光奈武神島へ〜満腹屋〜
マスター名:天田洋介
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや易
参加人数: 7人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/02/28 00:10



■オープニング本文

 朱藩の首都、安州。
 海岸線に面するこの街には飛空船の駐屯基地がある。
 開国と同時期に飛空船駐屯地が建設された事により、国外との往来が爆発的に増えた。それはまだ留まる事を知らず、日々多くの旅人が安州を訪れる。
 そんな安州に一階が飯処、二階が宿屋になっている『満腹屋』はあった。


 暮れなずむ頃。夕方の書き入れ時を前にして満腹屋には常連の呂が来店していた。呂は交易商人・旅泰である。
 給仕の智塚光奈は淹れたばかりの茶を運ぶ。
「光奈ちゃん、武神島知っているアル?」
「武神島? あ、聞いたことがあるのです〜♪」
 呂がいう武神島は天儀本島とは別の独立した浮遊大陸で理穴の北西方向にある。天儀本島とジルベリア帝国を結ぶ航空路線上に存在し、中継基地の役割も果たしていた。
「天儀本島に近いアルが風土としてはジルベリア寄りの土地アル。建物は煉瓦造り、料理も珍しいアルよ。タダの搭乗札、何枚もあるアル。おいら行けないアルから友達と行って楽しむとよいアル」
 呂は取引先からもらった余りの武神島往復の旅客飛空船搭乗札を胸元の合わせから取り出す。
 この時期の武神島は極寒の地故に普通なら観光には向かない。だが新しめの料理好きの光奈なら喜んでくれるのではと考えた呂だ。冬の季節料理を食べるのなら今が好機である。
「でもアヤカシが出る土地だと聞いたことがあるのです〜」
「武神島唯一の街『広地平』は安全アルよ。気になるなら護衛として開拓者雇うアル。余った搭乗札、売って雇い賃にしてもいいアル」
 呂が改めて光奈に搭乗札を差し出した。
「‥‥決めたのです! 美味しい料理がわたしを待っているのですよ〜♪ ありがとうなのです☆」
「光奈ちゃんらしいアル」
 決心した光奈は呂から搭乗札をもらう。閉店後、呂のいう通り万が一を考えて同行してくれる開拓者を募集するのだった。


■参加者一覧
礼野 真夢紀(ia1144
10歳・女・巫
慄罹(ia3634
31歳・男・志
バロン(ia6062
45歳・男・弓
利穏(ia9760
14歳・男・陰
フェンリエッタ(ib0018
18歳・女・シ
十野間 月与(ib0343
22歳・女・サ
向井・操(ib8606
19歳・女・サ


■リプレイ本文

●武神島
 風に舞う雪。旅客飛空船は天儀本島とは違う浮遊大陸上空にあった。
 智塚光奈と開拓者七名はすでに旅客飛空船の客席で長くを過ごしていた。しかし旅泰の呂から貰った搭乗札での旅はこれからが本番である。
「お母様、お元気になられました?」
「おかげさまでもう大丈夫なのです☆」
「よかった。私達も風邪を引かないように確り防寒して‥‥あ、光奈さん見て見て」
「どしたのです?」
 光奈との話しの途中、フェンリエッタ(ib0018)の視線が窓の外に釘付けになる。光奈も眺めてみると眼下の海が流氷に覆われていた。
「月与さん月与さん、ほら流氷ですよ!」
「雲間からの日光に反射して綺麗だね。武神島はもうすぐかな?」
 礼野 真夢紀(ia1144)と十野間 月与(ib0343)も流氷を眺めながら興奮気味に言葉を交わす。
「あれもおいしい?」
 子猫又の小雪は窓枠に掌を引っかけて覗き込んだ。置いてきたつもりがもふらの袋帯に隠れてついてきたのである。
「綺麗な‥‥とても」
 利穏(ia9760)も窓に顔を近づけて波漂う流氷を鑑賞する。
 まもなく武神島が見えてきた。旅客飛空船は暮れなずむ頃の武神島唯一の街『広地平』へと着陸する。
「武神島は俺も初めてだ。ふぅーやはり寒い国なんだなっ」
「普段の格好なら凍えてしまうのです〜」
 慄罹(ia3634)と光奈は真っ白い息をはきながら滑走路横に積もった雪の壁を一緒に見上げた。ちなみに光奈は寒さ対策をし過ぎてまん丸着ぶくれ中である。
「おいしーもの食べられるー。超楽しみ♪」
 慄罹が連れてきた人妖の才維は足跡を雪の上にたくさん作ってはしゃいで走り回った。寒さを防ぐための外套に身を包みながら。
(「整った街のようだが警戒は怠らないようにしないとな」)
 バロン(ia6062)が前を歩いていた光奈達に追いつく。
「聞いた通り煉瓦造りが多い街並みだな。寒い地方ならわしの故郷もそうだった」
「どんなものが美味しいのです?」
 バロンが質問に丁寧に答えてあげると光奈の瞳が輝きを増す。まさに食いしん坊の光奈ここにありといった感じでバロンは思わず高笑いをする。
(「武神島か‥‥良い土地の名だな。武を極めんとする者としては、惹かれざるを得ない名だ」)
 飛行船基地を抜けた一行は街中へ。向井・操(ib8606)は危険に備えていつでも剣を抜けるような足運びで同行する。
(「ま、食べ歩きにも興味はあるが。ちょっとぐらいは私も食べてみたいところだが‥‥?」)
 鼻をくすぐる食欲をそそるよい匂いに向井操が立ち止まった。まるで合わせたかのように光奈も同じ動きで匂いの元を探る。
「あの店からなのです!」
「そ、そうか。どのような料理なのだろうか」
 光奈と向井操は扉近くの雪積もる看板を見上げた。
「お気持ちはわかりますが、先に宿へ荷物を置きに行きましょう。その後すぐにこちらに来てみては?」
 利穏は気を利かせて料理店に入って予約してくれる。
 宿と料理店は比較的近くであった。宿に荷物を置いた一行はその日の夕食を予約した料理店で済ます。
「あったまるのですよ〜♪」
 光奈が終始笑顔。一行はソーセージとベーコンを葡萄酒で煮込んだ料理に舌鼓を打つのであった。

●料理との出会い
 一晩宿で休んだ一行は早朝から雪が散り落ちる街中へと繰り出した。月与が用意してくれた暖かい懐石のおかげでいくらか寒さも和らいだ。
「ジルベリアの食文化を天儀風に上手くアレンジできれば、両国の者から需要はあるだろうな。あの煙突‥‥ここにしようか」
「煙突? 煙突が何だっていうんだ?」
 バロンが屋根にそびえる煙突で店選びをしたのを慄罹は不思議がる。店内に入るとすぐに理由はわかった。
 漂う美味しそうなパンの香り。この店はパンを自家製で焼いていた。
 バロンは煙突の形状から立派な石釜があり、また常用している痕跡から人気店であるのを見抜いたのである。
「おいしそー」
「しー。ちゃんとあげるから静かにね」
 礼野は袋帯から顔を出した子猫又の小雪をおとなしくさせる。
 一行は適当に卓を選んで座った。
「ジルベリアの服を貸してくれてありがとうなのです☆ おかげで温かいし、動きやすいのですよ〜♪」
「どういたしましてっ。ばっちり合っている♪」
 光奈はフェンリエッタから借りた服に着替えていた。温かい羊毛の服に厚めのローブ。耳当てにマフラー、手袋など。お揃いなのでフェンリエッタと並んでいると姉妹のようである。
 朝食用のメニューにあった焼きたてパンにたっぷりのバター、炙り厚切りハムと目玉焼き、コーンスープを人数分頼んだ。
「ハムはハムでもこんなに厚いのを見たのは初めてなのです☆」
「これは力がつきそうだ。うむ、味も濃厚でうまい」
 光奈が皿を眺めている横で向井操はさっそくフォークにハムを刺して口に運んだ。薫製の香りは強すぎず、また絶妙な塩加減である。
「やっぱりこの食肉文化はジルベリアならではよね」
「天儀ですと武天が有名ですが、やはり違うものなのですね」
 月与と利穏は食べ始める前にメモをとった。食べた後にも味に言及して書き留めておく。
「これ、りーしーがいってた黒パン?」
「もう少しちょうだい〜」
 子猫又の小雪と人妖の才維はバロンと慄罹の間に隠れながらご相伴に預かる。
「この界隈でトナカイの肉を使った料理を出す店はないだろうか? 例えばシチューとか」
「そうですね――」
 慄罹は給仕の女性にチップを弾んで広地平にある評判の料理店を教えてもらう。それとは別に現地人による古くからの地元料理を出す店についても。ちなみに給仕の女性はこの地の『緋ノ衣衆』で狐耳の獣人である。
「このお店ではお弁当って売ってたりする? 特に猟師とかの寒い中で食事をとる人達向けの」
 月与も気になっていたことを給仕の女性に訊ねてみた。
「非常食は別にしてすぐに凍ってしまうほど寒すぎるのでそのまま食べるのは難しいですよ。どうしても火は使います。うちでやっているのは――」
 美味しいという意味でのお弁当料理を探し出すのは難しそうである。月与が事前に考えていたようにシチューのようなスープ系が主なようだ。スープを軽めの鉄容器で持ち運び、焚き火などの火に掛けて溶かして頂くといった感じである。
「お土産品を扱うお店ってあります?」
 フェンリエッタは満腹屋の人々や呂に土産を買っていくつもりでいた。給仕の女性は緋ノ衣衆が経営する店を教えてくれる。
「僕も買い物におつき合いします」
 利穏も一緒に土産を探してくれるようだ。
「ところでお主ら、酒はいけるか? 任務中ゆえ飲みすぎには注意だがな」
 バロンは身体の中から温まるようヴォトカを一同に勧めるのだった。

●市
 一行はお腹を空かせる意味もあって広地平を徒歩で観光する。
「おっとっと!」
「光奈さん、足元気をつけて」
 フェンリエッタが転びそうになった光奈を支えてくれた。それなりに除雪されていたがすべてではなく、凍った部分もあって慎重に歩かなければならなかった。
 狭幅の道両側にびっしりと屋台が立ち並ぶ市を発見して入ってみる。
「やっぱりジルベリアの食肉文化は非常に深いものがあるのです〜」
 光奈はたくさんの肉類に目を奪われる。生肉は鹿、猪、兎、熊、豚、牛、馬など様々。加工されたソーセージやハム、塩漬け肉も多種多様だ。畜養も盛んなようでチーズなどの乳製品も牛や羊から作られた幾種類のものが売られていた。
 ボルシチに使われるビーツなどの野菜類もある。たださすがに青々とした野菜はほんのわずかだ。泰国などの暖かい土地からの輸入に頼っているのだろう。
「これはどういう料理に使うんだ?」
「お肉も必要ですね」
 慄罹と利穏も興味津々に眺めながら店番に調理法を訊ねる。そして夜食用に使うつもりでいくつかを買い求めておいた。
「このヘンテコなのはなんなのかな?」
「私もわからないです。聞いてみましょ」
 月与と礼野も真剣に品定めをしていたが後で買い求めるようである。
「昼はここにしないか? さっき通りすがった二人組が噂をしていたので興味がある。ガルショークが絶品なのだそうだ」
「良さそうな店だな」
 料理店の扉を見つめる向井操にバロンが頷いた。ちなみ向井操はガルショークがどのようなものなのか、この時点では何も知らなかった。
 昼食には少し早いが一行は中に入って卓を囲んだ。
 ガルショークとは壺焼きのことであり生地で蓋をしてオーブンで焼かれるもの。中身は茸入りのサワークリームを用いたシチューで牛肉が使われていた。
「焼けた蓋の生地をフォークやスプーンで崩して中に落とすみたい」
「パン代わりってことですね」
 月与と礼野はガルショークの食材を探りながら味わう。小猫又の小雪には焼けた生地や大きめのお肉の外側を少し削いでからあげる。
「貴腐ワインまであるようだな」
 バロンはメニューを片手に酒の種類に目を通す。
「僕はワインを頂きます」
 利穏は貴腐ワインと一緒にガルショークを頂いた。
「こういうものも世の中にはあるのだな」
 向井操は望みのガルショークが食べられてとても満足げである。他にはペリメニと呼ばれる泰国の餃子によく似た料理も注文した。バターの風味がとても芳しい。
「これか。トナカイの肉は」
 慄罹はトナカイ肉シチューのガルショークがあるのをメニューで見つけてそれを注文した。他にもボルシチ入りのガルショークなど種類が揃っている。噂通りガルショークを売りにした料理店のようである。
 トナカイ肉には少々クセがあったものの慄罹は美味しく頂いた。レバーに通じた味わいがある。また人妖の才維もあげた分をすぐに平らげるぐらいに気に入ってくれた。
「これはきっとピロシキと同じ生地で蓋をしているはずっ」
「噂に聞いたピロシキと同じ皮なのですか〜。歯ごたえがいい感じなのですよ〜♪」
 フェンリエッタと光奈も食材の当てっこをしながら昼食を楽しむのだった。

●団欒
 夕食として選んだ地元料理店は豪華な装飾が施されていた。緋ノ衣衆が経営しているので全ての雇い人が獣人のようである。
 さっそく注文した料理が一行の前に並べられた。
「トゲトゲした形をしているのですよ〜。面白いのです☆」
「確かヨージキと呼ばれる肉団子だ。そのトゲトゲはお米だな」
 光奈はバロンからヨージキと呼ばれる肉料理を説明してもらう。名前の由来がハリネズミだと聞いてさらに感心する光奈である。
(「光奈が気に入ったハムやソーセージの作り方は持ち帰るべきだな」)
 バロンもヨージキを食べながらパンに挟んで美味しい食材を模索した。一言でハムやソーセージといっても味はいろいろ。試行錯誤は必要だろうがレシピさえ手に入れば鋭敏な味覚を持つ光奈なら再現可能だと考えていた。
「これも食べてみたかったんだ。どれ」
「あ、まっしろだ〜」
 慄罹が人妖の才維を膝に乗せて食べたのはライ麦を練った生地で器を作り、その中にミルク粥を注いでオーブンで焼いた料理『カレリアンピーラッカ』。甘い牛乳味で才維も喜んで食べる。食べたがっていたので小猫又の小雪にも分けてあげた。
「これで鏡子さん達へのお土産もばっちり♪」
「鏡子さん、ジルベリアの食べ物、特にお菓子がお好きですものね‥‥」
 フェンリエッタと利穏は光奈の意見も聞きながら日中に土産の購入を済ませていた。各種動物を象った根付けとクッキーを始めとしたお菓子だ。クッキーにはチョコレートがかかったしゃれたものまであった。
「これは豪快ね。満腹屋のお客様の舌に合いそう♪」
「一見、粗野な感じですがこの味付けはなかなかですよ」
 月与と礼野が食べていたのはシャシリクと呼ばれる串焼き肉料理。長時間、ワインや酢、オリーブオイル、大蒜、玉葱などで作られた秘伝のタレにつけられた上で焼かれていた。豚肉、牛肉、羊のラム肉などいろいろと挑戦してみる。
「これがボルシチか‥‥」
 真っ赤なスープ『ボルシチ』。野菜のビートが赤色の元になっている。向井操は宿に戻った後で夜の街を一人食べ歩きをしてみた。
「たまには、独りで静かで豊かで‥‥というのも良いものだ‥‥」
 向井操は新たなペリメニを食べて驚いた。中に米が使われているもので、後で光奈に伝えるのだった。

●調理
 一行は三日目も順調に食べ歩く。
 出来る限りのメモを書きとめ、またレシピが載った本も何冊か購入した。開拓者達が閲覧出来るよう満腹屋に置いておくことになるだろう。
 実質的な食べ歩きはこの日の夕食で終了。誰もが早めに就寝して明日の朝に備えた。
 夜明け前に起きると事前に許可をもらっておいた宿の調理場で朝食を作る。食材は前の日に揃えてあった。レシピ通りにちゃんと再現できるかどうかを確かめる意味合いも含まれていた。
「どっちが美味しいのか競争なのです〜♪」
「負けませんよ♪」
 光奈とフェンリエッタが作っていたのは同じピロシキだが、熱を加える作業が違う。光奈はオーブンで焼いて、フェンリエッタは油で揚げるやり方を選ぶ。
「光奈はこのハムがよいといっておったな」
 バロンはパンにバターを塗り、焼いたハムやソーセージを挟んだものを用意する。
「鏡子さんが好きそうなので‥‥。作って光奈さんに持たせてあげようかと」
 利穏はブリヌィと呼ばれるクレープに似たものを作りあげた。食事用のものではなく、ジャムを包んだお菓子風のものをだ。
「もう一度食べてみたいからな」
「さんせい〜」
 慄罹はライ麦を捏ねて作った器にミルク粥を注いでオーブンで焼いた。カレリアンピーラッカの再現に挑戦する。人妖の才維も道具をとってくれたり手伝ってくれた。
「満腹屋には地下に氷室があるんだから凍らせて保存しておくって出来ないのかな?」
「そのまま火に掛ける形で売り出しても良さそうですね」
 月与と礼野はスープ作りに挑戦する。いろいろと考えられるので今回は野菜のビーツの活用を主眼に置いていた。
「護衛を別にすれば私は食べる専門だ。‥‥どれもいい匂いだな」
 向井操はそういいながら皿を運んだりと仲間達の作業を手伝う。
 夜が明ける頃にはすべての料理が出来上がった。朝食として全員で頂き、宿の他の客も招いて感想を聞いた。
 昼頃には飛空船基地で乗船。開拓者達は光奈からお礼の印としてヴォトカを贈られる。
 思い出とお土産をいっぱい抱えて武神島を後にする一行であった。