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■オープニング本文 泰国は飛空船による物流が盛んである。 その中心となっているのが旅泰と呼ばれる広域商人の存在。 必要としている者に珍しい品や食料を運んで利益を得ている人々だ。時に天儀本島の土地にも根ざし、旅泰の町を作る事もあった。 当然の事ながら泰国の首都『朱春』周辺にもたくさんの旅泰が住んでいた。昇徳商会の若き女社長の李鳳もその中の一人である。 年末年始。 泰国内をみればそれほどではないのだが、こと天儀において正月三が日は特別な意味を持つ。ここしばらくの間、食材やお飾りを輸出して昇徳商会は大忙しであった。 最後の仕事として中型飛空船『翔速号』が朱春近郊のボロ格納庫から飛び立つ。 事務は問屋業で雇った従業員達に任せて社長の李鳳も一緒。久しぶりに響鈴と子猫のハッピーも。新人見習いの美緒は翔速号で荷運びをするのは初めてである。 「現場の仕事はやっぱりいいわ。緊張感が違うわね」 「天儀の正月か」 操縦室の李鳳と王輝風は今回の積み荷を話題にした。 すでに馴染みとなった朱藩・安州の飯処兼宿屋の満腹屋で新年の催しとして餅つき大会が開かれる。運んでいるのは、それように使われる餅米である。 「お餅、お餅♪ 海苔を巻いたのが美味しいのですよー」 機関室の点検が終わった響鈴はハッピーを頭に乗せながら踊るように操縦室を訪れた。 「お茶の時間です」 少し遅れてやってきた美緒は湯気立つやかんを持っていた。操縦室内の引き出しに仕舞われていたお茶の道具やお菓子が取り出される。操縦を順番に受け持ってお茶の休憩時間となった。 「お餅もついてみたいわね。どう? みんな」 李鳳の言葉に皆が喜びの声をあげる。翔速号一行も餅つき大会に参加するつもりであった。 |
■参加者一覧
礼野 真夢紀(ia1144)
10歳・女・巫
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
利穏(ia9760)
14歳・男・陰
フェンリエッタ(ib0018)
18歳・女・シ
十野間 月与(ib0343)
22歳・女・サ
フランヴェル・ギーベリ(ib5897)
20歳・女・サ
赤封(ib6134)
24歳・女・弓
奴延鳥(ib8449)
26歳・男・砂 |
■リプレイ本文 ●準備 年が明けてのお正月。昇徳商会の面々は満腹屋に泊まっていた。店の人々や開拓者達と一緒に餅つきの準備を行っていたのである。 餅つき大会は翌朝に開催。告知もされており一般客も参加する予定だ。 餅米は全員の力で洗われてそのまま一晩水に浸けられていた。 その時、響鈴は普段の米とは違って軽く洗うだけで研がないのを知らなかった。何度研いでも水が白く濁ってしまう状況に子猫のハッピーと首を傾げていたところ、十野間 月与(ib0343)と礼野 真夢紀(ia1144)が教えてくれてようやく合点がいったようである。 夜明け前の満腹屋厨房では餅米を蒸す作業が始まった。 普段、満腹屋で調理を担当する三名の他に開拓者二名も参加する。 (「‥可愛らしい子猫ちゃん『達』じゃないか。フフッ、嬉しいな」) 蒸籠で餅米の蒸し作業を行うフランヴェル・ギーベリ(ib5897)は隣の部屋から洩れ聞こえてくる黄色い声に耳を傾ける。 「そろそろ次の餅米を水の中から揚げておきます」 赤封(ib6134)は裏の倉庫にいって水に浸けられていた餅米を笊にあけた。蒸す前の一時間前に水分を切っておくのが美味しい餅の秘訣である。 裏の倉庫を訪れたのは奴延鳥(ib8449)と王輝風。杵や臼をもう一度綺麗に洗おうとしていた。 「んじゃァ、俺様ァ蒸しあがるまでにこっちの杵と臼を洗っとくな!」 「こっちは僕がやるね」 二人して桶に汲んできた水で杵と臼を綺麗に洗い流す。そして丁寧に布でふき取る。奴延鳥が着ている一式は王輝風から借りたものだ。泰国の長袍はなかなかに着心地が良かった。 客がいない店内ではお餅に絡めるタレを作っていた。 「これがあれば切りやすいよね」 「あたしはこっちを持っていきます」 月与と礼野は満腹屋備品のまな板と麺棒を用意してからタレ類の作成を始める。 月与は辛い丼用のルーを光奈にお願いして作ってもらっていた。それとチーズを始めとしたピザ用の材料を細かく刻む。 礼野は昨日から手をかけてきた甘い小豆餡の用意を終える。さらに鰹節の基本とした出汁を作り上げた。鏡子にはチョコレートを刻んでもらう。 辛い丼用の鍋をかき回す光奈の近くにいたのがフェンリエッタ(ib0018)である。 「これは私が一番好きな胡桃餅につかうのよ。砂糖や砂糖で味を調えて練り上げるのだけど。光奈さんもあとで食べてみてね」 「うわぁ、楽しみなのです☆ クルミ、たくさんいれて欲しいのですよ〜♪」 フェンリエッタはすりこぎを手にしてすり鉢で胡桃の実を磨っていた。光奈と並んで合わせるようにグルグルと回す。自然と笑みがこぼれた二人だ。 ルオウ(ia2445)は厨房の棚を覗き込んでは食材を探していた。 「やっぱ普通は醤油とか黄粉だよな」 まずは基本となるタレを卓に並べて必要量を小さな壺に移し替える。 「あ、昔、母ちゃんが枝豆をすりつぶしたのとかも作ってたなぁ。光奈姉ちゃんに聞いてみよ」 ルオウは辛い丼のタレ作りが一段落した光奈に枝豆はないかと相談する。 「季節的に枝豆はないですけど、乾物のひたし豆ならあるのです〜♪」 光奈は青大豆を乾燥させたひたし豆を戻し、すりつぶせば似たようなものが作れるはずだとルオウに答える。 ルオウと光奈は一緒に鮮やかな黄緑色をした半練り上のタレを作り上げた。地方によっては『ずんだ』と呼ばれている。餅に絡めれば『ずんだ餅』だ。もしかしたら合うかもと、そぉ〜すも準備しておくルオウである。 「えっと、フランヴェルさんがいっていた材料は――」 利穏(ia9760)は餅米を蒸しているフランヴェルに代わってタレの下ごしらえをしていた。メモを見ながらようやく食材が集まる。 主な食材はチョコレート。 満腹屋の鏡子が好きなので定期的に旅泰から仕入れているのが幸い。フランヴェルが来るまでに利穏はチョコを細かく包丁で刻んでおく。 「手間をかけてしまったね。さっそくチョコスプレッドを作ろう」 礼野と蒸し作業を交代したフランヴェルが利穏の元にやってきてタレ作りを始めた。昨晩のうちに試してあるので今日はそれを再現すればよかった。 李鳳、響鈴、美緒の三名は食器の準備に追われる。 「大分、賑やかになってきたわね」 外から聞こえてくる話し声に李鳳が窓へと振り向く。 「あ、わたしがいっています」 響鈴が向かおうとしたが美緒が先に動いた。ちなみ子猫のハッピーは礼野の猫又・小雪とコタツの中で寝ている最中だ。 戻ってきた美緒によればすでに二十名近くが集合しているという。まだまだ増えそうな気配もある。 「これは急がないといけませんですねー」 響鈴は張り切る。 太陽が昇り、餅つき大会はまもなくであった。 ●餅つき 早朝の満腹屋裏庭に並べられた五つの臼。 フェンリエッタと利穏、奴延鳥と鏡子、ルオウと光奈、フランヴェルと赤封、響鈴と王輝風が担当の前に立つ。 美緒と響鈴は餅つきの交代要員。礼野と月与は仕上がった餅を伸したり分けたりする係を担当する。 「そろそろいいですね」 「力仕事なら任せて。自信はある!」 赤封が頃合いを見て温めるために臼へ入れていたお湯を捨てた。フランヴェルもお湯に浸けられていた杵を引き上げる。 他の仲間達も同様にして準備を整えた。 「お任せしました。火傷しないように気をつけてください」 「熱いうちに搗いてね♪」 満腹屋の従業員達と一緒に礼野と月与が蒸されたばかりの餅米を蒸籠ごと運んできた。蒸籠ごとひっくり返すように餅米を臼の中へ入れてから布巾と簀の子を取り除く。 「まずはこうして押してね」 「これでいい?」 フェンリエッタは杵で押し潰すように餅米をこねた。子供達と一緒に杵を持って臼を中心にしてグルグルと回る。 「ちょっと待ってくださいね」 利穏は頃合いみて何度がひっくり返す。 「ウチのチビ共も連れて来りゃ良かったなァ」 「切り餅を作るからそれを持ち帰ってあげてくださいね」 奴延鳥と鏡子の組も湯気昇る餅米を押して潰していた。固める時間を考慮してまず最初に搗く餅はすべて伸し餅になるという。つきたての餅を振る舞うのは二回目以降だ。 「半分ぐらいは潰れたのでもう大丈夫なのです☆」 「ぃよーしっ! そろそろやるぜぃ! 皆も一斉にな!!」 頷く光奈にルオウが大きく杵を振り上げる。杵を持つ仲間全員が掲げると李鳳が大きく息を吸う。 「餅つき、始め!」 李鳳の一言で全員が振り下ろす。ぺったんぺったんと小気味よい音が響いた。 「初めてやったけど、結構な重労働だね」 王輝風は杵を強く握り、李鳳の返しに合わせて餅を搗く。希望する客と交代しては餅つきは続いた。 「ぺったん、ぺったん、いい音♪」 フェンリエッタは杵の重さに任せて搗いた。ある程度まで仕上げると返し役の利穏と交代する。 「はい、みんなで順番にしましょうね」 利穏は杵を支えてあげなら小さな男の子達に餅を搗かせてあげた。 「うォっとっと危ねェッ! ‥‥大丈夫か? 怪我ァ無ェか?」 奴延鳥と一緒に搗いていた女の子がちょっと腰砕けになったが問題はない。女の子は笑顔で奴延鳥を見上げる。そんな様子を見て返し役の鏡子も思わず微笑んだ。 「よし、その調子だ!」 「ほ〜い♪」 ルオウと光奈も役を代わって餅を搗く。 光奈が杵を振るってぺったんぺったん。ルオウが軽く水をつけた手で臼の中の餅をひっくり返す。代わっていた時間は五分程度であったが光奈は餅を搗けたことに満足したようである。 「ボクの手をつかないでね? ハハッ」 「任せてください。これまでと同じように呼吸を合わせましょう」 フランヴェルは優しい眼差しで赤封に声をかけながら杵を手渡す。交代したフランヴェルが臼の中の餅をひっくり返すと赤封が搗いた。 大体が搗き終わったところで力のない老人や子供にもやらせてあげる。特に子供は思いがけないタイミングで杵を振り下ろすので返し役はスリリングである。 「疲れたわ」 「お願いするね」 響鈴と王輝風は響鈴、美緒と交代。 「お、重たいのですー」 「せ、センパイ!」 しかし杵を持った響鈴が重たくて腰をふらつかせる。少しだけ響鈴が搗いて後は返し役の美緒と交代した。小柄な美緒だが志体持ちだけあって力強く杵を振るう。 そんな様子を屋根の上で眺めていた猫又・小雪と子猫のハッピーはにゃーにゃーと楽しそうである。 「急ぎます」 「この麺棒でっと」 搗きたての餅は礼野と月与によって素早く伸されて板状に。固まるには約半日の冷却、乾燥時間が必要。食べるのは暫しの我慢である。 わずかな休憩をおいて新たな餅米が蒸籠ごと運ばれてくる。再び、餅つきの音が満腹屋の裏庭で響くのであった。 ●至福の時 搗きたての餅は柔らかいので黄粉をかけたり海苔で巻いて頂いた。 開拓者達が用意したタレは伸し餅が仕上がってからが本番である。一回目に搗いた全部と二回目の半分が伸し餅にされていた。 刃物の扱いは任せてくれとルオウ、利穏、フェンリエッタ、月与、フランヴェルが見事な包丁捌きで伸し餅を斬り分けてくれる。 これまでは餅つきの場所から少し離れたところの焚き火で暖をとっていたが、ここからは火鉢の出番。一定の人数で火鉢を囲み、金網で餅を焼いた。 様々な味が楽しめるよう満腹屋や昇徳商会の面々、そして開拓者達が作ったタレが野外に用意された卓に並ぶ。 「わくわくするわね」 「早く焼けないかな〜♪」 李鳳と光奈がそれぞれの火鉢の前で餅をひっくり返す。すでにタレの準備は用意万端。いつでも来いといった体勢だ。 「もうすぐ、もうすぐなのですー」 「火を強くしたいところだけど、そうするとまっくろになっちまうからな」 響鈴とルオウも同じように炭火で餅を焼いていた。その他の仲間は皿を前にして待機状態である。 「では膨らみかけたこちらから」 礼野は餅に醤油とみりんを合わせたタレをハケで塗る。さらに塩昆布と茹でた大豆、チーズを乗せて頃合いまで焼き続けた。チーズが溶けたら青紫蘇の千切りをのせて出来上がり。 「これ美味しいね♪」 月与は礼野が作った餅をあっという間に食べてしまう。月与もまた最初に作ったのはチーズ入り。しかしひと味もふた味も違っていた。 「この刺激的な香り‥‥辛い丼のルーが入っていてとっても美味しいです」 「まゆちゃんに誉められると照れちゃうな♪」 礼野が月与の作った餅を食べて感想をもらす。月与のものはチーズに加えて香辛料たっぷりの辛い丼用のタレが使われていた。餅のとろみと相まって何ともいえない風味を醸し出している。 その他にも礼野は餅の上に白髪葱、人参の千切り、水菜を添えてカツオ出汁と醤油とみりんの出汁に浸した揚げ出し餅も用意する。好みで使う大根おろしと生姜も用意してあった。チョコレートを利用した汁粉風のものもある。餅が冷めない間に作ったあんころ餅もあった。 月与は餅に醤油を塗って刻み葱と海苔、鰹節をのせて焼いたネギ餅ピザもどきも用意する。海苔で巻いて持ちやすくなるように工夫も凝らしてある。切り餅をさらに賽の目に切ったお好み焼きも作ってみた。 礼野と月与は何度か作り方を客の前で披露して各自作れるように手助けをする。 「餅は喉に詰まらせると大変なので」 礼野は猫又・小雪と子猫のハッピー用に焼き魚を用意していた。残り物であったが正月らしく豪華な鯛。骨もちゃんと取り除いてあった。 「なんか思い出すよな‥‥」 ルオウはずんだ餅を頬張りながら昔を思い出し空を見上げる。 「あ、まじぃぞ」 そぉ〜すが焦げる香りで気が付いて網から餅を皿に移す。ルオウは光奈と半分っこにして食べてみた。食感こそ少々違うものの、そぉ〜す煎餅に似ているとの意見で一致する。 「これがチョコスプレッド‥‥」 利穏はフランヴェルが用意したチョコスプレッドを焼いた餅につけて食べてみた。柔らかい餅の中身とチョコの甘いとろみが重なって素晴らしい味である。 「これ、美味しいから食べてみない?」 「‥‥本当、すごく美味しいよ!」 利穏は近くにいた女の子にチョコスプレッドを勧めてみる。すると女の子は他の子供達にも教え始めた。 「さあ、こちらにたくさん用意したからね」 察知していたのかフランヴェルは子供達へと皿を差し出した。皿には程良い大きさに切った焼き餅にチョコスプレッドをかけたものがのっていた。瞬く間に皿は綺麗に。 別の皿にはチョコを餅の中に閉じこめた大福のようなものもあった。こちらは焼くと中のチョコも融けてさらなるうまさが引き出される寸法だ。 「仲良くしているようですね」 利穏は猫又・小雪と子猫のハッピーの側で中腰になる。美緒も近くにいたので聞いてみると猫嫌いはまだ少しだけ残っているようだ。 「きっと大丈夫。仲良くなれるからね」 そういって利穏はハッピーの頭を撫でてあげた。 「胡桃の食感と熱々の餅がなんともいえないのです〜♪」 「こちらもありますよ。ゆず味噌と黄粉をあえたもの。苺ジャムもかけてみるのも」 フェンリエッタと光奈は一緒にお餅を食べていた。 満腹屋の料理人が用意したお雑煮は魚醤油仕立て。具は餅の他に大根や人参、白身魚が入っている。 「泰国ではどうなのです?」 フェンリエッタは王輝風に泰国の新年の様子を聞いてみる。地方によって違うものの、とりわけ特別なことはやらないようである。ただ天儀本島の影響で新年を祝う場所も増えてきたようだ。 「儲け話には耳聡いからね」 旅泰としては天儀の正月を商売のネタと位置づけていた。 「これ食べてみて欲しいのですよ〜。疲れが吹き飛ぶのです☆」 光奈は卓の前でタレを選んでいる赤封を見つけるとお皿をもって駆け寄る。 「これは‥‥蜂蜜ですね」 赤封が光奈に勧められて食べたのは蜂蜜をたっぷりかけた餅。蜂蜜は湯煎で温められてあるので焼き餅の熱々を邪魔しない。蜂蜜の甘みが程良く引き出されていた。 「片づけ、助かったのです〜♪」 光奈はぺこりと頭を下げる。 赤封を含めた開拓者達によって杵や臼の道具類はすでに片づけ済み。しばらくは餅を楽しむのみだ。 「はい、どうぞ。みなさんに作って頂いたタレも何種類かは壺にいれてありますのでご家族で召し上がってくださいね」 「悪ィな。なんせこんな美味ェ餅ァ始めて食ったからな! 家の兄弟姉妹にも食わしてやりてェんだ」 鏡子から奴延鳥が木箱を受け取る。その中には今回搗かれた切り餅がたくさん詰まっていた。 (「ちゃん持ち帰るからなァ」) 奴延鳥はとろけたチーズがのった餅を食べながら想像する。兄弟姉妹がこの餅を食べて喜ぶ姿を。 希望する他の仲間達にも餅の土産は用意されている。ただあまり日持ちしないので早めに食べてもらいたいとの一言が添えられるであろう。 餅つき大会は好評のうちに終わる。 昇徳商会の面々はもう一晩泊まって光奈や鏡子、開拓者達と交流を深めるのであった。 |