
夏葵(ia5394)
13歳・女・弓
鞍馬 雪斗(ia5470)
21歳・男・巫
琥龍 蒼羅(ib0214)
18歳・男・シ
鳳珠(ib3369)
14歳・女・巫
長谷部 円秀 (ib4529)
24歳・男・泰
オルテンシア(ib7193)
13歳・女・サ |
■リプレイ本文 ●農村 到着の直前、開拓者七名が丘から眺めた農村の景色は長閑に感じられた。 まだ苗は植えられておらず土気色に染まっていたが、それでも春の芽吹きたる緑はそこかしこに点在する。 この農村にアヤカシが巣くっているなどと俄には信じがたかった。 開拓者達は農村に到着してすぐに聞き取りを開始する。アヤカシの案山子『案山子妖』がどのような相手なのかをより詳しく知るためだ。事前の依頼書に記載されていない敵の特徴もあるだろうと。 瀬崎 静乃(ia4468)、夏葵(ia5394)、オルテンシア(ib7193)の三人は一緒に行動して村人達から話を聞いて回る。 「姫さん、アヤカシについてわかったっぜ!」 オルテンシアは夏葵へと駆け寄る。そして田んぼに入ってすぐに赤い布を首に巻いた案山子妖に襲われた事例が多いことを伝えた。 「青い布の案山子は赤よりも近づいてからじゃないと暴れないようなのです。十歩の間ぐらいかな。シアちゃんの話と合わせると、青はそこそこ呑気、赤は短気みたいなのですよぉ」 夏葵とオルテンシアが話を突き合わせていると瀬崎静乃も近くの農家から戻ってくる。 「黄色い布を首に巻いた案山子は同じ田んぼに複数が立っている場合に限るみたい。それと暴れるのは間近まで近づいてからとか――」 瀬崎静乃の話を聞きながら三人は仲間達との待ち合わせ場所である家屋へと歩を進めた。村人達が開拓者達のために用意してくれたねぐらである。 「隠者の正位置‥用心すべき、警戒すべき事象か‥‥どうだろうな」 ねぐらの家屋の縁側でタロットを並べていたのは鞍馬 雪斗(ia5470)。先ほど田んぼに出向いて案山子妖の様子を確かめたばかりだ。 小石を田んぼ内に投げても反応はなし。案山子妖に小石を命中させたとしても動きはなかったが、遅めの矢を射つと避けられた。 「ただいま戻りました」 「何かわかったかな?」 探査から戻ってきた鳳珠(ib3369)は鞍馬雪斗の隣に座る。瘴索結界「念」で調べた範囲では村人がいっていた通り、案山子妖は二十五体存在していた。 すぐに長谷部 円秀 (ib4529)と琥龍 蒼羅(ib0214)も戻ってくる。 「田んぼに足を踏み入れると跳ねて動き出すアヤカシとそうでないのがいましたね。遠隔攻撃についてはわからないままです」 「俺も試してみたが同じだった。戦ったのではないからそうだと判断するのは早計だが――」 長谷部と琥龍蒼羅は案山子妖の無表情の奥に潜む何かを感じ取っていた。 瀬崎静乃、夏葵、オルテンシアも戻って首に巻かれた色付きの布についての情報も開拓者同士で共有される。 開拓者達が戦いの場に選んだのは赤の案山子妖が一体のみ立っている田んぼ。二手に分かれて両側のあぜ道から赤案山子妖を挟んだ。 東側では夏葵、瀬崎静乃、オルテンシア。 西側には鞍馬雪斗、長谷部、鳳珠、琥龍蒼羅が構える。 様子見という意味で最初は遠隔攻撃が行える弓術師の夏葵、魔術師の鞍馬雪斗の出番となった。瀬崎静乃の符による式打ちは案山子妖がどのような力を秘めているかを知るために今だけは温存される。 「静乃ちゃんとシアちゃん、もしもがあったらフォローよろしくなのですよぉ」 狐面をつけた東側の夏葵が白き『ロングボウ「フェイルノート」』の銀色に輝く弦に矢をかけて引いた。 「刺し貫け旋光、救い無き者に光の道を示せ‥‥!」 西側の鞍馬雪斗も反対側にいる仲間の合図に同調させて魔法の詠唱を開始する。 射線こそずらされていたものの、赤案山子妖から見て左右から矢が放たれた。 夏葵の真っ直ぐな力強い矢は赤い案山子の首へと。鞍馬雪斗の聖なる矢は極端な放物線を描きながら頭頂部へと突き刺さった。 直後、赤案山子妖はけたたましい笑い声を周囲に放つ。 (「この感じは‥‥」) 鳳珠は目を細めて赤案山子妖を観察する。わずかながら躊躇が生まれたところから察するに相手を威圧する呪力が込められていると考えられた。 「やはり隠しもっていたか」 「突き刺さるぐらいの鋭さはあります」 琥龍蒼羅は『斬竜刀「天墜」』、長谷部は『神布「武林」』を巻いた拳で飛んできた針のようなものを叩き落とす。それは赤案山子妖が腕の先から飛ばした見かけは藁の矢だ。 鳳珠によって開拓者達には加護結界が施しているので不意の攻撃を食らってもある程度は耐えられるはずである。 「突撃!!」 情報収集のためにこれまで我慢してきたオルテンシアだが、仲間達の同意が得られたところで真っ先に赤案山子妖へと突っ込んだ。大きく踏み込んで『魔剣「ラ・フレーメ」』を袈裟懸けに振りおろす。すると赤案山子妖は竹のような身体を捻りながら宙返りで避けた。 「もう出し尽くしたはずよね」 瀬崎静乃が戦いやすいよう呪縛符による式打ちで赤案山子妖の動きを鈍らせてくれる。 オルテンシアの二刀目が赤案山子妖の右腕を斬り落とす。 下から突き上げる長谷部の拳が赤い案山子を高く舞い上がらせたところで、琥龍蒼羅の水平斬りによって真っ二つ。 田んぼに落ちてすぐに刻まれた赤案山子妖は瘴気の塵となって消え去る。瀬崎静乃は瘴気を回収して練力の回復をはかるのだった。 ●壱班の奮闘 案山子妖の大まかな実力がわかったところで開拓者達は二手に分かれて退治を続行する。最初の戦いで東西に分かれたと同じ編成で二班となる。 時折、強く春風が吹きすさんだ。改めて壱班となった夏葵、瀬崎静乃、オルテンシアは黄色の布を靡かせる案山子妖三体の田んぼを望んだ。 「それでは始めようか」 深呼吸をした瀬崎静乃が黄案山子妖・壱に向けて呪縛符の式を打つ。すると黄案山子妖・壱はその場で身体を大きく揺らす。黄案山子妖・壱が攻撃されたのを知った弐と参は壱班目がけて突進してきた。 「こっちなのですよぉ」 すかさず夏葵は黄案山子妖・弐に矢を次々と射ちこんだ。月影を使用して早い時間で倒す覚悟をもって。 「ガンガン押していくぜ!」 オルテンシアは咆哮で黄案山子妖三体の注意を引いた。その上で対峙したのが黄案山子妖・参。水こそ張っていなかったが田んぼの土は軟らかくて足がとられる。それでも構わず左右に動き霍乱して魔剣を叩きつけた。 瀬崎静乃は引き続き、呪縛符を黄案山子妖・壱にかけ続けた。合間には弐と参へ幻影符の式を打って仲間の支援を行う。 オルテンシアの魔剣が黄案山子妖・参の胴の中心に深く突き刺さった。そのまま下ろして竹のような身体を割くと瘴気が大量に吹き出す。 黄案山子妖・参はもう終わりだと判断したオルテンシアは黄案山子妖・弐と戦う夏葵の元へとはせ参じた。とはいえ咆哮によってオルテンシアに引き寄せられていた部分もあるので黄案山子妖・参は比較的近くにいる。 黄案山子妖・弐は夏葵の矢が体中に突き刺さってすでにかなり弱っていた。 オルテンシアは黄案山子妖・弐が跳ねた瞬間、足先を斬り落とす。そのすぐ後に弐の額へと夏葵の止めの一矢が命中する。 瘴気をまき散らしながら崩れ落ちてゆく黄案山子妖・弐。その様子を視界の隅に置きながら夏葵とオルテンシアは黄案山子妖・壱へと振り返った。 黄案山子妖・壱は瀬崎静乃の頑張りによって最初の位置からほとんど動いていなかった。 「これなら簡単なのですよぉ」 夏葵は黄案山子妖・壱の額に連続して矢を当ててゆく。他の案山子妖と戦った際、手応えを感じたからだ。それに接近戦を行うオルテンシアが矢の軌道を把握しやすいのもある。 にやつく黄案山子妖・壱を睨みながらオルテンシアは強く一歩を踏み込んだ。 「成敗!」 オルテンシアの渾身の一撃が黄案山子妖・壱の首をはねた。ゆっくりと回転しながら地面へと転がる。まもなく他の倒した案山子妖と同じように瘴気へと戻っていった。 「次に備えないと」 瀬崎静乃の瘴気回収を待ってから壱班は次の田んぼへと移動するのだった。 ●青との攻防 弐班の鞍馬雪斗、長谷部、鳳珠、琥龍蒼羅の四人が足を踏み入れたのは青案山子妖一体のみが立っている田んぼであった。 仲間が集めた情報通り、青の案山子妖は田んぼに踏み入れただけでは戦闘を仕掛けてこない。ここは他の田んぼよりも広く、ぽつんと中央に立つ青案山子妖がとても異様に感じられた。 風の音に混じる笑い声が弐班の者達の耳に障った。そこら中の案山子妖が時折、口元から洩らすのである。口の両端を器用に持ち上げながら。 「少しお待ちください」 鳳珠は弐班の仲間達に『加護結界』を施してゆく。 最後にはアヤカシのより正確な位置を知るために『瘴索結界「念」』を自らに使用した。万が一にも他の田んぼから案山子妖の応援がやってくるようなことがあっても把握できるように。 「近寄らなくても攻撃が当たれば動くのよね」 弐班の戦いは鞍馬雪斗によるウィンドカッターで幕を開ける。田んぼに残った藁屑を巻き上げながら真空の刃が青案山子妖の喉元へと突き刺さった。すると青案山子妖はこれまで発したことがない高笑いを響かせる。周囲に遮蔽物がないにも関わらず、嘲笑は非常に大き感じられた。弐班の全員が眉をひそめるほどに。 「先に行かせて頂きます!」 前衛の泰拳士、長谷部が仕掛けた。瞬脚で一気に間合いを縮めて拳を青案山子妖の右胸へと突き立てる。当たったのは確かだ。しかし手応えが感じられない。 (「後ろに反って力を逃がしている?」) 続けて拳三発を当てたがやはり暖簾に腕押しの感触しか残らなかった。 「赤の案山子妖よりも確実に強いようです。注意してください!」 長谷部は戦いながら弐班の仲間達に注意を喚起する。 一本足で器用に長谷部の攻撃を青案山子妖が躱す。それは長谷部にとって誘導に他ならなかった。琥龍蒼羅が待機する位置へと追い込む作戦である。 「見切り、断ち斬る‥‥」 琥龍蒼羅は間近まで迫った青案山子妖の背中に煌めきを放つ。鞘に収まっていた斬竜刀が吠えた瞬間である。刹那の瞬間に青案山子妖は深い傷を負う。 (「今こそ!」) 長谷部はこれまでわざと青案山子妖の上半身に攻撃を集中していた。真の狙いは青案山子妖の一本足。 長谷部の上半身に向けての連続攻撃と琥龍蒼羅の背中への一撃のせいで青案山子妖に隙が生じる。ここぞとばかりに長谷部は下段蹴りを食らわす。青案山子妖の一本足のしなりは衝撃に耐えられずにへし折られた。 高く舞い上がった折れた竹状の足は地面に突き刺さると黒い瘴気に還元してゆく。 「これは‥‥?」 鳳珠は風の流れで届いていた嘲笑がこの瞬間に消えるのを確認した。案山子妖にとって大きな出来事であったに違いないと想像する。 一本足が折れても青案山子妖はしぶとかった。両腕を足代わりにして田んぼを跳ね回る。 長谷部が先回りをして拳を叩き込む。着実に衝撃が蓄積し、青案山子妖は削れていった。 琥龍蒼羅の居合が再び宙へと煌めきだけを残す。 田んぼの三分の一が真っ黒に染まるほどの瘴気をまき散らして青案山子妖は消え去った。弐班が手こずった実力からいって青は案山子妖の中でも特別な存在のようである。 「痛いところはありませんか?」 戦いが終わって鳳珠が弐班の仲間を閃癒で癒してくれた。 弐班は壱班と連絡をとる。青案山子妖は要注意だと知らせてから次の田んぼへと向かう弐班であった。 ●そして 三日後、案山子妖退治は無事に終了した。 その日の晩、開拓者達は村人達に宴へと招かれる。 「‥‥今後、同じ様な事例に備えて、少しだけ調査したいの。いいかな?」 瀬崎静乃は案山子妖が発生した事象を調べようとしたものの、村人達は曖昧な返事しかしてくれなかった。だが翌朝、農村を去る直前に村の長が開拓者達に教えてくれる。 この村は昔、長く隣り合った二つの集落だったという。当時は夏の日照りが続くと田んぼに引き入れる水の奪い合いでいざこざが絶えなかった。かなりの血が流れたらしい。 米がうまく育たなければ農民にとっては死活問題。たかが水とは笑えない状況である。一つの村になった今なら多少の譲り合いができても昔はそうではなかった、と村の長はため息混じりに語ってくれた。 その頃に瘴気が溜まる事態が起きたとして何故今頃になってアヤカシとして発現したかについてまではわからなかった。誰かが封印していた何かを壊すなどをしたのかも知れないが事実は闇の中だ。 女性達から帰りの道中で食べてくれと村で採れた米の握り飯をもらう。村人が御者を務める馬車に揺られて神楽の都への帰路に就く開拓者達であった。 |