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■オープニング本文 朱藩の首都、安州。 海岸線に面するこの街には飛空船の駐屯基地がある。 開国と同時期に飛空船駐屯地が建設された事により、国外との往来が爆発的に増えた。それはまだ留まる事を知らず、日々多くの旅人が安州を訪れる。 そんな安州に一階が飯処、二階が宿屋になっている『満腹屋』はあった。 「まだ熱が下がりませんの」 「お母さん‥‥」 夜明け前の満腹屋二階。 鏡子と光奈の智塚姉妹は廊下の隅で不安を口にする。母親の南が風邪をこじらせて寝込み、三日が過ぎようとしていた。 二階の宿は新規の客をとらないようにして父親の義徳のみで営業中。鏡子か光奈が飯処の一階が空いた時間に手伝う。 仕事は少々忙しい程度で問題はない。それよりも南の容態が心配で仕方なかった鏡子と光奈だ。もちろん義徳も雇い人達も全員が心配していた。 招いた医者によれば薬をのんで安静にしていれば大丈夫とのことだが、普段病気をしたことがない母親だけあって余計に心配がつのる。 「そうなのです!」 光奈は店を鏡子に任せてまだ薄暗い外へと飛び出す。 白い息を吐きながら目指したのは魚市場。好物の鮟鱇鍋を食べれば南の風邪もすぐによくなると考えた光奈だ。しかし鮟鱇は見つからなかった。 鮟鱇は元々海の深いところに棲んでいる魚。寒い冬の時期だと沿岸まで近づいてくるので、稀に網へと引っかかる程度である。とても稀少な魚だった。 「売ってなかったのですよ‥‥」 肩を落として満腹屋への帰り道をとぼとぼと歩いていた光奈は呼び止められる。振り向けば満腹屋に泊まっている開拓者達の姿が。 光奈が事情を話すと鮟鱇は任せてくれと引き受けてくれた。安州での仕事は完遂済みだし、そのつてで漁船の心当たりもあると。 「た、助かるのです。ありがとうなのですよ」 涙目で開拓者一人一人の手を握り感謝する光奈であった。 |
■参加者一覧
柊沢 霞澄(ia0067)
17歳・女・巫
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
利穏(ia9760)
14歳・男・陰
フェンリエッタ(ib0018)
18歳・女・シ
玄間 北斗(ib0342)
25歳・男・シ
十野間 修(ib3415)
22歳・男・志 |
■リプレイ本文 ●漁 昼の波止場。智塚光奈は炭が入った木箱を甲板室へ置くと漁船から跳んで下りる。 「本来なら私が鮟鱇を獲りに行くべきなのです。それなのに好意に甘えてしまって‥‥ありがとうなのです」 光奈が深くお辞儀をする。すると乗船していた開拓者達が首を横に振った。 「任せとけって! 光奈は店をがんばれよ! 必ずでかいの取っ捕まえてくっからさっ!」 ルオウ(ia2445)は一瞬しんみりとした表情を浮かべたが、すぐにいつもの元気を取り戻して自らの胸を叩いた。 「気持ちのこもった美味しいお鍋を食べればお母様もすぐに元気になりますよ。病は気からというから光奈さんも元気出して、ね?」 フェンリエッタ(ib0018)の言葉に光奈は頬を伝っていた涙を手の甲で拭う。 「光奈さん、炭をたくさんありがとなのだぁ〜♪」 玄間 北斗(ib0342)はさっそく漁船に備え付けられている複数の火鉢に炭を移す。揺れで倒れたりしないように独特な形状をしていた。 「南さんはお医者様に看ていただいているようなのできっと大丈夫ですね‥」 柊沢 霞澄(ia0067)は火種を出現させると火鉢の炭を熾した。 「それでは最善を尽くしてきます」 十野間 修(ib3415)は漁師に頼んで漁船に設置されている風宝珠を発動してもらう。漁船はゆっくりと波止場から離れた。 「ご協力ありがとうございます。船を貸して頂いて」 「なに、礼をいうのはこっちのほうさ。昨日、アヤカシを倒してくれて本当に助かった」 利穏(ia9760)は船乗りに感謝してから手元のメモに目を通す。港の漁師達に急いで鮟鱇の捕獲方法を聞いて回った内容が書かれてある。この漁船の漁師はこれまで一度も鮟鱇を獲ったことがないらしい。 「病気の母ちゃんを元気づけたいって姉ちゃんがいるっていったら、貸してくれたんだ」 ルオウは漁師の元締めに話しをつけて大きな漁網を借りてきていた。狙って獲れる魚ではないが、もしもがあるのならこれぐらいは必要だろうと。 「今日の天気は大丈夫です‥‥。崩れて波が荒くなることはないと思います‥‥」 柊沢霞澄はあまよみで知った天候を漁船の全員に知らせる。それから火鉢に小鍋をのせて身体を温めるための飲み物を用意し始めた。 漁船は過去に鮟鱇が獲れた実績がある海岸線を目指す。普段深いところに棲んでいる鮟鱇だが、十二月から一月にかけては産卵のために浮かび上がってくるようだ。 深海を狙うには道具や知識、経験が足りなさすぎる。それ故に開拓者達は鮟鱇が産卵する比較的浅い海での漁に賭けた。かといって当てずっぽうにやっても獲れそうにもない。そこで志体持ちの開拓者ならではの方法を試す。 「穴が空いていないか、自分達の目で確認しておかないとなー」 「こちら側からは僕がしますね」 ルオウと利穏は揺れる漁船の甲板で最終点検を行う。 目的の海域に入った漁船はゆっくりと移動した。ここから開拓者達の探索が始まる。 フェンリエッタは『心眼「集」』で意識を集中させながら目を瞑った。 (「まずはお魚がたくさんいそうなところを‥‥」) 鮟鱇らしき大きさの存在を発見できればそれが一番よいのだが、そこまでは望んでいない。 (「では俺も。産卵する鮟鱇ですからそれなりの大きさでしょうし」) 十野間修はフェンリエッタと反対側の左舷にて『心眼「集」』で海中の気配を探る。 (「おいらはこれでさがすのだぁ。静かにやるのだぁ〜」) 玄間北斗は音で探すことにした。差し足忍び足で船首に移動し、握った櫂の先を海中に沈めて柄の端に耳を当てる。超越聴覚で研ぎ澄ませて魚群が海水をかき分ける音を聞き分けた。 フェンリエッタと十野間修、玄間北斗が得た情報によってひとまず魚影が濃い海域にあたりをつける。 「網が投げられるようです‥‥。あと少しだけこちらにいてくださいね‥‥」 柊沢霞澄が利穏とルオウにお汁粉の腕を渡してから船室を出る。外のみんなにも配るために。 利穏とルオウは網の点検が終わると潜水に備えて出来る限り身体を温めていた。冬の海に潜る海女がそうしていると漁師から話しを聞いたからである。 (「誰かの為に役に立てるって証明したい!」) 利穏は火鉢の炭火をじっと見つめながら肩から背中にかけている毛布をぎゅっと握りしめた。 「とにかく食べちまおうぜ。おー、熱々だー」 ルオウは利穏に声をかけて汁粉を口にする。微笑んだ利穏も食べ始めた。 「それではいきましょう!」 十野間修がかけ声をあげて一回目の投網が行われた。 「頑張ってね。でも無理は禁物だから何かあったら縄に掴まってすぐに合図を出してね。引っ張りあげるから」 フェンリエッタは長い荒縄を結んだ重石を海へ投げ込んで利穏とルオウに振り向く。 「お願いしますね」 「それじゃあ、行って来るぜ!」 利穏とルオウは背水心で自らを賭し、フェンリエッタに手を振ってから海へと飛び込んだ。 「手伝ってあげて」 『任せてなの』 管狐のカシュカシュは人魂で亀に化けると二人を追いかけて海中へと沈んでゆく。 利穏は身も凍る暗い海中で鮟鱇を探す。本調子ではない利穏を気遣いながらルオウは荒縄を伝ってより深くへと沈んだ。 海中の二人とカシュカシュは、網の中に鮟鱇がかかっていれば途中で逃げないように見張るつもりだ。鮟鱇を周囲で見つけたのなら網の中に追い込もうと考えていた。 「よし!」 「ほいなのだぁ〜」 十野間修と玄間北斗のかけ声と共に網がすべて甲板へと引き揚げられた。魚は多く獲れていたが、その中に鮟鱇はない。 管狐のカシュカシュが海中から戻ると荒縄をあげてと呟く。 フェンリエッタが急いで荒縄を手繰り寄せると利穏とルオウが掴まっていた。十野間修が利穏、玄間北斗がルオウを担ぐとすぐに船室へ運んだ。 フェンリエッタと柊沢霞澄が濡れた二人の身体を大きな布で拭いてあげる。そして温かい飲み物を手渡した。 利穏とルオウが回復するのを待って二回目の投網が行われる。しかし残念ながら鮟鱇は網にかからなかった。 そして三回目の網が投げられて二人も海へ。 「ん? あれは‥‥」 懸命に網を引っ張っていた十野間修が目を細める。一瞬だが利穏の頭が波間に現れたような気がしたからだ。 『大変なの!』 「何かあったの?」 海中から飛びだした管狐のカシュカシュがフェンリエッタの肩まで登る。そして利穏が鮟鱇と一緒に網の中へ入ったと告げた。 次に甲板にルオウが這い上がってくる。ルオウは歯の根が合わなくて話せない状態。それなのに震える手で網の引き揚げを手伝い始めた。その行動はカシュカシュの発言を裏付けた。 玄間北斗は無茶な逆さま姿勢で船縁に掴まりながら海面に頭を突っ込んでいだ。 「急ぐのだぁ!」 顔をあげた玄間北斗が叫ぶ。暗視を使って海中で目を凝らしたところ、利穏らしき人影を見つけたと。 「一斉ので!」 十野間修のかけ声で一気に網が引っ張られる。まもなくたくさんの魚に混じって利穏と巨大な鮟鱇が入った網が引き揚げられた。 「だ、大丈夫です‥‥」 利穏は起きあがれないながらも気は失っていなかった。利穏とルオウは三度、船室へと運ばれる。 「こちらを‥‥」 柊沢霞澄は玄間北斗が用意していた懐石を二人に抱かせる。身体の中から温まるよう用意したかなり酒気強めの甘酒も酌んで渡す。 二人とも気絶するように眠ってしまったが大事はないと柊沢霞澄は判断する。手足などの末端の凍傷を心配して念のために閃癒で回復を施した。 海に潜った二人には柊沢霞澄とフェンリエッタが付き添う。 玄間北斗と十野間修は漁師と一緒に獲った魚を整理。そして鮟鱇の口に鈎を引っかけて吊し上げる。 「おいらよりも大きいのだぁ〜」 玄間北斗は悴んだ手を火鉢にかざしながら鮟鱇を仰いだ。 「港まで時間があります。俺達が解体して満腹屋に着いたのならすぐに調理にかかれるようにしましょうか」 「それがいいのだぁ〜。けどどうすればいいのだぁ?」 十野間修と玄間北斗はルオウが胴元から借りてきた吊るし切りの指南本を頼りにすることにした。十野間修が包丁を握り、玄間北斗は指南本を読んで指示を出す。 ヒレを切り落として皮を剥く。 エラに続いてアンキモを取り出す。骨以外にすべて食べられるといわれている鮟鱇だが、やはりアンキモこそがご馳走である。他にも水袋、ぬの、台身と外して無事に吊るし切りは終わった。 安州の波止場に着く頃にはすでに日が暮れかけていた。お礼に多くの魚は漁師に譲り、開拓者達は解体した鮟鱇が収まった木箱を抱えて満腹屋へと急ぐのであった。 ●鮟鱇鍋 満腹屋の暖簾が下ろされていなかったので開拓者達は裏口へと回る。すると裏庭で光奈の姉『鏡子』と遭遇した。 「光奈さんに頼まれて鮟鱇をわざわざ獲りに?! 母の大好物ですの」 鏡子は深々と開拓者達にお辞儀をする。客がまだ店内に残っているので雇い人用の小部屋へと案内された。 「ありがとうなのです」 鏡子から聞いて小部屋を訪れた光奈が床板にオデコをくっつけて頭を下げる。気にするなとルオウが光奈に頭をあげさせた。 店が終わってから厨房の片隅で智塚姉妹による鮟鱇鍋作りが始まった。 「野菜は切り終わったのですよ、お姉ちゃん」 「そこに置いてくださるかしら」 智塚姉妹が手際よく料理の腕を振るう。 「捨てるところがないというのはホントみたい」 「それにしても仲の良い姉妹ですね‥‥」 フェンリエッタと柊沢霞澄は満腹屋の片づけを手伝いながら智塚姉妹の様子を眺めた。 その頃、男性陣は満腹屋近くの銭湯でひとっ風呂浴びていた。 「皆さんに急いで網を引き揚げてもらわなかったら大変なところでした‥‥」 「利穏ががんばって、俺達もがんばったから鮟鱇が獲れたんだぜ。誰一人が欠けてもダメだったに違いないさっ!」 特に利穏とルオウは長く湯船に浸かっていた。火鉢などで充分温まったはずなのだが湯に入るとまだまだ身体の芯が冷えていたのを実感する。 「アンコウ、よろこんでくれたのだぁ〜〜〜」 「これで風邪も吹き飛ぶだろう」 玄間北斗と十野間修が順にヘチマたわしで背中を流し合う。 男性陣が銭湯に浸かり終わって満腹屋一階に顔を出すと智塚姉妹はすでに鮟鱇鍋を作り終えて姿はなかった。 あったのは女性陣が残りの鮟鱇で用意した鍋料理一式。男性陣は宿泊の部屋へと運ぶのだった。 ●母と娘達 「お母様、遅くなりましたがお食事をお持ちしましたわ」 「鏡子、大丈夫。一人で起きられますよ」 鏡子が布団で横になっていた南の上半身を起こして半纏を背中へとかける。家族用の二階の一室で風邪の南は寝込んでいたのである。熱があるらしく南の顔はまだ赤くて瞼が落ち気味だった。 「おや?」 南は膳に碗と箸のみしかのっていないのに気がついた。大丈夫用意してあるからと鏡子がいうと光奈が襖の向こうから現れる。 「美味しいのですよ〜」 光奈が運んできた鍋を囲炉裏の鈎にかけて蓋を開ける。すると美味しそうな匂いが部屋中に漂った。 「光奈、これはもしかして‥‥」 「そうなのです鮟鱇なのですよ〜♪ 食べやすいように最初から雑炊仕立てなのです☆」 光奈が椀によそって匙で掬い、ふーふーと冷ませてから南に食べさせようとする。自分で食べられると断る南だが、鏡子にも勧められて今日だけは甘えることにした。 アンキモの旨味がたっぷりと入った雑炊はとても美味しくて南はすべてを平らげる。しばらく南の食が細かったのを心配していた智塚姉妹は安堵する。 「あと二食分ぐらいは残っているのですよ〜。地下の氷室で凍らない程度に食材を保管してあるのです」 「さあ、ゆっくり休んでくださいね」 食べ終わると智塚姉妹は再び母を寝かす。そしてゆっくりと足音を立てないよう立ち去るのだった。 ●鮟鱇鍋 「そろそろいいよな」 「そうですね。少しぐらいは煮ないといけませんし」 ルオウが火鉢の炭を強めると利穏が準備済みの鍋を卓から運んでのせた。二人が見計らった時間に女性陣は銭湯から戻ってくる。 「ついでにと思って♪」 フェンリエッタは布巾がかけられたお盆を手にしていた。一階の厨房に立ち寄って別の料理を作ってきたようだ。 「いっぱい食べるのだぁ♪」 玄間北斗が御飯を茶碗によそってくれる。全員で火鉢の上の鍋を囲んで夕食が始まった。 「ちゃんと、どぶ汁になっていますね‥‥」 柊沢霞澄はうまく出来てよかったと胸をなで下ろす。だし汁は少々使ったものの、その他に水は使っていない。鮟鱇や野菜から染み出た水分のみで鍋は出来上がっていた。 食べてみた柊沢霞澄はよい出来に満足げだ。 「この濃厚な味、舌触り‥‥」 十野間修はさっそく頂くと大きく目を見開いた。噂通りの美味さ。妻にも食べさせてあげたいと何度も心の中で呟いた。 「ご馳走になるのだぁ〜。ふぅ、とっても温まるのだぁ〜〜」 銭湯に続いて食事でも温まって玄間北斗はほくほくの笑顔を浮かべた。細い目をより細め、真っ赤なほっぺたをぷくっと膨らませて。 「アンキモうめぇなー。身もうまいけどさ。光奈の母ちゃんは食べたかな?」 「きっと食べられてると思います‥。はいどうぞ‥‥」 ルオウが柊沢霞澄から三膳目の茶碗を受け取ると襖向こうの廊下から声が聞こえる。それは鏡子のもの。光奈も一緒であった。 「お母さん、お椀一杯残さず鮟鱇の雑炊を食べてくれたのですよ〜♪」 (「よかった‥‥。南さんが早く快復されますように」) 光奈の報告を一番喜んだのは利穏だ。光奈に笑顔が戻ってきたのも嬉しかった。 「光奈さん達も一緒に食べましょ。はい、座布団♪」 フェンリエッタに誘われて智塚姉妹も鮟鱇鍋のお相伴に預かる。 (「この味‥‥」) このときフェンリエッタも初めてアンキモを味わう。舌の上でとろける味わいは夢見心地だ。隣に座っていた光奈も頬をプルプルと震わせて喜んでいた。 「じゃ〜ん♪ はい、これ血抜きと湯引きしたアンキモと一緒にお刺身をポン酢で頂くと美味しいって聞いたの。どうぞ召し上がれ♪」 フェンリエッタが持ってきた盆の皿の片方にはお刺身が綺麗に並べられていた。もう一枚の皿には鮟鱇の皮と身の唐揚げだ。 「!!!〜♪」 「どれ、俺も頂こう‥‥‥‥!」 光奈と十野間修がアンキモとポン酢をつけた刺身を頂いた。二人はもう一口、さらにもう一口食べてから美味いと呟く。 「この唐揚げ、御飯と合うな」 「たくさん食べてしまうのだぁ〜」 ルオウと玄間北斗はどちらも御飯六杯目に突入。 「やはり雑炊は作りましょうか‥‥」 柊沢霞澄がお櫃に残った御飯を鍋に入れてシメの雑炊を作る。 (「本当に‥‥本当によかった」) 利穏は全員の笑顔をゆっくりと見渡す。 みんなで雑炊を頂いて大満足。南の快気を願うのだった。 |