猫と鼠 〜鳳〜
マスター名:天田洋介
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/02/18 23:43



■オープニング本文

 泰国は飛空船による物流が盛んである。
 その中心となっているのが旅泰と呼ばれる広域商人の存在。
 必要としている者に珍しい品や食料を運んで利益を得ている人々だ。時に天儀本島の土地にも根ざし、旅泰の町を作る事もあった。
 当然の事ながら泰国の首都『朱春』周辺にもたくさんの旅泰が住んでいた。昇徳商会の若き女社長の李鳳もその中の一人である。


 昇徳商会は女社長の『李鳳』と技師兼操縦士の『王輝風』の二人が中型飛空船『翔速号』を直して始めた輸送会社だ。順調に業績を伸ばし今ではたくさんの雇い人がいる。
 猫族娘『響鈴』は見習いから社員へと昇格になって今では中型商用飛空船『浮雲』の船長を任されている。
 現在見習い中の美緒はまだ十二歳の女の子。但し志体持ちなので昇徳商会の誰よりも力持ちである。響鈴の部下だ。
 ボロ格納庫横の倉庫を改装した問屋では三名が働いている。
 事務担当の女性は『小紅』。
 倉庫管理係は青年『昭堂』と青年『公略』の二人。
 そして人ではないが黒子猫のハッピー。昇徳商会のマスコット的存在である。
 ハッピーの飼い主は王輝風。普段は大の仲良しな響鈴とよく一緒に行動している。
 猫嫌いだった美緒だが普通に接する分にはもう大丈夫になっていた。もう少しで完全にうち解けそうである。
 そんなハッピーなのだが、ボロ格納庫の事務室内で美緒が呟いた一言によって疑問が浮き上がる。
「ハッピーは昇徳商会の初期メンバーなんですね」
「そうなのですー。私のセンパイなのです。初めてあったときから気が合っ‥‥て‥‥」
 美緒に答える響鈴の顔から徐々に笑みが消えていった。
 そういえばずっとハッピーは子猫のままだと。ちゃんとゴハンはあげているし健康そのもの。いくらなんでももう二回りぐらいは大きくなっていてもおかしくはない。いやそれが普通だろうと。
「もしかしてハッピーって猫又? 前に開拓者が連れてきた猫又が話しかけても反応なしだったけど。それに猫又ってなかなか人に懐かないそうよ。ハッピーは昇徳商会に自ら転がり込んできたようなものだし‥‥」
 響鈴はハッピーの両脇に手を挟んで持ち上げてみる。ニャーと普通の猫の反応だが、疑ってみれば演技しているようにも思える。
「どっちでもいいと思うな。猫にしろ猫又にしろ、きっと理由があるんだろうさ、ハッピーにも」
 肉まんを頂く王輝風は呑気であった。
 数日後、昇徳商会は泰国内に住む天儀贔屓の人物から新たな仕事を引き受ける。武天の地方にある農家から米を預かり、泰国の自宅まで運んで欲しいといった内容だ。
 王輝風、響鈴、美緒の三名が翔速号で向かうこととなる。浮雲は今回お休みである。
「米は重たいし場所も遠いけど、仕事そのものは簡単そうなのですー」
「重たいものは私に任せてください」
 点検を終えた響鈴と美緒が翔速号の座席につくとすぐに離陸した。
「運ぶお米も脱穀前の十俵ほどだからね」
 操縦する王輝風も気軽な様子だ。
 しかし現地では大変な事件が一行を待ち受けていた。アヤカシと開拓者の戦いに巻き込まれようとはまだ誰も知る由もない。
 加えてこっそりと黒子猫のハッピーが船倉に潜り込んでいたのだった。


■参加者一覧
柊沢 霞澄(ia0067
17歳・女・巫
礼野 真夢紀(ia1144
10歳・女・巫
アーニャ・ベルマン(ia5465
22歳・女・弓
菊池 志郎(ia5584
23歳・男・シ
からす(ia6525
13歳・女・弓
フェンリエッタ(ib0018
18歳・女・シ
龍馬・ロスチャイルド(ib0039
28歳・男・騎
琥龍 蒼羅(ib0214
18歳・男・シ


■リプレイ本文

●到着
 朝焼けの武天上空を飛ぶ中型飛空船・翔速号。
「今、過ぎた農家の庭に稲穂の絵が描かれていました」
「その目印だね」
 大地を見下ろす美緒の誘導で操縦士の王輝風が機首の方向を変えた。そして無事に農家横の空き地へと着陸する。
「はう? 開拓者?! 知っている方が何人かいるのですー」
 先に下船した響鈴が庭先で開拓者達を見つける。王輝風、美緒と一緒に三人で駆け寄ると挨拶を返してくれた。
「みなさんとここでお会いするなんて奇遇ですね」
 振り向いたフェンリエッタ(ib0018)の回りでは羽妖精が飛び回っていた。羽妖精・ラズワルドが目と目が合った美緒に手を振る。
「この辺りで何か物騒なことでも?」
「アヤカシのネズミ退治を頼まれたんですよ。私達も着いたばかりでこれからなのですけど」
 王輝風とアーニャ・ベルマン(ia5465)が話す横で、猫又・ミハイルは黒眼鏡を掌の肉球で持ち上げた。翔速号の乗降口から地面へと飛び降りた黒い何かを再確認するために。
「ハッピーじゃねぇえか。久しぶりだな」
 猫又・ミハイルに近づいた黒子猫のハッピーが首を傾げながらニャーと鳴いた。
「ハッピーさん、お元気そうですね‥」
 柊沢 霞澄(ia0067)は屈んで手を伸ばしてハッピーの頭を撫でる。
「船倉にでも隠れていたんですか? それだとお腹減ってるんじゃ‥‥」
 驚いた響鈴が中腰になってハッピーに顔を近づける。美緒や王輝風もハッピーが紛れ込んでいたとは知らなかった。
「これ小雪が好きな保存食ですけど、お口に合えば」
 礼野 真夢紀(ia1144)がお魚風味たっぷりの保存食をハッピーにあげる。ハッピーは余程お腹が空いていたようで、あっというまに平らげてしまった。
 昇徳商会の面々と開拓者一同が訪ねる農家の主は同一人物である。一緒に訪問して改めて米蔵の事情を聞いた。
「遙々取りに来て頂いたのに困った状況でして。米蔵の中に入ったもんが次々と襲われているんどすわ」
 農家の主によれば一週間ほど前からこの地で窮鼠と呼ばれるアヤカシ鼠が米蔵に出没し始めたという。軽傷の者は別にしても二人が重傷を負っているとのことだった。
「怪我のお二人が心配です」
「あたしもです」
 菊池 志郎(ia5584)と礼野は窮鼠に襲われて重傷を負った二人を先に見舞うことにする。
 菊池志郎は神風恩寵の優しい風で、礼野は恋慈手の淡い輝きでそれぞれの相手を治療した。ただ熱病も併発していたのでそちらは自然治癒に期待するしかない。
 体力が回復したおかげで二人とも少しは話せるようになる。窮鼠に襲われた状況を開拓者達は教えてもらった。
 開拓者達はさっそく米蔵が並ぶ通りへと足を運んだ。昇徳商会の面々も一緒である。
「十二棟か。手分けして片付けていった方が良さそうだな」
 琥龍 蒼羅(ib0214)は迅鷹・飄霖を飛ばして米蔵十二棟の様子を上空から探らせた。窮鼠は外を彷徨ってはおらず周辺に残っているのならば米蔵内しか考えられなかった。
「その耳は?」
「『「キリエちゃんの実力みせてきぃ』と沙門さんに言われました。故に猫耳つけました!」
 からす(ia6525)に羽妖精のキリエが手振り身振りを交えて屋敷で行った朋友会議の様子を語った。ちなみに沙門というのは猫又である。
 開拓者達は二班に分かれた。
 壱班が柊沢霞澄、アーニャ、フェンリエッタ、龍馬。
 弐班が礼野、菊池志郎、からす、琥龍蒼羅。
「龍馬さん、一緒に戦うのは久し振りですね」
「お久し振りです、フェンリエッタさん」
 フェンリエッタと龍馬・ロスチャイルド(ib0039)は戦いを前にして改めて挨拶を交わす。
「ご友人の方かな、私もよろしく頼むよ」
「フェンの友達? よろしくー」
 龍馬がフェンリエッタの羽妖精・ラズワルドにも握手を求める。しかしまだ警戒されているようで手こそ振ってくれたがフェンリエッタの後ろに隠れられてしまう。
 何はともあれ窮鼠退治が始まるのだった。

●壱班の奮闘
 壱班は通りの西側へと移動する。
「窮鼠が潜む米蔵を特定しませんと‥」
 まずは柊沢霞澄が瘴索結界を使い、米蔵六棟の周囲を歩いて瘴気を探る。
 その間、アーニャ、龍馬、フェンリエッタは窮鼠が自分達の存在を知って米蔵から逃げだそうとしていないかの監視を行う。
 念のために二周した柊沢霞澄はアヤカシの瘴気を感じた三棟の米蔵を指さした。
 米蔵の扉には数字が書かれており『捌』『玖』『拾弐』とある。捌、玖には二匹ずつ、拾弐には五匹のアヤカシがいると柊沢霞澄は断言する。
「ミハイルさん、くれぐれも中の米俵とか壊さないで下さいよ。じゃないとしばらく禁酒ですよ」
「そういうな。アーニャ、これ預かっていてくれ。うまくいったらいつもの酒頼む」
 猫又・ミハイルは愛用の黒眼鏡をアーシャに預けて暗闇に備える。
 まずは捌から。
 米蔵に入るのは管狐・ヴァルコイネン、猫又・ミハイル、、羽妖精・ラズワルド、羽妖精・ラフィット。そしてフェンリエッタも同行した。外では柊沢霞澄、アーニャ、龍馬が待ち構える。
 捌の扉内側周辺に窮鼠がいないのを柊沢霞澄が確かめるとアーニャ、龍馬が素早く開閉。その間に朋友達とフェンリエッタが内部へと入った。
(「まずは窓を開けないことには‥‥」)
 フェンリエッタは米蔵に入る直前まで瞑って暗闇に目を慣らしていた。窓は二階のみである。心眼で窮鼠の位置を正確に把握した上で移動を開始。わずかな隙間から射す日光と朋友達に導かれて階段を上って窓のいくつかを開け放つ。
「ここにいるよ!」
 真っ先に窮鼠を追いかけたのは管狐・ヴァルコイネンである。狐の早耳で知ったのだ。小窓から逃げようとした窮鼠・壱を影分身で翻弄する。
「いざネズミ掃除なのにゃ!」
「頑張るにゃー♪」
 疾風の箒を掲げて構える猫耳フェンリエッタ。その猫耳に掴まりながら羽妖精・ラズワルドも声をあげた。
 さっそく目が合った牙を剥く窮鼠・弐に、フェンリエッタが箒をぎゅっと握りしめて躙り寄る。
 フェンリエッタを大きく迂回して窓へと跳んだ窮鼠・弐を阻止すべく、羽妖精・ラズワルドが錐もみ急降下。踏みつぶすように窮鼠・弐の背中を蹴って床へと転がらせる。そこをフェンリエッタが箒で掃いて一階へと落とした。
「おっと、俺の目からは逃れられないぜ」
「うむ。こっちは任せろ」
 猫又・ミハイルは猫心眼で窮鼠・壱を確認し、管狐・ヴァルコイネンと協力して挟み打ちにする。梁へと登ろうとする窮鼠・壱を爪攻撃で弾いて一階へと追い込んだ。
 一階に落ちた窮鼠の壱と弐の動きを抑えてくれていたのが羽妖精・ラフィットである。米俵を駆け上る窮鼠の動きを察して先回りしては『獣爪「氷裂」』で威嚇した。時には獣爪で窮鼠の歯攻撃を阻止して激しく火花を散らす。
 そうこうしている間に羽妖精・ラズワルドが応援として現れた。
「ではラズワルド殿、共闘と行こうか」
「わかった。ラフィット、そっち行ったよ!」
 羽妖精・ラフィットが迫る窮鼠・弐を爪で掬い上げるようにして宙に飛ばした。そこを羽妖精・ラズワルドが溜めて放った両足蹴りが窮鼠・弐の横っ腹に食い込む。
 一階まで降りてきた管狐・ヴァルコイネンと猫又・ミハイルは窮鼠・壱を追いつめていた。
「鼠ってのは猫の餌になるものだと昔から決まってるんだぜ。アヤカシだから食えないけどな」
 猫又・ミハイルの爪攻撃で窮鼠・壱が床を跳ねる。
「そろそろ頃合いだぞ」
 管狐・ヴァルコイネンは窮鼠・壱が再び二階へ逃げないよう見張っていた。
「今から追い出します!」
 フェンリエッタが合図を出すと米蔵の扉が開かれる。即座に白梅香の効果が付与された箒で窮鼠・弐を掃くように外へと弾き飛ばす。
「私の矢からは逃れられませんよ」
 アーニャが華妖弓で放った瞬速の矢が窮鼠・弐を貫く。止めに管狐・ヴァルコイネンの飯綱雷撃。窮鼠・弐は瘴気の塵となって飛散する。
 もう一匹の窮鼠・壱もフェンリエッタの箒で米蔵の外へ。
「これで終わりです」
 龍馬は騎士剣「グラム」を構えて精神を研ぎ澄まし、迫ってきた窮鼠・壱に拍を合わせる。そして額から尻尾の付け根にかけて窮鼠・壱を真っ二つに。こちらの窮鼠も瘴気の塵となって消え去る。
「すぐに痛みが消えます‥」
 柊沢霞澄は怪我した仲間達の中央に立って癒しの輝きを放つ。閃癒で回復する壱班であった。

●弐班の窮鼠退治
「小雪、お話してた退治の時間ですよ」
「おしごと? ‥‥そだ、アヤカシ退治!」
 礼野にいわれて猫又・小雪が思い出す。
 壱から六の米蔵の外周を回りながら瘴索結界で探る礼野。その礼野を守るのが小雪の役目だ。
「怪我をされたお二人によれば、窮鼠のすばしっこさは並ではないようですね」
「アヤカシ如きに我のおにぎりも稲荷寿司も食わせてたまるものか」
 菊池志郎も管狐・雪待と一緒に礼野達とは逆回りで米蔵六棟の外周を回る。
 礼野と菊池志郎の結果は一致する。瘴索結界でアヤカシの存在が感じられたのは壱と参の米蔵のみ。どちらも二匹ずつ潜んでいた。
「命ず、『見敵必殺。ただし蔵を傷つける事許さず』」
「キリエ、いっきまーす!」
 鏡弦でアヤカシの存在を再確認した直後、からすは羽妖精・キリエに指示を出す。
「では行こう」
 扉を開けた琥龍蒼羅が迅鷹・飄霖を連れて壱の米蔵へと足を踏み入れた。猫又・小雪、羽妖精・キリエ、管狐・雪待も中へ。
 礼野と菊池志郎は扉を閉めて監視を続ける。
 とりもちや網を仕掛ける、からすが気にしていたのが子猫ハッピーの存在だ。普通の鼠と勘違いして退治に参加してしまうかも知れず、ハッピーが米蔵内に潜り込まないか注意していた。
 壱の米蔵内での戦いは琥龍蒼羅がたった二歩進んだ瞬間に始まる。暗闇の中、二つの鋭い風切り音が琥龍蒼羅と猫又・小雪のそれぞれに迫った。
「噂通りに素早いな」
 琥龍蒼羅は心眼で窮鼠・参の位置を把握していたのが幸いして無事に避けられる。『手裏剣「鶴」』に纏わせてあった炎魂縛武もわずかながら目視の役に立った。
「あぶないよ〜」
 猫又・小雪もまた闇に強い瞳のおかげで窮鼠・肆の攻撃を回避していた。
「窓を開けてくるね!」
「明るくしたら、さっさと蹴散らすぞ」
 すぐに二階へと上る羽妖精・キリエと管狐・雪待。次々と幾条もの日光が米蔵内に射した。
 窮鼠・参が米俵の山を駆け上って二階へと跳躍。さらに二階床を跳ねて窓の外へ出ようとするものの、羽妖精・キリエがデーモンズソードの振りで通せんぼをする。
 羽妖精・キリエは窮鼠を外へ追い出すよう、からすから命じられていたが窓からではない。待ち伏せしている一階扉からでなければ意味がなかった。
 床で一瞬止まった窮鼠・参を管狐・雪待は見逃さない。すかさず接近してクロウ攻撃で弾き飛ばし、窮鼠・参を再び一階へと叩き落とした。
 一階では迅鷹・飄霖が床をかけずり回る窮鼠・肆を鋭い爪と嘴で扉のすぐ側まで追いつめていた。琥龍蒼羅は逃げ道を塞ぐ形で迅鷹・飄霖の奮闘を支援する。
 猫又・小雪が一階の床に落ちてきた窮鼠・参を睨みつけると一瞬だけ風が吹き荒んだ。鎌鼬の勢いで窮鼠・参もまた扉の側まで追い込んだ。
「命ず! 『外へ出なさい』!」
 一階へと下りてきた羽妖精・キリエが使ったのは誘惑の唇。魅了された窮鼠・肆が扉を押し始める。それに合わせて琥龍蒼羅が外の仲間達に扉の開放を望んだ。
 扉が開かれて窮鼠の参と肆が一斉に飛び出す。
「御苦労」
 からすの先即封による矢が窮鼠・肆を地面へと縫い止める。そこをすかさず羽妖精・キリエが覆い被さる勢いでデーモンズソードの白刃を叩き込んだ。
「ボクらは魔を断つ剣を執る!」
 散る瘴気を足下で漂わせながら羽妖精・キリエは剣を掲げて勝利のポーズをとる。
 迅鷹・飄霖は逃げる窮鼠・参を見逃さなかった。上空から囲うように急降下攻撃を繰り返す。
「志郎、倒すぞ」
「合わせますね」
 ここで管狐・雪待が本領発揮。飯綱雷撃の電光が窮鼠・参を捉えて焼いた。殆ど同時に菊池志郎による浄炎が窮鼠・参を包み込む。窮鼠・参もまた瘴気の塵へと還元してゆく。
「大変でしたね。あとでハッピーちゃんと遊びましょ」
「まゆきぃ、ほんとう?」
 礼野は頑張った猫又・小雪を誉めながら恋慈手で治療を施してあげた。
「雪待、まだ退治は残っていますが、今晩は何が食べたいですか?」
「ここはやはり稲荷寿司だな」
 菊池志郎は次の戦いに備えて管狐・雪待を神風恩寵で癒してあげた。
「よくやってくれた」
 琥龍蒼羅は腕に掴まらせている迅鷹・飄霖に話しかけながら心眼で米蔵・壱を再確認する。アヤカシの気配は完全に消えていた。
「全て終わればお茶にしよう」
「やったね!」
 からすは羽妖精・キリエを肩に乗せてお喋りしながら次の米蔵に向かうのだった。

●最後の米蔵
 米蔵・拾弐は窮鼠が五匹と多く探知されたために後回しにして全員で事に当たることとなった。その他の米蔵に潜んでいた窮鼠退治が済んで全員が集結する。
 昇徳商会の面々が遠巻きに米蔵・拾弐を監視してくれた。その間、窮鼠五匹が逃げ出した様子はなかった。再度、開拓者達が瘴索結界などで確認したところまだ潜んでいるのが証明される。
 窮鼠五匹ということで一同は隙のない動きで退治を始めた。
 フェンリエッタと琥龍蒼羅は朋友達と共に米蔵の中へ。
 一階扉が閉じられると飛翔能力に長けた羽妖精のラズワルド、ラフィット、キリエが二階の窓を開け放つ。そのまま窓周辺での警戒にあたった。
 管狐・ヴァルコイネン、管狐・雪待、猫又・ミハイル、猫又・小雪、迅鷹・飄霖は窮鼠五匹を一階に留まるよう追い立てる。さすがに五匹相手では米蔵の中は狭く、これまでよりも早い段階で一階扉が開放された。
 飛び出す窮鼠五匹を待ちかまえていた開拓者達は見逃さない。また追いかけてきた朋友達も窮鼠五匹を取り囲んだ。
「あっ!」
 次々と倒される窮鼠。だが最後の窮鼠・拾参が響鈴目がけて地面をひた走る。
 その時、響鈴の目前を影が通り過ぎた。影の正体は木の枝から飛び降りた子猫のハッピーだ。ハッピーの爪攻撃で弾かれた窮鼠・拾参は、仕掛けられていたとりもちに引っかかる。
「えいっ!」
 猫又・小雪が鎌鼬の風で止めを刺す。これですべての窮鼠は瘴気の塵と化すのだった。

●お茶
 窮鼠退治の後、からすが用意したお菓子を摘みながらのお茶会が開かれる。
 翔速号への米俵積み込みをするには時間の余裕がなく、また各自疲労も溜まっていたからだ。子猫のハッピーの正体について気に掛かる者が多かったのもある。ハッピーが普通の猫ではないのではないかと以前から疑問に感じていた開拓者もいたようだ。
 借りた農家の囲炉裏端で昇徳商会の面々も含めて全員がくつろいだ。
「一日の間に倒せてよかったな」
 琥龍蒼羅が鉄箸で囲炉裏の炭火を調節してくれた。沸いた薬缶はお茶を淹れるからすへと渡される。
(「あれは小雪さんやミハイルさんの爪攻撃にとっても似てたのですー」)
 響鈴がじっと見つめ続けているとハッピーがそそくさと王輝風の背中に隠れる。
「ハッピーさんは小さいままですね〜。こういう種類の猫さんでしょうか?」
 アーニャが覗き込むとハッピーは何故か瞳をそらした。
「猫又‥‥じゃないよな? これで実は成猫だったら面白い。見た目は子供、頭脳は大人だとしたらよ、エージェントとしてスカウトしたいぜ」
 猫又・ミハイルは興味深げにハッピーへと近づいた。すると今度は正座していた柊沢霞澄の膝の上にハッピーが移動する。
「ハッピーさんはハッピーさんですよね‥」
 柊沢霞澄が軽く喉を撫でてあげるとハッピーは小さく鳴いて喉を鳴らす。
「良かったら‥ラズと呼んでも良いかな?」
「勿論だよ、ラフィ。よろしくね」
 握手を交わす羽妖精のラズワルドとラフィットの横をハッピーが横切る。今度は龍馬の胡座内にハッピーが収まった。
 興味を持っていた羽妖精・ラフィットが恐る恐るハッピーの背中を触ってみる。ラズワルドもだ。目の前で遊んでいるハッピー、ラズワルド、ラフィットを眺めて龍馬が満足そうに頷いた。
「ハッピーも仲良くしてあげてね♪」
 自分がウインクをするとハッピーも右目を一瞬だけ瞑ったような、そんな気がしたフェンリエッタだ。
「あの爪攻撃を見た今となっては、ちゃんとはっきりとした方がいいのかなあ。無理強いはしないけど」
 飼い主の王輝風はハッピーの様子を眺めながら腕を組んで考える。
「そうですね。いざというときに助かりますし」
 美緒は王輝風に賛成する。とはいえハッピーからどう引き出すかは問題だ。
「美味しいですか?」
「やはり稲荷寿司はうまいな。明日はおにぎりが食べたいぞ」
 菊池志郎は作ったばかりの稲荷寿司を管狐・雪待の前に置くと、ハッピーについての意見を一同に述べた。猫又二匹に猫の言葉で訊ねてもらうのが一番だと。
 猫又の小雪とミハイルが引き受けてくれる。ハッピーとニャーニャー話す様子を開拓者達はお茶を頂きながら見守った。
「猫又かもしれないし、そういうケモノかもしれないね」
 からすが湯飲みの茶を頂きながら呟く。それからまもなくしてハッピーが大きく鳴いた。話しが終わったようである。
「ハッピーは猫又だぜ。これは間違いねえ。黙っててすまないっていってるぜ」
「でもおしゃべりはむりだって」
 ミハイルと小雪によればハッピーは猫又だと認めたそうだ。猫又なら二本あるはずの尻尾の一本はかなり昔に切られてしまったらしい。その時のショックで人語が話せなくなってしまったようである。聞いて理解するのは大丈夫な様子。細かい事情については今はまだ話したくないという。
「食べる?」
 からすがすすっとクッキーが並ぶ皿を置くと猫又三匹は囓り始めた。
「無理することはないのですよー。さっきは助けてくれて助かったのです」
 響鈴はハッピーの食事を邪魔しないように軽く背中を撫でながら語りかける。
 その晩ミハイルは朋友同士、アーニャが差し入れてくれたお酒で酒盛りをしたようである。どのような会話が交わされたのかは内緒であった。

●そして
 翌日、開拓者達が手伝ってくれたおかげで翔速号への米俵の積み込みは即座に終了する。
「ハッピーさん、これからもよろしくお願いしますね」
 美緒は昨日の出来事でハッピーに対し心境の変化があったようである。操縦室内の椅子に座るとハッピーを膝の上に乗せて離陸に備えた。
「それでは泰国の朱春へ」
「了解なのですー」
 王輝風と響鈴が呼吸を合わせて操作。翔速号が大地から離れる。開拓者達に見送られながら翔速号は大空に消えて行くのだった。