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■オープニング本文 このシナリオはIF世界を舞台とした初夢シナリオです。 WTRPGの世界観には一切関係ありませんのでご注意ください。 剣と魔法が織りなす世界『ジ・アース』。 時代は中世。この世界に存在するパリの街はノルマン王国の首都である。 ノルマン王国は広く、ドーバー海峡近くの北海に繋がる運河を通じて内陸部にブルッヘという造船の港町が存在した。 セーヌ川に面する古き街ルーアンの領主『ラルフ・ヴェルナー』の立案によってブルッヘで新造帆船が建造される。 ノルマン王国を護るブランシュ騎士団黒分隊長でもあるラルフは、残念ながら旅には同行出来なかった。 ラルフの願いが託された幻のアトランティス大陸の技術が使われた新造帆船『ル・フュチュール』号は西へと旅立つ。ラルフが夢の中で見た月のエレメント・アルテイラの導きに従って。 元冒険者で構成されるル・フュチュール号第一陣探検隊・二班は探索の途中でケンタウロスの姉弟、ミンタとバジッタと出会う。 二人はケンタウロスが住まう大都市チチェン・イッツァから逃げてきたばかり。事情を聞けば名誉の生け贄から姉のミンタを救うために弟のバジッタが逃亡を計画したのだという。 雨乞いのための生け贄としてミンタはセノテの泉へと沈められる予定であった。雨の神『チャック』へ捧げられるのである。 他にもフエゴ・デ・ペロタといわれる球技場でも生け贄の選抜は行われており、血生臭い神といった印象を少年ベリムートは持つ。彼もまた元冒険者の一人であり、ル・フュチュール号の船乗りだ。 その他の状況も教えてもらった。 チチェン・イッツァは神官長タマナッタを頂点とした神官達によって治められている。 月道とおぼしき情報も得られた。 月に関する碑文が刻まれた立入禁止の神殿が存在するという。雨の神チャックが座す場といわれており長く石扉は封印されたままのようだ。 二班は神官長タマナッタと接触したが交渉は決裂。元々、神官長タマナッタはよそ者を独裁に利用するつもりでいたからだ。 二班の者達はチチェン・イッツァから脱出。自らの希望で人質となった神官ノットクも一緒に連れて行く。 神官ノットクによれば神官長タマナッタが語った言い伝えは改変されたものであり、将来現れるとされた二つ足の者達が神を騙る者といった記述はなかったと証言する。また雨の神チャックが籠もる神殿についても、元々は月にまつわる存在がいたとされるのが本当の言い伝えだと語った。 但し、チャックについては目撃したことがあるとミンタとバジッタの姉弟、神官ノットクは断言する。二班はケンタウロスの三名を連れてル・フュチュール号へと帰還した。 船長を中心にしてチチェン・イッツァへの対応策が練られた。 様々な意見が出たものの、相手が二本足と表現してル・フュチュール号の者達を敵視する限り、話し合いの目はなかった。 問題なのは神官長タマナッタ。 彼を捕縛、または失脚させられれば話し合いも可能だといった神官ノットクの言葉を信じることになる。 十名のみを留守番としてル・フュチュール号に残し、残る全員がチチェン・イッツァに足を踏み入れた。 製鉄技術がないようで、チチェン・イッツァの兵士達が持つ武器は石で作られた簡素なものばかり。殺さずを信条にしてル・フュチュール号の者達は神官長タマナッタを探す。 当の神官長タマナッタは逃げ込んだ場所、それは。石扉の向こう側にある雨の神チャックが座す神殿奥であった。 |
■参加者一覧
カンタータ(ia0489)
16歳・女・陰
アーシャ・エルダー(ib0054)
20歳・女・騎
ルンルン・パムポップン(ib0234)
17歳・女・シ
ハッド(ib0295)
17歳・男・騎
シルフィリア・オーク(ib0350)
32歳・女・騎
シーラ・シャトールノー(ib5285)
17歳・女・騎
ジナイーダ・クルトィフ(ib5753)
22歳・女・魔
和亜伊(ib7459)
36歳・男・砲 |
■リプレイ本文 ●チャックの正体 神殿の階段を駆け上るいくつもの足音が響く中、頂上付近の石扉が空気を震わせながら閉じられた。 「神官長、開けるのです!」 ルンルン・パムポップン(ib0234)が両手で激しく石扉を叩いた。 わずかに遅れてル・フュチュール号第一陣探検隊・二班の全員が屋上近くの踊り場に到達する。 「まずは説得してみるのじゃ。まったくジンルイは面白いの〜」 「返事するかな?」 神殿内部に神官長タマナッタがいるのは確実。ベリムートとハッド(ib0295)もルンルンと一緒に石扉を激しく叩く。 「私達は神様でもなんでもないです。足の数なんてどうだっていいじゃないですか」 アーシャ・エルダー(ib0054)は口元を両手で囲いながら石扉へと叫んでみる。 「ちょっと観てくるな」 和亜伊(ib7459)はリトルフライで浮かび上がって神殿の状態を上空から確かめた。石扉以外に出入り口らしき部分はないものの彫られたレリーフのせいで非常にわかりにくかった。地下に通路が隠されている場合もあり得る。 (「生け贄‥‥血が流れるだけなら兎も角、その血や魂が何かの代償になっているのなら、それはデビルの法よね」) ジナイーダ・クルトィフ(ib5753)は神殿壁面の状態を確かめながら、神官長タマナッタとチャックの関係を考察した。 「石扉よりもこの辺りの方が薄くなっているね」 シルフィリア・オーク(ib0350)はエックスレイビジョンで透視。神殿内部を探って石壁が薄くなっている部分を発見した。 (「月は‥‥出ていますね」) カンタータ(ia0489)は防御魔法のムーンフィールドをベリムートを囲むように出現させておく。咄嗟の攻撃にも耐えられるようにと。他の仲間達にも順次行う。 「お願いするわね。ここよ」 シーラ・シャトールノー(ib5285)のもう一つの姿、、ポーラ・モンテクッコリは白クレリック。シルフィリアから教えてもらった壁の位置に炭で的の円を描いた。 前衛のアーシャ、ハッド、ベリムートが剣を構える。そして技を駆使し、呼吸を合わせて一気に石壁をぶち抜いた。 ポーラは輝くホーリーライトを出現させて崩れた先の神殿内を照らす。 人影が浮かび上がったと殆ど同時に反響する笑い声。 「われを邪魔する者は召されるがよい! チャック様!!」 響いて聞き取りにくかったが神官長タマナッタの声であるのは確かであった。 突然、石壁に開けた穴から突風が吹き荒ぶ。 「うわぁ!!」 「掴まるのじゃ!」 飛ばされそうになったベリムートの腕を掴んだハッドが剣を石床に突きたてて踏ん張る。 「こっちに!」 ルンルンが宙に彷徨うベリムートの足を掴んで別方面の石壁へと二人を引き寄せた。 「チャック?!」 壁の穴から飛び出してきた何かを見上げてアーシャが叫んだ。逆光のせいでよく見えず、掌で庇を作る。何かもやもやしたもので覆われていたせいもある。 「やはりデビルか?」 和亜伊はアーシャよりも離れた位置で神殿の突起にぶら下がっていた。そのおかげでチャックの姿をはっきりと目の当たりにする。 ケンタウロスの姉弟がいっていた通りの姿。巨大な人と豹が合わさったような雲を纏う巨大な存在で空中を漂っている。日中でもはっきりと目視できる程の青紫色した雷を身体の様々な場所から細かく放電しながら。 (「しばらく静かにしていてもらいます」) カンタータは高笑う神官長タマナッタが石壁の穴から這い出してくるのを目撃する。すぐさまイリュージョンで銀色の光の槍が降り注ぐ幻影を見せて、心象に強い衝撃を与えて気絶させる。 「反応が! やはり!」 シルフィリアの指輪の中に閉じこめられた石の中の蝶が羽ばたいていた。先程まで無反応であり、始まったのはチャックが現れてから。羽ばたきはデビルの存在を示している。 「レジストを付与するわ。集まってね!」 ポーラも魔法デティクトアンデッドでチャックの正体がデビルなのを確認済みだ。前衛から順に仲間へと防御魔法のレジストデビルを施していった。 「トラロック‥‥ではないような」 カンタータはもてる知識を総動員して空中を浮かんでいるチャックの正体を探る。 姿形からすれば雨と雷の神トラロックのようにも見えた。大ざっぱにいってチャックと同一視されている神である。この地の伝承はいくらかケンタウロス姉弟から教えてもらっていたので名称を当てはめてみた。 「おそらくテスカトリポカです!」 カンタータが叫ぶ。 トラロックはカンタータの考えからすれば精霊の一種。デビルではあり得ない。消去法からいってトラロックに似た変化の伝承が残るデビル『テスカトリポカ』であろうと推測した。 「タマナッタが死ぬのも他の人がそうなるのも本意ではないの。あの浮かんでいるのを鎮めて」 ジナイーダは気絶していた神官長タマナッタを縄で縛ったあとで叩き起こす。しかしタマナッタは行動を起こそうとはしなかった。 「この地の者達はすべてチャック様のために存在するのだ。雨を欲するがために永遠にな。そしてチャック様は約束してくれた。われも神にしてくれると!」 狂気の笑いを滲ませながら話す神官長タマナッタ。説得を諦めたジナイーダは神官長タマナッタを完全に身動き状態まで縛り上げた。 「姿がどうであれチャックの正体はデビルだわ! このままでは滅びの道しか残っていないわ!」 ジナイーダは眼下の神殿庭で一班に守られていた神官ノットクに話しかけてチチェン・イッツァの民への説得を促す。 ル・フュチュール号の一同にとって指輪『石の中の蝶』や魔法『デティクトアンデッド』は信頼に値するデビルの究明方法だがチチェン・イッツァの民にとっては未知のやり方だ。信じてもらうには相応の説明と時間を要するだろう。 勝手にチャックを倒してしまったのならチチェン・イッツァの民からル・フュチュール号の一同は神殺しの汚名を着せられるに違いなかった。そこで同族である神官ノットクの説得が一番だとジナイーダは考えたのである。 「みなさん聞いてください!」 神官ノットクは生け贄を捧げる石像の上に立って説得を試みようとする。二班の者達はチャックの気を引いて自らに攻撃を向けさせて民を守ろうとした。 「しっかりね」 「任せて!」 そう片目を瞑り微笑んだジナイーダはベリムートを戦いへと送り出す。ホーリースペルで守りを強化した上で。余裕があったので近くの前衛にも施した。 (「そうです! その通り!」) アーシャはチャックの雷攻撃を石階段を駆け上りながら避けていた。そんな最中でも神官ノットクの説得を脳裏に刻む。 神官ノットクが話している将来の展望はアーシャが教えたもの。月道がノルマン王国と通じれば水を得る策がある。具体的にはウェザーコントロールの術を修得した者を呼び寄せれば自由に雨が降らせられるはずである。 ローレライのフルートの音色で場が和むよう支援したかったアーシャだが、今はチャックとの戦いに全力を傾けた。飛び散る石の破片を翻したマントで防ぎ、神殿の形を利用して追いかけさせながらも死角を利用して時間稼ぎをする。 「ここからなら視界は良好だな。魔法の狙いはこいつでつけてみる!」 和亜伊は神殿の天辺にリトルフライで移動して銃を構える。これはかつて地球から召還された際に所持していた銃と構造はまったく同じもの。但し弾薬がないので精霊魔法の照準器として使う。 現在求められているのは説得までの時間稼ぎとチャックの弱体化。 和亜伊は銃を構えてストームの魔法を放つ。 チャックはアーシャを追いかけるのに夢中。ストームがチャックを覆う雲を散らして姿をより露わにしていった。四発目でほとんどの雲を消し去ると心なしかチャックの動きが鈍ったように感じられた。 (「どれどれ‥‥。ほう、こやつ小悪党かと思ったが、かなりの悪党じゃな」) ハッドはベリムートの傍らにいながらリードシンキングにてがんじがらめにされている神官長タマナッタの心を読んだ。 先程のジナイーダへの発言も自己中心的な内容であったが、神官長タマナッタが今考えている内容はもっと酷い。人としておくのは勿体ないほどの逸材だといえた。 ハッドは先日の暇がある時に神官ノットクの心も読んでみたがこちらは馬鹿正直。指導者としてどちらを選ぶのかは『ジンルイ』に任せるとしてハッドは別のことを考える。それは手にしていたミストフィールドの巻物の使いどころについてであった。 「こっち!」 アーシャが神殿の中階から庭へ大ジャンプ。それを追ってチャックが急降下するのを知ってベリムートも飛び降りる。しょうがないのうと呟きながらハッドも続いた。 土煙をあげながら着地したアーシャが石柱に身を隠す。 地上スレスレで進行方向を変えようともたついていたチャックにベリムートの全力を込めた剣が襲いかかった。ベリムートの剣はチャックの豹のような牙にて噛んで阻止されるが囮に過ぎない。地上で待機していたシルフィリアの剣がチャックの脇腹に突き刺さった。 咆哮をあげて暴れ出すチャック。 ベリムートは吹き飛ばされるものの、ハッドの手を借りてすぐに立ち上がる。 この頃には神官ノットクの説得に民の心はチャック討伐に傾いていた。決定的になったのはチャックが大規模な落雷攻撃を始めてからである。 一瞬のうちに暗雲が上空に立ちこめて幾条もの雷がチチェン・イッツァの民を襲った。 誰もが逃げ惑う最中、一斑と共にいたケンタウロス姉弟のバジッタが叫んだ。生け贄を望む神などいらないと。それが呼び水となってチャックを否定する罵声が飛び交い始める。 ポーラは次々と出現させたホーリーフィールドへとチチェン・イッツァの民を避難させる。カンタータもまたムーンフィールドでケンタウロス姉弟を含めた一斑の者達を保護した。 神官ノットクの説得は続いた。まだまだ神官長タマナッタの存在が心に住み着いていた民も多かったが、状況からいって黙り込むしかなかった。神官長タマナッタが強くチャックを擁護していたのは確かだったからだ。 やがて神殿近くに踏み止まった多くのチチェン・イッツァの民は声を揃えてチャックの否定を叫び始めた。 落下してきた影が青白い電撃の輝きを纏おうとしたチャックの背中に蹴りを喰らわす。チャックが身体を逸らし地面へと押しつけられてひしめく。 「ルンルン忍法くりてぃかるひっと!」 影は跳ねて無事着地。正体はニンジャのルンルンだ。 ルンルンが高速詠唱で出現させた大ガマのパックンが起きあがろうとしたチャックの顎へ拳をヒットさせる。チャックは再び地面へと倒れ込んだ。 「離れてください!」 カンタータはすかさずシャドゥボムを唱えてチャック真下の影を爆発させた。硬そうなチャックの身体へとヒビが走る。 地上まで降りてきた和亜伊も銃照準による魔法攻撃でチャックを狙い撃つ。しかし力を振り絞ったチャックは稲妻をいくつも落として破壊と殲滅をやめようとはしなかった。 「そうはさせないわ!」 ジナイーダが再びチャックが纏おうとしていた雲をウィンドカッターで切り裂く。枯れ草を巻き込みながら雲が四散していった。 (「空中に逃がしさえしなければ!」) シルフィリアはソニックブームでチャックを牽制しながら周囲の状況に目を向けた。民の声からしてチャックを倒しても今なら問題はなさそうである。 二班の者達が倒せると手応えを感じた瞬間、チャックが姿を消した。 「瞬間移動か透明化じゃろうな。おそらくありふれた透明じゃろ」 ハッドはミストフィールドの巻物で霧を発生させてチャックの視界を奪った。自らはリトルフライで空中から監視する。ある大業でチャックを封印しようとハッドは考えていたが、それよりも先に仲間達が動く。 「ベリムートの正面、五歩前にチャック!!」 シルフィリアがエックスレイビジョンでチャックの正確な位置を仲間へと知らせた。 ジナイーダがアイヴィーバインドの魔法の蔓を地面から出現させてチャックに絡ませる。さらに魔法付与がされたルンルンが用意した縄へと引っかかった。 アーシャの剣先はチャックの喉元へ突き刺さる。大ガマのパックンの後ろから現れたルンルンは盆の窪付近を掻き斬った。ベリムートの剣は左脇腹。和亜伊の銃を構えた魔法攻撃はチャックの眉間に集中。 断末魔の叫び声をあげながら消える様子に二班の者達は確信する。チャックの正体はデビルで間違いなかったと。 ●残された課題と希望 神官の会議が行われてタマナッタは長の地位を剥奪される。代わりにノットクが長に就いた。 不満と動揺を抱えたままの一部チチェン・イッツァの民に対しては雨の神チャックの正体がデビルであったとの説明が続けられた。 デビルとは人に仇なす存在。この地の伝承でいえばテスカトリポカであろうと。 但し、テスカトリポカは善の側面も持ち合わせたとされる伝承も残っていたので必ずしも説得の材料とはなり得なかった。多数の超常的存在が歴史の中で同一視されたせいだろう。それでも一部は化身として語り継がれている。殆どのチチェン・イッツァの民が信じるにはもっと踏み込んだ決め手が必要であった。 チャックを倒してから三日目。神殿奥が調査が進んでようやく混迷のやり取りに光明が射す。神殿奥の小部屋に本物の精霊が幽閉されていたのである。姿は退治されたチャックにどことなく似ていた。 新神官長のノットクは、この精霊こそが本物のチャックであると民に宣言した。 「あれは‥‥おそらくトラロックかチャック‥‥」 カンタータは天へと昇る精霊を見上げながら呟いた。トラロックとチャックは共に雨を司るとされる存在。トラロックの方が伝承は古いらしい。 感謝の思念を人々に残して精霊は上空へと消えてしまう。その様子は多くの民に目撃された。 カンタータは神官達やル・フュチュール号の者達に仮説を披露した。デビルの偽チャックが雨の神の精霊である真のチャックを幽閉し、チチェン・イッツァの民を惑わしたのだろうと。少しでも多くの生け贄を得るために時の神官長を抱き込んで。 とはいえ生け贄の風習は遙か昔から行われている。それがデビルの暗躍によるものなのか、それとも人自らが雨への渇望から率先した愚行なのか。真実はわからなかった。 似たような出来事はノルマン王国でも起こりうる。また起きてしまった過去もあるだろう。自戒を込めて心に刻む元冒険者もいた。 本物のチャックと考えられる精霊が青空に消えてしばらくすると雲が浮かび上がってきた。数時間後には恵みの雨がもたらされる。 水瓶を外に出して喜ぶチチェン・イッツァの民。貯水用の地下空洞に大量の水が流れてゆく。 「雨は心配するな‥‥とかいっていたような」 「そんな感じね。本物のチャックだったとして月との関係はあったのかしらね」 和亜伊とジナイーダは頭の中に響いた精霊の思念を今一度話題にする。 「ほら、そっち持って」 「デビ、いや人使いが荒いぞよ」 ベリムートとハッドは一緒に瓶を外に並べる手伝いをした。 「このままならウェザーコントロールを使える人を無理に呼ばなくても平気そうだけど‥‥」 「神殿が月道に関わるのなら約束は必ず守りますのでご安心を」 アーシャは新・神官長ノットクと一緒に広間で今後の相談をしていた。船長や仲間の姿もあった。 「どうやらタマナッタだけでなく、先々代以前もデビルの偽チャックに操られていたようだね。いや、共謀のが正しいかな」 シルフィリアの考えに多くの者が賛成する。発見されたタマナッタの膨大な隠し財産が証拠ともいえた。事前に生け贄から外してもらうための賄賂を受け取っていたようだ。 (「すべては落ち着いてからね。でも生け贄の風習は絶対やめさせたいわ。代わりに人形を使ってもらうとか出来ないかしら‥‥」) ポーラはこの地においての白教義のクレリックらしく慈愛神セーラを称えた布教についてを考えていた。 無理強いはせずにゆっくりと時間をかけてやるつもりのポーラだ。それには月道の成立が大前提であったのだが。 意見が出尽くしたところで一息つけようとした船長が外へ振り向くと奇声をあげた。ルンルンがいきなり飛び込んできたのである。 「見つけました。月道の証拠を!」 ルンルンはふっふぅんと胸を張って精霊が閉じこめられていた小部屋の調査結果を報告する。 ノットクやケンタウロス姉弟からも聞いていたが、神殿の各所には月を思わせる模様がいくつか刻み込まれていた。同じように小部屋からも発見されたのだが、そのレリーフは月の精霊・アルテイラを表現したとしか思えないデザインがされていたのである。 雨にも構わず室内にいた一同は神殿へと向かう。途中で残る二班の者達とも遭遇して全員で神殿奥の小部屋へ。 「ラルフ様が夢で会ったと仰っていたアルテイラ様のお姿です。間違いありません‥‥」 ベリムートは以前にブランシュ騎士団黒分隊長、そしてルーアンの領主である『ラルフ・ヴェルナー』から聞かされた夢の話を思い出して語る。 ラルフが観た夢の断片。その通りのアルテイラが天井の石版に刻まれていた。 ●ムーンロード 月道が開くのは満月の日。さらに月が中天に留まるわずかな間のみ。時間にして六分程度。 ある日を境にしてノルマン王国の月道は自由に往来出来るようになったのだが、さすがに最初は条件が揃わないと無理なようだ。外れた日時にカンタータがムーンロードを試してみたものの何も起こらなかった。 本来の条件を待って日々を待つ。その間にもチチェン・イッツァの人々との交流ははかれた。酒を酌み交わし、互いの郷土料理を作っては食べ比べる。 神殿の隠し小部屋には開閉式の天窓があってムーンロード発動の条件に合う時間のみ月を望めるような構造になっていた。 くじ引きの末、二班が開いた月道を試す役割を担う。うまくいかずに未開の地に飛ばされる覚悟も必要なので準備は念入りに行われた。充分な食料を担いだ二班はカンタータを除いて小部屋の片隅で待機する。 「それではいきますね‥‥」 天窓から月が見えた瞬間、カンタータはムーンロードを唱える。銀色の光に包まれたカンタータが立つ一メートル先の空間に突如として穴が現れた。 この不思議な穴こそ月道だ。 次々と飛び込む二班の者達。移動の最中に誰もが幻を見る。それは輝きを纏った月の精霊・アルテイラが微笑む姿であった。 「ここは‥‥」 アーシャは抜けた先で周囲ぐるっと見回す。懐かしく見覚えがある場所。ノルマン王国の月道管理所の移動部屋に違いなかった。 「間違いないですね」 ポーラはアーシャと一緒に頷いた。部屋を飛び出して確認しても間違いなくノルマン王国の首都パリにある施設内だ。 「あれだけの航海を経て辿り着いた先からこんな一瞬に‥‥」 シルフィリアはいつの間にか頬を伝っていた涙を指先で拭う。 「ジャパンにも一気に飛べるのかな?」 「アトランティスに行くにはやはり制限があるのだろうか?」 ルンルンと和亜伊は繋がった月道がこれまでのものと変わりがないのか気になる。 「これは是非記録しておないとね‥‥」 ジナイーダは懸命にメモをとった。月道は滅多に発見されるものではない。発見後は時の権力者に独占されるのが常なので知られている情報は非常に乏しい。月道が繋がった瞬間に立ち会う人は歴史を遡ってもほんの一握りに過ぎなかった。 「なるほど。なるほどのぉ〜」 ハッドは両手に腰を当てながらかんらかんらと笑った。 「俺は戻るね!」 ベリムートは一人で再び月道の穴へ。ノルマン王国へ繋がった事実をチチェン・イッツァに残ったてル・フュチュール号の仲間達へと知らせるために。 それから約一ヶ月後。新大陸への行き来は非常に厳しい審査が必要なものの、無事開通を果たす。 月の精霊・アルテイラのおかげなのか、他の月道との繋がりと同じように時間に縛られずに行き来出来るよう変化するのであった。 |