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■オープニング本文 朱藩の首都、安州。 海岸線に面するこの街には飛空船の駐屯基地がある。 開国と同時期に飛空船駐屯地が建設された事により、国外との往来が爆発的に増えた。それはまだ留まる事を知らず、日々多くの旅人が安州を訪れる。 そんな安州に一階が飯処、二階が宿屋になっている『満腹屋』はあった。 「お姉ちゃん、鳥がたくさんなのです☆ 一緒に飛んでいるみたいなのですよ〜♪」 「光奈さん、揺れますから席を立ってはいけませんよ」 光奈と鏡子の智塚姉妹はただ今雲の上。満腹屋常連の交易商人・旅泰『呂』の中型飛空船に乗って安州から一時間足らずの場所にそびえる山の麓を目指していた。 智塚姉妹が乗る飛空船の他にも二隻が巡航中。呂の商隊は三隻の編隊を組んでいる。 「あと少しで着くアル。お腹いっぱいタケノコ食べるがよろし」 呂が言葉にした通り、智塚姉妹はこれから向かう竹林でのタケノコ掘りを楽しみにしていた。 竹林は呂が地元の名士から貸し切ったものだ。 呂は商売人故にタケノコは飛空船で各地に運んで売り捌く。だが尋常ではない量が採れるのでどのみちすべてを片づけるのは難しかった。ある程度育ってしまうとタケノコとしての価値は下がってしまうのでせっかくならと懇意の智塚姉妹を招待したのである。 「この飛空船の厨房はちょっとしたものアル。焼く煮る蒸す、大抵のことは出来るアルよ。タケノコの調理に使うがよろし」 呂は現地でタケノコを食べる分にはいくらでもと智塚姉妹の前で自らの胸を叩いた。 智塚姉妹が乗る飛空船には開拓者達の姿もあった。手が足りずに開拓者ギルドで呂が応援を頼んだのである。 呂が開拓者に求めるのはタケノコ掘りの手伝いともう一つ、商隊一同の安全の確保だ。 現地の噂では竹林にケモノが現れて暴れることがあるという。本来ならば儲けに繋がる竹林を地元が名士が呂に貸し出した理由もここにあるのかも知れない。 とにもかくにも飛空船三隻はまだ午前の早い時間に竹林近くへと着陸するのだった。 |
■参加者一覧
朝比奈 空(ia0086)
21歳・女・魔
風雅 哲心(ia0135)
22歳・男・魔
礼野 真夢紀(ia1144)
10歳・女・巫
からす(ia6525)
13歳・女・弓
十野間 月与(ib0343)
22歳・女・サ
熾弦(ib7860)
17歳・女・巫
愛染 有人(ib8593)
15歳・男・砲 |
■リプレイ本文 ●竹林 竹林内に拓かれた土地へと呂の商隊飛空船三隻が着陸。数日の滞在準備を整えるとタケノコ掘りが始まった。 そよ風でかすかにざわめく竹林。そして漂う竹の香りに普段とは違う世界に迷い込んだ気分に多くの者が陥る。 「こっちにもあっちにもあるのですよ〜♪」 「どこですの。見えませんわ」 智塚姉妹がはしゃぐ側で開拓者達は周囲を窺う。呂から竹林内にケモノの兎が出没すると聞いていたからだ。 ケモノ兎は蹴りで邪魔をするものの人を殺めたことはないらしい。心配し過ぎるのも何なのでタケノコ掘りは特に気にすることなく普通に行われた。 護衛を担う開拓者達だがタケノコ掘りの要員でもある。商隊の者達や智塚姉妹と一緒に視線を地面へと落として探す。 「雨を心配していましたが、数日間は大丈夫のようですね。これなら安心してタケノコ掘りに取り組めます」 「それはよかったですわ。雨は何かと‥‥こ、これタケノコではありませんか?」 朝比奈 空(ia0086)は鏡子が発見したタケノコ掘りを手伝う。地面から頭を出しているタケノコを傷つけないよう鍬で回りを掘ってゆく。赤い根が見えたところで掬うようにして切り取った。 殊の外、鏡子は採れたタケノコを喜んだ。 「兎なら穴を掘って暮らしている? 穴兎?」 『なんであれ、出歩くんならピョンピョンと跳ねてるはずやで』 からす(ia6525)は淡々とタケノコを掘り出しながら猫又・沙門と言葉を交わす。猫又・沙門は器用に竹へと登って高いところから周囲を監視していた。 「立派なタケノコです。これなら柔らかいので子兎の食べ物としてもよさげかも」 「そろそろ春だし‥‥お母さん兎が出産間近とか、乳飲み子の子兎達が居るとかして、必死に守ろうとでもしているのかな?」 礼野 真夢紀(ia1144)と十野間 月与(ib0343)はタケノコ掘りを楽しみながらケモノ兎が人を襲う理由を考えた。 小猫又・小雪は礼野の懐か、もしくはタケノコを入れるための籠の中に隠れる。 月与が連れてきた甲龍・大樹は飛空船周辺で待機していた。タケノコの籠が届いたら口で背負い紐を銜えて飛空船に載せるようにと月与から指示を受けている。 「すぐにでもケモノ兎が出るかと思ったが、そうでもないようだな」 『にゅ、うさぎさんどこなのです?』 風雅 哲心(ia0135)は仲間の分も含めてタケノコが詰まった籠を飛空船まで運んだ。羽妖精・美水姫は風雅哲心の頭上を飛んでキョロキョロと辺りを見回す。 風雅哲心と同じく羽妖精を連れていた愛染 有人(ib8593)は飛空船の着陸地から少し離れてタケノコを掘っていた。 「兎‥ですか」 「デテイケと言う事は竹林の奥にわたくし達に知られたくない何かがあるって事ですわ。それを見つけて何とかしないと話が先に進みませんの」 愛染有人は羽妖精・颯に索敵を頼むとタケノコ掘りに集中する。 熾弦(ib7860)は愛染有人からそれほど離れていない場所で掘っていた。 「比較的竹林の東側、つまりこの周辺での接触が多いようだ」 「私が見ているから大丈夫」 作業中はどうしても隙が出来やすいので羽妖精・風花が熾弦の目の代わりとなる。 「まだ少しの時間しか掘っていないのに、こんなにたくさんなのです☆」 光奈は籠いっぱいにタケノコが採れて笑顔が隠せない。午前の掘りが終わると全員で昼食を頂いた。午後を少し過ぎた頃から再開する。 丁度その頃、飛空船の着陸地点から離れた大地で散らばる枯れた竹の葉が舞い上がる。竹林内をケモノ兎の集団が駆けていたのである。 「ヒト、イル」 ケモノ兎の集団は風に乗って流れてきた人のにおいを嗅ぎ取っていた。 ●暴れる兎 午後も愛染有人と熾弦はタケノコ掘りを比較的近くで行っていた。 選んだ土地は小高くなっているおかげで竹林内としては周囲が見渡しやすい。つまり見識が一致したのである。 『あれ、なんだろう?』 『噂の兎でしょうか。あると様に知らせなければいけませんわ』 羽妖精の風花と颯はそびえる竹の間を縫うように飛びながら何かを発見する。低空に移行して正体を確認。噂のケモノ兎が二羽、跳ねて邁進していた。 羽妖精達に気がついたケモノ兎二羽が大きく跳ねて体当たりを喰らわそうとする。風花と颯はそれぞれに竹の葉を掴んで制動し、寸でのところで躱す。 「騒がしいような」 「この音は?」 熾弦と愛染有人もケモノ兎の襲来に気がついた。相談のために近づくと風花と颯が戻ってくる。羽妖精達を追いかけてきたケモノ兎二羽が立ち止まって睨み合う形となる。 「白いのはボクたちで」 「それなら茶色がまだらな兎は私たちが」 愛染有人と熾弦がじりじりと離れる。羽妖精はそれぞれの相棒の頭上へと。 「言葉が通じるなら話し合いませんか? ボクたちはタケノコを採りに来ただけなんだ」 『一方的にデテイケってだけじゃ何も進展しませんわよ?』 愛染有人と羽妖精・颯は揃ってケモノ兎・壱へと話しかける。 しかしケモノ兎・壱は無視して愛染有人に蹴り放ってきた。避けて何事もなかったものの、愛染有人は自らの説得をあきらめる。 「当てにしてるんだから」 『颯にお任せですの!』 愛染有人の期待を背負って羽妖精・颯が空中からケモノ兎・壱へと慎重に近づいた。 なぜ『デテイケ』というのか。その理由を聞こうとしたが何度も同じ言葉を繰り返すのみ。興奮していて話し合いにならなかった。 『ここはまず落ち着いてもらうのですの』 羽妖精・颯は円を描きながら飛翔し、伸ばした手から光り輝く砂をケモノ兎・壱へと振りかけた。それは『眠りの砂』と呼ばれるもの。ケモノ兎・壱は瞬く間に夢の中へ。ちゃんと寝ているかどうかほっぺたをつついてみる。 『もう一度眠るとよいですの』 羽妖精・颯はケモノ兎・壱を落ち着かせるために何度か眠りの砂をかけ直す。 同じ頃、熾弦と羽妖精・風花はケモノ兎・弐に対していた。なるべく戦わずに済む方法を模索しながら。 「こちらはタケノコが採りたいだけ。話しを聞いてくれないかな?」 『デテイケデテイケ!』 熾弦は跳んで攻撃を繰り返すケモノ兎・弐を月歩で避けながら説得を試みる。時には周囲の竹のしなりを利用して連続攻撃を躱す。 (『危なくなったら‥‥』) 下がっていろと熾弦にいわれた羽妖精・風花だが、上空でいつでも眠りの砂をかけられるように待機する。 ケモノ兎・弐は疲れてきても攻撃をやめようとはしなかった。これ以上はと羽妖精・風花が輝く砂をかけて眠らせる。 やがて二羽のケモノ兎が目を覚ます。しかし縛られておらず檻の中でもない。怪我もさせられていなかった。 一瞬だけ威嚇したケモノ兎二羽だったが、熾弦と愛染有人、羽妖精の風花と颯の態度を見て矛を収める。 『オマエ、タタカワナイ』 ケモノ兎二羽は竹林の奥へと消える。羽妖精の風花と颯はこっそりと後を追いかける。熾弦と愛染有人は羽妖精達が残した印を辿っていった。 ●光奈の危機 「へ? きゃあ〜なんなのです〜〜?」 物音が聞こえたかと感じた瞬間、光奈の視界はぐるぐると回る。最初訳が分からない光奈だったが、やがて風雅哲心に抱きかかえられて跳んでいることに気がついた。 「後ろに下がって頭を低くしていろ」 風雅哲心は光奈を下ろして身構える。 この時、ようやく光奈は理解した。ケモノ兎に襲われたのを風雅哲心が助けてくれたことを。 「なるべく穏便に済ませたいところですね」 朝比奈空は管狐・青藍を光奈の護衛につける。それから風雅哲心へと近寄った。ケモノ兎三羽が風雅哲心、朝比奈空、光奈を囲んで睨んでいた。 「まずは話が通じるかどうかだな。美水姫に任せた。行って来い」 『にゅ、うさぎさんなのです。お話するのですか? じゃーお話する前に幸運の光粉を使うのです』 風雅哲心に命じられた羽妖精・美水姫は幸運の光粉を自らに振りかけてからケモノ兎・参へと接近する。 『デテイケ。タケバヤシ、デテイケ』 『うにゅ、出ていけってどーゆー事なのですか? みずきたちはタケノコというのを採りにきただけなのです。悪いことはしないのですよー』 大きく手振り身振りをつけて羽妖精・美水姫は説明を試みるものの、ケモノ兎・参の心は動かなかった。他の二羽も似たようなものだ。 「難しい状況のようですね。ではここは事前の作戦通りに」 「それがよさそうだ」 朝比奈空と風雅哲心は次の作戦に移行する。風雅哲心は羽妖精・美水姫に合図を送った。 『じゃーみずきの姿をかつもくしてみるのですよー!』 羽妖精・美水姫は唐突に手を叩いてケモノ兎達の注目を集める。その上でまずは一番近くのケモノ兎・肆に誘惑の唇の投げキッスを放った。立て続けに混乱の舞を相手の頭上で踊る。 ケモノ兎側が混乱してる間に朝比奈空と風雅哲心はアムルリープを使う。瞬く間にケモノ兎・肆と伍が眠りに就く。 「喋ると舌を噛みますので注意してくださいね」 「ひえ〜!」 今度は朝比奈空が光奈を抱えて竹林内を駆けた。管狐・青藍はしっかりと首に巻くように掴まる。 「ここまでくれば大丈夫だな」 風雅哲心は朝比奈空の後をついてゆく形で殿を務める。竹林の外まで脱出してから光奈は下ろしてもらう。 ケモノ兎達が眠りから覚めると周囲には誰もいなかった。 (『にゅ』) じつは羽妖精・美水姫だけは竹の落ち葉の中に隠れていたのだが。 とにかく人間は追い返したということでケモノ兎達は退却してゆく。美水姫は後をこっそりと追いかけるのだった。 ●子兎 「タケノコ、いっぱい採れたね。まゆちゃんはどう?」 「こちらもたくさん採れました。他の食材もたくさん持ってきましたし、夕食が楽しみです」 籠二つに詰まったタケノコを眺めながら月与と礼野は汗を拭う。 普段通りを装っていたものの、二人はある視線に気が付いていた。茂みからケモノ兎の威圧感が伝わってくる。一羽のケモノ兎がこちらを監視していた。 礼野と月与は籠を担いで一番近い竹林外縁を目指す。飛空船の着陸地点に向かわなかったのはわざとだ。 争いにならないように祈りながら二人はテクテクと歩いた。やがて竹林の外まで辿り着くとケモノ兎・参は追いかけるのをやめて奥へと戻ってゆく。 「小雪、兎さん達が何を守りたいのか、追いかけて調べてきてもらえる? 調査中は喋らない事」 礼野の胸元に隠れていた小猫又・小雪がさっと飛び出して茂みへと隠れる。蓑笠をつけ、抜足を使って音を立てずにケモノ兎・陸の尾行が始まった。 「さてとこれでよし♪」 月与はもしもに備えてウサ耳カチューシャをつける。礼野と一緒に小猫又・小雪が竹つけた肉球の土跡を目印にして追いかけた。採ったばかりのタケノコは籠に茣蓙で蓋をして縄で縛って茂みへと隠してある。 ケモノ兎が棲家まで遠回りをしているのか礼野と月与はかなりの時間、竹林を彷徨うこととなる。窪地へ降りたり、岩をよじ登ったり。ただの兎ではなくケモノだからこその移動経路といえた。 二時間後、礼野と月与は茂みで待っていた小猫又・小雪と合流する。 一歩外に出た先には大きな岩が横たわっていた。ケモノ兎達は岩の下を掘って暮らしているようである。 小猫又・小雪が抜足、猫心眼、猫かぶりを駆使して岩へと近づく。小柄な身体を生かして窪みに隠れて穴へと侵入する。一分前後の短さで脱出。即座に礼野と月与の元へと戻ってきた。 『あのね――』 小猫又・小雪によれば穴の中には子兎が眠っていたという。またケモノではない普通の兎も周辺に棲んでいる様子がみられたらしい。 「赤ちゃんも含めて他の兎さんも守っているつもりなのかな」 「以前からここにいたのかどうかがわかりませんが、どうなんでしょう?」 月与と礼野は小声での相談もそこそこにして小猫又・小雪と一緒に一旦その場を離れるのだった。 ●贈り物 仲間からの連絡を受けたからすが向かった先は兎達が棲む岩の比較的近く。光奈もいるならといって鏡子もついてきた。 図らずもこれで開拓者と朋友の一同、そして智塚姉妹が合流を果たした。 「穏便に話を進めて欲しい」 『万事任せてや』 からすは交渉と説得を猫又・沙門に任せる。贈り物の人参やキャベツは管狐・青藍、羽妖精・美水姫、小猫又・小雪が運ぶのを手伝ってくれるという。 人参やキャベツは食べやすいよう人の手で切られた。飯処を営む智塚姉妹は当然としても他の仲間達もかなりの腕前ですぐに終わる。野菜スティックの完成だ。 一同がこの場を交渉と説得の場として選択したのには理由がある。守るべき対象がいる場所で騒ぎを起こしたくないのはケモノ兎側も同じだと踏んだのだ。 実際、朋友達が姿を現してもケモノ兎は攻撃を仕掛けてこなかった。逆に防御の態勢はとっていたが。 『まあまあ、そないに構えると話もでけへんて』 猫又・沙門は丸めていた敷物を広げるとケモノ兎の代表達を招いた。敷物の上で朋友達とケモノ兎三羽が対峙する。 場を和らげるための方策として朋友達は先に野菜スティックを提供した。他の兎達の分も渡す。朋友全員で一つずつ摘んで毒が入っていないことを示す。 そして今一度、人間を含む自分達はタケノコを掘りに来ただけだと告げた。 『スンデタモリ、オイダサレタ、ニゲタ。ココニキタ。イロンナトコロカラキタ。ナカマフエタ。デモヒト、オイカケル。オレタチ、オコッタ。ヒト、イラナイ』 『大変だったようやな。また棲家を追われちまうって心配は解るわ』 猫又・沙門はケモノ兎の代表の言葉に頷いた。 各地から追い出された兎が自然とこの竹林に集まって今の集団を形成したらしい。竹林周辺の人々に直接何かをされたのではない。しかし他所で抱いた人間に対しての不審は募っており、それが蹴りで攻撃という形で表れたようだ。 『静かに暮らしたいんなら、方法はあるで』 猫又・沙門が提案する。岩を中心とした不可侵領域を設定し、採取するタケノコに代わる野菜の提供を人間と交渉してきてもよいと。 時間が欲しいとのことで話し合いは終了する。夕方、一同で飛空船の着陸地点へと戻って呂に事情を説明した。 「野菜も大した量じゃないアル。それなら平気アルよ」 呂の了解を得た開拓者と朋友、智塚姉妹は胸をなで下ろすのだった。 ●タケノコ料理 日が暮れてしまったのでケモノ兎達への報告は翌日に持ち越される。 午前に採れたタケノコの一部は糠や米のとぎ汁を使って灰汁抜き済みである。狭いながらも呂の飛空船内にある厨房はかなりの設備が整っていた。 ただ商隊の人数分も考慮して煮炊きについては野外で行われる。手際よく岩を積んで作られた簡易の釜戸に火が熾された。 「タケノコは沢山ありますし、色々と作ってみますか」 「分量は任せてくれ。‥‥いい醤油だな」 タケノコを包丁で切る朝比奈空の横で風雅哲心が指先で醤油の味を確かめる。 「これでもまだ足りないな。もう一度、行って来よう」 商隊の人達が御飯を炊くための水を小川から桶で汲んで運んできた。集めた薪で釜戸の番もしてくれる。 「新鮮なタケノコの先を切ってと♪」 「天麩羅は食材の下ごしらえだけして皆さんに作ってもらった方がよさそうです。これだけの人数分を作り置きしておくと美味しくありませんし」 エプロン姿の月与と礼野は一緒に仲良く料理に取りかかっていた。 「これは美味しいものが食べられそうだ。手を抜かないようにしないと、ね」 「短冊切り、終わりました。次はこの豚肉でよかったですか?」 熾弦と愛染有人は鏡子にお願いされた分の下ごしらえを行う。 「美味しい茶は食事に欠かせないもの」 からすは事前に湯煎でお茶の道具類を温めて準備を行う。本番の湯を沸かす機会を計りながら。 食べる場所はそれぞれ。開拓者達と智塚姉妹、そして呂は卓を運んで野外で頂くことにした。近くの釜戸に火が残っていたので寒くはなかった。飛空船の輝く宝珠が辺りを照らしてくれる。 「お代わりたくさんあるのですよ☆ はい、風雅さん」 光奈がよそったタケノコ御飯のお茶碗を風雅哲心が受け取った。 「どれ、いい感じに仕上がったと思うが‥‥」 風雅哲心は何口か食して仕上がりを確かめる。そして卓のすぐ側に座っている羽妖精・美水姫にも分けてあげた。 『主様のりょーりはおいしーですー。タケノコやわらかくて、アブラゲも。もっとほしいですー』 「仕方ないな。ほら」 両手を揚げて喜ぶ羽妖精・美水姫に風雅哲心は大きめのタケノコをあげるのだった。 「お出汁が染み込んで美味しいのです☆」 「タケノコの煮物といってもたくさんありますからね。タケノコのおこわもどうですか?」 光奈と朝比奈空はたくさんのタケノコの煮物を少しずつ頂いた。鰹節との合わせ、茸類との合わせ、わかめとの合わせなどなど。普段なら一種類になるところだが、大勢がいたからこその種類の多さだ。 「如何かな?」 「ありがとうございますわ。この香り‥‥とてもよくて」 お茶を淹れてくれた、からすに鏡子がお礼をいう。 月光が照らし竹の葉が風にざわめく景色の中。食事の途中で頂くお茶の味と香りはとても風流と感じられる。 『こりゃ美味い。このタケノコは高く売れるはずやで』 「こっちも食べる?」 からすは猫又・沙門と一緒に一通りのタケノコ料理を食してみた。タケノコとイカを醤油とみりんを塗って焼いたものにフキノトウの味噌が添えられたものが特に口に合う。タケノコ御飯と一緒に頂くとより格別だ。 「明日の兎さんたちとの話し合い、ちゃんといくといいね」 「互いの条件も合ったようなので大丈夫なような気がします」 月与と礼野はタケノコの千切りと桜エビを混ぜたかき揚げを作って同じ卓の人達へと分ける。天麩羅を揚げ終わるとお腹いっぱいに頂いた。 タケノコに山葵マヨネーズを和えたものに、胡麻油で炒めた人参と蒟蒻と合わせたものは礼野の自信作である。光奈もたくさん食べていたが特に鏡子が気に入ってくれた。作り方を聞かれて礼野は丁寧に教えてあげる。 小猫又・小雪はタケノコの穂先の刺身が気に入ったようだ。甲龍・大樹には煮たタケノコをお腹いっぱいに食べさせてあげる。 (「きっとかわいいんだろうな」) 月与は月を眺めながら兎たちのことを思う。穴の中にいる赤ちゃん兎たちが元気に育つようにと心の中で祈りを捧げる。 「タケノコ御飯の作り方は覚えたから」 『それならしばらく家に帰っても食べられますの』 愛染 有人は羽妖精・颯とお喋りを楽しみながらタケノコ料理に舌鼓を打つ。 売り物なのでたくさんは無理だが、何本かは呂がお土産として持ち帰らせてくれるという。神楽の都に戻ってからもしばらくはタケノコ料理が食べられると愛染 有人と羽妖精・颯は喜んでいた。 「何にせよ、命を奪うようなことは避けられそうだ。うまくいったということかな」 『それはとてもよかったですの♪』 愛染有人は羽妖精・颯のほっぺたについた御飯粒をとってあげる。美味しい料理は気持ちを柔らかくしてくれた。普段よりも多くのことを颯と語り合った気がした愛染有人であった。 ●そして 翌日、開拓者と朋友の一同は呂が条件を呑んだことをケモノ兎達に伝える。 ケモノ兎の代表は約束が反故にされない限り、人間を襲わないと約束してくれた。握手の代わりとしてケモノ兎と朋友達が互いに拳を作って軽く触れ合わせる。 呂が得た権利に竹林には部外者は立ち入らないといった項目があった。ケモノ兎に蹴られる噂も残るはずなので近隣の人々は竹林に近寄らないはずである。 三日目のタケノコ掘りも終わる。 帰路に就いた呂の商隊・飛空船三隻が夕焼け空に浮かんだ。竹林ではたくさんの兎が空を見上げて船団を見送るのだった。 |