|
■オープニング本文 朱藩の首都、安州。 海岸線に面するこの街には飛空船の駐屯基地がある。 開国と同時期に飛空船駐屯地が建設された事により、国外との往来が爆発的に増えた。それはまだ留まる事を知らず、日々多くの旅人が安州を訪れる。 そんな安州に一階が飯処、二階が宿屋になっている『満腹屋』はあった。 「光奈さん、光奈さん、ようやくですわ」 午後の満腹屋、一階の飯処。買い物から戻ってきた鏡子は興奮気味だった。さっそく遅い昼食をとっていた光奈へと近づく。 「ついに手に入れましたの。ほら、こちらとこちら」 「うわぁ〜おおきいのです〜♪」 鏡子が持っていた籠二つにそれぞれ収まっていたのがチーズの塊。一つずつ光奈の頭よりも確実に大きなものだ。 鏡子はチーズフォンデュというジルベリアの料理をお腹一杯に食べたいと願っていた。先月、葡萄踏みをした際に試食として一口だけ食べる機会があった時からずっと募っていたのである。 白ワインとチーズを熱で融かし、それに様々な食材を潜らせてから頂くのがチーズフォンデュ。 フォンデュに適したチーズを安州内で探したものの、これまで少量しか手に入らなかった。ピザ用のものが代わりに使えるものの、そこは拘りがある。ようやく適したチーズが取り寄せられて鏡子はご満悦だ。 「普通はパンや温野菜、ソーセージにからめて頂くようね」 「おいしそうなのです〜。寒い今時期にはぴったりなのですよ☆」 鏡子と光奈は相談し開拓者も招くことにした。 これまでもピザなどのチーズ料理には親しんできた智塚姉妹であったが、チーズフォンデュを作るのは初めてなので勝手がわからない。それにジルベリア風鍋として店のお品書きにするには天儀風に少々の改良が必要だと考えていた。 よい改良案を開拓者達に期待する智塚姉妹であった。 |
■参加者一覧
葛切 カズラ(ia0725)
26歳・女・陰
礼野 真夢紀(ia1144)
10歳・女・巫
利穏(ia9760)
14歳・男・陰
十野間 月与(ib0343)
22歳・女・サ
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔
セフィール・アズブラウ(ib6196)
16歳・女・砲 |
■リプレイ本文 ●相談と食材探し 昼下がりの満腹屋。 「よろしくなのですよ〜♪ 鏡子お姉ちゃんもすぐに来るのです☆」 智塚光奈は急いで二階への階段を駆け上ると襖を開けて開拓者達に挨拶する。 場の一同が囲む卓の中央にはチーズフォンデュ用の食材が置かれていた。特に二つの大きなチーズの存在感は凄まじかった。 「チーズフォンデュと言えば、ジルベリアの伝統的な家庭料理ですね。それにしても本当に、このチーズって大きいんですね」 利穏(ia9760)はチーズの片方を両手で持ち上げてみた。離れているとはいえ、完全に正面にいる光奈の顔が隠れる程の大きさだ。ずらしてみるとにっこり光奈の顔が現れる。 「そのままで大丈夫な人もいると思うのですけど、やっぱり天儀風にするべきかな? と思うのですよ〜♪」 光奈は改めて依頼の主旨を説明した。出来れば満腹屋における冬の人気料理の一つにしたいと。 「何を持ってして天儀風とするか? その辺りを追求しだすとキリが無いので私はシンプルに考えることにしましょか」 葛切 カズラ(ia0725)はすでに考えてきたようである。必要だと思われる食材を紙に書き出してあった。 「お待たせしましたわ」 そうこうしているうちに鏡子もやってくる。盆に乗せて運んできたのは湯気立つ小柄な鍋と食材が盛りつけられた皿。まずはジルベリアの伝統的なチーズフォンデュである。セフィール・アズブラウ(ib6196)から教えてもらった通りに作ったものだ。 火鉢の上で鍋を温めながら、さっそく一同で試食した。 「たしかに此方向けに、調整はいると思います。馴染み無い味というのは忌避されがちなので」 セフィールは串刺しのソーセージを鍋のチーズに潜らせて一口頂いてから発言する。以前、本場そのままのボルシチを作って受け入れられ難かった経験を思い出しながら。 「あたし、チーズフォンデュ大好き!」 リィムナ・ピサレット(ib5201)はジャガイモに続いて茹でたサツマイモにチーズを絡めてふーふーしながら食べた。 リィムナの思い出のチーズフォンデュは姉が作ってくれた白葡萄酒の代わりに牛乳を用いたもの。白葡萄酒入りでは天儀の子供に早いのではないかと考えるリィムナだ。 「やっぱり白ワインを使うのは子供が食べるのかにどうかなと。加えるものを試してみましょうか」 礼野 真夢紀(ia1144)もリィムナと似た意見を持っていた。一口、チーズに浸けたパンを頂いてから呟いた。 「パンの代わりにお餅っていうのも良さそうだね。一寸大きめの賽の目切りにしたのと、薄く板状に切ったものを試してみるといいかな?」 十野間 月与(ib0343)もパンをチーズに潜らせてから食べてみる。他にもいろいろと案が浮かぶ月与である。街の人達が手を出しやすいようにして、天儀において料理としての垣根を低くすべく頑張ろうと心の中で誓う。 「わたしは葡萄酒のチーズフォンデュが好きっぽいのです☆」 「光奈さんったら」 相変わらず美味しそうに食べると光奈を見て思う鏡子だ。 鏡子もとろけたチーズが絡むパンを口にする。堅めのパンの方がチーズが染み込んで程良くなると聞いていたが、その通りであった。 暫しの間、それぞれが考えるチーズフォンデュが語り合われる。まずは食材集めということになって全員で街中へと繰り出した。 「こちらとこちらを頂けますか?」 葛切は肉屋で朝引きの鶏がらを購入する。さらに野菜を扱う市で長葱、生姜、大蒜、月桂樹を購入。お酒などの味を調える調味料は満腹屋のものを借りるつもりだ。 「鍋の内側にこすりつけて香りをだすためには大蒜が必要ですね」 利穏はその他に季節の野菜を大量に購入した。人参やカボチャなどなど。 海鮮も美味しいと考えて魚の市でイカやタコ、それにヒラメなどの白身魚も手に入れた。 「これ美味しそう! きっと合うと思うよ!」 リィムナは店先で辛子明太子が並んだ木箱を手にとって喜んだ。光奈にお願いして様々な麺類の手配をしてもらっている。竹を扱う店で食材を固定する為の変わり串も注文済みだ。明日には出来上がるとの話であった。 「やはり出来立てとかが美味しいですね」 メイド服姿のセフィールは肉屋でソーセージの材料の豚の肉と皮を買い求めた。その他にも胡椒などの香辛料も手に入れて満腹屋の炊事場を借りて手作りのソーセージを作るつもりである。簡単な薫製は裏庭でやることになるだろう。 礼野と月与は二人して台車を押しながらの買い物である。買い求めた食材を次々と載せてゆく。 「白ワイン代わりにいろいろと試してみましょ。鰹出汁に昆布出汁は満腹屋でお借りするとして豆乳も面白いと思うんです。甘藍と玉葱と人参をみじん切りにして煮込んで野菜スープもどうかな?」 「まゆちゃんがそっちを頑張るなら、あたいはワインの方に力を傾けてみるね。チーズに軽く醤油を垂らしたらどうかなって」 たくさんの食材を買い求めた礼野と月与だ。すべてを持ちきれずに光奈と鏡子にも手伝ってもらった。 初日は試作探求に費やされる。味や量の調整、またやり直しなど創意工夫が凝らされるのだった。 ●試食の日 その一 葛切 満腹では正しく判断できないということで葛切、利穏、セフィールが作ったチーズフォンデュは二日目に試食が予定される。三日目は礼野、月与、リィムナだ。 とはいえ、そうした一番の理由は智塚姉妹が様々なチーズフォンデュを味わいたいからだ。 最初は葛切。朝からチーズフォンデュとはみんな元気だと笑いながら食事が始まる。 「さあ、出来上がりました。頂きましょか」 葛切が用意した鍋に串刺しにされた食材が順に潜ってゆく。穏やかな炭火で熱さが保たれた融けたチーズの香りはそれだけで食欲をそそった。 光奈が思わず唾を呑み込だのをはしたないといさめようとした鏡子も思わず喉を鳴らす。姉妹で顔を見合わせて照れ笑った。 「仰っていた通り、鶏がら仕立てですね」 礼野がバンに絡めたチーズを味見する。白葡萄酒の代わりに鶏がらスープが使われており、濃いめの風味が感じられた。 「鶏なら天儀でも鍋に使われているから、みんな好きだよね♪」 月与はジャガイモにつけて頂く。基本的な食材の他にニョッキやベーコンも用意されていた。 一通り食べ終わると葛切は別に用意していた鶏がらスープを加える。チーズのとろみを薄めたのである。 そして饂飩を入れ、醤油をわずかに足して暫し煮込んだ。最後に細かく切ったベーコンを散らして完成である。 「食べ終わったって気分になるわね」 鏡子はとても気に入った様子でさっと食べてしまう。 「気に入ってもらえたようで」 「どのくらいの分量なのです?」 葛切から智塚姉妹は調理方法を詳しく教えてもらった。忘れないようにすぐに書き記しておくのだった。 ●利穏 「さあ、召し上がってくださいね。僕のシーフードフォンデュです」 書き入れ時が終わった後、智塚姉妹がくるのを待っての遅い昼食の始まり。利穏がチーズフォンデュの鍋を運んできた。 野菜ごろごろフォンデュやお子様フォンデュも検討した利穏だが、ここはシーフードフォンデュ一本に絞ったのである。 「こちらはタコですね。天儀ではよく食べると聞き及んでいましたが――」 満腹屋にはそぉ〜すタコ焼きもある。セフィールはソースだけでなくチーズにも合うものだと心の中で呟いた。 「イカもおいしいね! でも奥に隠れているこの味はなんだろ?」 リィムナはあれでもないこれでもないと隠し味を探求する。 当たらずとも遠からず。利穏が白葡萄酒の代わりに使ったのは鰹節の出汁。他にもわずかなながら醤油や天儀酒も加えられていた。 「つくね、美味しいのです☆」 光奈は鶏肉のつくねをチーズに潜らせて立て続けに頬張る。サツマイモやレンコン、カボチャなどどれもとても美味しい。 「図書館で調べた甲斐がありました。さあ、最後は白身魚にチーズをかけて召し上がってくださいね。これこそがシーフードフォンデュの醍醐味です」 利穏によって新たな皿が各人の前に置かれる。 のっていたのは焼かれたヒラメ。鍋の中に潜らせるには大きすぎるので、チーズをかけて食べてもらう。 「あつあつチーズが美味しいよ!」 「これはなかなかのものですね」 焼きヒラメのチーズがけは、特にジルベリア出身のリィムナとセフィールが気に入ったようだ。鏡子も熱心に味を確かめる。 いつのまにか鍋の中のチーズはすべてかけられてなくなっていた。 ●セフィール 「基本のチーズフォンデュは鏡子様の手によって試食の機会を得られましたので、改良案を容易させて頂きました」 夕食に出されたのはセフィールの特製チーズフォンデュ。皿に並ぶ茹でソーセージは塩気控えめの保存よりも味を優先したセフィールの手作りである。 「大変熱いので、お気をつけてください。火傷しますよ」 セフィールの準備がすべて整う。 味は食べてからのお楽しみということで、一番最初に光奈が鍋のチーズにソーセージを潜らせて囓った。 「このコクは‥‥美味しいのです☆ 懐かしい味がするのですよ〜♪」 光奈はもう一本と新たに串へとソーセージを刺す。鏡子も光奈に続いて二本目。こういう時の仕草は姉妹でとても似ていた。 「お味噌が入っているね。もしかして白味噌かな?」 月与が食材を想像するとセフィールが正解だと頷いた。 「もう一つ入っているようです‥‥。きっと酒粕ですね」 礼野も大正解である。 目を瞑って味わい、光奈も自らの舌で確認する。天儀の鍋によく使われる味噌や酒粕がこれほどチーズと合うとは考えていなかった。鏡子も同じようでひたすら感心していた。 「同じチーズを溶かして使うということで」 セフィールは炭火で熱くさせた鉄棒を近づけてチーズの表面を融かす。それを削ぎ取って皿に盛る。 「これは贅沢ですね」 「パンにつけて頂くと一層美味しいですね」 利穏と葛切は熱々のチーズがのせられたパンを頬張るのだった。 ●試食の日 その二 礼野 三日目の朝食は礼野の番である。 夜明け前から月与が手伝ってくれて準備が整う。何人かの開拓者はチーズの香りに気づいて目を覚ました。 「いろいろとチーズに合うのを試してみたんです。そのうちの豆乳のと、野菜スープの二種類を用意しました」 二つの鍋から立ちのぼる湯気の向こうで礼野はにこやかである。ちなみにチーズはピザ用の種類も多く使われていた。よりクセを少なくするための配慮だ。 「最初から串にいろいろと刺さっているんですね」 利穏が手に取った串にはウズラの卵や海老が順に並んでいた。串カツから発想したと礼野は説明する。 「こっちは手羽先、そのまんまなのですよ♪」 光奈は鶏・手羽先の骨を掴んで鍋のチーズを絡めてみた。好みに応じて青シソや梅肉も皿に置かれていた。 「キャベツにくるまっているのはつくね? それにこの歯ごたえ‥‥」 鏡子が食べたつくねのキャベツ巻きには蓮根が細かく刻んで入れられている。噛む度に心地よい歯ごたえが返ってきた。 あっという間に大皿六枚に並んでいた串はなくなった。 好みに合わせて二種類のチーズフォンデュ鍋が用意されていたおかげもある。光奈は豆乳の方、鏡子は野菜スープの方が気に入ったようだ。 「御飯を入れれば、と」 礼野はチーズリゾット風にするべく御飯を鍋にいれる。シメジなどのクセのない茸を足して火を通すと出来上がり。 「今日も一日、頑張るのですよ☆」 「そうね♪」 智塚姉妹も最後のシメとして一杯頂く。全員が元気いっぱい、お腹いっぱいになるのだった。 ●月与 三日目の昼食担当は月与だ。礼野が手伝ってくれたおかげで準備が早く終わる。 二日目と同じく書き入れ時が終わった智塚姉妹を待っての遅い昼食が始まった。 「パンはわざと外したよ。代わりに用意したのがこれ。まゆちゃんも、とってもいいっていってくれたの♪」 月与が持つ皿に並んでいたのは餅。賽の目切りにされて焼かれてあった。 「これは美味しそうね」 葛切はさっそく串に餅を刺して鍋の中へと潜らせる。チーズの合わせには白葡萄酒ではなく天儀酒が使われていた。さらに奥の方に馴染みの味がある。口蓋で探ってみると醤油に辿り着いた。 「こちらもどうぞ♪」 「これは‥‥泰国料理の餃子なのですよ♪」 光奈が食べたのは野菜の具たっぷりの餃子。チーズがかかるとより美味しい。両隣のリィムナとセフィールにお勧めする光奈だ。 「これは‥‥?」 茹でたサツマイモやジャガイモの他にも焼きおにぎりが置いてあった。チーズをかけて食べてみると意外な組み合わせなのに美味しくて驚く利穏だ。 「お餅、とてもチーズと合うわ。外のカリカリ感と中のトロトロ感がとくに」 「あたしもそう思います。以前お好み焼きでチーズとお餅の合わさったのが好評だった事ありますし」 鏡子と礼野は月与のチーズフォンデュの感想を伸べ合いながら楽しい時間を過ごす。 「うむ〜‥‥ただの天儀酒ではないですよね?」 「さすが、光奈さん」 光奈は月与に使用した天儀酒の銘柄を訊ねる。たくさん試した中で一番よかった武天産の天儀酒を使ったとのこと。蔵元の名前をちゃんと覚えておく光奈であった。 ●リィムナ そして最後。三日目の夕食に頂いたのがリィムナ特製のチーズフォンデュである。 「ワインの代わりに牛乳を使ったから子供でも食べられるよ!」 リィムナは嬉しそうに一つずつ手にとって説明する。 麩を始めとして食材は変わったものが多かった。茹でた海老は普通だが寿司までもある。もっとも寿司を鍋に潜らせるのは難しいのでチーズをかけて頂く形だ。 それらの中でも一番の主役が饂飩。様々な麺類の中でリィムナは饂飩を選んでいた。 葛切がシメで使った饂飩よりも細く、すでに熱が通っている。先が割れた竹製の特製串でくるくると絡めて鍋に潜らす寸法になっていた。 「厚焼き卵のお寿司にチーズはとっても合うわね」 鏡子は頬を左手で押さえる。 「なるほどなのですよ〜♪」 特製串で巻いた饂飩をチーズの海に潜らせて光奈が頬張った。シンプルだからこそ飽きが来ず、また熱々のチーズの味を直接味わうことが出来ると高評価する。 「つけ麺的に独立してあっても面白そうね」 「なのですよ♪」 智塚姉妹はチーズが絡まる饂飩を同時に頂いて頷いた。 最後の締めとしてリィムナも御飯を入れての雑炊を用意する。食材の中に含まれていた辛子明太子をほぐして雑炊にも加える。 「ほんのりとした辛味が合いますね」 セフィールも気に入ってくれたようである。 ●そして 四日目。様々な案を出してもらって智塚姉妹はとても満足していた。組み合わせの再構築をしなければならないが、どれも捨てがたいと悩む日々が続きそうだ。 チーズ三昧だったので智塚姉妹は満腹屋の他の料理で持てなす。そして真夜中、精霊門の出入り口まで開拓者達を見送るのだった。 |