【PM】月道の在処
マスター名:天田洋介
シナリオ形態: ショート
EX
難易度: 難しい
参加人数: 7人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2011/11/11 18:48



■オープニング本文

※このシナリオはパンプキンマジック・シナリオです。オープニングは架空のものであり、DTSの世界観に一切影響を与えません。


 剣と魔法が織りなす世界『ジ・アース』。
 時代は中世。この世界に存在するパリの街はノルマン王国の首都である。
 ノルマン王国は広く、ドーバー海峡近くの北海に繋がる運河を通じて内陸部にブルッヘという造船の港町が存在した。
 セーヌ川に面する古き街ルーアンの領主『ラルフ・ヴェルナー』の立案によってブルッヘで新造帆船が建造される。
 ノルマン王国を護るブランシュ騎士団黒分隊長でもあるラルフは、残念ながら旅には同行出来なかった。
 ラルフの願いが託された幻のアトランティス大陸の技術が使われた新造帆船『ル・フュチュール』号は西へと旅立つ。ラルフが夢の中で見た月のエレメント・アルテイラの導きに従って。


 ついに新大陸の地を踏みしめたル・フュチュール号一同であったが、探検は困難を極めた。ル・フュチュール号の人員ではどう足掻いても調査しきれない想像を絶する広大なものであったからだ。
 上陸した海岸を拠点にして何度か調査は行われる。特に第一陣探検隊・二班によって発見されたテーブル・マウンテンは誰もが驚愕した。この世の景色とはとても思えず、神々しささえ感じた船乗りもいたという。
 原住民であるケンタウロスとの接触によって新植物の種子などの採取は順調に進んでいた。
 ひとまず飢える心配はなくなった一同であるが、今後どのようにするのかは意見が分かれた。激しい討論の末、やがて意見は集約される。
 最後に残ったのはわずかな人員を船に残して大陸奥へと探検する案と、ル・フュチュール号で大陸の海岸線を辿る案の二つだ。
 船長が十票、副船長が五票、その他の船員は一人一票として採決が行われた結果、ル・フュチュール号で大陸の海岸線を辿る案が選ばれた。
 ル・フュチュール号は進路を西に向け、大陸を左側に望みながら航海を再開する。進路は自然に西から北へと変化していった。
「あれは‥‥人工物かな?」
 マストの上で海岸線を観察していた少年『ベリムート・シャイエ』は、砂浜に奇妙な物体を発見する。何人かの船乗りが上陸して確かめるとそれは砂に埋もれかけた石像。
 この辺りに何かあると踏んだ船長は長期の上陸を決意。大規模な調査が再び行われるのであった。


■参加者一覧
カンタータ(ia0489
16歳・女・陰
アーシャ・エルダー(ib0054
20歳・女・騎
ハッド(ib0295
17歳・男・騎
シルフィリア・オーク(ib0350
32歳・女・騎
春陽(ib4353
24歳・男・巫
シーラ・シャトールノー(ib5285
17歳・女・騎
ジナイーダ・クルトィフ(ib5753
22歳・女・魔


■リプレイ本文

●再上陸
 波音が広がる早朝の砂浜。
 ル・フュチュール号から小舟で船員達が次々と上陸する。その中には元冒険者で構成された第一陣探検隊・二班が含まれていた。
 イギリス出身のハーフエルフ、カンタータ(ia0489)。
 ハーフエルフの騎士、アーシャ・エルダー(ib0054)。
 バアル3世を名乗るハッド(ib0295)。
 レンジャーのシルフィリア・オーク(ib0350)。
 春陽(ib4353)のもう一つの姿、桃代龍牙。
 シーラ・シャトールノー(ib5285)のもう一つの姿、ビザンツ教会のポーラ・モンテクッコリ。
 知識欲と好奇心が旺盛なジナイーダ・クルトィフ(ib5753)。
 今回の船旅を通じて騎士を目指す少年、ベリムート・シャイエ。
 第一陣探検隊・一班と二班はここで別行動となる。
 ジナイーダと桃代龍牙は砂に埋もれかかった石像に興味を抱いていた。仲間の手も借りて掘り返して確かめてみる。
 女性を模していた石像は水瓶らしきものを抱えていた。
「破損が酷いですね‥‥。像のモデルはケンタウロスのようですが」
「文字は刻まれていたかも知れないけど大半は読めないわね」
 壊れていた石像だが、それでもジナイーダと桃代龍牙はいくつかの情報を読みとる。
 どこかに運ぶ途中でトラブルにあったのか、何かしらの理由で運ばれてきたのかはわからない。ただ破壊前の石像は完成品であったようだ。また方角を示す印からして石像が向いていたのは北側。見上げる視線から想定すると北斗七星だと想像される。つまるところ、天文についてかなりの知識を持つ種族が製作したようだ。
 まずはざっと周囲の状況を知るために二班の者達は二枚の空飛ぶ絨緞に分かれて乗り込んだ。予備としてもう一枚、桃代龍牙が空飛ぶ絨緞を預かっている。
「いざ、この土地の歴史にも私達の名前を残しましょう。パリに運べる美味しいものが新たに手に入るといいのですけど」
「今から楽しみです。新しい食材を使った料理を考えておきたいです」
 空飛ぶ絨緞に乗った一組のアーシャとカンタータは上空から大地を見下ろす。ジナイーダは絨緞の操縦に集中していた。
 一組は人が住む集落の発見に注力する。
 しばらくして野原の直中にそれらしき場所を発見した。わざと遠くに着陸して身を隠しながら石造りの町に近づいてみる。
「誰もいないわね。捨てられて大分経っている感じのよう」
「こんなに立派なのに‥‥」
 ジナイーダとアーシャは白昼夢に囚われたような不思議な気分に陥った。
「どうやら町の周囲が野原だと思っていましたが違うようです。炭になった切り株の残骸がたくさん残っていますし、元は森だったのかも知れません」
 カンタータは森を焼いて畑にする農業をしていたのではないかと想像する。
 二組は一組よりも南方面を捜索していた。空飛ぶ絨緞を操っていたのは桃代龍牙である。
「見渡す限りのジャングルよの〜」
「でも森の木がどれも低いような気がする」
 ハッドとベリムートは落ちそうなぐらいに絨緞から身を乗り出して眼下を眺めていた。
「確かに緑に元気がありませんね」
 ポーラも森の様子が気にかかる。そこで拓けた場所に着陸して森を間近で観察することにした。
「倒れた木もたくさんあるぞよ〜」
 ハッドはリトルフライで飛び、テレスコープで遠くまでを細かに観察する。ただ人影や人家は発見出来なかった。
「妙ですね。普通はもう少し雑草ぐらい生えていても良さそうなのですが」
 桃代龍牙は着陸した拓けている土地が気にかかる。雑草が生えていない訳ではないのだが、殆どが剥きだしの赤い地面だった。
「俺もそう思うんだ。変だよね」
 ベリムートは桃代龍牙と一緒に首を傾げる。やがて二人は重要な事実に気がつく。それはここが拓けた土地ではなく、かつて巨大な水辺の跡であったのを。川の痕跡は発見できなかったので、おそらく地下から水が湧いていたようだ。
「この辺りは一度死滅仕掛けたようね。きっと水が足りないせいね」
 ポーラは周囲の草木が若いものばかりだったと二組の仲間に告げた。
 現在が渇水の時期かも知れないだがそれにしてもと二組の全員が疑問に感じるのだった。

●疑問
 探索を始めて三時間後。
 昼頃に浜辺へと再集結した第一陣探検隊・二班の面々は仕入れた情報をつき合わせる。
 総合するとこの辺りにかつて人が住んでいたのは確かのようだ。土地が痩せてしまってどこかに移住したと考えられるのだが、問題はどこに移り住んだのかである。
 渇水が原因とするのなら水が豊富な土地に移動したと想像出来る。川を探し出して上流へ遡ろうとも考えた。しかし不思議なことに肝心な川がまったく見つからなかった。
 海岸線付近の調査に関してはこれからも船上からの観察が行われるはずなので重要性は薄い。ならば森に覆われた内陸の最深部を目指すべきだと第一陣探検隊・二班の意見は一致する。
 地上からの攻撃があっても対処出来るよう最大の高さを維持した上で空飛ぶ絨緞二枚は飛行を続ける。操縦は交代で行われた。
 日が暮れてきて危険の少なそうな場所で野営を開始。見張りを交代しながら朝を迎える。
 状況に変化が起きたのは三日目の夕方のことである。
「この岩から水の音がするよ。ほら、ここに立つとわかるから」
 野営の準備中、シルフィリアが近くの岩に片耳を当てながら仲間達を呼んだ。
「うむ。我輩にも聞こえるぞよ」
「ご〜って鳴っているね」
 ハッドとベリムートが何故か非常に近い位置でにらみ合いながら岩に顔の側面を当てていた。
「よく見れば、この周辺の土にだけ湿り気があるわ」
「地下水脈があるのかも知れませんです」
 ジナイーダとカンタータは周辺に目を配る。
「大分弱っているとはいえこれだけの森が維持するのには大量の水が必要なので、不思議に感じていました。地下ではたくさんの水が流れているのでしょうね。ここはそういう土地でしたか」
 桃代龍牙はさっそく土地の高低差についての考察を始める。大まかな上流への指標となるからだ。
「ついでに水も補給しておきましょう〜♪」
「それはよい考えですね。道具をとってきますわ」
 アーシャとポーラは協力して岩に滴った水滴が集まるように工夫を凝らす。明朝には並べた瓶や器がいっぱいになっているはずである。
 この辺りの原住民もまたケンタウロスなのだろうかと話しながら第一陣探検隊・二班は焚き火を囲んだ。
 石像から考えてもまず間違いないと結論が出る。だとすれば自分達の姿こそがこの土地では異端である。注意して行動しようと改めて確認し合うのだった。

●接触
 第一陣探検隊・二班は得た手がかりによって捜索範囲を絞って行動する。空飛ぶ絨緞がなければ単なる移動でも大変なところであった。
 そして四日目の暮れなずむ頃。
「あれは‥‥泉ぞよ」
 ハッドが発見したのは岩場に囲まれた泉。二枚の空飛ぶ絨緞は泉から少し離れた森内に着陸する。そこから身を隠しながら泉まで移動した。
「綺麗な泉。だけど‥‥」
「そうだね。綺麗過ぎて怖い気も」
 アーシャとシルフィリアはエメラルド色に澄んだ泉を眺めて何故か背筋が寒くなる。顔を見合わせて互いに頷く。
「今のところこの近くに人はいない様子ね」
 ポーラは聴覚を駆使して周囲の状況を確認する。聞こえるのは仲間の声以外にはわずかな水音と鳥獣の鳴き声のみだ。
「足跡を見つけたら教えてもらえますか?」
 桃代龍牙は仲間に協力してもらって人の痕跡を探す。
「これがそうでは?」
「だね」
 カンタータとベリムートが岩場についた泥の足跡を発見して桃代龍牙に知らせる。想像通りケンタウロスの足跡のようだ。
「私もこんなものを見つけたわ」
 ジナイーダは文字が刻まれた岩の欠片を発見する。壊れた石像か建物の破片のようだった。以前に石碑を解読した経験によってジナイーダは足りない文字を想像して読み解く。欠片には雨の神への祈りが記されていた。神の名は『チャック』というらしい。
「こっちですね‥‥。水汲みのように常に使われているようには思えませんが、かといって滅多に立ち寄らない土地でもなさそうなのですが――」
 桃代龍牙が木の棒を片手にして枯れ葉などを退けながら足跡を辿る。仲間も周囲を警戒しながらついてゆく。そして日が暮れようとした頃、石造りの建物と周囲に木造の家屋が並ぶ町を発見した。
「戦争でもしようというのかな? やけに物々しいね」
 ベリムートの呟きと同じ感想を誰もが心に浮かべた。喧噪な雰囲気を感じ取った二班は一旦退却を決意する。この町の者達に発見されないよう離れた場所で野営を行うことにした。
 空飛ぶ絨緞で移動。目立たぬように焚き火もせずに冷たい食事で空腹を誤魔化す。見張りを立てて早々に就寝する。
(「もしや?」)
 肌寒い深夜、見張りの番であったアーシャは腰の剣に手をかける。
(「南ね」)
 ポーラも殆ど同時に気づいて耳をそばだてていた。
 テント内の仲間達に危険を報せる縄をポーラが引いた時、アーシャが月光に照らされて浮かんだ人影に気がついた。近づいていたのはケンタウロス二名だ。
 アーシャとポーラは木の幹に隠れながら接近者二名の元へ。アーシャが足を払って転ばせた一人をポーラが抑え込む。
 アーシャはもう一人の喉元に剣先を当てた。
「女性‥‥?」
 アーシャはケンタウロスの一人が若い女性だと知る。
「こちらは男の子かしら」
 ポーラは自分が掴まえているケンタウロスが子供だと気づくのだった。

●詳しい情報
「これでいいわよ」
 ポーラは月光を頼りにピュアリファイで少年の足傷を消毒してから包帯を巻いてあげる。
 すでに目を覚ましていた二班の者達は数に限りあるインタプリティングリングを順に使って会話の準備を整える。
 インタプリティングリングはオーラテレパスという魔法で未知との言語との会話を成立させられる。オーラテレパスをすでに取得している者は指輪を使わず自らに付与した。
 ケンタウロスとの会話の際にはこれから先も使用する形になるだろう。
「我輩達を狙っておったのか?」
 ハッドの問いに男の子は黙ったままだ。
「あなた方は‥‥人なのですか?」
 男の子の代わりに女性が口を開く。確かにケンタウロスから見れば自分達は奇妙に映るだろうと考えてアーシャが異国から来た『人』だと答える。ちなみに他の答えをしようとしたハッドの口はベリムートが塞いでいた。
「私の名はミンタ、弟はバッジタ。‥‥あの街『チチェン・イッツァ』から逃げようとしていたところをあなた方と遭遇しただけです。どうか見逃してください」
 女性が名乗ったところで二班の全員も自己紹介する。ただケンタウロスのバジッタだけは黙ったままだった。
「なぜ街から逃げようとしたのです?」
「それは‥‥」
 アーシャの問いにミンタは黙って俯いた。
 突然バジッタが立ち上がって姉の腕を引っ張り、連れて逃げようとする。とはいえ桃代龍牙とシルフィリアがすぐに取り押さえた。
「離せ! 急がないとまずいんだ!! 姉ちゃんが殺されるんだよ!!」
 暴れるバジッタだが抱えていた桃代龍牙にとっては大したことではなかった。
「もしそれが本当だとしても騒いだらこの場所に気づかれてしまうのではないかしら? 事情を聞かせてもらえたら、もしかすると助けられるかも知れないわね」
 バジッタに顔を近づけたジナイーダが言い聞かせる。何か言いたげではあったものの、バジッタはようやく喚いて暴れるのをやめた。
 姉弟を落ち着かせるために真夜中であったが空飛ぶ絨緞三枚に分かれて乗り込んだ。姉弟が示した方角へ一時間ほど移動する。
「チチェン・イッツァで何が起こっているのか教えてください」
 地上に降りてカンタータが再度姉弟に状況を話すように促す。重たかった姉弟の口も遠くに移動出来て安堵したようで少しだけ軽くなっていた。
 姉弟はいろいろな情報を教えてくれる。
 今いる一帯は半島の部分に当たる。
 この半島には川がないのだが、所々に湧いている泉のおかげで人々は生活を営めた。しかし数十年に渡って泉の水位が低下して枯渇の一歩手前。雨も滅多に降らず、まだ森は維持しているものの畑での栽培は不作続き。
 チチェン・イッツァに住むケンタウロスの一族は焼いた森の跡に畑を作る。収穫が落ち込んでくると別の森の区画を焼いて新たな畑を用意するのが長年のやり方だ。
 これまでの長い歴史の間では、いくつか畑を移動する間に昔焼いた土地が自然に再生を果たしてきた。しかし近年では水の恵みが少ないせいか、土地が再生しきれないうちに他の畑が痩せてしまっている。当然、食料事情は悪化していた。
 天変地異の他に人口が急激に増えてしまったことも要因の一つだろうと桃代龍牙は姉弟の話しを聞きながら心の中で呟く。
「それで‥‥ここのところしょっちゅう雨の神様『チャック』に生け贄が捧げられるんだ。フエゴ・デ・ペロタで勝った戦士もそうだけど‥‥セノテの泉にも人柱が。次はお姉ちゃんが選ばれたんだ‥‥それで俺は一緒に逃げようと――」
 自分は卑怯者だといいながらバジッタは涙を瞳に溢れさせる。言葉には嗚咽が混じりだす。
 フエゴ・デ・ペロタとはチチェン・イッツァ内にある大球技場のこと。セノテとは夕方に一同が目の当たりにした泉の名である。
「みんな神の元にいけて名誉だなんだっていって喜んでいるけどさ‥‥俺は嫌なんだよ。姉ちゃんと一緒がいいんだ‥‥」
 バジッタはミンタに抱きついて声をあげて泣いた。
「民族の習慣、死生観の違い。なのでしょうけど‥‥」
「どうなのじゃ?」
 その後、桃代龍牙とハッドはバジッタがいないとところでミンタに問い質す。するとミンタ自身は生け贄になることに抵抗はないという。主に弟のバジッタが望むからといった理由で逃亡をはかったようである。
 一時的に姉弟を除いて二班だけで意見が交わされた。
 チチェン・イッツァの民とは接触せずに一旦ル・フュチュール号へ戻ろうとする者。とにかく接触して相手の出方を見ようとする者。相手が牙を剥いてきたときには反撃を厭わない者。
 様々な考えが浮かび上がる。
 文化、風習の違いは誤解を生む大きな障害となりえた。意見の相違は避けられないとはいえ、目下の問題は生け贄に対して。どこの国にあっても不思議ではないのだが、ここまでおおっぴらなものは初耳だった。
 第一に自分達が接触した途端、生け贄として捧げられてしまうのは避けなければならない。ケンタウロスの姉弟がそうなってしまうのも含めて。
 二班の者達はもっとよくチチェン・イッツァの民を知ろうと、ミンタとバジッタに生活の様子まで事細かを訊ねる。
 チチェン・イッツァを治めているのは神官の一族。交渉するのならば神官長『タマナッタ』に対するのが一番の早道のようだ。
 面白い事実も判明した。
 どうやら鉄がまだ発見されておらず、二班の各自が持っていた剣などの武器に対して姉弟が非常に興味を示したのだ。
 気にかかるのが雨の神チャックだ。
 姉弟によればケンタウロスの間で語り継がれる神話に登場するだけでなく、実際に姿を現したことがあるらしい。幻ではなかったとしてモンスターなのか、あるいはデビルなのか。不気味な存在といえた。
 月道に関係すると思われる情報も得られる。
 月に関する碑文が刻まれた神官ですら立入禁止の神殿が存在するという。雨の神チャックが座す場といわれており長く石扉は封印されたままらしい。本当に雨の神チャックが存在したとして、どのように出入りしているかは謎である。
 話しの途中でミンタからもらったすでに火を通してある落花生の美味しさにアーシャとカンタータは感嘆の声をあげる。生の状態の豆ももらって将来の栽培にも繋げられた。
 話し合っている間に朝日が昇る時刻となった。
 二班はチチェン・イッツァの民衆とどう接触するのかを決めるために、もう一日費やすのだった。

●チチェン・イッツァ
 六日目の夜明け前。
 第一陣探検隊・二班は空飛ぶ絨緞にてチチェン・イッツァ上空へ。そして直接神官達が集る建物へと着陸する。
 ミンタとバジッタの姉弟については遠くに待機させていた。交渉が決裂した場合、危険が及ぶと考えたからだ。
「な、何者だ?!」
 二班の者達に目撃したケンタウロスの人々は驚きの声をあげていた。人によっては逃げまどう。その中に『神の子』といった表現があったことをポーラは聞き逃さない。別の地で出会ったケンタウロスも似たようなことをいっていたのを思い出す。
 二班の者達は遠巻きに囲まれながらしばし待つと身なりの整ったケンタウロスが姿を現す。
「我は神官長タマナッタ。二つ足よ、何者か?」
「あたしたちは遠方から船に乗ってやってきました。話し合いがしたいのです」
 ポーラは相手が神官長タマナッタだと確認すると二班を代表して話し合いを願う。言葉が通じたことに驚きながらも神官長タマナッタは承諾した。
 二班の者達は危険を感じて建物内に入るのを拒んだ。そこで話し合いは野外で行われることとなった。ケンタウロスの兵士達に囲まれながらだが。
 先に二班から贈り物が神官達に手渡される。ワインなどの酒類、それにジャパンの醤など様々だ。
「ラルフ領主という名の騎士がいらしてね――」
 シルフィリアは航海してきた理由についてを説明するものの、月のエレメント・アルテイラの夢の託宣についてはぼかした。神の定義は各々違うもの。余計な争いを生むかも知れなかったからだ。ただ月道を探しているといった部分については隠さなかった。
「ボク達の国ではおよそ三十日に一回、満月の夜に精霊の力を借りて遠方へ渡る道を開いていました。その後、開放されましたが――」
 カンタータがイリュージョンを使ってパリと京都の月道管理施設の様子を神官達に見せる。
「もしかすると月道といった表現ではないかしれないわね」
 ジナイーダは他の名前が使われているかも知れないとして補足する。月、天空、道、神など月道を示す比喩的な表現は多々考えられたからだ。
「‥‥我々の言い伝えには、お前達のような姿をした神がいつかこの地に現れるとあった」
 神官長タマナッタが重々しい口調で話し始める。
「――だが、そのものは神ではなく我々を陥れる存在。神を騙る者だともある!」
 神官長タマナッタが席から離れる。同じように話し合いの場から神官達も一斉に遠ざかった。そしてケンタウロスの兵達が石槍を構えて囲みを狭めていった。
「私達、お月様に関する話を探しています。古くから伝わる伝説や歌は無いでしょうか?」
 アーシャはローレライのフルートを吹いて場を和ませようと努力する。
 かなりの兵達がアーシャの思いに傾きかけたようだが、神官長タマナッタの強い命令によって緩みかけていた石槍を強く握りしめた。
「危害を加えてくるならば反攻も已む無しじゃの」
「そうだね‥‥」
 ハッドとベリムートは背中合わせに言葉を交わしながら剣に手をかけて戦いに備える。
「戦いは無意味です。せめてもう少し話し合ってから決断してもらえないでしょうか?」
 桃代龍牙は遠くの神官長タマナッタに向かって叫んだ。しかし答えは何も返ってこなかった。
「捕らえろ!」
 神官の誰かが発した指示によって兵達が二班に迫る。とはいえ元冒険者にとっては粗末な武器しか持たないケンタウロスの兵は敵ではなかった。すぐにでも倒せたのだが説得のためにわざと手加減をして時間稼ぎをして状況の変化を待つ。
「あの大木の根本にいる神官を攫っていってください。本人も承知しております。どうかお早く‥‥」
「え?」
 一人の兵士が戦うふりをしながらベリムートに囁いた。一瞬悩んだベリムートであったが、ポーラと桃代龍牙に伝えて手を貸してもらった。
 ベリムートが敵を阻止している間にポーラがコアギュレイトで目標の神官を動けなくする。桃代龍牙は神官を抱きかかえて奪取。気絶させるふりをして空飛ぶ絨緞へと乗せた。
「我輩をあまり怒らせないほうがよいぞよ」
 ハッドは空飛ぶ絨緞の準備が整うまで敵兵を剣で翻弄する。あっという間に石槍の柄が切り刻まれる。
「今のうちに」
 ジナイーダがアムルリープで直前まで迫った敵兵を眠らせているうちに準備が整った。二枚の空飛ぶ絨緞は急上昇してチチェン・イッツァから飛び去るのだった。

●ル・フュチュール号へ
 ミンタとバジッタが隠れているところまで移動した第一陣探検隊・二班は連れ去った神官ノットクから事情を聞いた。
「タマナッタの話は嘘ばかりで我慢できなかったのです‥‥」
 神官ノットクによれば神官長タマナッタが語った言い伝えは改変されたものであり、将来現れるであろう二つ足の者達が神を騙る者といった記述は本来なかったと証言する。また雨の神チャックが籠もる神殿についても、元々は月にまつわる存在がいたとされるのが本当の言い伝えだという。
 独善的な神官長タマナッタに対して神官ノットクはかなり以前から不満を持っていた。それ故に親しい兵に頼んで自らを攫って欲しいと伝言してもらったという顛末だ。
 二班が望んだ願いはチチェン・イッツァの一部の人達ではあるものの通じたようである。
「必ずいます。雨の神チャックは」
 神官ノットクもまたミンタとバジッタと同じように雨の神チャックを目撃したと断言する。
 第一陣探検隊・二班は神官ノットク、ミンタ、バジッタを連れて一旦ル・フュチュール号まで引き返すことにした。予備の空飛ぶ絨緞のおかげで運べる人数には余裕があった。
 ここまで六日を要したが一直線にひたすら飛び続ければ、ル・フュチュール号のある海岸まで一日で到達出来る。
 どのようにすれば神殿内の月道を開放できるのか、そればかりを考えながらル・フュチュール号へと帰還した二班であった。