新人『美緒』 〜鳳〜
マスター名:天田洋介
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/12/03 23:19



■オープニング本文

 泰国は飛空船による物流が盛んである。
 その中心となっているのが旅泰と呼ばれる広域商人の存在。
 必要としている者に珍しい品や食料を運んで利益を得ている人々だ。時に天儀本島の土地にも根ざし、旅泰の町を作る事もあった。
 当然の事ながら泰国の首都『朱春』周辺にもたくさんの旅泰が住んでいた。昇徳商会の若き女社長の李鳳もその中の一人である。


「新人が来るって本当なのですか!」
「長く待たせたけど響鈴がいない昨日に面接してね。まずは見習いとしてさっそく来てもらうことにしたわ。響鈴と一緒に浮雲に乗ってもらうつもりよ」
 朱春近郊飛空船基地のボロ格納庫。若き女社長『李鳳』と社員の猫族娘『響鈴』は一緒に朝食をとっていた。
 食べ終わった頃、来訪者が鳴らす出入り口用扉近くの鐘音が事務室まで届いた。
「あれ?」
 今日からの新人だと思って出入り口まで駆けてきた響鈴が辺りを見回す。しかし誰もいなかった。
「昇徳商会の方ですね。美緒と申します。よろしくお願いします」
「はっ?」
 どこからか声だけが聞こえて響鈴は背筋を震わせて驚く。隈無く探してようやく樽の向こう側に人がいるのを知る。
 響鈴が気づかないのも無理もない。普通の背丈の者が隠れられるほどの大きさの樽ではなかったからだ。
 樽に向こう側で立っていたのは女の子。歳を訊ねると十二と答える。短髪の赤毛。顔立ちはしっかりとした印象。背は百二十センチも満たなかった。
「美緒は響鈴の部下だからよろしくね」
 遅れてやってきた李鳳があらためて美緒を響鈴に紹介する。
「あ、あの‥‥この商売は飛空船を動かすだけでなく、重たいものを運んだりするのです――」
 とても言いづらかった響鈴だが、ここはちゃんとしておくべきだとしてはっきりと考えを口にする。
「そのことから話すべきだったか。美緒、そこのを持ってみて」
「はい」
 李鳳にいわれた巨大な重い木箱を美緒が軽々と持ち上げる。美緒は子供だが志体持ちであった。
「よろしくお願いします。響鈴センパイ」
「こちらこそよろしくお願いしますー」
 響鈴が美緒と握手を交わすと微かに震えていた。
 李鳳から次の仕事内容が説明される。天儀本島への輸出用に泰国内で鰹節を作っている漁村がある。その村から鰹節を買い取ってくるのが今回の仕事だ。
 鰹節はボロ倉庫横の問屋倉庫で保管されて順次出荷される手筈になっていた。今回はその前段階にあたる。
「鰹節!」
 響鈴が足下に寄ってきた黒子猫のハッピーを抱きかかえて喜んでいると美緒が顔を引きつらせた。
「!」
 ハッピーが『ニャ〜♪』と鳴くと美緒が一目散に逃げ出す。不思議に思った響鈴と李鳳が追いかけて事情を聞くと意外な言葉が返ってくる。
「じ、実は――」
 美緒は大の猫好きだった。しかし約一年前に顔中を爪で引っかかれてからというもの、猫を見ると身体が拒否反応を示すようになってしまったという。触るなどもってのほかでらしい。
 猫族の響鈴にも抵抗はあったのだが人だから恐怖は抑えられた。しかし子猫とはいえ本物ではそうはいかなかったようだ。
(「ハッピーと仲良くなって欲しいのですー。わたしとも我慢せず接してもらいたいのですよ」)
 初めての部下にそう願う響鈴であった。


■参加者一覧
天津疾也(ia0019
20歳・男・志
滝月 玲(ia1409
19歳・男・シ
壬護 蒼樹(ib0423
29歳・男・志
リィムナ・ピサレット(ib5201
10歳・女・魔
リーゼロッテ・ヴェルト(ib5386
14歳・女・陰
羽紫 稚空(ib6914
18歳・男・志
黒崎 大地(ib7854
18歳・男・サ
神龍 氷魔 (ib8045
17歳・男・泰


■リプレイ本文

●ハッピーと美緒
 ふわふわと浮かんで飛ぶ中型商用飛空船『浮雲』。地上十五から二十メートルの高度を保ちながら目的の漁村を目指す。
「浮雲はいつでも安全運転なのですー」
 船長帽子を被った響鈴は操縦室にて操船中。
「これで‥‥よし」
 見習いの美緒は宝珠が設置された機関室で点検に汗を流した。終わって操縦室へ戻るために船倉内を通過している最中。
「えっ‥‥!」
 物影から飛び出してきた黒い子猫のハッピーと鉢合わせる。
 ニャーと鳴くハッピー。
 ハッピーとにらめっこになった美緒の顔が段々と青ざめてゆく。壁に背を這わせてハッピーを避け、じりじりと移動してようやく向こう側に辿り着くと走り去る。
 船倉の確認をしていた開拓者達はそんな一人と一匹の出来事を遠くから眺めていた。
「ほんま、重度の猫嫌いやな」
「だなー。響鈴さんがいっていたこと、本当だったんだな」
 天津疾也(ia0019)と滝月 玲(ia1409)は見物するために登っていた支柱から床へと降りる。
「ハッピーちゃん、かわいいんだけどな!」
「顔中を爪で引っかかれたらしいわ。…私なら縊り殺すレベルよ、それ‥」
 リィムナ・ピサレット(ib5201)とリーゼロッテ・ヴェルト(ib5386)は出発前に響鈴がいっていたことを整理する。
 約一年前、美緒が友人の家で飼われていた猫に餌をあげようとしたところ飛びかかられて顔中を引っ掻かれたらしい。酷い有様で三日間、顔の腫れがひかなかったという。
 猫に似た外的特徴を持つ猫族の響鈴にも多少の抵抗があるようだ。先程も響鈴の猫耳が動く度に恐怖する美緒を開拓者の何名かが目撃している。
 護衛や荷運びとは別に美緒の猫嫌いを治してもらえないかと開拓者達は響鈴に頼まれていた。
「猫‥か。苦手な奴に限って懐かれたりするもんだが‥‥」
「やはり猫同士で任せんのが一番かもしれんな‥‥」
 神龍 氷魔 (ib8045)と黒崎 大地(ib7854)は二人して羽紫 稚空(ib6914)へと振り向いた。正確には羽紫稚空の傍らにいる猫又の白虎と合わせて。
「やっぱ、猫は猫同士‥だろ! 白虎、お前の演技にかかってる! 頼むぜ!!」
 羽紫稚空は猫又の白虎と作戦を練り始める。
 他の開拓者も各々に考えてきた策を実行するつもりでいた。
 一週間が予定されている鰹節を引き取る旅仕事は始まったばかりであった。

●猫同士
 猫又の白虎は大抵の時間、子猫のハッピーと一緒に過ごすことにした。羽紫稚空の願い通りハッピーに美緒と仲良くしてもらおうといろいろと苦労していたのである。
「お〜い、二匹ともどこ行きやがった!」
 羽紫稚空が船内を探していると人が入れない天井付近の隙間からにゃーにゃーと声が聞こえてくる。どうやら浮雲におけるハッピーの秘密特等席に猫又の白虎が招待されたようである。
「この様子なら猫の通訳、やれそうじゃないか。稚空の猫又、大人しそうだしな」
「餌をあげて慣らしていくのは最後の仕上げになりそうだな」
 いつの間にか羽紫稚空の側にいた神龍氷魔と黒崎大地も猫の鳴き声が聞こえる隙間を見上げていた。
「ゴハンの時間です。集まってくださいー」
 響鈴の声が伝声管によって船内に響き渡ると二匹が隙間から飛び出してくる。現金なものだと笑いながら羽紫稚空、黒崎大地、神龍氷魔も猫二匹と一緒に集合用の小部屋を訪れた。夕食は塩漬け肉がたくさん入った鍋であった。
 風が強いので今夜は着陸して過ごすことになっていた。日程には余裕があるので無理に急がなくても平気である。元々ゆっくりとしか飛べない浮雲故の計画といえた。
「は〜い。ハッピーちゃん、お膝だっこね!」
「じっとしててな。切りすぎはせんから安心してや」
 夕食が終わると、リィムナがハッピーを抱いている間に天津疾也がハッピーの爪を鋏で切りヤスリで研いでくれた。万が一にも誰かを引っ掻いても怪我しないように短めにして先を丸めておく。
 爪の手入れが終わったらハッピーはリィムナから滝月玲の胸元へと飛び移る。
「お前は可愛くて暖かいな〜」
 滝月玲はこれまでにも機会がある度にハッピーを抱きかかえていた。美緒が横目で見ているのを知ってハッピーに頬ずりをしてみる。ハッピーは怖くないといったアピールだ。
 その後、滝月玲は操縦室で響鈴の相談にのった。
「響鈴さん、よさそうな後輩だな」
「いい子なんです。でも‥‥」
「これから一緒に商売していくのに人間関係で我慢っていうのは大変すぎるからね。皆で新人教育、がんばってみるぜ」
「た、助かるのですー」
 旅の間に美緒がハッピーだけでなく響鈴にも抵抗がなくなるようやってみると滝月玲は自分の胸をどんと叩く。
 滝月玲と響鈴が話していた頃、ハッピーは寝台の上で就寝前のリーゼロッテと戯れていた。
「かわいいわねぇ、おひげも立派」
 今しばらくは余計なことをせずに美緒から見える場所で猫達とのスキンシップをはかるリーゼロッテだ。元々は猫好きだったのだから、眺めているうちに当時の気持ちを思い出すだろうと。
 翌日の休憩時間、リィムナが猫又の白虎、リーゼロッテがハッピーを肩に乗せて歌った。白虎は困った表情を浮かべながら諦めた様子である。
 美緒はしばらく遠巻きから眺めていたが、しばらくして姿を消した。押しつけると逆効果だと考えていた開拓者達はそっとしておいた。
 漁村へ到着するまでの三日間、開拓者達は『猫は怖くない』『かわいい』というのを美緒にアピールし続ける。
 夕食を食べ終わった後、一同の多くは小部屋に残ってゆっくりとした時間を過ごす。
「やっぱ好きなんやな。ほれほれ〜」
 天津疾也が猫じゃらしを揺らすとハッピーは大喜び。左右に振ると追って反復を繰り返す。なかなかの機敏な様子に滝月玲とリーゼロッテが感嘆の声をあげる。
「ハッピー、すげえな! 行け!!」
 滝月玲の声が届いたのかどうかはわからないが、軽々と跳んだハッピーが猫じゃらしをついに掴まえた。
「ハッピーちゃん、ほら♪」
 リィムナがお手玉を始めるとハッピーの目は釘付けになる。宙を舞うお手玉を追いかけてぐるぐると首と目玉を動かす。
「これぐらいだな」
 猫又の白虎がハッピーの限界を悟って背中をぽんぽんと叩いた。するとハッピーはふにゃっと仰向けに転がる。さすがに姿勢を保つのが得意な猫でも目が回ったようである。
「それじゃあ、いっしょに寝転がろうか!」
 リィムナはハッピーを抱きかかえると敷布のある床に仰向けになった。お腹の上に寝かしておいたハッピーが起きるとリィムナのほっぺたを舐める。
「ハッピー、みんなに遊んでもらって楽しそうなのですー」
 響鈴の一言に鳴いたハッピーはとても嬉しそうだ。
(「さすがにまだ無理っぽいわねぇ」)
 リーゼロッテは猫又の白虎とお話しながら美緒の様子を横目でちらりと眺めた。興味はあるようだが、まだまだ恐怖の方が勝っているようである。
 その日の就寝時、リーゼロッテは美緒に『猫に引っ掻かれそうになったら眠らせてあげるから』とそれだけを伝えて眠りに就くのだった。

●漁村
 四日目の早朝、浮雲は目的の漁村へと無事到達を果たす。
「こちらですねー。ではこちらの書類に署名をお願いしますー」
 響鈴が取引相手と書面のやり取りを行う。ある程度まで進むと積み込みの許可が下りた。
「こ、こちらの箱はだ、大丈夫です」
 美緒が倉の外に積まれていた木箱内の鰹節の確認を行うのだが、その態度はぎこちなかった。漁村にはたくさんの野良猫が住み着いていて視界のそこら中にたむろっていたからだ。
「こっちは俺に任しとき。その方がきっと早いで」
 天津疾也が木箱の確認を手伝う。同時に野良猫達の位置を心眼「集」で探りながら美緒に近づかないよう気遣った。
「これを片っ端から運べばいいんだな」
「闘いじゃないってのがなんか気が抜けるが‥まー、これも修業になるんだろうな」
 神龍氷魔と黒崎大地は二人で木箱を持ち上げて荷車へと載せる。
 重さからすると志体持ちの彼らからすればどうということはないのだが、木箱の大きさが問題であった。一人で抱えて運ぶにはあまりに大きかったのである。
「お〜い、お前もそんなとこで高み見物してねぇで手伝いやがれ!」
 浮雲の船倉に残っていた羽紫稚空がいくら叫んでも猫又の白虎は高みから降りてこなかった。ハッピーと相談しているようなのであきらめた羽紫稚空は一人で運ばれてきた木箱に縄をかけて固定していった。
「あたしたちはこっちのを運ぼう♪」
「それがいいわねぇ」
 リィムナとリーゼロッテも別の荷車を使って確認済みの木箱を浮雲へと運び入れる。
 ちなみにリィムナとリーゼロッテは天津疾也から美緒が周辺の猫を怖がっていると聞いてアムルリープを活用していた。通りすがりに多くの野良猫をまとめて眠らせておく。
 今の時点で美緒が野良猫達に囲まれるような事態になったら取り返しがつかなくなるのは明白だったからだ。
 滝月玲は眠る野良猫達を逆手にとって美緒への修練の一つにする。書面のやり取りが終わった響鈴と木箱の確認が終わった美緒と組んで木箱を運ぶ。
「それじゃあ頼むぜ!」
 滝月玲が荷車の取っ手を持って牽いて響鈴は後ろから押す。美緒は荷台に乗って木箱を押さえた。
 たくさんの野良猫が通り道の脇で気持ちよさそうに寝ていた。これなら美緒のリハビリに丁度よかった。
「あ、ちょっと待ってくれな」
 滝月玲が荷車を停めて行商のおばさんから買ってきたのが新鮮なお魚である。夕食用にとたくさんを買い付けた。
「美緒さん、縄をほどいておいて欲しいのですー」
「わかりました。響鈴センパイ」
 最初は野良猫に震えていた美緒だが段々と慣れてきて普通に話せるようになってくる。そんな二人を見て頷く滝月玲だ。
 鰹節が詰まった木箱の積み込みに要したのは三時間程。
 漁村に滞在するので残る本日の時間は自由行動となったが、美緒は浮雲に残ってハッピーと相対していた。正確には猫又の白虎が間に入ってのやり取りである。
 美緒が甲板の端ギリギリの位置に立ってハッピーは反対側。猫又の白虎はその中間といった辺り。猫又の白虎も怖かった美緒だが、言葉が通じる分普通の猫よりも我慢できた。
 開拓者達や響鈴は甲板近くの見張り窓からそっとやり取りを覗いていた。
「あの‥‥どうしても‥‥怖くて身体が震えてくるんです‥‥。ごめんなさい」
 美緒が話した内容を猫又の白虎が通訳してハッピーに伝える。ハッピーが鳴いた時はその逆だ。
「お前さんはやさしい目をしていると、そうハッピーはいっているな。普通の猫故の乏しい表現は想像力で補ってくれねぇか。まあ、つまりはハッピーは仲良くしたがってるってことだろ」
 猫又の白虎は丁寧に伝えてくれた。会話が続くうちに美緒の頬からポロリと涙が零れる。
 すぐに慣れるのは無理だが当分の間、そうなるためにハッピーの餌は美緒が用意することとなる。約束として真ん中に猫又の白虎を介しての美緒とハッピーの指切りが行われた。
「んじゃ、今日は豪勢だぜ! なんてったってお魚尽くしだからな!」
 その日の夕食は滝月玲が買い求めてきた魚が使われる。調理の腕に覚えがある者達によってみごとに仕上がっていた。
 様々な魚介をたくさんいれてぐつぐつと煮込まれた味噌仕立ての鍋。それに響鈴が腕をふるったお刺身も。塩で味付けされた焼き魚もたくさん並ぶ。泰国生まれの猫族なのだが、料理に関しては天儀贔屓の響鈴だ。
「た、食べてください!」
 ハッピーと白虎の前に刺身を盛った皿を置いてさっと逃げ出す美緒だったが、まったく近づけなかったことから考えれば大きな一歩である。
「無理はしないでいいのですー」
「いえ、そんなことはありませんので」
 美緒は響鈴の隣の席に座った。やはり緊張でぎこちなかったが、場から突然離れることはなかった。最初は響鈴の猫耳が動く度に美緒もピクリと反応していたが、次第にそうではなくなってくる。
「これはブリなのですー。美緒さんも食べるのですよー」
 響鈴がとても嬉しそうなのは魚料理が美味しかっただけではなかった。美緒と仲良くなるきっかけが出来たことが何よりであった。

●そして
 長い空の旅を終えて、浮雲は朱春近郊の飛空船基地へと帰還する。さっそく鰹節の木箱をボロ格納庫横の問屋の建物へと運び入れた。
「これで最後か。思っていたよりも早く終わったな」
「船倉の中はすべてなくなっていた」
 神龍氷魔と黒崎大地が特に頑張ってくれたおかげですぐに片づけ終わる。黒崎大地はチョコレートを囓って栄養補給である。
 帰路の三日間に美緒の猫嫌いはさらに薄らいでいた。今日明日で完全に治るものではないが良い傾向なのは確かだ。後は時間が解決してくれそうであった。
「とっても助かったのですー♪」
「ありがとうございました!」
 響鈴と美緒は朱春の精霊門前まで開拓者達を見送る。響鈴の胸に抱かれたハッピーも一緒に。
 開拓者達は二人と一匹に別れの挨拶を返して精霊門へと消えてゆくのだった。